大阪トラックの路線変更(6)

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『大阪トラックの路線変更(5)』
の続きとなります。
https://tenttytt.hatenablog.com/entry/2019/08/02/194037

なお、大阪トラック関連の目次については
https://tenttytt.hatenablog.com/entry/2019/06/29/223127
こちらまでお願い致します。


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9. “大阪トラック”への外部圧力


……さて、しばらく経産・総務・外務省が、
ダボス会議で安倍首相が主張した“DFFTのプロセスとしての大阪トラック”あるいはDFFT自体について、さまざまな形でポイントをすり替えていく経緯を記して来ましたが、この章では
『なぜ大阪トラックやDFFTを各省庁が変質させたのか』
こちらについて、最近の国際会議からいくつかの手掛かりを追ってみようと思います。


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9.1 G7主催国の“Building digital trust together”とG20主催国の“Data Free Flow with Trust”


さて、1/23のダボス会議演説から6/28のG20大阪サミットまでの国際会議を調べてみると、

・G7ディナール外相会合(4/6)
https://www.mofa.go.jp/mofaj/ecm/oecd/page4_004992.html外務省HP

・G7非公式デジタル閣僚会合(5/15)
https://www.meti.go.jp/press/2019/05/20190517007/20190517007.html経産省HP
http://www.soumu.go.jp/menu_news/s-news/01tsushin06_02000190.html総務省HP

OECD閣僚理事会(5/23)
https://www.meti.go.jp/press/2019/05/20190524003/20190524003.html経産省HP
https://www.mofa.go.jp/mofaj/ecm/oecd/page4_004992.html外務省HP


いずれも日本の各省庁HPでは、G20に向けた日本の主張が各会議に反映されたような記述がされていますが、

・G7ディナール外相会合 
https://www.mofa.go.jp/mofaj/files/000466468.pdf
共同コミュニケ
https://www.mofa.go.jp/mofaj/files/000466471.pdfサイバー規範イニシアティブ

・G7非公式デジタル閣僚会合
http://www.soumu.go.jp/main_content/000619958.pdf議長サマリー

OECD閣僚理事会
https://www.mofa.go.jp/mofaj/files/000482156.pdf閣僚声明
https://www.mofa.go.jp/mofaj/files/000485030.pdf議長声明


……これら文書を読む限り、例えばG7デジタル閣僚会合では“Building digital Trust Together”を提唱し、WTOルールについてはともかく、データガバナンスに関する諸問題はIGF(Internet Governance Forum :国連のネット公共政策フォーラム)でのハイライトとするなど
あくまでデータ流通やデータガバナンス関連の協議をG20大阪サミットには繋げない考え方を明らかにしています。


G7(2016伊勢志摩)G20(大阪)、ふたつの場でサイバー・データ流通に深く関わるサミットを開催する日本の立場や、異なるデータガバナンス・ポリシー国家間の信頼を築く姿勢は、本来日本と近いポリシーの一翼を担うG7やOECDの中ですら、共有されがたいものであったのかも知れません。


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あるいはもっと露骨な話として、G20を掣肘し国際的なデジタル政策を主導したいG7主催国、フランスの野心が働いている可能性があります。
https://in.ambafrance.org/Indo-French-Bilateral-Cyber-Dialogue
『インドとフランスのサイバー二国間対話』
在印フランス大使館HP 2019/06/20


〉2019年6月20日木曜日に第3回インドフランスサイバー対話がパリで開催されました。(中略)

〉彼らは、責任ある行動の自主的かつ拘束力のない規範の実施、ならびにサイバースペースにおける信頼醸成および能力開発の施策の支援における彼らの努力の調整を強化するつもりである。(中略)

〉フランスとインドは最終的にインドが関連するフランス大統領主催のG7サミットを歓迎します、そしてこのインド首相の訪問は、サイバー問題に関する彼らの協力がさらに別のマイルストーンに達することを可能にします。

……日本のDFFTに関する“信頼醸成措置”平たく言えば各国政策の摺り合わせをG7として拒否しながら、
6/8のG20貿易・デジタル経済大臣会合でデータ・ローカライゼーションの立場からインドが反対姿勢を取るや早々と彼らに接近、
G20参加国でありながら、開催迫るG20ではなくG7の場での懐柔を行っていたのです。


https://www.jetro.go.jp/biznews/2019/07/9ace05b5fc9c438c.html
マクロン大統領、G20大阪サミットの結果に遺憾の意』
JETRO ビジネス短信 2019/07/09

こちらではG20終了後、手のひらを返すように大阪サミットへの失望を表明するなど、来るG7主催者として甚だしく礼に欠けるマクロン大統領の発言に言及していますが、
既にフランスはG7主催国として、G20以前から着々と大阪サミットへの掣肘を行っていた訳です。

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9.2 各省庁による「摺り合わせ」政策の放棄とアメリカへのベット


この様な国際状況を事前に把握した結果、各省庁は早々から首相の思惑を離れ

  • 完全に思惑の異なる各国との摺り合わせが必要な、“DFFTのプロセスとしての大阪トラック”を具体化させる作業を諦め
  • アメリカやEUからだけでも賛同が得られる“WTO電子商取引ルール作りとしての大阪トラック”に邁進する

事にしたのではないでしょうか。

首相がダボス会議で言及していた“大阪トラック”という言葉そのものはサミットの主要議題であり、
紆余曲折を経て意味の変わった“大阪トラック”でも、大阪サミット本番の首脳宣言に組み込む事が出来れば、首相にとっても省庁にとっても十分な成果でしたから。


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結局G20直前の国際会議の場では、“WTOでの電子商取引ルール作り”のみ、元々意見が近かったアメリカ・EU(ブリュッセル)との賛同を得ることが出来ました。
それも非市場志向の政策や補助金に対するWTO規制など、G20の場で共同声明が出せる訳のない、特定国家を標的とした提案まで飲ませられた上で、です。
https://www.meti.go.jp/press/2019/05/20190524003/20190524003-2.pdf
『第6回三極貿易大臣会合』共同声明
2019/05/24 経産省HP「世耕大臣が第6回三極貿易大臣会合、OECD閣僚理事会及びWTO非公式閣僚会合に出席しました」より


……あるいは各省庁はアメリカやEUを通じた、インド等への働きかけに最後の望みを託したのかも知れません。というのもこの追加提案を飲んだ代償として、
電子商取引ルール作りの大阪トラック”をG20の共同声明に加えるため、アメリカが動いた痕跡があるからです。

https://www.livemint.com/politics/policy/data-storage-rules-out-of-e-commerce-policy-1561488393145.html
電子商取引法案からデータ保管ルール除外』
LiveMint紙 2019/06/26

電子商取引法案の草稿からの大きな変更点として、商務大臣のPiyush Goyalはデータローカライゼーションの規範を最終的な法案から除外することを決定しました


……アメリカはインドに対し、データ・ローカライゼーション政策を法案から放棄させるため、熟練労働者用入国ビザ“H-1B”の適用を盾にした揺さぶりをかけていたのです。
https://www.reuters.com/article/us-usa-trade-india-exclusive/exclusive-us-tells-india-it-is-mulling-caps-on-h-1b-visas-to-deter-data-rules-sources-idUSKCN1TK2LG
『米国はインドのデータ規則抑止のため、H-1Bビザの上限を検討している旨を伝える』Reuter紙 2019/06/20


ただしその後、6/25~/27のポンペオ国務長官訪印に際し、H-1Bビザに関する報道は否定される一方、モディ首相やその他閣僚会談では二国間貿易や軍事、或いは5G関連が主題となり
インドのデータ・ローカライゼーションに対する圧力、ひいては“電子商取引に関する大阪トラック”への参加圧力は、ポンペオ国務長官自身により中途半端な形で終わることとなります。


……結局のところ、かつて首相がG20の主要議題と公言していた“大阪トラック”は、
最後はアメリカ外交の路線変更によりインド他反対派のG20構成国を転向させることが出来なかったため、サブセッションの場の宣言としてしか記す事しか出来なかったのです。


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※蛇足ですが、上記OECD閣僚理事会では議長声明
(各政策分野における各国の立場・見解を踏まえ,議長の責任で作成した文書)の形で遠まわしに日本の立場への共感姿勢が見られます。これには、閣僚理事会議長であるスロバキア首相ペーター・ペレグリニ氏の意向が強く関わっていると思われます。

ペレグリニ氏といえば、2019年4月の首相訪欧時に中欧V4(スロバキアチェコポーランドハンガリー)+1会談を行った際の、会談主催者でもあります。

このV4+1会談がスロバキアを含めたV4諸国の対米外交に及ぼした影響については、以前の文章『首相欧州訪問と欧州議会選挙(5)』に記しましたが、
https://tenttytt.hatenablog.com/entry/2019/05/20/194214
G20大阪サミットの二ヶ月前という多忙な時期に敢えて行われた会談の成果の一つが、このOECD閣僚理事会での議長声明だったのかも知れません。

……なお、閣僚理事会の副議長国は同時期に首相が訪問したカナダ、そして韓国でした。


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9.3 抜群に効果的だったアメリカの自国中心政策


……さて“大阪トラック”に関する日本側の思惑を無視してでもインドに対し5G関連交渉を急いだ……というより、わざわざG20サミット直前の時期を選んでインドと5G関連交渉を行い、かつ5Gの代償としてG20での大阪トラック賛同拒否(データ・ローカライゼーションの継続ではなくあくまで大阪トラックへの拒否)を不問としたアメリカの意図は何でしょうか?

トランプ政権外交の特徴である、自国の経済力を押し出しての対国家宣告(二国間交渉と言えるほど相手の言い分を聞いていません)、またトランプ自身の外交スタイルである交渉着地点の変更(第二回米朝首脳会談が良い例)を考えれば、
実はアメリカはどの時期に、また特に対談で代償を持ち出す必要も無く、5G交渉を行えたのですから。

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……この疑問について、一般的な解答としては

  • 『サミット等の多国間協議ではなく、二国間交渉こそが国際的に効果がある』というアメリカの主張

というのがあるでしょう。

確かに今回の大阪サミットも注目されたのは米中貿易交渉でしたし、G20サミット終了後の日本の外交(特に経産・外務省)を見れば「G20で日本は特定国への対応のため、各国に根回しを行っていた」と感じられる様子も見られます。

今回のサミットの結果、多国間協議で具体的なステップを経るような首脳宣言を行うことが出来ず、一方で、サミットに際し国際的バランスに影響する二国間交渉が為されたとしたら
益々多国間協議の場であるサミットや、多国間協議そのものへの疑義が発生するでしょう。

首相が事前にダボス会議で宣言した“大阪トラック”すら、宣言から五ヶ月の猶予期間をもってしてもG20全参加国の賛同を得るに到らなかった。
この事実は、多国間協議を軽視するアメリカにとっては格好のアピールたった訳です。

……特に“ファーウェイ制裁”という、安全保障・自国産業擁護どの様な意味にも取り得るアメリカの自国政策によって、G20サミットの多国間協議を潰し、代わりにアメリカを中心とした二国間交渉がサミットを席巻したという事実は。


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一方、“大阪トラック”への不参加の立場を貫いたインド・モディ首相は6/28のサブセッション
『デジタル経済に関する首脳特別イベント』を欠席、その時間を使って同じく会議を欠席した文在寅との首脳会談に臨みました。
http://www.mofa.go.kr/eng/brd/m_5674/view.do?seq=319894
『日本のG20サミットのサイドラインの上の韓国-インド・サミット』
韓国外交部HP 2019/06/28

https://m.news.naver.com/read.nhn?mode=LSD&sid1=001&oid=023&aid=0003459062
『[ファクトチェック]文大統領、G20で7つのイベントのうち4つ不参加』朝鮮日報紙 2019/07/08


……わざわざ同会議の裏で、曲がりなりにも国際的に通用するデジタル企業を擁する二国が行う首脳会談であり
この会議がデジタル方面での優先的連携が主題であることを、インド側は十二分にアピールしていたと思います。

公表された内容を読む限り、そんな空気を文在寅が全く読んでいない会談結果だったようですが。



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今回はここまで。
次回『大阪トラックの路線変更(7)』で纏めます。
https://tenttytt.hatenablog.com/entry/2019/08/15/224501

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