安倍外交の回顧(4・終)

さて、安倍政権における外交の性格をひとつの言葉で表現するとすれば……一般的に言われる国家安全保障の国際連携や積極的平和主義、あるいは地球儀を俯瞰する外交ではなく……私は「人間の安全保障」に基づく「どの国も取り残さない」外交であったと考えます。

 

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国家安全保障の国際連携……もっと平たく言えば対中外交について考えれば、領土的挑発に対してこそ強硬ですが、そもそも中国が多くの隣国を具体的に脅かすからこその連携です。初めから中国封じ込めありきの連携ではありません。

さらに経済外交では意外にも中国に融和的なだけでなくその果ての罠、不当廉売の罠や貸す側も陥るであろう債務の罠などへの忠告的警告を行っています。また諸国との二国間交渉ではWin-Win-Lose外交……中国やトランプ政権下のアメリカが好んだ「交渉相手との排他的協定を通じて第三国を取り残す」外交手法を原則選択せず、わざわざ調整に手間のかかる多国間協定への参加を促すWin-Win-Win手法を用います。

地球儀を俯瞰する外交の代表と評されているFOIPもかつてのダイヤモンドセキュリティ構想の様な「価値観共有しえる国を選別する」内向けの連携強化と異なり、アフリカ等どう転ぶか不明な「価値観から取り残される諸国の回帰」のための協力、その国なりの民主化を目指すローカライズされた支援が前提です。そもそも彼らに求めるのは価値観をもって対立する米中陣営からの二者択一ではなく、それぞれの陣営の傘の中で出来る分だけの国際間の約束ひとつでした。

 

極論すれば中露北朝鮮といった「ルールベースの国際秩序を露骨に破棄しようとする特定国家群」に対してすら、その野心を自国・他国民への相互安全保障の約束ひとつひとつで抑えてくれれば良い。ひとつの約束事、国際規範遵守という信用が積み重なれば陣営を越えた国家そのものへの信頼も築き得るし、そこまで至れば実は好き勝手な政策を続けるよりも国際秩序や民主化に準拠する方が国益にかなう事を自覚する可能性もありえます。

もちろん彼ら国際秩序の塗り替えをアイデンティティとする国家群にそんなことが出来る訳はなく……例えば国際的な供給産業を後ろ盾にした中国は自らの供給義務不履行を契機に多くの信頼を失った訳ですが……それでもここに至るまで日本は韓国以外には報復や陥穽ではなく、相手への改善提案を選択しました。これは日本の態度が単なる姿勢硬化の大義名分やトラップの類ではなかったことの表れではないでしょうか。

 

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また、特に人間の安全保障を自らの専門と任じる人権擁護関係の方々にも安倍外交との関係に違和感を持つ方がいることでしょう。ただしこちらは人間の安全保障の多義性、というよりむしろ本流である「行動主体はそれぞれの国家」という人間の安全保障の大原則を考慮せず、サポートであるべき自らを人権の観点から安全保障の軽重を見極め選別する存在だと勘違いした末の発想ではないかと思われます。

そもそも人間の安全保障という概念が生まれた当初、専門家らの感想は「人権という西欧的先行概念に対する差別化が難しい」というものでした。それゆえ彼らはこの概念を人権擁護の政治的配慮に基づく妥協的方法論と認識し、用語としての使用を避ける動きすらありました。2000年代の国連フォーラムにある下記の言葉は、まさに彼らの認識を象徴していたと言えるのではないかと。

>まず機関、それに伴うマンデートとアジェンダと財源が存在し、次に何を助けるか?という順番になっている。それを逆転させる必要がある→その意味では、既存の枠組みを守りたい人にとっては破壊的な考え方

第28回 「人間の安全保障:概念の発展と実践」 | 国連フォーラム

例えば人間の安全保障の代表であるユニバーサル・ヘルス・カバレッジの普及のため日本政府が各国財務部門や世界銀行との交渉に重きを置いたことを顧みれば、彼らの言葉がどれだけ現実離れした代物であったかが分かると思います。

国民に対する価値観と能力を国家政権で共有・尊重しあい、政治的・経済的開発と費用捻出を通じて取り残される側の存在を減らす。それを国際的に拡大することこそ人間の安全保障でしょう。補佐であるステークスホルダーが国家のありようを軽視したり、まして何を助けるかを専門家の好みで選抜するため国家体制を棄損する行為は「誰も取り残さない」ことの否定であり侮辱です。

 

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共有価値観の具現化たるルールベースの国際秩序は、爾来安倍外交のみならず西側主要国が自らの外交理念とする所でした。が、彼らはこのルールの拠り所を人権あるいは自ら先行する欧米的・民主主義的価値観に求めます。確かに学問上は「法の支配」といえばそのようなものであり、国際秩序に立ち遅れた国家を失敗国家と揶揄し政府を糾弾するのが常でした。日本でもセキュリティダイヤモンド構想や自由と繁栄の弧の時点では同様のものだったと考えられます。

しかしこのような西側特有の価値観共有による国際秩序に縋った結果、途上国や彼らの数に頼む特定中進国による『(内政不干渉原則に代表される)国連原則および国際法に含まれない、少数による内向けで身勝手なルール作り』という批判に抗い難いものになっていました。スノーデン事件によるアメリカのデータ収集発覚が問題となり、サイバー法のイニシアティブを中露率いるOEWGに奪われたのはこの時代のひとつの象徴です。

 

安倍外交では各国政府がみずから自国・他国民を保障する国際規範を積み上げる事で国際秩序の協調に至る道筋を見出し、ある時期からルールの根本に「取り残さない人間の安全保障」を据えました。

人間の安全保障自体は既に日本でも小渕政権以降の伝統的外交方針に名を連ねていましたが、その融和的・妥協的姿勢は以前から風見鶏的外交と揶揄されるものでした。しかし安倍政権はその長期安定化に伴い「他国を取り残さない」義務だけでなく、信頼をひとつひとつ積み重ねる「他国政権を責任から取り残さ『せ』ない」義務を外交理念とする新たな局面を迎えます。

取り残さない対象は主に安倍外交自らの拠り所であるルールベースの国際秩序に乗り遅れた国家群とその国民でした。発展途上国はもちろん中進国、さらに言えば先進国からも人権・環境的観点からEUや国連と対立的関係にあった(彼らの言う)右翼ポピュリスト国家が含まれます。彼らに対する西側的視点による批判やあるいは彼ら自身の反発にむやみに寄り添わず、まず国内事情に伴う国際秩序対応の立ち遅れに着目する。この対象国の状況そのものに寄り添う視点から、彼らの信頼回復を目指した開発支援と擁護の外交を展開していきました。

また「時代に即した」と称する新たな枠組みではなく、既存の枠組に注釈を重ねる方法を重視し、枠組みを作る側の押し付けや自らの現状に合わない国家の反発を緩和する方法に腐心しました。

この辺りは中韓ほか周辺国家、あるいは彼らに肩入れする国際団体による「力や威圧による一方的な現状変更」に抵抗し続けた経験が生んだ感覚かもしれません。彼らが行使したのは軍事力や経済的支配力ばかりではなく、特に活用したのは大戦被害者という立場をアピールした一方的な道徳的威圧です。目標に届かない他国の現状をSDGsに基づく一方的な道徳的威圧をもって思うがままに変更しようとする国連やEUの言動も、日本にとってはやはり「力や威圧による一方的な現状変更」と感じられたのではないでしょうか。

 

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もちろん「どの国も取り残さない人間の安全保障」という思想にも留意点はあります。人間の安全保障の主体がもともと国家であることから、取り残さない対象も国家になります。それゆえに国家の非人権的行動に際し「テロ組織への国民保護である」という弁解への迅速な糾弾が出来ない、それどころか擁護に回る事にすらつながりました。2014年クリミア問題でのロシアへの擁護も単なる国益ではなく、安倍外交の理念に基づく末路と言えます。

※2020年ウクライナ侵攻に際し岸田政権が早々に日本が真逆の態度を示しえたのは、ロシア側が首都キエフへの進攻という他国民安全保障への疑うことなき侵害に踏み切ったからこそです。また醜悪ながらも先日の「イスラエルの正当性を全面的に認める」G7カナダ共同宣言を帰国後の石破首相が翻し、数日前のイスラエル糾弾発言を改めて自らの真意とした - 日本経済新聞のも、結局のところイスラエルの行動が当時のロシアと同じ文脈を辿っていたからでしょう。

 

また二国間外交の場においてWin-Win-Lose戦術を避けるが故、相手国の利益を確約する交渉ではなく逆に彼らに国際秩序への譲歩を求める交渉になります。それゆえ国際秩序から取り残されることをリスクとして容認している国家、特にこのリスクを国民側が後押しする国家との交渉は困難であり、多くの手土産が必要なのはもちろんそれに見合う成果どころかただ食い・逆ねじを食らわされることもあります。これらの幾つかが日本国内の保守派・自国優先派の知る所となり、彼らの中で様々な憶測と国防論を生み出したことは記憶に新しいかと。

ルールベースの国際秩序自体に反駁する中露はもちろん、2019年サミットで民族問題の背景から大阪トラックに反旗を翻したインド、凡そシェフの独断により安倍元首相を侮辱したイスラエル……あるいはアメリカ・トランプ政権も、日本の苦労を当たり前のごとくアメリカファーストに利用したという点では手土産に合わない外交相手だったという側面を否定できません。そのなかでも特に国民レベルで日本外交を根本から否定する韓国との外交は、その徒労と保守・自国優先派からの突き上げに苦慮した典型例と言えるでしょう。

 

ここまでのビジョンを就任当初から安倍元首相が持っていたか、その点については疑問の余地は勿論あります。取り残さない外交を展開するには日本自身が取り残されない状況を確保する必要があり、それが可能になったのは安倍政権が長期安定政権を築くことが出来たからです。そのためには皮肉にも保守・自国優先派による世論の後押し……開発支援という名目の金銭投入が具体的に日本の味方を作っている感覚の醸成……は不可欠でしたし、菅政権への交代を見据えた政権末期には彼らの言動にビジョンごと引っ張られていた可能性は否めません。

一方でナイロビでFOIPが発表された2016年時点では既に「取り残さない人間の安全保障」に基づく安倍外交はほぼ固められていたと考えられます。その実効性はおよそ2019年を前後する期間でしたが、国際的発言力の高まったこの短い期間に「どの国も取り残さない人間の安全保障」の一環としてDFFTや京都コングレスの議題……それぞれ国を当然のごとく越境する電子情報や国際司法に対し、国家がどのように自国と他国の人間の安全を保障していくか……を世界に提起しました。

取り残さない安倍外交とその後継政権に対する国際的評価はコロナ禍で世界中が内向き対応を強める中、あるいはロシアによるウクライナ侵攻に際し各国が対露外交方針を迷う中でも、国際規範に基づく各国の指標として維持されていたと思われます。

 

はい。山上事件のヒステリックな人権擁護と糾弾に飲み込まれ、後継岸田政権への信用が地に落ちるまで。この騒乱と安倍外交を支えた当時の政権重鎮たちへの逆風の中、日本は人間の安全保障の外交上のイニシアティブも岩盤支持層も急速に失っていきます。

そして昨日。かつての岩盤支持層であった保守・自国優先派の離脱と反発の末路として、人間の安全保障の一翼を担った人物が再び野に下りました。安倍外交のレガシーは恐らくここで終焉を迎えたのでしょう。

 

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これ以降の話については、私はもう語るつもりはありません。

山上事件以降がんじがらめにされた岸田政権の苦衷も、その後の総裁選で露出した保守・自国優先派中枢への冷や飯食いたちの反動が石破政権誕生の直接の布石となった事も。かつて私が弁護する形となった岩屋元防衛相(現外相)、彼が当時の組閣と野党糾合の背景にしようとした超党派石橋湛山研究会についても、私には文章にする気力が残っておりません。

 

 

なんとも、締まらない形で文章が終わってしまいました。すみません。さようなら。

安倍外交の回顧(3)

G20大阪サミット終了直後の2019年7月、フッ化水素輸出管理厳格化を韓国に通告して以来、安倍政権は両朝鮮並びに中露との外交を硬化させていきます。『回顧録』の内容とは裏腹に、北朝鮮及びロシアとの交渉では積極的な見返り提示を避けるようになりました。どうせ餌を食い逃げする相手ではありますが、そもそも餌を見せなければ彼らは交渉のテーブルにすら立ちません。

第四次再改造内閣以降の外交を内向き……地域安全保障を中核とし、不確定な外交勝利のため近隣諸国への過大な見返りを与えない外交……に変貌させたのは、およそ安倍政権の岩盤支持層であった議院内外の保守派(対中韓強硬派・国益優先派)とみて間違いないでしょう。既に2021年9月の退任を考えていた安倍元首相にとって、岩盤支持層の維持と後継首相への引き継ぎは自民党政権安定のための必須事項でした。体調不良により早まった退任でしたが、後継たる菅元官房長官は安倍元首相のバックアップ(あるいは黙認)もあり保守派の支持を失う事無く政権を維持することが出来たわけです。

何より当時の保守派の中心的存在こそ、この時点においてもFOIPを「戦略的に」展開すると自らのHPで豪語した菅元官房長官自身でしたから。

 

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政権末期を語るうえで本来忘れてはならないのはコロナ禍における政策でしょう。が、安倍および菅政権の施策一つ一つについて語るのはここでは避けます。一つ言及するとしたら、いわゆるアベノマスク配布に関する国際的背景でしょうか。

 

アベノマスク配布の少し前、中国による保健外交のすえ辛うじて輸入したマスクや医療機器の不良、更に不良品が世界各国で相次ぎ発生していました。

この背景について、もともと主要生産国たる中国の医療機器監督機関NMPAがコロナ禍に向けマスク増産を奨励、その際に品質基準を緩和したことが原因の一つだったことはあまり知られていません。そしてこのNMPAの前身にあたる管轄機関、中国製医薬や食品の品質を米国基準並みとするため活動した食品薬品監督管理局(CFDA)がトランプ政権との対立姿勢を明確にする2018年に解体され、政府内での発言権が低下したばかりであったことも。

この不良医療品の発生は中国の保健外交失敗という局面だけでなく、「基本的価値に基づく国際秩序」から目を背けた産業国家の末路、という局面も示しています。「基本的価値に基づく国際秩序」の構成要素である国際慣行から乖離し、国内産業保護主義を採用する国家戦略は国外のみならず国内産業をいびつに、特に産業モラルを侵食してしまいます。これまで中国を不可欠のパートナーと見做してきたEU諸国の印象をネガティブに切り替えたのは、まさにこの中国製医療品の不良問題でした。

世界的な供給危機に際しサプライチェーンを担う者が供給を維持するのは国際慣行やモラルの基本です。このコロナ禍がいったん落ち着いたのち……既に菅政権ですが……ゼロコロナ政策に伴う一般消費財の供給遅れもあり、中国は国際的サプライチェーンの雄たる地位を失ってしまいました。

第四次再改造内閣の直前まで中国への政策・産業両面の更生を働きかけた安倍元首相にとって、皮肉としか言いようのない事態ではあります。

 

そして安倍元首相にとってもう一つの皮肉は、自身の退陣発表以降アメリカ・トランプ政権がイスラエルへの肩入れ外交を立て続けに展開したことでしょう。

トランプ政権が独自外交を展開すること、言い換えればトランプの偏狭な正義感の扱いについて、実のところ日本とイスラエルは対極の関係にありました。ストッパーとなっていた安倍元首相が身を引く決断をした直後にトランプ政権がイスラエルの後盾の如き一方的外交を展開したのは、今現在繰り広げられる第二次トランプ政権を顧みれば中国以上の皮肉だったと言えるのではないでしょうか。

 

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表向きは沈黙……実際は12式地対艦誘導弾能力向上型の開発指示という形で進行……した敵基地攻撃能力を始めとする安全保障政策やFOIPの戦略的展開、デジタル政策、経済面での出口を探り続けたコロナ政策に至るまで、菅政権は第四次安倍再改造内閣の外見的特徴を受け継ぐものだったとみて間違いないでしょう。

というより前章で記した通り、外交含め末期の安倍政権の政策自体が菅元官房長官を後継と見做し、安倍政権下においても頑なにFOIPを「戦略的に展開する」と公言し続けた彼のため政策の地均しを先行させていたと思われます。安倍政権を長く支えた功績の面でも、官房長官時代に名指しでのホワイトハウス訪問という対米外交面でも、菅次期首相は既定路線でしたから。

 

こうして政権を受け継いだ菅前首相ですが、ひとつだけ明らかに安倍政権と趣の異なる性格があります。環境政策や特定弱者への全面的支援、いわゆる国連が推進するSDGs政策への傾倒です。

安倍政権で80%減を発表した時のような環境省の部門別目標ベースではなくトップダウンによる2050年CO2排出量ゼロ宣言、京都コングレスにおける菅首相および上川法相のSDGsに終始した演説やポリティカル・コレクトネスを盾にネット開示請求を容易とした改正プロバイダー責任制限法も、やはり菅政権下で施行されたものです。

実現性を重視した安倍政権時代とはSDGs、国連に対する姿勢が明らかに異なるのです。そしてこれら非安倍的な政策は菅内閣の両翼と言っても良いであろう小泉環境相・上川法相により推し進められたものでした。

 

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各国・各個人に覆いかぶさる死病への恐怖、医療品の確保競争、隔離防護政策やそれに伴う社会政策に対する見解のブレetc……コロナ禍は国際社会やその中で暮らす各個人の価値観の崩壊と分断再構築を生み出します。

 

「普遍的・基本的価値観に基づく国際秩序」を標榜した日本外交は各国の価値観の多様化のすえ埋没し、西側諸国による安全保障連携以外をほぼ切り捨てる状況となりました。

中国は保健外交の失敗と経済外交の根幹たる国内生産力の休止により表向きの外交能力を喪失し、中進国・発展途上国への経済圧迫と非公式内容まで含む支援という暗部の外交へとシフトしていきました。

アメリカに至っては国民レベルの価値観分断によるトランプ政権の選挙敗北、アンチトランプという要素以外は見当もつかない(結局国連SDGs政策に同調した)バイデン政権へと移行する始末でした。

……菅政権がこの期に及び国連の権威に縋ったのか、あるいは安倍元首相の成し得なかった国連への影響力増加を謀ったのか、その狙いは分かりません。しかし政権時代の対中連携という成功を収めた代わりに、日本はSDGs浸透という毒に直面する事態に陥っていたのです。

 

さてこの国連SDGsですが、菅政権よりいち早く目を付けた……というより付けられたのはEU主要国でした。移民問題の余勢を得たポピュリスト野党への対抗策を余儀なくされた2019年欧州議会選挙でのEU各国の与党が、緑の党SDGs政党との協力を経て政権を維持したのは記憶に新しいでしょう。翌2020年、コロナからの経済復興を目指して各国への補助金……復興資金でありながら環境事業への投資比率を指定する等思想性の強い補助金……を配布したことは当時の文章で記しました。また2010年代後半のEU分裂危機を、コロナ復興補助金のポピュリスト国家向け支給停止処分を制裁金の代わりに使うことで克服したことも。

まあ、この辺りはすべて過去の話です。2024年のEU議会選挙、そしてここでのポピュリスト国家躍進の余勢を借りたアメリカ大統領選挙の結果、すべてが過去の事となりました。残念ながら悪い意味での過去の話となりましたが、仕方ありません。

 

安倍外交の回顧(2)

回顧録』における私の違和感を論じた上で、あらためて私自身の安倍外交を総括します。

 

安倍外交、というより日本外交の影響力を語る場合、「日本は何を行ったか」以上に「日本は何を求められたか」という受動的要素が大きなカギとなります。軍事力を持たず、経済も対外影響力を減らし続けるなか、日本が外交で影響を持つためには外交思想の妥当性を裏付ける「日本にしかできない、と海外主要国から求められるもの」が増大しなくてはなりません。

実際のところ第二次政権発足以降、安定政権の維持と「地球儀を俯瞰する外交」のもと各国の要望に応じる事で国際的地位の回復には努めました。しかしながら各国からの日本外交需要がはっきりと高まったのは、やはり2019年のことになったと思われます。

 

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2015年G7伊勢志摩サミット、TPP参加やTICAD等を通じ、また政権安定もあり安倍外交は確実に前へと進み始めていましたが、中国への警戒提唱という要素が含まれた日本に対して各国も前のめりで協力する訳にはいきませんでした。オバマ政権時代のアメリカやメルケル政権下のドイツを筆頭に先進国発展途上国あるいは民主的・非民主的国家の別を問わずほとんどの国が、中国を今後関係を深めるべき重大なパートナーと見做していたからです。

これは次世代の対中パートナーとして交渉を進めてきたインドについても同様でした。FOIPが「自由で開かれたインド太平洋戦略」から「戦略」の文字を削除した理由について『回顧録』ではAPECの尻込みに帰しています。しかし実際には国際秩序構築の重要パートナーと目していたインドが、この時期中国も包摂(つまり国際秩序遵守の有無を問わず意見を尊重する)対象とする「自由で開かれた『包摂的な』インド太平洋」FOIIPを提唱した事こそ大きな要因だったと考えて良いでしょう。

結局インド太平洋内外の有力国にとって安倍外交は中国の反感をセットとした厄介者に過ぎず、例えば安倍元首相が提起した債務の罠や請負業者の自国優先受注といった問題点……のちに国際規範の反面教師として広く認知される考え方……すらこの時点では目を瞑るべき小さな欠点と見做されていたわけです。

 

転機となったのは移民問題財政均衡などEU主要国の政策に不満を抱くポピュリストの欧州における台頭、2018年に露呈するアメリカ・トランプ大統領EUとの関係悪化。最後のピースが同年末に紛糾するアメリカと中国の関係悪化でした。

その象徴と言えるのが2019年4月、G20大阪サミットを2か月後に控えた多忙な時期の欧州外遊です。具体的内容はこの時期の日米の外交履歴をご確認いただければ幸いですが、この外遊は東欧ナショナリスト政権だけでなく米中対立に対する世界各国の緊張緩和に繋がりました。

一帯一路フォーラムに時期を被せる形で行われたこの欧州外遊に際し、米中どちらかに旗幟を明らかにするのではなく、ただ中国に入れ込み過ぎなければ良い。しかるべき時には普遍的・基本的価値に基づく国際秩序に向き合い、共有出来そうな価値観を出し合って欲しい。安倍外交が打ち出したこの方針は、欧州委員会に対抗すべく米中両国との関係を維持したい東欧諸国はもちろん、トランプ政権の対中政策に利己的でない肉付けを求める米国、逆に米国に振り回されるEU主要国それぞれの外交需要に応じるものでした。

そしてこの優し気な日本の提案は、同時に「戦略的互恵」外交が陥る罠に触れるものでもありました。互恵の中にありながら輪の中で共有する歪んだ価値観から本質的に抜け出すことなど出来はしないから、輪の外で通用する価値観は丁寧にをひとつひとつ模索するものであることが必要なのです。

 

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日本の国益あるいは中国へのはっきりした牽制を望む国内保守派の要望から乖離したこの外交方針について「本質はあくまで対中親米政策の一環であり、リアリスト安倍元首相としての妥協の所産」と考える人もいます。事実この欧州外遊時に対日会談と一帯一路フォーラムを梯子する国家が多々ありました。

日本が主催するG20大阪サミットを目前に、無駄な国際緊張を避けようとした結果とみる向きもあります。実際G20大阪サミット後、安倍外交はいわゆる地球儀を俯瞰する外交から少しずつ内向きな、今までの外交成果を確定させる西側連携のパワーポリティクスに向かっていきます。既に2021年の辞任を念頭に置いていた安倍元首相は、後継となる菅元官房長官のための地均しに向かっていましたから。

 

しかしこの時期欧米は勿論これまで孤軍奮闘と内心侮っていたアジア中東国家も、この外交を通じて「西側」諸国のリーダーの一角として日本に一目置くようになりました。それまで欧米にとっては視野から外れがちの活動中心だった日本が、欧州の舞台で成果を上げた事はそれだけ大きかったと思われます。

中でも安倍外交の共栄的・規範的・反利権的側面を特に高く評価したのはEU主要国がまい進する排他的・教条的政策に拒否感を抱く東中欧、あるいは中露と友好的外交を保とうとしたや中東国家でした。およそ日本と価値観を共有するとは言い難い諸国家と言えたでしょうが、ある意味それ故に彼らの存在は後述する安倍外交の特徴「どの国も取り残さない人間の安全保障」の形成を後押ししました。

 

一方で、イデオロギー的側面から世界のイニシアティヴを握ろうとする勢力による安倍外交への反感も複数の形で噴出することになります。安倍外交が国際規範として掲げる「普遍的・基本的価値に基づく国際秩序」に挑戦しようとする者、発展途上国と先進国の争いに乗じ調整役の地位を狙う者、地球的課題や教条的人権擁護を盾に他国への圧力を躊躇わない者。さらに得体のしれない何か……

 

コロナの流行が始まった2020年1月、世界が新たな混迷へと向かうほんの数か月前のこと。安倍元首相が修復に努めた国際秩序が覆され、敵味方入り乱れながら各国が自らの価値観のもと離合を繰り返す時代にわずかに差し込む光の期間であったと思います。

最後の文章として:安倍外交の回顧(1)

はじめに

すみません。この一連の文章がおそらく最後の記事となります。

文章書けない病が限界に達した事と別の事に余力を絞る事となり、最後にせめてもと思い今まで自分が綴った文章から自分なりの安倍外交の回想を纏めました。

通常の自分の文章と異なり、文章終盤を除き引用のリンク等は使用していません。もしご興味があれば今までの自分の文章の中からご確認いただければ幸いです。

 

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実は自分の文章書けない病が極限に達したのは、2023年2月に発売された『安倍晋三回顧録』の内容によるものでした。自分が入手したのは初版売り切れから数か月後の事でしたが、保守・国益優先派としてまた選挙と宰相活動をリンクさせる政治家としての一面をクローズアップした回顧録の内容は当時の私にはショックであり、また今までの自分の文章や当時書き連ねていた安倍外交の総括文章を頭ごなしに否定される感覚に囚われてしまった訳です。

www.chuko.co.jp

しかしこの回顧録、読み重ねるにつれ違和感と恣意性が強く感じられるのです。

 

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安倍晋三回顧録(以下『回顧録』)』について

 

巻頭文『なぜ『安倍晋三 回顧録』なのかー「歴史の法廷」への陳述書』にはこの『回顧録』の編纂経緯について

  • 日本の指導者たちの前例に従わずあえて「記憶が生々しい状態で語ってもらうことで、より真実に近づいてもらうことができると考えた(P3)」、「時が経てば、本人は意識しなくとも正当化や美化の度合いがさらに強くなる(同)」という2点から、首相辞任から間もない「20年10月から1回2時間のインタビューが始まり、21年10月まで18回(P4)」行われたこと
  • 「22年1月にはほぼ完成(P6)」したものの、元首相側から待ったがかかったこと。背景として当時本格的な復帰を準備していたこと

またインタビューを通じた編纂者評として

  • 長期政権の理由について党内要職人事の成功、働き方改革など野党政策まで取り込んだ柔軟性、官僚人事の掌握や事象を(イデオロギーではなく)戦略的に考えた事を提示
  • 外交エピソードとして中国を、また内外人物評について習近平の他トランプ・オバマ両大統領とプーチン大統領小池都知事を例示
  • タカ派」「右寄り」のイメージが付きまとう一方、内政問題では社会主義的かと思われるほどの柔軟性を見せたことを例示

しています。後述する『回顧録』各章の表題、また章頭の要約も編纂側の意図に合う形で記されています。

 

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一方で実際の安倍元首相からのインタビュー内容をざっくり要約すると

第一章:コロナ蔓延-ダイヤモンドプリンセスから辞任まで(P21~70)

  • 直近2020年についてコロナ政策を中心に、政権の失敗いくつかと辞任まで

第二章:総理大臣へ!-第一次内閣発足から退陣、再登板まで(P71~102)

第三章:第二次内閣発足-TPP、アベノミクス靖国参拝(P103~124)

  • 2013年、第二次安倍政権発足からTPP及び安全保障に関するオバマとの会談、三本の矢提唱、安全保障に付随する内閣法制局や国会との諍いと法制局長官に対する人事権行使、特定秘密保護法靖国参拝に関する海外反応への反論

第四章:官邸一強-集団的自衛権行使容認へ、国家安全保障局内閣人事局発足(P125~150)

  • 2014年、経済界に対する賃上げ交渉を皮切りに、官邸主導の安全保障外交及び官僚掌握の象徴たる国家安全保障局内閣人事局発足について。更に対オバマTPP交渉、集団的自衛権の容認と見解、クリミア侵攻に関する各国交渉や衆院選を絡めつつ、対北交渉を通じた金政権・オバマ・外務省への失望について。

第五章:歴史認識-戦後70年談話と安全保障関連法(P151~174)

  • 2015年、イスラム国日本人人質殺害における対応と教訓を皮切りに、戦後70年の節目における米議会談話や国内談話における内幕や見解。安全保障法案に関する出来事や経済政策を根拠とする支持率回復といったトピックを挟み、最後に戦後清算のひとつの象徴である慰安婦合意に関する背景と顛末。

第六章:海外首脳たちのこと-オバマ、トランプ、メルケル習近平プーチン(P175~208)

  • 年表から一服し、副題の首脳の他EU、英仏豪、フィリピン、イスラエル首脳及び台湾・李登輝元総統について、人により人格・言動・政策等側面を切り分けながら描写

第七章:戦後外交の総決算-北方領土交渉、天皇退位(P210~242)

  • 2016年、7月参院選に関する当時の解散同日選の思惑を皮切りに、熊本地震支援方法、2014年クリミア併合以降の制裁基調をオバマ政権終了の機会に振り切る北方領土交渉、G7伊勢志摩サミットにおける財政出動の重要性と対中警戒の呼びかけ及びオバマとの首脳会談・広島訪問、参院選都知事選と内閣改造、2019年に向けた天皇退位示唆、大統領選と就任前のトランプ会談、最後に日露首脳会談と真珠湾訪問について

第八章:ゆらぐ一強-トランプ大統領誕生、森友・加計問題、小池新党の脅威(P243~276)

  • 2017年、初の日米首脳会談及び北朝鮮ミサイルに関する共同声明を呼び水にその後の対トランプ交渉を概説する事から始まり、森友・加計問題を挟んで総裁任期延長の党則変更と9条改憲問題及び天皇退位特例法、都議選での自民敗北と衆院総選挙での巻き返し。〆としてトランプ初来日および拉致被害者家族との面会について

第九章:揺れる外交-米朝首脳会談、中国「一帯一路」構想、北方領土交渉(P277~332)

  • 2018年、働き方改革法案に関するデータミス及び森友・加計問題を呼び水とした関係省庁官僚評。トランプによる対北圧力路線からの撤退及び日本の対応、一帯一路への協力を求める李国強との会談、オウム事件死刑囚の刑執行、総裁選の回顧。同年消費税引上げ方針決定を呼び水とした2014年から続く財務省との暗闘、セキュリティダイヤモンド等をベースとするFOIP及びインドを中心とした諸国反応、訪中を呼び水とした習近平評及び中国の対外戦略感、徴用工裁判。日露首脳会談におけるシンガポール合意の顛末にて〆。

第十章:新元号「令和」へ-トランプ来日、ハメネイ師との会談、韓国、GSOMIA破棄へ(P333-373)

  • 2019年、新元号決定の概要を皮切りに、厚労省の統計調査と内閣陣の不適切発言。この年の即位関連外交としてはトランプ来日、更に来日直後の安倍元首相によるイラン訪問を抽出。G20大阪サミット、老後2000万問題に関する金融庁への不満や参院選結果、日米貿易交渉や桜を見る会。さらに韓国に対するフッ化水素輸出規制とGSOMIA破棄について一節にまとめた上、『回顧録』の事実上の〆の節としてオマーン湾への自衛隊派遣を呼び水に対イラン外交への展望について。

終章:憲政史上最長の政権が実現できた理由(P374~394)

  • 長期政権を維持できた理由として、まず第一次政権での未熟ゆえの挫折と反省。また当時同じ挫折を味わったメンバーが第二次政権を支えたことを第一とした上で、経済学者・保守派論客及び芸能人の支援にも言及。政策上はまず経済の立て直し成功を強調し、外交が保守的支持層獲得に繋がったこともまず経済あってこそと指摘。さらに2013~2014年の集団自衛権に関する政策や長期政権下で増幅した外交影響力及び国民向け政策アピールのためのSNS活用等、長期政権絡みの観点から抽出された諸文節。

 

…ぶっちゃけ第一~第二章の要約はあまりにも短いですが、内容的に仕方ないとご了承ください。見て頂きたいのは第三章~第七章、第二次安倍政権の政策面確立を編纂側が印象付けようとしたはずの2013年から2016年について、実は政策内容が希薄でそれ故にかページ数自体も少ないことです。

逆に第八章~第十章、2017年のトランプ大統領就任からの「ゆらぐ」「揺れる」期間こそ特に外交面において活躍や戦略の幅を広げたことを示しています。『回顧録』で話題にされた米中露や南北朝鮮、また第十章でようやく採り上げられたイランだけでも上述の通りです。

さらには元首相が主張し続けた中国の脅威が欧米主要国に受け入れられ始めたのも、トランプを御する人物としてアジアや欧州のポピュリスト政権が模倣に至るのも共にこの「揺らぐ」「ゆれる」時期だったことも、いくつかの文章で自分が示した通りです。

つまり安倍外交は2016年までに保守的な対中露韓姿勢を確立したが、トランプ大統領就任以来そのスタンスを妥協させた……と解釈させたい表題作成者=インタビュー側の意図とは裏腹に、「揺らぐ」「揺れる」時期こそ相手国や周囲を巻き込む交渉に漕ぎ着けた時期だった訳です。

 

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また特に『回顧録』の内容に疑問を感じたのは、第九章「揺れる外交-2018年」の

>(注:FOIPを)東南アジアで表明したら、中国を刺激してしまうでしょう。(注:2016年アフリカ開発会議・通称TICAD6における)ケニアでの演説ならば、それほど注目されない。その後、様々な場面で主張して徐々に国際社会に浸透させていくという点で、アフリカでの表明は良かったと思います(P314)

の一節です。

そもそも前回2013年第二次安倍政権下で行われたTICAD5において、これまで他国に後れを取った対アフリカ支援・投資の再注力、並びに会合のスパンを5年ごとから3年に変更する旨宣言していました。いわばTICAD6はアフリカに対する安倍元首相、そして日本外交の本気度を期待された場であり、回顧録の発言とは裏腹に各国からの注目度は高いものだったのです。

特にTICAD5直後の同2013年に一帯一路のひな型を発表した中国にとって、TICAD6におけるFOIPの発表は注目どころかP318や当時の報道通り激しい嫌悪を示すものでした。

※ちなみに一帯一路は当初は中国と欧州を陸路で繋ぐコンセプトであり、海洋を以てアフリカと繋がる「海洋シルクロード構想」はFOIP発表後に公表されたものです。

また太平洋・インド洋の秩序維持については既に2014年シンガポール・シャングリラダイアローグで東南アジア含む諸国に示されていた事もあり「東南アジアで表明したら中国を刺激」云々という理屈も成り立ちませんし、逆に21世紀の日本外交上アフリカの角ジブチソマリア等インド洋に面したアフリカ諸国)は国際公共財としての海洋維持の対象に元から含まれていました。

 

全くのところFOIPに関する安倍元首相の発言は事実にも、そして元首相自身の認識にすら背くものだったと見做せます。

 

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ダメ押しで強調してしまえば、『回顧録』出版当時多くのメディアやブログが引用した

>外交の基本はリアリズムです。イデオロギーに基づく外交をやっても、誰も付いてきてくれません。世界の国々は、いかに国益を確保するかを巡ってつばぜり合いをしているわけでしょう。硬直的な考え方にとらわれていたら、結局、国は衰退しちゃいます(P324)

編集側が外交的には狡猾な保守派として捉えさせようとした安倍元首相の言葉も、また別の個所で日中外交を「戦略的互恵」……2019~2023年外交青書から消えていた表現です……と例えたことも、実際には国際秩序というイデオロギーに外見上だけでも従うよう、相手国に求めたものです。

「いかに国益を確保するかを巡ってつばぜり合いをしている」他国が得意としたwin=win=lose外交……第三国への掣肘を旨とする二国間共益外交とは異なり、二国間の国益以外のものを提示することで第三国までイデオロギーを納得させうる形の外交を展開していた、そのことを指すものです。

元首相のリアリズム、特に外交におけるリアリズムとは二国間の力関係や利害ではなく、法の支配に基づく国際秩序という日本側のイデオロギーの正当化を納得させるための多国間・他国間での妥協だったのですが、『回顧録』とその周辺ではこれらの点が盛んに歪められていた訳です。

 

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回顧録』を読み返して感じるのは、やはり安倍元首相に対する強烈な保守国策政治家側面へのインタビュアー側の恣意性です。

 

そもそも海外の政治家が退任後早々に回顧録を作成するのは新鮮な記憶云々以前に、他者が出し抜いて内情を暴露する前に史実認識を一般論として固めたいという意図があると言われています。

また記者レベルのインタビュアーが聞きたい事件を優先的にピックアップ、それも自分の推論を提示した上でインタビューする回顧録は異例ですし、それ以前に事実陳述としてのクオリティすら支障を及ぼす形になりがちです。

※通常は当時の実情を「近い立場で」共有しかつ立場がフラットな当時の部下がインタビューを仕切ることで、語りにくい内容を切り出す場を作ります

更に言えば政権復帰すら見込みがある状態での回顧録はよほど破天荒な、後足で砂を蹴る人物でもない限り現行政府への忖度を込めた内容になってしまいがちなのです。

 

今回の『回顧録』についても、インタビュアー側なのか協力した元国家安全保障局長側なのか、あるいは当時菅元官房長官に政権を引き渡した安倍元首相本人の意図かは分かりませんが、第二次政権当初からの狙いに基づく保守性・国権重視の性格を外交面でも展開したというイメージを付ける狙いを強く感じます。

そしてこのイメージはまさに『回顧録』インタビューの期間に後継内閣を率いた菅元官房長官の外交……コロナ禍におけるFOIPの戦略的連携やQUAD成立を通じ各国の米中陣営二極化を促進した、菅政権において結実したものです。

 

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UNRWAの中立性が揺らいだ時:4. 潘基文

前回からの続きです。

 

以前から巷間で噂されていた通り、UNRWAに中立性の問題があった事が国連の最終報告書で明らかになりました。しかし私はこの件についてUNRWA事務局長からチーム全体への中立性教育こそ問題であり、国連と異なる中立性・公平性原則を主張する赤十字国際委員会(以降ICRC)出身者の事務局長就任がその発端であった、と考えています。

 

国連機関における中立性原則後退の波はUNRWAに留まらず、事務総長及び彼と志を同じくする者達により国連全体を覆う現象であったことを記し、今回の文章の締めにしようと思います。

 

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1. 国連の中立性原則

2. ICRCと国連の中立性定義 

3. 2014年人事の結果

4. 潘基文 

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4. 国連で蔓延した二元論の氷山の一角

ただし結局のところ前述した通り、この特別な人事を通じて潘基文らがUNRWAに何を期待していたのかは推測の域を出ません。しかしこの時期の潘基文の特徴的な言動を紐解けば、この当時一貫していたのはまさに国連原則と従来の国連の在り方に対するアンチテーゼ、事務局長の見解を基にする二元論へと国際常識を塗り替えようとことが判明します。

 

www.huffingtonpost.jp

>ある国々から表明された懸念には、これまでも見解を明らかにしてきているが、過去から正しく学ばなければ、未来へ向かって正しい方向へ進むことは難しくなる。過去から学ぶこと、過去を教えてくれる人を探すことが、今回、私が訪中した目的だった(中略)

>国連や事務総長は中立であるべきだとの誤解があるが、中立(neutral)ではありえず、公平(impartial)だというべきだ

2015年9月、中国主催による抗日戦争勝利70周年の記念パレードに参加した際の中立性非難に対する彼の反論です。

過去を学ぶと言いながら現代周辺諸国と対立しインシデントを連発する軍事組織のパレードに出席し、あまつさえ国際指名手配中の人物と交流を持つ愚行については言うまでもありませんが……そもそも彼がいう「中立ではありえない公平」とは「国連の中立性・公平性」とは真逆の概念です。

 

確かに彼の前任者コフィ・アナンは『公平性は中立性を意味しない』と語りました。しかしその発言内容を確認すれば前述したとおりの「公平性で補完された国連の中立性」、中立的調査のうえ国際規範や原則に基づき公平に判断する努力を続けなければならない、という責任感に基づくものです。

>指導者が平和的な手段でどこまで追い込めるのか、戦争状態に平和をもたらすのにどれくらいの時間がかかるのか、という現実感を持って立ち向かわなければなりません。これは私や私の立場にある人を、定義上道徳的に盲目にするのでしょうか?それゆえ事務総長は善と悪、犠牲者と侵略者を区別できないのでしょうか。

>勿論事務総長には可能であり、まさにそのために粘り強く努力しなくてはならない。国際社会による孤立と遺棄から利益を得るのは、結局のところ被害者よりも侵略者であることが多いからです。公平性は悪に直面したときの中立性を意味するものではありませんし、そうしてはならない。それは憲章の原則を厳格かつ公平に遵守することを意味し、それ以上でもそれ以下でもありません。

繰り返しになりますが国連にも加盟国にも同様に国民・人民に対する義務、そしてそれに基づく正義があります。だからこそ事務総長は加盟国の批判や圧力に直面しながら、彼らと共に行動指針を導き出す努力を続けなければいけない。それがアナンの公平性であり、苛烈な個人的見解 に実効性を持たせようとする挑戦であり、国連の伝統的中立性に基づく加盟国との対立と協調でした。

 

一方で潘基文は「中立ではありえない公平」を当事国から隠れ、味方に囲まれた場所で主張します。イスラエルとパレスチナ- エルサレムポスト、中国と日本、あるいはモロッコと西サハラ-ロイター……これらの関係を定義づけるため当事国不在を見計らってアクションを起こします。他国からの批判に晒されたくはなく、一方で自らの個人的見解である歴史的被害・加害者論を推し進めたい。アナンのように国連の中立性に沿いながら個人的見解に実効性を持たせるのではなく、各国の批判を賛同意見で圧し潰して事務総長が発信する国際常識にしたい。

そこで彼が採ったのは「被害者の人権」を絶対不可侵な価値へと推し上げ、その過程で被害者と加害者の関係を固定させることでした。俗に市民社会と呼ばれる市井の専門家をかき集め、国連を中心としたコロニーを作ったことはその根幹です。実務で直面している環境社会問題を専門に「被害者の人権」から判断し、優先救済を訴え国家を糾弾するタイプの専門家です。そして「被害者」の不可侵性は潘基文個人の歴史的二元論の中核でもあります。

国際問題を貧困・環境・不平等の面で捉える専門家が「被害者の人権」的に正しい、しかし全世界の国家国民に対し非中立的な判断を提示し、国連がお墨付きを与える。この手の会合において加盟国は市民社会の代弁者となるか、事務総長に擦り寄りお目溢しを頂くか-UN News、あるいは自国の安全保障や国家主権に基づく政策の自主性を訴えたすえ被害者の人権からの逆行を糾弾され、議論のメインストリームから取り残されざるを得なくなりました。

news.un.org

潘基文(パン・ギムン)事務総長は本日「私たちはこれらの過ちを正さなければならない」と誓い、レズビアン、ゲイ、バイセクシュアル、トランスジェンダー(LGBT)の人びとに対する差別を非難。宗教・文化・伝統が彼らの基本的権利を否定する理由にはならないと宣言した

ここに至り、潘基文と彼のコロニーによる二元論の自己正当化は完成しました。あとは被害者の固定化のため誰も取り残さないと言いながら、最も 被害を受けていると彼らが認定する対象への偏向を延々と継続すれば良いだけです-SDG Indicators。そしてこの被害者の固定化こそ、自らが作ったルールによる新たな被害者の発生を研究対象外とする専門家たちと「加害者と被害者の立場は千年経っても変わらない」-東亜日報という独特のメンタリティを故国と共有する事務総長の最大の共通点であり、中立でも公平でもないが故に共通の敵を持つ彼らがお互い手を結んだ理由でした。

 

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潘基文時代の国連評価として具体的な紛争解決は停滞する一方で理論面では人道的介入から3つの柱に基づく「保護する責任」への整備 -UN News、また従来の国連より環境問題や不平等問題への活動のシフトが見られたと言われています。更に人事では彼の強権に基づく縁故主義・自国優先主義を揶揄され続けました。しかし加盟国すべての平等な主権に基づく国連の中立性・公平性を蔑ろにした彼らの二元論を顧みれば、これらを包括する大きな特徴が見て取れるのではないでしょうか。

高邁な目標と未達の尻拭いを歴史的加害者に押し付け、加害者の側でありながら脱落する者を執拗に糾弾する議論の進め方は、環境・不平等問題でイニシアティブを握る際には有効です。逆に議論のイニシアティブを握る事自体が目的である潘基文らの現地活動が、紛争の場では一方の側に空約束と内通、もう一方には二元論による世論からの束縛と反感の形で事態の混乱を招くこともまた自明でしょう。

 

一連の文章の初めに記したように「紛争地域=大国対立に巻き込まれた歴史的被害者」という冷戦以来の国連及び各国の認識は、今世紀初頭の国際テロリズムを境に変化しました。世界各国は自らもテロリズム被害の当事者と気づき、無差別支援ではなく国際規範への回帰という篩にかける必要性を認識する契機となりました。

この篩を拒否し「紛争地域=被害者」への無差別な人道支援を絶対視するICRCのキャリアを、同様の歴史的二元論を押し付けようとする潘基文が前例を無視してまでUNRWAに組み込んだのは必然だったと思われます。

 

ただし、勿論なのですが……国連職員としてキャリアを積み中立性と公平性の遵守を学んだ人間の思想が、潘基文時代を通じて歪まなかったという保証はありません。UNRWA人事は即効かつ最悪の形でゆがみが表に出ただけでしょう。

そうでなければSDGsだってもっと早く軌道修正してるでしょうよ……。

 

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UNRWAの中立性が揺らいだ時:3. 2014年人事の結果

以前から巷間で噂されていた通り、UNRWAに中立性の問題があった事が国連の最終報告書で明らかになりました。

しかし私はこの件についてUNRWA事務局長からチーム全体への中立性教育こそ問題であり、国連と異なる中立性・公平性原則を主張する赤十字国際委員会(以降ICRC)出身者の事務局長就任がその発端であった、と考えています。

今回の文章は前回からの続き、事務局長のキャリアルート変更に関する背景と、変更数か月後にUNRWAで起こった事件についての話です。

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1. 国連の中立性原則

2. ICRCと国連の中立性定義 

3. 2014年人事の結果

4. 潘基文 

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3. 2014年人事の背景とUNRWA施設内のロケット弾消失事件

 

さて、2014年の話に戻りましょう。

現在のUNRWA事務局長フィリップ・ラザリーニ-UNRWAに引き継がれている(前事務局長途中辞任に伴う中継人事を除き)ICRC人事路線は、その前任ピエール・クレヘンビュール-UNRWAが2014年にUNHCR出身のフィリッポ・グランディ-UNRWAから職務を受け継いだ時から始まります。

5年後のクレヘンビュール辞任に関するスキャンダラスな内容は一旦置いておくとして、注目するのは赤十字出身者という局長抜擢キャリアの変更が当時の国連事務総長潘基文らの意志であった事です。

www.swissinfo.ch

swissinfo.ch:(米国出身のUNRWA副事務局長のように)あなたは外交畑ではない最初の事務局長だった。このような難しいポストにとって弱みにはならなかったのか?

クレヘンビュール:私が13年に立候補した時、スイスは「留意する」だけのはずだった。しかし、ウエリ・マウラー連邦大統領の潘基文(パン・ギムン)国連事務総長宛ての書簡で、スイスは正式に私の立候補への支持を決めた。スイス外務省は他の国々に積極的に働き掛け、私の立候補への支持を取り付けた。

こうして私は出身国の支持を得ることの意味を知ることができた。当時のサンドラ・ミッチェル副事務局長候補も同じように出身国(米国)の支持を得た。私たちは職業外交官ではなく、人道支援機関の出身だ。しかし、私たちの出身国の支援はどちらも強力だった。採用にあたって潘国連事務総長の主な懸念は、ドナー国を動員して、拠出金を増やす能力が私にあるかどうかだった。財政難はすでにUNRWAの急所であり、組織の財政的安定を確保する手段を見つけなければならなかった。

スイスにせよアメリカにせよ、政府としてわざわざ従来の人事路線を排しICRC出身者を擁立しなければならない理由はありません。インタビューで提示している財政的要因は実際二の次で、逆にとにかく赤十字出身者を希望する潘基文事務総長およびスイス連邦大統領ウェリ・マウラーの個人的思惑であることが分かるでしょう。

※ちなみにウェリ・マウラーとは反ポリコレと評された事もあるものの、潘基文と共にSDGs策定に乗り出した人物であり

www.swissinfo.ch

また同2013年に中国とのFTAを- SRF2019年には一帯一路の協力覚書を交わした- ジェトロ、ある意味コロナ前の典型的欧州閣僚でもあります。

www.swissinfo.ch

 

話を戻しましょう。

「どうして潘基文らは赤十字の人間を抜擢したかったのか」、それは推測の域を出ません。ただし「潘基文らが赤十字の人間を抜擢した結果」といって良い事件、まさにこのUNRWA職員の中立性退化を象徴する事件が、事務局長就任間もない2014年7月に発生しています。

 

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実のところUNRWAの過激派組織への傾倒- ニューズウィーク は20年以上、それこそアメリカ等国連常任理事国との対立で名高いコフィ・アナン元事務総長の時代から噂されたものです。とはいえこれらの噂はUNRWAにおける偏向性……反イスラエル感情の余り過激派組織の活動を支援している状態……の論拠とするには不明瞭で、時には国連から逆ねじを食らわされる- 国連HP事もありました。

 

しかし2014年7月ガザ侵攻- NHKに際し露見した事件、UNRWA学校施設でのロケット弾発見-UNRWAについては状況が異なります。

>UNRWAは本日、施設の定期検査の過程でガザ地区の空き学校に隠されたロケット弾を発見しました。ロケットが発見されるとすぐにUNRWAの職員が施設から撤退したため、正確なロケット弾の数は確認できません

この2014年7月にUNRWA管轄の3つの学校施設でロケット弾と思しき武器が発見され、更にそのいずれもが専門機関調査前に消失しました。この件について上記UNRWAのプレスリリースでは

>事務総長は2015年4月27日、BOI報告書の要約(S/2015/286)を公表した。概要は、発見されたアイテムがロケットではなかったことを示しています。教育委員会は、パレスチナ武装集団が武器を隠すために敷地を利用した可能性は高いと結論付けたが、学校にどのような種類の武器が隠されていたかを確実に確認することはできなかった

あたかもUNRWAと事件の関係はイスラエル側による濡れ衣がごとく記していますが、要約S/2015/286のP15~19、今件「h」「i」「j」3ヵ所でのロケット弾発見に関する記述をさらに要約すると

・3校とも安全保障プログラムに基づき同年5~6月にUNRWAが検査を行っている

・7/16の一つ目のロケット発見に伴い、その日以降各校は毎日警備員が検査

・しかしこの検査以外の形で相次ぎ発見。うち「i」では職員が証拠撮影すら怠る

・その後正式な回収調査前に、何者かに証拠をすべて持ち去られる

 

……UNRWA職員が施設内にロケットが持ち込んだのかどうかは分かりません。

しかし確実に言えるのは【現地職員が外部組織と連携し、複数個所・複数機会で証拠の隠蔽に努めた】という事実です。以前の疑惑と異なりこの時はじめて言い逃れようの無い逸脱がUNRWA職員により行われた訳です。

 

そしてこの件に対するUNRWA事務局長の声明を読めば、事件を招いた人物は明らかでしょう。

国際法上の不可侵性に対するこの甚だしい違反行為に責任のあるグループを、UNRWAは強く明確に非難する

UNRWAは加盟国の期待から目を背けもっぱら被支援対象に阿る支援を続けた果てに、いったん事が起こると被支援対象に対する掌返しと、国連機関としての中立性の義務をまるで被支援対象に委ねることが当然と言わんばかりの弁解を行いました。

国連機関として自ら主体的に守る義務である中立原則がUNRWA事務局長就任後たった数か月で差し替えられ、職員の暴走を叱責どころか擁護と他責に帰する団体に変化したわけです。

 

そして中立の主体性を放棄する風習は9年後も変わらず、UNRWA本部地下のトンネル疑惑- NPRや改めて事実と認定された教科書偏向性問題についても「我々は努力している」「事実が判明すれば対応する」「自分の権限では対応できない」と繰り返します。

www.nzz.ch

 

4. 潘基文 に続きます。

UNRWAの中立性が揺らいだ時:2. ICRCと国連の中立性定義

以前から巷間で噂されていた通り、UNRWAに中立性の問題があった事が国連の最終報告書で明らかになりました。

しかし私はこの件についてUNRWA事務局長からチーム全体への中立性教育こそ問題であり、赤十字国際委員会(以降ICRC)から採用された2014年UNRWA事務局長人事がその発端であった、と考えています。

今回の文章は前回の続き、本来の国連の中立性と異なる事務局長のバックボーンICRCの中立性に関する話です。

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1. 国連の中立性原則

2. ICRCと国連の中立性定義 

3. 2014年人事の結果

4. 潘基文 

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2. ICRCの中立性と人道・公平性……被支援対象と対象外勢力に対する主観

公平性と中立性に関し、ICRCには別の……国連とは相いれない……論理があります。

www.jrc.or.jp

>1965年にオーストリア・ウィーンで開催された第20回赤十字国際会議で赤十字7原則が決議され、宣言されました。赤十字7原則は、赤十字の長い活動の中から生まれ、形づくられたものです。「人間の生命は尊重されなければならないし、苦しんでいる人は、敵味方の別なく救われなければならない」という「人道」こそが赤十字の基本で、他の原則は「人道」の原則を実現するために必要となるものです

(中略)

>一番上にある「人道(Humanity)」と「公平性(Impartiality)」は実質的な原則であり、人道的活動の「目標」となるものです。 「中立(Neutrality)」と「独立(Independence)」は運用上の原則であり、人道支援者にとっての「ツール」となるものです

赤十字の最上位の原則は文章上人道としていますが、

・あらゆる勢力・信条を問わない「公平な支援」は「人道」と不可分の最高原則

・一方で「中立性」はあらゆる被支援対象との接触を容易にするためのツール

に過ぎません。そしてICRCでの運用上の原則、被支援対象からの信頼獲得ツールという性格ゆえ・「中立性」は現場による意思決定の余地が大きい

・中立性の評価は国際的視点ではなく、自分と事実上被支援対象からの視点に依る

という問題があります。このICRCの視点については、かつて9.11テロに際しあたかも国際世論に同調するがごとく「人類の最も基本的な原則を否定する行為として可能な限り強い言葉で」- ICRC非難しながら、その理由をテロ勢力よりも反攻する国からの力の行使と不寛容に帰し、紛争地域での人命に終始していたことを例示しておきましょう。

 

この文章の少し先に関わる部分ですがICRCの認識は「被支援対象=歴史的な被害者」「支援不要な対象=腐敗した加害者」で固定され、9.11を経てもなお被支援対象への偏向姿勢は冷戦時代から変わらないままでした。この偏向についてはICRCが現地スタッフの行動倫理徹底のため2015年に作成した冊子『国際赤十字・赤新月運動の基本原則 : 人道支援活動の倫理とツール』でも引用された、フィオナ・テリーによる2011年赤十字国際レビュー記事が分かりやすいかと。

>これらの新たな紛争では、中立的アプローチは「不可能」で「時代遅れ」であり、道徳的にも議論の余地があるとみなされ、国家建設に対する「政治・軍事・人道的統合アプローチ」が未来の方法として(注・多くの人道支援組織に)受け入れられた。 支配的な言説に反論し、真の人道支援の継続的な必要性を強調しようとする努力は評価されなかった(中略)しかし9年が経ち、多くの人道支援組織は薔薇色の眼鏡を外し、政府と彼らが熱心に支援してきた国際的な平和構築プロセスが蔓延る汚職、あらゆるレベルでの不処罰の文化、抑圧の増加、民間人の死傷者の中で苦境に立たされていることに気づいた(P176~177)

ここでいう中立的アプローチとは実際には彼らの絶対原理、被支援対象を勢力・信条で選り分けない公平無差別な人道支援の事です。また汚職や不処罰の文化が彼らの言う「政治・軍事・人道的統合アプローチ」定着に伴う現象だったとしても、それが中立的アプローチなら減少できたと考えるのならそれこそ薔薇色の妄想でしょう。

ジュネーブ条約‐ ICRCを盾に国連・国家に対し妥協点を見出すこともせず、被支援対象内に存在する国際規範に逆行する勢力へと向け続ける寛容。一方で逆行勢力の封じ込めを図る国連・国家、また人道支援の理念と国際的危険性の狭間で妥協点を見出す団体に向けられる侮言。

この温度差を考えれば彼ら自身が称するほど……「国連の中立」は勿論、支援の安全保障ツールである「ICRCの中立」という意味でも……中立な立ち位置とは言えないでしょう。実のところ彼らの活動を尊重した上、深入りを制限するだけで済ませた国連や国家の方が中立に近いのは明らかです。

 

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そして中立性と個人的信念の狭間で、ICRC職員の場合どのような態度をとるべきか。

『国際赤十字・赤新月運動の基本原則 : 人道支援活動の倫理とツール』には、国連と異なるICRCの問題を浮き上がらせる一節が存在します。

>確かに、特に誰もが個人的な信念を持っているため、中立の原則を適用するのは必ずしも簡単ではありません。 緊張が高まり情熱が高まった場合、赤十字または赤新月のすべての会員は自制心を働かせ、職務遂行中に個人的な意見を表明することを控えることが期待されます。 しかしボランティアには中立である(be)ことは求められていません。誰もが意見を言う権利があり、単に中立的に行動する(behave)だけです(P43 )

職務外また職種によっては職務遂行中であっても、職員の発言に中立性の遵守は求められていません。いや職務遂行中の職員にすら中立的な発言は「遵守を求められる」のではなく「期待されている」に過ぎないのです。

 

すなわちUNRWA最終報告書に記された

”Several staff invoked their right to freedom of expression.”

>数名の職員は表現の自由の権利を主張しました

職種・オンオフを問わず中立性を求められる国連職員にあるまじきこの発言は、ICRCの基準では当然許可されるものでした。またUNRWA上級職員が「国連の中立性」を曲解し、チーム教育の根幹が赤十字原則にすり替えられていた、と疑われる所以でもあるわけです。事実としてトップたるUNRWA事務局長自ら、現場職員の中立性リスクに「共感」-telegraphしてしまうのですから。

>パレスチナ住民と同様、UNRWA職員もトラウマや心理的負担を抱えています。 公表を許可してはいませんが職員の多くは隣人と同じ怒り、憤り、抑圧感を共有しているでしょう。そのような感情が自らの業務にまで浸透したとき、トラブルの可能性が生じます。

>「特に戦争や緊張の時代には、アイデンティティが衝突することがあります」とラザリーニは言う。 「私たちは中立性が侵害されるリスクを承知しています。」

このような発言は2004年、往年のUNRWA事務局長ピーター・ハンセンによる

UNRWAの給料をもらっているハマスのメンバーがいるのは確かだし、私はそれを犯罪だとは思わない。政治組織としてのハマスはすべてのメンバーが過激派であることを意味するものではなく、政治的審査も他者の説得に応じて排除する事もない

>われわれは職員に対し、政治的信条が何であれ国連の中立性に関する基準と規範に従って行動することを要求する

国際的視点に対するUNRWAの認識の乖離を公言し物議を醸した- CBC、しかしチームに対し国連の中立性を尊重させる姿勢は保つ発言とは根幹が異なっているのです。

※確かに1990年代には西側諸国によりテロ組織認定されていますが、ハマスの危険性が現在レベルで認知され一般に認知され始めるのはハンセン発言の数年後、ガザ地区武力制圧による実効支配が為された2007年前後-AFPであることも念頭に置いて下さい。

 

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……とはいえ、ICRCの原則や中立性それ自体を否定する気はありません。国連と赤十字それぞれの組織下で存在する限り、職務の差が最適化の差異を生みます。例えば赤十字の責務に、被支援地域の国際規範への復帰などは含まれてはいません。

問題は2014年に、UNRWAに不用意にも赤十字の中立性を投入した者がいたことです。

 

3. 2014年人事の結果に続きます。