安倍政権最後の外交(2):サイバー犯罪と国家帰属の切り離しに対する日本

第2章 はじめに

『安倍政権最後の外交:京都コングレスとサイバー司法』の続きとなります。

前回の文章から間が空いてしまい、その間に補論や小ネタで考え方を提示してしまった事から、話が重複している部分があります。ご了承ください。

 

なお一連の目次と概要を作成いたしました。もし宜しければこちらをご覧ください。

tenttytt.hatenablog.com

 

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前回の文章の最後で、第14回国連犯罪防止刑事司法会議(京都コングレス)へのG77+中国からの意見書のうち、彼らがサイバー犯罪に対する司法への取り組みとして提言した国連総会決議74/247:UNODCホームページおよびサイバー犯罪アドホック委員会の議題、すなわち第12回国連犯罪防止刑事司法会議(サルバトールコングレス)の政治宣言に基づき設立されたIEGの活動を継続強化する名目で『犯罪目的での情報技術使用に対抗するため包括的国際条約を押し広げ(Elabolation)』るという提言に対し、日本が全く無反応だった件について記しました。

 

今回の一連の文章では、この総会決議74/247や後述するOEWG最終報告書といった原則日本と対立する立場によるサイバー司法外交を通じて、日本の(サイバーに囚われない)司法外交の特徴を捉えると同時に、それが前政権からのレガシーとして菅内閣が引き継いでいるのかまで、可能であれば論じてみたいと思います。

 

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2:サイバー犯罪に関するアドホック委員会と日本の立場

2-1:国連決議74/247と日本の拒絶

2019/11/18、第74回国連総会 :UNデジタルライブラリーの「決議」……つまり参加国のコンセンサス方式を採択しなかったこの議題は、提案国であったロシア(及び中国やイラン)のサイバー司法外交の特徴が強く表れたものとされています。

人権介入等を懸念する先進諸国を中心とした五十余国に及ぶ反対を押し切り、ロシア・中国及び発展途上国側の賛成票によりこの決議は採択されるに至ったわけです。

 

日本はこの採決に際し、

”The intergovernmental expert group on cybercrime was already discussing approaches to cybercrime and was scheduled to present its recommendations to the Commission on Crime Prevention and Criminal Justice in 2021. It was deeply regrettable that such little effort had been made to reach consensus and to adequately address the concerns raised by Member States during the negotiation process”

 

>サイバー犯罪に関する政府間専門家グループ(訳注:IEG)はすでにサイバー犯罪へのアプローチについて話し合っており、CCPCJの2021年会合にその勧告を提示する予定でした。コンセンサスに達するための努力、また交渉の過程で加盟国が提起した懸念に適切に対処するための努力がろくに払われなかったたことは、非常に後悔すべきことです

と述べ、また2020/04/26提出の意見書では各国のコンセンサスに基づく連携を論じ

We wish to point out that, in a situation such as this, where an inclusive and comprehensive process is sought, “more haste means less speed”.

>このように包括的かつ包摂的なプロセスが求められる状況では、「急いでいるほどスピードが遅くなる」ことを指摘したいと思います。

https://www.unodc.org/documents/Cybercrime/AdHocCommittee/Comments/Japan

 と推進国側の拙速主義を非難しており、京都宣言でこの国連決議74/247を(政治宣言の流れ的に本来言及すべきであったIEGの活動までひっくるめて)触れなかったのは日本からの明確な拒絶の意思の表れであったと考えて良いでしょう。

 

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2-2:アドホック委員会設立の意図とサイバー犯罪の国家帰属

……さて、なぜ日本がこの決議案『国際条約の新たな策定を押し広げ、犯罪目的での情報通信技術使用に対抗』すること自体に反対したのか。上記その他日本側の発言からはその意図に触れることは困難でしたが、その解とおぼしきものをGlobal Initiativeの記事から見つけました。

globalinitiative.net

”The policy agenda on cyber issues is highly fractious, with tensions over keeping cybersecurity and cybercrime separate and keeping cybersecurity off the formal Security Council agenda”

 >サイバー問題に関する政策アジェンダは非常に骨の折れるものであり、サイバー安全保障(訳注:「サイバーセキュリティ」よりこの訳が直感的に分かりやすいと思います)とサイバー犯罪を分離し、サイバー安全保障を正式な安全保障理事会の議題から遠ざけることに対する緊張が高まっている

  サイバー『犯罪』に関する調査・追及を『新たな国際条約により』解決を図るアドホック委員会に専任させることで、国連でのサイバー司法論議をサイバー犯罪とサイバー安全保障政策、特に安全保障理事会で採り上げられるサイバー犯罪の国家帰属の問題とを別々のものとする。

言い換えればサイバー犯罪の発信国となった国家の責任……国家がサイバー犯罪に関与したかどうかの帰属追及や、帰属に囚われない発信国の調査責任義務(「国際法に基づく国際的な不法行為に関する国際的な義務」(※後述するGGE報告書第69項(g))……に関する議論まで進展させたくない

ロシア・中国の狙いは、どうもその辺りであったようです。

 

第7回IEG総会への中国からのコメントでも

”Bearing in mind that the organizational session of the Ad Hoc Committee is scheduled in May 2021, and the substantive negotiations will follow, it is better not to duplicate the work on cybercrime, and it is necessary to ensure States, especially the developing countries with limited resources, and UNODC could concentrate on the work of the Ad Hoc Committee. Taking into consideration of the above, China believes that it is unnecessary for the Expert Group to continue its work after the current meeting”

 

 >アドホック委員会の組織会合は2021年5月に予定されており、実質的な交渉が続くことを念頭に置き、サイバー犯罪に関する作業は重複しない方がよい。また各国、特にリソースの限られている発展途上国、およびUNODCがアドホック委員会の作業に集中出来ることを保証する必要がある。以上のことから中国は、専門家グループが今回の会合後も活動を継続する必要はないと考えている。

 

 と記しておりますが、これはIEGの活動をアドホック委員会が引き継ぐという意味だけではなく、中国側がサイバー犯罪に関する議論そのものを限定させ、特に国家帰属に関する国連会合から切り離そうとしていたと考えられるのです。

https://www.unodc.org/documents/organized-crime/cybercrime/Cybercrime-April-2021/Comments/7th_IEG_Cyber_-_MS_comments.pdf

 

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※この仮定について、例えばオーストラリアからも上記IEG総会コメント第4章で重複防止の記載があるではないか、と反論する向きもあるかも知れません。しかしこの意見はあくまでレポートにおける推奨事項の記載自体がIEG本来の活動権限から逸脱している件に対するものであり、他の委員会と重複する議題を取り上げること自体を咎めたものではありません。 

 

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……この決議の細かい内容などはこの分野に詳しい方々に任せるとして、まずは

  •  サイバー犯罪に集中して国際条約の新たな策定を検討するアドホック委員会

に日本が反対の立場を示したことのみを念頭に置き、今度は

  • 国際的なサイバー安全保障のため各国の新たなNorms(規範)を検討する

国連の研究グループ、OEWGとGGEに話を進めようと思います。

 

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安倍政権最後の外交(3):サイバー空間での国際法適用のための日本の主張・抵抗に続きます。