岸田政権下のDFFT(2)2021年G7・G20での変質:その②G20イタリア

岸田政権下のDFFT(2)2021年G7・G20での変質:その①G7コーンウォールまでの続きとなります。

 

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1.逆振れとなったG20イタリアサミット

 

前章では2021年G7コーンウォールサミットにおける経済安全保障への傾注や各国の歩調の乱れについて記しましたが、この間隙を突くようにイタリア主催のG20サミットには二元論的経済安全保障とは真逆の思想が盛り込まれました。

 

今年行われたG20ローマサミットでは、G7コーンウォール首脳宣言第34章3節3項の背景となる中露への対立姿勢が取り払われました。その結果G20のデジタル政策はDFFTからG7宣言での第1項の部分、つまり児童・ジェンダーといった弱者保護の部分を強調するものへと変化したのです。

 

ローマ首脳宣言には最初からこう記されています。

「国際経済協調の第一のフォーラム」として、我々は、数十億の生活に影響を与え、持続可能な開発目標(SDGs)の達成に向けた進捗を著しく阻害し、グローバルなサプライチェーンや国際的な移動を途絶させたパンデミックによって発生した、国際保健危機や経済危機を克服することにコミットする

2019年大阪サミットでは米中対立を中心とする加盟国間の軋轢、2020年リヤドサミットではコロナ禍への対処や回復へのロードマップが背景とされ、両問題に加盟国が一体となって取り組むことが首脳宣言の目的とされました。

これら従来の課題をほっぽってSDGsの立ち遅れを最大の国際問題として提起、サミットをSDGs達成「のため」の場としたのはイタリア主催G20サミットの大きな特徴といえます。

 

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2.G20トリエステ閣僚会合

 

この変質は2021年8月、イタリア・トリエステで行われたG20デジタル大臣会合で明らかとなりました。

www.g20.utoronto.ca

日本からは武田総務相・佐藤経済産業政務官(当時)が参加した会合でしたが、

"Leveraging Digitalisation for a Resilient, Strong, Sustainable and Inclusive Recovery(強靭で強力で持続可能で包摂的な経済回復のためのデジタル化の活用)"と名付けられた通りSDGsの色彩を強く持つ……脆弱で過小評価された(とSDGs上見なされている)層に集中した救済措置としてのデジタルの有効性を提唱する場になってしまいました。

近年来G20各国が直面している軋轢とその解決に主催国イタリアが目を閉じた結果、前年のG20リヤドサミットや今年のG7デジタル大臣会合のレールを大きく外れる形となったのです。

 

このデジタル閣僚宣言、特にDFFTに関連する『デジタル経済』については総務省内容の要約を行っていますが、むしろ下記の方がより直接要旨を掴んでいると考えられます。

  1. 持続可能な成長のための生産におけるデジタルトランスフォーメーション零細中小企業の格差削減および持続可能で包摂的な経済回復)
  2. 零細中小企業の包摂性やスタートアップ促進のための信頼できるAIの活用(零細中小企業包摂のための公共データ接触に際するサンドボックス化)
  3. デジタル経済の測定、実践、影響(主にジェンダー格差調査のためのデジタル面での測定調査の必要性に言及)
  4. グローバルなデジタル経済における消費者意識と消費者保護(プライバシーや不正慣行からの「脆弱な」消費者保護)
  5. デジタル環境における青少年保護とエンパワーメント(デジタル環境下での「脆弱な」児童保護)
  6. スマートシティ・コミュニティのためのイノベーション促進(スマートシティのための包括・全体参加的対話アプローチ推進)
  7. 接続性と社会的包摂(「脆弱で過小評価された」層の包摂のためのデジタルアクセス促進)
  8. 信頼性のある自由なデータ流通と越境データ流通

デジタル経済大臣は2020年に、信頼と国境を越えたデータフローによるデータフリーフローの機会と課題およびプライバシー、データ保護、知的財産権、セキュリティに関連する課題に対処する必要性を認識しました。こうした中で日本とサウジアラビアの仕事と成果を基に、我々はおのおの異なるDFFTへのアプローチに対し「『共通性、補完性、収束の要素』を特定する調整的アプローチによる共通性マッピング」にOECDが取り組んでいることを評価する。このような共通点は、将来の相互運用性を促進する可能性があります

 

……1.~7.まですべて脆弱な立場にある対象へのデジタル支援となっていることは前述した通りです。が、8.のDFFT自体についても単純に最後位に引きずり降ろされただけでなく、イタリア会合独自の解釈が為されてしまいました。

G7コーンウォールサミットで採択された『DFFTに関する協力のためのG7ロードマップ』の4部門について、G20デジタル会合では国境を越えたデータ転送に対する規制アプローチにおける共通性のマッピング だけしか閣僚宣言で採択されなかったのです。

 

この共同マッピングはデータ移転に関する各国の規制・協定を

  • Plurilateral arrangements(一方的な規制:国家が国内企業に対して事前承認・事後説明などの形でデータ規制を与える)
  • Unilateral mechanisms(複数国間協定:APECOECDなど共同体でのデータ特化協定)
  • Trade agreements and partnerships(貿易協定及びパートナーシップ:日英EPAやRCEPでの包括協定内でのデータに関する条文)
  • Standards and technology-driven initiatives(規範及びテクノロジー主導のイニシアティブ:企業側からの自主的規範)

と分類したうえで、データ流通とデータ保護を志向するという各国の「共通性」、フリーデータフローへの「収束性」、また各国が4分類のうち単独ではDFFTを遂行出来ず分類それぞれが「補完」し合っていることを提示。

「共通」点が存在する領域に焦点を当て、規制・協定が「補完」し合いまた「収束」の方向性を見せている事を強調し、DFFTのための各国の対話が最も有益な場所を特定するものです(ただし共通点そのものはグッドプラクティスという意味ではない、としています)。

 

つまりデータローカライゼーション等、DFFTと異なるデータ政策の問題点を指摘する他アプローチと比較して、G7アプローチの中では各国のデータポリシーに優劣をつけない極めてインクルーシブ(非排他的・構成員の意見の平等性重視)なものとなっている訳です。

このインクルーシブという特性は「SDGsのためのサミット」という主催国イタリアの主旨であり、そしてG20加盟国内のデータ保護主義国家にとって唯一受け入れ可能な「DFFT前提という先入観を持たない」アプローチだった訳です。

 

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3.岸田首相不在のローマG20

 

さらに岸田首相が現地参加を中止した10/30.31のG20ローマサミットでは、首脳宣言の端々にSDGsの思想がこれでもかと言わんばかりに擦り付けられました。

DFFTの主旨も、トリエステG20デジタル会合以上に歪められています。

 

www.mofa.go.jp

48 我々は、信頼性のある自由なデータ流通及び国境を越えたデータ流通の重要性
を認識する。我々は、開発のためのデータの役割を再確認する。 我々は、関連する
適用可能な法的枠組に従って、プライバシー、データ保護、安全性及び知的財産権に関するような課題に対処することに引き続き取り組んでいく。また、我々は、将来の相互運用性を促進するため、引き続き共通理解を促進し、既存の規制手段と、信頼性のあるデータ流通を可能にする枠組との間の共通性、補完性及び収れんのための要素の特定に向け、引き続き取り組んでいく。デジタル・サービス・プロバイダの責任を認識しつつ、我々は、人権や基本的自由を保護しながら、2022 年にインターネットの安全性の向上やオンライン上の虐待、ヘイトスピーチ及びオンライン上の暴力・テロへの対策によって、デジタル環境における信頼の向上に向け取り組んでいく。
我々は、最も脆弱な人々を守ることに引き続きコミットし、デジタル環境における児童に関する OECD 勧告から引用された「デジタル環境における児童の保護及びエンパ
ワーメントのための G20 ハイレベル原則」及び児童オンライン保護に関する国際電気
通信連合(ITU) 2020 ガイドラインを始めとする、その他の適切な手段を認識する。 

中小企業の包摂支援やサイバー犯罪への国際協力(G7で採用された既存国際法適用のような攻撃的議案は含んでいません)、デジタル空間での差別発言などを纏めた章の中、DFFTはひそかに記載されるに留まってしまいました。

 

特にオンライン上の「虐待」や「ヘイトスピーチ」への規制対応はSDGsにおける特定脆弱層の支援と相性の良い施策ですが、同時にサイバー空間への国家干渉を誘引するものです。

EU全体としてはこの数日後の2021/11/02にサイバー犯罪に関する国連アドホック委員会の意見書で

”These provisions should in general relate only to high-tech crimes and cyber-dependent crimes, such as illegally gaining access to, intercepting or interfering with computer data and systems. Substantive criminal law provisions must be clearly and narrowly defined, and be fully compatible with international human rights standards and a global, open, free, stable and secure cyberspace. Vague provisions criminalising behaviour that are not clearly defined in a future UN Convention or in other universal legal instruments would risk unduly and disproportionately interfering with human rights and fundamental freedoms, including the freedom of speech and expression, while also resulting in legal uncertainty.”

 

>これらの規定は一般に、コンピューターのデータやシステムへの不法なアクセス・傍受・干渉など、ハイテク犯罪やサイバー依存犯罪にのみ関連するものでなければなりません。 実質的な刑法の規定は明確かつ狭義に定義され、国際人権基準およびグローバルでオープン、無料、安定した安全なサイバースペースと完全に互換性がなければなりません。 将来の国連条約やその他の普遍的な法的手段で明確に定義されていない行動を犯罪とする曖昧な規定は、人権と言論と表現の自由を含む基本的自由を不当かつ不釣り合いに妨害するリスクがあり、同時に法的な不確実性をもたらします。

https://www.unodc.org/documents/Cybercrime/AdHocCommittee/First_session/Comments/EU_Position_for_AHC_first_session.pdf

 

と述べ、データ流通の妨げとなるcyber-dependent-crime(ネットワークへの干渉を主とするサイバー依存犯罪)とヘイトスピーチなどcyber-enabled-crime(従来空間上の犯罪がネットに移行した形のサイバー対応犯罪)を区別し、後者が内包する人権への国家干渉を憂慮する考え方を示しているにも関わらず、です。

ipprobe.global

 

イタリアはG20主催国としてこのEUの潮流や日本のDFFTに逆行し、むしろSDGsを旗印に国家によるデータ干渉を是とする形の首脳宣言を採択させたのです。

 

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国家や企業の悪意・営利はもちろん国家正義の立場から国民を保護する目的であったとしても、自国を流通するデータへの干渉行為は被干渉データ帰属国との信頼を棄損していきます。

 

安全保障目的からデータ干渉範囲の拡大を求める国家群とそれを拒否する国家群が腹を割って話し合う、この行為を行為を通じて多国間信頼の修復を図ることが日本のDFFTの要諦だったと思われます。G7コーンウォールで揺らぎを見せた(菅政権でその修正を図らなかった)DFFTの観点は、G20ローマで更に逆方向に揺るがせました。

 

そして、当時首相就任間もない岸田首相はローマへの現地参加を見合わせ……DFFTのみならず自由貿易と国家間信頼回復という大阪サミットの第一義をG20に復帰させる機会をみすみす見逃してしまった訳です。

 

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さてこのG20でのDFFTの変質の背景には、背景に強力なDFFT対抗国家インドがあるのではないかと思われます。

その③インドの暗躍と日本国内の変質に続きます。