南ドイツ新聞の菅首相評価と、環境思想の先鋭・教条化(2)

南ドイツ新聞の菅首相評価と、環境思想の先鋭・教条化(1) 』の続きとなります。

 

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2. 温室効果ガス削減目標に拘泥するEU

 

2-1. 菅首相の2050年温室効果ガスゼロ宣言と中間目標

 

……まあ天下の時事通信がそんな我田引水をするのなら、俺がやったって構わないよなァ、というのが今回の文章のきっかけだったりします。

 

さて今回の記事で気になったのが、時事通信温室効果ガス排出量を2050年までに実質ゼロにする目標を表明した事について「輝いた」と手放しで賛同している事です。

※南ドイツ新聞では“grünen Moment(緑の瞬間)”と評しただけでした。

 

www.kantei.go.jp

www.asahi.com

 

この温室効果ガスの削減について、安倍政権時代には2050年までに80%の削減目標が設定されていましたが、今回の2050年ゼロをもってG7・EU諸国並みの目標に再設定された事になります。ただしそれに基づく中間目標〜日本を含め各国では2030年を目処としたもの〜については、今回明示しておりません。カナダが翌11月、2030年以降5年ごとに削減計画を設定すると発表しているのと比較しても大きく異なっています。

www.climatechangenews.com

 

因みに環境省HPによると削減目標80%時代には、2030年迄に26%の中間目標が設定されていました。この26%はセクター別に振り分けがされたのですが、殆ど削減されない産業部門以外、この時点でも運輸・エネルギー部門で3割、業務その他及び家庭部門では4割もの削減目標が設定されています(資料の4ページ目)。この時点でも現実に可能なギリギリであるのが判ると思います。

https://www.env.go.jp/earth/ondanka/keikaku/tikyuondankataisakukeikaku_gaiyou.pdf

 

なおいち早く2050年ゼロ目標を掲げたEUは、2030年迄に55%の中間目標を設定しました。日本も同様の最終目標を設定した以上、恐らくはこの数値に準じた中間目標が掲げられるのでしょう。

 

が、“Investing in a climate-neutral future for the benefit of our people” と表題のもと記されたEUの新たな削減計画でもTransport, Energy 及びBuilding(日本の業務その他及び家庭部門カテゴリー)と比較してIndustry部門の具体的な削減方法は記されておらず、日本としても参考にするのは難しそうです。

EUR-Lex - 52020DC0562 - EN - EUR-Lex

 

 

10月には環境省を中心に各省庁から削減案を募っており、日本でも実際何らかの中間目標計画も作成されるのでしょう。しかし元々「革新的なイノベーション」が鍵だと語っている事もあり、仮想段階の技術を残り10年で構築する事の難しさを念頭に置いているのではないでしょうか。

 

極論すれば、温室効果ガス削減目標を牽引するEUや国連に対して「付き合ってやる『けど』」的認識があったのではないか、と感じられるのです。そしてこの『けど』に相当する一つの表出が、G20リヤドサミットで提唱された循環型炭素経済(Circular Carbon Economy )のような、温室効果ガス削減目標の代替手段でした。

 

 

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2-2. G20リヤドのBlue Hydrogen提案とEUの反応

 

 上述した朝日新聞記事のように、温室効果ガス削減目標の発表のみが目立ったG20リヤドサミットでしたが、環境関連については循環型炭素経済(Circular Carbon Economy 以下CCE )プラットフォームという枠組みが承認されていました。

https://www.meti.go.jp/press/2020/09/20200929001/20200929001-1.pdf

梶山経済産業大臣と長坂経済産業副大臣がG20エネルギー大臣会合(テレビ会議)に参加しました (METI/経済産業省)より。なおG20リヤド首脳宣言では第32章で言及されています。https://www.mofa.go.jp/mofaj/files/100118819.pdf

 

このCCEでは、温室効果ガスの生成数値削減やその削減手段にこだわらず、まず「大気に存在する温室効果ガスを減らす」事を目標としています。

 

簡単に言えば温室効果ガス削減の従来の試み、Reduce・Reuse・Recycleに加えて

 

・回収や貯留(CCS技術)等によりガス排出を循環から切り離すRemove

 

を採用、更にRemoveの象徴として生成時のCO2排出を貯留させたBlue Hydrogen(再生エネルギーによって生成されるグリーン水素、従来のCO2排出前提で天然ガスから生成するグレー水素と区別した「ブルー水素」)を提言したのです。

 

 ※貯留とは一般的には地質層への貯蔵であり、当然ながら漏洩の可能性は在ります。 またリヤドサミットではエネルギー大臣会合及び首脳宣言のみで言及され、環境政策そのものでありながら環境大臣会合ではCCEがやBlue  Hydrogenが取り上げられなかった事を付け加えておきます。

http://www.env.go.jp/press/files/jp/115081.pdf

 

 

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さて、G20サミット主催国サウジアラビア主導によるCCEとBlue Hydrogenの試みですが、主にEUから反発があった旨複数のメディアが報道しています。

 

www.hellenicshippingnews.com

“The EU insisted on putting up front the reduction of the emissions as a key objective of the platform. This was eventually well reflected in the declaration where leaders agreed to recognize ‘the key importance and ambition of reducing emissions’,” 

「(CCE)プラットフォームの主要な目的として、EU側は排出量の削減を前面に出すことを主張しました。これは最終的にしっかりと『排出削減の重要性及び野心を認識することに合意した』という首脳宣言の文面に反映されました」

 

www.climatechangenews.com

 “The EU agreed to “endorse” Riyadh’s “circular carbon economy” concept in a joint statement, despite objecting that it shifts the emphasis away from cutting emissions to unproven carbon capture, reuse and storage models.”

EUは、リヤドの「循環炭素経済」の概念を共同声明で「支持」することに同意したが、排出量の削減から実証されていない炭素の回収、再利用、貯蔵モデルに重点を移すことに反対した。

 

 ……一見、EU側の主張は排出量削減の言葉を首脳宣言に盛り込む事だけに見えます。

しかしCCEのコンセプトを念頭に置けば、サウジアラビアEUの対立が

 

・「大気に存在する温室効果ガスの削減」を評価するべきか

・「各国が排出する温室効果ガスの削減」『のみ』を評価するべきか

 

という、環境政策の根本に迫る争いであることが分かるでしょう。

 

この争いについて……菅首相自ら2050年削減目標を発表した件から考えると意外ですが……日本は早くからサウジアラビア側に立ち、CCEへの支持を表明しています。

www.meti.go.jp

 

またBlue Hydrogenに使われるサウジの技術は日本との協力によるものであり、今年10月に行われた40tの発電燃料用アンモニアの輸送試験を含めて、日本はCCEの実現を牽引する役割を担っています。

japan.aramco.com

 

もちろん日本は「各国の温室効果ガス削減目標設定」という考え方に反対している訳ではありませんし、G20の主要議題の一つに日本の技術が関与している事を大々的にアピールしたい訳でもないでしょう。

 

可能な選択肢を広い視点から検討した上でCCEを評価している……言い換えれば排出削減のみに集中するEUの考え方に対し、粛々と一石を投じようとしているのです。

 

つまり前述した「付き合ってやる『けど』」とは、「パンデミックでも削減の手を緩めない立場には付き合う『けど』この状況下で排出ゼロありきの政策に固執するべきなのか?」と問い掛けているのではないか、ということです。

 

※しかし、問い掛けているのは菅首相でしょうか?そしてエネルギープラントにおけるガス回収技術の海外協力、という言葉に既視感は在りませんか?

 

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2-3. EUによる削減思想の暴走と、武器としてのコロナ復興基金

 

EU加盟国が「Blue Hydrogenがガスを生成している事に変わりは無い」という立場を続けた結果CCE実用化に立ち遅れたように、実際EU温室効果ガス削減目標を盲信して他の方策や政策から派生する問題を軽視する傾向が在ります。

 

例えばEUコロナ復興基金(7年分のEU予算及び「次世代EU」復興基金を含めて)の3割を温室効果ガス削減対策に費やすよう各国に義務付けました。本来コロナ禍からの経済回復の為にあらゆる手段で回復を図ろうとする加盟国に対し、あたかも首輪を付けるが如き欠陥政策を採用しているのです。

eumag.jp

 

そして、足並みを揃えない加盟国への制裁とその反動は既に始まっています。


ポーランドは現在EUの2050年排出ゼロ政策に唯一不参加の国家ですが、コロナ復興基金の給付に関してこの件を不問とする事に成功しました。

www.climatechangenews.com

 

 しかしその後「法の支配」に関する規制のもと、復興基金の給付を制限しようとするEU本部に対し、11/26にハンガリーと共に反対表明を行うに至りました。

www.gov.pl

“Our common proposal is to facilitate the speedy adoption of the financial package by establishing a two-track process. On the one hand, to limit the scope of any additional budgetary conditionality to the protection of the financial interests of the Union in accordance with the July conclusions of the European Council. On the other hand, to discuss in the European Council, whether a link between the Rule of Law and the financial interests of the Union should be established. If it is so decided, then the appropriate procedures foreseen by the Treaties, including convening an intergovernmental conference, should be considered in order to negotiate the necessary modification of the Treaties.”

〉私たちの共通の提案は、ツートラックのプロセスを確立することにより、金融パッケージの迅速な採用を促進することです。一方では、欧州理事会の7月の結論に従って、追加予算の条件範囲を連合の経済的利益の保護に限定すること。他方、欧州理事会で議論するために、法の支配と連合の経済的利益との間のリンクを確立すべきかどうか。そのように決定された場合、条約の必要な修正を交渉するために、政府間会議の招集を含む条約によって予見される適切な手続きが考慮されるべきである

 

……ツートラックと書くととても印象が悪いものです。が、早急かつコロナ禍においても持続可能な経済政策を行うための基金を、EU本部の意向で制限することに反対するのは道理に叶う事です。

 

今回は定義が曖昧な「法の支配」を出汁にしており、環境関連への言及はどちらの側も行っておりません。しかしコロナ復興基金をNext generation EU(次世代EU)と名称変更したように、持続可能な未来に向けた政策を復興基金とリンクさせる事に躊躇いも疑念も持たないEU本部による、ポーランドへの報復措置と見て間違い無いでしょう。ClimateChangeNewsの表題通り、ガス排出規制の不参加を理由に直接ポーランドを責める事は既に不可能なのですから。

 

言い換えれば、EUはコロナからの加盟国の回復すら具体的に阻害するくらい、2050年温室効果ガス排出ゼロという目標に固執しているのです。

 

 

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『南ドイツ新聞の菅首相評価と、環境思想の先鋭・教条化(3) 』に続きます。