岸田政権下のDFFT(2)2021年G7・G20での変質:その①G7コーンウォールまで

はじめに・お詫び

 

大した理由もなく半年ほど執筆中断しておりました。

更にこれから展開するDFFT論についても、実は半年前にほぼ内容を書き終えたまま放ったらかしにしていたものです。引用する記事内容も知見もほぼ半年前の古いものです……が、実際のところ当時からDFFTに関する動きは世界中で殆ど見られていなかった事ととりあえず一区切りと考えたこともあり、以前作成した記事を若干手直しして公開させて頂きます。

 

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岸田政権下のDFFT(1):経済安全保障とG20サミットからの続きとなります。

G20とG7それぞれにおけるDFFTの、今までの扱いと背景を確認しましょう。

 

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1.2019年G20大阪サミットとG7フランス

1)大阪サミットでの萌芽

 

まずDFFTがサミットの場で大々的に提唱されたのは2019年6月、日本主催のG20大阪サミットでした。

www.mofa.go.jp

イノベーション:デジタル化、データ・フリー・フロー・ウィズ・トラスト(信頼性のある自由なデータ流通)』と題された第4章においてDFFTの役割を示しています。

 

Society5.0(抽出データの結合と社会インフラにより情報・物質世界が密接に活用・フィードバックされる社会)を経済的・包摂的な未来社会としたうえで、自由なデータ流通がもたらす未来社会への恩恵及びセキュリティやデータ保護ルールの課題という双方の対処を提唱、各国で異なるデジタルの国内法枠組みを尊重しながら相互運用性を促進するための課題を抽出し話し合う。

 

この時点ではいささか抽象的で、また国内法枠組みの下りについては日本政府が自主的に提案したというより、DFFT反対派からの働きかけだった点もあります。とはいえ日本発のDFFTの起点はここであり、各国のデータ保護に対するスタンスを整理しながら、より自由で国家相互間の信頼を再構築しうる枠組みを整備しようとしたことが伺えます。

 

日本のDFFTが当時のファーウェイ問題を背景としていることは念頭に置いて良いでしょう。ファーウェイ問題は国内外のデータを悪用する特定国家の信頼性を低下させたのは勿論ですが、それ以上に結局自らがデータ保護に走らざるを得ないという形で各国の相互発展への信頼まで失わせるのに十分なものでした。

DFFTの役割はデータ流通の国際ルール策定と遵守によるconfidence醸成だけでなく「貿易と地政を巡る緊張」を緩和させ各国のTrustを回復させる、という大阪サミットの全体テーマに繋がる側面まで担っていた訳です。

 

※ただし欧米とのコンセンサスを得る過程で非欧米諸国のデータポリシーを軽視する傾向が生じたこと、後の日英EPAやRCEPといった実効の場でもこの傾向を修正しない事など、DFFTの実例化を急ぐあまり日本の管轄省庁がデータポリシーに対する多面的な吟味を怠る問題が生じました。これも後述するDFFTイニシアティブ失陥の一因と思われます。

 

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2)G7パリ閣僚会合とビアリッツサミット

 

一方で同2019年フランス主催のG7サミット、特に5月パリ開催のデジタル関係閣僚会合では日本提唱のDFFTについて事前に打診があったであろうにも関わらず、その記述は全くありません。

代わりに主催国フランスにより提唱されていたのが、同デジタル会合の表題となっていた”Building Digital Trust Together"です。特に第3章ではRules of Law(法の秩序・支配)の尺度での国家監視に言及する、二元論的経済安全保障に近い概念を示していました。

データ流通分野におけるルール順守を」通じたconfidenceを具体的な特定国家とのTrust形成の糸口にするのではなく、抽象的に法の秩序・支配の遵守に関してTrustを構築していない国家にはデータ流通へのconfidenceも与えない、という逆側の、欧米流の概念です。

同時にこの時点でのG7での二元論は未だアンチ・データローカライゼーションイニシアティブを反権威主義に反映させたに過ぎず、当時直面していた米中対立という具体的危機に落とし込むものですら無かったのです。

https://www.soumu.go.jp/main_content/000619958.pdf

※Rules of Lawが複数形であり、複数のconfidenceを積み重ねた末初めて構築可能なTrust要件であることに留意してください。またここでいうRules of Law、法の支配については各国でブレ幅が大きく、日本政府特に当時の河野外相とは違う概念であることを理解しておくと良いでしょう。

 

……とはいえ日本側による様々な交渉の末、同年8月本番のG7ビアリッツ・サミットでは成果文書の一つ「開かれた自由で安全なデジタル化による変革のための戦略」の一節にDFFTを盛り込むことに成功。

法の秩序・支配が前提となる”Building Digital Trust Together"に代わり「国内及び国際的な法的枠組みを尊重した上での変革を各国に求める」DFFTが先進7か国のデジタル目標にも収まり、最終的にG20・G7双方のデジタル議題としてDFFTが取り扱われることになった訳です。

 

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2.2021年サミットにおける変質

1)2021年G7閣僚会合・G7ロードマップ作成まで

 

その後サミット関係では2020年3月のアメリカ主催G7首脳テレビ会議でこそコロナ・アフターコロナに集中した首脳宣言にDFFTの文字はありませんでしたが、同年7月のG20サウジ・デジタル経済大臣会合では第2章、”Data Free Flow with Trust and Cross-Border Data Flows”において3方面の法的枠組みに言及。

G20メンバーは以下を含む正当な公共政策目標に偏見を持たず、データの自由な流れと消費者・ビジネスの信頼をさらに促進できる、関連する適用可能な法的枠組みに従い、これらの課題に対処する必要性を認識しています。

  • データポリシー、特に相互運用性と転送メカニズムの経験と良い慣行を共有し、DFFT(訳注:原文は”data to flow across borders with trust”)に使用される既存のアプローチと手段の共通点を特定する。
  • 貿易とデジタル経済の間のインターフェースの重要性を再確認し、電子商取引に関する共同声明イニシアチブの下で進行中の交渉に関し、WTOにおける電子商取引に関する作業プログラムの重要性を再確認する。
  • プライバシー強化技術(PED)などの技術を探求し、より深く理解する。

 

11月のリヤド・サミットでも首脳宣言第19章「デジタル経済」に

>(前略)我々はDFFT及び越境データ流通の重要性を認識する。我々は開発のためのデータの役割を再確認する。我々は、プライバシー、データの保護、知的財産権及び安全性に関連する諸課題に対処しつつ、開かれ、公正で、無差別的な環境を促進するとともに、消費者を保護し、消費者に能力を与えることを支援する。関連する適用可能な法的枠組みと整合的な形でこれらの課題に引き続き対処することにより、我々は、データの自由な流通を更に促進し、消費者及びビジネスの信頼を強化することができる(後略)

と、デジタル格差の是正や「デジタル経済におけるセキュリティに関するG20事例集」「G20人工知能(AI)原則を推進するための国内政策例」「G20スマート・モビリティ・プラクティス」「デジタル経済を評価するための共通の枠組みに向けたG20ロードマップ」といった取り組みに先駆けて、DFFTへの取り組みを行う旨明記されました。

 

そして2021年4月イギリス主催のG7デジタル・技術大臣会合においてDFFTは閣僚宣言の6つの柱の一つに選ばれ、(1)データローカライゼーションの特性抽出、(2)各国政策の共通項を糸口とした調整協力、(3)政府による民間データアクセスの合理性検討、(4)データ流通自由化の優先分野設定、という4分野に関する『DFFTに関する協力のための 2021年G7ロードマップ』が作成されています。

対立する政策の問題点抽出や、国際対話に向けた各国政策の共通項探しといったDFFTの具体的アプローチが遂に採択されました。そして従来主にG20で採り上げられたDFFTが、ここにおいて先進国会合G7の場をメインフィールドとした訳です。

 

……とはいえある意味DFFTの流れが純粋に日本発信のものであったのは、この辺りが終幕であった気がします。これ以降は米中対立の構図からG7・G20イデオロギーが乖離した末、その隙を突いてある普遍的概念がDFFTに張り付き始めるのです。

 

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2)2021年G7コーンウォールサミット・経済安全保障への引き込み

 

同2021年6月、イギリス・カーチスベイで行われた G7コーンウォール・サミットが、日本がDFFTのイニシアティブを失う一つの転機であったと思われます。

www.mofa.go.jp

 

首脳宣言上は第34章、デジタル分野に関する章の最初の節として

引き続きデータ保護に関する課題に対処しながら価値のあるデータ主導の技術の潜
在力をより良く活用するため、信頼性のある自由なデータ流通を擁護すること。その
ために我々は、デジタル大臣による「データフリーフローウィズトラストに関する協
力のためのG7ロードマップ」を承認する

という形をとり、DFFTの扱い自体は前述のG7デジタル・技術大臣会合をそのまま引き継いでいます。

 

問題は3つ目の節の部分です。

  1. サイバー空間上の表現の自由に配慮しつつ、児童・ジェンダー保護のための「インターネット安全性原則」を承認
  2. 過激主義者及びテロリストによるインターネット使用への対抗ランサムウェアの犯罪ネットワークへの対処
  3. と同時に、発信国の責任まで追及するべく既存の国際法適用に向けた国連等へ働きかけ

この第3節はデューデリジェンスのもと、サイバー犯罪の責任を犯罪者だけでなく犯罪発信国まで向けるためのものです。これは5月に行われたG7外務・開発大臣会合の流れを受けた更なる米中対立とその後のGGE報告書を経て中露への直接非難が困難になったという背景を受けて記されたものでしたが、結局この形での中国非難に飽き足らなくなったバイデン政権が一歩進んだ対中包囲網を形成しようとしたことは、以前の文章で記した通りです。

一見DFFTの枠外ではありますが、この第3節はG7のデジタル政策に2019フランスサミット時代の二元論的経済安全保障を復活させたうえ、さらにはアメリカとEUでその方針に齟齬が発生する起点にもなりました。

 

つまり今回のG7の主題にDFFTを挙げる際には二元論的経済安全保障から自陣営内での調整まで視野に置くことまで必要なものとなったのです。

 

その後この米欧陣営の経済安全保障政策の齟齬が、AUKUSにおける潜水艦受注問題……オーストラリアによる仏艦発注キャンセルという形で表出したのは記憶に新しいところです。このコーンウォールサミットこそAUKUSや別途文章で触れたサイバー犯罪への対中方針、後には対露制裁にまで繋がるG7齟齬の端緒だったと言えるでしょう。

www.spf.org

 

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このG7コーンウォールサミットを起点とする歩調の乱れを突くように、イタリア主催のG20サミットにはG7の二元論的経済安全保障とは真逆の思想が盛り込まれました。

 

その②G20イタリアに続きます。