中国保健外交に対する2閣僚……危機感と焦燥

はじめに


河野防衛相と茂木外相。現政権において安倍首相と並ぶ対外活動の中核閣僚ですが、二人のアプローチの違いは多岐に渡っています。


コロナ状況下に展開された中国の保健外交に対し、彼ら二人がどのような反応を示したか。今回はその側面から、二人の性格の違いを辿ってみたいと思います。


……色々まとめるのに時間がかかり、防衛白書など話題となって久しい話を今更引っ張り出す形となっています。



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1. 令和2年度防衛白書と、保健外交という“ハイブリッド攻撃”


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>政府は14日に発表した2020年の防衛白書で、新型コロナウイルスの感染が拡大する中での中国の動きを取り上げ、引き続き海洋進出を活発させているほか、偽情報の流布を含む宣伝工作を行っているとの指摘があると警戒感を示した


……毎度周回遅れですが。


防衛省が公開した令和2年度版防衛白書、その内で新型コロナ状況下の中国の活動に関して警戒感を示す記述が存在した旨、ロイター紙を中心とした各メディアが取り上げておりました。


具体的にはコロナ状況下に関する第I部第3章第5節のうち主に「南シナ海の現状変更と既成事実化」「偽情報の流布」をピックアップ、中国による火事場泥棒的な領土進出やフェイクニュース拡散による他国への攪乱工作を問題視する向きが多いようです。


しかし、前者については前年度の第I部第1章第2節(2)でも


>既存の国際秩序とは相容れない独自の主張に基づき、力を背景とした一方的な現状変更を試みるとともに、東シナ海をはじめとする海空域において、軍事活動を拡大・活発化させている


との記述が為されており、例え同様の行為がコロナ状況下で行われたとしてもおかしな事はありません。


また後者に至っては防衛省からの回答(詳細不明ですがStrait Timesの様な海外メディア向けの質疑の場だったようです)では「ウィルスがアメリカから中国に持ち込まれた」「漢方薬がウィルスに効果を持つ」といった、欧州対外行動局のレポート事例の中でもとびきり微妙な風説ばかりを取り上げただけです。


そもそも漢方薬についてのレポートNo.34の引用はすべて「抗ウイルス剤と漢方薬の併用」効果について触れたものであり、漢方薬自体に抗ウイルス効果がある旨を記したものではありません。


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※もっともこのような「馬鹿馬鹿しい偽情報についての懸念を発表」する事が、認識を共有する国家群に日本が加わった、という意味では重要なのかも知れません。ちょうど香港国家安全維持法への懸念署名にスロバキアが加わった時のように。


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さて、もし前回防衛白書からの表現の違いをクローズアップするのであれば、私が取り上げるのは2つ。


まず第III部第1章第1節のうち「自由で開かれたインド太平洋(FOIP)」(5)相互理解や信頼醸成を進めていく国々、


>中国やロシアに対しては、防衛交流の機会を通じ、わが国周辺における軍事活動の活発化や軍備の拡大に対するわが国の懸念を伝達することで、相互理解や信頼醸成を進め、不測の事態を回避することにより、わが国の安全を確保することとしている


一つ目はここです。前年度の記述では、防衛省としてはあくまでFOIPに所属する側、所属しえる側に対する友好的アプローチに限定しております。FOIPと異なる(対立する)側への懸念を伝えるという非友好的行為に“両者の相互理解や信頼醸成のため”という修辞を付ける発想はなかったからです。


この表現は、外相時代からの河野防衛相の考え方(第198回外交演説・外務省HPより)の基本に近いもので、防衛省にこのような外交主体的思考を導入した事は重要でしょう。


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そしてもう一つは、


>中国は、こうした国際貢献を通じ自国を取り巻く国際環境の安定化に注力することに加え、同感染症対策にかかる支援を梃子に、戦略的に自らに有利な国際秩序・地域秩序の形成や影響力の拡大を図りつつ、自国の政治・経済上の利益の増進を図っているとの見方もある(第I部第3章第5節・第3パラグラフ。太字強調は筆者)


……中国によるコロナ状況下の保健外交それ自体に「自由、民主主義、基本的人権、法の支配、国際法の尊重といった基本的価値に基づいた国際秩序」(この表現は河野防衛相が外相を務めた時代の外交青書に採用した表現ですが、河野氏が外務省を去った今年度版では変更されています)に対抗する秩序を形成する、その危機感を露わにしたということです。


かつて外交青書防衛白書双方で中国の国際貢献や支援そのものへの懸念を明記した事無く、悪名高い対アフリカ援助すら債務持続性の観点から債権・債務国両者の問題と論じ(外務省HP)、また前述のように一般的な軍事的懸念すら修辞のオブラートを使用した河野氏としては、防衛白書での中国保健外交への表現は極めて異例かつ直接的なものでした。


中国が国際貢献として展開した保健外交にはコロナ以前から問題があること、コロナ状況下でその性格が更に強まっていること。


そして河野防衛相がこれらを、防衛省では対処困難な(防衛省的に定義されていないため相互理解や信頼醸成のための懸念表明、という手段すら取りがたい)新形態の「グレーゾーンの事態」「ハイブリッド攻撃」であり、あらためて白書に危機感と共に明記したと考えられるのです。


そしてこのような中国保健外交の脅威に対し、河野防衛相よりストレートに苛立ちを示したのが、茂木外相でした。



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2. 外相会見での苛立ちと、日中保健外交の得失


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>すみません,コロナ後というのはどういう定義ですか。

>ごめんなさい。ちょっと意味が分かりません。

>そういう漠とした中で,全体のと言われても,非常に答えられないと思います。逆にどう答えますか。

>極めて答えにくい質問をしているということを,よく後で考えていただきたいと思いますが


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ふた月も前の話で申し訳ありません。6/16の外相会見において、朝日新聞・佐藤記者とのやりとりにおける茂木外相の発言を一部切り取ったものです。


実際の外相の回答内容、特に「極めて答えにくい質問云々」から後の発言は、コロナ状況下における日本の保健外交の要諦を十分に示したもので、誘導性の強い佐藤記者の質問を封じる素晴らしい返答と思われます。とはいえ今回はその内容より、発言者の感情に焦点を当てます。


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会見の場では冷静にいなす、繰り返しの回答を拒否する、あるいは不適切な質問に対して冷笑的な回答を行う茂木外相としては珍しく、記者の質問にナーバスになっています。これは7/3の会見でも一つの回答に「かつてないスピード」という言葉を三度繰り返した辺りにも垣間見られますが、保健外交の内容に関する質問に対し、外相は苛立ちの感情を隠せていません。この苛立ちの原因は、恐らくはコロナ状況下で日本の保健外交が国際的に理解されているのか、その不安ではなかったでしょうか。


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折しも佐藤記者による質問の前日(2020/06/18)、中国が主催する一帯一路国際協力ハイレベル会議(JETROホームページより)が行われています。WHO局長と共に(WHOホームページより)


このハイレベル会議の議題は主にコロナ終息期を見込んだ一帯一路加盟国の保健及び経済政策の連携ですが、このような連携の基礎となった……コロナ蔓延前から中国が展開していたのが、健康シルクロードと言われる中国型医療の国際協力政策です。


https://www.eastasiaforum.org/2020/05/26/covid-19-speeds-up-chinas-health-silk-road/www.eastasiaforum.org


……佐藤記者が日本の保健外交と比較するため担ぎ上げたオンライン診療。これこそ漢方薬と並ぶ健康シルクロードの看板、デジタルヘルス(共にMedium紙)です。


佐藤記者はコロナ蔓延期に有効性を発揮した中国のデジタルヘルス政策、またそれを昇華させた前日の一帯一路ハイレベル会議を念頭に入れ


>現場での人と人との協力ということに力を入れてきた日本の国際協力は,今後どうあるべきかということで,ご所見をお伺いできたらと思います


と、質問の形をした日本保健外交への揶揄を行っていた訳です。


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この佐藤記者の揶揄に対し苛立ちと怒りを隠せなかったように、茂木外相率いる外務省のコロナ保健外交やその理念は、残念ながら他国からの感謝や賛同をさほど受けないものであったと思われます。


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※この状況表出の代表といえる2020/07/09日メコン外相会議(外務省HPより)に関しては、後日改めて文章をまとめる予定です。

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勿論外相としては、保健外交を通じて中国あるいはEUのような政治的干渉まで求めていた訳ではなかったでしょう。河野防衛相の立場と異なり、茂木外相は特に中国と保健外交で得失差を争う必要が無く、相手国への影響力のみを絶対評価と出来るのですから。


※もちろん本質的には、例えばオンライン診療等での情報管理面でDFFT(官邸HP)を提唱する日本とコンフリクトがあるように、中国保健外交は日本外交そのものと対立していますが、少なくともこの点をコロナ状況下でわざわざ競う必要は無いのです。


とはいえ終息後の相手国が国際活動を再開するに際し、何らかの影響力を残す狙いは少なからずあったと思われます。6月までの外交活動の殆どは、コロナ状況下の各国支援に費やされていたのですから。


オンライン診療・医療機器提供のような特定部門に突出しない包括的な保健外交をアピールし、その根底にあるユニバーサル・ヘルス・カバレッジ等日本独自の取組み……昨年度G20大阪サミットで提案した持続可能かつ透明な国際連携を、コロナ終息後に展開するための手応えさえ確かめられればまず合格だったのでしょう。


しかし、遠隔医療・漢方薬・不足した医療機器提供と、IT技術を導入した社会隔離政策からなる“魔法的”保健外交を展開する中国の陰で霞む形で、日本保健外交への理解は遂に得られず、ただ各国への提供金額のみがクローズアップされる状況となっていました。


もちろん、現状をみる限り中国側の狙いがうまく行ったとは思えません。しかしそれを逆手に取る形で、相手国が中国側の“魔法的な”医療・経済支援を受けること=米中対立時に中国寄り姿勢を取ることだけでなく、中国側に準拠した社会システムを受け入れることのアピールには成功したと思われます。


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※例えば中国の支援に依らない国家ですら、中国準拠の「医療対策としての社会システム」ロックダウンや社会隔離政策を採用しています。効率的な隔離政策実施のため、実績ある他国のITシステム採用を検討させる、とか言い出せば試合終了ですよ。


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このような中国保健外交のずぶとさ、陰に隠れた日本保健外交、そしてこの中国保健外交を手本として日本を揶揄するマスコミ達に対し、茂木外相は今後への危機感ではなく実利の面からストレートな感情を露わにしたのではないでしょうか。



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おわりに: 二閣僚の差……国際秩序連携への信頼


さて、この二閣僚の態度の違いについて、私は「基本的価値に基づく国際秩序を共有する国家間の連携」に対する信頼の違いではないかと考えます。


外相時代、また防衛相就任後も各国カウンターパートと会談を通じ「基本的価値に基づく国際秩序を共有する国家間の連携」強化に努めた河野防衛相。


国際秩序を共有するはずの国家群と交渉とせめぎ合いを重ねる経産相・特命相のキャリアを持ち、コロナ以降初の外相会談における対中連携確認すら「お話」と断ずる茂木外相。


およそ中国に対する視点は同じでも、その感情の表し方はキャリアの違い、特にキャリアで培った国際秩序を共有する国家が連携しえるのか、その認識の違いといえるのではないでしょうか。



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