COP27の『化石賞』の話……の皮を被った、昨年COP26の背景と日本の環境政策の話

2022/11/06から開催中のCOP27に際し、環境NGOが11/09に今年初の「化石賞」として日本を指名したそうです。平たく言えば「またいつもの」という奴です。

www.huffingtonpost.jp

>エジプトで開かれている第27回国連気候変動枠組条約締約国会議(COP27)で11月9日、日本が「本日の化石賞」を受賞した。

 

Climate Action NetworkのHPを読んでも

>日本は石油・ガス・石炭プロジェクトの世界最大の公的融資機関であり、2019年から2021年の間に年間平均106億米ドルを拠出しています。1.5°C目標を達成することは化石燃料への投資を終わらせることを意味するという国際的な認識にもかかわらず、日本政府は石炭火力発電所アンモニアを使用するなど、誤った解決策を他国に輸出するために多大な努力を払っています

稼働プラントへの減炭対策投資を排除してしまえばCO2は減らない、という当たり前の道理や

>お気づきの方もお気づきの方もいらっしゃるかもしれませんが、岸田首相はここシャルムでの首脳サミットに来られたわけではありません。たぶん彼は日本で誤った解決策を促進するのに忙しすぎたのでしょうか?

グレタ・トゥンベリもCOP27欠席してるだろ、って皮肉も通用しないのでしょうね。

 

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まあ成果文書あたりで目新しい話が出てこなければCOP27なんて無視しても良いかな、と思っていますが……今回まあ良い機会として、昨年のCOP26について作成した文章に手を加えて引っ張り出すことにしました。

 

エネルギー供給の方が重要視される状況下でのCOP27より、ウクライナ侵攻以前のCOP26における議論の方が日本のCO2政策がより鮮明に見えてくると思うからです。

まあタイミングが合わず塩漬けした文章のリサイクルも、大きな目的ではあります。

 

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1.COP26での岸田首相スピーチと日本のCO2政策

今回の文章ですが、もともとは昨年の首相就任間もない時期に「岸田首相がG20ローマサミットに現地参加しなかった」一方で、なぜかCOP26に現地入りした件について扱ったものでした。

mainichi.jp

そもそも岸田首相は外相時代より国連SDGsに傾倒する人物ですがその視線は主に経済格差に向けられたもので、環境問題に関する言及はあまり見られません。

その意味で衆院選直後のゴタゴタでG20を欠席したにもかかわらず、首相就任直後で菅政権のレガシー程度しか手土産も確保できないままCOP26への現地入りを果たしたことは意外ではあったのです。

 

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ではまずCOP26での岸田首相のスピーチを確認します。

www.kantei.go.jp

>「2050年カーボンニュートラル」。日本は、これを、新たに策定した長期戦略の下、実現してまいります。2030年度に、温室効果ガスを、2013年度比で46パーセント削減することを目指し、さらに、50パーセントの高みに向け挑戦を続けていくことをお約束いたします。

(中略)アジアにおける再エネ導入は、太陽光が主体となることが多く、周波数の安定管理のため、既存の火力発電をゼロエミッション化し、活用することも必要です。日本は、「アジア・エネルギー・トランジション・イニシアティブ」を通じ、化石火力を、アンモニア、水素などのゼロエミ火力に転換するため、1億ドル規模の先導的な事業を展開します。

(中略)これらの支援により、世界の経済成長のエンジンであるアジア全体のゼロエミッション化を力強く推進してまいります。

(中略)2兆円のグリーンイノベーション基金を活用し、電気自動車普及の鍵を握る次世代電池・モーターや水素、合成燃料の開発を進めます。

(中略)日本は、グローバル・メタン・プレッジにも参加いたします。脱炭素への移行を進めていく中で、足下のエネルギー価格の上昇といった問題について、我々リーダーが対応を議論していくことが必要です。

……カーボンニュートラルを推進する一方、エネルギー構造の『変革(transformation)』に伴う問題点を一つ一つ抽出していく、日本のエネルギー政策の要諦を示す内容であったと思います。惜しむらくはアンモニアの言葉が浮いてしまい

  • なぜ水素から輸送しやすいアンモニアへ作り直すことが重要なのか
  • そもそも(ブルー)水素生成における脱炭素作業はどこで行うか

この政策の重要ポイント、エネルギー流通構造の変革緩和という点が殆どの人たちに理解されない事でしょう。

 

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天然ガス由来の水素(ブルー水素)生成の際にはCO2が排出されますが、それを地層内に貯留(Carbon dioxite Capture and Storage。以降CCS)するのに適しているのが油田岩盤層を多く持つ産油国とされています。

つまり日本が主張する水素・アンモニアの活用とは再エネの地域的不安定性だけでなく

という構造を急速に『変革』させて国際関係まで混乱に導くことが無いよう

の形を維持させる意味もあるのです。従来の石油に比べれば流通量は少ないでしょうが、再エネベースのグリーン水素よりは遥かに現行のエネルギーサプライチェーンに対応するものです(再生エネルギーは本来国家間輸送を前提としたものではありませんから)。

 

国連や環境政策に傾倒する国家・団体はSDGsが推し進める『世界の変革(transforming our world)』を前面に押し立て、環境のための個人・社会の変革を主張します。一方で日本政府はSDGsの精神を遵守する一方で『誰も取り残されない(No one left behind)』ことをその要諦としています。

環境政策では再エネ施設・設備の廃棄問題を指摘したり、化石燃料に依存する国家……再エネ支援により解決の道が謀り得るニュートラルな発展途上国だけでなく、不安定環境に晒される化石燃料供給国、地域的問題から現行エネルギーサプライチェーンに頼らざるを得ない国家まで……への解決方法を模索するなど『どの国家もカーボンニュートラルに向けた国際的政策に取り残されない』ためのものであったと思われます。

そしてSDGs採択時の外相であり、『誰も取り残さない』の文言をSDGsに組み込んだ張本人である岸田首相もその点はぶれないでしょう。

 

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2.ブルー水素に関するリーク記事とCOP26化石賞

さて岸田首相のCOP26参加についてですが……この「水素+CCS技術+アンモニア輸送」という日本の政策がCOP26直前に逆風にさらされたこと、この問題に際して日本の立場を自ら表明する必要があったことが理由の一つに挙げられるのではないかと思われます。

 

突然の逆風とは、2021/10/21のBBCGuardian紙の報道でした。

8月に行われた「気候変動に関する国際パネル(IPCC)」で、日本その他化石燃料廃止に否定的な各国がロビー活動を行った、と伝えたのです。

そしてこれら報道の元になったのが、グリーンピースによるリーク記事です。

unearthed.greenpeace.org

Japan, which is hugely reliant on fossil fuels in its energy and transport systems, rejects a key finding in the report’s summary for policymakers detailing how coal and gas fired power stations will, on average, need to be shut down within 9 and 12 years respectively to keep warming below 1.5°C and 16 and 17 years to keep warming below 2°C.

A director in Japan’s ministry of foreign affairs claims this paragraph is misleading and suggests deleting it “because the required retirements of fossil fuel power plants due to carbon budget depend on the emissions from other sectors as well as their capacity factor and the opportunities of CCS.” 

Japan also rejects analysis that “the overall potential for CCS and CCU to contribute to mitigation in the electricity sector is now considered lower than was previously thought due to the increased uptake of renewables in preference to fossil fuel”. 

The official argues that “it would be better to remove this sentence to be more policy neutral.”

>エネルギー・輸送システム面で化石燃料に大きく依存する日本は、2°C以下の温暖化を維持するため石炭・石油火力発電所を平均9~12年以内に閉鎖する必要がある、という政策立案者に対する報告書の重要な発見を拒否している。

外務省のディレクターは「CO2収支による化石燃料発電所の稼働終了の必要性は、他のセクターからの排出量や能力要因とCCSの機会次第であり」この段落は誤解を招くと主張、削除することを示唆している。

また日本は「化石燃料に優先して再生可能エネルギーが増えたことにより、CCSやCCU(訳注:CO2の活用)が電力部門の緩和に寄与する可能性はこれまで考えられていたよりも低いと考えられる」という分析も拒否している。

当局者は「より政策的に中立になるため、この文を削除する方が良いだろう」と主張する。

 

……この記事の中立性、特に

”The Unearthed analysis of thousands of leaked comments submitted to the IPCC by national governments found that the majority of contributions were constructive comments aimed at improving the text”

各国政府がIPCCに提出した何千ものリークされたコメントの発掘された分析は、貢献の大半がテキストを改善することを目的とした建設的なものであることを発見しました。

「建設的なロビー活動」とやらの基準に関する言及は一旦控えます。

また記事内で記されたCCS(Carbon dioxite Capture and Storage・発電所などから排出されたCO2を地中に貯留する)、特に天然ガス由来の水素製造とCCS技術を組み合わせたブルー水素技術への評価に関するコメントも一旦控えましょう。

※COP27の化石賞で日本のCO2政策を「誤った解決策」と最初から断じているのも、結局はこのレベルの認識から生まれているに過ぎません。

 

しかし少なくとも日本政府はこの技術を含めた炭素循環社会(CCE)の考え方を提唱しており、G20リヤドサミットでは主催国サウジアラビアと共にこの議論の主導的役割を果たしています。一方で、再生エネルギーに一本化した社会へのいち早い『変革(Transformation)』を求める側にとっては、化石燃料社会の維持を求める守旧的かつ再生エネルギーの現実性を無視した考え方と言えるでしょう。

今回のスクープは後者の側が、再生エネルギー一本化社会への変革に疑問を呈する各国に対し、COP26直前に放った先制攻撃だったわけです。

 

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そして2021/11/01~/02、リーダーズサミットにおけるノルウェー日本オーストラリア3国の「国家声明に対する」化石賞受賞という追撃を受けた結果、岸田首相の骨折りは無駄に終わりました。

climatenetwork.org

国家声明ではCCSについて一言も触れていないのに、なぜかその点で化石賞の対象となったノルウェーを含め、この化石賞は前述のグリーンピースリークの対象国家に集中してその国家声明・政策を端からこき下ろしCOP26での発言力を低下させる……つまり『変革』を緩和するイニシアティブを無効化するのが目的だったのが分かります。

 

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3.成果文書と『取り残される』国家及びサプライチェーン

そして結局のところCOP26成果文書、

https://unfccc.int/documents/310475

グラスゴー気候宣言ではこの一節が採用されました。

”20. Calls upon Parties to accelerate the development, deployment and dissemination of technologies, and the adoption of policies, to transition towards low-emission energy systems, including by rapidly scaling up the deployment of clean power generation and energy efficiency measures, including accelerating efforts towards the phasedown of unabated coal power and phase-out of inefficient fossil fuel subsidies, while providing targeted support to the poorest and most vulnerable in line with national circumstances and recognizing the need for support towards a just transition;”

>20.締約国に対し技術の開発・展開・普及および政策の採用を加速し、クリーンな発電の展開とエネルギー効率対策の迅速な拡大、また削減対策のない石炭火力の段階的削減と非効率な化石燃料補助金の段階的廃止に向けた努力の加速を含む低排出エネルギーシステムへの移行を呼びかけ、一方で国の状況に沿って最も貧しく最も脆弱な対象に的を絞った支援を提供し、公正な移行に向けた支援が必要であることを認識します。

なお草稿段階の記述では

https://unfccc.int/sites/default/files/resource/cma2021_L16_adv.pdf

36. Calls upon Parties to accelerate the development, deployment and dissemination of technologies, and the adoption of policies, to transition towards low-emission energy systems, including by rapidly scaling up the deployment of clean power generation and energy efficiency measures, including accelerating efforts towards the phase-out of unabated coal power and inefficient fossil fuel subsidies, recognizing the need for support towards a just transition;

>36.締約国に対し技術の開発・展開・普及および政策の採用を加速、クリーンな発電の展開とエネルギー効率対策の迅速な拡大し、また削減対策の無い石炭火力と非効率的な化石燃料補助金の段階的廃止に向けた努力の加速を含む低排出エネルギーシステムへの移行を呼びかけ、公正な移行に向けた支援の必要性を認識する。

 

……化石賞主催者が化石賞とは逆の”Ray of the day”と手放しで賞嘆したはずのインドの主張により「段階的廃止」から「段階的削減」に変更されたのは各報道が伝えた通りです。

この変更は日本の意向と真逆のものです。日本の意向は草稿の"phase-out of unabated coal power"「削減対策の無い」石炭火力の段階的廃止であり、更に削減対策に具体的な記述を差し込むことです。

言い換えれば廃棄など反作用対策まで含めて現行技術で可能であることは妥協せず、環境目標上の橋頭保から舌先三寸で逆戻りさせないことです。一方で未だ反作用の余地がある場合、まず橋頭保を確保すべく脇を固めるのも日本らしいと言えます。

 

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そしてもう一つの草稿からの変化に、低排出エネルギー移行に向けた支援を最も貧しい・脆弱な対象に限定した点があります。

 

CCE(炭素循環経済)の考え方は脱炭素化したエネルギー資源の化石燃料並みの「流通」が鍵であり、サプライチェーン全体が投資と支援の対象になります。

一方再エネの考え方ではその性質上、エネルギー資源を消費する国で生産する事が前提となっています。貧しい・脆弱な国へのエネルギー資源発生施設の設置支援が重要となり、自国供給なのですから当然サプライチェーンへの考慮は既存のものを含め少なくなります。

その意味でこの変更部分は明らかにエネルギーサプライチェーンを拒否し、あるいは既にコロナ禍等で状況変化に苦しむ現行サプライチェーンへの過大な供給負担を目指したものでした。

 

これらの意味でCOP26は日本の意に反し、カーボンニュートラルの目指す世界から既存構造に依存せざるを得ない国家や人々を『取り残す』場となってしまったのです。

恐らくは一連のネガティブキャンペーンのもと、彼らと異なる視点を提供する日本の発言力が全く削がれた上での訂正であったと思われます。

 

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……ここまでがCOP26当時に記した文章だったのですが、今さら振り返ってみればカーボンニュートラルに向けた変革的環境政策はエネルギー安全保障、いや経済安全保障すら脅かすものでした。

COP26の数か月後、2022/02/25ウクライナ侵攻に際しEUへの介入阻止にロシアが使ったのは天然ガスというハイブリッド攻撃でした。再生エネルギー先進国たるEU諸国の死角、いや自らカーボンニュートラルのスローガンからひた隠し『取り残し』た一隅への関与は、ロシアにとってはウクライナ侵攻のための重要な布石だった訳です。

 

ハイブリッド攻撃とは「兵器と経済・サイバー攻撃の併用」ではなく「開戦・非戦の状況をあいまいにすることで、相手国やその同盟国に非戦時のルールを要請しながら行う攻撃行為」です。それ故に国際的ルール、特に現実から遊離したルールの欠陥はそのままハイブリッド攻撃のきっかけとなります。

侵攻という軍事的活動に反対する同盟諸国に対する、ロシアのハイブリッド攻撃に付け込む隙を自らけしかけた環境政策の拙速さが与えた事について、環境団体はなぜまともに胸を痛めることが出来ないのでしょうか?

 

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