安倍政権最後の外交:京都コングレスとサイバー司法

2021/05/24訂正:最下段の一節について、IEG→国連総会決議74/247に訂正いたします。最下段の一節は同決議およびIEGの活動を引き継いだと称するサイバー犯罪アドホック委員会に関係するものです。

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はじめに

 2ヵ月以上のご無沙汰となりますが、少しずつ文章を書いていこうと思います。

ちなみにスマホは完全に壊れました。新しい環境でのブログという事、またますます悪化する文章書けない病もあり、今回の文章にひと月かかってしまいました…

 

とりあえずひと月前の話で恐縮ですが……今回は2021年3月に行われた京都コングレス、特にほかで殆ど取り上げられなかった京都宣言の内容から派生する話になります。

 

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なお今回の記事は、京都宣言を安倍元首相時代の外交の一環と捉える一連の文章の一部となっております。目次と概要を作成いたしましたので、もし宜しければこちらをご覧ください。

tenttytt.hatenablog.com

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 1. 京都宣言

1-1. 京都コングレス及び京都宣言までの背景

  2021年3月7~12日、第14回国連犯罪防止刑事司法会議(以下「京都コングレス」)が京都で開催されました。このコングレスは5年に一度開催される犯罪防止・刑事司法分野における国連最大の会議となっています。

www.moj.go.jp

 

 各メディアでは国際女性デーに関連する話題 - 大阪日日新聞あるいは保護司の国際展開のようなわかりやすい話 - 産経ニュースばかりがクローズアップされたイベントでしたが、このコングレスは専門家の議論と知見の共有、また各国が今後5年間優先して取り組むべき方策を取りまとめた「政治宣言」の採択を主な目的としています。

 

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*上記コングレスの概要については京都コングレス HPの第2・第3パラグラフからの流用ですが、個人的観点のもと表現を変更しています。

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もともと2020年4月に開催予定だった当会合ですが、コロナの影響を受け約1年の延期を余儀なくされました。つまり京都コングレスは2019年6月のG20サミット・8月のTICADアフリカ開発会議)7に続く、本来であれば安倍政権下での最後の国際会合として準備されていたものだったわけです。

 

今回は、この京都コングレスを安倍外交の締めくくりという観点から(実際には自分の力不足により当コングレスがどれだけ安倍政権の性格を受け継いだものかは図りかねるのですが)捉え、またその観点から本来は当コングレスでもう少し深く掘り下げられるものだったであろうサイバー犯罪に関する司法外交についてを文章化してみようと思います。

 

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※京都コングレスの主題について、主催者側より”SDGs”と”法の支配”をクローズアップする | SDGs CONNECT HP旨のアナウンスがありましたが、前者についてはもともと前回2015年のドーハコングレスの際に(当時はSDGsではなく”ポスト2015年開発アジェンダ”として)言及されたものであり、今回はその再確認を行った形だといえるのではないかと。サイドイベントの議題としてはともかく、京都宣言の核心的な特徴とは言い難いでしょう。

 

また京都コングレスを中核イベントとする安倍政権下での司法外交の展開案については、2017年6月に自民党司法制度調査会が提言した5方針8戦略がありましたが

www.jimin.jp

……こういう政治家目線の夢見がちな司法外交戦略とは全く異なる次元に、コングレスの核心は存在すると思います。

 

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さて上述した通り、京都コングレスを含む国連犯罪防止刑事司法会議の中心トピックは参加国全会一致による「政治宣言」の採択とされています。

その後の犯罪防止・刑事司法方針の国際指標となるこの「政治宣言」は性質上、前回の政治宣言を踏襲・発展させた形のものとされ、また宣言採用に関する参加国間の意見調整はコングレス開会までに終了しているのが慣例となっています。

www.moj.go.jp

和訳http://www.moj.go.jp/KYOTOCONGRESS2020/programme/download/meeting02.pdf

原文http://www.moj.go.jp/KYOTOCONGRESS2020/programme/download/meeting01.pdf

 

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この京都宣言採用までの流れ、言い換えれば宣言の文言に関する参加国間の論争について、Global Initiative against Transnational Organaized Crime(以下”GI-TOC”。組織犯罪に関する法執行機関や専門家等が参加するジュネーブ市民社会組織)が記事にまとめています。

globalinitiative.net

 

 

こちらの”Areas of disagreement”の章で

"However, it is striking that there remain more numerous areas of disagreement in the draft text. Although it is not unusual to find dissonance in negotiations of this kind, it is unusual that there are fundamental issues on which there is not yet consensus."

>しかし草稿には意見の相違に関する、より多くの領域が残っているのは明らかです。この種の交渉で不協和音を見つけることは珍しいことではありませんが、まだコンセンサスの得られていない根本的な問題があることは珍しいことです。

と記している通り、また上記京都コングレスHP上は3/7(開会時点)とされる京都宣言のHP公開が実際には3/12(最終日)であった事からも想定される通り、参加国間の意見の隔たりは大きいものであったと思われます。

 

なお GI-TOC記事では16に及ぶ具体的な論点を抜き出していますが 、各国の実際の意見書が殆どネット上で確認できない事もあり内容については深くは触れません。争点となる文言が京都宣言で採用されたかについては、興味のある方は宣言英訳からサーチしてみてはいかがでしょうか。

 

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1-2. 従来の宣言と比較する、京都宣言の特徴について

各国の論点と京都宣言への反映について触れなかったのは、各国の生の意見を調べることが困難だったからだけではありません。

この点にクローズアップすれば、犯罪・司法の各論点に関する日本の立場を確認することは可能でしょう。以前大阪トラックではこの方法で掘り下げを謀りましたし、後日掲載予定の第2章でもこの方法を使う予定です。

しかし私が考えたいのはあくまで犯罪・司法を通じて日本が展開した「外交」の性質を垣間見ることです。コングレスで扱う論点は国際司法上の論点は膨大かつ日本の立場に一貫性を見出し難く、大阪トラックのような一点突破を謀ることが難しいのです。

 

そこで前回2015年のドーハ宣言との差異、特に「世界各国が何を中心軸に自らの司法論理を考えていくべきか」についての京都宣言の特徴を拾っていこうと思います。この部分には司法などの専門的論争を越えて主催国日本の外交の性質、理想とする国際観が浮き出てくると考えられるからです。

 

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2015年ドーハ宣言和訳(法務省HP)http://www.moj.go.jp/content/001292336.pdf

同原文(国連HP)https://www.un.org/ga/search/view_doc.asp?symbol=A/CONF.222/L.6 

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このような考え方から京都宣言の特徴を列挙すると、下記のような所でしょうか。

 

①現状に関する深い憂慮(deep concern: 第1章及び第2章)

②犯罪防止戦略と政策策定の主要な役割と責任は国家政府に帰属(第9章)

③多面的(multidimensional: 第4章 及びmultidisciplinary: 第10章)単語使用

④必要・適切(as appropriate:  第10・41・46・74・81・88章)の広範かつ慎重な使用

⑤犯罪防止刑事司法委員会(CCPCJ|国連広報センターHP: 第11章)の中心的役割

⑥多国間(multilateral: 第15及び17章)の無制限使用

⑦国家の主権平等・領土保全原則に加え、他国の内政不干渉原則尊重(第19章)

⑧国連被拘禁者処遇最低基準規則等(第35・36・45章)の各国実務への反映と手続確立

⑨北京ルールズ適用に際し、少年(juvenile: 第45章)という単語の採用

⑩国際的義務(international obligation: 第67・76・82章。例外第20章)の控えめな表現

⑪サイバー犯罪への対処の具体性排除(第93~95章)

 

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このうち①については、多様性・国際性といった新しい性格の犯罪への憂慮を宣言冒頭部に盛り込まないドーハ宣言の方が特殊であったと思われます。特に国政刑事司法上の課題をSDGsへ統合させようとする2015年の風潮では、国連主導での解決の可能性を楽観的に考えていたのかも知れません。

 

※ちなみに前々回2010年のブラジル・サルバドール宣言では宣言序文に「大いに憂慮」と記しています。

和訳https://www.unafei.or.jp/activities/pdf/other/Salvador%20Declaration.pdf

原文https://www.unodc.org/documents/crime-congress/12th-Crime-Congress/Documents/Salvador_Declaration/Salvador_Declaration_E.pdf

 

 また⑨Juvenile表現の採用についても、この用語を用いた"少年司法運営に関する国連最低基準規則(北京ルールズ)"についてドーハ宣言がはっきり言及していない(2010サルバドール宣言では原文26章の備考にて言及あり)ことが原因と思われます。

北京ルールズではこのJuvenile

>各国の法制度の下で犯罪のゆえに成人とは異なる仕方で扱われることのある児童(child)もしくは青少年(young person)

http://www.kodomo-hou21.net/_action/giffiles/Beijing_Rules.pdf

と定義しております。

 

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③の多面的、multidimentional/multidisciplinaryに対応する文節は、主にドーハ宣言でのinclusive(包摂・包括的)という言葉から置き換えられたようです(第3・4章)。逆にドーハ宣言で多用されたinclusiveという表現は、京都宣言では表題を含む、ドーハ宣言での採択事項を踏襲する数文節に限られています。

 

 このinclusiveという言葉、近年使われてる用例から意味をざっくり言えば

  • exclusiveの対義語として「排他的でない」こと
  • diversity(多様性)との違いを強調し「多様な個人の思い・特性を尊重し活かす」こと

といった所でしょうか。京都宣言での変更は極論すれば、多様な国家の思いを取り入れることを大前提としたドーハ宣言とは異なり、それら思惑をただ意見・視点の一つとして受け入れるに留める、という意識の表れだったのではないかと思われます。

2015年当時の包摂性重視の姿勢が広範な国際的不理解を生んだことを鑑み、各国対立の収束点を見つけるための「多面的」アプローチへと移行したのでしょう。

 

各国対立の収束点を見つける、という意味で顕著なものに⑦内政不干渉がありますが、これは人間の安全保障 : 内閣府HPなど法の支配の国際的発展を取り上げる際に幾度となく各国の対立を招き続けたものであり、京都宣言に際しても上記GI-TOCの4番目の対立点として言及されている通りです。

ドーハ宣言では第5章で個人の平等論に留まり、人間の安全保障と内政不干渉を棲み分ける伝統的手法を採ったこの問題に、京都宣言があえて踏み込んだ理由について次の章で触れようと思います。

 

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1-3. 京都宣言の外交性と、国連フォーラムとの立ち位置

残りの論点について、ドーハ宣言における

 

②犯罪防止戦略と政策策定の役割帰属を、広範囲な「我々」と定義(第10章)

④洗浄資金追及など、犯罪防止への国際協力を中心としたas appropriateの使用

⑤コングレス等で検討した事項の要請相手としてのCCPCJの扱い(第2・6・8・9章)

⑥多国間(multilateral)の「④適当な場合には(as appropriate)」という限定使用

⑧国連最低基準規則などに各国が「従う」前提の改善制度要請(第5章)

⑩京都宣言でも踏襲された国際法上の義務(obligation under international law)のみ

 

 これらの態度から比較すると、京都宣言の重要な特徴は

  • 国家の最高責任、またCCPCJなど国連機関や国際規則の地位を改めて定義
  • 国連会合を包摂の場ではなく、橋頭保となる規則の設定の場と定義
  • 国内法を尊重した上で、国連規則との具体的すり合わせ方法の提示

…これまでの政治宣言は、コングレスに集結した国家や専門家が一方的に主張し、自らの見解に国連機関や各国への実施を要請するだけのものだったのに対し、京都宣言では国家及び国内法と国連機関及び国際規則の双方を尊重、両者の隔たりの存在自体を肯定した上で「どの地点まですり合わせを図るべきか」を提示していることだと言えるでしょう。

 

被拘禁者処遇基準規則に関する各種ルールについてそれぞれ収束点を変え、慎重にas appropriateを使うなど細かな調整を行った結果、既存の政治宣言及び国際規則と各国国内法の間合いの再確認を試みたのが京都宣言の特徴と考えられるわけです。

 

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京都コングレスが表向き掲げた全体テーマ、SDGs目標16 (SDGsジャーナルHP)達成に向けた犯罪防止・刑事司法及び法の支配の推進を盛り込み、ただ参加国の反対をすり抜けて政治宣言を採択させたいのであれば、このようなギリギリの論点を各国に突き付けたりはしないでしょう。

ドーハ宣言やサルバドール宣言、あるいはそれ以前の政治宣言のように刑事司法の専門性や人権の平等性、更には事務総長が主導した国連行動計画の無謬性に逃げ込み、あとは国連機関などに自らの意見を放り投げれば済むことです。

専門家会合というコングレスの伝統的一面から考えれば、また包摂的に各国の意向を飲み込むドーハ宣言からの流れを考えれば、従来のこの流れは当然の帰結ではあります。そして宣言で取り上げたビジョンが包摂的なものであるほど、また国連機関でも扱いきれない位広大であるほど、専門家たちは喜んだのではないでしょうか。

 

しかし京都宣言では目新しいビジョンを提示する代わりに、法的拘束力を持たない国連規則・準則や国際的義務と国内法の向き合い方を「最高決定機関である各当事国に」提示しました。議題一つ一つに当事国の実情と向き合い、従来の政治宣言にわずかでも実効性を持たせるための多面的アプローチを粘り強く行った結果と言えるでしょう。

 

この収束点の攻防の結果報告書と言える京都宣言は、その意味で国際司法というより最高決定機関である参加国すべての政府と日本政府の外交宣言と見做し得る訳です。

 

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同時に、非合意的な国連規則が当事国全てに波及する国際規範たりえる理由は当事国の国政レベルでのすり合わせによるものであって、国連フォーラムの場などで新たな国際規範を検討することそれ自体ではない……という日本側の見解も含んでいると考えられます。

たとえば国連のフォーラムにより見かけ上インクルーシブな意思決定を行ったと公言しても、それ自体は当事国の実情を反映したものではないのです。

 

特に国政に携わらない専門家、あるいは国政事情を反映させようとする特定国家代表の手による、以前の規範をもとに築いた国政上の収束点を突き崩す新たなルール作りへの日本側の懸念の表れなのではないか……と思われるのです。

 

そしてその特徴は、⑪京都宣言がサイバー犯罪排除に関しては具体的な内容をほとんど記載しなかった(第93・95章)ところにも表れています。

 

 

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1-4.第2章のプロローグとしてのG77+中国の意見書

さてこの疑問に関連する話なのですが、先ほど「殆ど見つけられなかった」と記した京都宣言に対する各国の生の意見について、唯一発見できたのが下記のG77(G77ホームページ)+Chinaによる意見書です。 

 https://www.unodc.org/documents/congress/01_Statements_HLS/7Mar/G77_and_China.pdf(UNODCホームページより) 

 

GI-TOCの記事と異なり京都宣言に対するネガティブな記載が殆ど存在しないことから、恐らくは意見の調整に目途のついた終盤での中国+発展途上国連合の意見書だと思われますが、その第13章のみ京都宣言で全く触れなかった問題について記されています。

”13. The Group recognizes the complex nature of cybercrime and will continue to actively participate in the implementation of UN GA Resolution 74/247 on elaboration of a comprehensive international convention on countering the use of information and communication technologies for criminal purposes within the framework of the United Nations, taking into full consideration existing national, regional and international instruments and efforts at the national, regional and international levels on combating the use of information and communication technologies for criminal purposes, in particular the work and outcomes of the Open Ended Intergovernmental Expert Group to conduct a comprehensive study on cybercrime.
We support the elaboration of a convention that takes into account, inter alia, the concerns and interests of all Member States, in particular developing countries.”

 

>13.当グループは、サイバー犯罪の複雑な性質を認識しており、犯罪目的での情報通信技術の使用に対抗するための包括的な国際条約の作成に関する国連総会決議74/247の実施に、国連の枠組みの中で引き続き積極的に参加します。その際には国内、地域、および国際レベルそれぞれに対応した、犯罪目的での情報通信技術の使用に対する既存の手段と取り組み、また特にサイバー犯罪に関する包括的な研究を実施するためのオープンエンドの政府間専門家グループの作業と成果を極力考慮いたします。
我々はすべての加盟国、特に発展途上国の懸念と利益を考慮に入れた条約の作成を支援します。

 

 こちらで言及された「国連総会決議74/247」、また「サイバー犯罪に関する包括的な研究を実施するためのオープンエンドの政府間専門グループ(通称IEG)」とも、ドーハ・サルバドール両宣言におけるサイバー犯罪に関する国際的取り組みについてのものです。

ドーハ宣言では第9章(b)、サルバドール宣言では第41・42章で記載されている、これら現在進行中のサイバー犯罪に関する国際的取り組みの記述が、京都宣言では見当たらないのです。

最初の方に記した通り、政治宣言は前回宣言の内容を原則的に踏襲することを慣例としている……特に京都宣言は従来宣言の再確認の色彩を強く帯びているにもかかわらず、です。

 

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次回第2章では、既存の国際的取り組みと各国国内法との収束を論じてきたはずの京都宣言がこのサイバー司法関係についてのみ言及を避けた理由、また上記IEG国連総会決議74/247(2021/05/24訂正)を含むサイバー司法上の国際的対立と日本の立ち位置などの推論を通じて、日本の……おそらくは安倍首相のレガシーとしての司法外交の性格を確認していこうと思います。

 

恐らく忘れたころに、いつのまにか更新されていると思います。