司法外交関連補論:2021年GGE最終報告書の個人的概説

はじめに

この文章は安倍政権最後の外交:京都コングレスとサイバー司法 - 匿名に続く、日本のサイバー司法外交についての文章の補論として作られたものでした。本来であれば本論と同じタイミングで公開すべきものですが肝心の本論が長いこと行き詰ってしまい、とりあえず補論のみ先に公開させていただきます。ネタ的にも大分旬を過ぎたものではありますので。

 

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安倍政権最後の外交(3):サイバー空間での国際法適用のための日本の主張・抵抗』の補論に当る、OEWG第三回会合に遅れて約3か月、第6回GGE会合で採択された最終報告書の概説となります。

本来は司法外交関連補論:OEWG最終報告書の採択経緯について - 匿名と対をなす形で、採択経緯までフォローしたかったのですが、下記GGEホームページには経緯に関する添付資料が少なく、とりあえず完成された最終報告書の概説でお茶を濁す次第です。

ただし本論に話を繋げていく都合上、個人的な観点からの分析が強いものになっていることはご了承願います。

 

www.un.org

https://front.un-arm.org/wp-content/uploads/2021/06/final-report-2019-2021-gge-1-advance-copy.pdf

 

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今回のGGE報告書の構成は、OEWGとほぼ重なる形ですが 

  • I. Introduction(1~5)
  • II. Existing and emerging threats(6~14)
  • III. Norms, Rules and Principles(15~68)
  • IV. International law(69~73)
  • V. Confidence-Building Measures(74~86)
  • VI. International cooperation and assistance in ICT security and capacity-building(87~92)
  • VII. Conclusions and Recommendations for Future Work(93~98)

 ……このようになっています。OEWG同様、Norms(規範)関係がInternational Law(国際法)に先んじた構成となっていることは一つの特徴ではあります。

 

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 I. Introduction(はじめに)

 

……この章では今回のGGE報告書の主旨、特に第2項で2015年までのGGE報告書に基づきICTの使用における国家の責任ある行動のための累積的かつ進化的な枠組みとしての信頼構築・国際協力・キャパシティビルディングについて記されたこと、

さらに第3項で

 ”Furthermore, it sought to provide an additional layer of understanding to the
assessments and recommendations of previous GGE reports, in order to provide guidance to supporttheir implementation.”

 

>さらにGGE 報告書の実施を支援するためのガイダンスを提供するために、以前の GGE 報告書の評価と推奨事項に対する理解の追加レイヤーを提供することを目指しました

と、特に第III章の特徴である追加注釈の存在を強調しています。

 

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II. Existing and emerging threats(既存および新たな脅威)

 

 ……この章は原則OEWG最終報告書の”Existing and Potential Threats ”に準じる記述となっていますが、

  • 特に表題がPotentialからEmergingに変更されたこと
  • OEWGの第17項などで記されたような、脅威に対する規範、信頼醸成措置やキャパシティビルディングの役割については触れず、ただ脅威の性質について触れている事

が特徴と言えるでしょう。

 

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III. Norms, Rules and Principles(規範、規則、原則) 


……前章で記されなかった規範とその他要素の役割については、この第15・16項で記されます。特にこの章で規範と国際法の関係を記すことにより、OEWG報告書の狙いとは真逆の国際法の重要性を表す形となっています。

また第16項では

”and, separately, notes the possibility of future elaboration of additional binding obligations, if appropriate”

 

>また、必要に応じて、追加の拘束力のある義務の将来の精緻化の可能性に個別に言及します

 更に第17項ではOEWG最終報告書で削除された2015年版international code of conduct for information security(情報セキュリティに関する国際行動規範)に留意する旨も記載されており、第34項における国連決議74/247への言及を含めて限定的ながらも非GGE陣営からの意見の反映と見える形を示しています。

 

そしてこのGGE最終報告書の最大の特徴は、第18項で示されるように2015年GGE報告書で採択されたサイバーセキュリティに関する11の規範に関し、数項を使い注釈(Additional Layer)を入れている事です。さらにこの注釈作業に際し

”The Group reminds States that such efforts should be conducted in accordance with their obligations under the Charter of the United Nations and other international law, with a view to preserving an open, secure, stable, accessible and peaceful ICT environment”

 

>オープンで安全、安定、アクセス可能で平和なICT環境を維持する観点から、グループはそのような努力は国連憲章およびその他の国際法に基づく義務に従って実施されるべきであることを各国に想起させる

 と記し、OEWGゼロ草案から最終報告書に至る過程で削除された点、すなわち国際法が規範の要でなければいけない点を改めて示した訳です。

 

……以降第19~68項まで、報告書の中核部分をこの規範の注釈が占めるのですが、詳しい内容やその意義はどこか他の専門家の方々にお任せしましょう。

 

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※とはいえ、少し外交面の強い話をひとつ。

2021/06/11~13、G7コーンウォール・カービスベイサミットが行われましたが、05/05に行われたG7外務・開発大臣会合と比べて、共同コミュニケでの中露のサイバー脅威に対する非難内容が後退しています。これはGGE報告書第30項の(d)、

"An ICT incident emanating from the territory or the infrastructure of a third State does not, of itself, imply responsibility of that State for the incident. Additionally, notifying a State that its territory is being used for a wrongful act does not, of itself, imply that it is responsible for the act itself"

 

>第三国の領土またはインフラストラクチャから発生するICTインシデントは、それ自体、その国のインシデントに対する責任を意味するものではありません。 さらに、その領土が不法行為に使用されていることを国に通知すること自体は、その行為自体に責任があることを意味するものではありません

 がサイバー規範の新たな注釈として採用された影響によるものと考えられます。

いくら中露発信のサイバー問題が国際秩序を脅かすとしても、GGE報告書採択によってそれ自体を以て「中露が国際秩序を脅かしている」という発言をしづらい状況になったとも言えるでしょう。

 

……まあ外務開発大臣会合で共同コミュニケに採用されていた「サイバー空間における国際法適用」のコミットメントについても、G7カービスベイ・サミットでは削除されているのですが……

 

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IV. International law(国際法) 

 

……この章の特徴は、やはり第69項(f)における国際人道法への言及でしょう。

"(f) The Group noted that international humanitarian law applies only in situations of armed conflict"

 

 >(f) グループは、国際人道法が武力紛争の状況にのみ適用されることに留意した

 OEWG最終報告書で採択されなかった国際人道法の適用範囲を示し、またさらなる研究の必要性を強調したうえで、これら特定の国際法国連憲章の適用範囲について国連の場その他二国間・多国間の場で継続的に議論・意見交換すべき旨を第72項に記しています。

 

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※なお、2015年のGGEレポートでは国際人道法(International humanity Law)について直接言及していません。

”The Group also noted the established international legal principles, including, where applicable, the principles of humanity, necessity, proportionality and distinction”

 

 >当グループはまた、該当する場合、人道、必要性、比例および区別の原則を含む、確立された国際的な法的原則に留意した

国際人道上の主要原則に相当する、4つの国際的法的原則について言及したのみです。

 

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そしてもう一つ重要なのは、今後の国際法国連憲章の適用に関する議論・意見交換は

”Without prejudice to existing international law and to the further development of international law in the future,”

 

>既存の国際法および将来の国際法のさらなる発展を害することなく

 ……逆に言えばOEWG最終報告書第80項や国連決議74/247、あるいは後述するprogram of actionで確認される新たな規範や法的枠組み(平たく言えばGGEを統合した新OEWG)に上書きされることなく行われるものであることを示しているのです。

 

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V. Confidence-Building Measures(信頼醸成措置)及び VI. International cooperation and assistance in ICT security and capacity-building(ICTセキュリティとキャパシティビルディングにおける国際協力と支援)

 

……この部分についてはPoC(各国の連絡窓口)や CERT/CSIRT(セキュリティ脅威への対応部署): 日本シーサート協議会HP、透明性あるいはステークスホルダーに関する言及など、基本的にOEWG最終報告書と被るものです(ぶっちゃけ細かい部分は本論では取り上げませんし、あまり良く理解できません)。

 

ただし、信頼醸成措置の考え方について

・OEWGという会合形態自体がひとつの信頼醸成措置だと断じ、各国の同位性に基づく対話(及び第56項の「共有されているが差別化された」役割、つまり先進国が途上国の能力開発支援を行うこと)を中心とするOEWG最終報告書に対し、GGE報告書では

”75. To underpin their efforts to build confidence and ensure a peaceful ICT environment, States are encouraged to publicly reiterate their commitment to, and act in accordance with, the framework for responsible State behaviour referred to in paragraph 2.”

 

”75. 信頼を醸成し、平和な ICT 環境を確保するための努力を下支えするために、国家は第2項で言及された責任ある国家の行動のための枠組みへのコミットメントを公に繰り返し表明し、それに従って行動することが奨励される”

自らが責任を持って規範・規則・原則に従い、またそれらに従っている事を常に公に示すよう各国がお互いに促しあう事こそが信頼醸成の基礎と記している事については押さえておいて良いと思われます。

 

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VII. Conclusions and Recommendations for Future Work(結論と今後の課題)

 

……GGE最終報告書の末章はOEWGのそれとは異なり、第6章までの要約と今後の国際的サイバーセキュリティ会合の方向性について論じています。その意味ではOEWG報告書における”Regular Institutional Dialogue”章と類似しており、特にProgramme of Action(直訳すると「行動計画」)に関する第97項の記述は、OEWG報告書の第77項のそれと近いものとなっております。

 

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 ※ここでいうprogram of actionとは2020年10月、主にGGE陣営から提案された

”Summary of the Proposal: explore establishment of a Programme of Action for advancing responsible State behaviour in cyberspace with a view to ending the dual track discussions (GGE/OEWG) and establishing a permanent UN forum to consider the use of ICTs by States in the context of international security”

 

>提案の概要:デュアルトラックディスカッション(GGE / OEWG)を終了し、状況に応じて国によるICTの使用を国際安全保障の観点から検討するための恒久的な国連フォーラムを設立することを目的として、サイバースペースにおける責任ある国の行動を促進するための行動計画の確立を検討する

https://front.un-arm.org/wp-content/uploads/2020/10/joint-contribution-poa-the-future-of-cyber-discussions-at-the-un-10302020.pdf

 こと。乱暴に言えばGGEとOEWGを統合していくという事です。

 

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最後に、ここまでお読み頂いた方には恐縮ですが、GGE報告書に関する一般的な分析としては

www.diplomacy.edu

この様な記事があります。