小ネタ:アフガニスタンに関する雑感……国家承認・ウイグル・和平合意の内容・物流回廊

2021/08/15、タリバンアフガニスタン首都カブールを占拠してから数日が経過しました。実際のところアフガニスタン関連は興味の対象外でもあり、自分の意見をまとめることも出来ないのですが、雑感を少々。

 

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1.タリバン政権の国家承認について

 

既にタリバンが首都カブールを占領、ガニ大統領も政権移譲を了承した現在、次に問題になるのはタリバン政権の国際的な承認でしょう。

 

2021/08/18現在、タリバン政権の承認についてはEUが英国が人道援助の継続を視野に入れるも承認は別の話、と現状保留の立場であるのに続き、英国が単独国での承認を控えるよう各国に要請、またカナダが西側主要国として初めて「政府として承認する予定はない」と承認否定の立場を明らかにしています。

www.asahi.com

 現在アメリカの対応について、一部海外メディアでは

”US will recognize a Taliban government if it respects women rights, shuns extremism”
『米国は女性の権利を尊重し、過激主義を避けるならば、タリバン政府を認めるだろう』という表題の記事が出回っていますが、これらの記事の元となったNed Price報道官の会見内容 - Rev(12:03)を読めば、実際には『女性の権利を尊重し、過激主義を避けない限り、タリバン政府を認めない』という意味の発言を曲解したもののようです。

 

一方、色々と噂される中国は現時点では国家承認を公言しておらず、イランも沈黙。ロシア-teleSUR紙パキスタン-Daily Times紙も現状単独での承認を保留しています。ただしパキスタン今までのタリバン評を旧アフガン政権によるフェイクと論じクレシ外相が中国への共同承認を呼びかける- DAWN紙など、中国との共同承認のタイミングを待っている状態と思われます。中国側も同様でしょう。

 

なお現時点で日本政府としては、

www.kantei.go.jp

茂木外相が中東外遊中、諸国との意見交換に追われる外務省に代わり、菅首相が08/16、08/17と連日コメントしています。当会見で唯一アフガン情勢の質問を投げかけたのが海外記者だったという馬鹿馬鹿しさはともかく……本音で、国家承認の判断は難しいでしょうね。 

 

自国を守るべきであったガニ大統領が逃亡の上、政権移譲を承認までしてしまった訳ですから、国際秩序をひっくり返したタリバン政権を承認するか、タリバン政権が評議会による統治方針を翻し- DAWN紙自ら首長選挙を促す名目で対立姿勢をとるか、はたまた暫定大統領を宣言したサレー第1副大統領 - SankeiBiz支持にでも回るのか。

……私にはその程度しか思い浮かびません。 

そして何より、国際協調を唱えても結局各国自らの国際秩序感に則り、判断が分かれるでしょうし……

 

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2.中国-タリバン会談におけるウイグルの扱いと、アメリカ-タリバン和平文書の現実

 

ところで、タリバンアフガニスタン掌握の過程については下記のNHKニュースが詳しいですが

www3.nhk.or.jp

 

タリバンが「今月に入って次々と州都を制圧してい」く直前2021/07/28のトピックとして、このNHK記事に記載されていない中国とタリバンの会談を加えておきます。

まあ周知のことでしょう。

edition.cnn.com

王毅外相はまた、彼が「国際テロ組織」と呼んだ東トルキスタン・イスラム運動(ETIM - 注:BBC News)に言及し、タリバンは地域の安定を促進するためにグループとの「すべての関係を完全に断ち切るべきだ」と述べた

いわゆる一般的な支援の話とは別に……タリバンはテロ支援組織と一線を画する「同国の『平和、和解、復興プロセス』において重要な役割を果たす」軍事・政治組織であり、また従来の国際テロ組織から脱皮するため新疆ウイグル勢力の側にそのレッテルを押し付けるべきである……そういう意図をもって協力を宣言していた訳です。

ウイグル勢力の国際的活動が地元テロ活動と結びつき国家秩序の安定を脅かしている、とアフリカ諸国に説いたなつかしの手法そのものです。

『安全保障の発展』の項参照-アジア経済研究所

 

 とはいえ実際に望んでいたのは、アフガニスタン掌握に手間取り悪役の立場を維持したタリバンウイグルを併置させることで「ウイグルタリバン同様テロ組織の温床である」という評判を立てることであったと思われます。

実際にタリバンと中国が協力したことでアフガニスタンが陥落したことは周知の事項であるうえ、共同でウイグル勢力の排斥まで実行してしまったら、国際テロならぬジェノサイド組織のレッテルはウイグルではなく中国のものとなってしまうからです。

 

……まあ結局カブール占領をアメリカへの情報攻撃に活用するに留まらず、自ら国家承認を行ってしまった時点で、タリバンとの癒着は勿論タリバンによるウイグル組織構成者への行動が、そのまま中国への評価につながるのですが……

 

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なお、巷で囁かれる「2020年当時、トランプ前大統領が行った和平合意は『条件付き撤退だった』」という説については

wedge.ismedia.jp

残念ながら実際の合意文書を読む限り、そのような判断を残し得る文章ではなく、逆にタリバンが禁じられたのはアルカイダ等との連携に過ぎず、自らアフガニスタン政府軍と戦ったり占領したりすることすら禁じていない(slate紙)不備の多い内容であったことも示しています。

https://s3.documentcloud.org/documents/6790279/US-Taliban-Agreement.pdf

 

 

……この合意に関し、以前の自分の文章で扱っておりながら、まともに内容精査を行っていなかったことを改めて反省しております。 

tenttytt.hatenablog.com

 

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3.アフガン-中央アジア物流回廊と、陸のFOIPの敗北

 

 さて、アフガニスタン関連の議論はその地区の専門家による意見が出るであろう……という事で、今後あまり出てこないと思われる視点からの話をしようと思います。上述した自分の文章またその前の文章でもわずかに触れた、アフガニスタンへの鉄道輸送の話です。

 

画像の張り方が分からないので、以下の文章は皆さまにアフガニスタン周辺の世界地図を開きながらお読みいただければ幸いなのですが……

 

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www.business-standard.com

〉「交通、道路、税関、領事問題を調和させるための議定書を完成させることが合意された...チャバハール港を普及させるために、アフガニスタンとインドでプロモーションとビジネスイベントを組織することに合意した」とイラン外務省は金曜日に述べた

 

2020年初当時、イラン-インド関係の視点からクローズアップしたイラン東部湾岸都市チャーバハール港の開発プロジェクト……敵対国家パキスタンへのけん制、更にアフガニスタン経由で中央アジア・ロシアとの陸上交易の橋頭保とする長期計画も視野に入れたインド主導のプロジェクトですが……

 

アメリカ-アフガニスタン視点の文脈で述べると、この開発自体はイランのチャーバハール港から北進しアフガニスタン国境に近い街ザヘダンとを結ぶ鉄道敷設を目的とした、周囲を非西側諸国に囲まれているアフガニスタンへの物流支援プロジェクトでした。

イランへの経済制裁に特例措置を与えるというギャンブルの要素はあるため、米国側にはかなりの躊躇いが見られたのですが、この鉄道敷設によりインドのアフガニスタン関与をさらに強めさせる目的があった、と考えて良いでしょう。実際インド支援により建設された606号線がザヘダンの200kmほど北部、アフガニスタン国境の町ザランジから南部中央までをつないでいます。

mrunal.org

 

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更にアメリカはこのチャーバハール-ザヘダン間の輸送だけでなく

www.state.gov

>米国、アフガニスタンパキスタンウズベキスタンの代表は、地域の接続性の強化に焦点を当てた新しい四国間外交プラットフォームを設立することに原則的に合意した。両当事者は、アフガニスタンにおける長期的な平和と安定を地域のつながりにとって極めて重要と考え、平和と地域のつながりが相互に強化されていることを合意する。繁栄する地域間貿易ルートを開く歴史的機会を認識し、両当事者は協力して貿易を拡大し、トランジットリンクを構築し、企業間関係を強化するつもりです

パキスタン側からアフガニスタンを経由し中央アジアウズベキスタンへと続く物流連携、つまり非西側陣営のイラン・パキスタン両国を天秤にかける形で、2つ目のアフガニスタン経由の物流回廊を構築する計画も立てていました。

特に今月政権が変わったイランに対しては核合意を不安視する話-Iran International紙もありますし、パキスタンが様々な機会を練っていたことは上述した内容からも明らかでしょう。どちらも危険でありながら、アメリカは戦略的に彼らの理性に賭けざるを得なかった訳です。

 

一般的にこの両物流回廊は、アフガニスタンの安定と近隣国の支援を主目的として計画されたと解釈されています。しかしこの回廊は地図上からも、またアメリカが2つ目の回廊計画に新たにQUADの名を関したことからも、中央アジアからインド洋まで中国北西部を覆う形の国家連携まで視野に入れていたと考えられます。

もちろん日米豪印のQUAD同様、中国からの武力及び債務による圧力を視野に入れたものでしょう。

 

しかしそれは現在、拠点となるアフガニスタンの現状により水泡に帰そうとしています。

 

特にインドは物流回廊のためアフガニスタンの安定に奔走し、和平協定後も米国・アフガニスタン政府-CNBC攻勢直前のタリバン-Al Jazeeraとすら交渉を行い、アフガニスタンの安定に努めました。その努力もむなしく、チャバハール港の投資回収はもちろん制裁中のイランに投資を行う大義名分まで失おうとしています。

元々中国・パキスタンは除外するとして、西側諸国とイラン・ロシア等非西側諸国とのバランスを忘れなかったインドとしては、タリバン政権の国家認定を含めて判断が難しくなった現状と言えるでしょう。

 

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さて、この中央アジアの物流回廊には日本の外交もかかわっています。

www.mofa.go.jp

 

2019/05/17、河野元外相は第7回「中央アジア+日本」外相会談に際し、中央アジア4か国のメディアにほぼ同一内容の文章を寄稿しました

>(前略)私たちは,21世紀のこの地域が,西はカスピ海コーカサス地域を経て欧州につながり,東はアジア,南はインド洋に連結する,ユーラシアの新しい回廊となり,発展することを望んでいます。

>そして,そのような回廊を支える地域のインフラは,国の財政の持続性や自立性に基づき建設されなければならず,誰もが公正に,平和裡に使えるものでなければなりません。開放性,透明性,経済性及び対象国の財政健全性といった国際スタンダードに則った質の高いインフラづくりを進めるために,手を携えていきたいと思います。インフラを運用・管理する人材も重要です。「中央アジア+日本」対話の下でのイニシアティブは,このような人材の育成に主眼を置いたプロジェクトを含みます。

>一方,今日,地域の最大の脅威の一つは,テロや暴力的過激主義です。先日スリランカでも大規模なテロが発生し,多数の死傷者がでました。我々は,あらゆる形態のテロを強く非難します。アフガニスタンと長い国境を接する中央アジアの安定と安全は,国際社会全体の平和と安定にとっても不可欠です。日本は,中央アジア各国と,国境管理をはじめとする麻薬密輸・テロ・暴力的過激主義対策や,アフガニスタン安定化の分野において協力を進めてきましたし,今後も続けていきます。

  • 法の支配を含むルールに基づく国際秩序の確保,通行の自由,紛争の平和的解決,自由貿易の推進を通じて,地域の平和,安定,繁栄の促進を目指す
  • 地域の連結性を向上させることで,質の高いインフラ整備,貿易・投資の開放と促進,ビジネス環境整備,人材育成強化を図る
  • 人道支援,テロ対策分野等で多国間の協力を図る

……開放性・透明性・債務健全性に基づく回廊構築をベースとして、隣接国間の連携と国際秩序を共有する非周辺国による支援を通じてその安定を強化し、暴力や債務を武器とする回廊秩序への挑戦者に対抗する。そのアイデンティティはインド太平洋を物流回廊に置き換えたFOIPそのものと言えるでしょう。

 

それ故にアフガニスタンの陥落がアメリカにとって第二のQUADの危機である以上に、日本にとってはFOIPのアイデンティティの敗北を意味していた、と考えられる訳です。

第1章でアフガニスタンの国家承認に対する判断の難しさを記しましたが、それはどの選択肢もFOIPのアイデンティティを揺るがせ、従来のアフガニスタン以上に中央アジアを補給線の途絶した国際秩序の最前線としてしまう……そういう問題があるのです。