茂木外相所信演説とラブロフ外相(1)

はじめに


2020/01/20、第201回国会において茂木外相が所信演説を行いました。
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茂木外相は自らの外交について、

〉これまで安倍総理が展開してきた「地球儀を俯瞰する外交」を更に前に進めるため、「包容力と力強さを兼ね備えた外交」を展開

と、新しい外交姿勢を明らかにしました。


今回は、前年の第198回国会における河野前外相演説
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との比較を通して茂木外交の特徴を検討し、

またこの所信演説以前に茂木外交の本質を捉え、先回りして政策批判を行った人物の腹蔵を探ることが出来ればと考えています。


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1. 両所信演説の差異について

1-1“ 大阪トラック”への言及


取り敢えず、異なる箇所を列記していきます。


〉世界経済を見渡せば、グローバル化の反動として保護主義が台頭し、貿易摩擦などの対立が深まると同時に、国境を越えたデジタル経済が拡大して、世界経済はますます「データ駆動型」へと移行しています(第3パラグラフより)

〉日米デジタル貿易協定も基礎としつつ、昨年のG20サミットで議長国として立ち上げた「大阪トラック」の下で、データ流通やデジタル経済に関する国際的なルール作りを関係国やOECD等とも連携して推進します(第16パラグラフより)


……第198回国会(2019/01/28)当時では、まだ安倍首相がダボス会議で大阪トラックに言及しておらず、外務省としても従来の「サイバー外交」をIT政策の主軸としていました。

もちろん6月のG20サミット時点では、既に経産省が定義する現在の大阪トラックを外務省も推進する立場となっており、今回特別な路線変更があった訳ではありません。

むしろここでは「現在の大阪トラック」の特徴を踏まえ、日米欧を中心とした活動がWTO改革の一つの柱となっている事を、頭の片隅に置いて頂ければと思います。


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1-2 『自由で開かれたインド太平洋』を日米同盟カテゴリーに


〉ここで、「自由で開かれたインド太平洋」構想について、申し上げます。このビジョンは今や、米国から、豪州、インド、更にはASEAN、ヨーロッパまで広がりつつあります。「法の支配」に基づく「自由で開かれた海洋秩序」を、全ての国、人々に分け隔てなく平和と繁栄をもたらす「公共財」として守っていく。その使命を実現するために、志を同じくする国々と力を合わせて取り組み、地域の様々な枠組みの強化にも貢献していきます(第8パラグラフ)


内容自体は、前回から領域を欧州にまで拡大した「自由で開かれたインド太平洋」を更に強化する、という意味で大きな変更はありません。大きな違いはその扱いで、前回は別の取組としていた

  • 日米同盟の一環である『共通の価値観を持つ国々との連携、同盟国・友好国のネットワーク化』と
  • 自由で開かれたインド太平洋の要素である『航行の自由や法の支配の普及・定着、国際スタンダードにのっとった質の高いインフラ整備による連結性の向上、海洋安全保障分野の能力構築支援の三つ』

を今回はワンパッケージとしています。


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この違いは東アフリカ支援の扱いを考えると顕著となります。


〉昨年のTICAD7の成果も踏まえ、アフリカ自身が主導する発展を力強く後押しし、成長著しいアフリカの活力を取り込むべく、我が国民間企業のアフリカ進出と投資を促進します(第21パラグラフ)


民間進出や投資のみに触れられ、『平和構築、特に国家の制度構築の取組』支援としての東アフリカの海洋インフラ整備や安全保障が今回言及から外れています(ブルーエコノミーやNAPSA(共に外務省HPより)といった取り組み自体は昨年のTICAD7で取り上げられたばかりの試みにも拘わらず、です)。

元々自由で開かれたインド太平洋の始まりの地であったアフリカが、志が同じであるか不明であるが故に、今回日米同盟ネットワークの一環と定義された「自由で開かれたインド太平洋」から外れてしまった訳です


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1-3 近隣二国への注力と、地球規模課題解決の見返り


〉第三に、近隣諸国との外交に、積極的に取り組みます(第10パラグラフ)


二国間交渉の第一人者として、近隣四カ国のうち経済的・政治的交渉が可能な中露両国について、今までの実績と今後の課題を明確に示しました。

外相就任以降、世界全体での会談数は前外相のペースには追い付きませんが、こと(経産省など他省庁が主導していくだけの地均しが未だ出来ていない)ロシアとの外相会談の頻度は目を見張るものがあり、各種交渉への注力を感じることが出来ます。

また北朝鮮についてはカテゴリーを別にし、以前のような『正しい道を歩めば明るい未来を描くことができるということを、北朝鮮の現体制に示』す等の甘さは全く見せず、『安保理決議の完全な履行を確保し、北朝鮮の完全な非核化』を粛々と目指す方針を示しています。


あ、韓国については前回からの事実内容を述べただけです。正直どうでもいいです。


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一方、前回は『課題の解決への一層積極的な貢献』を目標とし、非近隣外交の方針をエリア別・課題別に示した地球規模課題分野を、『課題への対応』と変えました。

実際には京都コングレスやNPT運用検討会議などへの積極的貢献に言及していますが、中心は積極的なODA発展途上国への投資、また国連安保理改革を通した日本の影響力増強となっています。

前回のような日本の「役割」ではなく、今まで一方的だった国際貢献に応じた、当然の見返りを得るための活動なのです。


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1-4 中東への対応


〉先般決定された政府方針の三つの柱として、情報収集態勢の強化のために自衛隊の艦艇及び航空機を活用するとともに、関係業界との密接な情報共有を始めとする航行安全対策の徹底、そして、中東の緊張緩和と情勢の安定化に向けた更なる外交努力を行うこととしました(中略)

外務省としては、今回決定された政府方針の三つの柱の一つである、更なる外交努力を継続し、中東地域の平和と安定に向け取り組んでまいります(第14パラグラフより抜粋)


これは、「知的・人的貢献」「人への投資」「息の長い取組」「政治的取組の強化」の四つの柱から成る河野四箇条時代から後退した……という訳ではありません。例えば日・サウジビジョン2030(経産省HP)やCSPI(外務省HP)のように、イランから目を逸らせば各種取組は未だ健在ではあります。ただし対中東政策において、外務省が自らの荷を他省庁に委譲し、統合的な戦略から撤退している、とは言えるかも知れません。

上記対中東「三つの柱」において外務省主管となるのは一つだけであることだけでなく、日サウジビジョンやCSPIも主管は経産省であり、

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更に2020/01/11~/16の安倍首相中東訪問の代表的成果といえるアブダビ首長国との共同石油備蓄事業の拡充・継続に合意(経産省HPより)に同席したのは牧原経産副大臣だったのです。

※もちろん石油備蓄については、外務省と経産省が共に窓口となっているIEAの備蓄義務の絡みもあります。


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1-5 WTO改革は多国間貿易体制の防衛拠点から、経済外交の橋頭堡へ


〉第五に、新たな共通ルール作りを日本が主導する経済外交に一層邁進します。

〉世界で保護主義的な動きが広がる今こそ、日本が自由貿易の推進のため、自由で公正な経済圏を広げていくことが重要です(中略)

〉同時に、多角的貿易体制の礎たるWTOが、世界経済の新たな課題に十分に対応できるよう、本年6月のWTO閣僚会議に向け、WTO改革に係る取組を主導します(第15~16パラグラフより抜粋)


前外相による「WTOを中心とする、ルールに基づく多角的貿易体制をしっかりと守」る立場から、日本主導の二国間経済外交を援護する多国間枠組みとしてWTOを改革する、攻めの立場へと変化しました。


さて、外務省HPでは今年に入ってからWTO改革についての特集を掲載している通り、この点にはかなり注力しているのですが
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茂木外相の所信演説から感じられるWTO改革とは、この特集記事その他外務省HP内で述べられている

・時代に即したルール作り
・紛争解決制度の見直し
・協定の履行監視機能の徹底

を三つの柱とした(三点をほぼ同じく重点的に考える)ものというより、
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経産省主導で米EUと共に発表した共同声明における、特定発展途上国家群の蝙蝠的な貿易政策に対応する、新たなルール作りを志向したものと考えて良いでしょう。


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2. 最大の変化: 法に基づく国際秩序の『強化と展開』


〉日本は、「積極的平和主義」の立場から、「法の支配」に基づく国際秩序の強化を図り、地域と国際社会の平和と安定にこれまで以上に寄与していく必要があります(第2パラグラフ)

〉安全保障面でも経済面でも、急速に変化する国際環境を踏まえて、新たなルール作りや取組を先導し、国際秩序をより安定し持続可能なものへと再構築していくこと。これこそが日本外交の目指すべき方向だと考えます(第4パラグラフ)


およそ、前回と比較して最も重要な変化がこの

・法の支配に基づく国際秩序の強化と展開

ではないかと思われます。


前回演説では

〉日本外交の最大の課題は、自由、民主主義、基本的人権、法の支配、国際法の尊重といった基本的価値に基づいた国際秩序を様々な方面からの挑戦から守り続けることにあります

〉基本的価値に基づく国際秩序に対抗する秩序を創り上げようとする動きとは断固、戦わなくてはなりません

と、「基本的価値に基づく国際秩序」とは不可侵かつ絶えず反秩序側からの挑戦を受けるものとして捉えており、「法の支配に基づく国際秩序」を武器としたり国際環境に応じて柔軟に再構築を図る、という考え方とは対極にあります。

もう少し突っ込んでしまえば、
茂木外相の所信演説における「法の支配に基づく国際秩序」とは第三国を賛同させるための建前であり、あくまで二国間交渉による日米同盟ネットワーク加盟国の増加と、反秩序側との二勢力間交渉による日本側の外交有利……共に国益を中心とした外交に導くためのプロパガンダとなっているのです。


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この点については、2019/12/02の東京グローバルダイアローグでの演説内容から再度読み解くと、茂木外相の態度がより分かり易くなるでしょう。

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〉さて、ここまで私が述べてきた「ルールを守る」「ルールを作る」「選択肢を増やす」という外交政策は、まさに、日本外交の基本構想である「自由で開かれたインド太平洋」の本質をなすものです
(“結語 日本には、自由・公正・透明なルールに基づいた国際秩序を作る力がある”より)


……外相の外交政策について、引用した3つの本質の中身をダイアローグから読み解くと

  • 「ルールを守る」とは、寧ろ既定のルールを法の支配に基づく国際秩序により再検討する事であり
  • 「ルールを作る」とは、データ駆動型の世界経済を、やはり法の支配に基づく国際秩序に則る形で先導する事であり
  • 「選択肢を増やす」とは二国間交渉による条件提示を行うことなのです。


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・ 現行の大阪トラックという、データ・ローカライゼーション政策に一切の妥協も許さない欧米主導の概念を、データ駆動型経済の基本構想に置いたことも

・国際的な海洋安全保障政策の側面が強い「自由で開かれたインド太平洋」を、今回日米同盟を中核とした法の支配に基づく国際秩序を共有する国家群のネットワークに置き換えたことも、

・中東政策の多くを他省庁に譲り、外相自身の立場を中東安定化から切り離したことも


……全ては「法の支配に基づく国際秩序」を外交の武器として、欧米を先導してWTO改革という橋頭堡を築き、更に国連安保理改革の糧とすること。

具体的には発展途上国扱いでありながら政治的・経済的及び海外進出面での大国でもある中国とロシアに対し、WTOなど国際機関での対立を背景とした積極交渉に一刻も早く乗り出そうとしている旨宣言したのではないか、と考えられるのです。


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そして、いざ本腰を入れて国際外交に乗り出そうとする茂木外相の雄叫びに応じ……実際にはこの所信演説の直前に、対岸で咆哮を上げる人物がいました。

ロシアのラブロフ外相です。


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『茂木外相所信演説とラブロフ外相(2)』に続きます。