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『大阪トラックの路線変更(6)』の続きとなります。今回で完結となります。
https://tenttytt.hatenablog.com/entry/2019/08/02/194634
なお、大阪トラック関連の目次については
https://tenttytt.hatenablog.com/entry/2019/06/29/223127
こちらまでお願い致します。
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10. まとめにかえて: “大阪トラック”の一般的理解
ここまで「大阪トラックは6/8の貿易・デジタル経済大臣会合により定義が変更された」という前提の下、そこに到るまでの流れを記して来ましたが
……一般な考え方としては
『日本が求める“WTOの電子商取引ルール”とは国家間の自由なデータ流通(つまりDFFTのData Free Flow)のこと』と考えた上で……
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- 1/23ダボス会議での首相演説は、まずここ数年間の日本経済の成長を指し示した後、国内政策の未来像“Society5.0”におけるデータ流通・活用状態を新たな経済・格差問題打破の鍵として例示。
- ※なお、この例示方法は前回のG20アルゼンチン・デジタルサミットにおける『エビデンスベースの政策立案』『グッドプラクティスの共有』という方針、http://www.soumu.go.jp/menu_news/s-news/01tsushin06_02000120.html或いはG20サミットでのリトリート・セッションにおける首相スピーチhttps://www.mofa.go.jp/mofaj/ecm/ec/page6_000231.htmlに沿うものであり、特別な意図は無いものと解釈する。
- 世界中をこの状態に導く前段階として、機密情報を除く非個人処置を済ませたデータの自由流通“DFFT”と、DFFTを全世界に拡大するためのプロセスである“大阪トラック”をG20での主要議題のひとつとして提唱するものであった。
- 一方1/23の首相演説に並行して、1/25のダボスにおいて“WTOの電子商取引ルール”つまり国家間の自由なデータ流通に関するルール作りをWTOの場で提唱する事について、七十ヶ国以上の賛同者確保に成功。G20での“大阪トラック”立ち上げの原動力とする
- その後6/8のG20「つくば貿易・デジタル経済大臣会合」において日本側より改めて“大阪トラック”が議題として取り上げられ、DFFTの提唱とWTO電子商取引ルールについて閣僚声明・議長声明採用に向けた参加国全ての賛同を求めた。
- が、当会合では各国の具体的な論点が示されない状態でDFFTが提唱された後、そのままWTO電子商取引ルールについての各国賛同を求める形で進行したため、一部G20加盟国から反発を受けた末『国内的、国際的な法的枠組みの双方を尊重』など日本側の妥協を含めた声明発行となる。
- 6/28のG20「デジタル経済に関する首脳特別イベント」では首相の冒頭発言こそDFFTに触れていたものの、ここで採択された「デジタル経済についての大阪宣言」の文面通り、実際には6/8に行おうとしたWTOでの賛同取り纏めに特化された会合であった。
- なお、同大阪宣言は最終的にG20参加国全ての賛同が得られない事が確実となり、具体的なルール作りとしての“大阪トラック”立ち上げは結局首脳宣言に採択されないサブセッションとして行われている。
- ここでの米中首脳の発言を見れば明らかだが、同イベントにおける“大阪トラック”ではWTOでの電子商取引ルール作りに向けた会合の立ち上げ、という事実のみが示されたに過ぎず、各国がバラバラの思惑を持ったまま開始されたものである。
https://www.whitehouse.gov/briefings-statements/remarks-president-trump-g20-leaders-special-event-digital-economy-osaka-japan/
“Remarks by President Trump at G20 Leaders’ Special Event on the Digital Economy | Osaka, Japan”……米国側
ホワイトハウスHP 2019/06/28
https://news.cgtn.com/news/2019-06-28/President-Xi-attends-G20-special-event-on-digital-economy-HT8wRQvII0/index.html
“Xi: We cannot develop ourselves behind closed doors”……中国側
CGTN紙 2019/06/28
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……他人への説明であれば、このような形で十分ではないかと思います。
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しかしながら、この認識ではかろうじて“大阪トラック”をG20サミットを前提として語る首相と、あくまでWTOでの票集めを目的とした省庁・閣僚の認識差を説明する事は出来るでしょうが、
省庁・閣僚側がこの首相との認識差を埋める努力、即ちG20での各国合意に向けたDFFTの具体的論点の洗い出しや、異なるデータガバナンス・ポリシーを持つ国家との政策面での摺り合わせを怠った理由まで説明する事は困難です。
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もし何らかの理由で大阪トラックに関する二国間交渉の機会を各省庁担当者が得られなかったため、G20のような多国間交渉の場でいきなり全加盟国賛同を求める事態に陥った、という事であれば
まず大阪トラックに関わる“Society5.0”のような未来像やDFFTの問題点に向き直り、そこを叩き台として各国の都合に合わせた調整方法を提示する事が、最も『プロセスについての』各国合意を得やすい方法のはずです(実際、6/8の時点でインド側が求めたのは、そのような叩き台としてのDFFTであったと考えています)。
この叩き台が無ければ、日本がDFFTや大阪トラックを通じて何を提唱しているのかを各国は判りかねるでしょうし、またサミットでの米中のコメントの如く大阪トラックを好きなように改定する事が出来てしまいます。
この調整を具体化せず、ただ宣言の中に
『国内的、国際的な法的枠組みの双方が尊重されることが必要』と記載するに留め、6/8、6/28両会合を通してとにかく形だけG20会合で取り纏めを行うことに拘りました。
これこそ各省庁が“大阪トラック”をすり替えた根拠の一つであり、G20参加各国が失望した理由でもある、と考えられるのです。
国際秩序に各国法を摺り合わせる為、国際的な法的枠組みにそのプロセスを導入する過程として使われるべき言葉を、
各省庁は自らの功のため、各国との調整を放棄したため、或いはWTO改革など自省の目標達成を優先した結果、
国内・国際的枠組みの合間を行き交いルール回避を図る国家や、自国政策を国際的な法的枠組みに優先させようとする国家に易々と提供してしまったのです。
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11. 二つの論点から見直す“ダボス演説の大阪トラック”
さて、もし“ダボス演説で首相が提唱した大阪トラック”の問題点洗い出しに省庁が取り組んでいたとしたら、以下の国際的な論争を生むべき点に対して配慮が為されていたと思われます。
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まず、DFFTがデータの価値を認めていながら、暗にその価値所有権の主張を無視している事です。
これはデータの価値の存在を認めていない、という事ではなく、逆に個人からデータを取得した団体或いは所属国家に対して、その対価を返上し自由流通に貢献する事を示唆しています。
DFFTと対立するデータ・ローカライゼーションの基本理念が、国民データの帰属を所属国家とする事と、この国民データの所有価値を先進・発展途上国間の格差解消の原資としたのと逆に、
DFFTでは国民データを含めた非個人化・非機密データの大規模自由流通で国際的イノベーションを引き起こし「偉大な格差バスター」の原資とすべきだ、と主張している訳です。
以前の章で記したように、従来の自由なデータ流通を主張する側がデータ・ローカライゼーションに対して自らの障害となるため廃止すべき、という全否定論で応じていたのと対照的であり、
一方でデータ・ローカライゼーションを志向する国家に対して、大阪トラックが(スケールメリットで間に合わない場合)どのような形で対価を提案するのか、という論点があります。
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次に、未来像“Society5.0”についての論点です。
前述した日本提案の未来像“Society5.0”とは、現在の情報社会(Society4.0)の次に来る産業社会であり、平たく言えば実体社会と情報社会の連動を目指すものですが、概念としては下記の図をご覧頂ければ判りやすいかと思います。
https://images.app.goo.gl/k728xVB9gtDiXpe36
則ち、ものづくり国家として強みを持つ実体社会を情報社会と連動させる事で、情報社会化(Society4.0)で米中や欧州小国に遅れを取った分を取り返そうと考えたのが“Society5.0”なのですが、
その前提として無数のセンサー(実体社会の情報を情報社会に吸い上げる各種機構)の存在があります。
センサーの数や種類が多ければ多いほど、実態社会からより多くのデータを情報社会に吸い上げ、ビッグデータとしてAI等での集積・活用が可能な社会となる……訳ですが、無数に増え続けるセンサーには情報入手に関するセキュリティや権利保護の問題が潜んでいます。
しかし、この点についてDFFTは入手個人情報の非個人化(サンドボックス)処理のみ、Society5.0関連まで幅を広げても情報銀行程度の認識しかなく、対応の甘さを突かれる隙は十分にあります。
実の所、Society5.0では(バックドアを含めて)あらゆるセンサーからデータ収集する事自体は不問に近い状態であり、企業団体や国家が収集した後のデータ流出や活用時点でのセキュリティ、悪意を重視している訳です。
またSociety5.0では不用意な印象を与えるレベルで実体社会を情報社会に結び付けようとする考え方が強いため、情報社会でのセキュリティエラーがダイレクトに実体社会での損害に繋がる社会構造となり易く、対応する新たな枠組みを日本が提唱し得るのか、という問題も発生します。
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……さて、この二つの論点を突き詰めると
DFFTや未来像Society5.0とは、データに関する権利の国際的な移譲や国家・国内企業によるデータ機密の遵守、言い換えれば国際秩序を遵守する国家群の善意によって成り立つ仕組みではないかと推定されます。
それ故に『フリーで、開かれていて、ルールに基づいた国際秩序を保全』するという大義名分のもと、
異なるデータガバナンス政策を維持する国家に対しても、国際秩序を維持する善意に基づく幾つかのデータ管理の基準をクリアし、逆に相手側が要求するだけのデータの対価・国家管理並みのセキュリティ補償が出来る部分は、DFFTの恩恵を受ける事が出来る。
逆にDFFTに参加しながら、国内政策と国際秩序の間を行き交いルールを回避しようとする悪意の賛同者については、国際基準からの逸脱指摘を通じて最終的にDFFTの完全な恩恵、更には国際秩序の屋根から外し、市場競争力の通用しない地平に追い込んでいく。
……これが“ダボス演説で提唱された大阪トラック”の狙いの一つだったのではないか、と思われるのです。
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12: 対中政策から見る大阪トラック
提起した二つの論点、更に当時の日本外交方針を考慮すると、“ダボス演説で提唱された大阪トラック”がまさに当時(2019年初頭)の対中政策を反映していたことが見えて来ます。
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2018年夏頃より、両国が主要交易品の関税増を図る米中貿易戦争が悪化。
これはそれまで、TICAD(アフリカ開発会議)への再注力や「自由で開かれたインド太平洋戦略」を通じ、中国による国際戦略の歯止め役を細々と演じてきた安倍首相が、自らの立ち位置をアメリカに移譲する事に成功した瞬間でした。
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2018年後半における安倍外交の方針変更については自分の文章
“自由で開かれたインド太平洋から「戦略」除外”https://tenttytt.hatenablog.com/entry/2019/02/25/214400
でも触れています。
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しかし、先進・発展途上国間や資本主義・国家主義国の間を立ち回って自国の伸長を図る、国際秩序と責任を回避する中国の活動を食い止めようとした安倍政権の思惑とは異なり、
米中の対立は国際秩序構築とは真逆の、国力を背景に自国の権利を主張しあうものでした。
更に問題であったのが、G20アルゼンチンサミット前後に発生した、友好国へのファーウェイ使用自粛要請と同社副社長逮捕に象徴される、いわゆるアメリカによるファーウェイ制裁でした。
https://jp.wsj.com/articles/SB11886723985326294179004584612213563900696
『米、ファーウェイ機器の使用自粛を要請 日本など同盟国に』
ウォールストリート・ジャーナル紙 2018/11/23
https://r.nikkei.com/article/DGXMZO38602770W8A201C1EAF000?s=0
『ファーウェイ副会長 カナダで逮捕 米、引き渡し求める』
日本経済新聞紙 2018/12/06
特に前者、安全保障共有という大義名分の下、二国間交渉をもってアメリカが特定企業を槍玉にあげ第三国を米中対立に巻き込む、という強力なやり口は次回G20サミット主催国たる日本にとっては看過出来ない問題でした。
ファーウェイ制裁の根幹であるデータガバナンス政策の方向から遠回しに中国の抑制と国際融和への選択肢を提供し、
また二国間での解決を図るアメリカを掣肘するために考え出されたのが大阪トラックだったのではないか、と考えられるのです。
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……但し、この“ダボス演説で提唱された大阪トラック”を立ち上げる為には、米国・EU・データローカライゼーション採用諸国による国際秩序再編が前提であり、丹念な根回しが必要であったことは想像に難くありません。
そのための首相自身の時間は4月後半からの訪欧・訪米への対策やイラン訪問によって消費され、
“大阪トラック”を首相から託された省庁がどのような形で処置したのか……は今まで記した通りです。 (了)
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