大阪トラックの路線変更(5)

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『大阪トラックの路線変更(4)』
の続きとなります。
https://tenttytt.hatenablog.com/entry/2019/07/09/114139

なお、大阪トラック関連の目次については
https://tenttytt.hatenablog.com/entry/2019/06/29/223127
こちらまでお願い致します。


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8. 外務省によるサイバー外交と“大阪トラック”


経産省総務省と並び、“大阪トラック=WTOでの電子商取引ルール作り”への路線変更の立役者となった外務省の活動について、以下触れることと致します。


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8.1 伊勢志摩サミット以降のサイバー外交


外務省による近年のデータ流通政策は、2016年G7伊勢志摩サミットによる首脳宣言付属文書
「サイバーに関するG7の原則と行動」
https://www.mofa.go.jp/mofaj/files/000160315.pdf
https://www.mofa.go.jp/mofaj/files/000160279.pdf

及び同サミットよる作業部会「伊勢志摩サイバーグループ」の立ち上げに端緒を見ることが出来ます。


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こちらの付属文書やサイバーグループ自体は、G7の考え方を表すものですが、外務省はこのサイバー・データ流通政策への対応の末

  • 「法の支配推進」サイバー空間における国際法適用
  • 「信頼醸成措置」各国の制度・政策理解を通じた信頼関係の醸成

この三つを柱とする、日本独自のサイバー外交を打ち出し始めました。
https://www.mofa.go.jp/mofaj/annai/page5_000250.html
『サイバーセキュリティ 日本のサイバー外交』
外務省HPより


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『サイバー空間に関するニューデリー会議における堀井学外務大臣政務官スピーチ』(2017/11/24)
https://www.mofa.go.jp/mofaj/files/000311476.pdf
https://www.mofa.go.jp/mofaj/files/000311138.pdf
により形作られたこの日本独自の外交政策は、

ダボス会議ひと月前(2018/12/12)の外相スピーチ
https://www.mofa.go.jp/mofaj/fp/cp/page3_002660.html
においても原則維持されておりました。


……そしてこの三つの柱、特に「信頼醸成措置」は後にダボス会議で首相が主張するデータ流通政策
“Data Free Flow with Trust”やそのプロセスである本来の意図の“大阪トラック”に繋がっていた訳です。

※なお、『信頼醸成措置』の「信頼」には
“Trust”ではなく“Confidence”という英語が使われています。
この違いについてひと文章作成致しましたので、ご覧頂ければ幸いです。
https://tenttytt.hatenablog.com/entry/2019/08/02/193858


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さて、このG7の考え方を根本とする付属文書及びサイバーグループ報告と、日本のサイバー外交を比べると、昨年までの両者のスタンスの違いが見えて来ます。


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G7 伊勢志摩サイバーグループ会合議長報告
https://www.mofa.go.jp/mofaj/files/000358072.pdf
http://www.g7.utoronto.ca/foreign/180423-ise-shima-report.html

〉10. 自由民主主義に対して増大するサイバーの脅威という観点から,G7 のパートナーは,悪意あるサイバー活動に対する協調的対応(coordinated response)のメカニズムを発展し続けることにコミットした。

〉我々は,サイバー空間において何が受入れ不可能な行動を構成するのかについての我々の理解を明確に示し,またそのような行動を行った者に対して結果を強いるのにそれぞれが参加するメカニズムを発展させるため,民主主義,人権並びに国際法及び法的拘束力のない国家行動規範を含むルールに基づく国際秩序へのコミットメントを共有する他の政府やステークホルダーと共に共働することを計画する。


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付属文書『サイバーに関するG7の原則と行動』
https://www.mofa.go.jp/mofaj/files/000160315.pdf
https://www.mofa.go.jp/mofaj/files/000160279.pdf

デジタル経済の促進 第三節

〉我々は,引き続き,インターネットのグローバルな性質を維持し,国境を越える情報の流通を促進し,また,インターネット利用者が自らの選択したオンラインの情報,知識及びサービスにアクセスすることを可能とするICT政策を引き続き支持する。我々は,適法な公共政策の目的を考慮し,不当なデータ・ローカライゼーション要求に反対する。


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サイバー・イニシアチブ東京2018における河野外務大臣スピーチ 2018/12/12
https://www.mofa.go.jp/mofaj/fp/cp/page3_002660.html

〉日本としても,「法の支配の推進」,「信頼醸成措置の推進」,「能力構築支援」を三本柱としてサイバー外交を推し進めてきています。

〉まず,「法の支配」に関して,自由,公正かつ安全なサイバー空間の実現と発展を促進するための枠組みとして,例えば国連の政府専門家会合があります。同会合では,これまで5回の会期においてサイバー空間における規範や既存の国際法のサイバー空間への適用などに関して議論を重ねています。日本も引き続き建設的な貢献をしていく予定です。

〉サイバー空間は,無法地帯であってはなりません。近年,国家や国家から支援を受けた組織によるサイバー攻撃が増加していますが,サイバー空間における活動であっても,国家は国際法に縛られるのであり,その行動には結果が伴わなければなりません。日本は,昨年12月,「ワナクライ」事案の背後に北朝鮮の関与があったとして非難声明を発出しました。更に,多数の国に大きな被害をもたらし,民主主義の基盤を揺るがしかねない悪意あるサイバー活動は看過できない旨を累次の機会に明らかにしてきています。

〉「信頼醸成措置」も重要な柱です。サイバー空間における活動は,匿名性が高く,また瞬時に国境を越えます。サイバー活動を発端とした不測の事態を防ぐためには,お互いの法令,制度,政策,戦略や考え方について理解を深め,共有し,相互に信頼性を高めることが必要です。こうした考えの下,日本は米国,英国,豪州,ロシア,EUASEANなど多くの国・地域との間で,サイバーに関する二国間協議を行ってきています。

〉信頼醸成においては,地域的な枠組みで実践的な取組を行うことが重要です。日本は,ASEAN地域フォーラムにおいて,シンガポール,マレーシアとの共同イニシアチブの下,サイバーセキュリティに関する会期間会合を立ち上げ,具体的な信頼醸成措置を提案してきています。今後もアジア太平洋地域を含む地域的な枠組みにおける,更なる国際連携を促進していく考えです。

〉最後に「能力構築支援」も欠かすことができません。世界中のあらゆる場所が繋がるサイバー空間においては,セキュリティ意識や能力が十分でない国々を経由して,サイバー攻撃が行われる可能性は排除できません。こうした「セキュリティホール」をなくすためには,各国が,様々なサイバー攻撃に対する,十分な対応能力を有することが不可欠です。

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まずサイバーグループ報告では
国際法以外に法的拘束力を持たない国際規範をもって、悪意あるサイバー活動にG7その他国家が協調することを主張していますが、これは日本サイバー外交の「法の支配」、つまり国際法整備を優先する姿勢とは異なるものです。

また、G7付属文書では
データ・ローカライゼーション(「不当な」という条件付きですが)に対して反対の立場を表明していますが、これは日本の「信頼醸成措置」つまり各国の制度・政策を理解、摺り合わせする事から信頼関係を築く姿勢とは相容れないものです。


……つまり、G20大阪サミットで日本発の国際的サイバー・データ流通政策を首脳宣言に盛り込むためには、まずこれらの相違点についてG7諸国との意見調整が不可欠でした。

特に「信頼醸成措置」については、データ・ローカライゼーションを主張する国家群と、あくまでデータ・ローカライゼーションに反対するG7諸国の間を取り持つサイバー・データ流通政策を打ち出した上で、両者との摺合わせを行う必要があった訳です。

……ただし、上記サイバー空間におけるニューデリー会議のように、異なるデータガバナンス・ポリシーを持つ国家との摺り合わせを継続しており、
外務省としてはDFFTや大阪トラックに繋がる日本発の国際的データ流通政策を打ち出し得る体制を、昨年までは整えていたと思われます。


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8.2 G7ディナール外相会合に見る端緒


外務省或いは外相に、大阪トラックやDFFTをWTO電子商取引ルール作りに絡め取りたい意図を感じ取る事が出来るようになったのは、首相訪欧約ひと月前、4/6のG7ディナール外相会合に際しての臨時会見からではないかと思われます。

https://www.mofa.go.jp/mofaj/press/kaiken/kaiken6_000030.html
『河野大臣臨時会見記録』外務省HP 2019/04/06


G20の大阪サミットの中で,大阪トラックというものの中で,データガバナンスについて,しっかり取り上げていきたいということは申し上げました。

〉また,WTOでeコマースの議論が進んでおりますので,そういうことについても注視していきたいというような話はございました。


……ここでは、外相は“大阪トラック”を
「データガバナンスを議題として取り上げるに適したもの」と捉えています。またWTOでのeコマース(漢字で書けば『電子商取引』)については、

・大阪トラックとは異なるもの

・大阪トラックでも注視していきたいが
 データガバナンスよりも優先度の低い議題

どちらとも取れる言い回しをしています。

つまり、この時点では
未だ“大阪トラック=WTO電子商取引ルール作り”とは定義されきっていないが、その萌芽を見ることが出来る訳です。


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この変節の萌芽について、外相が参加したG7ディナール外相会合の中に一つのヒントを見つけました。

https://www.mofa.go.jp/mofaj/files/000466471.pdf
ディナール宣言:サイバー規範イニシアティブ』
外務省HP G7ディナール会合(結果)より


〉我々は,国際法の適用が堅持され,基本的自由が促進され,オフラインで持つものと同じ権利がオンライン上で保護されている,全ての者にとって開かれ,安全で,安定し,アクセス可能で,平和的なサイバー空間を促進することにコミットし続ける。

(中略)

〉 サイバー空間における責任ある国家の行動についての自発的で,非拘束的な規範及び上記報告書に含まれる勧告を理解し,効果的に実施するためにそれぞれの国家によりとられる行動について,我々の間で,また他のパートナーとの間で自主的な情報交換を,より良くかつ増加することを奨励する。


……上記の文章を読むと、一見安倍首相がダボス会議で提唱した“DFFT(データ・フリー・フロー・ウィズ・トラスト)”と同じ方向性の宣言が採択されたように見えます。


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しかし、ディナール宣言に至るまでの共同コミュニケ、11章を読むと、このディナール宣言があくまで
「『悪意』のある機密情報への侵入行為に対して、まず自発的に『思いとどまらせ』しかる後に闘う」ことを前提としている事が分かります。
https://www.mofa.go.jp/mofaj/files/000466468.pdf


〉我々は,悪意のあるサイバー活動を非難し,そのような活動を防止し,思いとどまらせ,対抗することを目的とした措置を発展させるための協力を増大することに対するコミットメントを再確認する。

〉我々は,特に,商業的利益を目的として機密の営業情報及び知的財産を標的とする,国家に支援された世界的かつ長期にわたるコンピューターへの侵入活動についての報告を懸念する。

〉我々は,そのような悪意のある活動を防止し,思いとどまらせ,対抗し,闘うことを目的とした措置を発展させるための協力を増大することへのコミットメントを再確認する。

〉これにより,悪意のあるサイバー空間の主体を抑止する我々の共同の決意が強化されるだろう。


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ここで注目されるのが
G7は2019年4月時点で未だに悪意のあるサイバー活動に対し、彼らの自発的な抑止を最初に志向していた事です。


これについては、ディナール宣言の約2ヶ月後
“首相訪欧とG20貿易・デジタル経済大臣会合を経た上での”6/11における“日・EUサイバー対話”
https://www.mofa.go.jp/mofaj/erp/ep/page23_003018.html
『第4回日・EUサイバー対話』外務省HP 2019/07/04

こちらの共同ステートメントで、EU(ここではEU諸国ではなくブリュッセルEUですが)の姿勢の変化が確認出来ます。


〉双方は,悪意を持って情報通信技術を乱用するいかなる行為も非難し,サイバー空間における国際紛争の解決に平和的手段をもって取り組むことを確認した。

〉双方は,サイバー空間において責任ある行動を促進するため,同空間において悪意ある活動を行う者を捕捉し,悪意あるサイバー活動を抑止し対応するために引き続き協力を強化する目的で協働することの重要性を強調した。


……日本の主導するサイバー対策のうち「法の支配」は、原則として悪意ある者に対する国際法の適用による徹底的取締まりを目標としており、未遂で終わらせることを考慮しておりません。

この『第4回日・EUサイバー対話』において、EU(いわゆるブリュッセル)は本来維持していた道徳的対応をやめ、日本側の主張する方向にシフトと言えるでしょう。


「法の支配」という日本のサイバー・データ流通方針をEUに認めさせる一方、DFFT・大阪トラックという「信頼醸成措置」方針については妥協、G20大阪サミットでの主要議題をEUなどG7諸国が賛同するWTOでの電子商取引ルールへと変容させていく。
このG7ディナール会合は、外務省もしくは外相にとってのひとつの転機だったのではないか、と考えています。


※ただし上記の文章ではまだ、外務省がDFFTや大阪トラックを変質させなければならなかった理由までは掴みきっていないと考えています。
この決定的な理由については、並行する国際会議G7の主役たるフランスと、G20の影の主役たるアメリカの動きを調べねばなりません。が、そちらは次章以降で明らかに出来れば、と思います。


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8.3 首相訪欧時の外務省報道…そしてG20つくば


“大阪トラック=WTO電子商取引ルール”という概念は、4/22~/29の首相欧州訪問に関する外務省HPにおいて、初めて提示されたと思われます。
https://www.mofa.go.jp/mofaj/erp/ep/page23_002942.html

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この欧州各国首脳との会談を報じるに際し、HPには

G20大阪サミットの際にデータ・ガバナンス,特に電子商取引に焦点を当て議論する「大阪トラック」を立ち上げるべく

という一節を加えました。更にEUとの共同声明において

“We will also work together with a view to launching the Osaka Track which will provide political impetus to international discussions, in particular to the WTO e-commerce negotiations, to harness the full potential of data.”

〉我々は,データの潜在性を十全に活用するため,国際的な議論,特にWTOにおける電子商取引交渉に政治的な推進力を与える大阪トラックの立ち上げに向けて協働する。


と、大阪トラックとWTOにおける電子商取引ルール作りの相関を安倍首相自身の口から言及させるに至ったのです。


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ところで、このEUでの声明には留意すべき事があります。

上記和訳を読むだけならば“大阪トラック=WTOでの電子商取引ルール作り”と安倍首相が認識していると素直に考えられるものですが
本来の英文では“in particular to the WTO e-commerce negotiations”を挿入しただけなのです。

これだけであれば、大阪トラックについてダボス会議時点から「WTOの屋根の下」あるいは「WTOに新風を吹かせる」と発言している安倍首相のスピーチに潜り込ませることは容易だったでしょう。
和訳した場合に、並べ方次第で強い意味を込めることが出来るだけですから。


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ただし、続く日米首脳会談・日加首脳会談にはこのような一節は盛り込まれておらず、外務省HPからこの概念はしばらく潜めることになります。

※個人的には、この外務省の意図に気付かれた結果何らかの釘が刺され、続く日米首脳会談以降は記述を差し控えたのではないか、と考えています。
何故ならWTOでの電子商取引ルール作りは日米で共通した思惑……というより元々アメリカが主導した発想であり、外務省にとって米・加のみ結び付けを外す理由が無いからです。


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……ただし、第4章で記した通り6/8貿易・デジタル経済大臣会合の際、共同主催者として河野外相みずから具体的な定義を行い……

“大阪トラック”は遂にDFFTのプロセスという当初の概念を外れ、6/28にはサブセッションにおける首相自身の発言によりWTOでの電子商取引ルール作りとして確定する事となったのです。
https://www.mofa.go.jp/mofaj/ecm/it/page4_005041.html


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以降、『大阪トラックの路線変更(6)』に続きます。
https://tenttytt.hatenablog.com/entry/2019/08/02/194634


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