南ドイツ新聞の菅首相評価と、環境思想の先鋭・教条化(3)

『南ドイツ新聞の菅首相評価と、環境思想の先鋭・教条化(2) の続きとなります。

 

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3. 地球・世界の持続可能性のための、持続不可能な政策

3.1 持続可能な世界の為、目標に向け邁進する国連

 

さて、思い出して下さい。

 

コロナ禍の最中に菅首相が掲げた2050年温室効果ガス排出ゼロ政策を賞嘆した時事通信の記事を。パンデミックへの対応に比べて拉致問題(及び言下にある領域防衛思想)を低優先扱いする一方、気候変動にパンデミック並みの優先順位を与えている南ドイツ新聞の記事を。

 

コロナ復興基金すら加盟国への環境政策促進に利用するEUの考え方は、まさにコロナと温室効果ガス削減問題を等価〜緊急性においてすら同等と見做す南ドイツ新聞の考え方、また前向きな環境政策には無条件で喜ばずにいられない時事通信の考え方そのものです。

 

 そして、彼等の考え方の背後には間違いなく国連がいます。

www.g20.utoronto.ca

 

 各国の温室効果ガス削減目標に、更なる徹底を要請したのは国連でした。目標13に「気候変動に対する具体的な取り組み」を盛り込むSDGsの達成を加盟国の最優先目標とし、また本来参加各国の自主目標設定の取組であった筈のパリ協定を先鋭化させていったのも国連でした。

 

現在COPや気候変動サミット等、国連紐付きの環境関係の会合は全て温室効果ガス削減ありきとなっています。CO2削減に反する主張は認められません。

 

気候変動サミットでのセクシー発言以降大いに株を下げた小泉環境相ですが、例え彼以外の人物(例えば環境政策の実質トップである梶山経産相)でもあの場ではCO2削減に反する“Addiction to Coal(石炭中毒)”などと糾弾されるだけだったでしょう。

 

※この“Addiction to Coal(石炭中毒)”という言葉は、COP25の場で実際にアントニオ・グテーレス国連事務総長により、明らかに日本を揶揄する前提で使われたものです。このような侮辱をいやしくも国連トップが一国の閣僚にぶつけ、かつ侮辱を受けた小泉環境相の側が相手に追従しなければ居られない、そんな場所に国連紐付きの環境会合は成り下がっているのです。

 

なおAddictionとはWHOの定義では「強迫的欲求」「耐性」「身体依存(離脱症状)」「個人及び社会への有害な影響」という悪質な意味であり、現在は薬物全体に関してはAddictionをやめDependenceを使うよう指示している、そんなレベルの言葉です。

www.un.org

 

一方、再生可能エネルギー施設の廃棄コストの検討など、削減目標の設定に後ろ向きな議題は 国際エネルギー機関(IEA)外務省HP国際再生可能エネルギー機関(IRENA)外務省HPといった、国連と一定の距離を置く機関でしか話題にされません。

www.mofa.go.jp

 

寧ろこのようなIEA・IRENA議案は国連を経由せず国政レベルで取り上げられ、日米中或いはEUですら昨年フランスにリサイクル用大型プラントを建設するなど、各国対処に前向きに扱っています。が、一方の国連は廃棄ソーラーパネルを「電子廃棄物」と言い張り、またパネルリサイクルに挑戦した業者が相次いで撤退する程のコスト問題を無視し、廃棄国側の咎に来そうとしている状況なのです。

www.forbes.com

As the United Nation Environment Program notes, “loopholes in the current Waste Electrical and Electronic Equipment (WEEE) Directives allow the export of e-waste from developed to developing countries (70% of the collected WEEE ends up in unreported and largely unknown destinations).”

 

 〉UNEP(国連環境計画)が指摘しているように、現在のWEEE指令(注・EUによる電子電器廃棄物処理指令)の抜け穴により先進国から発展途上国への電子廃棄物の輸出が可能な状況になっています(収集されたWEEEの70%は報告されておらず、ほとんど未知の目的地に行き着きます) 。

 

 ※なお、このIEA及びIRENAは「エネルギー転換の見通し:低炭素エネルギーシステムへ向けた投資ニーズ」と題するレポートを2017年に公開しました。後に国連が温室効果ガス削減目標の設定を更に先鋭化させるバックボーンとなった資料ですが、ここでもCCS(温室効果ガス貯留)技術が大きな可能性を示唆している旨、国連関係その他の環境会合では黙殺されています。

  

 

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 3-2. 暴走する国連と、政策の持続可能性を求めた安倍政権

 

さて、最後に環境政策の話から逸脱しますが……このような国連の暴走が生まれた理由は何でしょうか。

 

確かに地球・世界規模の問題のため、各国が足並み揃えて各種政策を整備する必要がありました。そのための国連からの発信の重要性は改めて高まっています。

 

また国際情勢として、例えば中韓インドといった発展途上国が自国の主張のため、また先進国を中心に勢力を増す国内ポピュリストに対抗するため、国連主導の強力なムーブメントを求めた事情もあります。

 

しかし何といっても決定的だったのは国連事務総長と、SDGs策定に際して集められた専門家たちだと考えています。

 

今回話題にした温室効果ガス削減目標やパリ協定、或いはプライマリ・ヘルスケアも、国連での取り扱いを通じて先鋭化・教条主義化しました。これらを統括する国連の総合目標、SDGsも同様です。

 

何よりこのSDGsを特徴づける“Sustainability(持続可能性)” という言葉自体、SDGs策定に集った専門家たちは「地球・世界環境の持続可能性」のみに使っています。SDGs達成のために必要な「国政の持続可能性」国家の疲弊や独立性の危険……現在の国際情勢への影響という点を無視しているのです。

 

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一方で、日本は「地球・世界規模の持続可能性」と「国政の持続可能性」の融和を謀っていました。専門家のごとく前者のみを追求する国連の主張自体には賛同しながら、国政を司る立場として、国連の主張を自国及び各国で投げ出さずに続けさせる方策を探りました。

 

そして、それはいわゆる価値観外交とリンクしています。

 

二国間・多国間会合を通じて 環境面のみでない質の高いインフラ | 外務省生活インフラと財政を柱とするユニバーサル・ヘルス・カバレッジ|外務省を支援する事も、対話を通じて各国との価値観の共通事項をひとつひとつ認める事も、2つの持続可能性を共に向上させる為のものです。「『誰ひとり』また『どの国家も』取り残さない」事はSDGsの面だけでなく、国際秩序を塗り替えようとする新たな秩序の誕生を防止するという、価値観外交の面でも重要な課題だったのです。

 

しかし現在の菅政権の行動、菅内閣主要閣僚の発言を調べる限り、このような特徴は見当たりません。2050年温室効果ガスゼロ発言は勿論、2020/12/04の菅首相による記者会見でも脱炭素社会の鍵として水素エネルギーを提示していましたが、ブルー水素やCCEに関する言及は無くなっているのです。

www.sankei.com

 

 これはCCE、ひいては急進的な温室効果ガス削減思想に水を刺した日本の行動が実は安倍政権時代のレガシーに過ぎず、菅政権ではその全てを引き継ぐものでは無い事の現れだと思われます。平たく言えば、第2章に記したような削減主義者への抵抗を示したのは、菅首相ではなく安倍政権時代からの職務を全うした省庁だったのです。

 

 

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おわりに. 

 

はい。梶山経産相の電話会談辺りで薄々勘付いた方もいると思いますが……今回の第2章以降、そしてこれから作成予定の一連の文章は、実は菅政権ではなく安倍政権末期(第四次安倍再改造内閣)或いはその残滓を背景とするものです。

 

安倍政権末期の国際情勢は米中対立が決定的なものとなり、また中国によるコロナ外交の失敗もあり、それまで親和的であった欧州でさえ反中に傾く国家が出て来ました。それでも中国が抵抗、いや国内外で国際秩序を塗り替える行為を続け得たのは、国連やWHOなど国際機関が原則的な立場を貫く形で中国を擁護した結果であることは間違い無いでしょう。

 

この国際機関による中国への肩入れは、一般的には中国による国際機関への人員送り込みによるものと言われています。しかし、それは副次的なものでは無いでしょうか。

 

寧ろ招聘した専門家を通じて国連などに持ち込まれた思想的なもの、これこそが〜彼らが自国への我田引水を狙った領域を越えて〜国際秩序を塗り替える国家に対して自らNoを叩き突ける事が出来ず、国連の後楯を求めて右往左往する状態へと世界各国を導いた元凶ではないか、と考えられるのです。

 

※今年に至り、この状態が僅かながら好転する兆候がありました。ウイグルや香港に対する中国の行動に対して、中国への抗議声明に署名する国家が増えたことや中国側に付く国家が減った事は、安倍政権が長い間訴えた国際秩序に関する価値観共有の結果でしょう。そして同時に、各国に国連の不透明なジャッジへの見切りを付けさせた瞬間とも言えます。

tenttytt.hatenablog.com

 

 

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一方、国際機関への思想持込みに対して、安倍政権は敗北を重ねました。

 

前述した政策持続性まで含めたSDGs、プライマリ・ヘルスケア療法に偏り過ぎないユニバーサル・ヘルス・カバレッジ政策、パリ協定のボトムアップ性など、元々日本が長年検討しそれぞれ国連やWHOなどの取組に組み込もうとした考え方でしたが、これらは全て国連に集った専門家達に塗り潰されました。

 

その理由は既に国際機関に食い込んでいた諸国家による妨害というより、送り込まれた専門家自身の資質によるものが大きかったようです。

 

これらの考え方が国連の中に残せなかった事もあり、安倍内閣は自国の外交を通じて直接相手国に伝える方法を選んだのではないかと思われます。

 

 そして遂に、安倍政権も今年終了しました。

 

後を受けた菅政権では安倍政権のレガシーを受け継ぐ旨を公言していますが、安倍政権による国連との暗闘については受け継ぐ気はなく、閣僚達の発言を含めて国連の思想に全面的に従う態度を示しております。

 

安倍政権時代にレールを敷かれた国際協力の一部に、その残滓が残るばかりとなっています。

 

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これから作成予定の一連の文章は、菅内閣への移行に際し引き継がれなかった安倍内閣のレガシー(対国連の話とは限りません)を主題とする予定です。そしてその論点を明らかにするため、国連のSDGsで採用されたいくつかの言葉がキーワードとなります。

 

そしていくつかのレガシー廃棄は、第四次安倍再改造内閣時代の既定路線だったのではないか。SDGsのキーワードはその点も浮かび上がらせるのではないか、と考えています。

 

それは対米・対中外交を読み解くだけでは見えない、安倍政権の敗北の過程です。

                                (了)

 

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……なんというか、長い間手こずっている第四次安倍再改造内閣の回想について、やっとプロローグを書き上げる事が出来ました。「作成予定の一連の文章」とは数カ月の間、書いては没、書いては没を繰り返している文章の寄せ集めです。

 

安倍政権の締め括りについて文章を纏めなければいけない、そう思ってはいたのですが、その為にはSDGsを始めとする国連の方針にも軽めに触れねばならず、また現政権の話題にも……と色々逡巡した挙げ句、放り出す日々が続いておりました。とりあえずプロローグだけでも作成出来たいま、少し安堵しています。

 

これからが長丁場ですが、一旦は心置きなくイベント出撃文章に取り掛かれそうです。