茂木外相所信演説とラブロフ外相(2)

茂木外相所信演説とラブロフ外相(1)の続きとなります。

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3. ラブロフ外相の咆哮

3-1 日米同盟への牽制発言……なのか?

r.nikkei.com

〉ロシアのラブロフ外相代行は17日、モスクワで年頭記者会見を開き、日本との平和条約締結交渉を巡り、「米国は日米同盟をロシア抑止に利用している」と述べた。日米の同盟関係が平和条約交渉の障害になっているとの考えを示した格好だ。


上記の日本経済新聞ほか、海外でも各紙で
ラブロフ外相代行による日本の外交方針についての発言が掲載されました(2020/01/23、ロシア新内閣においてラブロフ外相は留任、改めて外相となっています)。

いわく、日本がロシアに対して悪意を持っているとは思わないが、米国に追従する結果ロシアとの交渉に悪影響を及ぼしている、との事。


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3-2 ライシナ対話に見る、牽制発言の真意


……実はこの会見について、自分ではロシア外務省HPを見ても検索することが出来なかったのですが、それ以前の数日間の流れについては同HPで確認できました。


www.mid.ru
スリランカの新聞、デイリーニュース紙(2020/01/13)によるセルゲイ・ラブロフ外相のインタビュー』
ロシア外務省HP

〉残念なことに、私たちは最近、地域外の権力が確立した秩序を再構築して彼らの狭い利益に役立てようとする永続的な試みを目撃しています。米国が推進する「自由で開かれたインド太平洋」の概念は、統一ではなく破壊的な可能性を秘めています。その真の目的は、地域国家を「利益グループ」に分割し、州間関係の新たに確立された地域システムを弱体化して支配を主張することです(上記HPより拙訳)


このスリランカメディアに対するインタビューを皮切りに、続くインド、ウズベキスタンにおいても日米同盟というより「自由で開かれたインド太平洋」に対する批判を続けました。

そしてロシア帰国後の記者会見でも同様の発言を行った事で、初めて日本のメディアでも取り上げられる事になったようです。


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なお、この『自由で開かれたインド太平洋』に対するラブロフ氏の考え方については、ニューデリーで行われた“Raisina Dialogue2020”での発言が、もっとも詳細に触れていると思われます。

www.mid.ru
『2020年1月15日、ニューデリーのRaisina Dialogue国際会議の全体会議でのセルゲイ・ラヴロフ外相の発言と質問への回答』
ロシア外務省HP

〉法の支配に基づく世界秩序といえば、意外なことに新しい概念が生み出されました。アジア太平洋ではなくインド太平洋戦略で、最初に米国、オーストラリア、日本、韓国によって始められ、促進されました。イニシエーターにインド太平洋戦略とアジア太平洋地域の協力の違いについて尋ねたところ、「そうですね、インド太平洋はよりオープンで、民主的です」と返答されました。 そうではありません。私は、アジア太平洋地域の既存の構造を再構成し、ASEAN中心のコンセンサスを求める相互作用の形から分裂的な何かに移行する試みだと思います。これらのインド太平洋戦略が何を意味するか知っています。

〉我々はASEANとインドを高く評価します。そしてまた「インド太平洋戦略とは、誰かを除外すべきとか示唆しながら議論される筋合いのものではない」と反論する国家の事を、我々は高く評価しています。

〉そしてもちろん、この新しい用語を宣伝する人々にインド太平洋地域に東アフリカやペルシャ湾が含まれるかどうかを尋ねると、彼らは「ノー」と言います。だから、それはかなりトリッキーです。私たちはこの用語に注意しなければなりません。それは非常に良さそうに見えますが、何か他のものを意味するかもしれません
(上記HP第10~11パラグラフより拙訳)


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※東アフリカやペルシャ湾について、ラブロフ氏が言及している事には興味が湧きます。

第四次安倍改造内閣当時の「自由で開かれたインド太平洋」であれば一笑に付す事が出来た話ですが、前述した通り今は共に外務省のメインストリームから外されたエリアだからです。


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ここでラブロフ外相の考え方について三つのことが判明します。

  • アメリカによる“Free and open indo-pacific strategy”と日本の“自由で開かれたインド太平洋”について混同、或いは意図的に同じものとし、かつ政治的連携として言及している事
  • この“Free and open indo-pacific strategy”とはASEANやインド、中国やロシアを分断しかつ後者を排除する試みだ、として非難している事
  • この中国やロシアを排除するため、西洋諸国は「法の支配に基づく国際秩序」という新たな概念を採用した、としてこの概念そのものを批判している事です。


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3-3 「法の支配に基づく国際秩序」に対抗するロシア


ラブロフ外相はその直前の発言で、「法の支配に基づく国際秩序」とは国連憲章あるいは国際法の代わりに、西洋諸国が編み出した新たな概念と定義しました。


国連憲章は、国家の主権平等、内部問題の不干渉、領土保全の尊重、紛争の平和的解決などの原則と同様に、私たちが行っているあらゆる議論のアンカーです。それらは、世界のあらゆる状況に適用できるはずです。これらは、世界の舞台で新しいアイデアを開発するための議論の指針となるはずです。

〉残念ながら、多極的でより民主的な世界の出現を好まない人々は、このプロセスを妨害しようとします。あなたが気づいたなら、私たちの西洋の友人は国際法の言語を使うことがますます少なくなっています。代わりに、彼らは法の支配に基づく国際秩序と呼ばれる新しい概念を生み出しました。
(上記HP第6~7パラグラフの一部より拙訳)


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続く発言でこの「法の支配に基づく国際秩序」が少数の国家により決定されること、またその利己的なやり方では現在・将来の世界的課題に対処出来ない、と指摘しました。

またこれより前の発言では、国連安保理の問題点として発展途上国の意見が反映されにくい事、それ故にG7から新たな枠組みとしてG20を提唱した事、またロシアによる国連安保理改革としてインド・ブラジル及びアフリカ候補国の常任理事加盟を提唱し、発展途上国の意見を彼等を通じ国連に反映させようとしています。


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このラブロフ氏の主張については、発展途上国の卒業課程とか色々突っ込み所はあるのですが、今回言いたいことはそこではありません。

1/17の年頭記者会見での発言とは裏腹に、今回ラブロフ氏が……そしてロシアが攻撃対象としているのは、実際には日米同盟や背後にいるアメリカではなく、日本そのものであること。

  • ロシアが国連憲章国際法を盾に対抗したのは「法の支配に基づく国際秩序」という概念であり、
  • これを以てインド・ブラジルまた中国やロシア自身という、発展途上国連合を組もうとしている事。


つまり、先進国・発展途上国間で最大の戦場となるWTO改革や国連安保理改革において、茂木外相が味方を糾合し積極攻勢に出る事をラブロフ氏は事前に見抜き、先制攻撃に出たと考えられるのです。


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4. 『包容力と力強さを兼ね備えた』茂木外交とは

4-1 噛み合わない河野外交の「墨守


www.yomiuri.co.jp

〉外務省幹部によると、前任の河野防衛相はラブロフ氏と関係を深めるまでには至らなかったといい、今回の茂木氏の訪露については「議論がかみ合い、ようやくロシア側が土俵に乗ってきた」と評価する


……河野防衛相が外相だった当時、日露外相会談の感想として胸襟を開いて話し合った旨、複数回言及しています。しかし、河野前外相ではロシアの外交戦略に噛み合わなかったのでしょう。

推測ですが、この理由は恐らく河野前外相が譲らない、言い方を悪くすれば「譲れない論点を相手が俎上に上げた時点で、交渉を引っ込めてしまう」外交を展開していたからではないかと思われます。


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2018年11月の日露首脳会談を皮切りとする二島返還交渉では、ロシアは北方二島という餌を見せつけながら、日米防衛に関する取り決めの見直しなどの条件をタイミング良く突き付ける外交を展開しました。

この巧妙かつ国是に関わる誘いを完全に見切るまで半年近くかかりましたが、結局河野前外相は交渉を前のめりに進めるより、平行線でも日本側の立場を墨守することに努めたのです。

ラブロフ外相はこの一連の交渉の末、当時の日本との外交は「噛み合わない」と感じたのでしょう。
何しろ、どれほど交渉を優位に進めても結局重要な攻略ポイントを獲ることが出来なかったのですから。


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4-2 日本の安定感を国際調整力に転換する茂木外交


領土に関する二国間交渉でこれならば、WTO改革に関する二勢力交渉でも河野外交は同じ戦術にこだわったでしょう。

仮に日本が先導して「基本的価値に基づく国際秩序」を共有する国家群を形成しても、この旗印を不可侵とする限り、理念で妥協できない相手との交渉は平行線を辿ります。

特に河野前外相の場合、「基本的価値に基づく国際秩序」を様々な挑戦から守り、またこの国際秩序に対抗する秩序を形成する動きに対して断固戦う立場を表明していたのですから。

更に「押し付けではなく、その国に寄り添った民主化支援」を標榜する河野外交には、北朝鮮やイランのような国家にすら好ましくないタイミングでリソースを割かねばならない、国益上無駄な部分があります。


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茂木外相が方針を変更したのは、このやり方では発展途上国が中露連合に加わる流れも、また国際秩序陣営側での日本の立場が埋没することも避けられないと感じたからではないでしょうか。


外務大臣として各国のカウンターパートと話をする度、複雑化し、不確実性の高まる国際情勢の中で、安倍総理の下で一貫し、安定した外交を展開する日本への期待、日本の存在感が高まっていることを強く実感します。この日本の存在感を、国際舞台における調整力へと転換して、責任感と使命感を持って問題解決を主導していく決意です。
(第201回国会外交演説 第27パラグラフ)


……安定的だが原則にこだわり無駄の多い「地球儀を俯瞰する外交」をアップデートし、これまで培った日本の安定感を原資に『国際舞台における調整力へと転換』、多国間体制の揺らいだ今を好機としてWTO改革を推し進め、国連安保理改革で日本の発言力向上を謀る。

茂木外交の「包容力と力強さを兼ね備えた外交」戦術は「地球儀を俯瞰する外交」の消極性や無駄を無くし、味方となる国家群を力強く抱え込むため限られた国力を注ぎ込むためのものではないか、と考えられるのです。


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4-3 リスクを選択し、「噛み合う」外交へ


ただしこの戦術はTPP11などの経済連携協定、あるいは自由で開かれたインド太平洋のような安全保障連携や二国間協定を政治的ネットワークに転換して排他的な関係を形成、自分と味方の国際的発言力を増やす形で展開される事となります。

この戦術を展開するほど、今まで培ってきた日本の安定感、「基本的価値に基づく国際秩序」を墨守するため陣営を問わず交渉を行ってきた、日本の外交的普遍性という原資が削がれていくのです。

この普遍性の削がれていく国際秩序に対し、ラブロフ外相は「国家主権の平等、内部問題の不干渉」という本音と国連憲章国際法という建前を巧みに織り交ぜ、発展途上国アイデンティティとする国家群の旗艦国として茂木外交を牽制した訳です。


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……一方、茂木外交の「法の支配に基づく国際秩序」は遵守するものではなく、あくまで強化されるものです。味方を引き入れる、また反対派との折衝を行う過程で、変質することを躊躇わない性質のものと言えるでしょう。

またガソリンなどとは異なり、日本の外交的普遍性への信頼が減ったとしても、国際舞台における日本の調整力が完全に失われるものではありません。信頼は二国間交渉による利益関係で補えば良いだけです。

恐らく茂木外相はリスクを考慮した上で、なお日本の発言力を高める選択を行った、という事なのでしょう。ロシア、そして中国と噛み合う外交闘争を展開し、妥協と合意に至るための選択を。  (了)



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……はい。“文章が書けない病”に罹ってしまいました。


実は今年に入ってから、

『米イラン緊張を巡るインド・パキスタンの暗躍と帰結』
『COP25とIRENAでの日本側スピーチに見る、小泉環境相の鬱屈』
参議院インターネット審議中継で1/17外交問題委員会の問答を見たけど、共同の斎藤記者の言い分の方が正しくね?』
リビア対策に見るイタリアの外交失策とディマイオ党首辞任』
など、幾つかの文章を書こうとしたのですが、言葉が続かず途中で放り出してしまっています。


遂には所信演説の比較という、一年前の方法論に縋ったのですが……何というか。