中国のWet Market衛生政策(5)

『中国のWetMarket衛生政策(4)』の続きとなります。

※※※※※※※※※※※※※※※


※※※※※※※※※※※※※※※
………………………………………

5: もう一つの衛生危機・漢方薬の混乱


……ぶっちゃけ真偽なんてどうでもいい話ですが、『中国のWet Market衛生政策(1)』では個人的な見解として、感染源を夜明砂のような漢方薬に求めました。

これは初期の研究で、今回の新型コロナが湖北省に生息していない蝙蝠のウィルスとDNAが近い、という事からの推論に過ぎませんが、実は漢方薬の小規模業者に食品業者以上の問題があった事も念頭においています。


※※※※※※※※※※※※※※※
………………………………………

5-1: 漢方行政の二重構造と、CFDAの暗闘


第4章で私は、Wet Marketの食品衛生政策が2020年初周辺を機に劇的に悪化したとは、微妙に考えにくい旨を記しました。

食品産業では例え衛生政策を担うCFDA(国家食品医薬品監督管理局)が2018年にSAMR(国家市場監督管理局)に吸収され、Wet Marketを構成する小規模業者への政策に齟齬を来したとしても……地方機関がWet Marketを自らに取り込むCFDA時代の政策を維持するのであれば、そこでの衛生面の逸脱は都市計画の範疇で行われているであろう、と考えたためです。


しかしCFDAの管轄したもう一方の医薬品部門では、NMPA(国家薬品監督管理局)への再編を機に、Wet Marketを構成する“小作坊”小規模業者が政府などの規制を逃れ暗躍する舞台が、特に漢方薬半原料(中薬飲片)市場で急速に整えられてしまいました。


………………………………………

2015年2月以降CFDAは、質量ともに医薬品供給を安定させるという政府上層部の要望に応えるため、医薬品全体の品質調査に関わる政策を矢継ぎ早に打ち出しました。

  • 滞っていた新薬承認のスピードアップを筆頭に
  • MAH制度により医薬品の委託製造販売に活路
  • 医薬製造査察を抜き打ち調査中心に移行
  • 誇大広告防止のためのガイドライン作成etc.


新薬承認の処理遅滞を従来の4割に削減した事や、「7/22の虐殺」と伝えられる厳しい臨床試験の実施など、それまで停滞したCFDAの医薬関係業務を革命的に進展させたと言われています。


しかしWHOによると年間600億ドルの独占市場、それも年間11%の成長を続ける漢方薬は、医薬品の中でも特別な地位にありました。


中国政府はこの巨大な市場を育成、また国際的な品質水準に合致させるため、2017年には『中華人民共和国中医薬法』(以下中医薬法)を更新。2019年に更新された医薬品全体の品質管理を包括する『中華人民共和国医薬管理法』(以下医薬管理法)の更新と合わせ、CFDAにその製造統制を委託しました。


CFDA主導による漢方薬への取締りも厳しく、結果として2016~2018年の間に、検定不良件数も4割減少したと言われています。


しかし製薬会社を中心とした流通経路を抑える都合上、通常の医薬品統括ではCFDAが実質的な主管機関となっていたのとは状況が異なり、漢方薬にはCFDAが構造改革まで行い得なかった問題がありました


漢方政策の根本には、CFDAの統制力も及ばない領域が存在したのです。


………………………………………

実は漢方政策そのものは政府中枢によるバックアップのもと、厚生労働省に相当する「国家衛生計画生育委員会(2018年に国家衛生健康委員会に名称変更。当時の略称不明のため、以下は現行の略称であるNHCを使います)」及びNHCの直属組織にあたる「中医薬管理局(当時SATCM、現在NATCM)」が支配的な地位にあったのです。


中医薬法第5条においても、


〉第五条 国务院中医药主管部门负责全国的中医药管理工作。国务院其他有关部门在各自职责范围内负责与中医药管理有关的工作。
 
〉第5条 国務院の管轄下にある漢方薬の管轄部門は、国中の漢方薬の管理工作に責任を負う。国務院の他の関連部門は、それぞれの責任の範囲内で漢方薬の管理に関連する作業に責任があります。


……この第5条に明記されているように、元々漢方そのものの戦略を担うSATCMが主管であり、CFDAはその製造販売業者や品質管理の責を負いましたが医薬品同様の積極的な管理政策までは行えなかったのです。


………………………………………

いえ、CFDAは品質管理の根本たる製造部分でさえ、過去の政策を更正する事すら出来ませんでした。その象徴とも言えるのが、病院での処方準備について記された中医薬法第31・32条です。


〉第三十一条 (前略)医疗机构配制中药制剂,应当依照《中华人民共和国药品管理法》的规定取得医疗机构制剂许可证,或者委托取得药品生产许可证的药品生产企业、取得医疗机构制剂许可证的其他医疗机构配制中药制剂。委托配制中药制剂,应当向委托方所在地省、自治区、直辖市人民政府药品监督管理部门备案(後略)

〉第三十二条 医疗机构配制的中药制剂品种,应当依法取得制剂批准文号。但是,仅应用传统工艺配制的中药制剂品种,向医疗机构所在地省、自治区、直辖市人民政府药品监督管理部门备案后即可配制,不需要取得制剂批准文号(後略)


〉第31条 (前略)漢方薬を準備する医療機関は、中国薬品管理法の規定に従って医療機関の準備ライセンスを取得するか、医薬品製造ライセンスを取得している製薬会社、および準備ライセンスを取得している他の医療機関に委託するものとする。 漢方薬の準備の委託は、委任する当事者が所在する中央政府直下の省、自治区、または自治体の人々の政府の薬物監督および管理部門に対して提出されなければならない(後略)

〉第32条 医療機関が準備する漢方製剤の種類は、法律に基づき、製剤承認番号を取得しなければならない。ただし、伝統的な手法で処方された漢方製剤のみ、医療機関が所在する省・自治区自治体の薬事部に申請することで、製剤承認番号を取得せずに調剤できるものとする(後略)


2017年当時、医薬品には製造を他社に委託するには法的な障壁があり、簡単に申請出来るものではありませんでした。これは後に2019年薬品管理法によるMAH制度として解消されるのですが、話が外れるので深くは触れません。


しかし漢方薬については、医療機関が取得する準備ライセンス(本来は自らの医療機関で提供する医薬準備のためのもの)があれば、他の医療機関漢方薬製造を受託する事が可能になっています。一般的な医薬品は長い間製造委託制度が認められなかった一方、漢方薬については特別扱いしている訳です。


更に理論上は、同法15条で治療内容の申告が必要な漢方医療所は自己の申告した医療業務しか製造委託の申告を行えない、つまり自己の医療業務対象外の漢方薬は製造委託を許可されない事になっています。


しかし、この医療業務申告の管轄がSATCMの上流にあたるNHC、製造委託申告の管轄がCFDAとなっており、更に委託申告時には当該医療機関に対する見解をNHC側から受け取る仕組みとなっています。


32条における製剤承認番号(MAH制度以前の医薬品は委託する一種類ごとに申請、承認番号を得る必要がありました)に関する漢方薬の例外措置もあり、極端な話CFDAが委託申告時に製造工程や設備の不備を問題視したとしても、NHC側の口利きによって自由に漢方薬を委託製造できる構造となっていたのです。


………………………………………

また、最新の2019年薬品管理法でも、


〉第六十条 城乡集市贸易市场可以出售中药材,国务院另有规定的除外。

〉第60条 国務院の別段の定めがない限り、都市部と地方部の貿易市場は中薬材を販売することができる


という一節(2001年版では第21条が相当)があります。医薬品への厳しい販売管理とは対称的に、

  • 中薬材(つまり漢方薬原料。形状処理を行ったものでも中薬材と主張できる)扱いで
  • 或いは中薬飲片(病院等での臨床使用可能な処理を行った中薬材。形状として中薬材であり、仕入れた病院での処方として漢方製品と言える)を中薬材扱いで


市場で販売することについては法律で許可されていました。


そしてこれが小規模製造業者……それも専門市場(実は武漢にも3駅ほど離れた場所に、漢方薬専門の市場があるそうです)であろうとWet Marketのような場所であろうと、中薬材あるいは中薬飲片を製造販売するための一助となっています。


………………………………………

※少し話が外れますが、この貿易市場における中薬飲片の販売容認のスタンスは、第4章に記した2015年食品安全法と対称的です。


食品安全法や関連省条例において、CFDAはトレーサビリティ義務等の減免を認めた小規模業者専用の特別許可枠を設定することでその取り込みを図ったのですが、薬品管理法では営業規模を問わないトレーサビリティ義務を強要しています。


この違いを食品と薬品の品質重要性の差に求めるのは正しくないでしょう。特例的立場の存続を求めるSATCMの要望に屈し、このルートでの現実的な漢方薬品質管理をCFDAが諦めていたと解釈するのが自然だと思われます。


※※※※※※※※※※※※※※※
………………………………………

5-2: CFDAの衛生橋頭堡


……ただし逆に、CFDAはNHCやSATCMに対して大きく譲歩しながらも、粘り強くCFDA主導の漢方薬統制を達成するための橋頭堡を築いていったとも言えます。


中医薬法31・32条でも、NHCの干渉があるにせよ、CFDAは漢方製造設備に対して自らの管轄機関・自らの基準で審査を行う旨、明文化出来ました。


薬品管理法第60条についても、古い医薬管理法や条例を根拠に行われていた慣習を改めて明文化した、という意味もあるでしょう。


何より、上記の優遇措置による危険性は残しながらも、特別に言及された事項以外は通常の医薬品と同様の監督権限を確保、最終的には後述する中药品种保护条例(漢方薬保護条例)によって、漢方薬の管理管轄の多くをNATCMからNMPAへと委譲する事に成功しているのですから。


………………………………………

CFDAの漢方薬に関する最大の橋頭堡は、恐らくは2017年10月に発表された『关于深化审评审批制度改革鼓励药品医疗器械创新的意见(審査承認制度の改革の深化と医薬品・医療機器のイノベーションの促進に関する意見)』の第13章でしょう。


〉中药创新药,应突出疗效新的特点;中药改良型新药,应体现临床应用优势;经典名方类中药,按照简化标准审评审批;天然药物,按照现代医学标准审评审批。

〉革新的な伝統的な漢方薬は、治療効果の新しい特性を強調する必要があります。改善された新しい漢方薬は、臨床応用の利点を反映する必要があります。古典的および有名な漢方薬は、簡略化された基準に従ってレビューおよび承認される必要があります。自然薬は、現代の医療基準に従ってレビューおよび承認される必要があります。


……2017年6月後述する医薬品規制調和国際会議(以下ICH)へのCFDA参加(厚労省HPより)で国際標準に向けた国内調整に着手した事と合わせ、流通漢方薬の取締りに拍車をかけたわけです。


………………………………………

……このような粘り強い政策を行い得たのは、2015年2月からCFDAの局長を務めた毕井泉の実力であると、当時の複数のメディアが認めています。彼以前のCFDAは、漢方薬についてはまるで聖域のように、その国際的地位向上に協力する旨の発言しかしておりません。それだけ彼の存在は異色であり、医薬品や食品まで広い視野でCFDAを牽引したと考えられます。


またNHC副主任として出向し両局のパイプ役となった医薬品管轄の副局長吴浈の存在があり、同じくNHC副主任として出向し中国政府の漢方政策を牽引した実力者、SATCM局長王国強に対抗出来たことも大きかったのではないか、と私は推測しています。


※※※※※※※※※※※※※※※
………………………………………

5-3: CFDAの解体と、NMPA・NATCM体制


しかし2018年3月のCFDAの解体と、それに続く同8月の「長春長生ワクチン不正事件」引責問題の中、毕井泉・吴浈は両名ともその影響力を完全に失う事になります。一方当時SATCM局長であった王国強も2018年3月にその座を失いました。


漢方薬政策はNMPA新局長に就任した前CFDA副局長(主に医療機器・器具管理管轄)焦红と、NATCM新副局長の余艳红及び前副局長から局長へと繰り上げられた于文明らの手に移ることとなりました。


※なおこの長春長生ワクチン不正事件の関与を問われ、吴浈は2019年2月に党除籍という重い処分を受けています。とはいえ彼の失脚は既に2018年3月CFDA解体の時点で決定付けられており、事件への関与は(例え拙速な認定許可を打ち出した責任者だ、と糾弾されたとしても)単なる後付けの理由に過ぎないと思われます。


business.nikkei.com


もっともこの人事をもってCFDAの後進たるNMPAの能力が殺がれた、あるいはそれまで継続した革命的な医薬品質管理政策を変更した、とは言い切れません。


例えば2018年8月末には中药品种保护条例(漢方薬保護条例)によって、漢方薬の管理監督をNHCからNMPAに委譲する旨、規定を改正しています。


また、CFDA時代から検討され続けたMAH制度や査察システム変更を盛り込んだ医薬管理法は、2019年にNMPAの手により発効されたものです。


※※※※※※※※※※※※※※※

むしろありえるとすれば、NMPAとNATCMで業務の棲み分けと、コンフリクトが発生した際に後者が舵を取る旨の了承がなされたことでしょう。


www.covingtondigitalhealth.com


〉2018年9月14日、国家衛生健康委員会(「NHC」)と国家中医薬監督局(「NATCM」)は、インターネットベースの医療サービスと遠隔医療に関する3つの新しいルールを公式に発表しました(中略)

〉e-ヘルスケアルールはe病院と遠隔医療サービスに必要なハードウェアとソフトウェアの技術仕様を概説しています。しかし、過去3年間にデバイスソフトウェアとモバイル医療アプリケーションに関するガイドラインをリリースしてきた国家薬品監督局(「NMPA」)は、今回使用するハードやソフトを医療機器として登録する必要があるかどうかについて、明確なガイダンスを提示していません


……医薬品同様に医療機器を監督するNMPAの承認を待たずに、NHCやNATCMがネット医療に伴う医療機器を推奨しているのです。


NMPAでは2019年1月にパブリックコメント収集より着手、今年末までに新たな品質や調達などの基準設定を行う予定とのことで、この件では明らかにNHCとNATCMの先行発表に振り回された状況となっています。


http://www.nmpa.gov.cn/WS04/CL2102/334367.htmlwww.nmpa.gov.cn


………………………………………

漢方薬から少し離れますが、更に極端な例が昨今話題となった中国からの不良マスクや検査キットです。


www.bbc.com


〉オランダの保健省は28日、中国製のマスク60万枚をリコールしたと発表した。これは今月21日に中国のメーカーから届いたもので、すでに最前線で治療に当たる医療チームに送られていた。

〉オランダ当局は、これらのマスクは品質認証を受けているものの、きちんと装着できず、フィルターも機能していないと説明している


中国からの医療品については、もともと認可を得ていない業者によるものもありましたが、実のところNMPAがこれら基準未満の医療品に対し、緊急承認を行ったことも大きな理由となっていたようです。

https://www.google.com/url?sa=t&source=web&rct=j&url=http://www.gov.cn/xinwen/2020-02/28/content_5484308.htm&ved=2ahUKEwj_q5-l9PHoAhUBGaYKHW3VD9UQFjAAegQIAxAC&usg=AOvVaw13D3V5G1ru6ani8Mx0L2Wpwww.google.com


〉NMPAの副局長颜江瑛は、薬物と医療機器の緊急承認のためのグリーンチャネルを(新型コロナ)発生以来緊急に開設し、企業による生産と転換の再開と製品の迅速な上場を促進し、緊急事態の防止と管理資料の必要性を確保していると述べました


これもやはり政府中枢の指示に振り回された末、NMPAが自らの本分を見失い、流通品の品質への責任を放棄したことの現れだと思われます。


※※※※※※※※※※※※※※※

さて、一方のNATCMはその地位を著しく向上させました。


特に今回のコロナウィルス対策では、NATCMは西洋医学と漢方を並立させた治療を前面に押し出しました。現在では軽症患者に対する漢方薬の効力は、社会隔離政策に並ぶ中国謹製の魔法的疫病政策の一つの顔となっています。


なおこの「漢方薬を治療に加える」方針の採用は、実際の新型コロナへの先行治療実績により有効性が確認されたからではありません。2020/01/23武漢の社会隔離決定の時点で、既に採用は決定していたのです


www.gov.cn


……まあ、新型コロナ発生以降のNATCMの行動内容はともかくとして、その態度とNMPAとの関係性は一つの指標となるのではないでしょうか。


※※※※※※※※※※※※※※※
………………………………………

5-4: 中薬飲片業者側の背景


……少々行政面に話が傾きすぎ、時系列もズレてしまいました。小規模漢方業者に話を戻します。


元々漢方薬、特に中薬材や中薬飲片と呼ばれる原料に近い形態の品質には、小規模業者による製造不良の問題がありました。


近代工業的製法で再現しがたい薬効を引き出す伝統的手法の存在や、コスト面に付け込んだ本来の製造手順に則らない小規模製造業者の介入は、長大で複雑な流通過程を通じた成分劣化と並び、漢方薬の品質問題に大きな影を落としていたのです。


2016年から2018年の漢方薬検定不良数のデータでは、漢方材料(中薬飲片や中薬材)の占める率は65%→76%と急激な増加を示しています。


もちろんこの数字には意図的な粗悪品製造だけでなく、成分不足による不良品認定を含んでおります。またCFDAの取締りの結果、前述したように2016年以降順次不良総件数自体が4割も減少しています。その意味で、この数値自体からはそれほど深刻な問題は表面化していないと思われます。


問題が浮かび上がるとすれば、せいぜい不良品認定のうち中薬材・中薬飲片といった原料に近い部門で品質改善のペースが鈍いこと位でしょうか。


寧ろ問題なのはこの資料が暗示していること……品質改善ペースの遅さがそのまま“小作坊”原料部門での小規模製造業者の存在を示していることと、小規模であるが故に事前の指導が困難であること。

そして何より、このような不正規の小規模業者では衛生的な製造設備など恐らく考慮されていないことです


……………………………………

更にこれら漢方原料の衛生監督は実質省の管轄であるうえ、省レベルの条例では内容に細かい差異がありました。それ故に、例えば不良品の自省での販売は禁じられても他省への輸送について具体的に禁じられていない、といった事態もあったようです。


今回のメインターゲットとなる時期より少し前ですが、2013年には安徽省から送られた基準を満たさない漢方薬原料(中薬飲片)が、湖北省に運ばれて複数の医院で使われた、という事件があります。


通常の医薬品はもちろん、いわゆる中成薬として完成された漢方薬と比べても、中薬飲片には表に出がたい流通があった訳です。


※※※※※※※※※※※※※※※
………………………………………

5-4: CFDAが誘発する、中薬飲片業者のモラル崩壊


そして、品質とモラルを崩壊させるのに十分な時限爆弾が、このCFDA解体期の小規模漢方薬業者に仕掛けられておりました。


一つ目は、CFDA時代の厳しい品質管理政策です


国家統計局の資料によると、国家主導による漢方産業の伸び率は2011年の3割増(中薬飲片業者は6割増!)をピークに、2015年以降は10%台に低下。特に医薬品市場での漢方占有率が2015年以降約十年ぶりに前年より低下する事態に陥っています。


これはCFDAによる製造規範認定や抜き打ち検査強化が影響したとされています。


そして……これは露骨な数値ですが、CFDAが機能していた2015~2017年までの中薬飲片産業の営業利益と比較して、NMPAに組織変更された2018年のそれは著しい増加を見せているのです。


…………………………………

二つ目は、漢方を含めた中国伝統医療の低価格問題です


中国政府は伝統的に、医療の安定供給のため医療費や医薬品全体の価格を低く抑える政策を続けて来ました。


2015~2017年当時でも、ジェネリック医薬への投資・品質向上を目的とした医薬品価格の上限撤廃を例外として、医療費と処方薬費用のワンパッケージ化や医薬品の集中購入など、医療や製薬業界によるマージン上乗せを禁止する流れが主流となっていました。


しかし、同じ療法でも近代的医療と中国伝統医療を中心とする医療施設では、同じ診療にも関わらず後者の診療費は前者の1/3しか請求出来ない、という格差問題があります。


医療費のマージン上乗せ禁止に苦しむ中国伝統医院にとっては、漢方薬調達費用の「非合法な」削減は重要な利益源であり、また中薬飲片業者にとっては売り上げの7割強を占める病院・診療所からの圧力は避けられなかったでしょう。


商売相手からの執拗かつ非合法な納価の要請、更に近年の輸入薬材の価格上昇と、2019年薬品管理法で正式に認められた医薬品のネット販売は、劣悪で非合法な生産販売を辞さない小規模業者が暗躍する背景となったと思われます。


……………………………………

三つ目は、米中対立に伴う欧米的・近代的国際標準に対する視点の変化です。


元々、CFDAによる厳しい品質管理を中国政府が求めたのは、医薬品貿易の振興が目的の一つでありました。前述のICHへのCFDA加盟も、中国製医薬品が日米の薬品品質基準に準じることを証明するためであった旨、2017年当時の各報道が伝えています。


しかし当時の中国が行っていた貿易外交は、CFDAが行ったような国際標準に従い国内を調整するものばかりではありません。国際組織の中に入り込み、中国に都合の良い形に国際標準を変更する。2018年初夏に激化した米中貿易戦争は、このような中国側の策動に対するアメリカの反抗から始まったとも言えるでしょう。


CFDAによるICH加盟の一年後、今度はNMPAのICH管理委員会メンバー参加を伝える現地報道からは、かつてとは真逆の「国際標準を変更させる」姿勢を諸手を挙げて歓迎する様子が見えてきます。またその伏線として、ICH加盟後も漢方薬の評価が欧米では未だにハーブ扱いであることに対し、CFDAの弱腰を責めたてた報道も散見します。


既に貿易戦争前夜の中国には、欧米主導の国際標準に敬意を持つCFDAを許さない、むしろ中国が更に革命的な国際基準を提供するべきである……そんな思考が「官民」ともに蔓延していたと考えて良いのではないでしょうか。


そして、このような空気は当然現場にも漂っていたと思われます。特に伝統的手法を重視する中薬飲片業者、また取締るCFDAを掣肘する政府機関に漂う、近代的化学分析を軽視し抵抗なくアンダーグラウンドに向かわせる空気が。


………………………………………

……伝統的にWet Marketを形成してきた“小作坊”食品業者は、例え食品衛生管理機関CFDAの解体に際しても、省レベルで維持された政策が彼らの暴走を食い止めえたかも知れない事を、第4章や今回の冒頭でも記しました。


しかし、専門市場でもないWet Marketではマイナーな漢方薬(中薬飲片)業者にとっては、CFDAの存在は食品とは逆に鬱屈を産む原因になったのではないでしょうか。CFDAの政策でも医薬品企業に対しプラスとなっていた新薬承認さえ、中薬飲片業者には全く恩恵が無いものだったのですから。


第1章の始めに私は

  • 本来先進・中進国では感染症が蔓延しないよう衛生管理が発達しているはずであるのに、中国ではその仕組みが機能していなかったこと。
  • 今回のコロナウィルス発生は、国際的保健システムが中進国での感染リスクを軽視した、或いは中進国の衛生管理を補完しうる国際的な取り決めすらこの領域への介入に失敗した結果なのではないか

と前提しています。


この前提に基づいて、第1章では政府及び国際機関が中国のWet Marketを存続させる予定になかった、という論理を展開しました。


残念ながら第4章で記したとおり、Wet Marketを構成する小規模食品業を対象とするCFDAと地方政府主導の政策は、近年この枯死政策が転換された一つの証と考え得る事を示しています。


しかし伝統的な法的権限や近年の非合法需要に支えられ、Wet Marketなどに潜んだ中薬飲片業者においては、近年の政策が危険で非衛生的な製造環境構築を促進させたと思われます。

上位行政組織の掣肘や米中対立から生まれたイデオロギーは中薬飲片業者にCFDAへの不信を促し、続くCFDA解体が彼らをWetMarketを拠点とするアンダーグラウンド化……漢方素材由来のウィルスがいつMarket中に蔓延してもおかしくない環境……へと導いたのではないか、というのが私の今回の結論です



※※※※※※※※※※※※※※


……とりあえず、『中国政府のWet Market衛生政策』と題した一連の文章は、ここで一旦終わりとさせて頂きます。


なお、最期に一章だけ、漢方薬と国際的保健システムの絡みについてのみ文章を作成する予定です。

最期の章ではWet Marketにも構成体たる小規模業者にも言及出来ないと思いますが、中国政府と並んで漢方薬の暴走を招いた国際的首謀者の存在をあぶり出してみようと考えています。



※※※※※※※※※※※※※※
※※※※※※※※※※※※※※

附記:


残念ながら、武漢の華南海鮮市場に中薬材・中薬飲片の業者が存在したという具体的な証拠はありませんし、また個人的には新型コロナウィルスの発生源が漢方薬だったかなど、どうでも良い話です。

しかし華南海鮮市場では蝙蝠や穿山甲の肉を販売した形跡がないのに、当該市場でこれら由来のウィルスが確認されたこと。これは夜明砂の原料や醋山甲の成体をこの市場に搬入、或いは中薬飲片までの処置まで行っていたと推測するのに充分な状況証拠だ、と思っています。

夜明砂の製法はコウモリの糞を砕いて砂を取り除き、軽く炙り乾燥させるだけの単純なものとされています。この処理は狂犬病ウィルスには有効とされているらしいですが、コロナウィルスの除去が可能とは思えません。

衛生面を省みない業者が各地の糞をかき集めるためにWet Marketを利用し、かつ粉塵を発生させながら中薬飲片への下処理を行うとしたら、彼らが採集した糞由来のウィルスの種類や一次感染の危険性は、クリーンルームで精々数百匹の検体を扱うだけのウィルス研究者とは比較にならないでしょう。


……あともう一つ、長春長生ワクチン不正事件の経緯やNMPA・NATCM局長等の経歴・所属政党から、ウィルス起源の隠蔽をめぐる一つの構図が見えたのですが、これは陰謀論の類となってしまうので文章化を避けました。