MRTジャカルタの風刺漫画

2021/01/23追加

『日本協力の在来線高速化事業に対する中国介入の件』を末尾に追加しました。
NRTジャカルタとはあまり関係ありませんが、引き続き対インドネシア事業で発生している事象と、日本メディアによる伝え方のサンプルとして追加致しました。


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ジャカルタMRT債務に関する日本の風刺漫画への回答
 kompus紙 2019/04/09(インドネシア語)
https://megapolitan.kompas.com/read/2019/04/09/06560061/menjawab-sindiran-komikus-jepang-soal-utang-mrt-jakarta

その昔、インドネシア高速鉄道の受注合戦を風刺してネットで話題になった漫画家が、今度はジャカルタMRTの工賃支払遅延問題を風刺する漫画を作成したそうです。

このkompus紙の記事でMRTジャカルタ側からの支払承認についての最新のコメントが発表されたので、改めて遅延問題そのものの経緯と合わせてまとめる事といたしました。


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日本企業に不満も=『支払い滞り赤字』-インドネシア地下鉄
時事通信紙 2019/03/24
https://www.jiji.com/sp/article?k=2019032400312&g=int

〉受注した日本企業からは「支払いが滞り、赤字になった」との悲鳴が漏れる。
〉大量高速鉄道(MRT)は円借款の事業で、受注企業への工事費は国際協力機構(JICA)が支払う。ただ、支払いには事業主「MRTジャカルタ」の許可が必要で、複数の関係者によると、「不合理な払い渋り」が相次いだ。

このような記事が掲載されました。


……この記事による“悲鳴を漏ら”した、“「不合理な払い渋り」が相次いだ”のが具体的にどの企業なのかは判りませんが、支払いの遅延については、現地紙の記事にも複数記載されていました。


https://idnews.co.id/pembayaran-upah-kontraktor-mrt-lamban/
PT-MRTジャカルタ、業者に支払遅延
idnews紙 2018/02/24 (インドネシア語記事)


〉サンディアガ・ウノ副首相、アリフィン・タスリフ駐日大使は中根一幸外務副大臣と会談
(2018/02/02)

〉しかし、日本はプロジェクトの支払いを請求します。「さらに、日本政府はジャカルタ州政府にMRTプロジェクトのための即時支払いを要請しています。これはかなり長い間延期されています。」
(2018/02/13サンディアガ副首相の発言)

〉「PT-MRTジャカルタが日本からの請負業者への支払いに遅れていたことを遺憾に思います。事実、中根一幸外務副大臣は、サンディアガ・ウノ副首相を通じ、ジャカルタ州政府からの支援を求めなければなりませんでした。」
(2018/02/23 ジャカルタ公共サービス事務総長発言)

〉一方、PT MRTジャカルタの社長に確認した際、請負業者への支払いの遅延を否定
「意味するのは請負業者への支払いであり、我々は加速するが、それはコーポレートガバナンスに従って慎重に行われる」
〉「すべての請負業者の要求を満たすことができるわけではない。追加作業の評価を行う必要がある。我々はコンサルタントとBPKP(財政開発監督庁)を巻き込む。それで我々は注意を優先している」
(2018/02/25 MRTジャカルタ社長W.Sabandar発言)

※BPKP(財政開発監督庁)とは、政府機関や国有企業の内部監査を行う大統領府直属機関。


なお、支払遅延についてのMRTジャカルタの返答は2017/09/11には同社財務ディレクターTuhiyat氏が

〉“Yes, the full payment to the contractors should be made by December 2017. Now (it is) in verification process by the team,” said PT MRT Jakarta Financial Director, Tuhiyat, when contacted on Thursday
(9/11).
「2017年中には払う」と語っていますが、同年11月には

〉“We will try (so it can be completed) by December. But it will depend on how quickly the contractors can deliver the invoice,” Tuhiyat clarified.
「業者がインボイスを送ってこないからだ」と、後のW.Sabandar氏とは異なる弁解を行っており、両者の発言の誠意は疑わしい
ものがあります。

※なおBPKPの審査については、既に2017年11月にはインドネシア運輸省財務省の圧力の元2017年中に審査を通すよう要請、この時点で既にBPKPで審査中の状況だった旨報道されていました。
Korea ready to fund Jakarta LRT phase 2 of US$ 550 million” PwC紙 2017/11/10
https://www.pwc.com/id/en/media-centre/infrastructure-news/infrastructure-news---archive/november-2017/korea-ready-to-fund-jakarta-lrt-phase-2-of-us--550-million.html


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以上の話から、今回のあらましをまとめると、

A: MRT建設費の“払い渋り”(正確にはMRTジャカルタが支払承認さえすれば、JICAから業者に直接支払が行われるのに、MRTジャカルタがその承認自体を引き延ばした)に対して
日本政府は奈良平国土交通審議官、中根外務副大臣が各ルートを使い、インドネシアの政府省庁からジャカルタ州政府を通じて支払承認を要請した。

B: 日本・インドネシア両国省庁からの圧力にもかかわらず、 2018年2月の時点までMRTジャカルタは支払承認遅延を正当化した。結果として、承認遅延期間分の利子は日本企業側の損失となっている。

C
: MRTジャカルタが弁解したように、インドネシアの業務ではBPKP(財政開発監督庁)による監査のため、ひとつの仕様変更に煩雑な承認プロセスを伴う問題があり、現地企業の悩みの種となっている。

D: 支払承認拒否の現地メディア報道は2018年2月以降途絶えており、2019年3月現在も継続した問題かは確認できない(時事通信社自身も「継続している」とは書いてない)。

E
:日本企業が保険などで損害を補填出来たかどうかは不明時事通信社記事では「支払いが滞り、赤字になった」と悲鳴を上げる担当者がいたとのこと。

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A: については、インドネシアODAで発生した問題を日本政府が遅ればせながら対応した、という流れで考えて良いと思います。

C: については、インドネシア産業界における一つの宿痾と考えられるでしょう。自国の法的透明性を推し進めるために設立したBPKPという機関が、政府にすら束縛されないその権力ゆえに、内部監査を通じて政府機関や国営企業の活動を抑制し、仕様変更ひとつに二の足を踏む状況になっている訳です。逆に言えばODAを通じて、日本・インドネシア両政府がインドネシア産業のボトルネックをあぶり出した訳で、今後前向きに対処し得る問題とすら考えられます。

D
: については……マスコミらしい文章の書き方、としか言いようがありません。各種まとめを読む限り「金払え」と時事通信社の記事に釣られたコメントが多かったようです。

E: も、本当にこのような場合に適用される保険が無いのかは解りません。無ければ今後公的に作って欲しい、とは思いますが、リスクの適用ルールなど難しいでしょう。


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問題は、B: です。
工賃の支払いがJICAによる直接支払のため、例え支払承認を延期したとしても自らの利益になる訳でもないのに、
更に日本・インドネシア省庁・ジャカルタ州政府等
多くの政治的圧力や根回し(MRT側が弁解の根拠とした監査機関BPKPすら、上述のように対応済)にもかかわらず、
MRTジャカルタは支払承認を拒否し続け、自らの立場を正当化しようと弁解を続けたのです。

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極端な言い方ですが、このインタビューでMRTジャカルタが日本企業に対して一言お詫びのコメントを入れていたなら、
(勿論メディアのインタビューですから、MRTジャカルタ側からの謝罪部分は記事からカットされた可能性はあります)
今後の工事から手を引く旨の発言をする日本企業担当者は減ったと思います。

今回の件は、


この二つの面で、日本企業はODA事業に不信感を抱いた訳で、外務・国土交通省は今後の民間投資そのものに対して深い禍根を残した訳です。

……その後、外務省・国土交通省共にインドネシア要人との交渉の場はあったようですが、少なくとも両省庁のHPを見る限り、MRTジャカルタに対して再度の圧力を加えた様子は見られませんでした。

この件に対して両省庁はMRTジャカルタに再度圧力をかけ、支払承認履行までの公的な報告と今までの経緯への謝罪を求めるべく、なりふり構わず対応すべきでした。
それは今回被害を被った日本企業へのアピールだけでなく、今件が
「政府の圧力さえ凌げれば、日本からのODAは現地の一企業ですら支配出来る」
という日本政府のODA施策の弱点を突く問題だからです。日本政府、というより省庁が原則的に可能な圧力には限界があり、今後この弱点を突く者達の出現を防ぐ必要があったからです。


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……さて、この支払承認遅延問題を再度蒸し返す動きがSNS界隈から発生し、MRTジャカルタが再度コメントを行う事態になった旨、現地メディアが報道しました。

ジャカルタMRT債務に関する日本の漫画風刺への回答kompus紙 2019/04/09
https://megapolitan.kompas.com/read/2019/04/09/06560061/menjawab-sindiran-komikus-jepang-soal-utang-mrt-jakarta


〉この風刺は、MRT開発の借金について、日本の漫画家、Onan Hiroshiによって漫画の形で作られました。

〉onanhiroshi.comウェブサイトにアップロードされた漫画で、Onanはすぐに借金を返済するようインドネシア政府に求めました。

〉Onan氏は、「インドネシア政府、親愛なる皆さん、お支払いください!日本のご褒美のために」という見積もりも掲載しました。

〉この漫画は、国際協力機構(JICA)の2人の日本人が、ジャカルタのMRTから借金を回収するための黄色のプロジェクトジャケットとヘルメットを着用している様子を示してい ます。しかし、ジャカルタのMRTと政府は支払いに消極的です。

〉漫画はまたMRTを構築する上で彼の成果について称賛されたジョコ大統領の姿を示しています。

〉PT MRTは遅延支払いがないと主張している

〉MRTジャカルタムハンマド・カマルディン事務局長は、支払いの問題はインドネシア政府と日本政府の間で調整されていると述べた。

〉「誰かがそのような漫画を作れば残念なことでしょう。しかし、それは実際にはすでに行われています。そして実際には遅延(支払い)はありません」と2019/04/08にコメントした 。

〉「そしてこれはソーシャルメディアだけである、それで私たちはそれが個人的なメディアだけにあるので私たちが返事の権利を伝えるのでなければ公式のコメントをしない。重要なことはすべてが融資プロセスと規則と請負業者との契約に従うということだ」と彼は言った。

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因みにこのonan氏の風刺漫画では、工賃の支払いは
インドネシア政府からMRTジャカルタを通じて行われる形になっていますが、
実際には前述の通りJICAから直接支払われるため、MRTジャカルタが怠ったのは支払の承認作業であり、この点は誤解しているようです。

※もっと酷いのは掲載したkompus紙で、上記引用の後に日本政府からの円借款を引用し、
『40年以内に支払われます』という小題の文章を掲載しています…

とはいえ、MRTジャカルタからの再コメントを引き出す事に成功したのは、この漫画の大きな功績だと思うのです。
この支払承認作業の進捗について、一年以上公表を避けてきたMRTジャカルタに、承認がついに終了した旨を公表させる事が出来たのですから。

この漫画そのものの評価は行いませんが、結果として日本政府も時事通信社も行い得なかった実績を残したこと自体は、十分評価に値するものではないでしょうか?


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今回の文章は、一応
TICADAUと補項(3)…SGR:ナイロビ高速鉄道
https://tenttytt.hatenablog.com/entry/2019/04/09/232614
の更なる補項になります。

SGR(モンバサ=ナイロビ高速鉄道)について一連の文章を作成していた先月頃、上記インドネシアジャカルタのMRT(高速大量輸送鉄道)事業での工賃支払遅延が話題になりました。
その際にここの文章もある程度作成していたのですが、微妙に時期が過ぎてしまったこともあり、一旦塩漬けにしていました。
04/09のkompus記事を見かけなかったら、そのまま塩漬けにしていたと思います。

TICADAUと』の頃の延長になりますが、主題の問題から基本スタンスが「外務省の対応の問題点」に変化してしまいました。ご了承願います。


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2021/01/23追加

“日本協力の在来線高速化事業に対する中国介入”の件


……取り敢えず、一つ分の記事にする気も無かったのでこちらに追記で。

jbpress.ismedia.jp

インドネシアでは現在、中国企業との合弁会社が、首都ジャカルタと大都市バンドンとを結ぶ全長約140キロの「高速鉄道計画」が進んでいる。日本と中国が受注を競い、不可解な経緯で中国が落札した事業だ。

〉これとは別に、日本の協力の下、ジャカルタインドネシア第2の都市スラバヤを結ぶ在来鉄道(約720キロ)の「高速化計画」も進んでいる(中略)

〉ところがそこに、インドネシアが突如として「中国の参加」を求めていることが明らかになった。

ジャカルタ〜バンドン高速鉄道に引き続き、ジャカルタ〜スラバヤの既存鉄道高速化事業も中国の手に……と誤解を受けかねない記事ですが、実際には


https://progres.id/bisnis/proyek-kereta-cepat-ke-surabaya-tetap-berjalan-meski-jepang-tolak-gabung.htmlインドネシア語

こちらの第18パラグラフにあるように、中国用の計画はタジクマラヤ・プルウォケルトジョグジャカルタ・ソロ(JBPress紙記事冒頭の地図だとマランの位置)を経由する南ルートで、日本が2019年から調査しているチルボン・スマラン経由の北ルートとは異なります。

昨年日本がインドネシア側からの要請を却下した、バンドン〜チルボン経由の相互乗り入れ路線とは全く別のものです。

勿論南ルートは当初計画に過ぎませんし、仮にジャワ島南北でルートが出来たとしても中国側が南ルートへの我田引水を謀る可能性はあるでしょう。

しかし巷で囁かれているような「また騙された・横取りされた」という嘆き、或いは「日本の土地調査結果を横取りされる」「鉄道技術まで横取りされる」という懸念は、今の時点では考え難いものです。