安倍政権最後の外交:司法外交関連目次と概要

表題の一連の文章についての目次です

 

安倍政権最後の外交:京都コングレスとサイバー司法

コロナ禍による諸事情で菅政権下に延期された京都コングレス。その政治宣言から特徴と外交性について記しています。

 

安倍政権最後の外交(2):サイバー犯罪と国家帰属の切り離しに対する日本

京都コングレスに際し中国他が提案したサイバー犯罪に関する包括的国際条約に関する日本の反応と、中国及び日本側の真意について記しています。

 

安倍政権最後の外交(3):サイバー空間での国際法適用のための日本の主張・抵抗

上記(2)の国連アドホック委員会と対をなす、サイバー空間における各国の責任ある行動に関する国連グループOEWGとGGEの概要と、特に中露が主導するOEWGと日本の国際法適用を巡る対立について記しています。

 

安倍政権最後の外交(4):日本のサイバー司法外交……既存の国際法・規範の注釈・国際的義務

OEWG及びGGEレポートを巡る日本側の主張から、国際法・規範・国際的義務及び各国間の信頼醸成を核とする日本のサイバー司法外交の特質を記しています。

 

安倍政権最後の外交(5・終):二つの司法外交が対峙したもの

京都コングレスの政治宣言(京都宣言)とサイバー司法外交から安倍外交の集大成としての両者の性格と、特定国家以上に日本外交に立ちふさがる概念について記し、最後に菅政権が「両者の特質となる安倍司法外交」を引き継いだのかの疑念を提起しています。

 

補論:OEWG最終報告書の採択経緯について

(3)の補論として、サイバー上の国家の責任ある行動を検討する中露主導のグループOEWGによる2021年報告書の内容変更履歴について、GGE以上に包摂性を謳い当初の草稿時点ではOEWG/GGE両陣営の意向を盛り込んでいたはずの報告書草案が急速に修正されていく経緯に着目し記しています。

 

補論:2021年GGE最終報告書の個人的概説

(3)の補論として、サイバー上の国家の責任ある行動を検討する日本を含めた西側主導のグループGGEによる2021年報告書の概要について特に規範の注釈・国際人道法の適用・信頼醸成措置に着目し記しています。

 

安倍政権最後の外交(5・終):二つの司法外交が対峙したもの

安倍政権最後の外交(4):日本のサイバー司法外交……既存の国際法・規範の注釈・国際的義務からの続きとなります。

 

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第4章:2つの司法外交の共通点と隠れた意志

はじめに:サイバー外交と京都宣言の共通点

受け入れに関する揺らぎを許容するというサイバー司法上の日本の立場は、第1章で採り上げた国際的刑事司法会合、京都コングレスの京都宣言でも同様です。

 

tenttytt.hatenablog.com

>これまでの政治宣言は、コングレスに集結した国家や専門家が一方的に主張し、自らの見解に国連機関や各国への実施を要請するだけのものだったのに対し、京都宣言では国家及び国内法と国連機関及び国際規則の双方を尊重、両者の隔たりの存在自体を肯定した上で「どの地点まですり合わせを図るべきか」を提示していることだと言えるでしょう。

 >被拘禁者処遇基準規則に関する各種ルールについてそれぞれ収束点を変え、慎重にas appropriateを使うなど細かな調整を行った結果、既存の政治宣言及び国際規則と各国国内法の間合いの再確認を試みたのが京都宣言の特徴と考えられるわけです

京都宣言の特徴について、第1-3章で私はこう記しました。

※「すり合わせ」という言葉を当時採用しましたが、これでは政治宣言や国際規則そのものを削除妥協して調整させる響きがあるなあ……と今更後悔しています

 

京都宣言も各国の国内法や国家の方針そのものと国連規則や国連機関の方向性に隔たりがあることを認め、そのうえで各国国内法へ規則をどこまで・どの様な支援を行えばより深く導入できるかの注釈を「努める」「奨励する」「措置を講じる」など多様な語尾で示したのが特徴と考えられます。

 

またドーハ宣言以前には採用されなかった”International Obligations”という言葉を京都宣言で初めて盛り込み、国際法や法的拘束力を持たない国際規則を遵守することが(各国とのTrustを構築するために必要な)義務であることを示したのも、京都宣言・サイバー司法外交(前章3-3-③参照)両者に共通する特徴です。

 

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これら司法外交の共通点について、まず気づくのが安倍元首相以来続けられた日本の外交方針、普遍的(岸田・茂木外相時代)あるいは基本的(河野外相時代)価値観の礎となる「法の支配」との類似でしょう。

「法の支配(Rules of Law)」とは使用者により定義の差がありますが、日本外交の文脈においては国際法や国際司法裁判の判例、自主的な規範を遵守する国家間により形成される普遍的・基本的な価値観と信頼醸成の拠り所であり、まさに両司法外交の特徴そのものと言えます。

 

そしてもう一つ、特に両司法外交の根底にある「法の支配」が浮き上がらせたメッセージがあると思われます。

「Inclusion(包摂)及び包摂を称揚する集団に対する、法の支配からの警鐘」です。

 

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なお一連の目次と概要を作成いたしました。もし宜しければこちらをご覧ください。

tenttytt.hatenablog.com

 

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4-1:Inclutionと京都宣言

特定集団における多様な思い・特性の尊重という意味を持つInclusion(包摂・非排他)は、国連SDGsの後押しもあって近年の国際世論ではDiversity(多様性・多様な参加)と共に重要な概念となっています。

自由で開かれたインド太平洋が2018年終盤に『戦略』の表示を削除した要因の一つに、同年インドが”Free,Open,and Inclusive Indo-Pacific(自由で開かれ、包摂的なインド太平洋)”のビジョンを明らかにした事で、日本側も非排他性を改めてアピールする必要があったからだと言われています。

※「戦略」を排除したFOIPの文面には新たに ”through ensuring the rule-based international order, in a comprehensive, inclusive and transparent manner”が加えられましたが、邦訳では「包括的かつ透明性のある方法で,ルールに基づく国際秩序の確保を通じて」つまりinclusiveは和訳されない形となっています。

法の支配に基づく国際秩序そのものに、包摂性の言及は避けているのです。

www.nippon.com

 

このInclusion(包摂・非排他)には、普遍的価値観への挑戦者に対してすら意見の尊重を要求しているという問題があります。それも歴史的・法的背景を隠れ蓑に意図的に挑戦を繰り返す、理不尽な挑戦者に対しても同様の尊重を要求しているのです。

 

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さて、第一章において京都宣言が従来のInclusive(包摂的)からMultimentional(多面的)へと表現を変更した事について記しました。

multidimentional/multidisciplinaryに対応する文節は、主にドーハ宣言でのinclusive(包摂・包括的)という言葉から置き換えられたようです(第3・4章)。

(中略)極論すれば、多様な国家の思いを取り入れることを大前提としたドーハ宣言とは異なり、それら思惑をただ意見・視点の一つとして受け入れるに留める、という意識の表れだったのではないか

京都宣言は国家の最高責任性を認めながら、国連決議74/247のような国家の背景に基づく思惑を包摂する事に一線を引きました。

また専門家を含む各種ステークスホルダーの参加を促す一方、国家こそが自らの国内法に対する最高責任者と認じ、専門的視点の包摂に伴う国連規則の無理な受け入れを強制せず、代わりにひとつひとつの語尾を用いて具体的な目標水準を示しています。

 

これは両者の意見・視点をInclusionのもと生のまま受け入れ、コングレスの新たな政治宣言を構成することへの日本側の危惧の表れではないか、そう考えられます。

特定国家が自らの背景に都合よい規則を提唱する形であれ、専門家による実情から遊離した国連規則の提案に政府が嫌気を催す形であれ、Inclusionが広範な不理解を生み国際的義務の放棄を各国に促すことへの危惧です。

京都宣言はコングレスそれ自体が包摂の場となるのではなく、多面的な検討の末採択された国連規則をその注釈一つ一つから各国が自主的に遵守していくための橋頭保たるべきことを示していたのではないでしょうか。

 

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4-2:サイバー司法におけるInclutionと国際的義務概念の対立

そしてサイバー司法外交の場でOEWG主導派が西側主導ではない枠組みを主張し、既存の国際的義務の概念そのものを覆えそうとした根拠にも、加盟国の多様な思い・特性の尊重を唱えるInclusion(包摂・非排他性)がありました。

特にOEWGレポートが提示したDevelopment of Normsという考え方(第3-3-②章参照)には、メンバーのために既存国際法の適用排除とNormsの追加修正を求めるという面でInclusionの思想が深く関わっています。

その意味で、サイバー司法外交は

  • 「新たな」追加変更によりNormsにInclusion(包摂)を求める側と
  • 「既存の」国際法Normsを通じ法の支配に基づく価値観の共有を求める側

の対立の場という側面がありました。ここで問題なのは後者の武器、相手国の信頼喪失の効果を「国連SDGsの中心にある」Inclusionが削いでいた事です。

 

例えば国際法や国連憲章を「法の支配に基づく国際秩序」に置き換えようとしていると西側諸国を非難する-TASSロシアが、OEWGにおいては国際法・国際人権法、更には国連憲章に基づく主権干渉行為認定の適用を回避するという利己的な立場を正当化する際にも、このInclusionへの論点ずらしは重要なポイントになっています。

もちろんこのような国家の態度は、本来国家としての信頼を失うものです。しかし国連がSDGsのもとInclusion(包摂・非排他)を要求する以上、これら国家への信頼は担保されてしまうのです。

 

そしてこのような対応は国連だけでなく、各国における専門家たちの根本思想にも見受けられます。2013年の米国国家安全保障局(NSA)のネット監視活動暴露とそれに伴う西側諸国主導への不信感が背景にあったとはいえ、西側主導のGGEレポートを数年間空転させOEWGでは各国の意見を取り入れたゼロ草稿段階からロシアが強権的にその内容を変化させしめた背景には、サイバー空間における国際的枠組みを早急かつ形式上Inclusiveに(筋の通らない反対意見を包摂する形で)要求し、国際法適用……ひいては法の支配に基づく価値観の共有に対する西側諸国の固執を、未来への障害のごとく揶揄した各国サイバー専門家の姿勢があったのですから。

 

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おわりに:「人間の安全保障」と安倍・菅政権の司法外交

思えば安倍元首相(執筆時点では前首相ですが)の二国間・多国間外交を通じて普遍的価値観を共有していくというプロセスは、InclusionやDiversityによる非共有者の受け入れを主張する国連とは別の道を辿るものだったのかもしれません。

そもそもSDGsがInclusionを標榜した際、 その成立に尽力した日本が求めたのは「人間中心」「誰も取り残さない」という『人間の安全保障』に則った(各国内で暮らす人間の)包摂であったと思われます

少なくとも内政不干渉原則を盾に自他国民への危害を継続する国家の意見を擁護したり、一部の専門家が夢見る環境を持続するために発展途上国民の生活水準向上を掣肘する開発目標を提唱するための包摂ではなかったでしょう。

 

それゆえにか安倍外交SDGs成立以降、国連を通じてはルール形成時の発言参加へとシフトし、DFFTや大阪ブルーオーシャン、質の高いインフラといった国際的枠組みを日本自ら提唱する際は二国間・多国間外交の場で行うようにようになったのではないか、と思われます。

しかしながらいずれ国連の場で日本の立場、日本がどのような概念に対峙しているかをより具体的に表明する必要がありました。

2020年に開催される予定であった京都コングレスの政治宣言、あるいは政権期間中OEWG・GGE会合で展開されたサイバー司法外交は、安倍外交がその集大成を示す舞台であった訳です。

 

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……しかし、任期を残して解散した安倍政権を引き継いだ菅政権下において、この『安倍政権最後の外交』が形を留めていたのか、疑問が残ります。

 

京都コングレスのステートメントを読む限り、主催者であるはずの上川法相(当時)から京都宣言の特質に触れた発言は無く、SDGs賞嘆のもと空虚な「法の支配」という言葉が加えられたのみです。

※「国家及び国際的なレベルでの法の支配を促進し、全ての人々に司法への平等なアクセスを提供する」と記されたSDGsターゲット16.3ですが、司法アクセスに関するものばかりが達成指標となっていることが示すように、実際のところ「法の支配の促進」という言葉に向き合っていないのです)。

 

サイバー司法外交では、デューデリジェンスから絡めとるはずの中国のサイバー攻撃に対し、英米等と組みOEWG/GGEレポートに抵触しかねない直接非難を行う形へと戦術を変更してしまいました。

菅前首相や関係閣僚にとってはSDGs、対中防衛とそれぞれ即物的で一貫性のない政策へと方向性を変えていたのです。

 

菅政権下の外交の特徴については後日まとめる予定ですが、ある意味末期安倍政権の政策や国連に対する捻じれた思いを過度に汲み取った結果、外交の方向性は国連SDGsの要求水準を無理に満たそうとしたり、露骨な対中包囲網へとシフトしたのではないかと考えられます。

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産油国と提携したブルー水素の提唱を柱とする日本独自のエネルギー環境政策もそうですが、『安倍政権最後の外交』としての司法外交も、結局は菅政権の意図を離れた各省庁の現場によるレガシーだったのかも知れません。(了)

 

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いや、なんというか……文章作成に半年近く時間がかかってしまいました。

安倍政権下で行われるはずだった京都コングレスの話を追ううち、司法やらサイバーやら全く謎の領域に嵌まっておりました。そもそも著作権関係やHTMLすら分からない人間がですよ。

 

最後に後日、菅前首相(この文章を書いてる時点では現首相ですが)の回顧として文章を作成する予定です。

 

安倍政権最後の外交(4):日本のサイバー司法外交……既存の国際法・規範の注釈・国際的義務

第3章:国連サイバー安全保障委員会・OEWGと日本(その2)

前回、安倍政権最後の外交(3):サイバー空間での国際法適用のための日本の主張・抵抗3-1~3-2章からの続きとなります。

 

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なお一連の目次と概要を作成いたしました。もし宜しければこちらをご覧ください。

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3-3:日本のサイバー司法外交の特徴(1)

 

さてこのOEWGに対する反論から見られる日本のサイバー司法外交の特徴としては、前述した①国際法国連憲章と②Norms(規範)、そしてこの二つから導かれる③International Obligations(国際的な義務)という3つを上げることが出来るでしょう。

 

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国際法国連憲章

国際法国連憲章のサイバー空間での適用について、各国の歴史的・法的背景を無視してコンセンサスを得ることは難しい。OEWG主導者側の建前はそうでしたが、彼らの本音は2021/06/29の国連サイバーセキュリティ安全保障理事会に際して述べられたロシア国連大使の言葉が判りやすいかと思われます。

 "With regret, we see attempts to extract from this package (the package of agreements on responsible behavior in cyberspace, developed by the UN General Assembly's working group - TASS) selected provisions that are most advantageous for our Western counterparts in combination with the incorrect interpretation of the 'automatic' applicability of international law to cyberspace, which allows for the use of force in it, and to present their own national views as a result of a global consensus"

 ……オートマティックつまり国際法が全面的に適用される事を拒否しているわけです。

結局のところロシア及び国際法全面適用否定派の根底には、国連憲章の中でも内政不干渉の原則を絶対的に尊重したいという思いがあるのです。

tass.com

 

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一方日本側が国際法の適用に固執した理由として、政府はサイバー犯罪が起こった場合の国連憲章上の不干渉原則侵害、及び国際法に基づく国家関与への責任追及方法つまり「相当の注意義務」デューデリジェンスの存在を掲げています。 

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※この他国主権侵害に基づくデューデリジェンスは、OEWGレポートや京都宣言で内政不干渉原則を強調する国家を逆に拘束する手段ともなります。

 

しかしそれだけで説明し得るとは考え難いでしょう。

「相当の注意義務」に基づく対応方法について確かに現状中国は沈黙を続けていますが、本来それほど隠蔽と開き直りが難しい糾弾方法ではありません。中国相手のようにサイバー犯罪と国家の関与を明らかにすることだけが目的であれば、証拠を国際社会に認めさせるアメリカのやり方の方が有効だからです。

また前章(3-2章)で掲載した03/09、03/12双方の発言を見返してみても、国際法の法的拘束力を否定されたことよりも「新しい法的拘束力のある枠組みが既存の国際法から派生していない」事を重要視しています。

それ故に国際法を盾とした特定国家への掣肘という実利的な目的だけとは考え難く、さらに言えば「国際法国連憲章」それ自体よりも「既存の」国際法・憲章をないがしろにした事を問題視したではないか、と考えられるのです。

 

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②Norms(規範)

1)OEWGにおけるNorms

この国際法のコンセンサスを却下する代わりに、OEWG主流派が推進したのがNorms(規範)になります。

 

一般的には「規範」として翻訳されるNormsという言葉ですが法律的には「拘束力を伴わない(Non-Binding)法規範」という意味合いが強調され、前述したようにOEWG報告書では国際法と対比させる文脈で用いられています。 しかしOEWG主導派によるNormsの特徴はこの点に留まりません。

 

この点はOEWG報告書の第32項が分かりやすいでしょう。

”States, in partnership with relevant organizations including the United Nations, further support the implementation and development of norms of responsible State behaviour by all States.States in a position to contribute expertise or resources be encouraged to do so”

 

>各国は国連を含む関連組織と協力して、すべての国家による責任ある国家行動の規範の実装と発展(implementation and development)をさらに支援する。専門知識やリソースを提供する立場にある国は、そうすることが奨励されています

 

”Development of Norms(規範の発展)”とは主にビジネスでのGroup Normsで使われている言葉ですが、この場合のdevelopmentとは「メンバーが規範に従わない場合、メンバーでなくNormsの追加修正を議論」することを指します。

極論すればOEWG主流派によるNormsは、Normsに則った行動をとらない国家にとってこそ有利な……国内事情に従い実装を見合わせることも、発展という名の変更を加えることも、またNormsの実装された(規範の構築された)国家に対しNormsの保留や変更を要請することすら可能な……言葉となっているのです。

 

Normsを尊重しないメンバーへの支援を最重要視し、Normsの方を修正することでその確立・遵守を図るという考え方。これはまさにOEWG・中露が唱えるNormsの性質そのものだと思われます。

 

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2)日本による規範の注釈

一方日本及び西側諸国が推進したGGEの報告書においては、各国がNormsをより深く理解し、現実に則した判断を行うためadditional layerつまり注釈を重ねる方向を志向しています。 

第3章”Norms, Rules and Principles(規範、規則、原則)”がそれです。

”18. (前略)In accordance with its mandate to advance responsible behaviour, the Group has developed an additional layer of understanding to these norms, underscoring their value with regard to the expected behaviour of States in their use of ICTs in the context of international peace and security and providing examples of the kinds of institutional arrangements that States can put in place at the national and regional levels to support their implementation.”

 

>18.(前略)責任ある行動を推進するという使命に従い、当グループはこれらの規範に対する理解の追加層を開発し、国際平和と安全のもとICTを使用する国家に期待される行動に関する諸規範の価値を強調し、 規範の実装を行う国家を支援するために国・地域レベルで実装可能な制度的取り決めのサンプルを提供する

 

各国が自国制度や自国の立場そのものを尊重しつつサイバー規範に則った行動を志向する際、国内制度あるいは国家間の解釈のコンフリクトを防ぐため、規範がそれぞれどの範囲の話を述べているかを示したのがadditional layerです。

 

例えばサイバー犯罪への国家関与に関するGGE報告書30項(d)についても

Norm 13 (c) States should not knowingly allow their territory to be used for internationally wrongful acts using ICTs(中略)
30. When considering how to meet the objectives of this norm, States should bear in mind the following:(中略)

(c) An affected State should notify the State from which the activity is emanating. The notified State should acknowledge receipt of the notification to facilitate cooperation and clarification and make every reasonable effort to assist in establishing whether an internationally wrongful act has been committed. Acknowledging the receipt of this notice does not indicate concurrence with the information contained therein.
(d) An ICT incident emanating from the territory or the infrastructure of a third State does not, ofitself, imply responsibility of that State for the incident. Additionally, notifying a State that itsterritory is being used for a wrongful act does not, of itself, imply that it is responsible for the act itself.

 

 規範13(c)国家は、ICTを使用した国際的に不法な行為に自国の領土を使用することを故意に許可してはなりません(中略)
30.この規範の目的をどのように達成するかを検討する際、各国は以下のことに留意する必要があります(中略)

(c)影響を受ける国は、活動が発生している国に通知する必要があります。 通知を受けた国は、協力と明確化を促進するために通知の受領を認め、国際的に不法な行為が行われたかどうかの立証を支援するためにあらゆる合理的な努力を払うべきです。 この通知の受領を認めることは、そこに含まれる情報に同意することを示すものではありません。
(d)第3州の領土またはインフラストラクチャから発生するICTインシデントは、それ自体、そのインシデントに対するその州の責任を意味するものではありません。 さらに、その領土が不法行為に使用されていることを国に通知すること自体は、その行為自体に責任があることを意味するものではありません。

自国領におけるサイバー犯罪への対応という規範があり、サイバー犯罪発信国における規範の運用として(c)、更に(c)の運用を発信国が躊躇わない様(d)というように注釈が積み重ねられているのです。 

 

そしてこのadditional layer、注釈の存在に対して日本側からは

”With regard to norms of responsible State behavior, the report offers an additional layer of shared understanding to the 11 norms included in the 2015 GGE report by clarifying the expectations and providing examples of implementations for each norm. While all 11 norms are important, I will underline the value of clarifications on some norms”

 

>責任ある国家行動の規範に関して、この報告書は2015年のGGE報告書に含まれる11の規範に対する共有理解の層を提供し、期待を明確にし、各規範の実施例を提供する。11の規範はすべて重要ですが、私はいくつかの規範の注釈の価値を強調します

 その成立に関する賛同、というよりこの注釈を重ねる行為が日本の主張そのものであることを提示しています。

 

  • Normsに「新たな」追加変更を加え、従わない側に合わせようとする中露OEWG主流派
  • 「既存の」Normsに注釈を重ね、共有理解を通じて従わせようとする日本ほかGGE主流派

二つの陣営ではNorms(規範)の追加変更の是非について、考え方が根底から異なっている事が分かると思います。そして「新たな」「既存の」の境目には、①の国際法に対する両者の視点の違いがあると言ってよいでしょう。

 

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③International Obligations(国際的な義務)

 

そしてこの②Norms(規範)の扱いに関連して出てくるのが、International Obligationsという見慣れない言葉です。

 

International Obligations(国際的な義務)という言葉は他の分野でもまず目にしない表現なのですが、Obligation under International Law(国際法の下での義務)との一般的な違いは「国際法以外、つまり規範などの国際的枠組みを含めた各国の義務」とされています。

この「国際的な義務」は、本来各国の責任ある行動規範や更なる法的拘束力の提示を重視したはずのOEWG報告書では提示されていません。GGEでは2015年報告書で1か所使用されていますが、あくまで国際法に則る義務という解釈で差し支えない表現でした。

それが2021年のGGE報告書では例えば第57項(a)のように、明らかに国際法上の義務とは区別する形で使用されるようになっています。

 

責任ある国家の義務として、国際法だけではなく本来法的拘束力を持たないNorms(規範)まで自発的に遵守する。言い換えればNorms(規範)には罰則は無いとはいえ、それに従わない国家は責任能力や信頼性を疑われる。international obligationsにはそのような国際社会の意志が込められていると考えられます。

 

そして……日本では第10回記念サイバーセキュリティ国際シンポジウム-外務省など最近使用する機会が増えた言葉であり、国家間の信用の礎として提唱している概念でもあります。

 

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3-4:日本のサイバー司法外交の特徴(2)

 

また、この①②③の日本的論理の流れにはもう一つ重要な特徴があります。

  1. サイバー空間での国際法や規範の適用水準について各国に差があることを許容し、その誤差を埋めるための支援を行う
  2. 各国が規範を守るための注釈を細かく定める。規範解釈自体の各国差は許容しない。
  3. 国際法や規範という国際的な義務を一つ一つ守ることでconfidenceを醸成し、confidenceの蓄積が各国間のtrustを育む

OEWGあるいは中露がNormsの包摂性を許容し、「新たな追加修正」を通じて押し広げることを前提としたのに対し、日本の考え方は既存の規範を「固定化」し軽はずみな追加修正を諫める一方、その受入れ方には各国で揺らぎのあることを認めています。

その揺らぎ一つ一つに「どこまで」「(能力的な問題なら)いつまでに」自国が国際的義務に適用可能なのかを示し、遵守する行為を通じて信頼を醸成すればよい訳です。

逆に言えば自らの揺らぎを正当化し国際的義務に従わない国家に対して、義務に従う国家群は信頼を一つ一つ剝ぎ取っていく事が出来るのです。

※①で言及したデュ-デリジェンス(相当の注意義務)は、本来国家の信頼喪失という目に見えない行為を可視化させる効果があります。

 

それは「規範」という言葉について、OEWGはもちろん実のところGGEにおいても支配的であった法律的な定義”(Non-binding)Norms”から非法律的な定義、法務省:ルールづくりに記された言葉を加工流用すれば

  • 特定の価値の押し付けに陥らぬよう、国内システムの発達段階に応じた働きかけを行うことで、各国に責任ある国家としてふさわしい行動を取る意識を育成するための枠組み

を改めて想起させ、各国を導くための指標にしようと孤軍奮闘していると考えられる訳です。

外務省HPの『サイバー政策重要関連文書』の各文書においても、日本側の各スピーチでは規範の非拘束性について極力触れることを避け、言葉の理解を非法律的定義へと寄せようとしているのが分かると思います。

 

そしてそれ故に今後作られ得るであろうコンセンサス以外の方法で形成される新たなNon-binding Normsや拘束力を持つ新たな枠組みに慎重な立場をとり、各国が「既存の」国際法や規範へのコンセンサスを形成し遵守し合う事に焦点を当てようとしているのではないでしょうか。

 

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安倍政権最後の外交(5・終):二つの司法外交が対峙したものに続きます。

 

安倍政権最後の外交(3):サイバー空間での国際法適用のための日本の主張・抵抗

安倍政権最後の外交(2):サイバー犯罪と国家帰属の切り離しに対する日本 の続きとなります。

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なお一連の目次と概要を作成いたしました。もし宜しければこちらをご覧ください。

tenttytt.hatenablog.com

 

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第3章:国連オープンエンド作業部会(OEWG)と日本

3-1:二つの委員会・GGEとOEWG概観

 前述したサイバー犯罪に関するアドホック委員会が国連薬物・犯罪事務所(UNODC)|外務省の管轄であるのと同様に、各国共同のサイバー安全保障政策を推進しているのが国連軍縮部(UNODA)になります。

 

さて、このUNODAの下では国際的なサイバー安全保障のうち特に「国際法」「規範(Norms)」「信頼醸成措置」「キャパシティビルディング」の4つの分野を中心課題とし、2つのグループ……現在日本を含めた西側諸国が主導しているGroup of Governmental Experts (以下GGE)とロシア・中国が主導している Open-Ended Working Group on Developments in the Field of ICTs in the Context of International Security (以下OEWG)が国際会合を行っております。 

 

このGGEとOEWGの二つのグループの特徴については、比較的中立な立場から論じたDigWatchの記事が分かりやすいでしょう。

dig.watch

 

  • 元々はアメリカ決議に基づき有志国家(15~現在25か国)によるサイバー 政府専門家会合(GGE)を2004年設置、2015年までにサイバー空間におけるNorms(規範)や信頼醸成措置(Confidence-Building Measures)及びキャパシティビルディングについて合意に達するが、国際法国連憲章・国連人道法の適用等に反対するロシア・中国等のコンセンサスが得られず、2017年会合で報告書を採択できなかった。
  • この状況に乗じたロシアの決議案に基づき、GGEに加えて今度は国連全加盟国が参加可能な形でのオープン・エンド作業部会(OEWG)を2019年設置。
  • 主にサイバー空間での国際法等の適用について対立を続ける中国・ロシアほかOEWG主導国と日本や西側諸国等GGE主導国が、OWEG・GGEお互いの会合に参加する形で論争を繰り広げる。
  • 2021年に至りOEWG・GGE共に最終レポートを提出、原則的にはより大きいコミュニティで形成される新OEWGに統合される形で今後継続される予定

現状はこのような状況でしょうか。

 

なおOEWGレポートの経緯及びGGEレポートの性格については、別途補論を作成いたしました。

 

tenttytt.hatenablog.com

 

tenttytt.hatenablog.com

 

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3-2:サイバー空間での国際法適用に関するOEWG主導派と日本の反論

このうち中露が主導するOEWGの特徴として、上記補論で記した強硬な採択経緯だけでなく

  • 既存の国際法国連憲章ではなく、既存或いは新たなNorms(規範)の国際サイバー空間適用に重点を置く

というものがあります。

国際法国連憲章の適用が各国でコンセンサスを得られぬ一方、サイバー空間に対応する国際的な取り決めの必要性が近年上昇している現状からまずは(Non-binding)Norms、(拘束力を伴わない)規範を国連会合の場で成立させよう、更には拘束力を持つ新たな枠組みも発展させよう……というのがOEWG主導派の表向きの主張です。

 

そしてこのOEWG主導派に対し、あくまで既存の国際法をサイバー空間で適用することに固執しているのが日本の立場になります。

 

2021/03/09のOEWGに対する意見書でも

www.un.emb-japan.go.jp/

International law provides tools for the victim State to use when a cyberattack occurs. What State would not use the law of State responsibility to demand reparation for an internationally wrongful act even in the ICT context? Japan asks that at least the relevant subparagraphs on State responsibility from the 2015 GGE report be added to our report. Japan is against including language on a new legally binding instrument. Having said that, I would like to ask those who ask for a new legally binding instrument: what happens when a State acts against a legal obligation established by that instrument? Would you not seek responsibility and ask for reparation? Claiming that international customary law on State responsibility is not applicable to acts of States using ICT is the equivalent of saying that internationally wrongful acts will not have consequences in cyberspace. Then what is the use of negotiating a new treaty?

 

国際法は、サイバー攻撃が発生したときに被害国が使用するためのツールを提供します。 ICTの文脈においてさえ、国際的に不法な行為に対する賠償を要求するために国家責任の法律を使用しない国はどこにあるのですか? 日本は少なくとも2015年のGGE報告書からの国家責任に関連するサブパラグラフを、(OEWG)報告書に追加するよう求めています。 法的拘束力のある新しい文書に文言を含めることに、日本は反対している。 さて、新しい法的拘束力のある手段を求める人々にお伺いしたいと思います。その手段によって確立された法的義務に反して行動する国家があるとすればどうしますか? 責任を求めて賠償を求めてみませんか? 国家責任に関する国際慣習法がICTを使用する国家の行為に適用されないと主張することは、国際的に不法な行為がサイバースペースに影響を及ぼさないと言うことと同等です。 それでは何のために新しい条約を交渉しようというのですか?

 

 またOEWG最終報告書が採択された2021/03/12の意見書でも

www.un.emb-japan.go.jp

Japan urges States putting forward the idea of new binding obligations to thoroughly consider how international law applies in cyberspace before making proposals. To give just one example, a new legally binding instrument would have no meaning without reaffirmation that international customary law on State responsibility applies to acts of States using ICTs. Claiming that State responsibility is not applicable to acts of States using ICTs is the equivalent of saying that internationally wrongful acts will not have legal consequences in cyberspace. Then what would be the use of negotiating new legal obligations? Treaties bind only States parties. Taking into account the very nature of cyberspace, international cooperation must be broad. Those who propose new legally binding obligations still have a lot of explaining to do.

 

新たな拘束力のある義務の考えを提唱する国々に対し、そのような提案を行う前にまずサイバー空間で国際法がどのように適用されるかについて徹底的に検討することを、日本は要請します。 一例を挙げると、国家責任に関する国際慣習法がICTを使用する国家の行為に適用されることを改めて確認しない限り、新しい法的拘束力のある文書には意味がありません。 国家責任がICTを使用する国家の行為に適用されないと主張することは、国際的に不法な行為がサイバースペースに法的影響を及ぼさないと言うことと同等です。 それでは、新しい法的義務を交渉することの使用は何でしょうか? 条約(treaty)は締約国のみを拘束します。 サイバースペースの本質を考慮すると、国際協力は幅広くなければなりません。 新しい法的拘束力のある義務を提案する人々は、まだまだ多くの説明を求められているのではないでしょうか。

 

……日本は表面上拘束力の在る無しに関わらず、既存の国際法適用をないがしろにする新たな枠組みに反対している訳です。

先程の国連決議74/247に基づくアドホック委員会が「拘束力を持つ」新たな国際条約を推進し、OEWGが「拘束力を持たない」規範から「拘束力を持つ」枠組みまで新たに構築しようとする行為まで、日本が両方に反対の姿勢を示したのには一貫性があるのです。

 

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安倍政権最後の外交(4):日本のサイバー司法外交……既存の国際法・規範の注釈・国際的義務に続きます。

 

安倍政権最後の外交(2):サイバー犯罪と国家帰属の切り離しに対する日本

第2章 はじめに

『安倍政権最後の外交:京都コングレスとサイバー司法』の続きとなります。

前回の文章から間が空いてしまい、その間に補論や小ネタで考え方を提示してしまった事から、話が重複している部分があります。ご了承ください。

 

なお一連の目次と概要を作成いたしました。もし宜しければこちらをご覧ください。

tenttytt.hatenablog.com

 

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前回の文章の最後で、第14回国連犯罪防止刑事司法会議(京都コングレス)へのG77+中国からの意見書のうち、彼らがサイバー犯罪に対する司法への取り組みとして提言した国連総会決議74/247:UNODCホームページおよびサイバー犯罪アドホック委員会の議題、すなわち第12回国連犯罪防止刑事司法会議(サルバトールコングレス)の政治宣言に基づき設立されたIEGの活動を継続強化する名目で『犯罪目的での情報技術使用に対抗するため包括的国際条約を押し広げ(Elabolation)』るという提言に対し、日本が全く無反応だった件について記しました。

 

今回の一連の文章では、この総会決議74/247や後述するOEWG最終報告書といった原則日本と対立する立場によるサイバー司法外交を通じて、日本の(サイバーに囚われない)司法外交の特徴を捉えると同時に、それが前政権からのレガシーとして菅内閣が引き継いでいるのかまで、可能であれば論じてみたいと思います。

 

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2:サイバー犯罪に関するアドホック委員会と日本の立場

2-1:国連決議74/247と日本の拒絶

2019/11/18、第74回国連総会 :UNデジタルライブラリーの「決議」……つまり参加国のコンセンサス方式を採択しなかったこの議題は、提案国であったロシア(及び中国やイラン)のサイバー司法外交の特徴が強く表れたものとされています。

人権介入等を懸念する先進諸国を中心とした五十余国に及ぶ反対を押し切り、ロシア・中国及び発展途上国側の賛成票によりこの決議は採択されるに至ったわけです。

 

日本はこの採決に際し、

”The intergovernmental expert group on cybercrime was already discussing approaches to cybercrime and was scheduled to present its recommendations to the Commission on Crime Prevention and Criminal Justice in 2021. It was deeply regrettable that such little effort had been made to reach consensus and to adequately address the concerns raised by Member States during the negotiation process”

 

>サイバー犯罪に関する政府間専門家グループ(訳注:IEG)はすでにサイバー犯罪へのアプローチについて話し合っており、CCPCJの2021年会合にその勧告を提示する予定でした。コンセンサスに達するための努力、また交渉の過程で加盟国が提起した懸念に適切に対処するための努力がろくに払われなかったたことは、非常に後悔すべきことです

と述べ、また2020/04/26提出の意見書では各国のコンセンサスに基づく連携を論じ

We wish to point out that, in a situation such as this, where an inclusive and comprehensive process is sought, “more haste means less speed”.

>このように包括的かつ包摂的なプロセスが求められる状況では、「急いでいるほどスピードが遅くなる」ことを指摘したいと思います。

https://www.unodc.org/documents/Cybercrime/AdHocCommittee/Comments/Japan

 と推進国側の拙速主義を非難しており、京都宣言でこの国連決議74/247を(政治宣言の流れ的に本来言及すべきであったIEGの活動までひっくるめて)触れなかったのは日本からの明確な拒絶の意思の表れであったと考えて良いでしょう。

 

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2-2:アドホック委員会設立の意図とサイバー犯罪の国家帰属

……さて、なぜ日本がこの決議案『国際条約の新たな策定を押し広げ、犯罪目的での情報通信技術使用に対抗』すること自体に反対したのか。上記その他日本側の発言からはその意図に触れることは困難でしたが、その解とおぼしきものをGlobal Initiativeの記事から見つけました。

globalinitiative.net

”The policy agenda on cyber issues is highly fractious, with tensions over keeping cybersecurity and cybercrime separate and keeping cybersecurity off the formal Security Council agenda”

 >サイバー問題に関する政策アジェンダは非常に骨の折れるものであり、サイバー安全保障(訳注:「サイバーセキュリティ」よりこの訳が直感的に分かりやすいと思います)とサイバー犯罪を分離し、サイバー安全保障を正式な安全保障理事会の議題から遠ざけることに対する緊張が高まっている

  サイバー『犯罪』に関する調査・追及を『新たな国際条約により』解決を図るアドホック委員会に専任させることで、国連でのサイバー司法論議をサイバー犯罪とサイバー安全保障政策、特に安全保障理事会で採り上げられるサイバー犯罪の国家帰属の問題とを別々のものとする。

言い換えればサイバー犯罪の発信国となった国家の責任……国家がサイバー犯罪に関与したかどうかの帰属追及や、帰属に囚われない発信国の調査責任義務(「国際法に基づく国際的な不法行為に関する国際的な義務」(※後述するGGE報告書第69項(g))……に関する議論まで進展させたくない

ロシア・中国の狙いは、どうもその辺りであったようです。

 

第7回IEG総会への中国からのコメントでも

”Bearing in mind that the organizational session of the Ad Hoc Committee is scheduled in May 2021, and the substantive negotiations will follow, it is better not to duplicate the work on cybercrime, and it is necessary to ensure States, especially the developing countries with limited resources, and UNODC could concentrate on the work of the Ad Hoc Committee. Taking into consideration of the above, China believes that it is unnecessary for the Expert Group to continue its work after the current meeting”

 

 >アドホック委員会の組織会合は2021年5月に予定されており、実質的な交渉が続くことを念頭に置き、サイバー犯罪に関する作業は重複しない方がよい。また各国、特にリソースの限られている発展途上国、およびUNODCがアドホック委員会の作業に集中出来ることを保証する必要がある。以上のことから中国は、専門家グループが今回の会合後も活動を継続する必要はないと考えている。

 

 と記しておりますが、これはIEGの活動をアドホック委員会が引き継ぐという意味だけではなく、中国側がサイバー犯罪に関する議論そのものを限定させ、特に国家帰属に関する国連会合から切り離そうとしていたと考えられるのです。

https://www.unodc.org/documents/organized-crime/cybercrime/Cybercrime-April-2021/Comments/7th_IEG_Cyber_-_MS_comments.pdf

 

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※この仮定について、例えばオーストラリアからも上記IEG総会コメント第4章で重複防止の記載があるではないか、と反論する向きもあるかも知れません。しかしこの意見はあくまでレポートにおける推奨事項の記載自体がIEG本来の活動権限から逸脱している件に対するものであり、他の委員会と重複する議題を取り上げること自体を咎めたものではありません。 

 

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……この決議の細かい内容などはこの分野に詳しい方々に任せるとして、まずは

  •  サイバー犯罪に集中して国際条約の新たな策定を検討するアドホック委員会

に日本が反対の立場を示したことのみを念頭に置き、今度は

  • 国際的なサイバー安全保障のため各国の新たなNorms(規範)を検討する

国連の研究グループ、OEWGとGGEに話を進めようと思います。

 

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安倍政権最後の外交(3):サイバー空間での国際法適用のための日本の主張・抵抗に続きます。

小ネタ:アフガニスタンに関する雑感……国家承認・ウイグル・和平合意の内容・物流回廊

2021/08/15、タリバンアフガニスタン首都カブールを占拠してから数日が経過しました。実際のところアフガニスタン関連は興味の対象外でもあり、自分の意見をまとめることも出来ないのですが、雑感を少々。

 

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1.タリバン政権の国家承認について

 

既にタリバンが首都カブールを占領、ガニ大統領も政権移譲を了承した現在、次に問題になるのはタリバン政権の国際的な承認でしょう。

 

2021/08/18現在、タリバン政権の承認についてはEUが英国が人道援助の継続を視野に入れるも承認は別の話、と現状保留の立場であるのに続き、英国が単独国での承認を控えるよう各国に要請、またカナダが西側主要国として初めて「政府として承認する予定はない」と承認否定の立場を明らかにしています。

www.asahi.com

 現在アメリカの対応について、一部海外メディアでは

”US will recognize a Taliban government if it respects women rights, shuns extremism”
『米国は女性の権利を尊重し、過激主義を避けるならば、タリバン政府を認めるだろう』という表題の記事が出回っていますが、これらの記事の元となったNed Price報道官の会見内容 - Rev(12:03)を読めば、実際には『女性の権利を尊重し、過激主義を避けない限り、タリバン政府を認めない』という意味の発言を曲解したもののようです。

 

一方、色々と噂される中国は現時点では国家承認を公言しておらず、イランも沈黙。ロシア-teleSUR紙パキスタン-Daily Times紙も現状単独での承認を保留しています。ただしパキスタン今までのタリバン評を旧アフガン政権によるフェイクと論じクレシ外相が中国への共同承認を呼びかける- DAWN紙など、中国との共同承認のタイミングを待っている状態と思われます。中国側も同様でしょう。

 

なお現時点で日本政府としては、

www.kantei.go.jp

茂木外相が中東外遊中、諸国との意見交換に追われる外務省に代わり、菅首相が08/16、08/17と連日コメントしています。当会見で唯一アフガン情勢の質問を投げかけたのが海外記者だったという馬鹿馬鹿しさはともかく……本音で、国家承認の判断は難しいでしょうね。 

 

自国を守るべきであったガニ大統領が逃亡の上、政権移譲を承認までしてしまった訳ですから、国際秩序をひっくり返したタリバン政権を承認するか、タリバン政権が評議会による統治方針を翻し- DAWN紙自ら首長選挙を促す名目で対立姿勢をとるか、はたまた暫定大統領を宣言したサレー第1副大統領 - SankeiBiz支持にでも回るのか。

……私にはその程度しか思い浮かびません。 

そして何より、国際協調を唱えても結局各国自らの国際秩序感に則り、判断が分かれるでしょうし……

 

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2.中国-タリバン会談におけるウイグルの扱いと、アメリカ-タリバン和平文書の現実

 

ところで、タリバンアフガニスタン掌握の過程については下記のNHKニュースが詳しいですが

www3.nhk.or.jp

 

タリバンが「今月に入って次々と州都を制圧してい」く直前2021/07/28のトピックとして、このNHK記事に記載されていない中国とタリバンの会談を加えておきます。

まあ周知のことでしょう。

edition.cnn.com

王毅外相はまた、彼が「国際テロ組織」と呼んだ東トルキスタン・イスラム運動(ETIM - 注:BBC News)に言及し、タリバンは地域の安定を促進するためにグループとの「すべての関係を完全に断ち切るべきだ」と述べた

いわゆる一般的な支援の話とは別に……タリバンはテロ支援組織と一線を画する「同国の『平和、和解、復興プロセス』において重要な役割を果たす」軍事・政治組織であり、また従来の国際テロ組織から脱皮するため新疆ウイグル勢力の側にそのレッテルを押し付けるべきである……そういう意図をもって協力を宣言していた訳です。

ウイグル勢力の国際的活動が地元テロ活動と結びつき国家秩序の安定を脅かしている、とアフリカ諸国に説いたなつかしの手法そのものです。

『安全保障の発展』の項参照-アジア経済研究所

 

 とはいえ実際に望んでいたのは、アフガニスタン掌握に手間取り悪役の立場を維持したタリバンウイグルを併置させることで「ウイグルタリバン同様テロ組織の温床である」という評判を立てることであったと思われます。

実際にタリバンと中国が協力したことでアフガニスタンが陥落したことは周知の事項であるうえ、共同でウイグル勢力の排斥まで実行してしまったら、国際テロならぬジェノサイド組織のレッテルはウイグルではなく中国のものとなってしまうからです。

 

……まあ結局カブール占領をアメリカへの情報攻撃に活用するに留まらず、自ら国家承認を行ってしまった時点で、タリバンとの癒着は勿論タリバンによるウイグル組織構成者への行動が、そのまま中国への評価につながるのですが……

 

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なお、巷で囁かれる「2020年当時、トランプ前大統領が行った和平合意は『条件付き撤退だった』」という説については

wedge.ismedia.jp

残念ながら実際の合意文書を読む限り、そのような判断を残し得る文章ではなく、逆にタリバンが禁じられたのはアルカイダ等との連携に過ぎず、自らアフガニスタン政府軍と戦ったり占領したりすることすら禁じていない(slate紙)不備の多い内容であったことも示しています。

https://s3.documentcloud.org/documents/6790279/US-Taliban-Agreement.pdf

 

 

……この合意に関し、以前の自分の文章で扱っておりながら、まともに内容精査を行っていなかったことを改めて反省しております。 

tenttytt.hatenablog.com

 

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3.アフガン-中央アジア物流回廊と、陸のFOIPの敗北

 

 さて、アフガニスタン関連の議論はその地区の専門家による意見が出るであろう……という事で、今後あまり出てこないと思われる視点からの話をしようと思います。上述した自分の文章またその前の文章でもわずかに触れた、アフガニスタンへの鉄道輸送の話です。

 

画像の張り方が分からないので、以下の文章は皆さまにアフガニスタン周辺の世界地図を開きながらお読みいただければ幸いなのですが……

 

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www.business-standard.com

〉「交通、道路、税関、領事問題を調和させるための議定書を完成させることが合意された...チャバハール港を普及させるために、アフガニスタンとインドでプロモーションとビジネスイベントを組織することに合意した」とイラン外務省は金曜日に述べた

 

2020年初当時、イラン-インド関係の視点からクローズアップしたイラン東部湾岸都市チャーバハール港の開発プロジェクト……敵対国家パキスタンへのけん制、更にアフガニスタン経由で中央アジア・ロシアとの陸上交易の橋頭保とする長期計画も視野に入れたインド主導のプロジェクトですが……

 

アメリカ-アフガニスタン視点の文脈で述べると、この開発自体はイランのチャーバハール港から北進しアフガニスタン国境に近い街ザヘダンとを結ぶ鉄道敷設を目的とした、周囲を非西側諸国に囲まれているアフガニスタンへの物流支援プロジェクトでした。

イランへの経済制裁に特例措置を与えるというギャンブルの要素はあるため、米国側にはかなりの躊躇いが見られたのですが、この鉄道敷設によりインドのアフガニスタン関与をさらに強めさせる目的があった、と考えて良いでしょう。実際インド支援により建設された606号線がザヘダンの200kmほど北部、アフガニスタン国境の町ザランジから南部中央までをつないでいます。

mrunal.org

 

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更にアメリカはこのチャーバハール-ザヘダン間の輸送だけでなく

www.state.gov

>米国、アフガニスタンパキスタンウズベキスタンの代表は、地域の接続性の強化に焦点を当てた新しい四国間外交プラットフォームを設立することに原則的に合意した。両当事者は、アフガニスタンにおける長期的な平和と安定を地域のつながりにとって極めて重要と考え、平和と地域のつながりが相互に強化されていることを合意する。繁栄する地域間貿易ルートを開く歴史的機会を認識し、両当事者は協力して貿易を拡大し、トランジットリンクを構築し、企業間関係を強化するつもりです

パキスタン側からアフガニスタンを経由し中央アジアウズベキスタンへと続く物流連携、つまり非西側陣営のイラン・パキスタン両国を天秤にかける形で、2つ目のアフガニスタン経由の物流回廊を構築する計画も立てていました。

特に今月政権が変わったイランに対しては核合意を不安視する話-Iran International紙もありますし、パキスタンが様々な機会を練っていたことは上述した内容からも明らかでしょう。どちらも危険でありながら、アメリカは戦略的に彼らの理性に賭けざるを得なかった訳です。

 

一般的にこの両物流回廊は、アフガニスタンの安定と近隣国の支援を主目的として計画されたと解釈されています。しかしこの回廊は地図上からも、またアメリカが2つ目の回廊計画に新たにQUADの名を関したことからも、中央アジアからインド洋まで中国北西部を覆う形の国家連携まで視野に入れていたと考えられます。

もちろん日米豪印のQUAD同様、中国からの武力及び債務による圧力を視野に入れたものでしょう。

 

しかしそれは現在、拠点となるアフガニスタンの現状により水泡に帰そうとしています。

 

特にインドは物流回廊のためアフガニスタンの安定に奔走し、和平協定後も米国・アフガニスタン政府-CNBC攻勢直前のタリバン-Al Jazeeraとすら交渉を行い、アフガニスタンの安定に努めました。その努力もむなしく、チャバハール港の投資回収はもちろん制裁中のイランに投資を行う大義名分まで失おうとしています。

元々中国・パキスタンは除外するとして、西側諸国とイラン・ロシア等非西側諸国とのバランスを忘れなかったインドとしては、タリバン政権の国家認定を含めて判断が難しくなった現状と言えるでしょう。

 

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さて、この中央アジアの物流回廊には日本の外交もかかわっています。

www.mofa.go.jp

 

2019/05/17、河野元外相は第7回「中央アジア+日本」外相会談に際し、中央アジア4か国のメディアにほぼ同一内容の文章を寄稿しました

>(前略)私たちは,21世紀のこの地域が,西はカスピ海コーカサス地域を経て欧州につながり,東はアジア,南はインド洋に連結する,ユーラシアの新しい回廊となり,発展することを望んでいます。

>そして,そのような回廊を支える地域のインフラは,国の財政の持続性や自立性に基づき建設されなければならず,誰もが公正に,平和裡に使えるものでなければなりません。開放性,透明性,経済性及び対象国の財政健全性といった国際スタンダードに則った質の高いインフラづくりを進めるために,手を携えていきたいと思います。インフラを運用・管理する人材も重要です。「中央アジア+日本」対話の下でのイニシアティブは,このような人材の育成に主眼を置いたプロジェクトを含みます。

>一方,今日,地域の最大の脅威の一つは,テロや暴力的過激主義です。先日スリランカでも大規模なテロが発生し,多数の死傷者がでました。我々は,あらゆる形態のテロを強く非難します。アフガニスタンと長い国境を接する中央アジアの安定と安全は,国際社会全体の平和と安定にとっても不可欠です。日本は,中央アジア各国と,国境管理をはじめとする麻薬密輸・テロ・暴力的過激主義対策や,アフガニスタン安定化の分野において協力を進めてきましたし,今後も続けていきます。

  • 法の支配を含むルールに基づく国際秩序の確保,通行の自由,紛争の平和的解決,自由貿易の推進を通じて,地域の平和,安定,繁栄の促進を目指す
  • 地域の連結性を向上させることで,質の高いインフラ整備,貿易・投資の開放と促進,ビジネス環境整備,人材育成強化を図る
  • 人道支援,テロ対策分野等で多国間の協力を図る

……開放性・透明性・債務健全性に基づく回廊構築をベースとして、隣接国間の連携と国際秩序を共有する非周辺国による支援を通じてその安定を強化し、暴力や債務を武器とする回廊秩序への挑戦者に対抗する。そのアイデンティティはインド太平洋を物流回廊に置き換えたFOIPそのものと言えるでしょう。

 

それ故にアフガニスタンの陥落がアメリカにとって第二のQUADの危機である以上に、日本にとってはFOIPのアイデンティティの敗北を意味していた、と考えられる訳です。

第1章でアフガニスタンの国家承認に対する判断の難しさを記しましたが、それはどの選択肢もFOIPのアイデンティティを揺るがせ、従来のアフガニスタン以上に中央アジアを補給線の途絶した国際秩序の最前線としてしまう……そういう問題があるのです。

2021/07/19産経記事『日米欧、中国政府機関関与のサイバー攻撃を公表』と日本外交の分水嶺

 

 

www.sankei.com

 

>米国と日本、北大西洋条約機構NATO)、欧州連合(EU)、英国やカナダなど機密情報共有の枠組み「ファイブアイズ」構成国を含む各国は19日、米マイクロソフトの企業向け電子メールソフト「エクスチェンジサーバー」が3月にサイバー攻撃を受け、全世界で被害が続出した問題で、中国情報機関の国家安全省に連なるハッカー集団が実行した可能性が高いと結論付けたと発表した

 

2021/07/19、MS社製品へのサイバー攻撃に際し、比較的マイルドな表現でも

  • EUや米国、更には日本政府より中国ハッカー集団の指摘と当該集団への中国政府の関与について「可能性が高い」と発表した

旨、国内外のメディアが公表しました。

 

……この報道について、私から述べねばならないことがあります。

 

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1. 各国の発表内容と国家責任

1)NATOEUの発表内容

各メディアの記事を確認したのですが、どうやら時系列としてはNATOもしくはEUが声明の先鞭を切ったようです。

www.nato.int

"We acknowledge national statements by Allies, such as Canada, the United Kingdom, and the United States, attributing responsibility for the Microsoft Exchange Server compromise to the People’s Republic of China.In line with our recent Brussels Summit Communiqué, we call on all States, including China, to uphold their international commitments and obligations and to act responsibly in the international system, including in cyberspace. We also reiterate our willingness to maintain a constructive dialogue with China based on our interests, on areas of relevance to the Alliance such as cyber threats, and on common challenges"

>我々はカナダ・英国・米国などと連合し、Microsoft ExchangeServerへの攻撃(compromise)に対する責任を中華人民共和国に帰する国家声明を認める。 我々は最近のブリュッセル・サミット・コミュニケに沿って、中国を含むすべての国に対し国際的コミットメントと義務を守り、サイバー空間を含む国際システムにおいて責任を持って行動するよう求める。我々はまた我々の利益、サイバー脅威等の同盟との関連性の分野、および共通の課題に基づいて、中国との建設的な対話を維持する意欲を改めて表明する

 

europe-and-arabe.be

"The EU and its Member States strongly denounce these malicious cyber activities, which are undertaken in contradiction with the norms of responsible state behaviour as endorsed by all UN Member States. We continue to urge the Chinese authorities to adhere to these norms and not allow its territory to be used for malicious cyber activities, and take all appropriate measures and reasonably available and feasible steps to detect, investigate and address the situation."

>EUとその加盟国は、これらの悪意のあるサイバー活動を強く非難します。これらの活動は、すべての国連加盟国によって承認されている責任ある国家の行動の規範に反して行われています。 私たちは引き続き中国当局に対し、これらの規範を遵守し、自国の領土が悪意のあるサイバー活動に使用されることを許可せず、状況を検出、調査、対処するためにすべての適切な措置と合理的に利用可能で実行可能なステップを講じるよう要請します。

 

……さて、誤解を受けやすいのですがあくまでNATO/EU声明における中国の責任は「サイバー犯罪者に関与したこと」まで言及されておらず、自国領内にサイバー犯罪者がいる疑惑に際して生じる「責任ある国家が負うべき調査追及協力の義務」についての責任と解釈するに十分なものです。

 

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2)アメリカの発表内容

次に各メディアが強調するアメリカの声明を確認します。

www.whitehouse.gov

 

”We have raised our concerns about both this incident and the PRC’s broader malicious cyber activity with senior PRC Government officials, making clear that the PRC’s actions threaten security, confidence, and stability in cyberspace”

>私たちはこの(MSサーバー)事件、及び政府高官による中国の広範な悪意のあるサイバー活動の両方について懸念を表明し、中国の行動がサイバースペースのセキュリティ、信頼、安定を脅かしていることを明らかにしました

 と記し、サイバー犯罪者への国家的関与を証拠……中国国家安全省の影響下にある大学による、MSサーバー事件容疑者らのフロント企業への給与・福利厚生・メーリングアドレス等の支援に関する米国司法省 | Department of Justiceの言及……と共に示しているのが大きな特徴となっています。

 

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3)日本を含む国の対応

……これらEUアメリカの声明を受けて、日本側も外務省が立場を明らかにします。


www.mofa.go.jp

 ※日本語版は対象をぼかす文章を採用しているため、こちらの英語版から読むことをお勧めいたします。

 

 明らかに、NATO/EUではなくアメリカ側の発表内容に対する支持です。

 英国- GOV.UKカナダ- Canada.ca同様サイバー犯罪と中国政府機関の関係を前提とした支持……次期サイバーセキュリティ戦略令和3年度版防衛白書に次ぐ、サイバー犯罪主犯としての中国政府自身を非難する支持なのです。

 

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2. サイバー安全保障におけるアメリカの主導権復活と日本

 面白いのは、GGE報告書で言及された11の規範に対するEU/NATOアメリカ及び日英加のスタンスの違いです。

” Today’s announcement builds on the progress made from the President’s first foreign trip. From the G7 and EU commitments around ransomware to NATO adopting a new cyber defense policy for the first time in seven years, the President is putting forward a common cyber approach with our allies and laying down clear expectations and markers on how responsible nations behave in cyberspace.”

ランサムウェアに関するG7とEUのコミットメントから、NATOが7年ぶりに新しいサイバー防衛政策を採用するまで、大統領は同盟国との共通のサイバーアプローチを提案し、責任ある国がサイバースペースでどのように行動するかについて明確な期待とマーカーを提示しています。

 

……こちらの拙文の第2章で触れているように国際的サイバー安全保障に関する二つのレポート、GGE報告書の第30項(d)あるいはOEWG議長サマリー第15項を各国が採択した結果、サイバー犯罪者の国家関与追及に必要な証拠は限りなくレベルの高いもの(具体的内容は記されていない)を求められております。

EUNATOの声明では恐らくそれを踏まえて、国家関与ではなく国内犯罪に関する調査協力の義務を中国に促しています。

一方アメリカの場合、今回の米国司法省の論証方法は十分な国家関与の証拠になるとみなし、これからのサイバー安全保障に基づく証拠提出の道標……11の規範の新たな注釈にしようとしている訳です。

ただしこれは規範注釈の既成事実化を目指す行為であり、既存の国際法や規範を基にしたサイバー注釈のコンセンサスを加盟国間で築くというGGE/OEWGの思想への、一国家による挑戦と考えることも出来ます。

 

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 なお日本がGGEやOEWG会合を経て確立した立場は、下記拙文の第2章で記した通り、本来EUNATOと同じく国家関与の追及が困難であることを前提としたものでした。

tenttytt.hatenablog.com

 

しかし拙文が示した通り『次期サイバーセキュリティ戦略』、更に『令和3年度版防衛白書』や今回の外務省声明では寧ろ一貫してGGE/OEWG報告書の内容を無視し、中国政府とサイバー犯罪者の関与を主張しています。

これは G7コーンウォールサミットを皮切りとする初外遊 : 日本経済新聞を通じた、国家関与追跡に関する規範に注釈を追加するアメリカのイニシアティブに日本自身が鞍替えしたという事でもあります。

 

もっとも、G7サミットでアメリカが国家関与追跡について言及したのは

”The international community—both governments and private sector actors—must work together to ensure ​(中略)that States address the criminal activity taking place within their borders”

>国際社会(政府と民間部門の関係者の両方)は、国家が国境内で起こっている犯罪活動に対処することを確実にするために協力しなければなりません

 という一節であり、あくまでGGE/OEWG報告書に準拠した内容でした。

この後約一月の間に、日米加等では米司法省の証拠を国家関与の十分な論拠と見做すことで中国を糾弾する旨、すり合わせを行っていたということなのでしょう。

 

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 私は拙文第3章で、GGE/OEWG報告書の内容を把握しないサイバーセキュリティ戦略会合の参加者を非難しました。しかし何のことは無い、最初からGGE/OEWG会合を経て日本自らが育んだサイバー司法外交方針を、会合参加者たちは切り捨てる気満々だったのかもしれません。

 

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※なお国家関与の証拠提示について、中国政府は『次期サイバーセキュリティ戦略』の時同様の切り返しを行っています。

www.nikkei.com

>中国の趙立堅副報道局長は20日の記者会見で、米国や欧州、日本の各政府・機関が中国のサイバー攻撃を一斉に非難したことに反発した。「米国は中国を事実をゆがめて政治目的で中傷している」と述べた。「いかなる形式のサイバー攻撃にも反対する」と続け、関与を否定した

 

詳しい質疑経緯は中国外交部HPの記者会見内容を、自己責任でご覧ください。

  • ロイター記者より国家関与について質問国家関与は完全で十分な証拠を慎重に紐づける必要がある(アメリカの証拠提示はその条件にそぐわない)と批判し、中国への非難を不当と反論
  • 湖北広播電視台記者より、NATOが共同声明の先鞭を切ったことについて質問→NATOが示す調査協力の是非には触れず、NATOの近年の政策非難を行う

当たり前の反論であるばかりでなく、巧みに誘導してNATOによる「責任ある国家の義務としての調査協力」への返答回避に成功しています。産経記事にある

>米国などが中国の国家安全省がサイバー攻撃の起点になっていると指摘したことに「安全部門は非常に敏感で、内部を公開して潔白を証明することはできない。米国は中国に泣き寝入りをさせようとしている」と主張した

 のは環球時報の社説に過ぎず、報道官や政府関係者は調査協力について言及していないことは留意すべきでしょう。 WHOのコロナウイルス起源の再調査拒否:CNN.co.jp の場合とは違うのです。

 

……そしてこの会見内容以上に留意すべきことは中国がこのような形で対応する事、NATO/EUと日米英加の論点分断で「責任ある国家の義務としての調査協力」の言及効果が削がれた事、そもそも自国がGGE/OEWG会合の主旨から逸脱する事まで承知の上で、日本が英加等と共にアメリカ主導のイニシアティブに乗っかったという事実です。

 

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おわりに:日本外交の分水嶺

無論、この日本政府の選択に異論を唱える気は私にはありません。

 

現状完全に「国際秩序の挑戦者」 となってしまった中国に対し、国際秩序陣営が協力して対抗する必要性は近年とみに高まっています。また中露による途上国の懐柔が進行しており、国際会合の場ではOEWG会合のように中露に有利な流れとなってしまう問題があります。

この様な状況では、改めて国際会合の結果に準拠しながらも中国側との対抗姿勢を示しているバイデン政権下のアメリカに便乗するのは悪い決断ではありません。

 

問題は、日本の外交方針の変化です。

 

これまでの日本外交は、閣僚主導による軍事的な協力国家との防衛外交と、協力国・非協力国が連なる国際会合や二国間・多国間交渉の場で担当官僚のお膳立てのもと展開する思想的外交の二つを同時展開していた、と考えられます。

特に2012年の国連合意で定義された

 ”(h) Human security must be implemented with full respect for the purposes and principles enshrined in the Charter of the United Nations, including full respect for the sovereignty of States, territorial integrity and non-interference in matters that are essentially within the domestic jurisdiction of States. Human security does not entail additional legal obligations on the part of States”

>(h)人間の安全保障は国家主権・領土保全・国内管轄事項への非干渉を完全に尊重することを含めた、国連憲章の目的と原則を完全に尊重して実施されなければならない。人間の安全保障は、国家の側に追加の法的義務を伴うものではない

 という「人間の安全保障」という根本思想のもと、国家を通じた他国民に対する能力構築支援を旨とした思想的外交の素地は、積極的平和主義や地球儀を俯瞰する外交というスローガンと共に、積極採用した安倍前首相の外交内容の骨格となっていったと思われます。

 

そしてこの思想的外交と安倍政権のミックスアップは、特にトランプ政権期に国際政治の中枢から身を引いたアメリカに代わり、FOIPやTICAD等大規模能力構築支援を通じた国際秩序の挑戦者への掣肘や、欧米間・EU中枢-周辺国間の対立緩和に寄与、DFFTやサイバー司法等国際的取り決めの場においても代表的論客の立場を担うことになった訳です。

 

一方でこの思想的外交が防衛的外交とコンフリクトを起こすとき……特に対外的危機を伴わない事情(主に人道的危機)による国家制裁に際して、思想的外交はあくまでも優位に立ち、しばしば防衛的外交の協力国との足並みを乱すこともありましたし、時には東欧諸国のように協力国家が敵対的な立場をとる前に関係改善に成功したこともありました。

 

……今回の日本の声明は防衛的外交が思想的外交を上書きし、思想的外交の所産の一つであったGGE/OEWG報告書の内容に抵触する行為を行うという、日本外交の方針転換を表していると言える。私はそう考えています。

 

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かつて”戦略”の文字を削除した「自由で開かれたインド太平洋」に対し、国益を守り抜くため、「自由で開かれたインド太平洋」を戦略的に推進する旨公言する菅首相法に基づく国際秩序を「守る」のではなく「強化する」指針を示す茂木外相、更にバイデン政権によるアメリカの国際会合の場への復活という状況下においては、日本が自らの思想的外交を後退させ、閣僚主導の防衛的外交にシフトすることは一つの帰結であるのかもしれません。

またこの二つの外交の地位が逆転した、今後さらに進行するといったものでもないでしょう。

 

 ただ今回の日本の声明は外交の分水嶺であり、同時に思想的外交に従事した官僚達の功績に対する裏切りの第一歩であったのではないか、と感じるのです。

例え前線の官僚たちの本音が逆だったとしても。

 

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 なんというか、自分がいつか形にしようと書きあぐんできた状況が、自分の筆より早く進んでしまっています。もう少し言えば、今回の所産は菅内閣ではなく第四次安倍再改造内閣……安倍前首相の最終形態のはずだった政権だったのではないか、という話だったのですが。

結局、お蔵入りかなぁ…