中国のWet Market衛生政策(4)

『中国のWet Market衛生政策(3)』の続きとなります。

はじめに


すみません。『中国のWetMarket衛生政策(1)』で、中国ではWetMarketの存続を前提とした衛生政策が存在しない、という旨を記しましたが、結構ごっつい政策が見つかりました。謹んでお詫び申し上げます。

そして、この第四章についてはこの中国によるごっついWet Market衛生政策と近年の変節、そしてこの変節がWet Market或いは小規模生産業者に影響を与えたと考えられる部分について、記していこうと思います。


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4: 最近の中国食品安全法によるWet Marketの見直し

4-1: 中国食品安全法(2015年度版)


中華人民共和国食品安全法 改正全文(仮訳)(2015年11月)
JETROホームページより


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はい、ガッツリ中国政府の法律でした。


2009年に施行された食品関連産業に対する衛生政策、食品安全法は2015年・2019年の2回の改正が行われております。

この食品安全法では2009年当初からWet Market等の小規模生産販売業者への言及が為されていましたが、この2009年当初の時点では


中華人民共和国食品安全法-中国 唐山市
中華人民共和国 唐山市人民政府 日本事務所HP


〉第29条(食品の生産経営の許可制度)(前略)食品生産加工小規模工房及び食品露天商が食品の生産経営活動に従事する場合は、本法が規定するその生産経営規模と条件に相応する食品安全要求に合致し、生産経営する食品が衛生的・無毒・無害であることを保証しなければならない。

〉関係部門はその監督管理を強化しなければならない。具体的な管理規則は省、自治区直轄市人民政府の人民代表大会常務委員会が本法に従って制定する。

〉第30条(小規模経営の改善) 県レベル以上の地方人民政府は食品生産加工小規模工房の生産条件の改善を奨励し、食品露天商が集中交易市場・店舗など固定した場所で経営活動を行うことを奨励する。 


……『中国のWetMarket衛生政策(1)』で記した通り、大規模バリューチェーンへの回帰奨励を前提とした衛生義務と、その管理監督を省や自治区に任せる旨を明文化したものに過ぎません。

もちろん実際には、今まで記したようにこの時期には殆ど大型バリューチェーンへの回帰の流れは無かったと思われます。実際、この当時の公的機関による公開ネット質疑応答では「食品安全法では小規模業者は定義すらされていないのではないか」という問い合わせが出ていた程でした。


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しかし、2015年の改正に際し小規模業者に対して


〉第三十六条 食品の製造・加工を行う小規模業者及び食品の露店販売者が食品の製造・販売活動に従事する場合には、本法が規定する、その製造・販売規模、条件に対応する食品安全の要件を満たし、製造・販売する食品が衛生的で、無毒、無害であることを確保しなければならず、食品薬品監督管理部門はそれに対する監督管理を強化しなければならない。

〉県級以上の地方人民政府は、食品製造加工の小規模業者、食品の露店販売業者等に対して総合的管理を行い、サービス及び統一的計画を強化し、その製造・販売環境を改善し、それがその製造・販売条件を改善し、取引市場や店舗等の固定した場所で販売、または指定された臨時の販売区域、時間帯に販売することを奨励・支持しなければならない。

〉食品製造加工の小規模業者及び食品の露店販売者等に対する具体的管理規則は、省、自治区直轄市が制定する。


……小作坊、或いは三小と称される小規模業者の居場所をバリューチェーンから臨時販売市場に拡大した上で、サービス及び統一的計画強化、ひいては業者の置かれた環境や条件を改善するための総合的管理を地方政府に指示しました。


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この食品安全法の視点の変化については、食品安全法に基づく2016年の中国食品安全法実施条例(JETROホームページより)を見ると、その違いが良く分かります。

第31・45条では製造・販売管理規範、63条ではトレーサビリティ、121条では事故情報通報システムの整備、122条では緊急対応訓練を課す企業について規模による運用の区別を認め、更に省の管理範囲についても第132条で規模に基づくものとしています。


いわば小規模業者に対する衛生政策を省がフレキシブルに対応する事を認め、一方で今後Wet Marketを形成する小規模業者などにも近代工業的衛生政策を順次導入させる様、省に要請しているのです。


なお2009年当初の実施条例(JETROホームページ)では第20条で

〉(前略)その他の(筆者注:企業形態ではない)食品生産経営者は、法に依拠して相応する食品生産許可、食品流通許可、飲食サービス許可を取得し、工商登記しなければならない。食品を生産加工する小規模な拠点および食品の露天販売に対し別途規定がある場合は、その規定に基づく。


とのみ記していたのとは対称的です。


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※なお、この食品安全法は2018年末に改訂されましたが、この「食品安全法」自体は後述の実施条例とは異なり“三小”業者については2015年版と原則変更ありません。

gkml.samr.gov.cn

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この食品安全法や実施条例に則り、各省は省ごとの食品安全条例とその細則を作成しました。

http://www.hubei.gov.cn/zwgk/fgwj/201608/t20160803_875465_mob.shtmlwww.hubei.gov.cn


この湖北省食品安全条例では、

  • 第25条で小規模製造・食堂への許可、露天商の登録制度を説明。続く26、27条と合わせて許可登録制度の現場審査の管轄と期限、衛生義務などの説明
  • 第33~39条で製造、40~43条で食堂、44~48条で露天商の取扱カテゴリーと運営の細則を説明しています。

具体的には2015年食品安全法の枠のもと、地方政府の権限で定義された“三小”業者に対し、“负面清单”彼らには手に負えない衛生管理が求められる一部禁止カテゴリーをネガティブリストに掲載したうえで、彼ら小規模業者専用のライセンス登録を許可するに至った訳です。


……ともかく、この各省による食品安全条例が発効された2017年以降、Wet Marketを形成する三小業者は大規模バリューチェーンに飲み込まれたり、あるいは政府などによる廃業の危機に晒されるのではなく、省主導の衛生政策……或いは省の都市計画そのものの恩恵に浴する事となった訳です。


k.sina.cn


〉党グループ長官であり湖北省の市場監督局の局長であるZou Xianqiは、小さな食品ワークショップは食品業界で小さな巨人を育てる「インキュベーター」であり、貧困を克服するのを助ける「加速器」であると述べました(中略)

〉Zou Xianqiは、省のすべてのレベルの市場監督部門は、人々中心の開発思考を誠実に実施し、小規模な食品ワークショップの包括的な管理を、農村の若返り、貧困緩和、汚染防止と管理などの主要な戦略の実施と有機的に統合する必要があると述べました。


……2019年11月20日湖北省市場監督管理局の会合におけるこのスピーチは、Wet Marketを形成する三小業者に対する新たなビジョンを提示していると思われます。

彼らを衛生面で省の庇護下に置くことだけでなく、Wet Marketの本質を変えずに都市計画の一環として組み込もうという、更に一歩踏み込んだ省側の姿勢を示していたのです。


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4-2: 2019年食品安全法実施条例と組織変更


……が、この2015年食品安全法やそこから派生した地方政府主導のWet Market支援政策とは裏腹に、中央政府は2019年末に全く異なる観点による条例を公布してしまいました。


https://www.jetro.go.jp/ext_images/world/asia/cn/foods/pdf/sanitation_201911.pdfwww.jetro.go.jp


2019年7月に公表、12月に新たに施行された食品安全法実施条例は、一般的には食品衛生の主体を中央・地方の行政機関による監督責任から、各業者の管理責任に移した事が大きな特徴とされています。


www.jetro.go.jp


そして三小業者に対して、今回の条例は彼らに大企業と変わらないレベルの衛生政策を求める形となりました。適性製造規範やトレーサビリティについて、小規模業者に対する省の裁量を認めていないのです。


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この方針変換には、恐らく中国政府側の組織変更が関係していると思われます。

従来中国の食品・薬品の安全性を確認してきたのは国家食品薬品監督管理総局(CFDA)でしたが、2018年3月の組織変更によりCFDAは国家薬品監督管理局(NMPA)へと名称変更、こちらは主に薬品を管理する組織となりました。

食品の管理は、NMPAの上位機関にあたる国家市場監督管理総局(SAMR)に統合されたのですが、このSAMRには旧CFDAの食品関連部門だけでなく、他の衛生管理を担当する各機関が統合されています。

……つまり、この中央集権的なSAMRへの組織変更を通じて、2015年以来の食品衛生政策の捉え方自体が画一的に、言い換えれば地方の裁量を認めない形に変更されたのではないか、と推測されるのです。

なおこの組織変更については幾つかのレポートにより、当初はどの部署が何を担当するのか等機能不全を起こしていたとの話があります。その真偽はともかく、SAMRが自らの食品衛生政策を具体的に公表出来るようになったのは、恐らく2019年以降だったということなのでしょう。


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更にその中国政府の新たな捉え方が、省などの地方行政機関に伝わっていなかった可能性があります。

前述した湖北省市場監督管理局による2019/11/20のスピーチは、この伝達不足の状況の象徴と言えるでしょう。改定食品安全法実施条例は2019年7月に既に発表されており、もしその意図する所を把握していたなら、中央政府の意向と異なるスピーチを行う訳は無いのですから。

また、湖北省の咸宁市ではかつての食品安全法や食品安全法実施条例に則ったと思われる、小規模業者向けの安全行政措置が2020年5月から発効予定となっております。こちらには2019年食品安全法実施条例でピックアップされていた、適正製造規範やトレーサビリティについての言及が存在しないのです。

www.xianning.gov.cn


一方でSAMRは地方への指示として2020年2月に『市场监管总局关于加强:食品生产加工小作坊监管工作的指导意见(市場監督総局について: 小規模な食品生産および加工ワークショップの監督に関する指導意見)』を公布しています。

これは“三小”業者に対する省の積極的管理を肯定してはいますが、2015年食品安全法から派生した小規模業者への省の裁量を全く取り上げていない事に注目すべきでしょう。

m.cqn.com.cn


……そして、この実施条例改定に伴う混乱こそが、武漢のWet Marketで取り返しのつかない衛生危機を招いた一つのきっかけだったのではないか、と考えられるのです。


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2015年の食品安全法に代表される衛生政策には、Wet Marketを形成する三小業者の管理裁量を地方政府に委託する分、癒着による衛生不徹底を招く問題があります。その意味ではWet Marketを不潔なまま都市生活や地域活性政策に組み込んでしまう危険もあったのでしょう。

一方過去2年間の政策を翻し、小規模業者にまとめて大企業並みの衛生システムを要求する2019年の食品安全法実施条例は、Wet Marketがアンダーグラウンドに逃れる……とは言わなくとも彼らに面従腹背の余地と、地方政府の監督不徹底のきっかけを生む可能性があります。そもそも中国政府の意向が地方政府に旨く伝わっていないような状況なのですから。


もし一般的な説の通り、武漢のWet Market市で販売される野生動物の加工食品が新型コロナの発生源だとするのであれば……そのような不衛生な食材を取り扱うに至る背景のひとつ程度には、上記のような中国衛生施策の朝令暮改に伴う混乱をあげる事が出来るのではないでしょうか。


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……とはいえ、具体性に欠けます。

政策の朝令暮改や監督側の一時的混乱が、Wet Marketをして危険な食材を「2019年末~2020年初というピンポイントのタイミングで」格別に危険な衛生環境のもと提供した理由にするのは難しいと思うのです。

そもそも第1章で記したようにWet Marketの衛生管理が締め付けのみを続け、アンダーグラウンド化を促進していたならばともかく、数年間にせよ締め付けは緩められ、省側の関心の中にあったのです。

野生動物の販売自体は恐らく、省側のWet Market政策のギリギリ範疇で行われていた、と考えても良いのではないでしょうか。

政策が混迷した時期に幾分の目零しがあり、特定野生動物の販売(特定種以外は規制対象外でした)や加工前の動物に対する格別に不衛生な状況が存在したとしても、またWet Marketの職務意識に非衛生的な伝統が残っていたとしても、この短期間で致命的な衛生問題が発生するというのは少々不自然な印象が拭えないのです。


もし感染源が食品状態で提供されたなら、ですが。


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『中国のWet Market衛生政策(5)』に続きます。


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……なんと、見出しを作ることが出来なくなってしまいました。

はてなブログでは見出しを作るボタンがPC版にしか無く、スマホ画面からPC画面に切り替えてボタン入力していたのですが、どうも「PC画面への切替」機能が変更された頃から、このボタンが無効になってしまったようなのです。