小ネタ:G7サミット、中国のサイバー問題への言及無くなっちゃったね……(06/19文章追加)

1.欠けてしまった中国への非難内容

 

2021/06/11~/13、英国コーンウォール・カービスベイにてG7サミットが開かれました。

www.mofa.go.jp

 

今回のサミットでは対中国の強い懸念が表明された旨の報道が目立っております。

www.asahi.com

>6月13日、G7サミットは共同声明を発表し、中国に対して新彊での人権尊重、香港の高度の自治を求めたほか、東・南シナ海での一方的措置に反対する姿勢を示した

 

……しかし、同じく中国への懸念を含めたG7諸国の外交姿勢を協議した2021/05/05のG7外務・開発大臣会合での共同コミュニケと今回の内容を比べると、中国非難の内容が一つ欠けているのが分かります。

 

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G7コーンウォールコミュニケhttps://www.mofa.go.jp/mofaj/files/100200083.pdf

G7外務開発大臣会合コミュニケhttps://www.mofa.go.jp/mofaj/files/100187048.pdf

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コーンウォールコミュニケでは、中国に関する記述は第49項に集約されています。

>我々は、大国や主要エコノミーが担うルールに基づく国際システム及び国際法を堅
持するという特別の責任を認識する。我々は、全てのパートナーと共に、またG20、国連及びより広い国際社会の一員として、この点における役割を果たすことにコミットし、他者に対し同様の行動を促す。我々はこれを、我々の共通のアジェンダ及び民主的な価値に基づき行う。中国に関して、そして世界経済における競争に関して、我々は引き続き、世界経済の公正で透明性のある作用を損なう非市場主義政策及び慣行という課題に対する共同のアプローチについて協議する。多国間システムにおけるそれぞれの責任の文脈において、我々は、相互の利益になる場合には、共通のグローバルな課題において、特に気候変動枠組条約COP26その他の多国間での議論で気候変動及び生物多様性の損失に対処するに当たり、協力する。同時に、そうした協力をする際にも、我々は中国に対し、特に新疆との関係における人権及び基本的自由の尊重、また、英中共同声明及び香港基本法に明記された香港における人権、自由及び高度の自治の尊重を求めること等により、我々の価値を促進する

 

 

一方外交開発大臣コミュニケでは第13項から5項にわたり中国についての記述がされていますが、このうちコーンウォールコミュニケで採用された文言は概して4つ、

  • ルールに基づく国際システムへの建設的な参画(第13項)
  • 新疆を中心とする基本的自由の尊重(第14項)
  • 香港に関する基本的自由の尊重(第15項)
  • 自由で公正な経済システムを損なう慣行についての懸念(第16項)

……つまり、第17項の

我々は中国に対し、サイバーによって可能となる知的財産の窃取を実行し、又は支援することを控えることを含め、サイバー空間において責任ある行動を取るとの自国のコミットメントを堅持するよう促す

この点については、コーンウォールコミュニケから削除されてしまったわけです。

 

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この中国のサイバー脅威問題について、外務開発大臣会合を取り上げた記事では

www.bloomberg.co.jp

など重大なものとして捉えられており、その点ではG7サミットの対中姿勢は後退したのか……などという疑念が生じても致し方ないものでしょう。が、ここにはちょっとした背景と布石があります。

 

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2.背景としてのGGEレポート

 

実は中国のほかにロシアも、サイバー脅威の代表国としての記述が後退しています。

 

外務・開発大臣コミュニケでは

我々は、自国の利益や安全に対するロシアの情報機関に関係する活動の影響を受けた全てのパートナーとの完全な連帯を表明し、そうしたロシアの行動に揺るぎない決意で対抗し続ける(第4項抜粋)

我々は、サイバー空間の安全保障や偽情報の分野を含め、ルールに基づく国際秩序を脅かすロシアの行動に対処し、それを抑止するために、我々の総力とパートナー諸国の総力を強化し続ける(第7項抜粋)

となっていたものが、同じように

国内でランサムウェア攻撃、身代金洗浄のための仮想通貨乱用その他サイバー犯罪を行う者を特定し、その活動を遮断し、責任を問うよう求める(第51項抜粋)

 と、サイバー犯罪の裏に国家が存在する前提の記述から、国家の義務として国内のサイバー犯罪者への対応を求める記述に変更されているのです。

 

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さてこの二国への記述の変更ですが、これには外務開発大臣コミュニケ第53項で言及されている「国際安全保障の文脈におけるサイバー空間での責任ある国家行動の進展に関する国連政府専門家会合( Group of Governmental Experts・以下GGE)」の会合結果がひとつの背景となっていると思われます。

 

 ※このGGE及び同項で言及されたOEWGというグループについては下記国連軍縮部HPの内容に詳しいですが、とりあえず今の時点ではサイバー空間における国家の行動に関する国連会合として「西側諸国が主導するGGE」と「中露が主導するOEWG」の二つが存在する、程度の認識でOKです。

www.disarm.emb-japan.go.jp

 

このGGEが規範準則・国際法などと国家のあり方に関する、加盟国によるコンセンサスを経た報告書を2021/05/28、つまり2つのサミットの間に作成しました。

https://front.un-arm.org/wp-content/uploads/2021/06/final-report-2019-2021-gge-1-advance-copy.pdf

 

そしてこの内サイバー規範・準則の注釈として、第30項(d)に

"An ICT incident emanating from the territory or the infrastructure of a third State does not, of itself, imply responsibility of that State for the incident. Additionally, notifying a State that its territory is being used for a wrongful act does not, of itself, imply that it is responsible for the act itself"

 

>第三国の領土またはインフラストラクチャから発生するICTインシデントは、それ自体、その国のインシデントに対する責任を意味するものではありません。 さらに、その領土が不法行為に使用されていることを国に通知すること自体は、その行為自体に責任があることを意味するものではありません

 と明記されているのです。平たく言えばG7加盟国自ら(正確にはカナダ・イタリアはGGEに参加していませんが)が

 

「たとえ自国内にサイバー犯罪を行うものがいたとしても、それ自体で当該国がサイバー犯罪を支援しているとは言えない。またそう言い切るには十分な証拠が必要となる(こちらは寧ろOEWGレポートで言及された内容ですが)」

 

という規範注釈に従う旨、外務・開発コミュニケの後で表明していた訳ですから、コーンウォールサミットでそれに反する発言は出来ません。

特にGGEについては、2017年一部加盟国(というか中露なのですが)の反対により報告書の採択が行われなかったという紆余曲折を経た上での6年ぶりのレポートであり、採択直後に中心国たるG7加盟国が自ら翻すことは困難だったと考えられます。

 

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……まあ、内政不干渉を盾に新疆・香港問題などを無視しようとする中国に対し、サイバー脅威の加担者という切り口を失ったのは、G7が中国に対して公正な非難を行う材料を失ったという点では確かに痛手ではあったかもしれません。

 

しかしながらその他の点、ロシア他各国については「外務・開発大臣による5月の声明を承認」した上でその国に関する文章のみでひとつ項を作る形式を採用したコーンウォールコミュニケの中で、ただ中国のみG7加盟国の共有する価値観から外れるG20・国連加盟国という、いわば普遍的な脅威として扱われたことは注目に値するでしょう。また

 多国間での議論で気候変動及び生物多様性の損失に対処するに当たり、協力する。同時に、そうした協力をする際にも、我々は中国に対し、特に新疆との関係における人権及び基本的自由の尊重、また、英中共同声明及び香港基本法に明記された香港における人権、自由及び高度の自治の尊重を求めること等により、我々の価値を促進する

という一節には、これまでの対中政策への自省と不退転の覚悟が示されていると思うのですが、いかがでしょうか。

 

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なおコーンウォールコミュニケの面からはある種の足かせに見えるGGEレポートですが、主戦場である国連サイバー会合においてはこれら規範・準則への注釈の採択により、「既存の」サイバー規範を中露主導のOEWG報告書に先駆けて成立させることに成功した、と考えられるのです。

GGEとOEWGが一つの会合となる時代、中露の「一方的なコンセンサス(という矛盾する行為)」による国連サイバー会合の壟断を防ぐ布石であった……とも言えるのですが、その話はまた後日に。

 

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2021/06/19追記:

ニューズウィーク記事 ”G7「対中包囲網」で賛否両論、一時ネットを遮断”について

……このG7コーンウォールサミットについて、少々頭が痛くなる記事を見かけたので。

drl6uo2pre3aa.cloudfront.net

 

新疆(ウイグル自治区)に関して強制労働が行われていることを、共同声明に書き込もうというバイデンの試みは強烈な反対に遭って達成できなかった

この一つの点をもってG7が対中姿勢全般で不協和音を奏でていた、と論じているようなのですが……この記事に説得力を与えたのは、共同コミュニケ49項のいやらしい引用方法であったと思われます。

 

コミュニケ49:我々は、大国や主要エコノミーが担うルールに基づく国際システム及び国際法を堅持するという特別の責任を認識する。(中略)我々は中国に対し、特に新疆との関係における人権及び基本的自由の尊重、また、英中共同声明及び香港基本法に明記された香港における人権、自由及び高度の自治の尊重を求めること等により、我々の価値を促進する

 

 ……ちなみにこの(中略)部分を一部復活、太字の位置も少し変えると

 多国間システムにおけるそれぞれの責任の文脈において、我々は、相互の利益になる場合には、共通のグローバルな課題において、特に気候変動枠組条約COP26その他の多国間での議論で気候変動及び生物多様性の損失に対処するに当たり、協力する。同時に、そうした協力をする際にも、我々は中国に対し、特に新疆との関係における人権及び基本的自由の尊重、また、英中共同声明及び香港基本法に明記された香港における人権、自由及び高度の自治の尊重を求めること等により、我々の価値を促進する

 

環球時報が社論で展開したような、中国の国力・経済力あるいは環境政策への協力を背景とした新疆・香港問題の切り崩しなど、謀り得ない内容であったことは明らかなのですがね。