安倍政権最後の外交(3):サイバー空間での国際法適用のための日本の主張・抵抗

安倍政権最後の外交(2):サイバー犯罪と国家帰属の切り離しに対する日本 の続きとなります。

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なお一連の目次と概要を作成いたしました。もし宜しければこちらをご覧ください。

tenttytt.hatenablog.com

 

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第3章:国連オープンエンド作業部会(OEWG)と日本

3-1:二つの委員会・GGEとOEWG概観

 前述したサイバー犯罪に関するアドホック委員会が国連薬物・犯罪事務所(UNODC)|外務省の管轄であるのと同様に、各国共同のサイバー安全保障政策を推進しているのが国連軍縮部(UNODA)になります。

 

さて、このUNODAの下では国際的なサイバー安全保障のうち特に「国際法」「規範(Norms)」「信頼醸成措置」「キャパシティビルディング」の4つの分野を中心課題とし、2つのグループ……現在日本を含めた西側諸国が主導しているGroup of Governmental Experts (以下GGE)とロシア・中国が主導している Open-Ended Working Group on Developments in the Field of ICTs in the Context of International Security (以下OEWG)が国際会合を行っております。 

 

このGGEとOEWGの二つのグループの特徴については、比較的中立な立場から論じたDigWatchの記事が分かりやすいでしょう。

dig.watch

 

  • 元々はアメリカ決議に基づき有志国家(15~現在25か国)によるサイバー 政府専門家会合(GGE)を2004年設置、2015年までにサイバー空間におけるNorms(規範)や信頼醸成措置(Confidence-Building Measures)及びキャパシティビルディングについて合意に達するが、国際法国連憲章・国連人道法の適用等に反対するロシア・中国等のコンセンサスが得られず、2017年会合で報告書を採択できなかった。
  • この状況に乗じたロシアの決議案に基づき、GGEに加えて今度は国連全加盟国が参加可能な形でのオープン・エンド作業部会(OEWG)を2019年設置。
  • 主にサイバー空間での国際法等の適用について対立を続ける中国・ロシアほかOEWG主導国と日本や西側諸国等GGE主導国が、OWEG・GGEお互いの会合に参加する形で論争を繰り広げる。
  • 2021年に至りOEWG・GGE共に最終レポートを提出、原則的にはより大きいコミュニティで形成される新OEWGに統合される形で今後継続される予定

現状はこのような状況でしょうか。

 

なおOEWGレポートの経緯及びGGEレポートの性格については、別途補論を作成いたしました。

 

tenttytt.hatenablog.com

 

tenttytt.hatenablog.com

 

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3-2:サイバー空間での国際法適用に関するOEWG主導派と日本の反論

このうち中露が主導するOEWGの特徴として、上記補論で記した強硬な採択経緯だけでなく

  • 既存の国際法国連憲章ではなく、既存或いは新たなNorms(規範)の国際サイバー空間適用に重点を置く

というものがあります。

国際法国連憲章の適用が各国でコンセンサスを得られぬ一方、サイバー空間に対応する国際的な取り決めの必要性が近年上昇している現状からまずは(Non-binding)Norms、(拘束力を伴わない)規範を国連会合の場で成立させよう、更には拘束力を持つ新たな枠組みも発展させよう……というのがOEWG主導派の表向きの主張です。

 

そしてこのOEWG主導派に対し、あくまで既存の国際法をサイバー空間で適用することに固執しているのが日本の立場になります。

 

2021/03/09のOEWGに対する意見書でも

www.un.emb-japan.go.jp/

International law provides tools for the victim State to use when a cyberattack occurs. What State would not use the law of State responsibility to demand reparation for an internationally wrongful act even in the ICT context? Japan asks that at least the relevant subparagraphs on State responsibility from the 2015 GGE report be added to our report. Japan is against including language on a new legally binding instrument. Having said that, I would like to ask those who ask for a new legally binding instrument: what happens when a State acts against a legal obligation established by that instrument? Would you not seek responsibility and ask for reparation? Claiming that international customary law on State responsibility is not applicable to acts of States using ICT is the equivalent of saying that internationally wrongful acts will not have consequences in cyberspace. Then what is the use of negotiating a new treaty?

 

国際法は、サイバー攻撃が発生したときに被害国が使用するためのツールを提供します。 ICTの文脈においてさえ、国際的に不法な行為に対する賠償を要求するために国家責任の法律を使用しない国はどこにあるのですか? 日本は少なくとも2015年のGGE報告書からの国家責任に関連するサブパラグラフを、(OEWG)報告書に追加するよう求めています。 法的拘束力のある新しい文書に文言を含めることに、日本は反対している。 さて、新しい法的拘束力のある手段を求める人々にお伺いしたいと思います。その手段によって確立された法的義務に反して行動する国家があるとすればどうしますか? 責任を求めて賠償を求めてみませんか? 国家責任に関する国際慣習法がICTを使用する国家の行為に適用されないと主張することは、国際的に不法な行為がサイバースペースに影響を及ぼさないと言うことと同等です。 それでは何のために新しい条約を交渉しようというのですか?

 

 またOEWG最終報告書が採択された2021/03/12の意見書でも

www.un.emb-japan.go.jp

Japan urges States putting forward the idea of new binding obligations to thoroughly consider how international law applies in cyberspace before making proposals. To give just one example, a new legally binding instrument would have no meaning without reaffirmation that international customary law on State responsibility applies to acts of States using ICTs. Claiming that State responsibility is not applicable to acts of States using ICTs is the equivalent of saying that internationally wrongful acts will not have legal consequences in cyberspace. Then what would be the use of negotiating new legal obligations? Treaties bind only States parties. Taking into account the very nature of cyberspace, international cooperation must be broad. Those who propose new legally binding obligations still have a lot of explaining to do.

 

新たな拘束力のある義務の考えを提唱する国々に対し、そのような提案を行う前にまずサイバー空間で国際法がどのように適用されるかについて徹底的に検討することを、日本は要請します。 一例を挙げると、国家責任に関する国際慣習法がICTを使用する国家の行為に適用されることを改めて確認しない限り、新しい法的拘束力のある文書には意味がありません。 国家責任がICTを使用する国家の行為に適用されないと主張することは、国際的に不法な行為がサイバースペースに法的影響を及ぼさないと言うことと同等です。 それでは、新しい法的義務を交渉することの使用は何でしょうか? 条約(treaty)は締約国のみを拘束します。 サイバースペースの本質を考慮すると、国際協力は幅広くなければなりません。 新しい法的拘束力のある義務を提案する人々は、まだまだ多くの説明を求められているのではないでしょうか。

 

……日本は表面上拘束力の在る無しに関わらず、既存の国際法適用をないがしろにする新たな枠組みに反対している訳です。

先程の国連決議74/247に基づくアドホック委員会が「拘束力を持つ」新たな国際条約を推進し、OEWGが「拘束力を持たない」規範から「拘束力を持つ」枠組みまで新たに構築しようとする行為まで、日本が両方に反対の姿勢を示したのには一貫性があるのです。

 

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安倍政権最後の外交(4):日本のサイバー司法外交……既存の国際法・規範の注釈・国際的義務に続きます。