小ネタ:アフガニスタンに関する雑感……国家承認・ウイグル・和平合意の内容・物流回廊

2021/08/15、タリバンアフガニスタン首都カブールを占拠してから数日が経過しました。実際のところアフガニスタン関連は興味の対象外でもあり、自分の意見をまとめることも出来ないのですが、雑感を少々。

 

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1.タリバン政権の国家承認について

 

既にタリバンが首都カブールを占領、ガニ大統領も政権移譲を了承した現在、次に問題になるのはタリバン政権の国際的な承認でしょう。

 

2021/08/18現在、タリバン政権の承認についてはEUが英国が人道援助の継続を視野に入れるも承認は別の話、と現状保留の立場であるのに続き、英国が単独国での承認を控えるよう各国に要請、またカナダが西側主要国として初めて「政府として承認する予定はない」と承認否定の立場を明らかにしています。

www.asahi.com

 現在アメリカの対応について、一部海外メディアでは

”US will recognize a Taliban government if it respects women rights, shuns extremism”
『米国は女性の権利を尊重し、過激主義を避けるならば、タリバン政府を認めるだろう』という表題の記事が出回っていますが、これらの記事の元となったNed Price報道官の会見内容 - Rev(12:03)を読めば、実際には『女性の権利を尊重し、過激主義を避けない限り、タリバン政府を認めない』という意味の発言を曲解したもののようです。

 

一方、色々と噂される中国は現時点では国家承認を公言しておらず、イランも沈黙。ロシア-teleSUR紙パキスタン-Daily Times紙も現状単独での承認を保留しています。ただしパキスタン今までのタリバン評を旧アフガン政権によるフェイクと論じクレシ外相が中国への共同承認を呼びかける- DAWN紙など、中国との共同承認のタイミングを待っている状態と思われます。中国側も同様でしょう。

 

なお現時点で日本政府としては、

www.kantei.go.jp

茂木外相が中東外遊中、諸国との意見交換に追われる外務省に代わり、菅首相が08/16、08/17と連日コメントしています。当会見で唯一アフガン情勢の質問を投げかけたのが海外記者だったという馬鹿馬鹿しさはともかく……本音で、国家承認の判断は難しいでしょうね。 

 

自国を守るべきであったガニ大統領が逃亡の上、政権移譲を承認までしてしまった訳ですから、国際秩序をひっくり返したタリバン政権を承認するか、タリバン政権が評議会による統治方針を翻し- DAWN紙自ら首長選挙を促す名目で対立姿勢をとるか、はたまた暫定大統領を宣言したサレー第1副大統領 - SankeiBiz支持にでも回るのか。

……私にはその程度しか思い浮かびません。 

そして何より、国際協調を唱えても結局各国自らの国際秩序感に則り、判断が分かれるでしょうし……

 

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2.中国-タリバン会談におけるウイグルの扱いと、アメリカ-タリバン和平文書の現実

 

ところで、タリバンアフガニスタン掌握の過程については下記のNHKニュースが詳しいですが

www3.nhk.or.jp

 

タリバンが「今月に入って次々と州都を制圧してい」く直前2021/07/28のトピックとして、このNHK記事に記載されていない中国とタリバンの会談を加えておきます。

まあ周知のことでしょう。

edition.cnn.com

王毅外相はまた、彼が「国際テロ組織」と呼んだ東トルキスタン・イスラム運動(ETIM - 注:BBC News)に言及し、タリバンは地域の安定を促進するためにグループとの「すべての関係を完全に断ち切るべきだ」と述べた

いわゆる一般的な支援の話とは別に……タリバンはテロ支援組織と一線を画する「同国の『平和、和解、復興プロセス』において重要な役割を果たす」軍事・政治組織であり、また従来の国際テロ組織から脱皮するため新疆ウイグル勢力の側にそのレッテルを押し付けるべきである……そういう意図をもって協力を宣言していた訳です。

ウイグル勢力の国際的活動が地元テロ活動と結びつき国家秩序の安定を脅かしている、とアフリカ諸国に説いたなつかしの手法そのものです。

『安全保障の発展』の項参照-アジア経済研究所

 

 とはいえ実際に望んでいたのは、アフガニスタン掌握に手間取り悪役の立場を維持したタリバンウイグルを併置させることで「ウイグルタリバン同様テロ組織の温床である」という評判を立てることであったと思われます。

実際にタリバンと中国が協力したことでアフガニスタンが陥落したことは周知の事項であるうえ、共同でウイグル勢力の排斥まで実行してしまったら、国際テロならぬジェノサイド組織のレッテルはウイグルではなく中国のものとなってしまうからです。

 

……まあ結局カブール占領をアメリカへの情報攻撃に活用するに留まらず、自ら国家承認を行ってしまった時点で、タリバンとの癒着は勿論タリバンによるウイグル組織構成者への行動が、そのまま中国への評価につながるのですが……

 

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なお、巷で囁かれる「2020年当時、トランプ前大統領が行った和平合意は『条件付き撤退だった』」という説については

wedge.ismedia.jp

残念ながら実際の合意文書を読む限り、そのような判断を残し得る文章ではなく、逆にタリバンが禁じられたのはアルカイダ等との連携に過ぎず、自らアフガニスタン政府軍と戦ったり占領したりすることすら禁じていない(slate紙)不備の多い内容であったことも示しています。

https://s3.documentcloud.org/documents/6790279/US-Taliban-Agreement.pdf

 

 

……この合意に関し、以前の自分の文章で扱っておりながら、まともに内容精査を行っていなかったことを改めて反省しております。 

tenttytt.hatenablog.com

 

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3.アフガン-中央アジア物流回廊と、陸のFOIPの敗北

 

 さて、アフガニスタン関連の議論はその地区の専門家による意見が出るであろう……という事で、今後あまり出てこないと思われる視点からの話をしようと思います。上述した自分の文章またその前の文章でもわずかに触れた、アフガニスタンへの鉄道輸送の話です。

 

画像の張り方が分からないので、以下の文章は皆さまにアフガニスタン周辺の世界地図を開きながらお読みいただければ幸いなのですが……

 

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www.business-standard.com

〉「交通、道路、税関、領事問題を調和させるための議定書を完成させることが合意された...チャバハール港を普及させるために、アフガニスタンとインドでプロモーションとビジネスイベントを組織することに合意した」とイラン外務省は金曜日に述べた

 

2020年初当時、イラン-インド関係の視点からクローズアップしたイラン東部湾岸都市チャーバハール港の開発プロジェクト……敵対国家パキスタンへのけん制、更にアフガニスタン経由で中央アジア・ロシアとの陸上交易の橋頭保とする長期計画も視野に入れたインド主導のプロジェクトですが……

 

アメリカ-アフガニスタン視点の文脈で述べると、この開発自体はイランのチャーバハール港から北進しアフガニスタン国境に近い街ザヘダンとを結ぶ鉄道敷設を目的とした、周囲を非西側諸国に囲まれているアフガニスタンへの物流支援プロジェクトでした。

イランへの経済制裁に特例措置を与えるというギャンブルの要素はあるため、米国側にはかなりの躊躇いが見られたのですが、この鉄道敷設によりインドのアフガニスタン関与をさらに強めさせる目的があった、と考えて良いでしょう。実際インド支援により建設された606号線がザヘダンの200kmほど北部、アフガニスタン国境の町ザランジから南部中央までをつないでいます。

mrunal.org

 

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更にアメリカはこのチャーバハール-ザヘダン間の輸送だけでなく

www.state.gov

>米国、アフガニスタンパキスタンウズベキスタンの代表は、地域の接続性の強化に焦点を当てた新しい四国間外交プラットフォームを設立することに原則的に合意した。両当事者は、アフガニスタンにおける長期的な平和と安定を地域のつながりにとって極めて重要と考え、平和と地域のつながりが相互に強化されていることを合意する。繁栄する地域間貿易ルートを開く歴史的機会を認識し、両当事者は協力して貿易を拡大し、トランジットリンクを構築し、企業間関係を強化するつもりです

パキスタン側からアフガニスタンを経由し中央アジアウズベキスタンへと続く物流連携、つまり非西側陣営のイラン・パキスタン両国を天秤にかける形で、2つ目のアフガニスタン経由の物流回廊を構築する計画も立てていました。

特に今月政権が変わったイランに対しては核合意を不安視する話-Iran International紙もありますし、パキスタンが様々な機会を練っていたことは上述した内容からも明らかでしょう。どちらも危険でありながら、アメリカは戦略的に彼らの理性に賭けざるを得なかった訳です。

 

一般的にこの両物流回廊は、アフガニスタンの安定と近隣国の支援を主目的として計画されたと解釈されています。しかしこの回廊は地図上からも、またアメリカが2つ目の回廊計画に新たにQUADの名を関したことからも、中央アジアからインド洋まで中国北西部を覆う形の国家連携まで視野に入れていたと考えられます。

もちろん日米豪印のQUAD同様、中国からの武力及び債務による圧力を視野に入れたものでしょう。

 

しかしそれは現在、拠点となるアフガニスタンの現状により水泡に帰そうとしています。

 

特にインドは物流回廊のためアフガニスタンの安定に奔走し、和平協定後も米国・アフガニスタン政府-CNBC攻勢直前のタリバン-Al Jazeeraとすら交渉を行い、アフガニスタンの安定に努めました。その努力もむなしく、チャバハール港の投資回収はもちろん制裁中のイランに投資を行う大義名分まで失おうとしています。

元々中国・パキスタンは除外するとして、西側諸国とイラン・ロシア等非西側諸国とのバランスを忘れなかったインドとしては、タリバン政権の国家認定を含めて判断が難しくなった現状と言えるでしょう。

 

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さて、この中央アジアの物流回廊には日本の外交もかかわっています。

www.mofa.go.jp

 

2019/05/17、河野元外相は第7回「中央アジア+日本」外相会談に際し、中央アジア4か国のメディアにほぼ同一内容の文章を寄稿しました

>(前略)私たちは,21世紀のこの地域が,西はカスピ海コーカサス地域を経て欧州につながり,東はアジア,南はインド洋に連結する,ユーラシアの新しい回廊となり,発展することを望んでいます。

>そして,そのような回廊を支える地域のインフラは,国の財政の持続性や自立性に基づき建設されなければならず,誰もが公正に,平和裡に使えるものでなければなりません。開放性,透明性,経済性及び対象国の財政健全性といった国際スタンダードに則った質の高いインフラづくりを進めるために,手を携えていきたいと思います。インフラを運用・管理する人材も重要です。「中央アジア+日本」対話の下でのイニシアティブは,このような人材の育成に主眼を置いたプロジェクトを含みます。

>一方,今日,地域の最大の脅威の一つは,テロや暴力的過激主義です。先日スリランカでも大規模なテロが発生し,多数の死傷者がでました。我々は,あらゆる形態のテロを強く非難します。アフガニスタンと長い国境を接する中央アジアの安定と安全は,国際社会全体の平和と安定にとっても不可欠です。日本は,中央アジア各国と,国境管理をはじめとする麻薬密輸・テロ・暴力的過激主義対策や,アフガニスタン安定化の分野において協力を進めてきましたし,今後も続けていきます。

  • 法の支配を含むルールに基づく国際秩序の確保,通行の自由,紛争の平和的解決,自由貿易の推進を通じて,地域の平和,安定,繁栄の促進を目指す
  • 地域の連結性を向上させることで,質の高いインフラ整備,貿易・投資の開放と促進,ビジネス環境整備,人材育成強化を図る
  • 人道支援,テロ対策分野等で多国間の協力を図る

……開放性・透明性・債務健全性に基づく回廊構築をベースとして、隣接国間の連携と国際秩序を共有する非周辺国による支援を通じてその安定を強化し、暴力や債務を武器とする回廊秩序への挑戦者に対抗する。そのアイデンティティはインド太平洋を物流回廊に置き換えたFOIPそのものと言えるでしょう。

 

それ故にアフガニスタンの陥落がアメリカにとって第二のQUADの危機である以上に、日本にとってはFOIPのアイデンティティの敗北を意味していた、と考えられる訳です。

第1章でアフガニスタンの国家承認に対する判断の難しさを記しましたが、それはどの選択肢もFOIPのアイデンティティを揺るがせ、従来のアフガニスタン以上に中央アジアを補給線の途絶した国際秩序の最前線としてしまう……そういう問題があるのです。

2021/07/19産経記事『日米欧、中国政府機関関与のサイバー攻撃を公表』と日本外交の分水嶺

 

 

www.sankei.com

 

>米国と日本、北大西洋条約機構NATO)、欧州連合(EU)、英国やカナダなど機密情報共有の枠組み「ファイブアイズ」構成国を含む各国は19日、米マイクロソフトの企業向け電子メールソフト「エクスチェンジサーバー」が3月にサイバー攻撃を受け、全世界で被害が続出した問題で、中国情報機関の国家安全省に連なるハッカー集団が実行した可能性が高いと結論付けたと発表した

 

2021/07/19、MS社製品へのサイバー攻撃に際し、比較的マイルドな表現でも

  • EUや米国、更には日本政府より中国ハッカー集団の指摘と当該集団への中国政府の関与について「可能性が高い」と発表した

旨、国内外のメディアが公表しました。

 

……この報道について、私から述べねばならないことがあります。

 

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1. 各国の発表内容と国家責任

1)NATOEUの発表内容

各メディアの記事を確認したのですが、どうやら時系列としてはNATOもしくはEUが声明の先鞭を切ったようです。

www.nato.int

"We acknowledge national statements by Allies, such as Canada, the United Kingdom, and the United States, attributing responsibility for the Microsoft Exchange Server compromise to the People’s Republic of China.In line with our recent Brussels Summit Communiqué, we call on all States, including China, to uphold their international commitments and obligations and to act responsibly in the international system, including in cyberspace. We also reiterate our willingness to maintain a constructive dialogue with China based on our interests, on areas of relevance to the Alliance such as cyber threats, and on common challenges"

>我々はカナダ・英国・米国などと連合し、Microsoft ExchangeServerへの攻撃(compromise)に対する責任を中華人民共和国に帰する国家声明を認める。 我々は最近のブリュッセル・サミット・コミュニケに沿って、中国を含むすべての国に対し国際的コミットメントと義務を守り、サイバー空間を含む国際システムにおいて責任を持って行動するよう求める。我々はまた我々の利益、サイバー脅威等の同盟との関連性の分野、および共通の課題に基づいて、中国との建設的な対話を維持する意欲を改めて表明する

 

europe-and-arabe.be

"The EU and its Member States strongly denounce these malicious cyber activities, which are undertaken in contradiction with the norms of responsible state behaviour as endorsed by all UN Member States. We continue to urge the Chinese authorities to adhere to these norms and not allow its territory to be used for malicious cyber activities, and take all appropriate measures and reasonably available and feasible steps to detect, investigate and address the situation."

>EUとその加盟国は、これらの悪意のあるサイバー活動を強く非難します。これらの活動は、すべての国連加盟国によって承認されている責任ある国家の行動の規範に反して行われています。 私たちは引き続き中国当局に対し、これらの規範を遵守し、自国の領土が悪意のあるサイバー活動に使用されることを許可せず、状況を検出、調査、対処するためにすべての適切な措置と合理的に利用可能で実行可能なステップを講じるよう要請します。

 

……さて、誤解を受けやすいのですがあくまでNATO/EU声明における中国の責任は「サイバー犯罪者に関与したこと」まで言及されておらず、自国領内にサイバー犯罪者がいる疑惑に際して生じる「責任ある国家が負うべき調査追及協力の義務」についての責任と解釈するに十分なものです。

 

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2)アメリカの発表内容

次に各メディアが強調するアメリカの声明を確認します。

www.whitehouse.gov

 

”We have raised our concerns about both this incident and the PRC’s broader malicious cyber activity with senior PRC Government officials, making clear that the PRC’s actions threaten security, confidence, and stability in cyberspace”

>私たちはこの(MSサーバー)事件、及び政府高官による中国の広範な悪意のあるサイバー活動の両方について懸念を表明し、中国の行動がサイバースペースのセキュリティ、信頼、安定を脅かしていることを明らかにしました

 と記し、サイバー犯罪者への国家的関与を証拠……中国国家安全省の影響下にある大学による、MSサーバー事件容疑者らのフロント企業への給与・福利厚生・メーリングアドレス等の支援に関する米国司法省 | Department of Justiceの言及……と共に示しているのが大きな特徴となっています。

 

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3)日本を含む国の対応

……これらEUアメリカの声明を受けて、日本側も外務省が立場を明らかにします。


www.mofa.go.jp

 ※日本語版は対象をぼかす文章を採用しているため、こちらの英語版から読むことをお勧めいたします。

 

 明らかに、NATO/EUではなくアメリカ側の発表内容に対する支持です。

 英国- GOV.UKカナダ- Canada.ca同様サイバー犯罪と中国政府機関の関係を前提とした支持……次期サイバーセキュリティ戦略令和3年度版防衛白書に次ぐ、サイバー犯罪主犯としての中国政府自身を非難する支持なのです。

 

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2. サイバー安全保障におけるアメリカの主導権復活と日本

 面白いのは、GGE報告書で言及された11の規範に対するEU/NATOアメリカ及び日英加のスタンスの違いです。

” Today’s announcement builds on the progress made from the President’s first foreign trip. From the G7 and EU commitments around ransomware to NATO adopting a new cyber defense policy for the first time in seven years, the President is putting forward a common cyber approach with our allies and laying down clear expectations and markers on how responsible nations behave in cyberspace.”

ランサムウェアに関するG7とEUのコミットメントから、NATOが7年ぶりに新しいサイバー防衛政策を採用するまで、大統領は同盟国との共通のサイバーアプローチを提案し、責任ある国がサイバースペースでどのように行動するかについて明確な期待とマーカーを提示しています。

 

……こちらの拙文の第2章で触れているように国際的サイバー安全保障に関する二つのレポート、GGE報告書の第30項(d)あるいはOEWG議長サマリー第15項を各国が採択した結果、サイバー犯罪者の国家関与追及に必要な証拠は限りなくレベルの高いもの(具体的内容は記されていない)を求められております。

EUNATOの声明では恐らくそれを踏まえて、国家関与ではなく国内犯罪に関する調査協力の義務を中国に促しています。

一方アメリカの場合、今回の米国司法省の論証方法は十分な国家関与の証拠になるとみなし、これからのサイバー安全保障に基づく証拠提出の道標……11の規範の新たな注釈にしようとしている訳です。

ただしこれは規範注釈の既成事実化を目指す行為であり、既存の国際法や規範を基にしたサイバー注釈のコンセンサスを加盟国間で築くというGGE/OEWGの思想への、一国家による挑戦と考えることも出来ます。

 

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 なお日本がGGEやOEWG会合を経て確立した立場は、下記拙文の第2章で記した通り、本来EUNATOと同じく国家関与の追及が困難であることを前提としたものでした。

tenttytt.hatenablog.com

 

しかし拙文が示した通り『次期サイバーセキュリティ戦略』、更に『令和3年度版防衛白書』や今回の外務省声明では寧ろ一貫してGGE/OEWG報告書の内容を無視し、中国政府とサイバー犯罪者の関与を主張しています。

これは G7コーンウォールサミットを皮切りとする初外遊 : 日本経済新聞を通じた、国家関与追跡に関する規範に注釈を追加するアメリカのイニシアティブに日本自身が鞍替えしたという事でもあります。

 

もっとも、G7サミットでアメリカが国家関与追跡について言及したのは

”The international community—both governments and private sector actors—must work together to ensure ​(中略)that States address the criminal activity taking place within their borders”

>国際社会(政府と民間部門の関係者の両方)は、国家が国境内で起こっている犯罪活動に対処することを確実にするために協力しなければなりません

 という一節であり、あくまでGGE/OEWG報告書に準拠した内容でした。

この後約一月の間に、日米加等では米司法省の証拠を国家関与の十分な論拠と見做すことで中国を糾弾する旨、すり合わせを行っていたということなのでしょう。

 

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 私は拙文第3章で、GGE/OEWG報告書の内容を把握しないサイバーセキュリティ戦略会合の参加者を非難しました。しかし何のことは無い、最初からGGE/OEWG会合を経て日本自らが育んだサイバー司法外交方針を、会合参加者たちは切り捨てる気満々だったのかもしれません。

 

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※なお国家関与の証拠提示について、中国政府は『次期サイバーセキュリティ戦略』の時同様の切り返しを行っています。

www.nikkei.com

>中国の趙立堅副報道局長は20日の記者会見で、米国や欧州、日本の各政府・機関が中国のサイバー攻撃を一斉に非難したことに反発した。「米国は中国を事実をゆがめて政治目的で中傷している」と述べた。「いかなる形式のサイバー攻撃にも反対する」と続け、関与を否定した

 

詳しい質疑経緯は中国外交部HPの記者会見内容を、自己責任でご覧ください。

  • ロイター記者より国家関与について質問国家関与は完全で十分な証拠を慎重に紐づける必要がある(アメリカの証拠提示はその条件にそぐわない)と批判し、中国への非難を不当と反論
  • 湖北広播電視台記者より、NATOが共同声明の先鞭を切ったことについて質問→NATOが示す調査協力の是非には触れず、NATOの近年の政策非難を行う

当たり前の反論であるばかりでなく、巧みに誘導してNATOによる「責任ある国家の義務としての調査協力」への返答回避に成功しています。産経記事にある

>米国などが中国の国家安全省がサイバー攻撃の起点になっていると指摘したことに「安全部門は非常に敏感で、内部を公開して潔白を証明することはできない。米国は中国に泣き寝入りをさせようとしている」と主張した

 のは環球時報の社説に過ぎず、報道官や政府関係者は調査協力について言及していないことは留意すべきでしょう。 WHOのコロナウイルス起源の再調査拒否:CNN.co.jp の場合とは違うのです。

 

……そしてこの会見内容以上に留意すべきことは中国がこのような形で対応する事、NATO/EUと日米英加の論点分断で「責任ある国家の義務としての調査協力」の言及効果が削がれた事、そもそも自国がGGE/OEWG会合の主旨から逸脱する事まで承知の上で、日本が英加等と共にアメリカ主導のイニシアティブに乗っかったという事実です。

 

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おわりに:日本外交の分水嶺

無論、この日本政府の選択に異論を唱える気は私にはありません。

 

現状完全に「国際秩序の挑戦者」 となってしまった中国に対し、国際秩序陣営が協力して対抗する必要性は近年とみに高まっています。また中露による途上国の懐柔が進行しており、国際会合の場ではOEWG会合のように中露に有利な流れとなってしまう問題があります。

この様な状況では、改めて国際会合の結果に準拠しながらも中国側との対抗姿勢を示しているバイデン政権下のアメリカに便乗するのは悪い決断ではありません。

 

問題は、日本の外交方針の変化です。

 

これまでの日本外交は、閣僚主導による軍事的な協力国家との防衛外交と、協力国・非協力国が連なる国際会合や二国間・多国間交渉の場で担当官僚のお膳立てのもと展開する思想的外交の二つを同時展開していた、と考えられます。

特に2012年の国連合意で定義された

 ”(h) Human security must be implemented with full respect for the purposes and principles enshrined in the Charter of the United Nations, including full respect for the sovereignty of States, territorial integrity and non-interference in matters that are essentially within the domestic jurisdiction of States. Human security does not entail additional legal obligations on the part of States”

>(h)人間の安全保障は国家主権・領土保全・国内管轄事項への非干渉を完全に尊重することを含めた、国連憲章の目的と原則を完全に尊重して実施されなければならない。人間の安全保障は、国家の側に追加の法的義務を伴うものではない

 という「人間の安全保障」という根本思想のもと、国家を通じた他国民に対する能力構築支援を旨とした思想的外交の素地は、積極的平和主義や地球儀を俯瞰する外交というスローガンと共に、積極採用した安倍前首相の外交内容の骨格となっていったと思われます。

 

そしてこの思想的外交と安倍政権のミックスアップは、特にトランプ政権期に国際政治の中枢から身を引いたアメリカに代わり、FOIPやTICAD等大規模能力構築支援を通じた国際秩序の挑戦者への掣肘や、欧米間・EU中枢-周辺国間の対立緩和に寄与、DFFTやサイバー司法等国際的取り決めの場においても代表的論客の立場を担うことになった訳です。

 

一方でこの思想的外交が防衛的外交とコンフリクトを起こすとき……特に対外的危機を伴わない事情(主に人道的危機)による国家制裁に際して、思想的外交はあくまでも優位に立ち、しばしば防衛的外交の協力国との足並みを乱すこともありましたし、時には東欧諸国のように協力国家が敵対的な立場をとる前に関係改善に成功したこともありました。

 

……今回の日本の声明は防衛的外交が思想的外交を上書きし、思想的外交の所産の一つであったGGE/OEWG報告書の内容に抵触する行為を行うという、日本外交の方針転換を表していると言える。私はそう考えています。

 

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かつて”戦略”の文字を削除した「自由で開かれたインド太平洋」に対し、国益を守り抜くため、「自由で開かれたインド太平洋」を戦略的に推進する旨公言する菅首相法に基づく国際秩序を「守る」のではなく「強化する」指針を示す茂木外相、更にバイデン政権によるアメリカの国際会合の場への復活という状況下においては、日本が自らの思想的外交を後退させ、閣僚主導の防衛的外交にシフトすることは一つの帰結であるのかもしれません。

またこの二つの外交の地位が逆転した、今後さらに進行するといったものでもないでしょう。

 

 ただ今回の日本の声明は外交の分水嶺であり、同時に思想的外交に従事した官僚達の功績に対する裏切りの第一歩であったのではないか、と感じるのです。

例え前線の官僚たちの本音が逆だったとしても。

 

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 なんというか、自分がいつか形にしようと書きあぐんできた状況が、自分の筆より早く進んでしまっています。もう少し言えば、今回の所産は菅内閣ではなく第四次安倍再改造内閣……安倍前首相の最終形態のはずだった政権だったのではないか、という話だったのですが。

結局、お蔵入りかなぁ…

2021/07/07、『次期サイバーセキュリティ戦略』に対する中国の反発

……小ネタと補論ばかりで申し訳ありませんが、2021/07/07にサイバーセキュリティ戦略本部から発表された『次期サイバーセキュリティ戦略』、うち資料1-1の5ページ目

https://www.nisc.go.jp/conference/cs/dai30/pdf/30shiryou01.pdf

中国・ロシア・北朝鮮は、サイバー能⼒の構築・増強を⾏い、情報窃取等を企図したサイバー攻撃を⾏っているとみられている

という一節に対し、中国側が記者会見上で反論を行った旨の報道があったのでその件について。

 

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 1.アトリビューションの慎重さに欠けた『次期サイバーセキュリティ戦略』

 

www.sankei.com

中国外務省の汪文斌(おう・ぶんひん)報道官は7日の記者会見で、日本政府が中国やロシアのサイバー攻撃を念頭に置いた次期「サイバーセキュリティ戦略」の方針を決定したことに対し、「日本は基本的な事実を顧みず、隣国の脅威を悪意を持ってあおっている」と反発した

 

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※この件に関しては、ロシア・スプートニクの記事が実際の受け答え内容へのリンクを含めて詳しく記されておりますので、ご興味のある方はそちらをどうぞ。

というか実のところ今回の話を報道官に振ったのが、中国や北朝鮮と並んで非難されたロシアの報道機関スプートニクを所有する『ロシアの今日』……ぶっちゃけシナリオ通りの質疑応答と考えられます。

jp.sputniknews.com

 

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さてこの一見馬鹿馬鹿しいオウム返しのような反論ですが、残念ながら今回は中国側に十分な理があります。

というのも、以前こちらの小ネタでGGEレポート第30項(d)の内容について触れたように、

tenttytt.hatenablog.com

 

あるいはOpen-ended Working Group に関する議長サマリーの第15項で指摘されたように、この春以降、サイバー犯罪が特定国家の領土やインフラの下で行われたとしてもそれ自体で当該国への犯罪帰属(アトリビューション)を問うことは困難となっているのです。

https://front.un-arm.org/wp-content/uploads/2021/03/Chairs-Summary-A-AC.290-2021-CRP.3-technical-reissue.pdf

 

……そりゃこちらがサイバー犯罪の国家帰属について、どの様に十分な証拠を提出しても中国はのらりくらりと否定し続けるでしょう。

当たり前です。国家へのアトリビューションを慎重にする旨働きかけたのが当の中国なのですから。

 ”When attributing an ICT incident to a particular State, States should demonstrate genuine, reliable and adequate proof”

https://front.un-arm.org/wp-content/uploads/2021/02/Chinas-Contribution-on-the-Zero-Draft-of-the-OEWG-Substantive-Report.pdf

 

むしろスノーデン事件| 東洋経済オンライン | のような国際的に著名な事件を「基本的な事実」として「サイバー窃盗や盗聴に最も熱心な国家」を国名を挙げず非難した中国側の方が、この春以降は真っ当であり国際的な説得力があるのです。

 

それゆえ、本来であれば『次期サイバーセキュリティ戦略』からこのような特定国家を加害国として言及することは避けるべきだったと思われます。

 

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2.デューデリジェンスによる国家責任追及

 

ではどうかあるべきであったか。実は日本は既に答えを出しています。

www.mofa.go.jp

https://www.mofa.go.jp/mofaj/files/100200951.pdf

 

(4)相当の注意

>(前略)サイバー行動に関する相当の注意義務に基づく領域国の義務の内容の外縁は
必ずしも明確ではないが、これらの相当の注意義務の概念に関連した ICJ 判決も参照すれば、サイバー行動の重大性や、領域国の攻撃主体に対する影響力等を考慮して、当該義務の範囲を個別具体的に検討する必要があると考えられる。

>少なくとも、例えば、他国の重要インフラを害するといった重大で有害な結果をもたらすサイバー行動について、ある国が、同国が財政的その他の支援を行っている自国の領域に所在する者又は集団がそのようなサイバー行動に関与している可能性について信頼に足る情報を他国から知らされた際には、当該者又は集団がそのようなサイバー行動を行わないように、当該情報を知らされた国が保持している影響力を行使する義務等は、上記の考え方に鑑みると、相当の注意義務に基づく当該領域国の義務に含まれると解される。

>また、サイバー行動の特徴の一つとして、国家への帰属の判断が困難なことが挙げられる。この点、相当の注意義務は、国家に帰属しないサイバー行動に対しても、同行動の発信源となる領域国に対して、国家責任を追及する根拠となり得ると考えられる。たとえ国家へのサイバー行動の帰属の証明が困難な場合でも、少なくとも、相当の注意義務への違反として同行動の発信源となる領域国の国家責任を追及できる

 

……『相当の注意義務』いわゆるデューデリジェンスのもと、サイバー犯罪に何らかの形で支援している「と他国から情報が入った場合」、加害領域国は責任ある国家に相応しい行動として犯罪者の活動を防止する義務があること。またこの義務の違反を以て、加害領域国への国家責任を追及できる。

これが今年6月に表明した日本の立ち位置です。誤解を避けるため、これはすべての国で全面的に認められたものではなく、日本が外交その他国際活動を通じ地道に各国への浸透を図るべき考え方です。

 

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 たとえサイバー犯罪に対する加害領域国の帰属の判断基準が困難な国際情勢を迎え、特定国家発信のサイバー犯罪の指摘と注意義務の履行にとどめる事しか出来ないとしても、改めてその行為自体が特定国家への糾弾となっているのです。

またこの方法論は日本が進めてきたサイバー司法外交、「サイバー空間における国際法適用」の要諦の一つであり、この立ち位置を維持して特定国家を糾弾し続けることこそ、日本のサイバー司法外交の一貫性を示す上で求められる行為だったのではではないか、と思われます。

 

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ちなみにこの様な糾弾を淡々と行った分かりやすい例が、2021/04/20の中国外交部報道官に対するNHKの質問です。

www3.nhk.or.jp

>JAXA宇宙航空研究開発機構や防衛関連の企業など日本のおよそ200にのぼる研究機関や会社が大規模なサイバー攻撃を受け、警察当局の捜査で中国人民解放軍の指示を受けたハッカー集団によるものとみられることが分かったことについて、中国外務省の汪文斌報道官は、20日の定例の記者会見で、事件については「把握していない」と述べました。

>そのうえで「中国はサイバー空間は仮想性が強く、追跡が困難だと強調してきた。サイバー事件を調査する際には十分な証拠に基づくべきであり、理由もなく推測すべきではない。中国はいかなる国や機関がサイバー攻撃の問題を口実に中国をけなすことやサイバーセキュリティーの問題を卑劣な政治目的として利用することに断固として反対する」と述べました

 

 このNHK自身の報道ではごっちゃになっているのですが、中国外交部のHP(リンクの閲覧は個人の判断にお任せします)から当日の質疑内容を確認すると

  • NHK記者より「中国軍がサイバー攻撃で使用したサーバーをレンタルした疑いで、警視庁が30 代の中国人男性を捜査することを決定した件への中国側からのコメント」及び 「日本からの調査要請に対して中国側は支援を行うか」を質問中国側は「把握していない」と回答を拒否
  • ブルームバーグ記者よりNHK記者の質問を引き継ぐ形で「『中国軍がハッカーグループを指導し約200の日本の研究機関にサイバー攻撃を仕掛けた』というNHKの報道に対する中国側からのコメント」を要望中国側より「サイバー空間は仮想性が強く、追跡が困難だと強調してきた。サイバー事件を調査する際には十分な証拠に基づくべきであり、理由もなく推測すべきではない。中国はいかなる国や機関がサイバー攻撃の問題を口実に中国をけなすことやサイバーセキュリティーの問題を卑劣な政治目的として利用することに断固として反対する」と反論

……平たく言えば

  • NHK記者が淡々と「相当の注意義務(デューデリジェンス)」に中国側が従うかを問いかけ、中国側が回答を言い澱んだのに対し
  • ブルームバーグ記者が同日のNHKニュースを引き合いに出しアトリビューションについて藪蛇な質問を行い、中国側から「十分な証拠に基づかない」「卑劣な政治利用」と反論

された訳です。

 

この質疑は日本の姿勢が上記文書の形で示される前の時点で行われたものですが、それ以前から国際会合の場で示された日本の態度、国際法から導き出される責任ある国家として相応しい行動を相手国に求める切り口そのものです。

 

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3.浮かび上がる問題:国内向きのサイバーセキュリティ戦略本部

 

 その意味で、今回の『次期サイバーセキュリティ戦略』が特定国家の関与を前提とした記述を採用してしまったことは特定国家側からの格好の的になっただけでなく、特定国家群と対立する日本のサイバー司法外交の非一貫性、また情勢変化に伴う記述内容見直しのレスポンスの遅さまで示してしまった、と非難されても仕方ないことではあるのです。

※G7コーンウォールサミットではGGE報告書の内容に従い、外務開発大臣会合から本会合までのひと月足らずの間にロシアのサイバー犯罪に対するコミュニケ記載内容を変更しています。 

 

このような問題が発生してしまった理由については、日本のサイバーセキュリティ戦略があまりにも国内に目を向けすぎた事が原因だったと思われます。

www.nisc.go.jp

 

このHPから確認する限り、2021/02/09の第26回会合で(議事内容から恐らく素案を突き合せた形の)論議を経た結果

https://www.nisc.go.jp/conference/cs/dai26/pdf/26gijigaiyou.pdf

2021/05/13の第28回会合で『次期サイバーセキュリティ戦略(案)』の骨子が会合の場で示されたようですが

https://www.nisc.go.jp/conference/cs/dai28/pdf/28gijigaiyo1.pdf

 この会合に参加する閣僚は官房長官ほかオリンピック担当・総務・経済産業・IT担当大臣(第28回会合では総務副大臣が参加)であり、外務省からは以前から副大臣が参加する流れとなっていますが、この点から見てもサイバーセキュリティの焦点はあくまで国内の実務であり、GGEやOEWGといった国際的なサイバー司法の潮流などはほとんどその視界に入っていないことが推測されます。

 

いや、この第26回会合で遠藤信博NEC会長、野原佐和子イプシ・マーケティング研究所会長、中谷和弘東大教授、前田雅英都立大客員教授からアトリビューション(サイバー犯罪者の追跡)について指摘、さらに前田氏からは

最近はビットコインに関して、NEM交換で31人が捕まったり、ドコモの口座について中国を追い詰めていたり

と無意識にサイバー犯罪の国際性と国家の存在を指摘している状態であるにも関わらず、誰もこのアトリビューションの肝

  • サイバー犯罪について、その発信国まで含めたアトリビューションの国際的枠組みに関する潮流

の現状を考慮に入れずただ国内整備にばかり目を向けており、またこの会合の機会にOEWGやGGEの動向について情報提供すべき外務副大臣も失念しているように思われます。

 

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当たり前の話ですが、サイバーセキュリティあるいはサイバー空間から派生する問題はITや軍事、外交や司法といったあらゆる世界とリンクしています。どこか一つに穴があれば、そこからセキュリティは瓦解するもので……言い換えればサイバーセキュリティを破壊しようとする側はあらゆる視野から穴を探し、突破口と自らの武器を結び付けようとします。

それを防止するため、内閣のITやセキュリティ担当だけでない実務関連者を招いて行われたはずのサイバーセキュリティ戦略だったはずですが……今回は最低限必要な情報交換を怠ったがための失策であったと思われます。

 

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司法外交関連補論:2021年GGE最終報告書の個人的概説

はじめに

この文章は安倍政権最後の外交:京都コングレスとサイバー司法 - 匿名に続く、日本のサイバー司法外交についての文章の補論として作られたものでした。本来であれば本論と同じタイミングで公開すべきものですが肝心の本論が長いこと行き詰ってしまい、とりあえず補論のみ先に公開させていただきます。ネタ的にも大分旬を過ぎたものではありますので。

 

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安倍政権最後の外交(3):サイバー空間での国際法適用のための日本の主張・抵抗』の補論に当る、OEWG第三回会合に遅れて約3か月、第6回GGE会合で採択された最終報告書の概説となります。

本来は司法外交関連補論:OEWG最終報告書の採択経緯について - 匿名と対をなす形で、採択経緯までフォローしたかったのですが、下記GGEホームページには経緯に関する添付資料が少なく、とりあえず完成された最終報告書の概説でお茶を濁す次第です。

ただし本論に話を繋げていく都合上、個人的な観点からの分析が強いものになっていることはご了承願います。

 

www.un.org

https://front.un-arm.org/wp-content/uploads/2021/06/final-report-2019-2021-gge-1-advance-copy.pdf

 

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今回のGGE報告書の構成は、OEWGとほぼ重なる形ですが 

  • I. Introduction(1~5)
  • II. Existing and emerging threats(6~14)
  • III. Norms, Rules and Principles(15~68)
  • IV. International law(69~73)
  • V. Confidence-Building Measures(74~86)
  • VI. International cooperation and assistance in ICT security and capacity-building(87~92)
  • VII. Conclusions and Recommendations for Future Work(93~98)

 ……このようになっています。OEWG同様、Norms(規範)関係がInternational Law(国際法)に先んじた構成となっていることは一つの特徴ではあります。

 

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 I. Introduction(はじめに)

 

……この章では今回のGGE報告書の主旨、特に第2項で2015年までのGGE報告書に基づきICTの使用における国家の責任ある行動のための累積的かつ進化的な枠組みとしての信頼構築・国際協力・キャパシティビルディングについて記されたこと、

さらに第3項で

 ”Furthermore, it sought to provide an additional layer of understanding to the
assessments and recommendations of previous GGE reports, in order to provide guidance to supporttheir implementation.”

 

>さらにGGE 報告書の実施を支援するためのガイダンスを提供するために、以前の GGE 報告書の評価と推奨事項に対する理解の追加レイヤーを提供することを目指しました

と、特に第III章の特徴である追加注釈の存在を強調しています。

 

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II. Existing and emerging threats(既存および新たな脅威)

 

 ……この章は原則OEWG最終報告書の”Existing and Potential Threats ”に準じる記述となっていますが、

  • 特に表題がPotentialからEmergingに変更されたこと
  • OEWGの第17項などで記されたような、脅威に対する規範、信頼醸成措置やキャパシティビルディングの役割については触れず、ただ脅威の性質について触れている事

が特徴と言えるでしょう。

 

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III. Norms, Rules and Principles(規範、規則、原則) 


……前章で記されなかった規範とその他要素の役割については、この第15・16項で記されます。特にこの章で規範と国際法の関係を記すことにより、OEWG報告書の狙いとは真逆の国際法の重要性を表す形となっています。

また第16項では

”and, separately, notes the possibility of future elaboration of additional binding obligations, if appropriate”

 

>また、必要に応じて、追加の拘束力のある義務の将来の精緻化の可能性に個別に言及します

 更に第17項ではOEWG最終報告書で削除された2015年版international code of conduct for information security(情報セキュリティに関する国際行動規範)に留意する旨も記載されており、第34項における国連決議74/247への言及を含めて限定的ながらも非GGE陣営からの意見の反映と見える形を示しています。

 

そしてこのGGE最終報告書の最大の特徴は、第18項で示されるように2015年GGE報告書で採択されたサイバーセキュリティに関する11の規範に関し、数項を使い注釈(Additional Layer)を入れている事です。さらにこの注釈作業に際し

”The Group reminds States that such efforts should be conducted in accordance with their obligations under the Charter of the United Nations and other international law, with a view to preserving an open, secure, stable, accessible and peaceful ICT environment”

 

>オープンで安全、安定、アクセス可能で平和なICT環境を維持する観点から、グループはそのような努力は国連憲章およびその他の国際法に基づく義務に従って実施されるべきであることを各国に想起させる

 と記し、OEWGゼロ草案から最終報告書に至る過程で削除された点、すなわち国際法が規範の要でなければいけない点を改めて示した訳です。

 

……以降第19~68項まで、報告書の中核部分をこの規範の注釈が占めるのですが、詳しい内容やその意義はどこか他の専門家の方々にお任せしましょう。

 

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※とはいえ、少し外交面の強い話をひとつ。

2021/06/11~13、G7コーンウォール・カービスベイサミットが行われましたが、05/05に行われたG7外務・開発大臣会合と比べて、共同コミュニケでの中露のサイバー脅威に対する非難内容が後退しています。これはGGE報告書第30項の(d)、

"An ICT incident emanating from the territory or the infrastructure of a third State does not, of itself, imply responsibility of that State for the incident. Additionally, notifying a State that its territory is being used for a wrongful act does not, of itself, imply that it is responsible for the act itself"

 

>第三国の領土またはインフラストラクチャから発生するICTインシデントは、それ自体、その国のインシデントに対する責任を意味するものではありません。 さらに、その領土が不法行為に使用されていることを国に通知すること自体は、その行為自体に責任があることを意味するものではありません

 がサイバー規範の新たな注釈として採用された影響によるものと考えられます。

いくら中露発信のサイバー問題が国際秩序を脅かすとしても、GGE報告書採択によってそれ自体を以て「中露が国際秩序を脅かしている」という発言をしづらい状況になったとも言えるでしょう。

 

……まあ外務開発大臣会合で共同コミュニケに採用されていた「サイバー空間における国際法適用」のコミットメントについても、G7カービスベイ・サミットでは削除されているのですが……

 

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IV. International law(国際法) 

 

……この章の特徴は、やはり第69項(f)における国際人道法への言及でしょう。

"(f) The Group noted that international humanitarian law applies only in situations of armed conflict"

 

 >(f) グループは、国際人道法が武力紛争の状況にのみ適用されることに留意した

 OEWG最終報告書で採択されなかった国際人道法の適用範囲を示し、またさらなる研究の必要性を強調したうえで、これら特定の国際法国連憲章の適用範囲について国連の場その他二国間・多国間の場で継続的に議論・意見交換すべき旨を第72項に記しています。

 

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※なお、2015年のGGEレポートでは国際人道法(International humanity Law)について直接言及していません。

”The Group also noted the established international legal principles, including, where applicable, the principles of humanity, necessity, proportionality and distinction”

 

 >当グループはまた、該当する場合、人道、必要性、比例および区別の原則を含む、確立された国際的な法的原則に留意した

国際人道上の主要原則に相当する、4つの国際的法的原則について言及したのみです。

 

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そしてもう一つ重要なのは、今後の国際法国連憲章の適用に関する議論・意見交換は

”Without prejudice to existing international law and to the further development of international law in the future,”

 

>既存の国際法および将来の国際法のさらなる発展を害することなく

 ……逆に言えばOEWG最終報告書第80項や国連決議74/247、あるいは後述するprogram of actionで確認される新たな規範や法的枠組み(平たく言えばGGEを統合した新OEWG)に上書きされることなく行われるものであることを示しているのです。

 

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V. Confidence-Building Measures(信頼醸成措置)及び VI. International cooperation and assistance in ICT security and capacity-building(ICTセキュリティとキャパシティビルディングにおける国際協力と支援)

 

……この部分についてはPoC(各国の連絡窓口)や CERT/CSIRT(セキュリティ脅威への対応部署): 日本シーサート協議会HP、透明性あるいはステークスホルダーに関する言及など、基本的にOEWG最終報告書と被るものです(ぶっちゃけ細かい部分は本論では取り上げませんし、あまり良く理解できません)。

 

ただし、信頼醸成措置の考え方について

・OEWGという会合形態自体がひとつの信頼醸成措置だと断じ、各国の同位性に基づく対話(及び第56項の「共有されているが差別化された」役割、つまり先進国が途上国の能力開発支援を行うこと)を中心とするOEWG最終報告書に対し、GGE報告書では

”75. To underpin their efforts to build confidence and ensure a peaceful ICT environment, States are encouraged to publicly reiterate their commitment to, and act in accordance with, the framework for responsible State behaviour referred to in paragraph 2.”

 

”75. 信頼を醸成し、平和な ICT 環境を確保するための努力を下支えするために、国家は第2項で言及された責任ある国家の行動のための枠組みへのコミットメントを公に繰り返し表明し、それに従って行動することが奨励される”

自らが責任を持って規範・規則・原則に従い、またそれらに従っている事を常に公に示すよう各国がお互いに促しあう事こそが信頼醸成の基礎と記している事については押さえておいて良いと思われます。

 

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VII. Conclusions and Recommendations for Future Work(結論と今後の課題)

 

……GGE最終報告書の末章はOEWGのそれとは異なり、第6章までの要約と今後の国際的サイバーセキュリティ会合の方向性について論じています。その意味ではOEWG報告書における”Regular Institutional Dialogue”章と類似しており、特にProgramme of Action(直訳すると「行動計画」)に関する第97項の記述は、OEWG報告書の第77項のそれと近いものとなっております。

 

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 ※ここでいうprogram of actionとは2020年10月、主にGGE陣営から提案された

”Summary of the Proposal: explore establishment of a Programme of Action for advancing responsible State behaviour in cyberspace with a view to ending the dual track discussions (GGE/OEWG) and establishing a permanent UN forum to consider the use of ICTs by States in the context of international security”

 

>提案の概要:デュアルトラックディスカッション(GGE / OEWG)を終了し、状況に応じて国によるICTの使用を国際安全保障の観点から検討するための恒久的な国連フォーラムを設立することを目的として、サイバースペースにおける責任ある国の行動を促進するための行動計画の確立を検討する

https://front.un-arm.org/wp-content/uploads/2020/10/joint-contribution-poa-the-future-of-cyber-discussions-at-the-un-10302020.pdf

 こと。乱暴に言えばGGEとOEWGを統合していくという事です。

 

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最後に、ここまでお読み頂いた方には恐縮ですが、GGE報告書に関する一般的な分析としては

www.diplomacy.edu

この様な記事があります。

司法外交関連補論:OEWG最終報告書の採択経緯について

はじめに

この文章は安倍政権最後の外交:京都コングレスとサイバー司法 - 匿名に続く、日本のサイバー司法外交についての文章の補論として作られたものでした。本来であれば本論と同じタイミングで公開すべきものですが肝心の本論が長いこと行き詰ってしまい、とりあえず補論のみ先に公開させていただきます。ネタ的にも大分旬を過ぎたものではありますので。

 

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安倍政権最後の外交(3):サイバー空間での国際法適用のための日本の主張・抵抗 』の補論に当る、京都コングレスとほぼ時期を同じくして最終報告書が採択されたOEWG第三回会合に関しての著述となります。

原則としてOEWGホームページに記載された報告書と、各国の賛否内容をもとに作成しております。 

 

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国連を舞台にしたサイバーセキュリティに関する議論は、

www.disarm.emb-japan.go.jp(2021/10/05追加:国連軍縮部日本支部の該当ページ削除されました)

 

dig.watch

 

こちらをご覧いただければと思いますが、

  • 元々はアメリカ決議に基づき有志国家(15~現在25か国)によるサイバー 政府専門家会合(GGE)を2004年設置、2015年までにサイバー空間における規範(Norms)や信頼醸成措置(Confidence-Building Measures)及びキャパシティビルディングについて合意に達するが、国際法国連憲章・国連人道法の適用等に反対するロシア・中国等のコンセンサスが得られず、2017年会合で報告書を採択できなかった。
  • この状況に乗じたロシアの決議案に基づき、GGEに加えて今度は国連全加盟国が参加可能な形でのオープン・エンド作業部会(OEWG)を2019年設置。
  • 規範・準則の発展と新たな採択を重視する中国・ロシア等OEWG主導国と、これら新規枠組みの変更に反対し2015 年の GGE レポートの 11 の規範など既存の規範及び国際法のコンセンサスに向けた話し合いを重視する日本や西側諸国等GGE主導国が、OWEG・GGEお互いの会合に参加し論争を繰り広げる。

 ざっくり言うと、こんな感じでしょうか。

 

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……さて、ちょうど日本では京都コングレスが行われた2021年3月、OEWGは第3回会合に基づく最終報告書の採択に成功。2017年以降報告書採択がなされなかったGGEに一歩先んじる形となりました。

https://front.un-arm.org/wp-content/uploads/2021/03/Final-report-A-AC.290-2021-CRP.2.pdf

 

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※GGE側も2021/05/29までに第6回会合を行っており、OEWGに約3か月遅れてUNODAGGEホームページにて最終報告書のコピーを公開しています。

https://front.un-arm.org/wp-content/uploads/2021/06/final-report-2019-2021-gge-1-advance-copy.pdf

 

tenttytt.hatenablog.com

 

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このOEWG最終報告書の採択経緯ですが、

www.un.org

 

①OEWGによるゼロ草稿作成(2021/01/19)

……まずこの時点では、OEWG・GGE両陣営の意見を反映させる形で草稿が作られました。特徴としては、

  • A. Introduction(序言)
  • B. Existing and Potential Threats(既存および潜在的な脅威)
  • C. International Law(国際法
  • D. Rules, Norms and Principles for Responsible State Behaviour(責任ある国家の行動に関する規則、規範および原則 )
  • E. Confidence-building Measures(信頼醸成措置)
  • F. Capacity-building(キャパシティビルディング)
  • G. Regular Institutional Dialogue(定期的な対話制度)
  • H. Final Observations(最終的な意見)

の8章のうち序章・最終章を除き「概説(明記されませんが)」「Discussions(論争事項)」「Conclusions and Recommendations(結論及び推奨事項)」「The OEWG Recommends(OEWG推奨事項)」で構成され、またGGE会合の流れを汲む形で国際法についてNorms(以下「規範」)等に先んじて論じている事です。

 

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※上述したOEWG最終報告書では「Discussions」部分は削除され、また規範は国際法に先んじる形で記載されました。なお削除された「Discussions」部分の一部は議長サマリーに転記されています。

https://front.un-arm.org/wp-content/uploads/2021/03/Chairs-Summary-A-AC.290-2021-CRP.3-technical-reissue.pdf

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特にゼロ草稿の第13項では

”13. The OEWG underscores that the individual elements comprising its mandate are interrelated and mutually reinforcing, and together promote an open, secure, stable, accessible and peaceful ICT environment. International law provides a framework for State actions, and norms further define expectations of responsible State behaviour. Measures that build confidence and capacity reinforce adherence to international law, encourage the operationalization of norms, provide opportunities for enhanced cooperation between States, and empower each State to reap the benefits of ICTs for their societies and economies”

 

>13. OEWG はその使命を構成する個々の要素が相互に関連し、相互に補強し、オープンで安全、安定、アクセス可能で平和な ICT 環境を共に促進することを強調する。 国際法は国家の行動の枠組みを提供し、規範は責任ある国家の行動の期待をさらに定義します。 信頼醸成とキャパシティビルディングの措置は国際法の順守を強化し、規範の運用化を促進し、国家間の協力を強化する機会を提供し、各国家が社会と経済にICTの恩恵を享受できるようにする

 と論じており、サイバーセキュリティにおける国際法適用に苦慮したGGE陣営の方針を形なりとも引き継ぐ形となっております。このゼロ草稿について日本側は特に

 

www.un.emb-japan.go.jp

'Japan also supports paragraph 13, which states that international law is an essential framework for “Norms, Rules and Principles”, “Confidence Building Measures” and “Capacity-Building” that are essential for stability in cyberspace'

 

>国際法がサイバー空間の安定に不可欠な「規範・ルール・原則」「信頼醸成措置」「キャパシティビルディング」に不可欠な枠組みであると述べた第13項を日本は支持する

 と記し、また加盟国すべての意見を反映した今草稿を最終報告書のひな型として満足のいく出来であった、と評価しています。

 

このように第13項に代表される、国際法を規範・信頼醸成措置・キャパシティビルディングの要と考える立場は

が表明した具体的に表明したほか、

のように国際法を規範の前に置く立場に賛意を表明する国も見受けられます。

 

一方で、規範を国際法の前に置くべきという考え方は

側からなされていますが、彼らはともに国連決議73/27をその根拠としています。またそれ以外ではキューバベネズエラ等、国際法及び国連憲章・国連人道法の適用に反対もしくは慎重な立場を唱える国家も見受けられます。

 

 ただし、第13章の存在およびその内容への反対を唱えた訳ではありませんでした。

 

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※恐らくこの国連決議73/27が上記の根拠となるのは、第5章の

"(前略)as a priority, to further develop the rules, norms and principles of responsible behaviour of States listed in paragraph 1 above, and the ways for their implementation; if necessary, (後略)"

 

>(前略)優先事項として、上記のパラグラフ1にリストされている国の責任ある行動の規則、規範、原則、およびそれらの実施方法をさらに発展させること。 必要に応じて(後略)

の一節と思われます。

 

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②ロシア修正草案(2021/02/18)と第一草案(2021/03/01)

……この状況をひっくり返した、つまり両陣営参加各国の議論をもとにOEWGが作成したゼロ草稿を却下し、新たな自国草案を示したのがロシアでした。

”Despite these serious drawbacks of the draft report, Russia is ready to engage in negotiating this document in a constructive manner. We have already submitted our detailed comments and amendments to the Chair, and I would like to kindly reiterate Russia’s request to publish them at the OEWG page of the official UN website

 https://front.un-arm.org/wp-content/uploads/2021/02/Russian-Federation-statement-at-informal-OEWG-session-18.02.2021.pdf

 

2021/02/18のロシアのステートメントと共に、このタイミングで確認出来るよう事前に国連ウェブサイト上に準備されていたロシア案は、加盟国のコンセンサスを得られず終了した2017年GGE会合を反面教師とし

  • 最終報告書をコンセンサスの結果とするため、レポートから論争部分を削除
  • 参加国のコンセンサスを得られないとし、国際法に関する進行中の議論を削除
  • OEWG会合の第一義を規範の発展として、この点を強調

……平たく言えば参加国の一国としての提案範囲を逸脱する、ゼロ草稿を完全な作り替えをOEWG議事に求めるものでした。

https://front.un-arm.org/wp-content/uploads/2021/02/RF-Revised-consensus-aimed-OEWG-draft-report-ENG.pdf

 

ロシア案では日本が特に強く評価した第13項も完全に削除されております。この点も

"4) According to the UNGA resolution 73/27 that established the existing OEWG, its mandate prioritizes further development of rules, norms and principles of responsible State behaviour in information space. Nevertheless, the relevant section of the zero draft report looks rather scarce and is limited to operationalizing the 11 norms from the 2015 GGE report. It is imposed that they are sufficient for ensuring security of the ICT-sphere. Proposals of a number of States to include new norms in the main draft text were basically ignored. Instead, they were listed in a separate unofficial document (non-paper) without any specified status and purpose, which undermines the significance of the States’ efforts in this area [for example, in items 13, 50, 51, 54]"

https://front.un-arm.org/wp-content/uploads/2021/02/Russian-commentary-on-the-OEWG-zero-draft-report-ENG.pdf

 

……文面上は国際法と規範、信頼醸成措置やキャパシティビルディングの関連性を述べたものであるにも関わらず、規範を強調するOEWGに相応しくないという名目で削除された訳です。

 

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 ……およそこのロシア修正案を受け、2021/03/01の第一草案ではDiscussions部分を文書後方にまとめるなどの修正が行われました。

https://front.un-arm.org/wp-content/uploads/2021/03/210301-First-Draft.pdf

 

この時点では第13項の削除や国際法が規範に先んじる構造の修正こそ行われませんでしたが、例えば国際法に関する記述で

38. States also reaffirmed the importance of the settlement of disputes by peaceful
means such as negotiation, enquiry, mediation, conciliation, arbitration, judicial
settlement, and resort to regional agencies or arrangements”

 
>38. 各国はまた、交渉、照会、調停、調停、仲裁、司法的解決、地域機関や取り決めなどの平和的手段による紛争の解決の重要性を再確認した

に相当する部分が、

”24. Specific principles of the UN Charter which were reaffirmed include, among others, State sovereignty; sovereign equality; the settlement of international disputes by peaceful means in such a manner that international peace and security and justice are not endangered; refraining in their international relations from the threat or use of force against the territorial integrity or political independence of any State, or in any other manner inconsistent with the purposes of the United Nations; respect for human rights and fundamental freedoms; and non-intervention in the internal affairs of other States”

 

 >24. 再確認された国連憲章の特定の原則には以下のものが含まれる。とりわけ国家主権。主権の平等。国際の平和と安全と正義が危険にさらされないように、平和的手段による国際紛争の解決。国際関係において、いずれかの国の領土保全または政治的独立に対する脅迫または武力の使用を控え、また国連の目的と矛盾するその他の方法での武力の使用を控えること。人権と基本的自由の尊重。他国への内政不干渉。

 

と変更され、また 「既存及び潜在的な脅威」のうち国際法の役割についての一節も

20. States also agreed that any use of ICTs by States in a manner inconsistent with
their Charter commitment to live together in peace with one another as good
neighbours, as well as with their other obligations under international law,
undermines trust and stability between States, which may increase the risk of
misperception and the likelihood of future conflicts between States.

 

20. また良き隣人として互いに平和に共存するという国連憲章の公約、および国際法に基づくその他の義務に反する方法での国家によるICTの使用が、国家間の信頼と安定を損なうことを通じて、各国間の誤解のリスクと将来の紛争の可能性を高めることに各国は同意した。 

から

”17. States also agreed that any use of ICTs by States in a manner inconsistent with their obligations under international law undermines international peace and security, trust and stability between States, and may increase the likelihood of future conflicts between States”

 

>17. 国家はまた、国家による国際法に基づく義務に反する方法でのICTの使用は、国際の平和と安全、国家間の信頼と安定を損ない、国家間の将来の紛争の可能性を増大させる可能性があることに同意した

 

 国連憲章についての記述を削除しただけでなく、「国際法および憲章」が「規範(第30項)」「信頼醸成措置(第39項)」と並び各国間の誤解(” misperception")を軽減させる機能を有している旨の記述を削除するなど、ロシア修正案の意向に沿うものへと少しずつ変更されています。

 

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③OEWG最終報告書(2021/03/10)

そして日本ほか各国からの第一草案への反対意見にもかかわらず、更に

  • 第13項の削除
  • 規範を国際法に先駆ける形への構成順位変更

を中心としたロシア修正案の要旨をほぼ完全に受け入れた形で、最終報告書は纏められました。

 

 ……この最終報告書の特徴については、Final Observationの第80項をご覧ください。

80. Throughout the OEWG process, States participated consistently and actively, resulting in an extremely rich exchange of views. Part of the value of this exchange is that diverse perspectives, new ideas and important proposals were put forward even though they were not necessarily agreed by all States, including the possibility of additional legally binding obligations. The diverse perspectives are reflected in the attached Chair’s Summary of the discussions and specific language proposals under agenda item “Rules, norms and principles”. These perspectives should be further considered in future UN processes, including in the Open-Ended Working Group established pursuant to General Assembly resolution 75/240 

 

80. OEWG プロセス全体を通じて、各国は一貫して積極的に参加し、非常に豊富な意見交換が行われました。 この交換の価値の一部は、追加の法的拘束力のある義務の可能性を含め、すべての国によって必ずしも同意されたわけではありませんが、多様な視点、新しいアイデア、および重要な提案が提出されたことです。 多様な視点は、添付の議長による議論の要約と、議題項目「規則、規範および原則」の下の特定の言語提案に反映されています。 これらの視点は総会決議 75/240 に従って設立されたOEWGを含む、将来の国連プロセスでさらに検討されるべきです

 

……「すべての国によって必ずしも同意されたわけではありません」という、コンセンサスを得た報告書と見做し難い一節には、このOEWG会合の本質が表れていると思われます。 

「自発的で拘束力のない規範は、国際法の下での既存の義務を強化・補完します。これらの要素は両方とも、国際安全保障の文脈での国家による ICT の使用に関する行動の期待を定義します」という言葉を軸にサイバーセキュリティに関する国際的融和を提唱したゼロ草案及び第一草案と比較して、2021-2025年の新OEWGで一部の国の主張に基づく主題(国連決議に基づく、追加の法的拘束力のある義務の採択)の議論を行う旨推奨する、ロシア草案の末言に近いものとなっているのです。

 

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一方コンセンサスという名目上流石に限界があったためか、最終報告書からはロシア・中国側の要望であった2015年版international code of conduct for information security(情報セキュリティに関する国際行動規範)とその更なる議論についての記述も削除されたことも、最終報告書の公平性を期す意味で記しておきます。

 

※この上海協力機構諸国による国際行動規範の特徴や問題点、特に国際人権法やプライバシーに関する問題については下記記事の International human rights law revisionism項以下の文章が分かりやすいでしょう。

citizenlab.ca

 

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……まあ、今回の文章はあくまでOEWG最終報告書の採択経緯の話であり、各国提案の詳細や良し悪しについては原則触れませんし、日本の意見も本論の方で触れようと思います。

 

ただ、ここではOEWG及びその陣営が報告書作成に際して誇示した「コンセンサス」という言葉について記すことで、締めの文章に代えさせて頂きます。

 

circleforward.us

本論の文章でサイバー犯罪に関する国連決議74/247がコンセンサス方式を採らなかったという Global Initiative記事を紹介する予定ですが、今回のOEWGも第80項が示す通りコンセンサスが採られたものではありません。

 

自らを含む数か国が反対する議題を「コンセンサスが得られていない」と報告書から削除しつつ、一方でコンセンサスを得ない自らの意見を反映させた報告書の早急な採択を参加国に要請する。

まあ日本でもこれをコンセンサスと記すビジネス書が多いのですが……これは明らかにコンセンサスではなくコンセント、あるいはNon-Objectionと呼ばれる議論展開方式です。 そしてこの方式が多数決方式を採択した国連決議74/247同様、本来Inclusiveな会合を無意味なものにしたことは忘れてはならないでしょう。

OEWGの大義名分は「有志国会合であったGGE体制を見直し、よりInclusiveな意見反映を目指す」ことであったはずですが……

 

小ネタ:G7サミット、中国のサイバー問題への言及無くなっちゃったね……(06/19文章追加)

1.欠けてしまった中国への非難内容

 

2021/06/11~/13、英国コーンウォール・カービスベイにてG7サミットが開かれました。

www.mofa.go.jp

 

今回のサミットでは対中国の強い懸念が表明された旨の報道が目立っております。

www.asahi.com

>6月13日、G7サミットは共同声明を発表し、中国に対して新彊での人権尊重、香港の高度の自治を求めたほか、東・南シナ海での一方的措置に反対する姿勢を示した

 

……しかし、同じく中国への懸念を含めたG7諸国の外交姿勢を協議した2021/05/05のG7外務・開発大臣会合での共同コミュニケと今回の内容を比べると、中国非難の内容が一つ欠けているのが分かります。

 

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G7コーンウォールコミュニケhttps://www.mofa.go.jp/mofaj/files/100200083.pdf

G7外務開発大臣会合コミュニケhttps://www.mofa.go.jp/mofaj/files/100187048.pdf

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コーンウォールコミュニケでは、中国に関する記述は第49項に集約されています。

>我々は、大国や主要エコノミーが担うルールに基づく国際システム及び国際法を堅
持するという特別の責任を認識する。我々は、全てのパートナーと共に、またG20、国連及びより広い国際社会の一員として、この点における役割を果たすことにコミットし、他者に対し同様の行動を促す。我々はこれを、我々の共通のアジェンダ及び民主的な価値に基づき行う。中国に関して、そして世界経済における競争に関して、我々は引き続き、世界経済の公正で透明性のある作用を損なう非市場主義政策及び慣行という課題に対する共同のアプローチについて協議する。多国間システムにおけるそれぞれの責任の文脈において、我々は、相互の利益になる場合には、共通のグローバルな課題において、特に気候変動枠組条約COP26その他の多国間での議論で気候変動及び生物多様性の損失に対処するに当たり、協力する。同時に、そうした協力をする際にも、我々は中国に対し、特に新疆との関係における人権及び基本的自由の尊重、また、英中共同声明及び香港基本法に明記された香港における人権、自由及び高度の自治の尊重を求めること等により、我々の価値を促進する

 

 

一方外交開発大臣コミュニケでは第13項から5項にわたり中国についての記述がされていますが、このうちコーンウォールコミュニケで採用された文言は概して4つ、

  • ルールに基づく国際システムへの建設的な参画(第13項)
  • 新疆を中心とする基本的自由の尊重(第14項)
  • 香港に関する基本的自由の尊重(第15項)
  • 自由で公正な経済システムを損なう慣行についての懸念(第16項)

……つまり、第17項の

我々は中国に対し、サイバーによって可能となる知的財産の窃取を実行し、又は支援することを控えることを含め、サイバー空間において責任ある行動を取るとの自国のコミットメントを堅持するよう促す

この点については、コーンウォールコミュニケから削除されてしまったわけです。

 

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この中国のサイバー脅威問題について、外務開発大臣会合を取り上げた記事では

www.bloomberg.co.jp

など重大なものとして捉えられており、その点ではG7サミットの対中姿勢は後退したのか……などという疑念が生じても致し方ないものでしょう。が、ここにはちょっとした背景と布石があります。

 

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2.背景としてのGGEレポート

 

実は中国のほかにロシアも、サイバー脅威の代表国としての記述が後退しています。

 

外務・開発大臣コミュニケでは

我々は、自国の利益や安全に対するロシアの情報機関に関係する活動の影響を受けた全てのパートナーとの完全な連帯を表明し、そうしたロシアの行動に揺るぎない決意で対抗し続ける(第4項抜粋)

我々は、サイバー空間の安全保障や偽情報の分野を含め、ルールに基づく国際秩序を脅かすロシアの行動に対処し、それを抑止するために、我々の総力とパートナー諸国の総力を強化し続ける(第7項抜粋)

となっていたものが、同じように

国内でランサムウェア攻撃、身代金洗浄のための仮想通貨乱用その他サイバー犯罪を行う者を特定し、その活動を遮断し、責任を問うよう求める(第51項抜粋)

 と、サイバー犯罪の裏に国家が存在する前提の記述から、国家の義務として国内のサイバー犯罪者への対応を求める記述に変更されているのです。

 

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さてこの二国への記述の変更ですが、これには外務開発大臣コミュニケ第53項で言及されている「国際安全保障の文脈におけるサイバー空間での責任ある国家行動の進展に関する国連政府専門家会合( Group of Governmental Experts・以下GGE)」の会合結果がひとつの背景となっていると思われます。

 

 ※このGGE及び同項で言及されたOEWGというグループについては下記国連軍縮部HPの内容に詳しいですが、とりあえず今の時点ではサイバー空間における国家の行動に関する国連会合として「西側諸国が主導するGGE」と「中露が主導するOEWG」の二つが存在する、程度の認識でOKです。

www.disarm.emb-japan.go.jp

 

このGGEが規範準則・国際法などと国家のあり方に関する、加盟国によるコンセンサスを経た報告書を2021/05/28、つまり2つのサミットの間に作成しました。

https://front.un-arm.org/wp-content/uploads/2021/06/final-report-2019-2021-gge-1-advance-copy.pdf

 

そしてこの内サイバー規範・準則の注釈として、第30項(d)に

"An ICT incident emanating from the territory or the infrastructure of a third State does not, of itself, imply responsibility of that State for the incident. Additionally, notifying a State that its territory is being used for a wrongful act does not, of itself, imply that it is responsible for the act itself"

 

>第三国の領土またはインフラストラクチャから発生するICTインシデントは、それ自体、その国のインシデントに対する責任を意味するものではありません。 さらに、その領土が不法行為に使用されていることを国に通知すること自体は、その行為自体に責任があることを意味するものではありません

 と明記されているのです。平たく言えばG7加盟国自ら(正確にはカナダ・イタリアはGGEに参加していませんが)が

 

「たとえ自国内にサイバー犯罪を行うものがいたとしても、それ自体で当該国がサイバー犯罪を支援しているとは言えない。またそう言い切るには十分な証拠が必要となる(こちらは寧ろOEWGレポートで言及された内容ですが)」

 

という規範注釈に従う旨、外務・開発コミュニケの後で表明していた訳ですから、コーンウォールサミットでそれに反する発言は出来ません。

特にGGEについては、2017年一部加盟国(というか中露なのですが)の反対により報告書の採択が行われなかったという紆余曲折を経た上での6年ぶりのレポートであり、採択直後に中心国たるG7加盟国が自ら翻すことは困難だったと考えられます。

 

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……まあ、内政不干渉を盾に新疆・香港問題などを無視しようとする中国に対し、サイバー脅威の加担者という切り口を失ったのは、G7が中国に対して公正な非難を行う材料を失ったという点では確かに痛手ではあったかもしれません。

 

しかしながらその他の点、ロシア他各国については「外務・開発大臣による5月の声明を承認」した上でその国に関する文章のみでひとつ項を作る形式を採用したコーンウォールコミュニケの中で、ただ中国のみG7加盟国の共有する価値観から外れるG20・国連加盟国という、いわば普遍的な脅威として扱われたことは注目に値するでしょう。また

 多国間での議論で気候変動及び生物多様性の損失に対処するに当たり、協力する。同時に、そうした協力をする際にも、我々は中国に対し、特に新疆との関係における人権及び基本的自由の尊重、また、英中共同声明及び香港基本法に明記された香港における人権、自由及び高度の自治の尊重を求めること等により、我々の価値を促進する

という一節には、これまでの対中政策への自省と不退転の覚悟が示されていると思うのですが、いかがでしょうか。

 

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なおコーンウォールコミュニケの面からはある種の足かせに見えるGGEレポートですが、主戦場である国連サイバー会合においてはこれら規範・準則への注釈の採択により、「既存の」サイバー規範を中露主導のOEWG報告書に先駆けて成立させることに成功した、と考えられるのです。

GGEとOEWGが一つの会合となる時代、中露の「一方的なコンセンサス(という矛盾する行為)」による国連サイバー会合の壟断を防ぐ布石であった……とも言えるのですが、その話はまた後日に。

 

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2021/06/19追記:

ニューズウィーク記事 ”G7「対中包囲網」で賛否両論、一時ネットを遮断”について

……このG7コーンウォールサミットについて、少々頭が痛くなる記事を見かけたので。

drl6uo2pre3aa.cloudfront.net

 

新疆(ウイグル自治区)に関して強制労働が行われていることを、共同声明に書き込もうというバイデンの試みは強烈な反対に遭って達成できなかった

この一つの点をもってG7が対中姿勢全般で不協和音を奏でていた、と論じているようなのですが……この記事に説得力を与えたのは、共同コミュニケ49項のいやらしい引用方法であったと思われます。

 

コミュニケ49:我々は、大国や主要エコノミーが担うルールに基づく国際システム及び国際法を堅持するという特別の責任を認識する。(中略)我々は中国に対し、特に新疆との関係における人権及び基本的自由の尊重、また、英中共同声明及び香港基本法に明記された香港における人権、自由及び高度の自治の尊重を求めること等により、我々の価値を促進する

 

 ……ちなみにこの(中略)部分を一部復活、太字の位置も少し変えると

 多国間システムにおけるそれぞれの責任の文脈において、我々は、相互の利益になる場合には、共通のグローバルな課題において、特に気候変動枠組条約COP26その他の多国間での議論で気候変動及び生物多様性の損失に対処するに当たり、協力する。同時に、そうした協力をする際にも、我々は中国に対し、特に新疆との関係における人権及び基本的自由の尊重、また、英中共同声明及び香港基本法に明記された香港における人権、自由及び高度の自治の尊重を求めること等により、我々の価値を促進する

 

環球時報が社論で展開したような、中国の国力・経済力あるいは環境政策への協力を背景とした新疆・香港問題の切り崩しなど、謀り得ない内容であったことは明らかなのですがね。

補論:DFFTに関する協力のための 2021年G7ロードマップ(附属書2)拙訳

前回から話が飛んですみません。2021/04/28~/29、G7デジタル技術大臣会合が行われたので、今後文章作成予定のG7外相会合やサイバー司法に関わる件として少しだけ触れておこうと……本論の前の補論という形で申し訳ありません。

 

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G7デジタル・技術大臣会合がテレビ会議形式で上記期間開催され、総務省から武田大臣、経済産業省からは佐藤政務官参加しました /経済産業省HP。

www.soumu.go.jp

この会合の結果閣僚宣言および4つの附属書が採択されましたが、この附属書2において安倍前首相が提案して以降日本のデジタル外交政策の看板となったデータフリーフローウィズトラスト、いわゆるDFFTを進展させるためのロードマップが初めて提示されました。(現在日本政府が提唱しているDFFTについてはhttps://www.mofa.go.jp/mofaj/files/100167362.pdfこちらをご参照ください)

 

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データフリーフローウィズトラストに関する協力のための G7 ロードマップ


国境を越えてデータを流通させることは、経済成長とイノベーションにとって不可欠である。COVID-19 により、信頼性のある自由なデータ流通の必要性及び世界的な復興における役割が明確になった。

我々は、プライバシーやデータ保護、知的財産権、安全性に係る課題に引き続き対処しつつ、我々の経済や社会においてデータが持つ力を引き出すことの重要性を認識する。

我々は、データガバナンスに対する多様なアプローチを認識しつつ、有益なデータ駆動型技術が持つ潜在力を引き出し、経済と社会に利益をもたらすための国際協力を促進し、個人情報を適切に保護するために協力することが極めて重要だと確信する。

2019 年の G20 大阪首脳宣言及び G20 貿易・デジタル経済大臣会合閣僚声明、2020 年の G20リヤド首脳宣言を踏まえ、我々は、志を同じくする、民主主義的で開かれた外向的な国として共有する価値に基づき、信頼性のある自由なデータ流通による利益を実現する取組を支持する。

このことを実現するため、我々は、このアジェンダに関する具体的な進展をもたらし、企業や個人が技術を利用する際の信頼性を高め、経済的・社会的価値を高めるための方法を示した「データフリーフローウィズトラストに関する協力のための G7 ロードマップ」(附属書2)を承認する。本ロードマップの一環として、我々は、合意した優先分野における相互に受入可能なデータ共有プラクティスの発展を加速化していく。また、データローカライゼーションによる経済・社会的影響を立証する。さらに、OECD による「越境データ移転に対する規制アプローチの共通項マッピング」や、信頼性のある「民間セクター保有の個人情報に対するガバメントアクセス」に係る取組の進展を支持する(以上、総務省HPによる閣僚宣言邦訳)

 

平たく言えば、2021年度中に

  1. データローカライゼーション(DFFTの立場とは逆に人権・産業保護、国家安全保障の観点などの理由から個人情報や国家にとって重要なデータを国家・領域内にとどめる事https://www.meti.go.jp/policy/trade_policy/wto/3_dispute_settlement/32_wto_rules_and_compliance_report/322_past_columns/2018/2018-5.pdf)がもたらしている影響分析
  2. 国境を超えるデータ流通に対し各国に残置する規制について、共通項をもとに最適解の調整アプローチを検討する
  3. 政府による民間企業へのデータアクセスに対する合理性を検討
  4. ヘルスケアを皮切りにデータ流通開発の優先分野を検討

の4つについてG7及びOECDの枠組みを中核として協力・検討するロードマップを作製したということです。

 

……なお、附属書2の概要については閣僚宣言で邦訳されていますが、残念ながら附属書自体の邦訳は5/7現在まだ掲載されていませんでした。とりあえず下記、Googleベースで恐縮ですが拙訳を作成いたしましたので、ご興味があればご覧ください。

 

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2019年G20大阪首脳宣言、2019年G20貿易・デジタル経済大臣声明、2020年G20首脳リヤド宣言に基づき信頼をもってデータの自由な流れを促進し、人々、ビジネスや経済に利益をもたらす協力のため、G7デジタル技術大臣はオーストラリアと韓国とともに4つの分野を特定しました。。これはプライバシー、データ保護、知的財産権、およびセキュリティに関連する課題に引き続き対処しながら行います。 このアジェンダで具体的な進展をもたらすためのロードマップを設定しました

 

協力の主要分野


このロードマップは、4つの横断的分野でのG7間の共同行動の計画を示しています。


1.データ・ローカライゼーション:

国境を越えてデータを移動および保護する機能は、経済成長とイノベーションに不可欠です。 データ・ローカライゼーションは企業、特に中小企業(MSME)のデータ流通に影響を与える可能性があります。 グローバルに分散したデータエコシステム全体でのデータ・ローカライゼーション対策の経済的および社会的影響に関するさらなる証拠と堅牢な分析が必要です。

これを収集するために、データ・ローカライゼーション対策の影響とこれらのアプローチに対する代替の政策対応に基づく証拠を構築します(貿易大臣トラック- GOV.UKとの一貫性を認識します)。 これにより各国当局あるいは学界・企業グループといった外部ステークスホルダーからの証拠が、他のフォーラムからの情報とともに集積され、将来の多国間(multirateral)および特定利害を持つ複数国間の(plurilateral)協議に情報を提供するのに役立ちます。 これらにはG20デジタル経済タスクフォース、デジタル経済政策に関するOECD委員会のデジタル経済におけるデータガバナンスとプライバシーに関する作業部会、OECD貿易委員会の作業部会、およびインターネットと管轄政策ネットワークが含まれます。

 

2.調整(訳注・Regulatory 総務省訳では「規制」)協力:

各国国内でのアプローチの違いにより、国境を越えたデータ流通に影響を与え、政府・企業・個人に不確実性(法的不確実性を含む)を生み出す可能性があります。 G7デジタルおよび技術当局は越境データ移転に対する規制アプローチの共通項、国家間での優れた調整の実践および協力を特定するための作業を促進します。

「GoingDigital3-成長と幸福のためのデータガバナンスに関する水平プロジェクト」および「越境データ移転に対する規制アプローチの共通項マッピング」(訳注・2021/10/17追加)を含むOECD分析に基づいて構築します。 ベストプラクティスのケーススタディに焦点を当て、データガバナンスとデータ保護に関する協力を強化し、違いを克服する機会を特定し、規制アプローチの共通点を探り、メンバー間の相互運用性を促進します。

私たちは、英国の情報コミッショナーオフィスが主導する、すべてのG7データ監督当局および/またはデータに関するその他の管轄当局で構成され、それらと協力して開発されたイベントを開催します。 このイベントは2021年に開催され、革新的なアプローチ、規制の施行、国境を越えたデータ流通を可能にする規制に焦点を当てた調整協力を検討します。

2021年に別の分野横断的な規制当局のイベントを開催します。このイベントでは、データ監督当局やその他のデータ担当当局、およびデジタル分野全体のその他の規制当局が集まり、ベストプラクティスを共有し、国際協力をサポートします。

 

3.データへのガバメントアクセス:

堅牢なデータ保護・プライバシー・合法的なアクセス体制と、政府が民間部門の個人データにアクセスするための有効な必要性との間には明確な関連性があります。 私たちは国内のデータ保護とプライバシー基準、合法的なアクセス体制を支える合理的な原則、および国境を越えたアクセスを容易にする法的権限と取り決めを維持することに取り組んでいます。
私たちは、信頼できる「民間セクター保有の個人情報に対するガバメントアクセス」に取り組んでいるOECDの起草グループの目的と目的を支援することを含め、これに関して志を同じくするイニシアチブとグループに関与します。

 

4.優先セクターのデータ共有:

COVID-19危機は、ヘルスケアなどの優先セクターにおけるデータ共有へのアプローチについてコンセンサスを見つけるために、志を同じくする州の価値と必要性を示しています。 G7は保健大臣トラックの一環として、健康データの相互運用性と基準について協力しています。私たちは、より幅広い優先分野の相互に受け入れ可能なデータ共有慣行の開発を有意義に加速するよう努めます。
私たちは、政策立案者間の一連の焦点を絞ったワークショップを通じて協力し、データ共有がG7加盟国に社会的利益をもたらす可能性が最も高い優先分野を特定します。これには次のものが含まれます。実質排出量ゼロへの野心;イノベーション、科学、研究;教育;と自然災害の軽減。
私たちは知識を共有し、開発された場合は、データの共有と革新を支援または妨害する可能性のある要因に関するベストプラクティスを共有します。これは、事前に証拠を共有して、専門家主導のフォーラムを介して行います。これにはデータ仲介者(訳注・The EU Wants 'Data Intermediaries' As An Alternative to Big Tech Platforms参考)、データファウンデーション(訳注・Data Foundationのこと?)、信頼の確保、プライバシー強化テクノロジー(PET:訳注・デロイト トーマツHP参考)の採用の検討へのアプローチが含まれる場合があります

 

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 ……さてこの附属書2をざっと読んで個人的に気になったのは、まず参加国のうちDFFTに懐疑的なインド・南アフリカが署名に加わっていない事です。

逆に言えばオブザーバー国の一部が署名に加わらなかったとしても、G7+オーストリア・韓国の枠組みでDFFTのロードマップが採択されたという事です。

 

これにはインド側のラビ・シャンカール情報相がG7の場で直接DFFTを否定、会合の流れをひっくり返す暴挙に出るような攻撃的な人物とは考え難かった事も、理由として挙げられるのではないでしょうか。

newsonair.gov.in

 

G20リヤドサミット等でデータ・ローカライゼーションの中心概念となるデータ主権の正当性を主張しても、

www.hindustantimes.com

 

 少なくともゴヤル商相のように会合の場で明らかにDFFTを否定することは無かったので。

www.ibef.org

 

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もう一つは今回のロードマップ以前に、既にDFFTを採択している国際協定が存在するということ。日英EPAやRCEPがそれです。

 

tenttytt.hatenablog.com

特にRCEPでは参加各国がDFFTを採用するまでの国内法調整期間を論じていたのですが、このG7ロードマップに則り採択される国際規範をベースとすれば、もう少し各国との調整もスムースだったのではないかと思います。逆にRCEPの結果がG7ロードマップに反映される……とも思えませんし、ねえ。