司法外交関連補論:OEWG最終報告書の採択経緯について

はじめに

この文章は安倍政権最後の外交:京都コングレスとサイバー司法 - 匿名に続く、日本のサイバー司法外交についての文章の補論として作られたものでした。本来であれば本論と同じタイミングで公開すべきものですが肝心の本論が長いこと行き詰ってしまい、とりあえず補論のみ先に公開させていただきます。ネタ的にも大分旬を過ぎたものではありますので。

 

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安倍政権最後の外交(3):サイバー空間での国際法適用のための日本の主張・抵抗 』の補論に当る、京都コングレスとほぼ時期を同じくして最終報告書が採択されたOEWG第三回会合に関しての著述となります。

原則としてOEWGホームページに記載された報告書と、各国の賛否内容をもとに作成しております。 

 

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国連を舞台にしたサイバーセキュリティに関する議論は、

www.disarm.emb-japan.go.jp(2021/10/05追加:国連軍縮部日本支部の該当ページ削除されました)

 

dig.watch

 

こちらをご覧いただければと思いますが、

  • 元々はアメリカ決議に基づき有志国家(15~現在25か国)によるサイバー 政府専門家会合(GGE)を2004年設置、2015年までにサイバー空間における規範(Norms)や信頼醸成措置(Confidence-Building Measures)及びキャパシティビルディングについて合意に達するが、国際法国連憲章・国連人道法の適用等に反対するロシア・中国等のコンセンサスが得られず、2017年会合で報告書を採択できなかった。
  • この状況に乗じたロシアの決議案に基づき、GGEに加えて今度は国連全加盟国が参加可能な形でのオープン・エンド作業部会(OEWG)を2019年設置。
  • 規範・準則の発展と新たな採択を重視する中国・ロシア等OEWG主導国と、これら新規枠組みの変更に反対し2015 年の GGE レポートの 11 の規範など既存の規範及び国際法のコンセンサスに向けた話し合いを重視する日本や西側諸国等GGE主導国が、OWEG・GGEお互いの会合に参加し論争を繰り広げる。

 ざっくり言うと、こんな感じでしょうか。

 

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……さて、ちょうど日本では京都コングレスが行われた2021年3月、OEWGは第3回会合に基づく最終報告書の採択に成功。2017年以降報告書採択がなされなかったGGEに一歩先んじる形となりました。

https://front.un-arm.org/wp-content/uploads/2021/03/Final-report-A-AC.290-2021-CRP.2.pdf

 

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※GGE側も2021/05/29までに第6回会合を行っており、OEWGに約3か月遅れてUNODAGGEホームページにて最終報告書のコピーを公開しています。

https://front.un-arm.org/wp-content/uploads/2021/06/final-report-2019-2021-gge-1-advance-copy.pdf

 

tenttytt.hatenablog.com

 

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このOEWG最終報告書の採択経緯ですが、

www.un.org

 

①OEWGによるゼロ草稿作成(2021/01/19)

……まずこの時点では、OEWG・GGE両陣営の意見を反映させる形で草稿が作られました。特徴としては、

  • A. Introduction(序言)
  • B. Existing and Potential Threats(既存および潜在的な脅威)
  • C. International Law(国際法
  • D. Rules, Norms and Principles for Responsible State Behaviour(責任ある国家の行動に関する規則、規範および原則 )
  • E. Confidence-building Measures(信頼醸成措置)
  • F. Capacity-building(キャパシティビルディング)
  • G. Regular Institutional Dialogue(定期的な対話制度)
  • H. Final Observations(最終的な意見)

の8章のうち序章・最終章を除き「概説(明記されませんが)」「Discussions(論争事項)」「Conclusions and Recommendations(結論及び推奨事項)」「The OEWG Recommends(OEWG推奨事項)」で構成され、またGGE会合の流れを汲む形で国際法についてNorms(以下「規範」)等に先んじて論じている事です。

 

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※上述したOEWG最終報告書では「Discussions」部分は削除され、また規範は国際法に先んじる形で記載されました。なお削除された「Discussions」部分の一部は議長サマリーに転記されています。

https://front.un-arm.org/wp-content/uploads/2021/03/Chairs-Summary-A-AC.290-2021-CRP.3-technical-reissue.pdf

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特にゼロ草稿の第13項では

”13. The OEWG underscores that the individual elements comprising its mandate are interrelated and mutually reinforcing, and together promote an open, secure, stable, accessible and peaceful ICT environment. International law provides a framework for State actions, and norms further define expectations of responsible State behaviour. Measures that build confidence and capacity reinforce adherence to international law, encourage the operationalization of norms, provide opportunities for enhanced cooperation between States, and empower each State to reap the benefits of ICTs for their societies and economies”

 

>13. OEWG はその使命を構成する個々の要素が相互に関連し、相互に補強し、オープンで安全、安定、アクセス可能で平和な ICT 環境を共に促進することを強調する。 国際法は国家の行動の枠組みを提供し、規範は責任ある国家の行動の期待をさらに定義します。 信頼醸成とキャパシティビルディングの措置は国際法の順守を強化し、規範の運用化を促進し、国家間の協力を強化する機会を提供し、各国家が社会と経済にICTの恩恵を享受できるようにする

 と論じており、サイバーセキュリティにおける国際法適用に苦慮したGGE陣営の方針を形なりとも引き継ぐ形となっております。このゼロ草稿について日本側は特に

 

www.un.emb-japan.go.jp

'Japan also supports paragraph 13, which states that international law is an essential framework for “Norms, Rules and Principles”, “Confidence Building Measures” and “Capacity-Building” that are essential for stability in cyberspace'

 

>国際法がサイバー空間の安定に不可欠な「規範・ルール・原則」「信頼醸成措置」「キャパシティビルディング」に不可欠な枠組みであると述べた第13項を日本は支持する

 と記し、また加盟国すべての意見を反映した今草稿を最終報告書のひな型として満足のいく出来であった、と評価しています。

 

このように第13項に代表される、国際法を規範・信頼醸成措置・キャパシティビルディングの要と考える立場は

が表明した具体的に表明したほか、

のように国際法を規範の前に置く立場に賛意を表明する国も見受けられます。

 

一方で、規範を国際法の前に置くべきという考え方は

側からなされていますが、彼らはともに国連決議73/27をその根拠としています。またそれ以外ではキューバベネズエラ等、国際法及び国連憲章・国連人道法の適用に反対もしくは慎重な立場を唱える国家も見受けられます。

 

 ただし、第13章の存在およびその内容への反対を唱えた訳ではありませんでした。

 

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※恐らくこの国連決議73/27が上記の根拠となるのは、第5章の

"(前略)as a priority, to further develop the rules, norms and principles of responsible behaviour of States listed in paragraph 1 above, and the ways for their implementation; if necessary, (後略)"

 

>(前略)優先事項として、上記のパラグラフ1にリストされている国の責任ある行動の規則、規範、原則、およびそれらの実施方法をさらに発展させること。 必要に応じて(後略)

の一節と思われます。

 

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②ロシア修正草案(2021/02/18)と第一草案(2021/03/01)

……この状況をひっくり返した、つまり両陣営参加各国の議論をもとにOEWGが作成したゼロ草稿を却下し、新たな自国草案を示したのがロシアでした。

”Despite these serious drawbacks of the draft report, Russia is ready to engage in negotiating this document in a constructive manner. We have already submitted our detailed comments and amendments to the Chair, and I would like to kindly reiterate Russia’s request to publish them at the OEWG page of the official UN website

 https://front.un-arm.org/wp-content/uploads/2021/02/Russian-Federation-statement-at-informal-OEWG-session-18.02.2021.pdf

 

2021/02/18のロシアのステートメントと共に、このタイミングで確認出来るよう事前に国連ウェブサイト上に準備されていたロシア案は、加盟国のコンセンサスを得られず終了した2017年GGE会合を反面教師とし

  • 最終報告書をコンセンサスの結果とするため、レポートから論争部分を削除
  • 参加国のコンセンサスを得られないとし、国際法に関する進行中の議論を削除
  • OEWG会合の第一義を規範の発展として、この点を強調

……平たく言えば参加国の一国としての提案範囲を逸脱する、ゼロ草稿を完全な作り替えをOEWG議事に求めるものでした。

https://front.un-arm.org/wp-content/uploads/2021/02/RF-Revised-consensus-aimed-OEWG-draft-report-ENG.pdf

 

ロシア案では日本が特に強く評価した第13項も完全に削除されております。この点も

"4) According to the UNGA resolution 73/27 that established the existing OEWG, its mandate prioritizes further development of rules, norms and principles of responsible State behaviour in information space. Nevertheless, the relevant section of the zero draft report looks rather scarce and is limited to operationalizing the 11 norms from the 2015 GGE report. It is imposed that they are sufficient for ensuring security of the ICT-sphere. Proposals of a number of States to include new norms in the main draft text were basically ignored. Instead, they were listed in a separate unofficial document (non-paper) without any specified status and purpose, which undermines the significance of the States’ efforts in this area [for example, in items 13, 50, 51, 54]"

https://front.un-arm.org/wp-content/uploads/2021/02/Russian-commentary-on-the-OEWG-zero-draft-report-ENG.pdf

 

……文面上は国際法と規範、信頼醸成措置やキャパシティビルディングの関連性を述べたものであるにも関わらず、規範を強調するOEWGに相応しくないという名目で削除された訳です。

 

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 ……およそこのロシア修正案を受け、2021/03/01の第一草案ではDiscussions部分を文書後方にまとめるなどの修正が行われました。

https://front.un-arm.org/wp-content/uploads/2021/03/210301-First-Draft.pdf

 

この時点では第13項の削除や国際法が規範に先んじる構造の修正こそ行われませんでしたが、例えば国際法に関する記述で

38. States also reaffirmed the importance of the settlement of disputes by peaceful
means such as negotiation, enquiry, mediation, conciliation, arbitration, judicial
settlement, and resort to regional agencies or arrangements”

 
>38. 各国はまた、交渉、照会、調停、調停、仲裁、司法的解決、地域機関や取り決めなどの平和的手段による紛争の解決の重要性を再確認した

に相当する部分が、

”24. Specific principles of the UN Charter which were reaffirmed include, among others, State sovereignty; sovereign equality; the settlement of international disputes by peaceful means in such a manner that international peace and security and justice are not endangered; refraining in their international relations from the threat or use of force against the territorial integrity or political independence of any State, or in any other manner inconsistent with the purposes of the United Nations; respect for human rights and fundamental freedoms; and non-intervention in the internal affairs of other States”

 

 >24. 再確認された国連憲章の特定の原則には以下のものが含まれる。とりわけ国家主権。主権の平等。国際の平和と安全と正義が危険にさらされないように、平和的手段による国際紛争の解決。国際関係において、いずれかの国の領土保全または政治的独立に対する脅迫または武力の使用を控え、また国連の目的と矛盾するその他の方法での武力の使用を控えること。人権と基本的自由の尊重。他国への内政不干渉。

 

と変更され、また 「既存及び潜在的な脅威」のうち国際法の役割についての一節も

20. States also agreed that any use of ICTs by States in a manner inconsistent with
their Charter commitment to live together in peace with one another as good
neighbours, as well as with their other obligations under international law,
undermines trust and stability between States, which may increase the risk of
misperception and the likelihood of future conflicts between States.

 

20. また良き隣人として互いに平和に共存するという国連憲章の公約、および国際法に基づくその他の義務に反する方法での国家によるICTの使用が、国家間の信頼と安定を損なうことを通じて、各国間の誤解のリスクと将来の紛争の可能性を高めることに各国は同意した。 

から

”17. States also agreed that any use of ICTs by States in a manner inconsistent with their obligations under international law undermines international peace and security, trust and stability between States, and may increase the likelihood of future conflicts between States”

 

>17. 国家はまた、国家による国際法に基づく義務に反する方法でのICTの使用は、国際の平和と安全、国家間の信頼と安定を損ない、国家間の将来の紛争の可能性を増大させる可能性があることに同意した

 

 国連憲章についての記述を削除しただけでなく、「国際法および憲章」が「規範(第30項)」「信頼醸成措置(第39項)」と並び各国間の誤解(” misperception")を軽減させる機能を有している旨の記述を削除するなど、ロシア修正案の意向に沿うものへと少しずつ変更されています。

 

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③OEWG最終報告書(2021/03/10)

そして日本ほか各国からの第一草案への反対意見にもかかわらず、更に

  • 第13項の削除
  • 規範を国際法に先駆ける形への構成順位変更

を中心としたロシア修正案の要旨をほぼ完全に受け入れた形で、最終報告書は纏められました。

 

 ……この最終報告書の特徴については、Final Observationの第80項をご覧ください。

80. Throughout the OEWG process, States participated consistently and actively, resulting in an extremely rich exchange of views. Part of the value of this exchange is that diverse perspectives, new ideas and important proposals were put forward even though they were not necessarily agreed by all States, including the possibility of additional legally binding obligations. The diverse perspectives are reflected in the attached Chair’s Summary of the discussions and specific language proposals under agenda item “Rules, norms and principles”. These perspectives should be further considered in future UN processes, including in the Open-Ended Working Group established pursuant to General Assembly resolution 75/240 

 

80. OEWG プロセス全体を通じて、各国は一貫して積極的に参加し、非常に豊富な意見交換が行われました。 この交換の価値の一部は、追加の法的拘束力のある義務の可能性を含め、すべての国によって必ずしも同意されたわけではありませんが、多様な視点、新しいアイデア、および重要な提案が提出されたことです。 多様な視点は、添付の議長による議論の要約と、議題項目「規則、規範および原則」の下の特定の言語提案に反映されています。 これらの視点は総会決議 75/240 に従って設立されたOEWGを含む、将来の国連プロセスでさらに検討されるべきです

 

……「すべての国によって必ずしも同意されたわけではありません」という、コンセンサスを得た報告書と見做し難い一節には、このOEWG会合の本質が表れていると思われます。 

「自発的で拘束力のない規範は、国際法の下での既存の義務を強化・補完します。これらの要素は両方とも、国際安全保障の文脈での国家による ICT の使用に関する行動の期待を定義します」という言葉を軸にサイバーセキュリティに関する国際的融和を提唱したゼロ草案及び第一草案と比較して、2021-2025年の新OEWGで一部の国の主張に基づく主題(国連決議に基づく、追加の法的拘束力のある義務の採択)の議論を行う旨推奨する、ロシア草案の末言に近いものとなっているのです。

 

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一方コンセンサスという名目上流石に限界があったためか、最終報告書からはロシア・中国側の要望であった2015年版international code of conduct for information security(情報セキュリティに関する国際行動規範)とその更なる議論についての記述も削除されたことも、最終報告書の公平性を期す意味で記しておきます。

 

※この上海協力機構諸国による国際行動規範の特徴や問題点、特に国際人権法やプライバシーに関する問題については下記記事の International human rights law revisionism項以下の文章が分かりやすいでしょう。

citizenlab.ca

 

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……まあ、今回の文章はあくまでOEWG最終報告書の採択経緯の話であり、各国提案の詳細や良し悪しについては原則触れませんし、日本の意見も本論の方で触れようと思います。

 

ただ、ここではOEWG及びその陣営が報告書作成に際して誇示した「コンセンサス」という言葉について記すことで、締めの文章に代えさせて頂きます。

 

circleforward.us

本論の文章でサイバー犯罪に関する国連決議74/247がコンセンサス方式を採らなかったという Global Initiative記事を紹介する予定ですが、今回のOEWGも第80項が示す通りコンセンサスが採られたものではありません。

 

自らを含む数か国が反対する議題を「コンセンサスが得られていない」と報告書から削除しつつ、一方でコンセンサスを得ない自らの意見を反映させた報告書の早急な採択を参加国に要請する。

まあ日本でもこれをコンセンサスと記すビジネス書が多いのですが……これは明らかにコンセンサスではなくコンセント、あるいはNon-Objectionと呼ばれる議論展開方式です。 そしてこの方式が多数決方式を採択した国連決議74/247同様、本来Inclusiveな会合を無意味なものにしたことは忘れてはならないでしょう。

OEWGの大義名分は「有志国会合であったGGE体制を見直し、よりInclusiveな意見反映を目指す」ことであったはずですが……