南ドイツ新聞の菅首相評価と、環境思想の先鋭・教条化(1)

はじめに

 

今回の文章は、南ドイツ新聞による菅首相への評価について記した第1章と、G20リヤドサミットで取り上げられた新たな温室効果ガス対策に対するEUの批判と日本の立場、及びそこから浮かび上がる国連の先鋭化・教条化について記した第2章以降の二部構成となっています。

 

特に第2章以降は、今後取り組む予定の一連の文章のプロローグとして記したものであり……ネタバレですが第1章とは扱う背景が異なります。

 

なお、この文章は世界的な温室効果ガス削減政策を批判したり、或いは日本を擁護しているのではなく、あくまで環境政策を含めて先鋭化・教条化した国連と日本の間で、ある時期ある種の軋轢があった事を記したものです。ついでにEUのコロナ復興基金のやり方や、グテーレス国連事務総長の無礼な発言を「暴走」と表現してはいますけどね。

 

 

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1. 『輝きのない首相』報道に関する、南ドイツ新聞記事の実際

 

www-jiji-com.cdn.ampproject.org

 

〉30日付のドイツ高級紙・南ドイツ新聞は、菅義偉首相について「輝きのない首相」と題する記事を掲載した。前政権の保守路線を継続する以外に「ほとんど野心がないように見える」などと批判的に論じている。

 

2020/12/01の時事通信に、上記記事が掲載されました。この南ドイツ新聞が報じた内容の要約として 

〉菅氏が電話会談でバイデン次期米大統領北朝鮮による拉致問題解決への助力を要請したことに関しても、気候変動や国際紛争などが焦点となっている世界情勢下では「優先順位は落ちる」と主張

と伝えています。

 

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しかし元記事の南ドイツ新聞ではこの部分、Innenpolitisch ist ihm der Start glatt misslungenの章で

 

“Das Thema ist so etwas wie ein japanischer Nationalkummer um Einzelschicksale - ernst zu nehmen, aber nachrangig bei einer Weltlage mit Klimawandel, internationalen Konflikten, gesellschaftlicher Spaltung und Pandemie.”

〉このテーマは個々の運命に対する日本の国民の悲しみのようなものです-真剣に受け止められるべきですが、気候変動・国際紛争・社会的分裂・そしてパンデミックという世界の状況に比べ、「優先順位は落ちる」ものです。

 

……拉致問題に対する日本政府の関心の高さとその経緯を十分認識しており、また拉致問題は気候変動や国際紛争だけでなく特に〜記事の多くが日本のGoTo政策に割かれているように〜パンデミック対応と比べて「優先順位は落ちる」と表現しているに過ぎないのです。

 

南ドイツ新聞の記事内容自体、慰安婦問題の認識はもちろん近隣諸国との領空・領海問題への言及を避けつつ菅首相の観閲式出席をJapan-Firstに結び付けたり、“wirtschaftsnahen, rechtskonservativen”ビジネス優先で右翼保守的と評するように、特殊な指向の強いものである事に変わりは在りません。

 

しかし時事通信の要約は元記事を更に助長し、自らの政府批判の箔付けに利用していることは念頭に置くべきでしょう。

 

拉致問題については保守路線を継承したという前政権の頃から、優先順位の高さをアピールしながらも実際の行動には踏み出せていません。タイミングの問題もあったのでしょうが、それだけ外交面ではサミット等の国際協調活動に、また政権末期にはパンデミック対応に追われていたのです。彼らのいうJapan-First国家にそのような選択はあり得たでしょうか。

 

 

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南ドイツ新聞の菅首相評価と、環境思想の先鋭・教条化(2) に続きます。

 

 

RCEPにおけるDFFT〜電子商取引ルールへの導入

はじめに. RCEP締結と電子商取引の共通ルール

www.sankei.com

15カ国が参加する地域的な包括的経済連携(RCEP)交渉が2020/11/15に妥結しました。

このRCEPについて対中貿易赤字の拡大、有力国インドの撤退で加速されるASEANや日本まで巻き込む対中依存など、今後の国際的懸念が各分野から表明されていますが、この点について産経新聞

世界貿易機関WTO)が機能不全に陥る中、中国と知的財産や電子商取引の分野で共通のルールを持つ意味は大きい。日本は「中国を縛り監視する」(外務省幹部)ためにも、協定にとどまる必要があると判断。

という記事を掲載しました。この考え方は実際の交渉に関わった外務省や経産省の基本スタンスと思われ、上記外務省幹部だけでなく牧原秀樹前経産副大臣も自身のTwitter

mobile.twitter.com

〉日本が抜けたと想像すると、むしろASEAN10カ国を含めアジア経済は完全に中主導になります。日本が主導して作ったルールの下、中韓ASEAN、豪NZが法の支配に服する体制作りこそ意味があります

と記しています。

RCEPが国益に資するかどうか……数字に疎い私には条文を読んでも検討もつかないのですが、一つ気になったのは『電子商取引の分野で共通のルールを持つ』という言葉でした。


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1. 大阪トラック・DFFTお披露目のためのRCEP条文

この『電子商取引分野の共通ルール』、日本主導のものとしてはDFFT(Data Free Flow with Trust)つまり個人情報や非公開情報の機密性を確保した上での自由なデータ流通を提唱する大阪トラックがあります。
大阪トラック・プロセス|外務省

ただしこの外務省HPの新着情報にあるように、大阪トラックを電子商取引の国際ルールとするための活動は今年1月以降休止され、安倍政権末期には殆ど話題に上がらなくなっていました。当初は2020年6月のWTO閣僚会合をもって実質的進捗を示すべく活動がなされていましたが、閣僚会合自体がコロナ影響下で2021年まで延期されています。


……このまま安倍首相辞任をもってそのまま下火となってしまうかと思われましたが、茂木外相留任時の記者会見で大阪トラックへの言及が為され
www.mofa.go.jp

また菅首相の初外遊となったベトナムインドネシア外遊の際にもDFFTを取り上げるに至り、菅政権が大阪トラックやDFFTを改めて推進する意向である事が明らかになりました。
www.mofa.go.jp

菅政権のデジタル政策といえばデジタル庁など国内整備面のみ指摘されますが、これも「国内整備はどうなのか」と日本主導のデジタル外交が批判される事を防ぐ為の措置ではないか、そういう見方も出来るのです。


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特にRCEPは、菅政権発足後初めての多国間経済連携協定にあたります。
日英包括的経済連携協定(EPA)|外務省のような先進国2カ国間の電子商取引協定はありましたが、後進国やデジタル面で日本と異なる政策を進める国家を含めた多国間協定は初めてです。

その意味で今回のRCEPの電子商取引協定は、大阪トラックやDFFTが国際ルールとして今後どの程度参加国を組み込み得るかの試金石となります。

特にWTO会合で理論的な進捗を開示出来なかった都合もあり、実際に大阪トラックが国際協定で採用・展開される場合のテストケースでもあった訳です。つまりRCEPに留まらない「日本主導のルール」の象徴がこの電子商取引分野だった訳で、その内容は関係者側が示唆する対中牽制・ASEAN誘導の面だけでなく、日本主導のルールが今後世界を牽引しえるだけの完成度や理想を持つものなのか、という点で重要でした。

更に言えばRCEP妥結後には11/20のAPEC首脳会談、11/22からのG20サウジアラビアサミットが続きます。

一般的に「インドの参加まで日本側が渋ったのに中国・ASEAN側の意向で妥結が前倒しされた」とされるRCEPですが、この時期での妥結はAPECG20を現実化されたDFFT制度の披露の場とする好機にもなっていたのです。

この時期に間に合わせるための締結だったかどうか、証拠は在りませんがまあ偶然とも思えませんね。


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2. 電子商取引条文の詳細とDFFT交渉の問題点

さて、このような視点からRCEP条文を確認すると
www.meti.go.jp
https://www.mofa.go.jp/mofaj/files/100114915.pdf

電子商取引分野はこちらのP795〜811、第12章に記載されています。


主な内容としては電子的取引への不必要な国内規制の緩和・電子的送信に対する関税賦課の禁止・コンピュータ関連設備の設置要求の禁止・電子署名の法的正当性の認定・個人情報や消費者保護などと共に、電子情報越境への妨害禁止について記されています。

これ自体は主に個人情報やサイバーセキュリティに関するTrustを含めたData Free Flowであり、大阪トラックの形で提唱された日本主導のDFFTに則るものです。

しかし、中身を見ていくといくつか注目すべき点が見つかります。


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1)一部国家の適用猶予

  • カンボジアラオスミャンマーについて5年間、5条貿易文書の電子化・6条電子署名有効性認定・7条消費者及び8条個人情報保護法令採用・9条商業電子メッセージ送信者への措置遵守規定・14条自国領域事業者に対するCP設置利用要求の禁止・15条電子情報の越境に対する妨害廃止(追加3年措置あり)の猶予
  • ブルネイについて3年間、14条自国領域事業者に対するCP設置利用要求禁止措置の猶予
  • カンボジアについて5年間、10条国際条約に準じる電子取引への国内規律採用の猶予
  • ベトナムについて5年間、14条自国領域事業者に対するCP設置利用要求の禁止・15条電子情報の越境に対する妨害廃止措置への猶予

……ベトナムとその他国家で様相が異なるのは、他4国の場合は個人権利保護を含めた法的システムが未だ整備中であるためなのですが、ベトナムの場合は2019年に施行されたサイバーセキュリティ法がデータ・ローカライズ強化の色彩を帯びていると認識されたためではないかと思われます(後に同法の適用範囲を犯罪に限定する旨発信されました)
www.businesstimes.com.sg


2)17条紛争解決手段の設定

  • 電子商取引の枠組みに関する締結国間の解釈相違については、国家間或いはRCEP合同委員会での協議で行うものとし、WTOパネルに準じる紛争解決方式は採択しない

……その他いくつかのRCEP条項でも採用されていますが、同枠組みでも協議による柔軟な解決を謀る形としています。


3)14条・15条データ・ローカライゼーション廃止に関する例外規定

  • 14条自国領域事業者に対するCP設置利用要求・15条電子情報の越境に対する妨害それぞれについて、公共政策の正当な目的達成あるいは安全保障上の重要な利益保護に関する場合は例外とする

……前者は「恣意的若しくは不当な差別の手段となるような態様で又は貿易に対する偽装した制限となるような態様で適用されないことを条件」つまり他国からの指摘の余地があるものの、後者については「当該措置については、争わない」とし、データ・ローカライゼーション国家の独自政策維持と(17条と合わせて)他国からの不干渉を実質認めた形となっています。


4)8条個人情報保護に関する各国法的枠組みの方向性

  • 〉各締約国は、個人情報の保護のための自国の法的枠組みを策定するに当たり、関係する国際的な機関又は団体の国際的な基準、原則、指針及び規準を考慮する


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1)2)3)までは参加各国の法的整備水準やデータ管理政策の相違に応じ、幅を持たせた妥協であったと解釈する事も不可能ではありません。

特にDFFT・大阪トラック外交をFOIPと並ぶ日本の交渉大国化の柱と警戒する、中国等の牽制があったとも捉えられます。またDFFTと対称的なデータ・ローカライズ及びデータの国家責任を唱えるインドが、今後RCEPに参加する際の布石としていくつかの逃げ道を確保したという捉え方も出来るでしょう。

しかし4)の一節は……前述の日英包括的EPAでの一節と比較すれば明らかなのですが……これらの妥協が単なるRCEP条文早期成立のための戦術に過ぎず、参加国の独自性を許容はしても尊重する意志が無いことを示しています。

https://www.mofa.go.jp/mofaj/files/100111404.pdf

〉各締結国は、個人情報を保護するために両締約国が異なる法的な取組方法をとることができることを認めた上で、このような異なる制度の間の一貫性を促進する仕組みの整備を奨励すべきである。当該仕組みには、規制の結果の承認(一方的に与えるものか相互の取決めによるものかを問わない。)又はより広範な国際的な枠組みを含めることができる。このため、両締結国はその管轄内で適用される当該仕組みに関する情報を交換するよう努め、及び当該仕組みその他の両締約国間で一貫性を促進する適当な取決めを拡大するための方法を探求する(P281 80条個人情報の保護より)


……対英国では相手国の法的枠組みへの敬意や尊重、また両国で一貫性を持たせる事を視野においた二国間交渉も条文に盛り込まれました。

しかしRCEPにはそのような記述はなく単に国際機関(平たく言えば欧州)による基準を基にした法的枠組み策定へ注力せよ、としている訳です。日本側の大阪トラックやDFFTに関する自負と裏返しの、RCEP参加諸国の電子商取引取組に対する軽視が浮き彫りとなっている、そう考えて良いでしょう。


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今回の交渉に参加した閣僚からは、日本主導の国際ルールを通じたRCEP参加国による法の支配体制作りに貢献した、そのような旨の発言が出ていたことは文章の最初に触れました。

しかしDFFT条文を読む限り……一部から全体を把握するやり方が正しいとは言い切れませんが……自らのルールを他国に押し付けた、また拙速な妥協を提示し本質的義務化への交渉に見切りをつけた、そういう日本側の対応が想像出来ます。

かつてRCEP交渉からインドが離脱した理由も、日本では主に対中貿易赤字の拡大懸念の点のみクローズアップされていますが、前述したデータ・ローカライズ及びデータ国家主権政策を維持するインドがRCEPのDFFT導入に反発したことも一因とされています。それもDFFT自体ではなく、表面上の締結に拘りDFFTの論点をあやふやにする日本の姿勢にです。

※現在インドはEUとのFTA交渉にあたり、相手国とのDFFTには前向きな対応を示しています。これはDFFTのwith Trust部分、相手国の法的整備や性格に対する信頼を担保した上で自国データとの流通が与える利益を交渉の武器とする、インドなりに一貫性のある対応なのです。
www.medianama.com


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……安倍政権時代のレガシーではありますが、日本はいまだ政治的立場や経済的優位を追求しないフラットな立場から、国際的枠組みの決定に重要な役割を果たし得る状況にあります。しかし今回のような拙速さと説得力の欠落を露呈する事態が続けばRCEP参加国間は勿論、本丸となるWTO改革においても国際的求心力を失う事になりはしないか。少し心配ではあります。

まぁ今はただ、これからの粘り強い交渉に期待しましょう。


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……すみません。言い訳ばかりですが、ここ数ヶ月安倍第四次再改造政権の回想関連の文章ばかり書き続けています。本当はそこに目処がついてから、菅政権の活動について触れて行きたいのですが……。

国連総会での中国人権問題提起(2020年10月)と日伊首脳電話会談

2020/10/13追加 宇都隆史外務副大臣による3つの会談について文章を追加しました。

 

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すみません。例によって他の文章を作成中なのですが、一応看過出来ない話でしたので。

 

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1. ドイツによる国連総会への中国人権問題提起

 

www.sankei.com

 

 

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 今年7月香港国家安全法に関する問題提起をイギリスが行ったのに続き、10/06にドイツが改めて香港・ウイグルの人権問題を併せて国連の場で提起しました。

 

www-axios-com.cdn.ampproject.org

 

 

なお上記Axios紙には、ドイツ側に賛同した39ヶ国及び「ウイグルに関し中国を擁護する」キューバ主導の約45ヶ国の一覧は掲載されていますが、「香港に関し中国を擁護する」パキスタン主導の約55ヶ国は下記The  Diplomat紙で確認可能です。

※The  Diplomat紙は有料(月内無料閲覧記事数制限あり)につきご了承願います。

thediplomat.com

 

 

なお7月の香港関連は

www.axios.com

 

 

 2019年のウイグル関連は

jamestown.org

 

こちらをご参照下さい。

 

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……とりあえず今回のドイツ側の共同声明はこちら。

new-york-un.diplo.de

 

 キューバ及びパキスタンの声明は上記Axios紙などからご確認ください。

リンク先が中国政府系のHPになっており、The Diplomat紙はリンクを避けた模様です。

 

 

※今回ドイツ側が香港・ウイグル両方の問題提起に賛同する署名を行ったのに対し、中国側が香港(パキスタン主導)ウイグルキューバ主導)といった形で声明を分けたことは注目に値します。

 

 

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 2. ウイグル・香港問題それぞれの賛同・反対国

 

 

今回香港・ウイグルの人権問題提起に賛同した39ヶ国の明細をみると

「7月の香港の時と比べて」新たに加わったのが

 

- アルバニア(2019年のウイグル関連は賛同)

- ボスニア・ヘルツェゴビナ

- ブルガリア

- クロアチア

- ハイチ

- ホンジュラス

- イタリア(2019年のウイグル関連は「後で」賛同)

- モナコ

- ナウル

- 北マケドニア

- ポーランド

- スペイン

- アメリ

 

なおベリーズのみ、前回の賛同リストから外れております。言い換えれば、台湾との国交の絡みで香港の署名に参加したと言われるパラオマーシャル諸島は、今回は台湾国交の絡みを越え「ウイグル問題も含めて」ドイツ側に賛同したという事です。

 (なおAxios紙では「2019年ウイグルの時と比較した」賛同国の変化に注目しているのでご参考ください。ただしAxios紙ではポルトガルスロベニア・イタリアが総会後に追加賛同した旨反映されていない事に留意願います)

 

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 7月と比較して中欧・東欧・中米からの賛同国が増えているのは大きな特徴と言えるでしょう。

 

その意味では寧ろ、8月に上院議長が台湾訪問を行って以来中国との関係が微妙となっているチェコが声明に加わっていないのは驚きです。

 

まあ実はミロシュ・ゼーマン大統領を筆頭に本来チェコ首脳陣には中国寄りの立場の人物も多く、チェコ外相も当初上院議長の訪台には反対していた事もあり、日本が期待する程には反中の状況ではないのですが。

www.afpbb.com

 

 

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 一方、今回初めて(今までの香港・ウイグル署名に加わらなかったのに)中国側として加わったのが

 

- アフガニスタン

- グレナダ

- キリバス

- マダガスカル

- タンザニア

 

の5ヶ国ですが、うちアフガニスタンマダガスカルタンザニアは7月の時点で国連人権理事会とは別の形で中国側の立場を示しており、実質としては

 

www.nowgrenada.com

https://jp.mobile.reuters.com/article/amp/idJPKBN1W50I1

 

グレナダキリバスの2ヶ国のみと言えます。

 

 

逆に前回香港・ウイグルどちらかで中国側の立場を示したのに、今回は表明を避けた国が

 

- ボリビア

- ブルキナファソ

- クウェート

- レバノン

- レソト

- ナイジェリア

- オマーン

- パプアニューギニア

- セルビア

- シエラレオネ

- スリナム

- タジキスタン

- トルクメニスタン

- ザンビア

 

と多岐に渡っています。

例えば中央アジアでは所属5ヶ国全ての国が中国側声明参加を避けました。

www.mofa.go.jp

 

ヨーロッパで唯一(ベラルーシコーカサス扱い)中国側の立場を示し、一帯一路の欧州側出口とも称されたセルビアも、今回は声明参加あるいは別の立場からの中国側擁護を躊躇しています。

r.nikkei.com

 

www.globaltimes.cn

 

……もっとも8〜9月にイスラエルと国交正常化を果たし、一見欧米側に引き込んだと誤解されるUAEバーレーンは未だ中国側のウイグル・香港署名双方に加わっている状況です。

また7月の香港問題の時のように、今後国連総会以外の場で中国を擁護する国家が出て来てもおかしくない事には留意すべきでしょう。

 

 

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 3. イタリアの声明参加と日本側の対応〜日伊首脳会談の再開

 

……さて今回注目したのは、当然ながらイタリアです。

 

2019年のウイグル関連でも後付けで参加。香港ではG7全体として懸念の立場を示したのみで、国連人権理事会の場で自国の立場を明らかにするような声明には加わらない対応を続けたイタリアでしたが、今回はスペインと並び香港・ウイグル両件の問題提起に賛同した形になっています。

 

 

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 ……で、思い出したように日本の外交を振り返ると、面白い話がありました。

 

www.mofa.go.jp

 

 この9月末からの外遊に際し、10/3の臨時記者会見では

 

 EUをリードするフランス、そしてドイツ、来年前半のEU議長国を務めるポルトガル

 〉本年のG20議長国のサウジアラビアとの間では、G20リヤド・サミットの成功に向けて

サバーハ・クウェート国首長が9月29日に薨去されたことを受けて、弔問のために向かう

 

と語っています。特にサウジアラビアに関して

 

 〉特にG20サミット、日本は昨年議長国でありまして、今年サウジが議長国、トロイカとしてですね、リヤド・サミットの成功に全面的に協力をしていく

 

 と語ったのですが、ここでいうトロイカとは当年議長国と前年・翌年議長国が協力体制をとる事を指します。それなのに今回の外遊では次期G20議長国のイタリアは訪問先から外れていましたし、フォローする限りでは茂木外相が2021年のG20ローマサミットに言及した話は見当たりません。

 

そもそも茂木・ディマイオ両氏が外相に就任して以来、外相会談や首脳会談は行われていなかったのです(唯一の例外として3月の電話会談はありますが、あれは国際電話会合の場でイタリアの窮状を参加各国に訴える一環でしたので)。

www.mofa.go.jp

 

 

 約一年半、両者が同席した(あるいは同席予定だった)国際会合の場は複数あったにも関わらず、どちらの意図によるものかは分かりませんが日伊外相会談は避けられ続けており、その間イタリアは西欧諸国において対中姿勢の統一を阻み続けていたのです。

 

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 ……それが今回、香港・ウイグルへの懸念声明にスペインと共に加わりました。G7の共同声明に一員として参加した(というより拒否しなかった)のと比較して、一国として中国の政策を咎める立場を明らかにした訳です。

 

そして日本も反応を示しました。

 

www.mofa.go.jp

www.governo.it

 

 

 国連総会提起の翌日(10/07)に、1年半ぶりの日伊首脳会談が行われたのです。

 

内容としてはさしたる物ではなく、15分の電話会談という形式上のものとも言えますが、この会談によってイタリアの立場表明を日本側が歓迎し、かつ初めて来年のG20サミットに関する協力を申し出た事について評価すべき事ではないでしょうか。

 

 そしてサミットを主導する外相間でなく、コンテ首相との関係修復から外交をリスタートさせた事も、一つのメッセージであったと思われます。

 

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2020/10/13追加

 

そしてもう一人、昨年岩屋前防衛相の弱腰対応を糾弾した宇都隆史氏。

www.sankei.com

彼は今政権において、外務副大臣に就任しました。

 

そして彼に対する3国家大使の表敬……中央アジアでも元々香港・ウイグル関連の中国側声明に加わっていないウズベキスタンカザフスタン

www.mofa.go.jp

www.mofa.go.jp

 

また今回の中国側声明から外れたドイツ側の声明に加わったホンジュラス

www.mofa.go.jp

 

この時期に立て続けに3ヶ国の表敬を受けた事も、今回の件の一つの象徴だと考えています。

 

 

 

 

 

安倍前首相の辞任表明以降に起こったこと

2020/09/17訂正: コソボセルビアに関する記述を追加しました
本当に申し訳ありません。

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2020/09/16を以て安倍首相は総理の職を退き、新たに菅前官房長官がその座に就く事となりました。


新たな内閣の話は、ここでは行いません。


とりあえず今回は、辞任を表明した8/28から9/15までの18日間に安倍内閣が行った、あるいは殆どタッチ出来なかった国際的事件について取り上げてみようと思います。


たった半月強の間に、多くの国際的な動きが発生しておりました。今回は今後の政権に対する統一したビジョンなどは記さず、事件自体へのキャプションに留めようと思います。



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1. 日本側が積極的に対応したもの


www.meti.go.jp

梶山経済産業大臣は、9月1日にテレビ会議形式にて開催された、日豪印経済大臣会合に出席し、豪州のサイモン・バーミンガム貿易・観光・投資大臣及びインドのピユシュ・ゴヤル商工大臣と会談を行いました。


https://www.meti.go.jp/press/2020/09/20200901008/20200901008-2.pdf


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www.mofa.go.jp


9月9日(日本時間同日)、インド・デリーにおいて、鈴木哲駐インド日本国特命全権大使とアジャイ・クマール・インド国防次官(Dr. Ajay Kumar, Defence Secretary, Ministry of Defence)との間で、「日本国の自衛隊とインド軍隊との間における物品又は役務の相互の提供に関する日本国政府インド共和国政府との間の協定」(略称:日・インド物品役務相互提供協定(日印ACSA))への署名が行われました。


https://www.mofa.go.jp/mofaj/files/100091748.pdf


※上記第2条3にも記されているように、武器弾薬類は今回の協定に含まれません。


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www.mofa.go.jp


9月11日、午後4時頃から約10分間、茂木敏充外務大臣は、エリザベス・トラス英国国際貿易大臣( The Rt Hon Elizabeth Truss MP, Secretary of State for International Trade and President of the Board of Trade of the United Kingdom)との間でテレビ会談を行い、日英包括的経済連携協定(the Japan-UK Comprehensive Economic Partnership Agreement)について大筋合意に至ったことを確認しました。


https://www.mofa.go.jp/mofaj/files/100092224.pdf


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www.mofa.go.jp


9月12日午前10時頃から午後1時半頃まで、オンライン形式にて、第27回ASEAN地域フォーラム(ARF)閣僚会合が開催され、日本側から茂木敏充外務大臣が出席しました


https://www.mofa.go.jp/mofaj/files/100092614.pdf



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……以上、日本側が積極的に対応した国際的活動については、各所記事をご参考願います。



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2. 日本があまり関わっていないもの


www.jetro.go.jp


米国政府は9月11日、8月13日に発表されたイスラエルアラブ首長国連邦UAE)の国交正常化に続き、イスラエルバーレーンの国交正常化が実現したとの声明を発表した。


……アメリカの仲介により、イスラエルUAEに続きバーレーンとも国交を正常化させました。トランプ政権としては11月の大統領選挙に向けた格好の外交成果ですが、これに対してパレスチナ及びイラン・トルコ・カタールが反発。また中国も態度を明らかにはしていませんが、国連を通したパレスチナガザ地区への食糧支援を行っています。


www.afpbb.com


※後述するアフガニスタンタリバン和平交渉が、イスラエルアラブ諸国の国交正常化に反発するカタールのドーハで行われている事には興味が唆られます。なお今回のアラブ諸国の動向について『スンニ派の』危機意識と報じるメディアが在りましたが、カタールやトルコは非スンニ派なのでしょうか。


parstoday.com


……なおこの対米・イスラエル関係周辺では、インドが面白い対応をしています。


www.thehindu.com


これは氷山の一角であり、最初のステップです、とUSAIDの副管理者であるBonnie Glickは言います。インド、イスラエル、米国は、開発分野と、透明性、オープン性、信頼性、安全性を備えた5G通信ネットワークを含む次世代の新技術で協力を開始したと、最高幹部は語った。


7月にインド・イスラエル間でサイバーセキュリティに関する協力の再確認を行ったのに続き、今月改めてアメリカを含む3ヶ国間で5Gに関する協力を開始しました。この意味では、インドとイスラエルは改めてアメリカによる対中、或いはイスラエルによる対イランの図形に含まれた形になります。


一方、アメリカによる制裁から外れているイラン・チャーハバール港に対してインドは深く関わっており(パキスタンとの対抗の面でも)対イランではインドは微妙な立場であるようです。


tenttytt.hatenablog.com


※ちなみに関係性は微妙ですが、このインド・アメリカ・イスラエル3ヶ国がコロナ被害が最近になって大きく話題になっている国々であるのは面白いですね。


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www.mofa.go.jp


9月12日、カタールのドーハにおいて、アフガニスタン・イスラム共和国タリバーンとの間で、アフガニスタンにおける和平交渉の開会式が開かれ、我が国から、鈴木馨祐外務副大臣がオンライン形式で出席しました。同開会式には、主催国のカタール及び和平交渉の当事者であるアフガニスタン政府及びタリバーンの他、日本や米国を含む各国が招待されました。


……このアフガニスタンタリバンの和平交渉には、アメリカからはポンペオ国務長官が出席していますが、こちらはアメリカの活動殆ど評価されておらず、隣接するインドによる同国人解放を含めた働きかけが大きいと言われています。同交渉にはインドからはジャイシャンカール外相が出席しています。


m.timesofindia.com


なおこのアフガニスタンへの対応については、奇しくも「タリバンと密接に結び付くパキスタンに対抗する」インドと「タリバンと結び付くウイグル過激派に対抗する」中国、或いは前述したチャーハバール港(アメリカが同港のみ制裁対象外としたのがアフガニスタンへの輸送目的である事を思い出して下さい)で結び付くイランとが、それぞれ戦略面で同じ方向を向くという奇妙な現象を見せています。


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www.thenational.ae


イランのジャリド・ザリフ外相のドイツ訪問は、テヘランが反政府抗議に参加したレスラーを処刑したことを非難している最中に突然中止された。ザリフ氏は月曜日にドイツ、フランス、イギリスの相手と会うことになっていた。しかし、ドイツの報道によると、土曜日に27歳のNavid Afkariが処刑されたため、会議は延期されました。


イラン外相は今週核合意に加わるヨーロッパ各国を訪問、アメリカによる制裁回避に向けた外遊を行う予定でしたが、反政府デモに加わったとされるレスラーへの死刑執行に対する反感を買ったため各国から交渉を拒否された模様です。


www.afpbb.com


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2020/09/17 追加

www.yomiuri.co.jp


セルビアのアレクサンダル・ブチッチ大統領とコソボのアブドラ・ホティ首相は4日、米ホワイトハウスで会談し、経済関係の正常化で合意した。両国を仲介した米国は、コソボイスラエルの国交樹立合意も発表した。

コソボイスラエルの国交樹立合意と、セルビアによる在イスラエル大使館のエルサレム移転方針も発表した。イスラエルベンヤミン・ネタニヤフ首相によると、コソボの大使館もエルサレムに置かれる見通しだ。


イスラエル関係でもあるのですが、アメリカの仲介によりコソボセルビア間の経済関係正常化と両国大使館のエルサレム設置が行われる運びとなりました。


セルビアといえば中国の一帯一路政策のヨーロッパ方面出口の一つであり、特に中国保健外交が最も活発に行われた国家の一つ。UNHCRにおける香港・ウイグル関係の抗議でもヨーロッパで唯一中国側の立場を支持していた国家です。

balkaninsight.com


一方のコソボは中国保健外交の対象外となった数少ない国家でもあります。

www.japantimes.co.jp


両国の国交正常化はEU加盟に向けた重要要件とされており、今回のアメリカの働きかけは同時に(イギリスの離脱によりバルカンエリアの加盟に注力し始めた)EUの政策にも合致するものでもあり、またセルビアの中国からの引き剥がしに向けた一つのステップとも言えるかもしれません。

www.jetro.go.jp


……なお、日本は今年に入り、コソボに駐在官事務所を設置しています。

www.at.emb-japan.go.jp



mobile.twitter.com



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おまけ: 安倍前首相の対イラン秘密外交について


www.sankei.com


米国とイランの対話仲介を試みた安倍政権が緊張緩和に向け、数千億円相当のイラン産原油と米国産穀物を、日本を舞台に物々交換する案を極秘に提示していたことが7日、イラン政府筋の話で分かった。


……9/7、共同通信のMohammad Gharabagh氏によるものと思われるスクープですが、国内メディアでの取り上げられ方に反し、国外では殆ど報じられておりません。また国内外共に、この共同通信ソースの情報しか各メディアでは伝えられておりません。


※なお記事の詳細はkyodo+をご参照下さい。

english.kyodonews.net


唯一独自取材を行った記事を見つけられたのがイランISNA紙(ペルシャ語)のみですが、


www.isna.ir


ISNAによって得られた情報によると、イランは、日本との友好的な関係と安倍晋三への敬意のため、日本の首相の提案に耳を傾ける用意があることを発表し、米国の当局者の声明には自信がなかったと述べたが、安倍首相のテヘラン訪問の前夜、安倍首相への約束を取り戻し、ペルシャ湾でのいくつかの反安全対策を講じることにより、彼らは事実上彼の努力を無視し、彼が旅行するのを阻止しようとしたが、2か国間の長年の友好関係により、安倍首相は旅行した。テヘランへの旅行を成功させる


という情報のみであり、今回の肝であるアメリカ産穀物とイラン産原油の物々交換についてはこの共同通信以外のソースでは発見出来ませんでした。

安倍首相辞任・ポーランド首相の反応

www.kantei.go.jp


2020/08/28、首相が記者会見の場において職を辞する旨発表されました。


この安倍首相の政策、或いは第四次再改造内閣の評価については後日記す予定ですが、今はまだその時とは考えていません。今政権の最後まで、その活動を見続けようと考えています。


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……但し各国首脳の反応を覗いていると、ひとつ感じた事があります。


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acenews.pk

パキスタン首相 Imran Khan


en.mehrnews.com

イラン外務省報道官 Saeed Khatibzadeh


www.dailysabah.com

トルコ外相 Mevlüt Çavuşoğlu


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……巷ではオーストラリアからの発信をもとに、インド太平洋戦略・対中包囲網を確立したルールベースの国際秩序・価値観外交の立役者として、安倍首相を評価する向きが強まっています。


しかしルールベースの国際秩序や価値観を共有しない側、パキスタンやイラン、トルコも国際秩序側の諸国家よりいち早く安倍首相に対する感謝と慰労のコメントを発信しているのです。


国際的に「価値観を共有しない」とレッテルを貼られた国家に対し、安倍首相が支援や対話・仲介を通じて対抗勢力との対話を促してきたからこそ、これらの国家からもコメントを受け取る事が出来たのだろう、と私は考えます。


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mobile.twitter.com

今回の首相辞任に際し、ポーランド・Morawiecki首相はポーランド語・英語・日本語の三ヶ国語で感謝と慰労の意を示しました。


ヴィシェグラード四ヶ国(ハンガリーポーランドチェコ・スロバキア)とEUの距離感に加え、2019年早春以降アメリカとの関係まで悪化していたポーランドは、同年4月末の安倍首相との会談を経てアメリカとの関係を改善。他のヴィシェグラード国にひと月遅れてトランプ大統領との首脳会談まで漕ぎ着けました。

tenttytt.hatenablog.com


G20大阪サミット直前の外遊に際し、サミットとは関係無いヴィシェグラード会談に臨んだ安倍首相により、ポーランドは国際的な孤立を免れた訳です。


モラヴィエスキ首相のコメントは、単にこの会談を上手く対米融和に活用出来た事への感謝や、安倍首相辞職の機会に親日アピールを行うためだけの目的で記したものではありません。


現在もEUアメリカ・中国との距離感調整は難しく、更に加盟国の方向性がバラバラになったヴィシェグラード四ヶ国において、今期議長国となったポーランドは微妙な舵取りを求められています。勿論その判断には日本が推し進める価値観から逸脱するものも含まれます。


米中EUによるイデオロギーの押し付けが渦巻く中で相手を自国側に取り込むのではなく、相手の立場を考慮した上で自国側の変更も含めた対話と仲介を推し進めた安倍外交の価値を、モラヴィエスキ首相が改めて日本や国際社会に訴えようとしているのではないでしょうか。


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そして残念ながら第四次再改造内閣の……茂木外相に代表される外交はその趣を変える、これまでに培った国際的信用を消耗して国益を創出する、そういう総決算的色彩の強いものでした。


特に最近交流が少なくなったイランやパキスタンのコメントには、この流れが安倍首相の辞任により加速され、今後日本が仲介を担う役目を負うことが少なくなる事を予見した様子が感じられるのです。

戦争を終わらせた人

https://www.nul.nagoya-u.ac.jp/erc/collection/slideshow/araki0139/original/araki0139-0021.jpg

名古屋大学国際経済政策研究センターHP
大蔵省戦時経済特別調査室[綴]


〉戦争終決に対する種々ある場合、


(一)勝利に終わる場合

(二)五分五分に終わる場合

(三)敗戦に終わる場合


この内(三)は問題にあらぬ。この場合には敵方の意図によって○○範囲まで支配せられしからである。

※すみません。○○の箇所は読めなかったので……


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いつもの流れぶった切りで申し訳ありません。
この日に際して、心の奥で考えていることを少し漏らしてみようと思います。終戦関連の研究書に目を通しまくっている訳でもないので、今の所はざっくりとした「思い」なのですが。


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さて、先の大戦終結させた人として、一般的には当時の閣内や軍部を説得した総理大臣鈴木貫太郎や海軍・外務大臣、書記官長の事が知られています。


御前会議において、ポツダム宣言受託に関する決議に陛下の聖断を仰ぐ形で(無条件な)降伏受託の決定が下された……という話が知られていますが、ここに一つの疑問が湧きます。


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※「無条件降伏」と記してしまうと、あれは無条件降伏ではない云々と話をされる方がいるので、とりあえず日本からの条件提示が終戦後に無視されえるという意味で「(無条件な)降伏」という言葉を使っています。

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では陛下を説得したのは誰だったのか


極論でしょうが、閣内や軍部を説得したところで陛下の聖断が無ければ(無条件な)降伏には向かえなかったでしょう。逆に聖断という形で陛下から具体的な発言さえ有れば、反対派が例え多数で有力だったとしても、聖断のもと相手を押し切る事は十分可能だったと思われます。


であれば戦争を終結させた人物とは即ち陛下の不安や不満を押しのけ日本の(無条件な)降伏に向かう発言を促した人物ではないでしょうか。


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となると、陛下の身近にいる人物でしょうか。


これも諸説語られており、一般的には皇族の方々による働きかけや、戦中に陛下と諸閣僚を結ぶパイプ役として知られた内大臣木戸幸一といった、戦争反対派の名が挙げられていますが、この説にも疑問が湧きます。


彼らは(無条件な)降伏に関して、実のところ陛下と不安や不満を共有する人物です。陛下の不安を払拭、或いは不満を封殺するほど決定的な論題を提供する事は難しいと思われます。


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そもそも陛下が(無条件な)降伏を避け、結果的に戦争継続に協力した理由は何でしょうか。これは恐らく内外を問わず近年に至るまで行われた伝統的な敗戦処理、敗戦国元首一族の消滅を恐れたためと私は考えます。


凡そ元首自身の身に及ぶものだけではなく、政治的なものを越えた継承自体の消滅です。


つまり陛下を説得するということは、

1. (無条件な)降伏を受け入れるしかない事
2. 陛下自身や近親者の処遇が保証されない事
3. 日本国の継承者としての証しを失う事

これらへの現実的な解答を提供する必要があったのです。


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※この点について指摘する文献を、残念ながら私は見たことがありません。終戦後に陛下の処遇や天皇家存続というハードルを呆気なく越えてしまったため、戦中のこのハードルの高さと拘りに気が付く方が少ないのが理由でしょうか

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しかし閣内外の殆どの人物は陛下の処遇や国体の護持に囚われ、条件付の降伏に拘った末貴重な時間を費やしました。


東條内閣瓦解から一年半、陛下自身に最低限の条件を聞き出す事をせず(或いは阻まれ)意向の類推のみ行った結果、より良い条件を提示する交渉相手を選り好みしながら終戦工作を継続せざるを得なかったのでしょう。


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そして恐らく、冒頭の文書を内々に陛下に上奏した人物こそ、この解答を示した数少ない人物であろうと私は考えています。


上奏時点では正式な書類の形を取っていたかも怪しいこの文書をもとに、

  • 敵方が支配する状況においては、現在推進している条件付き降伏交渉など意味を持たないこと

つまり自身の処遇や国家継承が表向き失われる事まで、陛下に覚悟してもらう事を内々に伝えようとした、と思われるのです。


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※なお、この文書作成者自身の意図は上奏者と異なり、一般的に

  • 何らかの僥倖により戦争が五分に引き戻して終決する場合でも、戦前同様の帝国の維持が困難である事
  • 文章上では「五分五分」以上の場合としたが、実際には敗戦後を見越した経済力の評価、また復興に向けた計画を立案すること

であったとされています。念のため。

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そしてこの人物は、陛下自身の処遇や表向きの国家継承すら保証しない替わりに、継承の証明物のみ確保する事を提案したと思われます。


1944/11/21、この上奏が行われたと思われる4日後に、帝室博物館総長及び学芸委員の処分に関する裁可が成されました。10/29に実測中の正倉院御物を破損した事件に際するものですが、宮相松平恒雄の奏上がこの日まで延ばされたのも、破損の理由を報告するに際し、この件を事前に伝える必要があった可能性があります。


何より、この文書を上奏した人物は1945年に入ると一旦陛下の謁見が困難な立場となりますが、6月に松平宮相による推薦の形で改めて宮内に参じ、主に御物を始めとする皇室財産の管理と避難に奔走しています。


まさにただ一つ、皇室の継承と正当性を証明する「物」のみを墨守することを条件に、自身や近親者の処遇については覚悟の上で(無条件な)降伏を了承する旨、陛下に決断を迫ったと思われるのです。


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なお、この件を証明する資料は残念ながら殆どありませんし、今後も見付からないでしょう。そのため、この件は私の単なる「思い」でしかありません。


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スロバキアの香港国家安全維持法反対から見るEU

はじめに


先月7月から、世界各国の外交が少しずつ動き始めました。


もちろん、早期にコロナ渦を脱したと公言する中国は6/18には一帯一路国際協力ハイレベル会議(JETROホームページ)を開催、各国代表やWHO事務局長に対してコロナ終息状況下の国際支援・協力を提唱しておりましたし、コロナに関係ない話としては6/30以降国連人権理事会を舞台とした香港・ウイグル関連の共同声明(イギリス政府HP)(中国国連常駐ジュネーブ事務所HP)などもありました。


しかし世界各国がそれぞれのコロナ被害にあう中、取り敢えず終息状況下を見据えた国際活動を少しずつ復活させたのは7月以降と言えるでしょう。


ところでこの世界各国の動向、その大きな潮流は対中観であったと思われます。中国からのコロナ対策支援、或いは中国による近隣エリアへの圧力を、コロナ終息状況下でどのように認識していくか。これは当たり前ですが各国それぞれの状況や、首長の性格によるものかと。 


6月までの活動は、コロナ終息状況に備える準備段階……いわば各国が旗幟を明らかにするための活動と言えるのではないでしょうか。


今回は典型的な一例として、スロバキアの政策転換とEUの対応を柱にして文章を纏めてみようと思います。


ヴィシェグラード4ヶ国(ハンガリーポーランドチェコ・スロバキア)の一角として、またEU所属・ユーロ採用国として比較的中庸の立場を示してきたこの国が、このコロナ終息状況下で国家としての性格をEU寄りに組み替えており、更にこのスロバキアの姿勢を受け入れた事で、EU側のコロナ終息後の思惑も浮き彫りにしているのです。


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1. 香港国家安全保障法とスロバキア


thediplomat.com


2020/06/30、いわゆる香港国家安全保障法の施行に対し、国連人権理事会(UNHRC)にて27ヶ国が反対、53ヶ国が賛同の共同声明を発表しました。


※賛同の意志を示した国家は、後に70ヶ国以上に膨れ上がった(GlobalTimes紙より)とされています。全ての国家について声明の確認は出来ませんでしたが、それ程おかしな数字ではないでしょう。


元々当初の53ヶ国にはロシアやセルビアのように前年度のUNHRCでも中国のウイグル対応に賛同した国、或いは後日大統領補佐官がウイグル不干渉の立場を公言したインドネシア(JakartaPost紙)のような、明らかに今回も中国の立場に賛同するであろう国家群が含まれていなかったのですから。


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さて、今回の反対表明を行った国家群の多くは、実は前年ウイグルに関するUNHRC反対表明(なお後日イタリア・ポルトガル・スロベニアも加わったとのこと)にも名を連ねておりました。


前年の表明で入れ替わりがあったのは、


うちスペインについては、前外相のジュゼッペ・ボレル氏がEUの外務・安全保障上級代表の地位に上がり、単にスペイン一国の立場から意見を表明し難かった事、
また彼がスペイン外相の際、前政権に引き続き台湾国籍犯罪者の中国本土引き渡し(BBC)を行っており、その意味では今回の反対表明が、かつての措置の問題を露呈する事を恐れたのかもしれません。


ポルトガルは旧領マカオとの関係もありUNHRCの場での表明を控えた(MacauNews)可能性があります。


イタリアは……一応G7の連名で反対表明を行ったようですが、実際には首相・外相並びに閣僚自身による反対表明は行っておらず、怪しい状況です。むしろここはテレビ会議のような状況で(日経ビジネスより。此方はEU会議の話でしたが)中国寄りのイタリアを丸め込みG7内のコンセンサスを纏めたフランス・日本の折衝力を評価すべきでしょう。


※「G7の場でのみ反対表明を行い、UNHRCで行わないのはアメリカも同様」と語るブログ記事をどこぞやで見かけましたが、そもそもアメリカは2018年にUNHRCを脱退しています(BBC紙)


2020/07/30の中伊外相会談の場でもイタリア外務省HPでさえ香港に関する具体的な懸念表明内容を記述しえない程弱腰なイタリアについては、巷間の噂通りセルビアと並ぶ一帯一路の橋頭堡と考えて差し支え無いでしょうし、そもそもイタリアが中国側にシフトした理由も特に外交上の利害忖度やポリシーに拠るものではなく、単に外相ディマイオが旧政権時から乏しい交渉チャネルを好みで選んだ結果にすぎないと考えています。


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そして今年加わった4ヶ国、ベリーズマーシャル諸島パラオスロバキアのうち、前者3国は台湾との国交を継続しています。


ウイグルを中心に扱った昨年とは異なり、香港同様の立地条件にある台湾の立場に従った可能性が高いでしょう。

……一国だけ、純粋に国内的な問題で反対表明に加わったと思われるのがスロバキアです。というより実はスロバキア、前年から政権与党が完全に切り替わっていたのです。



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2. スロバキア政権交代


www.afpbb.com


2019年3月、当時の政権Smer-SDの支援を受けた対立候補を破り、ズザナ・チャプトバがスロバキア大統領となりました。


その後、彼女の人気或いは長年与党であったSmer-SDへの国民の消極的反感、或いは当時Smer-SDを実質牽引したペレグリニ首相が外交に注力せざるを得ない時期に立て続けに選挙が行われた事もあり、


https://www2.jiia.or.jp/RESR/column_page.php?id=355www2.jiia.or.jp

2019年5月末の欧州議会選挙ではヴィシェグラード4ヶ国でも唯一、政権与党が最大議席を失い


r.nikkei.com

2020年2月末のスロバキア議会選挙の敗北の末、遂に3/21にOL'aNO党のイゴール・マトビッチに政権を明け渡す事になったのです。


※その後、ペレグリニ前首相はSmer-SD党首であり彼を首相まで引き立てたロベルト・フィツォ氏と対立(Budapest business journal紙)、離党のうえ新党HLAS-SDを立ち上げるに至っています(TASR NewsNow紙)


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それまでの政権与党Smer-SDがEU以外の国、特に加盟国の一つハンガリー(Atlantic紙)が反EU色を強めているヴィシェグラード諸国、ロシア或いは2017年以降は中国(The Diplomat紙)との連携も重視して来たのに対し、現OL'aNO政権の特徴としてはEU寄りの「性格」を強めている事があります。


友好諸国の政策に同調する、というペレグリニ政権時代と異なり、相手国の人権問題や環境問題に応じて時には懸念を表明する(Reuters紙)事も辞さない態度。


これは従来スロバキアの象徴的立場に過ぎなかった大統領職、チャプトバの政治的性格と言っても差し支えありません。現行のOL'aNOマトビッチ政権に移行する前、チャプトバ大統領下のSmer-SDペレグリニ政権において既に環境政策を変更していた(TASR・NewsNow紙)ことも、その根拠の一つと言えるでしょう。


※むしろチャプトバ大統領と本来中道右派であるOL'aNO政権の間の火種として、避妊手術制限の問題コロナ検疫ソフトのプライバシー保障問題(共にBalkanInsight紙)があるのですが、とりあえずここでは割愛します。


このスロバキアの政策変更が、EU中枢国から強く歓迎されたことは想像に難くありません。何故ならスロバキアが所属するヴィシェグラード4ヶ国は、EUの束縛を嫌い自国の政策独立性を主張するポピュリスト政権の一角と目されていたからです。


ペレグリニ政権時代のスロバキアをポピュリスト政権というのも微妙な話ですが、国家の象徴であるチャプトバ大統領のEU型人権問題重視・環境重視的「性格」に従うスロバキアOL'aNO政権は、EUからの干渉を避けようとする独立型ポピュリスト政権と対抗しえる政治形態の雛型をEUに提供した訳です。


そしてOL'aNO政権は、EU中枢の意向通りに香港・ウィグルに関するUNHRCの反対表明に加わり、またコロナ状況下のロシア・フェイク情報に関するEU側の見解(EEASホームページ)に準拠するレポートを国防省が発表、更には中国からの医療支援に対してもペレグリニ政権期と逆の冷淡な対応(BalkanInsight紙)を行っています。


※実は後述するように、このペレグリニ政権末期の中国医療物資支援(Reuter紙)こそ、スロバキアをして欧州で最もコロナ被害を食い止めた国とした要因(Euroactiv紙)の一つなのですが。


……このようなスロバキア新政権の帰順に対し、EU中枢は充分な報奨を与えました。EU復興基金の資金配分です。



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3. EU復興基金の恣意性とスロバキア


www.jetro.go.jp


2020/07/21EU各国の紛糾の末、コロナウィルス状況下からの復興基金7500億ユーロと2021~2027年の次期中期予算計画(多年度財政枠組み:MFF)一兆ユーロ強からなる、復興パッケージの合意が成されました。


この復興パッケージの内訳や意義については、経済に強い方々の説明を待つとして……とりあえず7500億ユーロの復興基金について、原案時点での各国配分比率を確認すると面白い話が見えて来ます。


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http://group.dai-ichi-life.co.jp/dlri/pdf/macro/2020/tanaka200622europe.pdfgroup.dai-ichi-life.co.jp


原案の復興基金配分について、イタリア・スペインが全体の約4割を占めていた事については多く報道されましたが、ヴィシェグラード4ヶ国に目を向けて見ると


……それぞれのGDP(2018年)を比較すると


GDP比率で考えれば、スロバキアの配分は4ヶ国中でも突出しているのが判ると思います。実際EU全体で見ても、スロバキアは上位5位に入っているのです(次点でポーランドが9位)。


失業率の面から見れば4ヶ国中では高め他3ヶ国が3~5%程度なのに比べてスロバキアは6%前後・Eurostatデータ資料より)ですが、それでもEU平均を維持しており、「経済的に不安定だから優遇」という理屈は通用しないでしょう。


またコロナウィルスによる感染被害では2020/07/30現在で感染者2245名 死者28名(News24特設サイトより)、隣国はもちろん欧州全体と比較しても最低レベルの被害を誇るスロバキアが、コロナウィルス被害からの復興を目的とした基金で優遇されるべき理由は本来無いと思われます。


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ところで、元々EU復興基金には下記の3つの点で各国の争点があったと言われています。
r.nikkei.com


1)復興基金の無償(grants)有償(loans)比率
https://www.fitchratings.com/research/sovereigns/eu-recovery-fund-is-step-towards-more-resilient-eurozone-23-07-2020www.fitchratings.com


2)復興基金授与国の「法の支配」問題
jp.reuters.com


3)次世代投資としてのグリーンディール
www.climatechangenews.com


前述の日経記事、或いは他の国内記事でも1)の争点ばかりクローズアップしており、有償比率を上げようとする倹約5ヶ国(オーストリア、オランダ、スウェーデンデンマーク及びフィンランド)とスペイン・イタリアが対立、前者へEU基金供出金の割戻しの便宜を計る事で妥協を引き出した……的な流れが強調されています。


しかし日本ではあまり報道されない 2)におけるハンガリーポーランド、或いは 3)におけるポーランドと倹約5ヶ国の全面的な対立こそが本来の図形です。


デンマーク(CPHpost)スウェーデン(JakartaPost紙)オランダ(IrishPost紙)フィンランド(NewsNowFinland紙)オーストリア(MacauBusiness紙)すべての宰相が今回の復興基金を人権意識・環境意識(及び財政規律)の再評価の場と捉え、EU的思想と異なる立場をとるハンガリーポーランドと対立していました。


5ヶ国は有償比率については比較的早い時期に妥結点を見いだしたものの、法の支配や環境投資の姿勢に応じて復興基金供与を調整するシステムを設置するよう、ギリギリまで粘っていたのです。


言い換えれば、倹約5ヶ国は復興基金を盾に法の支配やグリーンディールといった次世代EUの姿勢(NHK解説アーカイブより)に沿うよう加盟国に強制していた、という事です。


そしてこの時期に丁度、人権・環境意識に関するEU的思想に急速にシフトしたヴィシェグラード国家からこそ、スロバキアは経済規模やコロナ状況下のダメージに見合わない多大な恩恵を受ける事になったと考えられます。


EU的思想を共有している事を証明するため、更に対中観の踏み絵まで踏んだスロバキアは、まさに復興基金の目的“次世代のEU”の象徴だった訳です。


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4. 視点を変えて……EU自身は対中包囲網に参加していない


さて、ここで少々混乱をきたす話を記しましょう……スロバキアEU思想同調の証として対中観の踏み絵を踏ませたEUですが、実のところEU自身が中国との対決姿勢を示したのか、という点には微妙な回答しか出来ません。


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香港国家安全法に対するEUの対応案(EUホームページ)のうち具体的に行動に移されたもの、犯罪者引き渡し条約の中断それ自体は単なる中国側からの活動に対するカウンターアクションに過ぎないのです。海洋進出を通じ直接中国の干渉を受けている、イギリスを含む環太平洋諸国とは事情が異なり、EU諸国には中国そのものを掣肘する必要性が無いのです。


結局のところ、EUとしては中国自身ではなく中国の活動……それも香港国家安全維持法やコロナに関するインフォデミック発信だけでなく、保健外交そのものすら……に対する加盟国の視点を統一したい、という思いが最も強いのでしょう。


特に2020/03/14のEU非加盟国への医療供給制度の変更セルビアからの非難(BalkanInsider紙)反EU勢力のネット攻撃材料を提供した(Medium紙)轍を踏まないよう、EUの政策に同調する味方を集めること。


そして……ここが重要ですが、EUの政策に従わない親ポピュリスト的或いは独裁政権への掣肘(日経電子版・なお8/9予定のベラルーシ大統領選挙ではチハノフスカヤ女史が対立候補として名乗り出る(東京新聞)スロバキアと類似の状況が発生しています)という形で、ヨーロッパの思想的統合を謀ること。


極端な言い方ですが、中国による香港国家安全維持法のような直接的なものだけでなく、いち早く展開された保健外交それ自体がEUの思想に反する親ポピュリスト的・独裁的政権への助力となるからこそ、EU加盟国に中国政策への反対表明を唱えさせようとした、と考えられます。


EU諸国による対中観の共有とは、中国自身ではなく「反EUポピュリスト国家のツールとして使われる中国」という見方の共有であり、例えばスロバキアが対中観でEUとの認識を共有したと言うことは、スロバキアから反EU主義へのツールを遠ざける事だった訳です。


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その意味で、EUアメリカや環太平洋諸国を中心とした勢力とは距離をおいています。


上述のEU外交・安全保障上級代表Josep Borrellが自らのブログ


>米国や他の民主主義諸国との間で、私たちは対処しなければならない中国の行動の本質について多くの深い懸念を共有


しているとは記しても、米国や日本、インド、韓国、オーストラリア、ニュージーランド、カナダなどの対中包囲網には「参加」せず、寧ろ過去の安易な同調の結果


>中国について多くの点で米国に同意しているという理由だけで、私たちは最近、米国の外交政策に関して選択された方法が、EUに相談することなく、本質的に一方的なものであり、時にはEUの利益に実質的に有害であった


事に後悔の念を記しています。


自由、民主主義、人権、法の支配といった価値観を対中包囲網を形成する国家群と共有したとしても、この価値観に基づく国際秩序の負の部分、“一方的で有害な”米国の外交政策を許容していません。 


“一方的で有害”という非難に動じず対中包囲網を敷き得た米国のリーダーシップこそ、EUが今最重視している法の支配という価値観と対極にある、ポピュリストとしてのトランプの本質そのものだからです。


中国は勿論アメリカも、EUにとっては基本的価値観を「比較的」共有していない対抗勢力であり、本質的には共にEUの優先攻撃目標である域内ポピュリスト勢力の活力源なのです。

                   (了)



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※実はEUの思想的問題にはもう一つ、EU復興基金でもグリーンディールの形で取り上げられた“持続可能な(Sustainable)”成長戦略があるのではないか、と考えています。


この持続可能という言葉に付属した持続不可能な目標こそが、財政支援やテクノロジーまで含めた非人権的手法による中国の魔法を、ポピュリスト勢力のみならずそれに敵対するEUさえ最終的に受け入れざるを得ない理由ではないかと。


いつかはこの中国の魔法と、それをいわゆる“基本的価値観を共有する”国家にまで受け入れさせた中韓発のUHCやSDGsについて、文章を纏めようと思っているのですが……実はここ数ヶ月作業中なのですが……少々厳しいです。


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おわりに


……2020/08/05より、遂にコロナウィルス蔓延以降初めての茂木外相の外遊が始まりました。


www.mofa.go.jp


ここで面白いのは、各国がコロナ終息後を見据えた外交関係を中心に交渉を行うのに対し、あくまで茂木外相は(カウンターパートであるラーブ外相ではなく)トラス国際貿易大臣との経済パートナーシップ協議を外遊のメインと考えている事です。


トラス国際貿易大臣は最終的にCPTPPまで視野に入れ、既に日本の他ニュージーランド等との会談を行っており、日本としては6月のテレビ会談で一致を見なかった部分を含めた詰めの交渉を行う……という事だそうですが、記者会見での〆めの一言


>いえ、それはその昨日ラーブ大臣としっかりとお話をしましたので、今日はまさに交渉をしました


トラス大臣との貿易交渉こそが、コロナ蔓延期の保健外交で得点を上げられなかった自分の腕の見せどころであって、対中観の共有や安全保障に関する外相会談なんていつまたひっくり返されてもおかしくない『お話』レベルに過ぎない。


ここには各国が培った対中観を梃子に国際秩序に繋がる交渉を見いだそうとするのではなく、純粋にその活動だけから現状の中国や自国の対外能力を見据える、茂木外相のリアルな視点を感じ取ることが出来るのではないか、と思います。


……まあ実際、インドやサウジアラビアも通商やデジタル交渉を優先して外遊を行っていたのですが。