TICADと西サハラ問題……外相外交演説の課題

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外相外交演説及びTICADAU関連の一連の文章になります。他文章の目次は下記のURLまで。
https://tenttytt.hatenablog.com/entry/2019/03/28/203214
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すみません。以前『長めのサポートコメント例(外相外交演説)』で触れた、
https://tenttytt.hatenablog.com/entry/2019/01/30/013822
「この(外相外交演説で打ち出された)理念に沿うだけでは解決し難い外交問題もあります。今回の外交演説の終盤に出て来たTICAD7もその典型」という話の続きです。

……元々、当初書こうとしていた話は


1.TICADという重責

昨年末の韓国駆逐艦レーダー照射事件に際して、外相の発言内容に韓国向けの積極性が欠けるのではないか、と巷で囁かれた時期があったかと思います。
https://www.mofa.go.jp/mofaj/press/kaiken/kaiken4_000790.html
(2019/12/24外相会見。外務省HPより)

これは一つには、レーダー照射自体が元々自衛隊・韓国軍間の問題であり、日本側の窓口は防衛省に一本化されるのが原則だから、外務省としては抑えた表現に留めた……という面もありますが、当時丁度TICAD(アフリカ開発会議)7に先立つ重要国、モロッコとの交渉を終えた時期であり、そちらに付随する外交交渉に注力していた事も大きな理由だと、私は考えています。


2.TICADにおける西サハラ問題

https://www.mofa.go.jp/mofaj/area/ticad/
(TICADについて、外務省HPより)
このTICAD(アフリカ開発会議)とは、アフリカ全体の開発をテーマとし、アフリカの殆どの国が参加して大陸全体の自立的発展を検討する、日本主導の国際会議としては極めて大規模な会議です。1993年にスタートし、今夏7回目の会議が開かれる予定です。


が、このTICAD(アフリカ開発会議)では近年、西サハラの参加に関する問題が浮上しております。
https://www.asahi.com/sp/articles/ASK8T24N5K8TUHBI002.html
(『西サハラの出席めぐりつかみ合いの争いに TICAD』朝日新聞2017/08/25記事)

なお西サハラとモロッコの対立については、ネットで検索すれば大量の記事が出て来るとふ思いますので、興味の出て来た方はそちらをご覧下さい。西サハラ問題についての善悪や、本来望まれる解決についての意見は、ここでは語りません。


3.昨年までの日本・TICAD西サハラ対応

今までのTICAD(アフリカ開発会議)の西サハラへの対応は、原則無視と言ってよいものでした。
https://r.nikkei.com/article/DGKKZO38123220T21C18A1EA1000
(『国旗・国名のない国際会議』日本経済新聞2018/11/23※有料記事)

簡単に言うと、出席を認められていない西サハラ代表がTICAD閣僚会合に潜入したため、主催の日本側の機転により、参加国家の特定を避けてモロッコの紛糾を防いた上、改めて
特定参加者の存在によって日本の立場が影響される事はない事を表明した、という話です。

当たり前ですが、現時点で西サハラを日本及びTICADが認知していない以上、TICAD上は西サハラを無視せざるを得ません。いくらTICADの共催者であるAU(アフリカ連合)の意向が裏であったとしても、未だ西サハラは日本側の俎上には乗っていません。

また西サハラ地区におけるTICAD自体の目的は、国家の独立云々ではありません。
あくまで地区としての西サハラを自発的・継続的に発展させるため、アフリカ自身が包括的に彼らの経済支援と住民の安全保障を行う連合体となるよう促すことであり、実質それを最も無理ない形で支え得るのは他でもない、実効支配を行っているモロッコではあるのです。

ただし「西サハラ問題への対応」という側面から見てしまえば、日本の立場は明らかにモロッコ寄りで
あり、アフリカ諸国は勿論他の目から見ても不公平と見られていたのは確かでしょう。


4.河野新外交理念を適用した場合の西サハラ対応

……さて、河野外相の新たな外交理念について、改めて外交演説から引用すると

『基本的価値に基づいた国際秩序を様々な方面からの挑戦から守り続ける』
『押し付けではなく、その国に寄り添った民主化支援』

こちらの言葉で表現されている、と私は考えています。実はこの理念、経済・社会インフラと国家間の草の根交流を通じて、アフリカ諸国に自立的発展の思考と日本へのシンパシーをワンパッケージで促すという、TICADの理念とも親和性の高いものでもあります。

しかしこの理念をアフリカの一紛争地域、西サハラの問題に援用した場合、

『モロッコに対しこの国なりの民主化に寄り添い、その働きかけを通じて隣接地帯との融和を目指す』

或いは

『特に同地区において強い支配力を持つモロッコに対し、西サハラ地区での経済共同体構築を認めつつ、一方で支配ではなく国際秩序に基づく関係構築を自ら求める国家となるよう、日本は粘り強く働きかける』
という事になるでしょう。
(西サハラ国と親好のあるアルジェリアに対しても同様の交渉を行い得るでしょうが)

新外交理念には西サハラ地区に対する懸念と援助が根底に存在するのは間違いないと思うのですが、その方法論は端から見れば、日本のモロッコ寄り姿勢を以前以上に示すように見られるのではないでしょうか。


5.……では、アフリカでは理念を引っ込めるか?

新外交理念は所詮、年初の演説の一部に過ぎないのだから、実際の外交は柔軟に対応するのではないか?外交の目的を国益の最大化と考えれば、確かにそう思います。しかしその場合、前述したTICADの理念との親和性の高さが足を引っ張ります。

一度発表された外相の理念後退は、TICADにおける日本へのシンパシーの後退であり、アフリカ諸国への経済的・精神的影響力の低下、さらにはアフリカ諸国全体の反国際秩序志向にすら結び付き得る問題なのです。


6.まとめ:新外交理念の意義と難点

河野外相による新外交理念は、一般的には国家間・国家内紛争に対する中立性と、国際秩序に他国を導くための惜しみない協力を表明したものです。

特に現在の環境を汲みとり、欧米諸国・中国・北朝鮮・韓国、或いは日本の支援が有効な国家との外交問題に対して、一貫した態度を取り得る理念を外相が表明したことは、充分評価出来ると思います。

しかしながら、交渉対象と認めていない相手に対しては、この理念は極めて冷淡であるばかりか、状況によっては国際秩序に欠ける敵国を間接的に支持している、とネガティブな受け止められ方をされ得るものではあります。

もし日本の粘り強い働きかけにより、敵国側が国際秩序を重視するようになり、相手の自治や経済協力に前向きな姿勢を見せたとしても、相手の日本に対するネガティブな評価が変わるとは思えません。

それでも日本はこう考えて納得せざるを得ません。

“相手の自治が成立して良かった。これからは相手の状況に寄り添った民主化を進めていこう”


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次回、『TICADAUと』に続きます。
https://tenttytt.hatenablog.com/entry/2019/02/14/212826

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