TICAD7: 首相基調演説と横浜宣言2019

2019/08/28~/30、横浜で開催されたTICAD7
(第7回アフリカ開発会議)について。
TICADの結果やアフリカ論よりも、TICAD7から日本の対アフリカ認識を探る為の文章になります。


中国のアフリカ進出への対抗論とか、
https://mainichi.jp/articles/20190830/k00/00m/030/099000c

TICAD6の公約だった3年間300億ドルの直接投資について、終盤の進捗状況で160億ドル程度だったものが、7月の修正集計では356億ドルになったとか、
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20190824/k10012047081000.html

西サハラへの対応とか
https://mainichi.jp/articles/20190830/k00/00m/030/010000c

そういう話は取上げていませんのでご了承下さい。


「自由で開かれたインド太平洋」については、少し取り上げますが、ここで取り上げる「自由で開かれたインド太平洋」は昨年秋以降のものを前提としていることをご了承願います。
https://tenttytt.hatenablog.com/entry/2019/02/25/214400


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1. 基調演説と横浜宣言


TICAD7で取り上げられた中心議題の流れについては

『第7回アフリカ開発会議(TICAD7)の開催(8月28日)』
https://www.mofa.go.jp/mofaj/af/af1/page4_005234.html

『第7回アフリカ開発会議(TICAD7)の開催(8月29日)』
https://www.mofa.go.jp/mofaj/af/af1/page4_005255.html

『第7回アフリカ開発会議(TICAD7)の開催(8月30日)』
https://www.mofa.go.jp/mofaj/af/af1/page4_005263.html


……このように初日の全体会合1で、首相による基調演説とそれに準拠する分野別行動計画『TICAD7における日本の取組』(以下『TICAD7取組』)とがいわば日本側の提案として取り上げられ、
その後全体会合・テーマ別会合を経て、
閉会式において締めくくりの挨拶と成果文書『横浜宣言2019』(以下『横浜宣言』)を採択、分野別行動計画をまとめた付属文書『横浜行動計画2019』(以下『横浜行動計画』)が発表、という流れとなっていました。

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2019/09/08追加

実際には『横浜宣言』『横浜行動計画』の内容については、
2019/08/27の『TICAD7閣僚事前準備会合』にて各国閣僚との協議の末、内容採択されていたそうです。
https://www.mofa.go.jp/mofaj/af/af1/page4_005211.html

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全体会合1時点での首相基調演説と、
https://www.mofa.go.jp/mofaj/af/af1/page4_005231.html
閉会式での首相の締めくくり挨拶
https://www.mofa.go.jp/mofaj/af/af1/page4_005261.html

これらを比較すると、前者が「ダブルEダブルI」(アントレプレナーシップエンタープライズ・インベストメント・イノベーション)を打ち出した民間投資支援の面だけでなく、

「時間軸の長い協力」や“New Approach for Peace and Stability in Africa”(NAPSA)など、日本側が自らの視点の下、アフリカに対して有効と思われる新提案を行っていたのに対し、

閉会式の挨拶ではほぼ民間投資支援についてのみ取り上げる形で終わっています。


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参考:
TICAD7開会式 AU議長国エジプト大統領スピーチ
http://www.sis.gov.eg/Story/141310/President-Abdel-Fattah-El-Sisi%E2%80%99s-Statement-during-opening-session-of-TICAD-7?lang=en-us

同閉会式スピーチ(共にエジプト政府HPより)
http://sis.gov.eg/Story/141360/President-Abdel-Fattah-El-Sisi%E2%80%99s-Statement-in-Closing-Session-of-TICAD7?lang=en-us

エルシーシ大統領はあくまでアフリカ統合とAUイニシアティブへの支援、アフリカへの投資を訴え続けています。


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つまりTICAD加盟国・団体との交渉の末(恐らくは否定的な反応の末)、当初日本側が強く提唱しようとした部分は、“一見”取下げられた形になっております。

逆の見方をすれば
首相基調演説と閉会式時に採択された『横浜宣言』、分野別行動計画『TICAD7取組』と『横浜行動計画』を比較する事で
一般的に「民間投資が」「中国が」という側面でしか解釈されないTICAD7の特徴を、むしろ本質的に把握することが出来るのではないでしょうか。

※ネタバレすると『横浜行動計画』はもう一つの対比が出来るのですが、その点は第三章で触れます。


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2. 『横浜宣言』の特徴:

2.-1 AUアジェンダの遵守


前述した基調演説を念頭に置いて、『横浜宣言』
https://www.mofa.go.jp/mofaj/area/ticad/ticad7/pdf/yokohama_declaration_ja.pdf
の「1.2 序論」を読むと、

〉TICADの実施は、持続可能な開発及び人間の安全保障の理念を念頭に置きつつ、アフリカ開発の動向及び優先事項を指針とするべきである。

〉したがってTICADは、アフリカ連合(AU)アジェンダ2063及びその最初の10年間の実施計画に明記されているアフリカのビジョン、並びに、持続可能な開発のための2030アジェンダ(SDGs)への国際的なコミットメントと軌を一にするべきである。


……概要では「AUアジェンダ2063を支持」とあっさり書かれていますが、実際には日本側が自ら「軌を一にする」(英文は“should be aligned with”)と、
TICADの活動はAUアジェンダに遵守する事を求めており、さらにこの姿勢を「3.1 TICADのテーマ」でも同じ表現を使い強調しています。

この姿勢は、後述するNAPSAについても同様であり、アフリカのオーナーシップを尊重する意向が、日本側でより強く反映された形になっています。


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※前回のTICAD6『ナイロビ宣言』では、
https://www.mofa.go.jp/mofaj/af/af1/page3_001784.html
“Alignment with”を「連携し」と翻訳。
もっとも、「軌を一にすべき」という表現は外務省が好んで使用する表現の一つではあります。


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2.-2 NAPSAの消失


NAPSA(アフリカの平和と安定に向けた新しいアプローチ)とは、今回のTICAD7基調演説で初めて打ち出された新提案であり、全貌は明らかにされませんでしたが

AUや,地域経済共同体と協力し,紛争の予防,仲介,調停の努力を助けます。

〉ネイション・ビルディングが紛争によって後戻りしないよう,司法や行政,立法の制度を確かなものとするお手伝いをします。

とあり、明らかに大陸内安全保障のためだけでなく、平時の社会安定化プログラムまで含むものだったと思われます。


基調演説では、このNAPSA発表直後の段落で

〉アフリカの未来に,ひたすら光明のみを見続けたTICADは,過たなかった。アフリカの力を信じた一点において,あくまでも正しかった。

とまで述べており、
いわば未来の闇の部分、アフリカの国際秩序参加に向けた進歩を逆行させる事態(制度の腐敗から貧困・自然災害対策、そして従来の取り組みを考慮すれば禁止品通商取締まで含めて)を憂慮し、それを抑制するための新たな統合イニシアティブとしてNAPSAが提案されたと思われます。

※税関における日本の取組についてはTICAD6の報告書に掲載されています。
https://www.mofa.go.jp/mofaj/area/ticad/ticad7/pdf/ticad6_report_ja.pdf


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しかし、『横浜宣言』では大陸内安全保障は
アジェンダ2063の「2020年までの紛争終結」イニシアティブ、或いはAU既存のAGA(African Governance Architecture)及びAPSA(African Peace and Security Architecture)イニシアティブを遵守する形で吸収されてしまいました。

http://aga-platform.org/about
(AGAホームページ)
https://eeas.europa.eu/delegations/african-union-au/54650/african-peace-facility-apf-and-pan-african-programme-panaf_ru
(EEASホームページ内“APF & PANAF”第二章参照)

一応政治制度など包括的な部分はAGA、安全保障部分はAPSAイニシアティブで補完は可能ではありますが、イニシアティブとして分割されている事もあり、NAPSAが狙うほど根本的な対策とはなりません。
またAUの方針は前述エルシーシ氏の開会式スピーチのように、紛争終結を前提とした再発防止と復興であり、ネイション・ビルディング逆進が大陸レベルまで波及する懸念は存在しないのです。


結局、後述するようにNAPSAは『横浜行動計画』に隠れた形で残ることになりますが、“一見”『横浜宣言』からは消失した形となりました。


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2.-3 AfCFTAの扱い


NAPSAとは逆に、基調演説では取り上げられなかったものの『横浜宣言』において特に重視されたのがAfCFTA(アフリカ大陸内自由貿易圏)です。


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https://www.afpbb.com/articles/-/3234125?cx_amp=all&act=all
“アフリカ自由貿易圏「AfCFTA」、「運用段階」正式スタート 域内貿易拡大目指す”
AFP紙 2019/07/09

アフリカ連合加盟国による単一市場を目指し、関税・非関税障壁の撤廃などの協定ですが、『横浜宣言』では「2.1 現状」において

〉我々は、地域経済統合を深化させ、アブジャ条約の目標を達成するための、AfCFTAの運用化に向けた進歩に留意し、AfCFTAが、物価の変動の影響をより受けにくい、より持続可能で包摂的な貿易を推進するものであることを認識する。

と記したのを皮切りに、

〉我々は、AfCFTAの認知度を国際的に高め、アフリカ及び日本の民間セクター及び他のステークホルダーがAfCFTAの実施を強化するため、啓発のためのプラットフォームを促進することを決意する。
(「2.3 現状」)


〉我々は、AfCFTA並びにそれがもたらす地域統合の深化、市場の拡大、貿易円滑化の促進、農業改革及びバリューチェーンの構築をもたらす可能性を歓迎する。我々は、これらの目的を達成するために、アフリカの民間セクターと日本のカウンターパートを具体的につなげる施策を通じて、AfCFTAの完全な実施を支援することを決意する。
(「4.1.1 三つの柱」)


と数多く言及しています。

前述エルシーシ氏のスピーチ(The second Axis)に代表されるように、アフリカ側はAfCFTAを評価しそれを支えるための支援を日本側に要請し、『横浜宣言』に反映させようとした訳です。


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なお、このAfCFTAについて基調演説で触れなかった理由は、触れる予定が当初無かったからではなく、
AfCFTAに対する加盟国それぞれの受け止め方をTICADのような一堂に会する場でいったん確かめたかったからではないか、と考えられます。

大陸大の自由貿易圏に対する加盟国の期待や憂慮は各国様々であり、実際に過程上署名・批准を一旦躊躇した国もあります。
日本としては彼らの実際の受け止め方を知るまでは、無闇に正面切ってのAfCFTA言及は一旦避けようとしたのではないでしょうか。


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3. 『TICAD7取組』と『横浜行動計画』


次に、『TICAD7における日本の取組』
https://www.mofa.go.jp/mofaj/area/ticad/ticad7/pdf/ticad7_torikumi_ja.pdf
及び『横浜行動計画2019』
https://www.mofa.go.jp/mofaj/area/ticad/ticad7/pdf/yokohama_action_plan_ja.pdf
こちらに目を向けてみます。


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3.-1 『横浜宣言』の行動計画としての『横浜行動計画』


まず、第二章で触れたAUイニシアティブの遵守ですが、確かに『横浜行動計画』では

〉A. 重点分野
〉横浜宣言 2019 の各柱のもとに,重点分野とそれに関連する AUフラグシップ・イニシアティブが記載される。

とあり、行動計画自体がAUイニシアティブから逸脱する事は原則有り得ない形となりました。

※参考: アジェンダ2063フラッグシップ・イニシアティブ(AUホームページより)
https://au.int/en/agenda2063/flagship-projects


またNAPSAやAfCFTAの扱いについても、

  • 『TICAD7取組』では第三の柱の表題部に記載されたNAPSAは『横浜行動計画』では名称消失、
  • 逆に『TICAD7取組』には記載されなかったAfCFTAが、『横浜行動計画』では〉1-1-b) アフリカの生産性,産業化及び貿易政策支援するカテゴリーの大半を占める重点施策となっています。


つまり、基調演説がTICAD参加国との交渉を経て『横浜宣言』に至ったように、
『横浜行動計画』も日本側がTICAD7開始前に用意した『TICAD7取組』を参加国との交渉を経て修正したもの
である訳です。


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3.-2 「債務持続性確保」カテゴリーの消失


次の特徴として、『TICAD7取組』では行動計画の一カテゴリーを形成していた「債務持続性確保」が、『横浜行動計画』ではカテゴリーとしては消失している事が上げられます。

この「債務持続性」は、基調演説ではなく8/29の官民ビジネス対話で首相が
https://www.mofa.go.jp/mofaj/files/000511915.pdf

〉相手国が借金漬けになっては、皆さまの進出を妨げます

という形で触れた物です。


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さて、この「債務持続性」は『横浜行動計画』ではカテゴリーが消失、替わりにその細目が

〉1.3 民間セクター可能性の解放
〉 b) さらなる民間投資を促進するため AU 加盟国のビジネス環境を改善する。

という、奇妙なカテゴリー内の取組/イニシアティブに採用される事となりました。


……しかし、奇妙な話です。

確かに、債務持続性の改善は日本からの企業進出促進に役立つでしょう。しかし、この『横浜行動計画』はあくまでAUイニシアティブを遵守する形で、各行動計画が立案されているものです。

債務管理の研修やアドバイザー派遣という、いわばTICAD参加国のオーナーシップを掣肘する行為は、AUイニシアティブからもTICADのパートナーシップからも逸脱する行動であり、本来は完全に細目から削除される筈のものではないかと思われます。

『横浜行動計画』ではなぜこの行動/イニシアティブが残存したのでしょうか?
ここには、『横浜行動計画』のもう一つの性格が現れていると思われます。


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※なお巷では官民ビジネス会合での首相発言を、「中国による『債務の罠』を牽制した」と解説していますが、

  • 上記発言の“皆さま”が日本のアフリカ進出企業を指していること
  • 上記発言に続けてアフリカ諸国での債務管理研修やアドバイザー派遣の言及をしていること

これらを考慮に入れれば、この発言の対象が中国ではなく、
特定相手からの無理な債務がその債務リスク故に、特定相手以外(特にOECD加盟国)の投資懸念を招いているという、原則的な問題に対するアフリカ諸国の理解不足を揶揄しているのが判ると思います。


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3.-3 日本提案の行動計画を拾い戻す『横浜行動計画』


ここで、改めて『横浜行動計画』の項目設定を確認します。


第一に、全ての行動がAUのフラッグシップ・イニシアティブに紐付けられている事。まずアジェンダ2063等AU側のイニシアティブを遵守する形で重点分野(A)を設定、それらに含有される形で各行動(B)が設定されています。

第二に、それ以降のアクター(C)取組/イニシアティブ(D)期待される成果(E)……具体的な行動計画の部分は、原則日本側のみが記載内容を検討しまとめたもの、と明記しています。


つまり『横浜行動計画』とは、
重点分野や大まかな行動方針についてはTICAD7加盟国との交渉結果としての『横浜宣言』を行動計画化する側面と、
日本側が基調演説や『TICAD7取組』で提案したものの、表立って採択できなかった部分を別カテゴリーで回収し潜り込ませる二つの側面を持つ
ものだった、ということです。


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この仮定に従って、
『TICAD7の取組』と
https://www.mofa.go.jp/mofaj/area/ticad/ticad7/pdf/ticad7_torikumi_ja.pdf
『横浜行動計画』の
https://www.mofa.go.jp/mofaj/area/ticad/ticad7/pdf/yokohama_action_plan_ja.pdf
b) 行動と、c) 主体以降との間に違和感がある項目を見直すと、

  • 「債務持続可能性」の細目が「民間投資促進のためのビジネス環境改善」に採用
  • NAPSAの構成要素と思しき、過激化防止のための「若者の雇用創出/職業訓練」が、「避難民の受け入れコミュニティ統合と発展支援」に採用
  • NAPSAの構成要素と思しき、税関での搬入出に係る「治安関連機材(X線機材等含む)等の提供」が、 「国境物流管理及び国境検問所に関連する当局の能力向上」ではなく、「法の支配,グッドガバナンス,国境管理・監視の向上のため,中央政府,地方政府,警察及び司法機関における制度構築及び能力強化促進」に採用
  • 「アフリカの生産性,産業化及び貿易政策の支援」カテゴリーにある、AfCFTAへの支援主体が日本ではなく国連・世銀であること。つまりAU側の要請に応じ日本が自主的に、国連・世銀に対してAfCFTAへの支援を申し入れている(直接AfCFTAに介入していない)


……など、a)b)項とc)d)e)項に違和感のある細目が多岐にわたっており、それらが主に『横浜宣言』で拾えなかった日本側の提案に関連していることが見えて来ます。


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4. 『横浜行動計画』から見える日本の祈り

4.-1 ブルーエコノミーと自由で開かれたインド太平洋


上記3-3と似た流れですが、『横浜宣言』で言及されながら『横浜行動計画』で“一見”姿を消した言葉に“自由で開かれたインド太平洋”があります。


“自由で開かれたインド太平洋”(以下FOIP)については、TICAD7では主に8/30に開催された特別会合「西インド洋における協力特別会合」
https://www.mofa.go.jp/mofaj/af/af1/page4_005262.html
及び8/29のサイドイベント「持続可能なブルーエコノミーに関するサイドイベント」
https://www.mofa.go.jp/mofaj/af/af1/page4_005250.html
にて取り上げられました。

この際、日本側からは共にアジェンダ2063に基づくブルーエコノミーと紐付けた結果、
https://www.mofa.go.jp/mofaj/files/000512255.pdf
https://www.mofa.go.jp/mofaj/files/000511759.pdf

「西インド洋における協力特別会合」議長サマリーにおいて、参加した西インド洋沿岸10ヶ国(TICAD参加国としては1/5以下の国数ですが、地図を見れば判るようにアフリカのインド洋沿岸国家ほぼ全てに相当します)等は
https://www.mofa.go.jp/mofaj/files/000512266.pdf

〉参加者は、自由で開かれたインド太平洋(FOIP)のビジョンを促進する日本の努力を歓迎しました。ビジョンの目標は、地域の国々および地域の枠組みによる努力と一致しているためです。

〉河野大臣は議長として、4つの分野に焦点を当てて課題に対処する日本の取組を紹介しました。
(i)島嶼国の脆弱性の緩和
(ii)開放性、透明性、経済効率、債務の持続可能性などの国際基準に準拠した、質の高いインフラ投資の促進
(iii)海洋資源の持続可能な利用の確保
(iv)自由で開かれた海洋秩序を確保する

とFOIPを“welcomed(歓迎)”したのです。


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後に『横浜宣言』ではFOIP自体については“take good note of”(好意的に留意)と表現を抑えられ、更に『横浜行動計画』ではFOIPの名称は消えましたが、日本の取組の4分野は
〉1.1.d) アフリカのブルーエコノミーを支援する
カテゴリーの他、各種取組/イニシアティブに取り入れられた訳です。


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4.-2 「国際秩序からの逸脱」という最大の懸念


……このような形で、
TICAD7で提案された日本側の対アフリカ政策は、AUイニシアティブ遵守という今回強調された原則を守った上で、『横浜行動計画2019』に含める事に成功しました。

なお、『横浜行動計画』にねじ込まれた債務持続性やFOIP、NAPSAやAfCFTAへの間接介入に到る諸提案は、
前々からTICAD7が主張していた「民間投資促進のためのビジネス環境改善」、或いは巷で囁かれる「中国進出への対抗」などで計りえるものではありません。

諸提案に共通するのは、アフリカ全体における基本的価値に基づいたネイション・ビルディングの逆進、「国際秩序に対抗する新たな秩序」が国家経済・海洋及び港湾投資・社会秩序・通商及び産業防衛部門を通じ、組織されていく事への懸念なのです。


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〉日本外交の最大の課題は、自由、民主主義、基本的人権、法の支配、国際法の尊重といった基本的価値に基づいた国際秩序を様々な方面からの挑戦から守り続けることにあります。

〉ある国で経済が発展すれば、その国民は次に民主主義を求めるようになると私は信じています。しかし、最近の国際的な経済の発展に比べ、民主化の遅れが見受けられます。基本的価値に基づく国際秩序に対抗する秩序を創り上げようとする動きとは断固、戦わなくてはなりません。

『第198回国会における河野外務大臣の外交演説』
外務省HP 2019/01/28
https://www.mofa.go.jp/mofaj/fp/pp/page3_002672.html

……あくまで外相演説であり、確かにこの言葉がそのまま日本政府の対アフリカ方針に適用されるとは限りません。
しかしTICAD7の提案をみる限り、日本側の懸念がここにそのまま描写されている事が判ると思います。

自然環境・疾病・貧困・不平等・違法取引・過激主義の蔓延、更には国家の不正・腐敗・債務リスクなど、様々かつ大陸レベルでのネイション・ビルディング逆進要因を抱えた、国際社会で最も脆弱な環と言い得るアフリカ諸国に対して、
TICAD7の事前提案である基調演説では、既定路線通り民間投資への注力をアピールする一方、逆進防止の為のプログラムを組み込んだのだと思われます。


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※もっとも、民間投資への注力と逆進防止プログラムが、全く異なる方向を向いている訳ではありません。
JETRO『2018年度 アフリカ進出日系企業実態調査』P21にもありますが、
https://www.jetro.go.jp/ext_images/_News/releases/2019/bc4f3f06c1a65445/rp-africa2018.pdf
アフリカ投資最大のリスクは調査国全てで
「規制・法制整備」「政治的不安定」のどちらかがトップ
であり、ネイション・ビルディング逆進防止は最も日本企業のニーズに合わせた対アフリカ民間投資支援とも言えるのかもしれません。

ただしAfCFTA発効後の今、そのメリットを享受すべく日本企業にアフリカ進出を選択させるには、大陸レベルで波及するネイション・ビルディングの危機を、アフリカが自ら統合的に対処に向かう段階が不可欠だと感じます。


……そしてアフリカがその段階に到達しえる事、あとは日本側のきっかけがあれば民間投資も拡大しえる事、TICAD7による提案がアフリカの統合的発展の気付きと手助けになる事を、安倍首相が信じた末に発した言葉こそ

〉アフリカの未来に,ひたすら光明のみを見続けたTICADは,過たなかった。アフリカの力を信じた一点において,あくまでも正しかった。

ではないでしょうか。


TICAD5からTICAD7まで6年、いや実は第一次安倍政権による『TICAD持続可能な開発のための環境とエネルギー閣僚会議』から12年に及ぶ努力の結果ではあります。
https://www.mofa.go.jp/mofaj/area/ticad/energy_gai.html


しかし、TICAD7という3日間の交渉・調査期間を経て、日本側の下した判断が政府・民間ともかなり厳しいものだったことは、『横浜宣言』『横浜行動計画』を読む限りでも察することが出来るでしょう。
                   (了)


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ついでに、AfCFTA発効以降も増大するアフリカの海外投資依存構造、それもアフリカ統合に向けた投資構造の変革を促すべきAUの代表者が自らTICAD7閉会式で

“I would like to renew my call to all international companies and finance institutions, besides the private sector and Japanese companies to cooperate and invest in Africa whose markets are open and investment climate is proper, besides the availale desire to cooperate with all partners.”

と海外からの投資を無秩序・無反省にアピールする状況は、単にアフリカ側による日本民間投資への失望だけでなく、日本側にも今後のアフリカ投資への不安、今までの対アフリカ協力活動の徒労・無力感を抱かせるに充分なものだったのではないでしょうか。


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(いい加減和訳): G7ビアリッツサミット デジタル宣言

オープンで、自由で、保護された(訳注:sequre)デジタル変革のためのビアリッツ戦略
https://www.elysee.fr/admin/upload/default/0001/05/62a9221e66987d4e0d6ffcb058f3d2c649fc6d9d.pdf


1.
私たちG7加盟国及びオーストラリア・チリ・インド・南アフリカのリーダーは、OECD事務総長と共に、この2019年8月26日ビアリッツサミットの場でオープンで自由で保護されたデジタル変革を促すための最高の戦略について議論し、現在直面している問題からそれを保護する決意を新たにしました。


2.
インターネット、およびデジタル変革で使用される関連技術は、社会・経済発展を可能にする重要な鍵です。 それはすべての個人・コミュニティに力を与える新しい手段をもたらし、前例のない情報と知識へのアクセスを提供します。
しかし、社会的結束と民主的価値を脅かす悪影響が世の中には存在します。 特に女性・マイノリティ・脆弱なユーザーを対象とした様々なオンライン上の不正行為は、多くの人権の完全な享受を抑制します。


3.
私たちは、意見と表現の自由に対する権利を約束します。 我々はさまざまな視点からの情報へのアクセスが民主主義には不可欠だと信じています。しかし、さまざまな法的および政治的伝統に由来する差違について、関連する利害関係者との徹底的かつ建設的な意見交換を行う事の重要性を認識しています。
『情報と民主主義のための国際パートナーシップ』(訳注1: )の設立についての進捗状況、及びジャーナリストの保護のため7月10日から11日にロンドンで開催された『メディアの自由のためのグローバル会議』(訳注2: )の結果について、我々はフランス大統領から報告を受けました。

訳注1: 国境無き記者団の主導で2018年9月に初会合、11月パリ平和フォーラムで宣言が出されたhttps://rsf.org/en/global-communication-and-information-space-common-good-humankind

訳注2: https://www.gov.uk/government/topical-events/global-conference-for-media-freedom-london-2019/about


4.
国家・非国家を問わず行われる違法・悪性な活動や、外国の敵対的干渉に対抗する民主主義を強化するため、我々は各国の協力を宣言します。
我々はサイバーセキュリティ、戦略的コミュニケーション、カウンターインテリジェンスを含めた複合的な脅威に対処する能力を引き続き強化します。
『G7 即応メカニズム』(訳注3: )での進行中の作業に、我々は注目しています。

訳注3: 前回G7シャルルボワサミットで提唱された、民主主義の脅威に対応するための情報・対処共有メカニズムhttps://www.canada.ca/en/democratic-institutions/news/2019/01/g7-rapid-response-mechanism.html


5.
とりわけ『クライストチャーチ・コール』(訳注4 :)、およびテロリズムとテロを助長する暴力的過激主義によるネットの悪用防止に関するG20大阪サミットの声明によってもたらされた、継続的な勢いに留意し、開かれ、自由で保護されているという相互目標を掲げた国際的インターネットパートナーのために活動します。
テロリストのプロパガンダに対抗するためのポジティブな物語は、この取り組みの重要な要素であり続けるでしょう。 違法なオンラインコンテンツや活動に対処し、我々の民主的価値と法の支配を尊重する一方で、インターネットのプラス効果の実現を目指すインターネット・マルチステークスホルダー憲章に関してのビジョンについて、我々は情報を共有しました。

訳注4: 2019/03/15テロ実況配信事件を機に提唱された、暴力的ネット配信をネットから削除する仕組みhttps://www.beehive.govt.nz/release/christchurch-call-eliminate-terrorist-and-violent-extremist-online-content-adopted


6.
データ、情報、アイデア、知識の国境を越えた流れが、プライバシー、データ保護、知的財産権、セキュリティに関連する問題を提起する可能性がある一方で、生産性の向上、イノベーションの向上、持続可能な開発の改善をもたらすことを認識しています。
『Data Free Flow with Trust』(訳注5: )は、デジタル変革の機会を活用します。この点で、国内と国際法的枠組みの両方が尊重されるべきです。異なるフレームワークの相互運用性を促進するために協力し、開発するためのデータの役割を確認します。
5Gネットワ​​ークおよびサプライチェーンのセキュリティの脆弱性がもたらす脅威に対処する必要性に同意します。

訳注5: 2019/01/23安倍首相がダボス会議で提唱。非機密・非個人データに限定した自由流通を論じたものとされるhttps://www.kantei.go.jp/jp/98_abe/statement/2019/0123wef.html
なお「国内と国際法的枠組み」「相互運用性」の各文章は、G20つくば貿易・デジタル経済関係閣僚声明にて使われているhttp://www.soumu.go.jp/main_content/000625755.pdf


7.
人工知能(AI)テクノロジーは、私たちの社会と経済に前例のない革新と成長のサイクルを開くことができます。
AIは『持続可能な開発のための2030アジェンダ』(訳注6: )の達成に向けた進歩を促進するための革新的なソリューションを提供するとともに、私たちの最も差し迫った課題のいくつかに対処するための重要なメリットを提供できます。
我々はAIが社会・世界経済・仕事の未来を変革し、福祉を改善する可能性を持っていることを認識していますが、経済・プライバシー・データ保護・民主主義に関しては、全く異なる効果があるかもしれません。

訳注6: 2015年国連総会で採択された、貧困・エネルギー・気候・平和など2030年までに達成する諸目標を定めたアジェンダhttp://www.mofa.go.jp/mofaj/files/000101402.pdf


8.
我々は『AIの未来に関するイタリアおよびカナダの取り組み』(訳注7: )を認識しています。私たちは、人権、包摂、多様性、革新、経済成長に根ざしたAIの責任ある開発を支援し、導く必要性を認識しています。私たちは、AIの仕事を前進させる方法を探り続けます。AIの問題とベストプラクティスに関する学際的な研究結果を定期的に理解し、共有し、国際的なAIの取り組みをまとめる。その点で、カナダとフランスが提案したイニシアチブである『AIに関するグローバルパートナーシップ』(訳注8: )、およびその他の関連するイニシアチブを認識しています。『 2019年5月に採択された人工知能に関する勧告』(訳注9: )に沿って、AIを前進させるための作業をサポートするOECDの意欲を歓迎します。

訳注7: G7モントリオール雇用労働大臣会合のAnnex Bの事か?http://www.g8.utoronto.ca/employment/2018-labour-annex-b-en.html

訳注8: G7モントリオール・マルチステークスホルダー会合で、AIの専門家国際パネル“IPAI”設立を提唱したものhttps://www.gouvernement.fr/en/france-and-canada-create-new-expert-international-panel-on-artificial-intelligence

訳注9: https://www.oecd.org/tokyo/newsroom/forty-two-countries-adopt-new-oecd-principles-on-artificial-intelligence-japanese-version.htm



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G7ビアリッツサミットでの
“Biarritz Strategy for an Open, Free and Secure Digital Transformation”について、外務省HPの和訳発表が遅れているようなので、取り敢えず。

Google翻訳ベースの下手くそな和訳です。
あと一章内での段落分けは、訳注の『』同様訳者が勝手に行っておりますのでご了承願います。特にDFFT周辺の話は、かなり個人的な思いが込められています。


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2019/09/02追加
外務省HPに訳文が掲載されました。
https://www.mofa.go.jp/mofaj/files/000512666.pdf

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韓国のL/C関連……最近の話題見直し

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以前作成した『韓国 貿易与信枠とかL/Cとか』
https://tenttytt.hatenablog.com/entry/2019/02/18/122805

こちらが1~2ヶ月前辺りに閲覧数が増えたのですが、最近韓国関係も貿易与信とかも全然勉強していなかったので……復習として、韓国L/C関係で最近話題になった他所の記事を見直し始めています。


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ブログ『新宿会計士の政治経済評論』に当時読者コメントとして書き込んだ内容をざっと記すと、
https://shinjukuacc.com/20190217-01/

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その昔、渡邊哲也氏などが提唱されていた

韓国産業銀行などの経営悪化により、輸出に伴う信用状の発行などは日本の銀行の信用枠で成立しているので、この枠を撤廃すれば韓国は外貨調達や輸出に制限がかかる”

という話を参考にされた某氏の読者コメントが出た際、

“韓国輸銀の信用枠なんて原則は貿易保険の保険料率に影響を及ぼすだけで、まして保険料率の大元であるカントリーリスクはOECDが判断している”

韓国産業銀行へのみずほCB及びJBICによる協調投資により、一部貿易保険に包括保険料率という割安の適用が行われるようになったが、仮にみずほが融資を引き上げても貿易保険が一般料率に戻るだけの微々たる問題ではないか”

という旨の話をコメント欄に記し、長々しい説明はコメント補助用に自作したブログに書き込んだのが事の始まり。

※なお当時は“微々たる問題”と記した包括保険料率ですが、後に調べ直したところ一般料率の1/3~1/4の額で保険加入が可能になるとの事で、融資引き上げにより一般料率に戻るとそれなりに影響があるようです。


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……元々貿易実務に関わった訳でもない素人が、ざっと調べただけで書き込んだコメントですから、相手とも他の読者とも話が噛み合わずに終わってしまいまして……

その後自分の関心事も別方面に移り、ブログの内容再検討も貿易与信についての勉強も全く手付かずの状態でした。
そんな読者コメント説明用の文章が、総量は勿論微々たるものですが自分のブログでは最も閲覧数の高いものとなってしまった現状もあり……不完全極まりない文章をご覧になった方へのお詫びも込め、いつかまとめ直しが出来ればと考えています。


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さて、手始めとして最近話題になった話を読み直しているのですが

1. 『ホワイト国除外で、金融機関は経産省の許可がなければ信用状を発行できなくなる』

……これ、ブログやコメント等では全ての韓国発行L/Cに適用される前提で記されていることが多かったのですが、私には理解が追い付きません。

この話で主に引用されるJETROのHPを読んでも、
https://www.jetro.go.jp/world/qa/04J-120104.html
『仲介貿易(三国間貿易)における留意点』

〉仲介貿易取引規制の強化については、輸出管理徹底国(ホワイト国)以外の仲介貿易について、キャッチオール規制の客観要件およびインフォーム要件に該当する場合は、経済産業大臣の許可が必要となりました(外為令第17条第2項)。

こうある様に、経産相の許可が必要になるのは
I. 仲介貿易に関わる法的規制でも、キャッチオール規制に該当する場合だけではないかと。

なお、第三国から韓国に輸入する際のL/Cの信用補完のため、日本の銀行に確認信用状(後述)を発行させる事に対しても今後経産省がチェックを入れる、という記事もありましたが……それも規制該当の貿易だけでしょう。

II. 仲介貿易に関わる報告義務は日銀への書類提出についての話ですし、

III. 仲介貿易における留意点もL/Cの問題というより、各種書類完備の問題ではないかと。

※一部ではこのIII. の部分で、貿易そのものに経産省が圧力を与えるから結果としてL/Cも…という微妙な表現の記事も見られます。


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2. 『新宿会計士の政治経済評論』の最近の言及

https://shinjukuacc.com/20190723-04/
“「韓国のL/Cへの保証」説の実情”2019/07/23
https://shinjukuacc.com/20190729-02/#i-4
“日本が韓国への「単独金融制裁」に踏み切れない理由”

最近…と言いながらひと月前の記事読み直しです。

武藤正敏氏がJBpress紙において、上述の渡邉氏に近い内容の記事を作成した事に触れ、各種公表数値をもとに検証されていますが、流石は『新宿会計士の政治経済評論』らしく、数値で確認出来るものはしっかり言及した上で、

〉少なくとも現時点において、BIS統計からは「日本が韓国の銀行のL/Cに対する保証を撤回すれば、韓国はL/C貿易ができなくなる」という事実は確認できない、というのが実情です。

と記されています。


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3. 確認信用状について


「日本の銀行が韓国の銀行に付与している保証」について、いわゆる“確認信用状”の事ではないか、という記事を最近になって見かけました。

※自分が読者コメント及びコメント用ブログに書き込んだ2019年2月当時は、この確認信用状に触れた話はあまり見当たらず、みずほ他から韓国諸銀行への貿易関連融資が主な話題だった記憶があります。
なお当時話題となった話は「輸出に伴う信用状の発行」なのですが、確認信用状は原則韓国の輸入に伴うものですので……

https://www.jetro.go.jp/world/qa/04A-010712.html
『信用状(L/C)発行銀行の信用リスクと確認信用状(Confirmed L/C)』
JETRO ホームページより


確認信用状(Confirmed L/C)とは、例えば信用度の高い第三国の銀行が代金支払いを確約する形で、他国の信用状(L/C)を補完するために発行するもの。

韓国がL/Cを発行して第三国から輸入を行う際、自国銀行発行のL/Cには国際的な信用に欠けるため、確認信用状の発行を日本の銀行に多く依頼している、という説です。


……………………………………

……ただしこの確認信用状は上述の貿易保険同様、対韓貿易以外でも普通に行うリスク対策の一つに過ぎません。

また、特に韓国発行L/Cについてのみ日本の確認信用状発行が多いという説が統計的に裏付けられたとしても、それ自体が別に他国の一流銀行が発行しない(条件を厳しくする)という話まで裏付けするものではありません。

そもそも確認信用状は貿易保険同様、本来韓国のL/Cを受け取る側の第三国メーカーや輸出業者が、自らのリスク対策のために対応する仕組みです。

仮に何らかの手段で韓国発行L/Cに対する確認信用状発行禁止処置を行ったとしても、
日本発行の確認信用状自体、他の手段で代用出来るリスク対策の一つでしかないため肝腎の韓国L/Cの信用低下に繋がるかは怪しい所ですし、
貿易包括保険停止の場合のように「少なくとも韓国からの融資は引き上げてやった」というスッキリ感すらも無い、無駄な処置ではないか、と現状考えています。


そもそも日本貿易保険の統計上、韓国L/Cが実際に貿易保険で補填された額は保険加入件数と比べ、他国と比較してもそれほど高くはありません。
https://www.nexi.go.jp/product/booklet/pdf/pr_gaiyou.pdf
日本貿易保険パンフレット(商品概要編) P24参照

元々貿易保険の国別補填額は年度により変動が激しいのですが、実際に支払不能となったL/Cが少ない状況で
韓国産業銀行が発行するL/Cには信用が無い」
→「日本の確認信用状廃止で韓国にダメージ」
という説については少々モニョってしまいます……


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4. 貿易保険OECDカントリーリスク


最後に、以前自分が記した文章の裏の意図について記すと

  • 韓国発行のL/Cに対する日本側の優遇措置が廃止された場合、L/Cの信用低下・カントリーリスクの上昇は貿易保険料率上昇に転嫁されるであろう。
  • しかし、このカントリーリスク自体は日本ではなくOECDのカントリーリスク専門家会合の判断によるもので、カントリーリスクが変更されない状況では日本側も貿易保険料率を上昇出来ない。
  • 逆の言い方をすると、「実は信用リスクが高いけどOECDが良い評価を下した」国のL/Cに対しては、OECDの評価に実態の方を合わせるよう、加盟国に対し優遇措置を与える指示をしている可能性がある?
  • もしそうなら、OECDでの根回し無しには韓国L/Cへの優遇廃止も困難であり、言い換えれば廃止の動きが出て来た場合、既にOECDへの工作が進行しているという事ではないか。

という事でした。


………………………………………

もちろん、この仮定はまだ文章化出来るほど形になってません。仮定の脇を固めるためには

  • OECDにそこまでの権限があるのなら、他の国(例えば評価の高い中欧諸国)で同様の優遇措置があったのではないか?
  • OECDカントリーリスク専門家会合の決定基準、会合内あるいは会合に影響を与えるOECD内部委員会の力関係や構成はどうなのか?
  • そもそも国際組織や貿易金融、更に貿易実務自体の知識不足。


という問題があり、まずは少しずつ知識や情報を集めている最中、というのが現状です。


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……実のところG7の結果やTICAD7、日印共同でのアフリカへのデジタル協力(大阪トラックのゴタゴタで立ち消えになっていたかと思ってました)など、優先して調べる話が目白押しで、
今回の話に戻れるのはしばらく後になりそうですが。

来週からはイタリア周辺がキナ臭くなってますし…


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おまけ:

『新宿会計士の政治経済評論』の読者コメントに自分が貼り付けた、今では出処不明の文章です。

恐らくリンク切れになっている
韓国産業銀行への貿易金融ファシリティの供与について ~ 日本貿易保険』の中身だと思うのですが…

代替で貼り付けたJBICの文章よりも、みずほの韓国産業銀行への融資と貿易包括保険の結び付きがはっきり書かれています。


韓国産業銀行に対して、国際協力銀行(JBIC)とみずほコーポレート銀行(みずほCB)の協調による総額200億円の融資契約が締結されたことを受け、みずほCBが供与する100億円の融資に関して、同行と貿易代金貸付保険の付保に関する追加特約書を締結……この追加特約書の締結により、JBICとの協調融資(償還期間2年未満)について、包括保険料率による保険の申込みができるようになります

大阪トラックの路線変更(7) : 完結

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『大阪トラックの路線変更(6)』の続きとなります。今回で完結となります。
https://tenttytt.hatenablog.com/entry/2019/08/02/194634

なお、大阪トラック関連の目次については
https://tenttytt.hatenablog.com/entry/2019/06/29/223127
こちらまでお願い致します。


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10. まとめにかえて: “大阪トラック”の一般的理解


ここまで「大阪トラックは6/8の貿易・デジタル経済大臣会合により定義が変更された」という前提の下、そこに到るまでの流れを記して来ましたが

……一般な考え方としては
『日本が求める“WTO電子商取引ルール”とは国家間の自由なデータ流通(つまりDFFTのData Free Flow)のこと』と考えた上で……


……………………………………

  • 1/23ダボス会議での首相演説は、まずここ数年間の日本経済の成長を指し示した後、国内政策の未来像“Society5.0”におけるデータ流通・活用状態を新たな経済・格差問題打破の鍵として例示。
  • 世界中をこの状態に導く前段階として、機密情報を除く非個人処置を済ませたデータの自由流通“DFFT”と、DFFTを全世界に拡大するためのプロセスである“大阪トラック”をG20での主要議題のひとつとして提唱するものであった。
  • 一方1/23の首相演説に並行して、1/25のダボスにおいて“WTO電子商取引ルール”つまり国家間の自由なデータ流通に関するルール作りをWTOの場で提唱する事について、七十ヶ国以上の賛同者確保に成功。G20での“大阪トラック”立ち上げの原動力とする
  • その後6/8のG20「つくば貿易・デジタル経済大臣会合」において日本側より改めて“大阪トラック”が議題として取り上げられ、DFFTの提唱とWTO電子商取引ルールについて閣僚声明・議長声明採用に向けた参加国全ての賛同を求めた。
  • が、当会合では各国の具体的な論点が示されない状態でDFFTが提唱された後、そのままWTO電子商取引ルールについての各国賛同を求める形で進行したため、一部G20加盟国から反発を受けた末『国内的、国際的な法的枠組みの双方を尊重』など日本側の妥協を含めた声明発行となる。
  • 6/28のG20「デジタル経済に関する首脳特別イベント」では首相の冒頭発言こそDFFTに触れていたものの、ここで採択された「デジタル経済についての大阪宣言」の文面通り、実際には6/8に行おうとしたWTOでの賛同取り纏めに特化された会合であった。
  • なお、同大阪宣言は最終的にG20参加国全ての賛同が得られない事が確実となり、具体的なルール作りとしての“大阪トラック”立ち上げは結局首脳宣言に採択されないサブセッションとして行われている。
  • ここでの米中首脳の発言を見れば明らかだが、同イベントにおける“大阪トラック”ではWTOでの電子商取引ルール作りに向けた会合の立ち上げ、という事実のみが示されたに過ぎず、各国がバラバラの思惑を持ったまま開始されたものである。

https://www.whitehouse.gov/briefings-statements/remarks-president-trump-g20-leaders-special-event-digital-economy-osaka-japan/
“Remarks by President Trump at G20 Leaders’ Special Event on the Digital Economy | Osaka, Japan”……米国側
ホワイトハウスHP 2019/06/28

https://news.cgtn.com/news/2019-06-28/President-Xi-attends-G20-special-event-on-digital-economy-HT8wRQvII0/index.html
“Xi: We cannot develop ourselves behind closed doors”……中国側
CGTN紙 2019/06/28


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……他人への説明であれば、このような形で十分ではないかと思います。


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しかしながら、この認識ではかろうじて“大阪トラック”をG20サミットを前提として語る首相と、あくまでWTOでの票集めを目的とした省庁・閣僚の認識差を説明する事は出来るでしょうが、

省庁・閣僚側がこの首相との認識差を埋める努力、即ちG20での各国合意に向けたDFFTの具体的論点の洗い出しや、異なるデータガバナンス・ポリシーを持つ国家との政策面での摺り合わせを怠った理由まで説明する事は困難です。


……………………………………

もし何らかの理由で大阪トラックに関する二国間交渉の機会を各省庁担当者が得られなかったため、G20のような多国間交渉の場でいきなり全加盟国賛同を求める事態に陥った、という事であれば

まず大阪トラックに関わる“Society5.0”のような未来像やDFFTの問題点に向き直り、そこを叩き台として各国の都合に合わせた調整方法を提示する事が、最も『プロセスについての』各国合意を得やすい方法のはずです(実際、6/8の時点でインド側が求めたのは、そのような叩き台としてのDFFTであったと考えています)。

この叩き台が無ければ、日本がDFFTや大阪トラックを通じて何を提唱しているのかを各国は判りかねるでしょうし、またサミットでの米中のコメントの如く大阪トラックを好きなように改定する事が出来てしまいます。

この調整を具体化せず、ただ宣言の中に
『国内的、国際的な法的枠組みの双方が尊重されることが必要』と記載するに留め、6/8、6/28両会合を通してとにかく形だけG20会合で取り纏めを行うことに拘りました。

これこそ各省庁が“大阪トラック”をすり替えた根拠の一つであり、G20参加各国が失望した理由でもある、と考えられるのです。

国際秩序に各国法を摺り合わせる為、国際的な法的枠組みにそのプロセスを導入する過程として使われるべき言葉を、
各省庁は自らの功のため、各国との調整を放棄したため、或いはWTO改革など自省の目標達成を優先した結果、
国内・国際的枠組みの合間を行き交いルール回避を図る国家や、自国政策を国際的な法的枠組みに優先させようとする国家に易々と提供してしまったのです。


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11. 二つの論点から見直す“ダボス演説の大阪トラック”


さて、もし“ダボス演説で首相が提唱した大阪トラック”の問題点洗い出しに省庁が取り組んでいたとしたら、以下の国際的な論争を生むべき点に対して配慮が為されていたと思われます。


………………………………………

まず、DFFTがデータの価値を認めていながら、暗にその価値所有権の主張を無視している事です。

これはデータの価値の存在を認めていない、という事ではなく、逆に個人からデータを取得した団体或いは所属国家に対して、その対価を返上し自由流通に貢献する事を示唆しています。

DFFTと対立するデータ・ローカライゼーションの基本理念が、国民データの帰属を所属国家とする事と、この国民データの所有価値を先進・発展途上国間の格差解消の原資としたのと逆に、
DFFTでは国民データを含めた非個人化・非機密データの大規模自由流通で国際的イノベーションを引き起こし「偉大な格差バスター」の原資とすべきだ、と主張している
訳です。

以前の章で記したように、従来の自由なデータ流通を主張する側がデータ・ローカライゼーションに対して自らの障害となるため廃止すべき、という全否定論で応じていたのと対照的であり、
一方でデータ・ローカライゼーションを志向する国家に対して、大阪トラックが(スケールメリットで間に合わない場合)どのような形で対価を提案するのか、という論点があります。


………………………………………

次に、未来像“Society5.0”についての論点です。


前述した日本提案の未来像“Society5.0”とは、現在の情報社会(Society4.0)の次に来る産業社会であり、平たく言えば実体社会と情報社会の連動を目指すものですが、概念としては下記の図をご覧頂ければ判りやすいかと思います。
https://images.app.goo.gl/k728xVB9gtDiXpe36


則ち、ものづくり国家として強みを持つ実体社会を情報社会と連動させる事で、情報社会化(Society4.0)で米中や欧州小国に遅れを取った分を取り返そうと考えたのが“Society5.0”なのですが、

その前提として無数のセンサー(実体社会の情報を情報社会に吸い上げる各種機構)の存在があります。

センサーの数や種類が多ければ多いほど、実態社会からより多くのデータを情報社会に吸い上げ、ビッグデータとしてAI等での集積・活用が可能な社会となる……訳ですが、無数に増え続けるセンサーには情報入手に関するセキュリティや権利保護の問題が潜んでいます。

しかし、この点についてDFFTは入手個人情報の非個人化(サンドボックス)処理のみ、Society5.0関連まで幅を広げても情報銀行程度の認識しかなく、対応の甘さを突かれる隙は十分にあります。

実の所、Society5.0では(バックドアを含めて)あらゆるセンサーからデータ収集する事自体は不問に近い状態であり、企業団体や国家が収集した後のデータ流出や活用時点でのセキュリティ、悪意を重視している訳です。


またSociety5.0では不用意な印象を与えるレベルで実体社会を情報社会に結び付けようとする考え方が強いため、情報社会でのセキュリティエラーがダイレクトに実体社会での損害に繋がる社会構造となり易く、対応する新たな枠組みを日本が提唱し得るのか、という問題も発生します。


………………………………………

……さて、この二つの論点を突き詰めると

DFFTや未来像Society5.0とは、データに関する権利の国際的な移譲や国家・国内企業によるデータ機密の遵守、言い換えれば国際秩序を遵守する国家群の善意によって成り立つ仕組みではないかと推定されます。


それ故に『フリーで、開かれていて、ルールに基づいた国際秩序を保全するという大義名分のもと、

異なるデータガバナンス政策を維持する国家に対しても、国際秩序を維持する善意に基づく幾つかのデータ管理の基準をクリアし、逆に相手側が要求するだけのデータの対価・国家管理並みのセキュリティ補償が出来る部分は、DFFTの恩恵を受ける事が出来る。

逆にDFFTに参加しながら、国内政策と国際秩序の間を行き交いルールを回避しようとする悪意の賛同者については、国際基準からの逸脱指摘を通じて最終的にDFFTの完全な恩恵、更には国際秩序の屋根から外し、市場競争力の通用しない地平に追い込んでいく。

……これが“ダボス演説で提唱された大阪トラック”の狙いの一つだったのではないか、と思われるのです。


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12: 対中政策から見る大阪トラック


提起した二つの論点、更に当時の日本外交方針を考慮すると、“ダボス演説で提唱された大阪トラック”がまさに当時(2019年初頭)の対中政策を反映していたことが見えて来ます。


………………………………………

2018年夏頃より、両国が主要交易品の関税増を図る米中貿易戦争が悪化。

これはそれまで、TICAD(アフリカ開発会議)への再注力や「自由で開かれたインド太平洋戦略」を通じ、中国による国際戦略の歯止め役を細々と演じてきた安倍首相が、自らの立ち位置をアメリカに移譲する事に成功した瞬間でした。


………………………………………

2018年後半における安倍外交の方針変更については自分の文章

“自由で開かれたインド太平洋から「戦略」除外”https://tenttytt.hatenablog.com/entry/2019/02/25/214400
でも触れています。


………………………………………

しかし、先進・発展途上国間や資本主義・国家主義国の間を立ち回って自国の伸長を図る、国際秩序と責任を回避する中国の活動を食い止めようとした安倍政権の思惑とは異なり、
米中の対立は国際秩序構築とは真逆の、国力を背景に自国の権利を主張しあうものでした。


更に問題であったのが、G20アルゼンチンサミット前後に発生した、友好国へのファーウェイ使用自粛要請と同社副社長逮捕に象徴される、いわゆるアメリカによるファーウェイ制裁でした。
https://jp.wsj.com/articles/SB11886723985326294179004584612213563900696
『米、ファーウェイ機器の使用自粛を要請 日本など同盟国に』
ウォールストリート・ジャーナル紙 2018/11/23

https://r.nikkei.com/article/DGXMZO38602770W8A201C1EAF000?s=0
『ファーウェイ副会長 カナダで逮捕 米、引き渡し求める』
日本経済新聞紙 2018/12/06


特に前者、安全保障共有という大義名分の下、二国間交渉をもってアメリカが特定企業を槍玉にあげ第三国を米中対立に巻き込む、という強力なやり口は次回G20サミット主催国たる日本にとっては看過出来ない問題でした。

ファーウェイ制裁の根幹であるデータガバナンス政策の方向から遠回しに中国の抑制と国際融和への選択肢を提供し、
また二国間での解決を図るアメリカを掣肘するために考え出されたのが大阪トラックだったのではないか
、と考えられるのです。


……………………………………

……但し、この“ダボス演説で提唱された大阪トラック”を立ち上げる為には、米国・EU・データローカライゼーション採用諸国による国際秩序再編が前提であり、丹念な根回しが必要であったことは想像に難くありません。

そのための首相自身の時間は4月後半からの訪欧・訪米への対策やイラン訪問によって消費され、
“大阪トラック”を首相から託された省庁がどのような形で処置したのか……は今まで記した通りです。             (了)


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大阪トラックの路線変更(6)

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『大阪トラックの路線変更(5)』
の続きとなります。
https://tenttytt.hatenablog.com/entry/2019/08/02/194037

なお、大阪トラック関連の目次については
https://tenttytt.hatenablog.com/entry/2019/06/29/223127
こちらまでお願い致します。


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9. “大阪トラック”への外部圧力


……さて、しばらく経産・総務・外務省が、
ダボス会議で安倍首相が主張した“DFFTのプロセスとしての大阪トラック”あるいはDFFT自体について、さまざまな形でポイントをすり替えていく経緯を記して来ましたが、この章では
『なぜ大阪トラックやDFFTを各省庁が変質させたのか』
こちらについて、最近の国際会議からいくつかの手掛かりを追ってみようと思います。


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9.1 G7主催国の“Building digital trust together”とG20主催国の“Data Free Flow with Trust”


さて、1/23のダボス会議演説から6/28のG20大阪サミットまでの国際会議を調べてみると、

・G7ディナール外相会合(4/6)
https://www.mofa.go.jp/mofaj/ecm/oecd/page4_004992.html外務省HP

・G7非公式デジタル閣僚会合(5/15)
https://www.meti.go.jp/press/2019/05/20190517007/20190517007.html経産省HP
http://www.soumu.go.jp/menu_news/s-news/01tsushin06_02000190.html総務省HP

OECD閣僚理事会(5/23)
https://www.meti.go.jp/press/2019/05/20190524003/20190524003.html経産省HP
https://www.mofa.go.jp/mofaj/ecm/oecd/page4_004992.html外務省HP


いずれも日本の各省庁HPでは、G20に向けた日本の主張が各会議に反映されたような記述がされていますが、

・G7ディナール外相会合 
https://www.mofa.go.jp/mofaj/files/000466468.pdf
共同コミュニケ
https://www.mofa.go.jp/mofaj/files/000466471.pdfサイバー規範イニシアティブ

・G7非公式デジタル閣僚会合
http://www.soumu.go.jp/main_content/000619958.pdf議長サマリー

OECD閣僚理事会
https://www.mofa.go.jp/mofaj/files/000482156.pdf閣僚声明
https://www.mofa.go.jp/mofaj/files/000485030.pdf議長声明


……これら文書を読む限り、例えばG7デジタル閣僚会合では“Building digital Trust Together”を提唱し、WTOルールについてはともかく、データガバナンスに関する諸問題はIGF(Internet Governance Forum :国連のネット公共政策フォーラム)でのハイライトとするなど
あくまでデータ流通やデータガバナンス関連の協議をG20大阪サミットには繋げない考え方を明らかにしています。


G7(2016伊勢志摩)G20(大阪)、ふたつの場でサイバー・データ流通に深く関わるサミットを開催する日本の立場や、異なるデータガバナンス・ポリシー国家間の信頼を築く姿勢は、本来日本と近いポリシーの一翼を担うG7やOECDの中ですら、共有されがたいものであったのかも知れません。


………………………………………

あるいはもっと露骨な話として、G20を掣肘し国際的なデジタル政策を主導したいG7主催国、フランスの野心が働いている可能性があります。
https://in.ambafrance.org/Indo-French-Bilateral-Cyber-Dialogue
『インドとフランスのサイバー二国間対話』
在印フランス大使館HP 2019/06/20


〉2019年6月20日木曜日に第3回インドフランスサイバー対話がパリで開催されました。(中略)

〉彼らは、責任ある行動の自主的かつ拘束力のない規範の実施、ならびにサイバースペースにおける信頼醸成および能力開発の施策の支援における彼らの努力の調整を強化するつもりである。(中略)

〉フランスとインドは最終的にインドが関連するフランス大統領主催のG7サミットを歓迎します、そしてこのインド首相の訪問は、サイバー問題に関する彼らの協力がさらに別のマイルストーンに達することを可能にします。

……日本のDFFTに関する“信頼醸成措置”平たく言えば各国政策の摺り合わせをG7として拒否しながら、
6/8のG20貿易・デジタル経済大臣会合でデータ・ローカライゼーションの立場からインドが反対姿勢を取るや早々と彼らに接近、
G20参加国でありながら、開催迫るG20ではなくG7の場での懐柔を行っていたのです。


https://www.jetro.go.jp/biznews/2019/07/9ace05b5fc9c438c.html
マクロン大統領、G20大阪サミットの結果に遺憾の意』
JETRO ビジネス短信 2019/07/09

こちらではG20終了後、手のひらを返すように大阪サミットへの失望を表明するなど、来るG7主催者として甚だしく礼に欠けるマクロン大統領の発言に言及していますが、
既にフランスはG7主催国として、G20以前から着々と大阪サミットへの掣肘を行っていた訳です。

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9.2 各省庁による「摺り合わせ」政策の放棄とアメリカへのベット


この様な国際状況を事前に把握した結果、各省庁は早々から首相の思惑を離れ

  • 完全に思惑の異なる各国との摺り合わせが必要な、“DFFTのプロセスとしての大阪トラック”を具体化させる作業を諦め
  • アメリカやEUからだけでも賛同が得られる“WTO電子商取引ルール作りとしての大阪トラック”に邁進する

事にしたのではないでしょうか。

首相がダボス会議で言及していた“大阪トラック”という言葉そのものはサミットの主要議題であり、
紆余曲折を経て意味の変わった“大阪トラック”でも、大阪サミット本番の首脳宣言に組み込む事が出来れば、首相にとっても省庁にとっても十分な成果でしたから。


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結局G20直前の国際会議の場では、“WTOでの電子商取引ルール作り”のみ、元々意見が近かったアメリカ・EU(ブリュッセル)との賛同を得ることが出来ました。
それも非市場志向の政策や補助金に対するWTO規制など、G20の場で共同声明が出せる訳のない、特定国家を標的とした提案まで飲ませられた上で、です。
https://www.meti.go.jp/press/2019/05/20190524003/20190524003-2.pdf
『第6回三極貿易大臣会合』共同声明
2019/05/24 経産省HP「世耕大臣が第6回三極貿易大臣会合、OECD閣僚理事会及びWTO非公式閣僚会合に出席しました」より


……あるいは各省庁はアメリカやEUを通じた、インド等への働きかけに最後の望みを託したのかも知れません。というのもこの追加提案を飲んだ代償として、
電子商取引ルール作りの大阪トラック”をG20の共同声明に加えるため、アメリカが動いた痕跡があるからです。

https://www.livemint.com/politics/policy/data-storage-rules-out-of-e-commerce-policy-1561488393145.html
電子商取引法案からデータ保管ルール除外』
LiveMint紙 2019/06/26

電子商取引法案の草稿からの大きな変更点として、商務大臣のPiyush Goyalはデータローカライゼーションの規範を最終的な法案から除外することを決定しました


……アメリカはインドに対し、データ・ローカライゼーション政策を法案から放棄させるため、熟練労働者用入国ビザ“H-1B”の適用を盾にした揺さぶりをかけていたのです。
https://www.reuters.com/article/us-usa-trade-india-exclusive/exclusive-us-tells-india-it-is-mulling-caps-on-h-1b-visas-to-deter-data-rules-sources-idUSKCN1TK2LG
『米国はインドのデータ規則抑止のため、H-1Bビザの上限を検討している旨を伝える』Reuter紙 2019/06/20


ただしその後、6/25~/27のポンペオ国務長官訪印に際し、H-1Bビザに関する報道は否定される一方、モディ首相やその他閣僚会談では二国間貿易や軍事、或いは5G関連が主題となり
インドのデータ・ローカライゼーションに対する圧力、ひいては“電子商取引に関する大阪トラック”への参加圧力は、ポンペオ国務長官自身により中途半端な形で終わることとなります。


……結局のところ、かつて首相がG20の主要議題と公言していた“大阪トラック”は、
最後はアメリカ外交の路線変更によりインド他反対派のG20構成国を転向させることが出来なかったため、サブセッションの場の宣言としてしか記す事しか出来なかったのです。


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※蛇足ですが、上記OECD閣僚理事会では議長声明
(各政策分野における各国の立場・見解を踏まえ,議長の責任で作成した文書)の形で遠まわしに日本の立場への共感姿勢が見られます。これには、閣僚理事会議長であるスロバキア首相ペーター・ペレグリニ氏の意向が強く関わっていると思われます。

ペレグリニ氏といえば、2019年4月の首相訪欧時に中欧V4(スロバキアチェコポーランドハンガリー)+1会談を行った際の、会談主催者でもあります。

このV4+1会談がスロバキアを含めたV4諸国の対米外交に及ぼした影響については、以前の文章『首相欧州訪問と欧州議会選挙(5)』に記しましたが、
https://tenttytt.hatenablog.com/entry/2019/05/20/194214
G20大阪サミットの二ヶ月前という多忙な時期に敢えて行われた会談の成果の一つが、このOECD閣僚理事会での議長声明だったのかも知れません。

……なお、閣僚理事会の副議長国は同時期に首相が訪問したカナダ、そして韓国でした。


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9.3 抜群に効果的だったアメリカの自国中心政策


……さて“大阪トラック”に関する日本側の思惑を無視してでもインドに対し5G関連交渉を急いだ……というより、わざわざG20サミット直前の時期を選んでインドと5G関連交渉を行い、かつ5Gの代償としてG20での大阪トラック賛同拒否(データ・ローカライゼーションの継続ではなくあくまで大阪トラックへの拒否)を不問としたアメリカの意図は何でしょうか?

トランプ政権外交の特徴である、自国の経済力を押し出しての対国家宣告(二国間交渉と言えるほど相手の言い分を聞いていません)、またトランプ自身の外交スタイルである交渉着地点の変更(第二回米朝首脳会談が良い例)を考えれば、
実はアメリカはどの時期に、また特に対談で代償を持ち出す必要も無く、5G交渉を行えたのですから。

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……この疑問について、一般的な解答としては

  • 『サミット等の多国間協議ではなく、二国間交渉こそが国際的に効果がある』というアメリカの主張

というのがあるでしょう。

確かに今回の大阪サミットも注目されたのは米中貿易交渉でしたし、G20サミット終了後の日本の外交(特に経産・外務省)を見れば「G20で日本は特定国への対応のため、各国に根回しを行っていた」と感じられる様子も見られます。

今回のサミットの結果、多国間協議で具体的なステップを経るような首脳宣言を行うことが出来ず、一方で、サミットに際し国際的バランスに影響する二国間交渉が為されたとしたら
益々多国間協議の場であるサミットや、多国間協議そのものへの疑義が発生するでしょう。

首相が事前にダボス会議で宣言した“大阪トラック”すら、宣言から五ヶ月の猶予期間をもってしてもG20全参加国の賛同を得るに到らなかった。
この事実は、多国間協議を軽視するアメリカにとっては格好のアピールたった訳です。

……特に“ファーウェイ制裁”という、安全保障・自国産業擁護どの様な意味にも取り得るアメリカの自国政策によって、G20サミットの多国間協議を潰し、代わりにアメリカを中心とした二国間交渉がサミットを席巻したという事実は。


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一方、“大阪トラック”への不参加の立場を貫いたインド・モディ首相は6/28のサブセッション
『デジタル経済に関する首脳特別イベント』を欠席、その時間を使って同じく会議を欠席した文在寅との首脳会談に臨みました。
http://www.mofa.go.kr/eng/brd/m_5674/view.do?seq=319894
『日本のG20サミットのサイドラインの上の韓国-インド・サミット』
韓国外交部HP 2019/06/28

https://m.news.naver.com/read.nhn?mode=LSD&sid1=001&oid=023&aid=0003459062
『[ファクトチェック]文大統領、G20で7つのイベントのうち4つ不参加』朝鮮日報紙 2019/07/08


……わざわざ同会議の裏で、曲がりなりにも国際的に通用するデジタル企業を擁する二国が行う首脳会談であり
この会議がデジタル方面での優先的連携が主題であることを、インド側は十二分にアピールしていたと思います。

公表された内容を読む限り、そんな空気を文在寅が全く読んでいない会談結果だったようですが。



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今回はここまで。
次回『大阪トラックの路線変更(7)』で纏めます。
https://tenttytt.hatenablog.com/entry/2019/08/15/224501

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大阪トラックの路線変更(5)

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『大阪トラックの路線変更(4)』
の続きとなります。
https://tenttytt.hatenablog.com/entry/2019/07/09/114139

なお、大阪トラック関連の目次については
https://tenttytt.hatenablog.com/entry/2019/06/29/223127
こちらまでお願い致します。


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8. 外務省によるサイバー外交と“大阪トラック”


経産省総務省と並び、“大阪トラック=WTOでの電子商取引ルール作り”への路線変更の立役者となった外務省の活動について、以下触れることと致します。


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8.1 伊勢志摩サミット以降のサイバー外交


外務省による近年のデータ流通政策は、2016年G7伊勢志摩サミットによる首脳宣言付属文書
「サイバーに関するG7の原則と行動」
https://www.mofa.go.jp/mofaj/files/000160315.pdf
https://www.mofa.go.jp/mofaj/files/000160279.pdf

及び同サミットよる作業部会「伊勢志摩サイバーグループ」の立ち上げに端緒を見ることが出来ます。


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こちらの付属文書やサイバーグループ自体は、G7の考え方を表すものですが、外務省はこのサイバー・データ流通政策への対応の末

  • 「法の支配推進」サイバー空間における国際法適用
  • 「信頼醸成措置」各国の制度・政策理解を通じた信頼関係の醸成

この三つを柱とする、日本独自のサイバー外交を打ち出し始めました。
https://www.mofa.go.jp/mofaj/annai/page5_000250.html
『サイバーセキュリティ 日本のサイバー外交』
外務省HPより


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『サイバー空間に関するニューデリー会議における堀井学外務大臣政務官スピーチ』(2017/11/24)
https://www.mofa.go.jp/mofaj/files/000311476.pdf
https://www.mofa.go.jp/mofaj/files/000311138.pdf
により形作られたこの日本独自の外交政策は、

ダボス会議ひと月前(2018/12/12)の外相スピーチ
https://www.mofa.go.jp/mofaj/fp/cp/page3_002660.html
においても原則維持されておりました。


……そしてこの三つの柱、特に「信頼醸成措置」は後にダボス会議で首相が主張するデータ流通政策
“Data Free Flow with Trust”やそのプロセスである本来の意図の“大阪トラック”に繋がっていた訳です。

※なお、『信頼醸成措置』の「信頼」には
“Trust”ではなく“Confidence”という英語が使われています。
この違いについてひと文章作成致しましたので、ご覧頂ければ幸いです。
https://tenttytt.hatenablog.com/entry/2019/08/02/193858


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さて、このG7の考え方を根本とする付属文書及びサイバーグループ報告と、日本のサイバー外交を比べると、昨年までの両者のスタンスの違いが見えて来ます。


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G7 伊勢志摩サイバーグループ会合議長報告
https://www.mofa.go.jp/mofaj/files/000358072.pdf
http://www.g7.utoronto.ca/foreign/180423-ise-shima-report.html

〉10. 自由民主主義に対して増大するサイバーの脅威という観点から,G7 のパートナーは,悪意あるサイバー活動に対する協調的対応(coordinated response)のメカニズムを発展し続けることにコミットした。

〉我々は,サイバー空間において何が受入れ不可能な行動を構成するのかについての我々の理解を明確に示し,またそのような行動を行った者に対して結果を強いるのにそれぞれが参加するメカニズムを発展させるため,民主主義,人権並びに国際法及び法的拘束力のない国家行動規範を含むルールに基づく国際秩序へのコミットメントを共有する他の政府やステークホルダーと共に共働することを計画する。


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付属文書『サイバーに関するG7の原則と行動』
https://www.mofa.go.jp/mofaj/files/000160315.pdf
https://www.mofa.go.jp/mofaj/files/000160279.pdf

デジタル経済の促進 第三節

〉我々は,引き続き,インターネットのグローバルな性質を維持し,国境を越える情報の流通を促進し,また,インターネット利用者が自らの選択したオンラインの情報,知識及びサービスにアクセスすることを可能とするICT政策を引き続き支持する。我々は,適法な公共政策の目的を考慮し,不当なデータ・ローカライゼーション要求に反対する。


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サイバー・イニシアチブ東京2018における河野外務大臣スピーチ 2018/12/12
https://www.mofa.go.jp/mofaj/fp/cp/page3_002660.html

〉日本としても,「法の支配の推進」,「信頼醸成措置の推進」,「能力構築支援」を三本柱としてサイバー外交を推し進めてきています。

〉まず,「法の支配」に関して,自由,公正かつ安全なサイバー空間の実現と発展を促進するための枠組みとして,例えば国連の政府専門家会合があります。同会合では,これまで5回の会期においてサイバー空間における規範や既存の国際法のサイバー空間への適用などに関して議論を重ねています。日本も引き続き建設的な貢献をしていく予定です。

〉サイバー空間は,無法地帯であってはなりません。近年,国家や国家から支援を受けた組織によるサイバー攻撃が増加していますが,サイバー空間における活動であっても,国家は国際法に縛られるのであり,その行動には結果が伴わなければなりません。日本は,昨年12月,「ワナクライ」事案の背後に北朝鮮の関与があったとして非難声明を発出しました。更に,多数の国に大きな被害をもたらし,民主主義の基盤を揺るがしかねない悪意あるサイバー活動は看過できない旨を累次の機会に明らかにしてきています。

〉「信頼醸成措置」も重要な柱です。サイバー空間における活動は,匿名性が高く,また瞬時に国境を越えます。サイバー活動を発端とした不測の事態を防ぐためには,お互いの法令,制度,政策,戦略や考え方について理解を深め,共有し,相互に信頼性を高めることが必要です。こうした考えの下,日本は米国,英国,豪州,ロシア,EUASEANなど多くの国・地域との間で,サイバーに関する二国間協議を行ってきています。

〉信頼醸成においては,地域的な枠組みで実践的な取組を行うことが重要です。日本は,ASEAN地域フォーラムにおいて,シンガポール,マレーシアとの共同イニシアチブの下,サイバーセキュリティに関する会期間会合を立ち上げ,具体的な信頼醸成措置を提案してきています。今後もアジア太平洋地域を含む地域的な枠組みにおける,更なる国際連携を促進していく考えです。

〉最後に「能力構築支援」も欠かすことができません。世界中のあらゆる場所が繋がるサイバー空間においては,セキュリティ意識や能力が十分でない国々を経由して,サイバー攻撃が行われる可能性は排除できません。こうした「セキュリティホール」をなくすためには,各国が,様々なサイバー攻撃に対する,十分な対応能力を有することが不可欠です。

………………………………………

まずサイバーグループ報告では
国際法以外に法的拘束力を持たない国際規範をもって、悪意あるサイバー活動にG7その他国家が協調することを主張していますが、これは日本サイバー外交の「法の支配」、つまり国際法整備を優先する姿勢とは異なるものです。

また、G7付属文書では
データ・ローカライゼーション(「不当な」という条件付きですが)に対して反対の立場を表明していますが、これは日本の「信頼醸成措置」つまり各国の制度・政策を理解、摺り合わせする事から信頼関係を築く姿勢とは相容れないものです。


……つまり、G20大阪サミットで日本発の国際的サイバー・データ流通政策を首脳宣言に盛り込むためには、まずこれらの相違点についてG7諸国との意見調整が不可欠でした。

特に「信頼醸成措置」については、データ・ローカライゼーションを主張する国家群と、あくまでデータ・ローカライゼーションに反対するG7諸国の間を取り持つサイバー・データ流通政策を打ち出した上で、両者との摺合わせを行う必要があった訳です。

……ただし、上記サイバー空間におけるニューデリー会議のように、異なるデータガバナンス・ポリシーを持つ国家との摺り合わせを継続しており、
外務省としてはDFFTや大阪トラックに繋がる日本発の国際的データ流通政策を打ち出し得る体制を、昨年までは整えていたと思われます。


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8.2 G7ディナール外相会合に見る端緒


外務省或いは外相に、大阪トラックやDFFTをWTO電子商取引ルール作りに絡め取りたい意図を感じ取る事が出来るようになったのは、首相訪欧約ひと月前、4/6のG7ディナール外相会合に際しての臨時会見からではないかと思われます。

https://www.mofa.go.jp/mofaj/press/kaiken/kaiken6_000030.html
『河野大臣臨時会見記録』外務省HP 2019/04/06


G20の大阪サミットの中で,大阪トラックというものの中で,データガバナンスについて,しっかり取り上げていきたいということは申し上げました。

〉また,WTOでeコマースの議論が進んでおりますので,そういうことについても注視していきたいというような話はございました。


……ここでは、外相は“大阪トラック”を
「データガバナンスを議題として取り上げるに適したもの」と捉えています。またWTOでのeコマース(漢字で書けば『電子商取引』)については、

・大阪トラックとは異なるもの

・大阪トラックでも注視していきたいが
 データガバナンスよりも優先度の低い議題

どちらとも取れる言い回しをしています。

つまり、この時点では
未だ“大阪トラック=WTO電子商取引ルール作り”とは定義されきっていないが、その萌芽を見ることが出来る訳です。


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この変節の萌芽について、外相が参加したG7ディナール外相会合の中に一つのヒントを見つけました。

https://www.mofa.go.jp/mofaj/files/000466471.pdf
ディナール宣言:サイバー規範イニシアティブ』
外務省HP G7ディナール会合(結果)より


〉我々は,国際法の適用が堅持され,基本的自由が促進され,オフラインで持つものと同じ権利がオンライン上で保護されている,全ての者にとって開かれ,安全で,安定し,アクセス可能で,平和的なサイバー空間を促進することにコミットし続ける。

(中略)

〉 サイバー空間における責任ある国家の行動についての自発的で,非拘束的な規範及び上記報告書に含まれる勧告を理解し,効果的に実施するためにそれぞれの国家によりとられる行動について,我々の間で,また他のパートナーとの間で自主的な情報交換を,より良くかつ増加することを奨励する。


……上記の文章を読むと、一見安倍首相がダボス会議で提唱した“DFFT(データ・フリー・フロー・ウィズ・トラスト)”と同じ方向性の宣言が採択されたように見えます。


………………………………………

しかし、ディナール宣言に至るまでの共同コミュニケ、11章を読むと、このディナール宣言があくまで
「『悪意』のある機密情報への侵入行為に対して、まず自発的に『思いとどまらせ』しかる後に闘う」ことを前提としている事が分かります。
https://www.mofa.go.jp/mofaj/files/000466468.pdf


〉我々は,悪意のあるサイバー活動を非難し,そのような活動を防止し,思いとどまらせ,対抗することを目的とした措置を発展させるための協力を増大することに対するコミットメントを再確認する。

〉我々は,特に,商業的利益を目的として機密の営業情報及び知的財産を標的とする,国家に支援された世界的かつ長期にわたるコンピューターへの侵入活動についての報告を懸念する。

〉我々は,そのような悪意のある活動を防止し,思いとどまらせ,対抗し,闘うことを目的とした措置を発展させるための協力を増大することへのコミットメントを再確認する。

〉これにより,悪意のあるサイバー空間の主体を抑止する我々の共同の決意が強化されるだろう。


………………………………………

ここで注目されるのが
G7は2019年4月時点で未だに悪意のあるサイバー活動に対し、彼らの自発的な抑止を最初に志向していた事です。


これについては、ディナール宣言の約2ヶ月後
“首相訪欧とG20貿易・デジタル経済大臣会合を経た上での”6/11における“日・EUサイバー対話”
https://www.mofa.go.jp/mofaj/erp/ep/page23_003018.html
『第4回日・EUサイバー対話』外務省HP 2019/07/04

こちらの共同ステートメントで、EU(ここではEU諸国ではなくブリュッセルEUですが)の姿勢の変化が確認出来ます。


〉双方は,悪意を持って情報通信技術を乱用するいかなる行為も非難し,サイバー空間における国際紛争の解決に平和的手段をもって取り組むことを確認した。

〉双方は,サイバー空間において責任ある行動を促進するため,同空間において悪意ある活動を行う者を捕捉し,悪意あるサイバー活動を抑止し対応するために引き続き協力を強化する目的で協働することの重要性を強調した。


……日本の主導するサイバー対策のうち「法の支配」は、原則として悪意ある者に対する国際法の適用による徹底的取締まりを目標としており、未遂で終わらせることを考慮しておりません。

この『第4回日・EUサイバー対話』において、EU(いわゆるブリュッセル)は本来維持していた道徳的対応をやめ、日本側の主張する方向にシフトと言えるでしょう。


「法の支配」という日本のサイバー・データ流通方針をEUに認めさせる一方、DFFT・大阪トラックという「信頼醸成措置」方針については妥協、G20大阪サミットでの主要議題をEUなどG7諸国が賛同するWTOでの電子商取引ルールへと変容させていく。
このG7ディナール会合は、外務省もしくは外相にとってのひとつの転機だったのではないか、と考えています。


※ただし上記の文章ではまだ、外務省がDFFTや大阪トラックを変質させなければならなかった理由までは掴みきっていないと考えています。
この決定的な理由については、並行する国際会議G7の主役たるフランスと、G20の影の主役たるアメリカの動きを調べねばなりません。が、そちらは次章以降で明らかに出来れば、と思います。


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8.3 首相訪欧時の外務省報道…そしてG20つくば


“大阪トラック=WTO電子商取引ルール”という概念は、4/22~/29の首相欧州訪問に関する外務省HPにおいて、初めて提示されたと思われます。
https://www.mofa.go.jp/mofaj/erp/ep/page23_002942.html

………………………………………

この欧州各国首脳との会談を報じるに際し、HPには

G20大阪サミットの際にデータ・ガバナンス,特に電子商取引に焦点を当て議論する「大阪トラック」を立ち上げるべく

という一節を加えました。更にEUとの共同声明において

“We will also work together with a view to launching the Osaka Track which will provide political impetus to international discussions, in particular to the WTO e-commerce negotiations, to harness the full potential of data.”

〉我々は,データの潜在性を十全に活用するため,国際的な議論,特にWTOにおける電子商取引交渉に政治的な推進力を与える大阪トラックの立ち上げに向けて協働する。


と、大阪トラックとWTOにおける電子商取引ルール作りの相関を安倍首相自身の口から言及させるに至ったのです。


………………………………………

ところで、このEUでの声明には留意すべき事があります。

上記和訳を読むだけならば“大阪トラック=WTOでの電子商取引ルール作り”と安倍首相が認識していると素直に考えられるものですが
本来の英文では“in particular to the WTO e-commerce negotiations”を挿入しただけなのです。

これだけであれば、大阪トラックについてダボス会議時点から「WTOの屋根の下」あるいは「WTOに新風を吹かせる」と発言している安倍首相のスピーチに潜り込ませることは容易だったでしょう。
和訳した場合に、並べ方次第で強い意味を込めることが出来るだけですから。


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ただし、続く日米首脳会談・日加首脳会談にはこのような一節は盛り込まれておらず、外務省HPからこの概念はしばらく潜めることになります。

※個人的には、この外務省の意図に気付かれた結果何らかの釘が刺され、続く日米首脳会談以降は記述を差し控えたのではないか、と考えています。
何故ならWTOでの電子商取引ルール作りは日米で共通した思惑……というより元々アメリカが主導した発想であり、外務省にとって米・加のみ結び付けを外す理由が無いからです。


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……ただし、第4章で記した通り6/8貿易・デジタル経済大臣会合の際、共同主催者として河野外相みずから具体的な定義を行い……

“大阪トラック”は遂にDFFTのプロセスという当初の概念を外れ、6/28にはサブセッションにおける首相自身の発言によりWTOでの電子商取引ルール作りとして確定する事となったのです。
https://www.mofa.go.jp/mofaj/ecm/it/page4_005041.html


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以降、『大阪トラックの路線変更(6)』に続きます。
https://tenttytt.hatenablog.com/entry/2019/08/02/194634


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補論: “Trust”と“Confidence”の違いから考えるDFFT

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補論:“Trust”と“Confidence”の違いから考えるDFFT


“DFFT(Data Free Flow with Trust)”の中にもあるTrustと、同じく「信用・信頼性」という言葉で訳されるConfidenceの違いについて。


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辞書的な違いだと、Trustを直観的・絶対的な信用、Confidenceを論拠に基づいた信用……など、判るような判らないような注釈が付いています。

しかし近年のデジタル法制、特にG7やG20におけるデジタル関連会合で取り上げられた場合、この例文から二つの違いを理解するのが判りやすいと思われます。


(Development of Confidence-Building Measures)

'The second pillar is “the development of Confidence Building Measures (CBMs).” Cyber activities are invisible and easily transcend national borders. In order to prevent cyber contingencies from developing, it is necessary for governments to understand and share each other’s laws and regulations, systems, policies, strategies and mind-sets, so that we can deepen our mutual trust.'


(信頼醸成措置の推進)

〉第二の柱は,「信頼醸成措置の推進」です。サイバー空間における活動は,中々目に見えませんし,国境を容易に飛び越えます。サイバー活動を発端とした不測の事態を防ぐためには,お互いの法令,制度,政策,戦略及び考え方について理解を深め,共有し,相互に信頼性を高めることが必要です。


『サイバー空間に関するニューデリー会議における堀井学外務大臣政務官スピーチ』

外務省HP 「サイバーセキュリティ 日本のサイバー外交」より
https://www.mofa.go.jp/mofaj/annai/page5_000250.html


………………………………………

G7伊勢志摩首脳宣言付属文書『サイバーに関するG7の原則と行動』も類似の内容で記されていますが、
https://www.mofa.go.jp/mofaj/files/000160279.pdf
https://www.mofa.go.jp/mofaj/files/000160315.pdf
ニューデリー宣言の方が判りやすいのでそちらで。


……簡単に言えば、

  • 「各国の法令,制度,政策,戦略及び考え方について理解を深め,共有」する作業一つ一つで作られるのは“Confidence”、
  • これらの作業を経て包括的に、国家間で作られるのが“Trust”です。

それ故に、個人情報や機密情報を保護する方法を構築しただけでは、本来の意味での“Data Free Flow with Trust”とはなりません。
その保護をもって、各国の制度・政策に見合う摺り合わせを行い、各国と考え方を共有するプロセスを経なければ、DFFTとはならないのです。
そしてこの摺り合わせの各プロセスを具体的にする事こそ、DFFTと本来不可分であったかつての“大阪トラック”の正体だったと類推されるのです。


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以上、『大阪トラックの路線変更(5)』の補論となります。
https://tenttytt.hatenablog.com/entry/2019/08/02/194037

なおこの文章の元となる、G20大阪サミットで立ち上げられた“大阪トラック”やデータ・フリー・フロー・ウィズ・トラストについて、一連の文章を作成しております。興味があればそちらを……
https://tenttytt.hatenablog.com/entry/2019/06/29/223127


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