岸田政権下のDFFT(3・終)DFFTとTrustと

小ネタ:「経済安全保障としてのDFFT」という言葉の補足からの続きとなります。

 

今まで自分が追って来たDFFTについて、現状の研究としてはこちらが最前線と言えるのでは無いかと思います。

www.meti.go.jp

大阪トラック以来伝統的なDFFT主管であった経産省におけるこの研究会では、産業側面から見たDFFTの具体的な展開問題と同時に、前回の失敗を受けて各国データ流通法制度の洗い直しを行い、国際社会への打ち込み方を変えようとする様子が見られます。

 

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この研究会の目的はあくまで第1回研究会議事要旨の冒頭にもあるように

価値観が近い G7の各国から議論を始め、G20 へと広げることを想定している。本研究会の趣旨は、データの越境移転ニーズの類型化に基づいて、各国間の課題を発見し調査するための議論を促すことである。日本が問題を提起することで、G7 等の場で DFFT の議論を具体化できるようなものとしたい。(事務局)

G20その他中進国・発展途上国との交渉へと進める前に、2023年G7広島サミットを目途にまずG7内でのDFFT議論を具体化させるべく、その指標を提示する事でした。

 

ところでこの指標の目標は、G7を中心とする経済安全保障圏でのDFFT運用ではありません。例えば報告書には

既存の取り組みを踏まえ、まずは基本的な価値観を共有する国の共通理解の下で、各国のデータ関連制度に関して詳細な制度間比較を通じたデータ越境移転制度の構築が可能であれば、DFFT のメリットをより強く示すことができる(P4)

DFFT のビジョンを制度として具体化していくためには、データの越境移転に関して基本的な価値観を共有する国同士で、プライバシーやセキュリティ、知的財産の保護など、データの利活用によって生じる脅威を軽減する規制的要請を踏まえた上で、相互運用可能な仕組みを構築・提案していくことが重要である(P36)

といった『基本的な価値観を共有する国』という言葉が散見されますが、この報告書提出に際し開催された第3回研究会の議事録にわざわざ

「データの越境移転に関して基本的な価値観を共有する国」について、長期的な観点で書かれていることを説明する必要があるのではないか(P3) 

と断りを入れることで、この言葉から生じる誤解つまりG7など現時点で基本的価値観共有国と認められている国家群で通用させるだけの、いわゆる閉じたDFFTを目的としていない事を示している訳です。

 

また研究会の中心トピックとして、特に各国のDFFTの認識について従来唱えられたDFFT派・データローカライゼーション派の二極図式ではなく、それぞれ異なる制度背景から各国で少しずつ認識を異にしている(今後各国でのDFFT検証を通じこの相違点が更に増える)ことが指摘されています。

実際のデータ越境行為に関わる産業側からの意見聴取を行ったこと、一方で産業側からの各国法制のシンプルな共通定義・分類化(タクソノミー)という要望を柔らかく拒否したこと、また各国データ政策の政治的背景まで含めて調査しDFFT導入時の具体的な事前検証に繋げることも、この「各国で少しずつ異なる、相違点は潜在的に増え続ける」問題を指し示すためのものと考えて良いでしょう。

 

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そして報告書では、G7広島サミットに向けたDFFT具体化に向けて核となる5つの領域(「透明性の確保」「技術と標準化」「相互運用性」「関連する制度との補完性」「DFFT具体化の履行枠組みの実装」を重点的に取り上げる旨結論付けられました。

 

しかしここで5領域から取り残された基本的な問題について、他省庁から既に外堀を埋められていた事が判明します。第4回会合で数ページにわたり記されているDFFTの「T」、つまりTrustの定義についてです。

・デジタル庁のトラストを確保した DX 推進サブワーキンググループ等において、トラストサービスの定義は具体化されている。他方、DFFT の「T(トラスト)」の適切な定義は、国際的に見当たらない。様々な分野、対象、目的に応じて異なる意味合いを持つため言語化が難しいと推察するが、トラストの定義や要素の検討によって時間的なロスが発生し、核となる領域の検討が滞ることを危惧している。越境移転の障壁の把握と解消に向けた具体的アクション策定が今回のメインテーマである中で、トラストに関する拘りや深掘りと、実態の把握とのバランスをどう取るのか(P3~4)

 

本来岸田政権下におけるDFFT政策の中心であったはずのデジタル庁では、この期間DFFT自体に関する議論は足踏み状態でしたが、産業間サイバーセキュリティの文脈で語られる日本版トラストサービスの国際展開に向けた具体化については活発に議論が続けられました。

一方で経産省の研究会ではとにかく「G7広島サミットまでのDFFT論点の具体化」を優先するという建前から、

→ 事務局として、トラストを明確に定義することの優先順位は高くない。現状、トレードトラックでのトラストに係る議論は収斂していないため、デジタルトラックにおいても、トラストについて定義の議論をするというよりは、データの越境移転の障壁解消に必要な論点を絞り、優先順位を付けて課題に取り組む必要がある。その優先順位付けを正当化するために、先に述べた OECDの GAP 分析や昨年度の中間報告書がベースとなる。これらの分析によれば、透明性を高め、相互運用性を確保することが優先順位の高い政策分野であろう。

→ 具体的な提案をする際には、「T」を定義するというより、その一部分を切り出して、必要なところから具体化していくというアプローチをとるべきと考えている(P4)

Trustの定義化の議論には加わらない、というより

 情報処理の国際標準化の世界では一般に Trustworthiness には 15 の特徴が特定されている。その中にはこれまで DFFT 研究会で議論された透明性(Transparency)、セキュリティ(Security)、プライバシー(Privacy)も含まれるが、他の特徴も存在する。DFFT では透明性、セキュリティ、プライバシー、相互運用性といった既出以外の特徴にも検討を要するものがあるのではないか。標準化の世界で示されている特徴がすべてかと言われると議論の余地があるかもしれないが、先ずは Trust およびTrustworthiness の特徴全体を概観することは、去年の議論を補完する意味でも必要になろう。来年のG7 に向けて、取りこぼしは避けたい(P5)

むしろ各国による定義紛糾を半ば無視、半ばデジタル庁によるトラスト定義に便乗あるいはつまみ食いして乗り切る立場をとることになりました。

前回の失敗を避けるため各国調査を行った研究会がこの面で方針転換するのはいささか奇妙なことですが……それが出来ない程度には外堀が埋められていたという事でしょう。

 

その後8月の第5回、9月の第6回会合とも同研究会ではTrustに関する話題には触れられることなく、また全体的な議案も重点5領域に特化したものとなっていきます。

それは丁度DFFTを提唱した安倍晋三元首相が暴漢により暗殺(2022/07/08)、また第二次岸田改造内閣(2022/08/10)により経済安全保障を主導した甘利スクール閣僚が退任した直近の研究会であり、DFFTの大きな国内潮流が失われたタイミングの出来事でした。

 

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前置きが長くなりました。

 

岸田政権以降のDFFT議論の潮流として、データ流通の物理的ポイントであるデジタル機器に関する経済安全保障と、トラストサービスなどデジタル庁から発信される産業主体のDFFTの二つが存在すること。そして岸田政権からの甘利スクール離脱により、前者を国際社会のルールに適合すべく発信していこうという思惑が望み薄となった旨について記しました。

今回は後者のDFFT、特にデジタル庁が志向していると思われるTrustについて、個人的な見解をいったん明らかにしようと思います。

まあ最後という事で。

 

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今年1月、牧島かれんデジタル大臣(当時)のDFFTに関するインタビュー記事がYoutubeに掲載されました。

牧島かれんデジタル大臣 - 「DFFT」とは? - YouTube

『THE CHOICE / POTETO政治部ZEXT』2022/01/21

本当は書下し記事があれば良かったのですが、とりあえずテロップ付き音声で。

 

さて大臣の語るDFFTについて、0:57~1:49までの発言と2:16~3:55までの発言ではその性質が少し変わっていることにお気づきになられたでしょうか?

>データを活用すると同時に、守らなければならないものもある。または国境を越えてそれを共有しようとするならばそこにTrust、信頼関係が無ければ共有することは出来ないと言われています

という国境を構築する主体(国家)の信頼関係に関する話が

>今まで日本はルール作りという分野ではなかなか日本発のものを作るのは難しい、と言われてきましたが、このDFFTはもう明確に日本が主導できるルール作りになるので、そういう意味でも大きな意義があると思います

の言葉を間に挟んで、経済競争のため日本政府がDFFTのルールメイキングを主導しなければならない、という話に変化しているのです。

話の流れを見るに前デジタル大臣は、最終的にDFFTを産業間のデータ流通・認証ルールの国際標準化という後者の流れに落ち着かせようとしているように思われるのです。

 

いえ、別にDFFTをダシに国内産業に有利なルールを作るという彼女の方針を問題にしたいわけではありません。問題はDFFT、特にTrust・トラストとは国家間の話なのか、あるいはトラストサービスにおける産業ルールの話なのかを意図的にごっちゃにしている、というより産業ルールに持ち込む気が満々と思われる事です。

 

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この移行を如実に表しているのが、2021/11/04にデジタル庁が開催した第2回デジタル社会構想会議における国際戦略についての専門家・現場担当者の意見内容です。

https://cio.go.jp/sites/default/files/uploads/documents/digital/20211104_meeting_conception_03.pdf

 

A) 国際標準、グローバル基準への対応(制度、技術の両面)
・国際標準策定の牽引準拠、国際的データポリシー論点への対応

B) 国際連携・国際協調
・情報発信の英語化、透明性向上、他国機関との連携、他国支援

C) 国際xデジタルの文脈で検討するべき論点
・人材、イコールフッティング(国内企業のみへの制度適用等による不公平是正)ほか

 

事前の打ち合わせでは上記の文脈から意見が出されたそうですが、その中でもDFFTはA)国際標準の牽引事項として

・DFFT(コンセプトからパッケージへ)

という見出しで記されておりました。ここでいう「国際標準パッケージとしてのDFFT」とは恐らく産業間のDFFT、データの正当性・安全性を保証・認証する国産デジタルトラストサービス、及びその共通標準を海外向けに提案可能な状態まで具体化する事でしょう。一方でデータ・ローカライゼーションや経済安全保障といったデータポリシーの国際的論点についてはDFFTのターゲットから外れています。

 

少々遠回りの話を始めますが……実際のところIT関係者にとってTrustとは最初から通常の辞書にはない彼らだけの共通認識、IT産業目線でのトラスト基盤、流通データの保証・認証を意味するという認識が強かったようです。

www.hitachihyoron.com

それは専門家を積極的に採用したデジタル庁、また彼ら専門家のバックボーンである産業界においても同様だったのでしょう。

むしろDX推進グループを中心にトラスト基盤の確保を具体化させる最中に、同じ庁内で異なるTrustの用法が使われていることに混乱し、専門家側にそろえた形を以てDFFTの完遂と見做そうとしたのではないか、そう感じられるのです。

www.hitachi.co.jp

 

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前回記したDFFTのTrustの主語を産業に差し替えようとしている問題について、以前の文章で提示したこのレポートで確認していきましょう。

奇しくも前回取り上げたレポート同様、日立グループの手が入ったものです。

jp.weforum.org

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※以下しばらく”Trust”と「トラスト」が文章内に混在しますが、前者は国家間の”信頼”、後者は日立レポートを中心とする「主観的信頼」を指しています。

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こちらのレポートをざっくり要約、横文字を日本語に紐解き直すと

  • 信頼する側がされるべき対象に特定行為を期待する「主観的信頼」を「トラスト」
  • 信頼されるべき対象が特定行為を行う「客観的証拠」を「トラストワージネス」
  • 制度・規範や システム等の手段によってある価値を実現するために、ある主体が他の主体の行動を規律もしくは方向づけること……広義の「運用ルール」と思われることを「ガバナンス」

と定義、客観的証拠「トラストワージネス」の積み上げによる信頼する側の主観的信頼「トラスト」への結実、更に運用ルール「ガバナンス」自体のトラスト形成を絡めた図式を「トラスト・ガバナンス・フレームワーク」としています。

 

更に複雑なトラストワージネスの連関を簡単に検証するため、ITにおける「トラストアンカー(電子データの認証ポイント)」の仕組みを例示し

>国や地域ごとにガバナンスが分立しているため、「信頼ある自由なデータ流通(DFFT)」等の実現にあたり、同一のトラストアンカーを設定することは難しい。この場合、トラストアンカー同士による相互認証の仕組みが必要となる。従ってトラストアンカーを形成して十分に機能させるためにはマルチステークホルダー間の取り組みや連携が必要となる

と国家政府のほか企業・第三者機関・コミュニティといったサプライチェーンによる越境的連携を提唱しています(このレポートでは信頼主体を政府・企業・機関・コミュニティと定義しています)。

こうして見ると前述した日立コラムにおけるデジタルトラスト基盤・相互認証の仕組みに近いのですが、上述した主観的信頼としてのトラストとトラストアンカーに係るデジタル用語のトラストを併置したり、また「信頼が強く意識されるのは、それが壊れ失われつつあるときだ」という『はじめに』章のキーフレーズを通じ、デジタルトラスト様の図式を国家の”Trust/信頼”形成にまで意識的に援用させようとしている特徴を見て取ることが出来ます。

 

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DFFTで語られるTrustをデジタルトラストに限定した上で、更に特定の主体をベースにしたとしか思われないモデルをもって一般的なトラスト形成モデルにまで拡大させる暗意が含まれている事は、実際このレポートの最重要論点といってもいいでしょう。

 

そしてその根底に各主体は、トラストの下位概念であるトラストワージネスの形成をもってそのままトラストの形成に繋げる「べき」、という考え方があることが見えて来ます。

このレポートで危惧すべきところは本来国家を越えたデータ流通の自由化のためのData Free Flow with Trustに対しデータセキュリティ上の問題に限定した産業内モデルを流用、産業自ら作成した運用ルールに従う国家には他国もTrust/信頼を与える「べき」と提唱している事なのです。

国家のあらゆる行動に対するTrustには多面的なconfidenceの蓄積が必要だ、とかつて私が記したTrust-confidence論との最大の違いはここです。

 

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そもそも産業間でこのようなシンプルなモデルが成立するのも、産業間ではみずからの契約関係のみでトラスト・トラストワージネス双方の目的まで共有されるからです。

国家には適用されません。なぜなら国家は契約関係ではなく自国民との義務の下で成り立つものであり、経産省の報告書が示す各国データ法制の背景やDFFTに対する認識の違いも国民保護のバリエーション、言い換えれば国家の「主義」に起因するものです。

みずからの主義に基づく広範な目的・使命を持ち時には矛盾する行為を選択するのが国家です。特定の国家がトラスト形成に足るだけの行為を志向しているとは限らず、またそのような国家が一分野におけるトラストワージネスを提示したからと言って無条件にTrust形成までの補強を行うべきではありません。

ましてTrustに関する判断を、主権に伴う国民の義務を有しない産業が主導するのは国家国民に対する干渉行為と言えるでしょう。

 

さらに言えば特定国家が自らに帰属する産業ごと、それまで産業が積み立てたデータ流通のトラストワージネス単位まで破壊するのは国家にとってごく簡単であり、帰属産業にとってもこれまた当たり前なことです。

そのことを示したのが「国家が帰属産業を使役し、帰属産業が自らの技術をもって越境的Trustを破壊し、かつ当該国・被害国がこぞって事実関係の客観的立証に干渉」する疑惑を持たれたファーウェイの去就であったことは言うまでもないかと。

 

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DFFTが扱うべきSecurityにはおよそ二つの意味合いがあると考えられます。

 

一つは国家や企業・犯罪組織による越境データ侵入や攻撃行為に対するsecurity、安全の確保です。主導となるのはデータを実際に守るべき産業・専門家であり、国家の役割は補助的なものになります。デジタル庁におけるトラストは、前者に対応するものとみて間違いないでしょう。

 

そしてもう一つは領域内のデータ及びデータを保持する企業、また他国への攻撃を行う犯罪者への、国家による行動からのsecurity、すなわち国民の保護です。

例えば侵入により盗まれたデータや犯罪にかかわるデータはもちろん自国の政策に悪影響を与える情報、個人情報に相当するかもしれないグレーゾーンの情報が「自国の法権力が及ばぬ場所で流通・利用される」こと。また自国発信のサイバー犯罪に対する国際要請への対応……そういった国民保護の責任に基づく政策について、産業・専門家には自ら運用ルールを国家間で調整する力も、問題発生時の責任能力もありません。

 

そして安倍元首相がかつて 世界経済フォーラムで主張したDFFTのT、「偉大な格差バスター」にして「成長のガソリン」であるデータ流通を担保するTrustは後者の、国家間で多くの壁を尊重しながら慎重に論じ合うべき幅の広い問題と考えています。

それ故に単なる越境的データ流通としてではなく、国際法や人間の安全保障といった多くの面から各国でさらに論じ合って欲しかったし、自分が調べた限り日本政府は論じ合ってきたと思うのです。

 

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さて、今後のDFFTの流れについて、私からはこれ以上書き記すのは終わりにしようと思います。

世界各国が自らの野心を胸に秘めながらなお国際協調の道を望む時代、安倍元首相がダボス会議でDFFTを説いたあの時代はもう終わってしまいました。世界が分断の様相を呈した中で「自由で信頼あるデータ流通」を説いても……、という感があります。

またDFFT議論も外交から離れた、IT実務者中心のものが主流となってきた中で、ITに全く縁もゆかりもない自分には理解不能な領域に突入しました。

まあ、もとから私の論じ得る場所はないでしょうしね。

 

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……さて、自分の「文章書けない病」もいよいよ末期を迎えました。

せめて年内に書き上げようと思い何とか形に仕上げましたが、もう文章の更新も出来ないかもしれません。

 

皆様良いお年を。

COP27の『化石賞』の話……の皮を被った、昨年COP26の背景と日本の環境政策の話

2022/11/06から開催中のCOP27に際し、環境NGOが11/09に今年初の「化石賞」として日本を指名したそうです。平たく言えば「またいつもの」という奴です。

www.huffingtonpost.jp

>エジプトで開かれている第27回国連気候変動枠組条約締約国会議(COP27)で11月9日、日本が「本日の化石賞」を受賞した。

 

Climate Action NetworkのHPを読んでも

>日本は石油・ガス・石炭プロジェクトの世界最大の公的融資機関であり、2019年から2021年の間に年間平均106億米ドルを拠出しています。1.5°C目標を達成することは化石燃料への投資を終わらせることを意味するという国際的な認識にもかかわらず、日本政府は石炭火力発電所アンモニアを使用するなど、誤った解決策を他国に輸出するために多大な努力を払っています

稼働プラントへの減炭対策投資を排除してしまえばCO2は減らない、という当たり前の道理や

>お気づきの方もお気づきの方もいらっしゃるかもしれませんが、岸田首相はここシャルムでの首脳サミットに来られたわけではありません。たぶん彼は日本で誤った解決策を促進するのに忙しすぎたのでしょうか?

グレタ・トゥンベリもCOP27欠席してるだろ、って皮肉も通用しないのでしょうね。

 

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まあ成果文書あたりで目新しい話が出てこなければCOP27なんて無視しても良いかな、と思っていますが……今回まあ良い機会として、昨年のCOP26について作成した文章に手を加えて引っ張り出すことにしました。

 

エネルギー供給の方が重要視される状況下でのCOP27より、ウクライナ侵攻以前のCOP26における議論の方が日本のCO2政策がより鮮明に見えてくると思うからです。

まあタイミングが合わず塩漬けした文章のリサイクルも、大きな目的ではあります。

 

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1.COP26での岸田首相スピーチと日本のCO2政策

今回の文章ですが、もともとは昨年の首相就任間もない時期に「岸田首相がG20ローマサミットに現地参加しなかった」一方で、なぜかCOP26に現地入りした件について扱ったものでした。

mainichi.jp

そもそも岸田首相は外相時代より国連SDGsに傾倒する人物ですがその視線は主に経済格差に向けられたもので、環境問題に関する言及はあまり見られません。

その意味で衆院選直後のゴタゴタでG20を欠席したにもかかわらず、首相就任直後で菅政権のレガシー程度しか手土産も確保できないままCOP26への現地入りを果たしたことは意外ではあったのです。

 

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ではまずCOP26での岸田首相のスピーチを確認します。

www.kantei.go.jp

>「2050年カーボンニュートラル」。日本は、これを、新たに策定した長期戦略の下、実現してまいります。2030年度に、温室効果ガスを、2013年度比で46パーセント削減することを目指し、さらに、50パーセントの高みに向け挑戦を続けていくことをお約束いたします。

(中略)アジアにおける再エネ導入は、太陽光が主体となることが多く、周波数の安定管理のため、既存の火力発電をゼロエミッション化し、活用することも必要です。日本は、「アジア・エネルギー・トランジション・イニシアティブ」を通じ、化石火力を、アンモニア、水素などのゼロエミ火力に転換するため、1億ドル規模の先導的な事業を展開します。

(中略)これらの支援により、世界の経済成長のエンジンであるアジア全体のゼロエミッション化を力強く推進してまいります。

(中略)2兆円のグリーンイノベーション基金を活用し、電気自動車普及の鍵を握る次世代電池・モーターや水素、合成燃料の開発を進めます。

(中略)日本は、グローバル・メタン・プレッジにも参加いたします。脱炭素への移行を進めていく中で、足下のエネルギー価格の上昇といった問題について、我々リーダーが対応を議論していくことが必要です。

……カーボンニュートラルを推進する一方、エネルギー構造の『変革(transformation)』に伴う問題点を一つ一つ抽出していく、日本のエネルギー政策の要諦を示す内容であったと思います。惜しむらくはアンモニアの言葉が浮いてしまい

  • なぜ水素から輸送しやすいアンモニアへ作り直すことが重要なのか
  • そもそも(ブルー)水素生成における脱炭素作業はどこで行うか

この政策の重要ポイント、エネルギー流通構造の変革緩和という点が殆どの人たちに理解されない事でしょう。

 

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天然ガス由来の水素(ブルー水素)生成の際にはCO2が排出されますが、それを地層内に貯留(Carbon dioxite Capture and Storage。以降CCS)するのに適しているのが油田岩盤層を多く持つ産油国とされています。

つまり日本が主張する水素・アンモニアの活用とは再エネの地域的不安定性だけでなく

という構造を急速に『変革』させて国際関係まで混乱に導くことが無いよう

の形を維持させる意味もあるのです。従来の石油に比べれば流通量は少ないでしょうが、再エネベースのグリーン水素よりは遥かに現行のエネルギーサプライチェーンに対応するものです(再生エネルギーは本来国家間輸送を前提としたものではありませんから)。

 

国連や環境政策に傾倒する国家・団体はSDGsが推し進める『世界の変革(transforming our world)』を前面に押し立て、環境のための個人・社会の変革を主張します。一方で日本政府はSDGsの精神を遵守する一方で『誰も取り残されない(No one left behind)』ことをその要諦としています。

環境政策では再エネ施設・設備の廃棄問題を指摘したり、化石燃料に依存する国家……再エネ支援により解決の道が謀り得るニュートラルな発展途上国だけでなく、不安定環境に晒される化石燃料供給国、地域的問題から現行エネルギーサプライチェーンに頼らざるを得ない国家まで……への解決方法を模索するなど『どの国家もカーボンニュートラルに向けた国際的政策に取り残されない』ためのものであったと思われます。

そしてSDGs採択時の外相であり、『誰も取り残さない』の文言をSDGsに組み込んだ張本人である岸田首相もその点はぶれないでしょう。

 

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2.ブルー水素に関するリーク記事とCOP26化石賞

さて岸田首相のCOP26参加についてですが……この「水素+CCS技術+アンモニア輸送」という日本の政策がCOP26直前に逆風にさらされたこと、この問題に際して日本の立場を自ら表明する必要があったことが理由の一つに挙げられるのではないかと思われます。

 

突然の逆風とは、2021/10/21のBBCGuardian紙の報道でした。

8月に行われた「気候変動に関する国際パネル(IPCC)」で、日本その他化石燃料廃止に否定的な各国がロビー活動を行った、と伝えたのです。

そしてこれら報道の元になったのが、グリーンピースによるリーク記事です。

unearthed.greenpeace.org

Japan, which is hugely reliant on fossil fuels in its energy and transport systems, rejects a key finding in the report’s summary for policymakers detailing how coal and gas fired power stations will, on average, need to be shut down within 9 and 12 years respectively to keep warming below 1.5°C and 16 and 17 years to keep warming below 2°C.

A director in Japan’s ministry of foreign affairs claims this paragraph is misleading and suggests deleting it “because the required retirements of fossil fuel power plants due to carbon budget depend on the emissions from other sectors as well as their capacity factor and the opportunities of CCS.” 

Japan also rejects analysis that “the overall potential for CCS and CCU to contribute to mitigation in the electricity sector is now considered lower than was previously thought due to the increased uptake of renewables in preference to fossil fuel”. 

The official argues that “it would be better to remove this sentence to be more policy neutral.”

>エネルギー・輸送システム面で化石燃料に大きく依存する日本は、2°C以下の温暖化を維持するため石炭・石油火力発電所を平均9~12年以内に閉鎖する必要がある、という政策立案者に対する報告書の重要な発見を拒否している。

外務省のディレクターは「CO2収支による化石燃料発電所の稼働終了の必要性は、他のセクターからの排出量や能力要因とCCSの機会次第であり」この段落は誤解を招くと主張、削除することを示唆している。

また日本は「化石燃料に優先して再生可能エネルギーが増えたことにより、CCSやCCU(訳注:CO2の活用)が電力部門の緩和に寄与する可能性はこれまで考えられていたよりも低いと考えられる」という分析も拒否している。

当局者は「より政策的に中立になるため、この文を削除する方が良いだろう」と主張する。

 

……この記事の中立性、特に

”The Unearthed analysis of thousands of leaked comments submitted to the IPCC by national governments found that the majority of contributions were constructive comments aimed at improving the text”

各国政府がIPCCに提出した何千ものリークされたコメントの発掘された分析は、貢献の大半がテキストを改善することを目的とした建設的なものであることを発見しました。

「建設的なロビー活動」とやらの基準に関する言及は一旦控えます。

また記事内で記されたCCS(Carbon dioxite Capture and Storage・発電所などから排出されたCO2を地中に貯留する)、特に天然ガス由来の水素製造とCCS技術を組み合わせたブルー水素技術への評価に関するコメントも一旦控えましょう。

※COP27の化石賞で日本のCO2政策を「誤った解決策」と最初から断じているのも、結局はこのレベルの認識から生まれているに過ぎません。

 

しかし少なくとも日本政府はこの技術を含めた炭素循環社会(CCE)の考え方を提唱しており、G20リヤドサミットでは主催国サウジアラビアと共にこの議論の主導的役割を果たしています。一方で、再生エネルギーに一本化した社会へのいち早い『変革(Transformation)』を求める側にとっては、化石燃料社会の維持を求める守旧的かつ再生エネルギーの現実性を無視した考え方と言えるでしょう。

今回のスクープは後者の側が、再生エネルギー一本化社会への変革に疑問を呈する各国に対し、COP26直前に放った先制攻撃だったわけです。

 

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そして2021/11/01~/02、リーダーズサミットにおけるノルウェー日本オーストラリア3国の「国家声明に対する」化石賞受賞という追撃を受けた結果、岸田首相の骨折りは無駄に終わりました。

climatenetwork.org

国家声明ではCCSについて一言も触れていないのに、なぜかその点で化石賞の対象となったノルウェーを含め、この化石賞は前述のグリーンピースリークの対象国家に集中してその国家声明・政策を端からこき下ろしCOP26での発言力を低下させる……つまり『変革』を緩和するイニシアティブを無効化するのが目的だったのが分かります。

 

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3.成果文書と『取り残される』国家及びサプライチェーン

そして結局のところCOP26成果文書、

https://unfccc.int/documents/310475

グラスゴー気候宣言ではこの一節が採用されました。

”20. Calls upon Parties to accelerate the development, deployment and dissemination of technologies, and the adoption of policies, to transition towards low-emission energy systems, including by rapidly scaling up the deployment of clean power generation and energy efficiency measures, including accelerating efforts towards the phasedown of unabated coal power and phase-out of inefficient fossil fuel subsidies, while providing targeted support to the poorest and most vulnerable in line with national circumstances and recognizing the need for support towards a just transition;”

>20.締約国に対し技術の開発・展開・普及および政策の採用を加速し、クリーンな発電の展開とエネルギー効率対策の迅速な拡大、また削減対策のない石炭火力の段階的削減と非効率な化石燃料補助金の段階的廃止に向けた努力の加速を含む低排出エネルギーシステムへの移行を呼びかけ、一方で国の状況に沿って最も貧しく最も脆弱な対象に的を絞った支援を提供し、公正な移行に向けた支援が必要であることを認識します。

なお草稿段階の記述では

https://unfccc.int/sites/default/files/resource/cma2021_L16_adv.pdf

36. Calls upon Parties to accelerate the development, deployment and dissemination of technologies, and the adoption of policies, to transition towards low-emission energy systems, including by rapidly scaling up the deployment of clean power generation and energy efficiency measures, including accelerating efforts towards the phase-out of unabated coal power and inefficient fossil fuel subsidies, recognizing the need for support towards a just transition;

>36.締約国に対し技術の開発・展開・普及および政策の採用を加速、クリーンな発電の展開とエネルギー効率対策の迅速な拡大し、また削減対策の無い石炭火力と非効率的な化石燃料補助金の段階的廃止に向けた努力の加速を含む低排出エネルギーシステムへの移行を呼びかけ、公正な移行に向けた支援の必要性を認識する。

 

……化石賞主催者が化石賞とは逆の”Ray of the day”と手放しで賞嘆したはずのインドの主張により「段階的廃止」から「段階的削減」に変更されたのは各報道が伝えた通りです。

この変更は日本の意向と真逆のものです。日本の意向は草稿の"phase-out of unabated coal power"「削減対策の無い」石炭火力の段階的廃止であり、更に削減対策に具体的な記述を差し込むことです。

言い換えれば廃棄など反作用対策まで含めて現行技術で可能であることは妥協せず、環境目標上の橋頭保から舌先三寸で逆戻りさせないことです。一方で未だ反作用の余地がある場合、まず橋頭保を確保すべく脇を固めるのも日本らしいと言えます。

 

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そしてもう一つの草稿からの変化に、低排出エネルギー移行に向けた支援を最も貧しい・脆弱な対象に限定した点があります。

 

CCE(炭素循環経済)の考え方は脱炭素化したエネルギー資源の化石燃料並みの「流通」が鍵であり、サプライチェーン全体が投資と支援の対象になります。

一方再エネの考え方ではその性質上、エネルギー資源を消費する国で生産する事が前提となっています。貧しい・脆弱な国へのエネルギー資源発生施設の設置支援が重要となり、自国供給なのですから当然サプライチェーンへの考慮は既存のものを含め少なくなります。

その意味でこの変更部分は明らかにエネルギーサプライチェーンを拒否し、あるいは既にコロナ禍等で状況変化に苦しむ現行サプライチェーンへの過大な供給負担を目指したものでした。

 

これらの意味でCOP26は日本の意に反し、カーボンニュートラルの目指す世界から既存構造に依存せざるを得ない国家や人々を『取り残す』場となってしまったのです。

恐らくは一連のネガティブキャンペーンのもと、彼らと異なる視点を提供する日本の発言力が全く削がれた上での訂正であったと思われます。

 

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……ここまでがCOP26当時に記した文章だったのですが、今さら振り返ってみればカーボンニュートラルに向けた変革的環境政策はエネルギー安全保障、いや経済安全保障すら脅かすものでした。

COP26の数か月後、2022/02/25ウクライナ侵攻に際しEUへの介入阻止にロシアが使ったのは天然ガスというハイブリッド攻撃でした。再生エネルギー先進国たるEU諸国の死角、いや自らカーボンニュートラルのスローガンからひた隠し『取り残し』た一隅への関与は、ロシアにとってはウクライナ侵攻のための重要な布石だった訳です。

 

ハイブリッド攻撃とは「兵器と経済・サイバー攻撃の併用」ではなく「開戦・非戦の状況をあいまいにすることで、相手国やその同盟国に非戦時のルールを要請しながら行う攻撃行為」です。それ故に国際的ルール、特に現実から遊離したルールの欠陥はそのままハイブリッド攻撃のきっかけとなります。

侵攻という軍事的活動に反対する同盟諸国に対する、ロシアのハイブリッド攻撃に付け込む隙を自らけしかけた環境政策の拙速さが与えた事について、環境団体はなぜまともに胸を痛めることが出来ないのでしょうか?

 

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小ネタ:「経済安全保障としてのDFFT」という言葉の補足

すみません。岸田政権におけるDFFTの話を纏めると記して1年、話の前提のひとつがなくなりそうな状況でしたので、恥ずかしながらその点だけ文章を記します。

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もう半年前の話ですが、こちらの文章の最後、『日本国内におけるDFFTの変質』という一節で岸田政権におけるDFFTの流れとして

・甘利前幹事長一派による経済安全保障としてのDFFT

・トラストをIT用語に置き換えた、専門家や経団連主導のDFFT

この2つの存在を記しました。というより当初は前途を疑問視しながらも、この前者の流れが岸田内閣におけるDFFTの主流となるのではないかとすら記していました。

 

しかしその前者の根底であった経済安全保障ごと、第二次岸田改造内閣唯一の甘利前幹事長一派留任者であった山際経済再生担当大臣の退任を以て終了した旨報道されています。

www.tokyo-sports.co.jp

 

報道の内容はさておき、当時は「法案が実効性を帯びれば読んだ人も理解するだろう」と高をくくっていた

経済安全保障法制に関する提言の第Ⅲ章を読めば明らかなように、推進法の第二の柱「インフラにおける安全確保」はサイバーセキュリティを目的としたデジタル機器に関する発注プロセスの整備及び国際ルールとのすり合わせを焦点としています。

これは甘利前幹事長が推し進めたデータの二元論的経済安全保障のひとつの結実であり、G7の方向性にDFFT発信国の日本が同調したという指標でもあります。

一方で、国際ルールと自国の安全保障のすり合わせを焦点とする点においてはnon-trust状態でのDFFTのたたき台とも言えるものではないか、と思われます

という一節すなわち経済安全保障推進法とDFFTの関係について、このまま意味不明のままにならないよう少し補足しておこうと思います。相変わらず、死んだ子の歳を数える行為が私は大好きなのです。

 

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1.デジタル機器導入審査とルールベースの国際秩序国家群

さて経済安全保障推進法というと一般的に重要物資の供給強化や産業支援ばかりメディアで取り上げられ、あまりデータの安全保障には関わらないような感覚があります。

 

同法については内閣府HPに

www.cao.go.jp 

法律の概要.pdfが貼られているのですが、主にデータ面の経済安全保障について記されている『3. 基幹インフラ役務の安定的な提供の確保に関する制度(第Ⅲ章)に

基幹インフラの重要設備が我が国の外部から⾏われる役務の安定的な提供を妨害する行為の⼿段として使⽤されることを防⽌するため、重要設備の導⼊・維持管理等の委託の事前審査、勧告・命令 等を措置

とのみ記され、大分要点が分かりにくいものとなっています。また実際の条文に至っては

第四十九条 政府は、基本方針に基づき、特定妨害行為(第五十二条第二項第二号ハに規定する特定妨害行為をいう。次項において同じ。)の防止による特定社会基盤役務の安定的な提供の確保に関する基本指針(以下この条において「特定社会基盤役務基本指針」という。)を定めるものとする

とこれまた分かりにくいので、

www3.nhk.or.jp

NHK記事のこちらが分かりやすいでしょう。

【2本目の柱】インフラの安全確保 
重要インフラの安全性を確保するための対策です。

電力や通信、金融といった国民生活を支えるインフラを担う14業種の大企業を対象に、重要機器を導入する際には国が事前に審査を行います。サイバー攻撃を受けたり、情報を盗み取られたりしないための対策です

つまりサイバー攻撃の踏み台がデジタル機器供給を行うほど大規模な組織のバックアップを受けて仕掛けられていないか、とりあえず重要インフラ産業に限定してデータ流通の信頼醸成のため事前審査を行うというものです。以前のファーウェイ問題を念頭に置けば納得して頂けるでしょうか。

 

そもそも同法の基本方針.pdfについて、4ページ目に

①国民生活及び経済活動の基盤を強靱化することなどにより、他国・地域に過度に依存しない、我が国の経済構造の自律性を確保すること(自律性の確保)

②先端的な重要技術の研究開発の促進とその成果の活用を図ることなどで、他国・地域に対する優位性、ひいては国際社会にとっての不可欠性を獲得・維持・強化すること(優位性ひいては不可欠性の獲得・維持・強化)


③国際秩序やルール形成に主体的に参画し、普遍的価値やルールに基づく国際秩序を
維持・強化すること(国際秩序の維持・強化)

 

に向けた取組が必要であり、それらの実現に向けて安全保障の確保に関する経済施策を総合的かつ効果的に推進していく必要がある

と記している通り、経済安全保障とは自律性や優位性といった日本国内の面だけではなく、ルールベースの国際秩序を標榜するG7ルールへの参加を目的としております。特にデジタル機器導入審査はファーウェイ問題を念頭に置くG7に対し、日本型の普遍的ルールを示す目的もあった訳です。

 

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2.非戦時の国際ルールと安全保障の正当性のためのDFFT

この『日本型の普遍的ルール』に当るのが同法と国際ルールとのすり合わせです。

有識者会議における法案への最終提言.pdfにおいて、

今回の提言で政府に検討を求める制度は、外国製の設備の利用又は外国企業からの調達と自国製の設備の利用又は自国企業からの調達との間で同等の規制が及ぶものであり、内外無差別の制度となっている。政府において具体的に制度を設計・運用していく際には、我が国が締結している国際約束との整合性に留意する必要がある。
このため、新たな制度において、我が国の基幹インフラ事業者が利用する設備を供給する事業者や、当該設備の維持管理等を受託する事業者の国籍のみをもって差別的な取り扱いをすることは適切ではない 。また、専ら外国資本等のみを対象とする制度を設ければ、WTO 協定等の国際ルールにも抵触するおそれがあるため、これも適切ではない(P20)

との提案を受け供給業者の国籍や資本状況を問わず一律に導入審査を行う形となっています。上記経済安全保障推進法の概要.pdfにはしっかり国外からの妨害行為と記していますが、それでもWTOルールとの衝突は避けた訳です。

 

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DFFTには様々な定義がありますが、少なくとも「国家間の」「信頼醸成と並行したデータ流通」のための枠組みです。そしてDFFTはサイバー攻撃が特定国家の紐付きで行われたとしても当該国への犯罪帰属(アトリビューション)を問うことが困難どころか、逆に犯罪発信国から逆ねじを食らわされるこの世界で、被害国の正当性を守りながら構築しなければなりません。

そもそも経済安全保障とは国家が安全を脅かされる際、非戦時という前提を通じて被害国の防衛行為を妨害する特定国家に対抗するためのものです。そして非戦国に適用されるWTOルールや規範を盾に彼らから妨害されることは、ルールベースの国際秩序を標榜する国家群が経済安全保障に出る際のジレンマであり宿痾でもあります。

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※経済安全保障という名称から「経済を使った攻撃からの防衛」というイメージが強いのですが、経済安全保障の経済という言葉は経済・社会・人道的配慮まで含めた「非戦時のルール」と考えた方が分かりやすいと思います。経済安全保障の防衛対象であるハイブリッド攻撃が「兵器と経済・サイバー攻撃の併用」ではなく「開戦・非戦の状況をあいまいにすることで、相手国やその同盟国に非戦時のルールを要請しながら行う攻撃行為」であるのと同じように。

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この件について、小林前経済安保担当相が出席した最後の有識者会議(2022/07/25)議事録にこう記されています。

国際法に違反するような暴挙を行う国と我が国のように民主主義や平和といった価値を尊重する国との違いを示し、価値観を共有する国との連携を図るという点においても、我が国の正当性を今後も確保していくという点においても重要(P4)

経済安全保障推進法に高い関心を有する各国からの照会に対応する際、重要なのは、制度設計の詳細もさることながら、基本的な考え方。この点、日本が目指す経済安全保障の理念を示す基本方針は大変重要な文章。原案が、経済安全保障の基本的な考え方として、自由な経済活動との両立を大きく掲げた上で、自律性の確保、優位性・不可欠性の獲得・維持・強化、国際秩序の維持・強化を目的として明確に示していることを評価。とりわけ、国際秩序の維持・強化に経済安全保障を役立てるという方向性は非常に重要(P7)

原則的にルールベースの国際秩序遵守を標榜する国は、データ流出入やデジタル機器の依存という形で悪意の介入を禁じ得ないいわばnon-trustの状況下にあります。それゆえにWTOルールへの抵触を避けながら(自国の法が明確に及ぶ)物理的な防衛領域を確保する手順、およびその構築状況と困難な点を信頼しうる国家群に随時提示していく作業は、経済安保のたたき台という側面でのDFFTだと言える訳です。

 

もちろんデータ流通面における信頼(confidence)自体が国家への信頼(trust)まで昇華されない、最初から信頼醸成済みの国家間にのみ共有される、特定国家との対立を前提とした点では甘利前幹事長の二元論から完全に脱却してはいませんが。

 

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おわりに:Trustとトラストの話

※non-trustは個人的な造語ですが、物理的な領域防衛への信頼を排除しユーザーを「決して信頼せず、常に検証する」ゼロトラストの考え方とある意味対極の意味を含んでいます。

ゼロトラストはデータ管理者とユーザー間のテクニカルな概念であり、ユーザーや端末の所在に関わらず等しくトラストを与えない代わりに、検証を受け続けたユーザーは認証を受けたデータ空間限定のトラストが与えられます。

 

一方でデータ管理者やユーザー、及びデジタル機器やユーザー以外の国民など多岐の対象に対する保護や悪意の監視、更に他国に対する国家責任の概念がnon-trustです。

国家はデータに関する悪意に対し多岐の対象の保護に努める一方で、自国領域に存在する多岐の監視対象に対し推定無罪の原則を守らなければなりません。物理空間上もデータ空間上も悪意が行きかうnon-trustという認識下では、まず明確な自国領域内にtrustを確保することが最も効果的な安全保障手段ではある訳です。もちろんデータ・ローカライゼーションに抵触する行為ではあるのですが……。

 

2022/10/25 abemaTVにおける会話内容(34:50~37:05)を観れば分かるように、河野現デジタル相は今年度クラウド提供公募に際し必要なセキュリティ・サービスを国内企業が提供できなかった話ののち、各企業に「日本国内にデータを置き、海外流出不可」「クラウド提供企業の帰属国家の要請ではなく日本政府の要請に応じること」「データ関係の裁判は企業帰属国家ではなく日本の法の下で行うこと」を公募条件に加えた旨を語っています。

 

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なお、ゼロトラストの「トラスト」とnon-trustの"trust"は同じDFFTに連なるべき言葉ですが、その意味が異なります。そしてこの「トラスト」を掲げたDFFTが岸田政権発足後デジタル庁を中心に急速に広がっているのですが、この辺は後日の文章にて。

 

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TICAD8:チュニス宣言に関する雑感

はじめに

 

前回触れていたチュニス宣言の件です。

www.mofa.go.jp

 

2022/08/27~/28、チュニジアで行われた第8回アフリカ開発会議(TICAD8)の閉会式において成果文書「チュニス宣言」が採択、その内容が8/29外務省HPに掲載されました。

前回2019年のTICAD7における「横浜宣言」から3年が経過し、報道によれば人材育成やスタートアップ支援・健全金融支援といった従来の論点の他、昨今の国際状況を反映して保健・医療サービスや環境投資への更なる支援強化、ウクライナ侵攻から派生する経済問題また核拡散廃止条約(NPT)について新たにフォローしているとのことです。

www.nhk.or.jp

 

……でもそれだけか?ということで、遅ればせながらあまり言及されていないチュニス宣言の特徴を前回のTICAD7横浜宣言と比較しながら、改めてざっと確認しようと思います。

 

詳細の確認は前回同様行動計画との照合の上で行う予定ですが、もう少しお待ちください。横浜宣言の改訂版も含めて和訳版公開してくれるといいなあ……。

 

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1.「アフリカの角」への言及

 

>岸田総理大臣はTICADアフリカ開発会議の会合にビデオメッセージを寄せ、戦略的に重要とされる「アフリカの角」と呼ばれる地域について民主主義の定着に向けた取り組みを後押しするため担当の特使を任命する考えを示しました

いきなり「チュニス宣言に書いてないこと」の話で申し訳ありません。

上記NHK報道で強調され、また外務省によるTICAD8の結果概要における総理発言の7つのポイントにも記されたはずのアフリカの角(インド洋と紅海に面したアフリカ東部の半島エリア)に関する言及が、チュニス宣言には存在しないのです。

 

ついでに言えばチュニス宣言だけでなく、TICAD8終了後の共同記者会見でも

特に、日本としてアフリカの更なる発展を実現するため、以下に取り組みます。
>第一に、人々の生活の質を改善するための40億ドルの「アフリカ・グリーン成長イニシアティブ」の立上げ、
>第二に、活力ある若者の起業を支えるため、日本経済界による100億円超の「スタートアップ向け投資ファンド」、
>第三に、アフリカの未来を支える30万人の「人材育成」、
>第四に、包括的な民間セクター開発のための、アフリカ開発銀行との最大50億ドルの支援、
>第五に、感染症対策等支援のためグローバルファンドへの最大10.8億ドルの新規拠出、
>第六に、食料・エネルギー価格高騰の中、人々の生活を守る強靭で持続可能な社会を構築するため、1.3億ドルの食料支援及びアフリカ開発銀行の「緊急食糧生産ファシリティ」への3億ドルの協調融資。

アフリカの角における特使任命の話は省かれています。

 

我々は、2019年のTICAD7で発表されたアフリカの平和と安定に向けた新たなアプローチ(NAPSA)に留意する(2-3-1章)

恐らくはチュニス宣言におけるNAPSA(New Approach for Peace and Stability in Africa)への言及を以てこの地域に限定されない民主主義的な制度構築アプローチを論じたものだ、とは思われます。

 

しかしTICAD7横浜宣言では

我々は、民主主義の実践の深化を認識し、アフリカの角において最近見られる進展等、平和及び安全保障上の課題に対するアフリカ主導の取組を称賛する

サヘル、アフリカの角及び南部アフリカにおいて繰り返され、また、南西インド洋諸国、南部アフリカ及び東部アフリカを定期的に襲う干ばつ及び砂漠化は、気候変動の壊滅的な影響を示すものである

と二度にわたりアフリカの角の名は記されていましたし、特に今年は過去40年で最悪の干ばつ被害が発生しているにもかかわらずわざわざ同地域の名称を省いたのは、後述するFOIPの件含めてチュニス宣言の特徴と考えて良いでしょう。

 

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2.現状分析の省略と重要課題の複数回提示

 

チュニス宣言に「書かれているもの」に話を戻しましょう。

概要

宣言本文

構成について、TICAD7横浜宣言では「序論」「アフリカの現状」「TICADのテーマ」「3つの柱」「進捗及び優先事項の継続性」「行動計画及び今後」の6章建てでしたが、TICAD8チュニス宣言では「序論」「3つの柱」「今後に向けて」の3章建てに変更されています。

ただしこの構成は単純に簡略化された訳ではなく、少々複雑な変更が為されています。

 

特にチュニス宣言の第2章「3つの柱」では、例えば横浜宣言では

といった形で、一つの課題に対して原則一つの柱で支援アングルを提示しています。

 

しかしチュニス宣言では「人材育成」が2-1-1章及び2-2-3章、「環境政策支援」が2-1-4章及び2-2-4章、「ブルーエコノミー」が「海洋経済」「海洋環境」「海洋国際秩序」が分離して2-1-6章及び2-2-5章、2-3-2章でそれぞれ提示されている他、後述するFOIP(自由で開かれたインド太平洋)などで重複・強調が行われています。

横浜宣言内で「アフリカの現状」や「テーマ」で提示されていた文脈まで位置替えを行い、およそ重要だと思われる問題を強調するため複数の柱で提示するスタイルに変更しています。

 

確かに2016年のTICAD6ナイロビ宣言では、3つの柱とは別に「分野横断的課題(3-4章)」という形で提唱された課題、

  • 若者、女性や障害者のエンパワーメント
  • 科学技術・イノベーションの推進
  • 人材育成
  • 官民連携の促進
  • 民間セクターと市民社会の関与
  • 政府機関やグッドガバナンスの強化

といったものがあります。しかしこれら横断的課題が「アフリカの現状」章から導き出されたものであるのに対し、チュニス宣言で強調のために追加されたのは環境・エネルギー・国際秩序上の課題であり、国際的論調に合致するものでこそあれアフリカの現状を見据えた結果導き出されたものとは言い難いでしょう。

 

TICAD8チュニス宣言では「アフリカの現状」章自体を解体してしまった事も相まって、重要部分の認識が単なる日本側からの押し付けと思われかねないかと……。

 

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3.アジェンダ2063との距離感

 

この重要課題の押し付け的イメージを更に強めるのがアフリカ連合の政治・経済・社会に関する長期的ビジョン、アジェンダ2063との距離感の変化です。

 

TICAD宣言とアジェンダ2063との距離感について、TICAD7ではAfCFTAに見られるアフリカおよびアフリカ連合のオーナーシップを重視してアジェンダ2063寄りの内容にシフトした形跡がある旨を記しました。

tenttytt.hatenablog.com

 

横浜宣言ではTICAD会合の意義と原則、また他国主催による対アフリカ国際会議との違いを強調する文脈から始まっています。

TICADの実施は、持続可能な開発及び人間の安全保障の理念を念頭に置きつつ、アフリカ開発の動向及び優先事項を指針とするべき(注:should)である。したがってTICADは、アフリカ連合(AU)アジェンダ2063及びその最初の10年間の実施計画に明記されているアフリカのビジョン、並びに、持続可能な開発のための2030アジェンダ(SDGs)への国際的なコミットメントと軌を一にするべき(1-2章)

 

アフリカ開発のための多国間フォーラムとしてのTICADの比類なき役割を認識する。この点に関し、日本政府、国際連合、国連開発計画(UNDP)、世界銀行及びアフリカ連合委員会(AUC)からなるTICAD共催者は、TICADの多国間性を反映するものである。我々は、特に、アフリカを地域、大陸及び地球規模の知識、ネットワーク及び知見とつなぐこと、合意形成を促すこと、地域、大陸及び国際的に共有された課題の実施を支援することについて、TICAD共催者が比較優位を有し、それぞれ貢献していることを認識する。(中略)同時に、我々は、TICADに日本とアフリカとの間の特別な関係が集約されていることを認識する(1-3章)

特にアジェンダ2063や国連のコミットメントに対する合一性を保ち、宣言上はその枠内で各国際機関と連動しながら課題解決の支援を行う旨を強調しています。

※そのため横浜宣言では、採択し得なかった日本側が重視したい支援を行動計画の方で盛り込む形を採っていました。

tenttytt.hatenablog.com

 

しかしチュニス宣言では

TICADの役割は、アフリカがアジェンダ2063で示された開発の願望を実現するため、及び更なる民間投資を呼び込む強靭な経済を構築するために努力し、国際社会がアフリカの成長の可能性とニーズにますます焦点をあてていくにつれて、進化していく(1-2章)

と表現を変えました。合一性については第3-1章、締めの言葉の部分で

我々は、TICAD行動計画の下でのイニシアティブ及び行動が、AUアジェンダ2063、SDGs等のアフリカの枠組み及び国際的な枠組みと整合的である(注:will)ことを再確認する

とshouldからwillに表現を変更し、軽く触れるに留まっています。

アジェンダ2063との合一性を遵守し強調するのではなく、要は最終的・潜在的アフリカ連合や各国の願望に沿っていれば良い。穿って言えばそういう表現に変更されています。

少なくとも「アフリカの現状分析」論を3つの柱に分解し、あたかも既知の事項のごとく論じた上でその願望を見透かし得たと論じているのです。

 

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……大した違いではない、と思う方もいるかもしれませんが

nordot.app

アフリカ連合AU)委員会のモニーク・ヌサンザバガンワ副委員長はこのほど、エチオピアアディスアベバAU本部で新華社のインタビューに応じ、中国アフリカ協力フォーラム(FOCAC)第8回閣僚級会議の「9項目事業」などの成果がAUの「アジェンダ2063」と高度に一致しており、アフリカ・中国協力の全方位的発展を促進するとの見解を示した

という中国側の記事があります。単に願望に沿うだけと一致するのとでは、成果文書の意味合いとアフリカ側の受け取り方に違いが出るものなのです。特にこの発言、英語版で

The nine programs "are pretty aligned to the priorities of Africa as expressed in the Agenda 2063,"

であったものを新華社側がわざわざ「高度に一致」と翻訳し直す程度には。

 

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4.アフリカのFOIPの方向転換

 

更に他の強調部分としてはやはり「人への投資」人材育成やスタートアップ、健全金融の部分なのでしょうが、ここはあえて無視します。上記NHK報道でも同じ対応ですが、自分にも従来のTICAD宣言の焼き直しにしか思われないからです。

 

むしろ目に付くのがFOIP(自由で開かれたインド太平洋)の扱いです。

2016年TICAD6で初めて公表された『自由で開かれたインド太平洋戦略』は、巷間で囁かれる対中包囲網としてではなく、少なくともアフリカでは自立を促すための海洋支援として提唱されたことを今まで数回記しました。

tenttytt.hatenablog.com

 

TICAD7横浜宣言は更に海洋安全保障まで経済の柱に含める形で

経済的な成長を加速させ、人を持続可能な開発の中心に置く上で、海洋、湖、河川、その他の水資源の経済的な潜在力を最大限活用することにおける持続可能なブルーエコノミーの重要性を認識する。さらに、我々は、海賊行為、違法・無報告・無規制(IUU)漁業及び他の海上犯罪との闘い並びに国際法の諸原則に基づくルールを基礎とした海洋秩序の維持を含む海洋安全保障の分野において、二国間、地域的及び国際的なステークホルダーの協力を促進する必要性を強調する。我々は、ナイロビで開催されたTICADⅥにおいて安倍晋三総理大臣が発表した自由で開かれたインド太平洋のイニシアティブを好意的に留意する(第4-1‐3章)

と記しており、前回TICAD6からの立場は崩していません。

 

しかしTICAD8チュニス宣言では海洋支援は「海洋経済」「海洋環境」「海洋安全保障」の点から全ての柱に組み込まれたうえ、FOIPそのものは第1章の序言でこう示されました。

我々は、国際秩序の根幹を成すのは国連憲章を含む国際法並びに全ての国の主権及び領土の一体性の尊重であるという原則に基づき、世界の平和と安定を維持するために共に取り組むとのコミットメントを新たに継続する。また、我々は、全ての国が国際法に従って紛争の平和的解決を図らなければならないことを強調する。我々は、ケニアのナイロビで開催されたTICADVIにおいて日本が発表した自由で開かれたインド太平洋のイニシアティブに好意的に留意する(第1-5章)

 

……チュニス宣言のFOIPはどうやら、かつて組み込まれた対アフリカFOIP戦略、

自由で開かれたインド太平洋を介してアジアとアフリカの連結性を向上させ、地域全体の安定と繁栄を促進するとともに、アフリカ諸国に対し、開発面に加えて政治・ガバナンス面でも、押し付けや介入ではなく、オーナーシップを尊重した国造り支援を行うという日本の対アフリカ政策の方針

まずアフリカ自身のために提唱されたアフリカのFOIPから道を外し、当事者意識を呼びかけるより先に国際秩序への義務を強調してしまう抽象的FOIPへと切り替えてしまったようです。

それも地域的にFOIPの一番の当事者である紅海・インド洋に面した大陸東岸の端「アフリカの角」への言及を外したチュニス宣言で。

 

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……以上が、チュニス宣言だけを見た限りの個人的な感想です。

 

岸田首相による開会式スピーチについては触れておりませんが、ざっと目を通した限りは「アフリカの現状を注視せず、日本から見た世界観が中心」というチュニス宣言での感想そのままでした。

www.kantei.go.jp

 

もっとも前回の横浜宣言も実行計画である横浜行動計画段階に至り方針をごっそり変えた件もあり、チュニス行動計画にまだ目を通していない現時点でTICAD8全体の俯瞰が可能な文章は未だ作成できないと感じています。続きはまた……。

 

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おわりに.コロナ禍と「人間の安全保障『の危機』」

 

最後にチュニス宣言で「も」示された、「人間の安全保障『の危機』」の話を。

 

。国際社会が新型コロナウイルス感染症の世界的拡大による人間の安全保障の危機を目の当たりにする中、人間の安全保障の概念はこれまで以上に支持される必要がある。新型コロナウイルス感染症の世界的拡大は、TICADプロセスが重要視する「人」の価値を再認識させた

チュニス宣言第1-3章には人間の安全保障「の危機」について、コロナ拡大に触れる形でこう記しています。その後の文章(第2-2-1章)でもポストコロナに触れる形の記述であり、人間の安全保障の危機を明らかに健康危機として捉えています。

 

人間の安全保障は例えば横浜宣言では

日本及びアフリカは、人間開発及び人間の安全保障の達成に向けた、質の高いインフラ、民間セクターによるインパクト投資、マクロ経済の安定、特に産業化・経済改革・社会開発における技術革新、さらに気候変動への適応及び緩和、災害リスクの軽減と管理、人材育成、制度構築、平和と安全保障等の課題に関する協力の重要性を認識する(1-3章)

平和を構築し、貧困を削減し、人間の安全保障を促進し、生活を向上させ、包摂性を促進し、衝撃に耐え、急速な都市化を管理し、社会の一体性を促進させるため、多方面において行動が求められていることを認識する(4-2-1章)

紛争の根本的な原因に対処するために、開発に対する人間中心のアプローチを通じたものを含め、また地方、国家及び大陸レベルで制度を強化することにより人間の安全保障及び平和と安定を促進することの重要性を強調する(4-3-1章)

と経済・社会・平和と安定3つの柱すべてに跨る、TICADを含む日本外交上の性格を形作る重要なものでしたが、チュニス宣言ではこの思想が後退しているのです。

 

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そもそも「人間の安全保障『の危機』」という言葉が最初に使われ、人間の安全保障の定義そのものが変更された切っ掛けは2020/09/26、コロナ禍の最中に国連総会で行われた菅前首相による演説でした。

www.nikkei.com

この感染症の拡大は、世界の人々の命・生活・尊厳、すなわち人間の安全保障に対する危機であります。これを乗り越えるには、「誰一人取り残さない」との考え方を指導理念として臨むことが、極めて重要です。一人一人に着目する「人間の安全保障」の概念は、ここ国連総会の場で長年議論されてきた考え方であります

この国会一般演説を契機にコロナ禍のもと「人間の安全保障」の考えを更に深化させ、2022年4月には従来の保護とエンパワーメント(能力強化)の二つに加えて相互の連帯を新たな安全保障アプローチの柱にした『人新世の人間の安全保障』の発表に至る……のですが、それは国外での話。

日本では逆にこの菅前首相の演説を皮切りに林外相しかり、外務省しかり見事にユニバーサル・ヘルス・カバレッジを中心とする保健医療の安全保障に重心を移してしまっています。

 

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かつて「人間の安全保障」は日本政府の重要な外交方針であり、食料や医療の支援だけでなく人材育成・社会システムの構築支援・紛争に対する根本的アプローチにまで目を向けるものでした。SDGsでも「誰も取り残さない」という文言を加えるに至ったのは、人間の安全保障に基づく日本政府からのアプローチによるものです。

人新世の時代における人間の安全保障への新たな脅威』で新たにクローズアップされた「連帯」は、既に今まで日本外交がTICAD等で推進した要素です。

また連帯同様に重視される「人間の行為主体性(選択や意志決定参加の際、自分への福利増進を度外視し、一定の価値観を持ってコミットメントをし、しかるべき行動を取る能力)」についても、オーナーシップという形での知見があります。

 

成功と失策を通じて蓄積した日本の知見が役立つ場であるはずなのですが、菅前首相の発言以降「人間の安全保障」に関する日本政府の立場はあまりに表面的なものへと変容してしまいました。TICAD8チュニス宣言でもその立ち位置は変わりません。

 

いえ、チュニス宣言における構成のシャッフルやアジェンダ2063との距離感、FOIPの方向転換といった特徴自体、「人間の行為主体性」に関わる一節

人間の行為主体性を強調することによって、私たちは人間の福祉の側面の成果だ
けで政策の評価や進捗状況を検討してはならないことを想起することになるはずです。また、こうした行為主体性に着眼することで、人々をエンパワーすることを無視して保護だけの政策をとってしまったり、連帯するのだと言いながら一部の人々の保護を置き去りにしてしまったりといった落とし穴を避けるためにも役立ちます(同P6)

この言葉に近い失陥があるのではないか、と考えてしまいます。

 

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小ネタ:TICAD8への西サハラ出席

数か月更新が空いてしまい申し訳ありません。あれからずっとDFFTの話下書きしてます。

 

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……まあそれはさておき2022/07/27~/28、第8回アフリカ開発会議TICAD8が開催されました。

www.mofa.go.jp

会議の内容についてはチュニス宣言の詳細が判明してから……と思っています。

※昨日2022/08/29外務省HPに掲載されましたが、読むのに少し時間をください。

 

が、今更状況を確認していたところ頭の痛くなる情報が。

 

いえ、3年間で4兆円のアフリカ「支援」とかの話ではありません。

これはこれで「300億ドルの官民合わせた資金投入(直接投資)だろ日本語読めないのか」とか、「TICAD7期間の詳細は公表されてないけどTICAD6期間(2016~2018)の3年で356億ドル達成してるわヴォケ」とか、マスコミや便乗するネット界隈には確かに頭が痛くなりますが……その件ではありません。

 

TICAD開催時に毎度懸念されていた西サハラがホスト国チュニジアの手引きにより会議参加。同地の領有権を主張し西サハラの国家主権を認めない立場のモロッコがTICAD8不参加を表明、

www.jiji.com

さらにこの行為にギニアビサウ・(現アフリカ連合議長国)セネガルコモロ諸島

northafricapost.com

その他中央アフリカ赤道ギニアブルンジ等が抗議、リベリアに至っては

northafricapost.com

 “the suspension of this session until the resolution of the problems relating to the procedures”

>手続きに関する問題が解決するまで、このセッションの中断

を求める事態となりました。

 

チュニジア側はアフリカ連合第41回執行理事会の結果に基づく参加要請だと主張、この主張に反対する側は日本・チュニジア両首脳の署名による招待を受けた国家以外の参加は認められていない旨強調していますが、この辺になるとよくわかりません。

sahara-news.org

アフリカ連合のHPで調べても、Decision762が出てこないんです……。

 

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そもそも2017年の閣僚会合で

www.asahi.com

と報じられた通り、西サハラとモロッコの関係はTICAD会合の悩みの種の一つでした。

まあアフリカ連合側からの希望も汲んで、横浜開催のTICAD7でも透明人間的な抜け道が探られたようですが……今回はチュニジア大統領の随伴でレッドカーペットでのご招待、抜け道なんて代物ではありませんね。

northafricapost.com

 

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毎度ことながら西サハラやモロッコ側の領土に関する主張について、私はここで言及する気はありません。

そしてそれは、今回モロッコと共に西サハラの参加に抗議した数か国も同様であったと思われます。少なくとも調べた限り、当該諸国が西サハラ及びその背後にあるアルジェリアに対して特別な悪感情を持っていたという記事は見当たりません。

とにかくTICAD参加における日本とアフリカのコンセンサスを破った、チュニジアへの悪感情が強かったと思われるのです。

 

そもそもチュニジアがTICAD8主催国に決定したのは2020年7月でしたが、同国の評判は大統領Kais Saiedが2021年7月に起こした当時の首相解任と議会停止措置以降急速に悪化しました。その後迷走を経て最近はアルジェリアに露骨に擦り寄り、それまでの友好国と縁を切る形の外交を展開しています。

そしてその迷走の末、残念なパートナーを掲げる外交スタンスをアフリカ圏外へのお披露目する舞台として使ったのが、選りにも選ってコロナ禍やウクライナ侵攻を念頭に置きアフリカの団結と国際秩序への回帰を訴えるTICAD8だった訳です。

 

実際にここでお披露目されたのは昨年来失政を繰り返すKais Saiedへの国際的失望だけでなく、高騰する化石燃料を武器として各国への圧力を加えるアルジェリアという大陸内の新たな懸念でした。

特にアルジェリアが今年に入りフランススペインへの干渉を化石燃料という新たな武器を以て行う様子は、ウクライナ侵攻後に燃料戦略で欧州を圧迫した国際秩序への挑戦者であるロシアを髣髴とさせる問題があった訳です。

国際秩序に向けたアフリカの団結を訴えるべきTICADの場で取られた、チュニジアの時宜を顧みない一方的な行動。それはアフリカ内部の分断と、分断の一方の側にあるアルジェリアに対しロシアとの戦略面の不名誉な一致を促した側面もあるのです。

 

その意味では今回のチュニジアの横紙破りの措置は、自国のみならず背後にいるアルジェリアまで被害をもたらす藪蛇的失策であったと言えるでしょうね。

 

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なお複数メディアによると第一回セッションの最後に日本代表団が

TICAD is a forum for discussion on the development of Africa.”

“The presence of any entity, which Japan does not recognize as a sovereign state at TICAD 8 meetings, including the Senior Officials Meeting and the Summit Meeting, does not affect the position of Japan regarding the status of this entity.” 

TICADはアフリカの開発に関する議論の場である。

>高級実務者会合や首脳会談を含むTICAD8の会合において、日本が主権国家として認識していないいかなる主体の存在も、この主体の地位に関する日本の立場に影響を及ぼさない

と日本側の西サハラに対する立場を表明した旨伝えています。

外務省のHPでは確認できませんが、TICAD7までの日本側の対応を見る限り、まあ違和感のない反応だと思われます。

 

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岸田政権下のDFFT(2)G7・G20での変質:その③インドの暗躍と日本国内の変質

岸田政権下のDFFT(2)2021年G7・G20での変質:その②G20イタリアの続きとなります。

 

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1.G20トロイカ主催国によるDFFTの変質

 

さて主催国イタリアによるG20首脳宣言の要因について、一般的には仏独等EU主要国のSDGs傾注、また中国による加盟国切り崩しが思い浮かぶのではないでしょうか。

それは勿論正しいと思うのですが私はもう一つ、ある国家の暗躍を危ぶんでいます。

大阪サミットで日本と対立し、結果として大阪トラックのG20成果文書への採択見合わせの原因となったインドです。

 

というのも2021年9月、イタリアG20サミットに際しSuresh Prabhu元商相に代わりPiyush Goyal商相(兼消費者・食品公共流通・テキスタイル相)がインドのシェルパに就任したからです。

indianexpress.com

2019年G20つくばデジタル会合において商相就任間もない彼が国家のデータ主権を主張し、反大阪トラック・反DFFTの論陣を張ったのは以前文章にまとめた通りです。

"This includes personal, community and public data, and countries must have the sovereign right, to use their data, for the welfare and development of its people. Advocacy on free trade should not necessarily lead to justification of data free flow"

「これには個人、コミュニティ、公共のデータが含まれ、各国は国民の福祉と発展のためデータ使用の主権を持たなければなりません。自由貿易への擁護が必ずしもデータフリーフローの正当化につながるとは限らないのです」 

 

概してデータ主権の意味を国家の対外的独立権に限定し、

>その領域(主権が及ぶ場所)において、そこで保存されている、通過する、または、コントロールしているデータについて他国やその機能を排除

する権能と定義する考え方があります。

itresearchart.biz

一方で国家の統治能力・国内最高決定に関する主権まで含めた権能と解釈し、「国民の福祉と発展のため」データを他国や国内外企業の搾取からの保護(この辺がデータ・ローカライゼーションに繋がります)とデータを通した反社会活動への国家干渉まで含めているのがGoyal氏及びインド政府のデータ主権定義と考えられます。

データという国民ひいては国家の重要資産を無料の(Free)ガソリンとして国際社会で使い回されることへの警告であり、国家と異なり主権に伴う国民への義務を有しないGoogle等国際産業によるデータ搾取・反国家的情報流入への危惧でもあった訳です。

 

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彼のG20シェルパ就任はデジタル閣僚会合こそ間に合わなかったものの、既に主催国イタリアの(前コンテ政権時代から二股外交を維持させつづけたキングメーカーLuigi Di Maio外相とはそれ以前から接触を図っております。

www.pib.gov.in

 

更に商相兼シェルパとしてイタリアとの会合を繰り返し、

www.republicworld.com

 

遂に本番のローマサミットに際しては

”The Minister added that India has strongly pushed for the need for balancing data-free flow along with trust. Mr Goyal also said, India's voice in the G20 represents the voice of less developed nations and developing nations.”

>インドはDFFTのバランスを取る必要性を強く推し進めている、と大臣は付け加えた。またG20におけるインドの声は発展途上国の声を表していると述べた。

と、岸田首相不在のG20サミットにおけるDFFTの特性をインドの努力の賜物と宣言するに至った訳です。大阪サミットで席を立ちDFFTのメインストリームから外れて以来、2年を経てインドがその位置を奪還した瞬間でした。

newsonair.gov.in

 

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特にG20加盟国・G7オブザーバー国でありながら2019年8月から2021年2月にかけてジャム・カシミールでのネット遮断という行為に及んだ経験もあるインドにとって、DFFTの最重要観点をSDGsに変質させるイタリアの提案は渡りに船だったと思われます。

自国がSDGsの文脈に存在する限り、データに関する国家干渉をある程度黙認されたまま新たなDFFT推進国家となる事が出来るのですから。

 

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……そしてDFFTを含めたインドによる挑戦は、2023年にピークを迎えます。

2023年、インドはG20サミットの主催国となります。

一方日本は同2023年、G7サミットの主催国です。

 

2022年、G20インドネシアサミット期間において、前主催国イタリアと次期主催国インドはトロイカ体制を敷き主催国のサポートを行います。

一方日本は2022年の空白を独力で埋めながら、大阪サミットの場で示したDFFTを含む自らの立場をG7の場で推し進めていかなくてはなりません。それも更なる内向き傾向を進める国際情勢の中でです。

 

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おわりに:日本国内におけるDFFTの変質

 

……以上が昨年末頃までの、主要国会合におけるDFFTの経緯でした。

 

さてこの文章を作った昨年末の頃から、世界情勢はウクライナ侵攻を契機として急速な変貌を遂げてしまいました。G20は次期主催国インドの反発により、ロシアへの制裁を求めるG7諸国と非G7国家の分断様相が色濃くなっています。

DFFTの側面から考えれば予想された2023年より一年早い分断により、特定国家との信頼醸成の余地が完全に失われてしまった訳です。

 

もっともこの状況下でDFFTに関する外交的議論はほぼ全面的に失われました。この文章の大本を作り終えていた昨年末以降、国内外でDFFTに関する話はほとんど見受けられません。

 

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代わりに国内で出てきたのが二つ。

 

その一つが2022/05/11に可決・成立した経済安全保障推進法です

経済安全保障法制に関する提言の第Ⅲ章を読めば明らかなように、推進法の第二の柱「インフラにおける安全確保」はサイバーセキュリティを目的としたデジタル機器に関する発注プロセスの整備及び国際ルールとのすり合わせを焦点としています。

これは甘利前幹事長が推し進めたデータの二元論的経済安全保障のひとつの結実であり、G7の方向性にDFFT発信国の日本が同調したという指標でもあります。

一方で、国際ルールと自国の安全保障のすり合わせを焦点とする点においてはnon-trust状態でのDFFTのたたき台とも言えるものではないか、と思われます。

 

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そしてもう一つ……「国際的な信頼構築」と切り離され、トラストがIT用語に切り替えられたDFFTが、デジタル庁に集う専門家や経団連の手により水面下でコンセンサスを得ようとしています。

 

先ほどインド側のデータ主権について

「国家と異なり主権に伴う国民への義務を有しないGoogle等国際産業によるデータ搾取・反国家的情報流入への危惧」

と記しましたが……まさにその危惧の裏返しともいえる、自らをまるで国家を越えたプレーンな存在と断じるが如き産業主体のDFFTを解析することで、次回最後のDFFT論を締め括ろうと思います。

もう少し文章時間かかります。

岸田政権下のDFFT(2)2021年G7・G20での変質:その②G20イタリア

岸田政権下のDFFT(2)2021年G7・G20での変質:その①G7コーンウォールまでの続きとなります。

 

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1.逆振れとなったG20イタリアサミット

 

前章では2021年G7コーンウォールサミットにおける経済安全保障への傾注や各国の歩調の乱れについて記しましたが、この間隙を突くようにイタリア主催のG20サミットには二元論的経済安全保障とは真逆の思想が盛り込まれました。

 

今年行われたG20ローマサミットでは、G7コーンウォール首脳宣言第34章3節3項の背景となる中露への対立姿勢が取り払われました。その結果G20のデジタル政策はDFFTからG7宣言での第1項の部分、つまり児童・ジェンダーといった弱者保護の部分を強調するものへと変化したのです。

 

ローマ首脳宣言には最初からこう記されています。

「国際経済協調の第一のフォーラム」として、我々は、数十億の生活に影響を与え、持続可能な開発目標(SDGs)の達成に向けた進捗を著しく阻害し、グローバルなサプライチェーンや国際的な移動を途絶させたパンデミックによって発生した、国際保健危機や経済危機を克服することにコミットする

2019年大阪サミットでは米中対立を中心とする加盟国間の軋轢、2020年リヤドサミットではコロナ禍への対処や回復へのロードマップが背景とされ、両問題に加盟国が一体となって取り組むことが首脳宣言の目的とされました。

これら従来の課題をほっぽってSDGsの立ち遅れを最大の国際問題として提起、サミットをSDGs達成「のため」の場としたのはイタリア主催G20サミットの大きな特徴といえます。

 

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2.G20トリエステ閣僚会合

 

この変質は2021年8月、イタリア・トリエステで行われたG20デジタル大臣会合で明らかとなりました。

www.g20.utoronto.ca

日本からは武田総務相・佐藤経済産業政務官(当時)が参加した会合でしたが、

"Leveraging Digitalisation for a Resilient, Strong, Sustainable and Inclusive Recovery(強靭で強力で持続可能で包摂的な経済回復のためのデジタル化の活用)"と名付けられた通りSDGsの色彩を強く持つ……脆弱で過小評価された(とSDGs上見なされている)層に集中した救済措置としてのデジタルの有効性を提唱する場になってしまいました。

近年来G20各国が直面している軋轢とその解決に主催国イタリアが目を閉じた結果、前年のG20リヤドサミットや今年のG7デジタル大臣会合のレールを大きく外れる形となったのです。

 

このデジタル閣僚宣言、特にDFFTに関連する『デジタル経済』については総務省内容の要約を行っていますが、むしろ下記の方がより直接要旨を掴んでいると考えられます。

  1. 持続可能な成長のための生産におけるデジタルトランスフォーメーション零細中小企業の格差削減および持続可能で包摂的な経済回復)
  2. 零細中小企業の包摂性やスタートアップ促進のための信頼できるAIの活用(零細中小企業包摂のための公共データ接触に際するサンドボックス化)
  3. デジタル経済の測定、実践、影響(主にジェンダー格差調査のためのデジタル面での測定調査の必要性に言及)
  4. グローバルなデジタル経済における消費者意識と消費者保護(プライバシーや不正慣行からの「脆弱な」消費者保護)
  5. デジタル環境における青少年保護とエンパワーメント(デジタル環境下での「脆弱な」児童保護)
  6. スマートシティ・コミュニティのためのイノベーション促進(スマートシティのための包括・全体参加的対話アプローチ推進)
  7. 接続性と社会的包摂(「脆弱で過小評価された」層の包摂のためのデジタルアクセス促進)
  8. 信頼性のある自由なデータ流通と越境データ流通

デジタル経済大臣は2020年に、信頼と国境を越えたデータフローによるデータフリーフローの機会と課題およびプライバシー、データ保護、知的財産権、セキュリティに関連する課題に対処する必要性を認識しました。こうした中で日本とサウジアラビアの仕事と成果を基に、我々はおのおの異なるDFFTへのアプローチに対し「『共通性、補完性、収束の要素』を特定する調整的アプローチによる共通性マッピング」にOECDが取り組んでいることを評価する。このような共通点は、将来の相互運用性を促進する可能性があります

 

……1.~7.まですべて脆弱な立場にある対象へのデジタル支援となっていることは前述した通りです。が、8.のDFFT自体についても単純に最後位に引きずり降ろされただけでなく、イタリア会合独自の解釈が為されてしまいました。

G7コーンウォールサミットで採択された『DFFTに関する協力のためのG7ロードマップ』の4部門について、G20デジタル会合では国境を越えたデータ転送に対する規制アプローチにおける共通性のマッピング だけしか閣僚宣言で採択されなかったのです。

 

この共同マッピングはデータ移転に関する各国の規制・協定を

  • Plurilateral arrangements(一方的な規制:国家が国内企業に対して事前承認・事後説明などの形でデータ規制を与える)
  • Unilateral mechanisms(複数国間協定:APECOECDなど共同体でのデータ特化協定)
  • Trade agreements and partnerships(貿易協定及びパートナーシップ:日英EPAやRCEPでの包括協定内でのデータに関する条文)
  • Standards and technology-driven initiatives(規範及びテクノロジー主導のイニシアティブ:企業側からの自主的規範)

と分類したうえで、データ流通とデータ保護を志向するという各国の「共通性」、フリーデータフローへの「収束性」、また各国が4分類のうち単独ではDFFTを遂行出来ず分類それぞれが「補完」し合っていることを提示。

「共通」点が存在する領域に焦点を当て、規制・協定が「補完」し合いまた「収束」の方向性を見せている事を強調し、DFFTのための各国の対話が最も有益な場所を特定するものです(ただし共通点そのものはグッドプラクティスという意味ではない、としています)。

 

つまりデータローカライゼーション等、DFFTと異なるデータ政策の問題点を指摘する他アプローチと比較して、G7アプローチの中では各国のデータポリシーに優劣をつけない極めてインクルーシブ(非排他的・構成員の意見の平等性重視)なものとなっている訳です。

このインクルーシブという特性は「SDGsのためのサミット」という主催国イタリアの主旨であり、そしてG20加盟国内のデータ保護主義国家にとって唯一受け入れ可能な「DFFT前提という先入観を持たない」アプローチだった訳です。

 

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3.岸田首相不在のローマG20

 

さらに岸田首相が現地参加を中止した10/30.31のG20ローマサミットでは、首脳宣言の端々にSDGsの思想がこれでもかと言わんばかりに擦り付けられました。

DFFTの主旨も、トリエステG20デジタル会合以上に歪められています。

 

www.mofa.go.jp

48 我々は、信頼性のある自由なデータ流通及び国境を越えたデータ流通の重要性
を認識する。我々は、開発のためのデータの役割を再確認する。 我々は、関連する
適用可能な法的枠組に従って、プライバシー、データ保護、安全性及び知的財産権に関するような課題に対処することに引き続き取り組んでいく。また、我々は、将来の相互運用性を促進するため、引き続き共通理解を促進し、既存の規制手段と、信頼性のあるデータ流通を可能にする枠組との間の共通性、補完性及び収れんのための要素の特定に向け、引き続き取り組んでいく。デジタル・サービス・プロバイダの責任を認識しつつ、我々は、人権や基本的自由を保護しながら、2022 年にインターネットの安全性の向上やオンライン上の虐待、ヘイトスピーチ及びオンライン上の暴力・テロへの対策によって、デジタル環境における信頼の向上に向け取り組んでいく。
我々は、最も脆弱な人々を守ることに引き続きコミットし、デジタル環境における児童に関する OECD 勧告から引用された「デジタル環境における児童の保護及びエンパ
ワーメントのための G20 ハイレベル原則」及び児童オンライン保護に関する国際電気
通信連合(ITU) 2020 ガイドラインを始めとする、その他の適切な手段を認識する。 

中小企業の包摂支援やサイバー犯罪への国際協力(G7で採用された既存国際法適用のような攻撃的議案は含んでいません)、デジタル空間での差別発言などを纏めた章の中、DFFTはひそかに記載されるに留まってしまいました。

 

特にオンライン上の「虐待」や「ヘイトスピーチ」への規制対応はSDGsにおける特定脆弱層の支援と相性の良い施策ですが、同時にサイバー空間への国家干渉を誘引するものです。

EU全体としてはこの数日後の2021/11/02にサイバー犯罪に関する国連アドホック委員会の意見書で

”These provisions should in general relate only to high-tech crimes and cyber-dependent crimes, such as illegally gaining access to, intercepting or interfering with computer data and systems. Substantive criminal law provisions must be clearly and narrowly defined, and be fully compatible with international human rights standards and a global, open, free, stable and secure cyberspace. Vague provisions criminalising behaviour that are not clearly defined in a future UN Convention or in other universal legal instruments would risk unduly and disproportionately interfering with human rights and fundamental freedoms, including the freedom of speech and expression, while also resulting in legal uncertainty.”

 

>これらの規定は一般に、コンピューターのデータやシステムへの不法なアクセス・傍受・干渉など、ハイテク犯罪やサイバー依存犯罪にのみ関連するものでなければなりません。 実質的な刑法の規定は明確かつ狭義に定義され、国際人権基準およびグローバルでオープン、無料、安定した安全なサイバースペースと完全に互換性がなければなりません。 将来の国連条約やその他の普遍的な法的手段で明確に定義されていない行動を犯罪とする曖昧な規定は、人権と言論と表現の自由を含む基本的自由を不当かつ不釣り合いに妨害するリスクがあり、同時に法的な不確実性をもたらします。

https://www.unodc.org/documents/Cybercrime/AdHocCommittee/First_session/Comments/EU_Position_for_AHC_first_session.pdf

 

と述べ、データ流通の妨げとなるcyber-dependent-crime(ネットワークへの干渉を主とするサイバー依存犯罪)とヘイトスピーチなどcyber-enabled-crime(従来空間上の犯罪がネットに移行した形のサイバー対応犯罪)を区別し、後者が内包する人権への国家干渉を憂慮する考え方を示しているにも関わらず、です。

ipprobe.global

 

イタリアはG20主催国としてこのEUの潮流や日本のDFFTに逆行し、むしろSDGsを旗印に国家によるデータ干渉を是とする形の首脳宣言を採択させたのです。

 

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国家や企業の悪意・営利はもちろん国家正義の立場から国民を保護する目的であったとしても、自国を流通するデータへの干渉行為は被干渉データ帰属国との信頼を棄損していきます。

 

安全保障目的からデータ干渉範囲の拡大を求める国家群とそれを拒否する国家群が腹を割って話し合う、この行為を行為を通じて多国間信頼の修復を図ることが日本のDFFTの要諦だったと思われます。G7コーンウォールで揺らぎを見せた(菅政権でその修正を図らなかった)DFFTの観点は、G20ローマで更に逆方向に揺るがせました。

 

そして、当時首相就任間もない岸田首相はローマへの現地参加を見合わせ……DFFTのみならず自由貿易と国家間信頼回復という大阪サミットの第一義をG20に復帰させる機会をみすみす見逃してしまった訳です。

 

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さてこのG20でのDFFTの変質の背景には、背景に強力なDFFT対抗国家インドがあるのではないかと思われます。

その③インドの暗躍と日本国内の変質に続きます。