UNRWAの中立性が揺らいだ時:1. 国連の中立性原則

前回の話、UNRWAの中立性に関する話の続きとなります。

tenttytt.hatenablog.com

前回記した通り、イスラエルパレスチナの行動の正当性やUNRWAに対する支援国資金供出再開の是非に触れるつもりはありません。ご了承願います。

 

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1. 国連の中立性原則

2. ICRCと国連の中立性定義 

3. 2014年人事の結果

4. 潘基文 

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前回の文章で記したように、4月に発表されたUNRWA中立性に関する国連最終報告書には教科書問題や施設の軍事利用、また職員組合の政治化といった国連機関として遵守しなければならない中立性上の問題が指摘されましたが、その中で特に私が注目したのはこの一行でした。

”Several staff invoked their right to freedom of expression.”

>数名の職員は表現の自由の権利を主張しました(P15)

 

UNRWAを含む国連職員は個人的信念やオンオフを問わず、国連の原則たる中立性(neutrality)を貫く義務があります。最終報告書にも

>同庁の規制枠組みに反映されている一般原則は、その職員は常に中立でなければならず、中立であるように見なされなければならないということです。
>国連職員として、彼らは個人的な信念を維持するかもしれません。 しかし人道活動家としての中立性への取り組みには、これらの個人的な信念が機関に対する任務を妨げないようにするための制限と制約が必要です。 中立性には、仕事中と自由時間の両方ですべての職員が従わなければならない義務が伴います(P19) 

と記している通りです。

その中立性の原則が職員に浸透していない、中立性以上に守るものがあると考えかつ調査の場で表に出すことを躊躇わない職員がいた訳です。そしてここで疑問として浮かび上がるのが、彼らに中立性に関する教育が為されていなかったのではないかという事です。

>中立性違反を防止するための UNRWA のアプローチは、入念な契約取り決めや倫理規定に反映されている中立性の原則を知り、尊重する個々の職員の義務に焦点を当てています。しかし中立性に関して何が期待されているかを、チームが完全に理解できるようにする上級管理職およびエリアマネージャーの責任は明確化されておらず、強制されてもいません(P20)

確かに中立性教育におけるマネージャーの責務権限を明確にすることは、アクシデント時に遵守事項のコンセンサスを得ることに繋がります。逆にこれが明確にされない場合、面従腹背する職員がアクシデントを機に「緊急時には現場主導による別のコンセンサスが生じる」とボトムアップの対応を積み重ね、国連原則をチーム内で有名無実化していくのは世の常でしょう。

しかし狡猾さの欠片もなく、平時の意識調査で国連原則を軽視して憚らない職員がいたというのは異常です。最初から国連原則とは異なる、中立性を無視する原則にトップダウンで差し替えられていたと考えるのが妥当ではないでしょうか。

 

この疑問を解くカギとなるのが、UNRWA事務局長キャリアの変更ではないかと。

それまでの国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)といった国連機関や外交職から採用する慣習を変更し、わざわざ異なる中立性原則を掲げる赤十字国際委員会(ICRC)の人間をUNRWA事務局長に抜擢した2014年人事ではなかったか、と思うのです。

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1. 国連機関における中立性:公平性との関係と本部・現場の役割

2014年人事の問題を論じる前に、まず国連と赤十字国際委員会ICRCの中立性(neutrality)の違いについて比較しようと思いますが、この相違はもう一つの原理「公平性(impartiality)」との関係性に注目するのが分かりやすいのではないでしょうか。

 

国連においてこれらの言葉が使用される場合、

・中立性……どの国の側にも肩入れしない

・公平性……どの国の背景にも依らず国際規範や原則で是非を判断する

およそこのような形で区別されています。

 

国連が中立性を原理に含んでいるのは、綺麗事以前に国連自らを構成する国家それぞれに正義や主張があり、その主権の平等性を尊重するべきという考え方に基づくものです。

しかしこの中立性を盾とするステークスホルダーの思惑により、国連の地域紛争介入を妨げる事態が多発。その末路たる9.11に代表される国際テロは、大国対立に巻き込まれた遠き地の被害者という歴史的な紛争地域認識から国連及び各国を脱却させました。

中立という言葉に逃げ込まず、逆に「失敗国家に対する『人道』的介入」という上から目線の考え方も昇華させ、ついに安全保障上の被害当事者として解決プロセスや国際規範そのものの再構成を始めるに至った訳です。

 

そのため近年とくに国際平和維持活動(PKO)原則ではその文面を「中立性」から自由や人権、法の支配に基づく国際規範上の判断を前提とする「公平性」に切り替えるに至り、巷間では「国連の原理が中立性から公平性重視に移った」と考える向きもあるようです。

peacekeeping.un.org

>公平・不偏性は主要当事者の同意と協力を維持するために重要です。が、中立性や不活発さと混同してはいけない。国連平和維持要員は紛争当事者との取引においては公平であるべきだが、その任務の遂行においては中立であってはならない。

>優れた審判員が公平・不偏であろうと相手の違反に際しては罰則を科すのと同様に、和平プロセスの約束や国連平和維持活動が支持する国際規範・原則に違反する当事者の行動を、国連平和維持要員は容認すべきではない

とはいえこれは公平性が中立性の原理を上回るような意味ではなく、遂行フェーズに入った平和維持活動を各国・各勢力による抑制的介入から防ぐための一文と捉えるべきでしょう。

国連の立場としてはあくまで紛争地域に対し中立的な予防外交 - 国連広報センターを通じ当事者たる自治勢力に境界線での融和、そして国際規範への回帰をうながし過激思想との分断を図る。一方で規範からの逆行を志向する勢力の危険度を慎重に協議した結論として、公平性に基づく判断のうえ力の行使を遂行する。現行の国連紛争解決プロセスはこの二つの原理、というより

・公平性に基づく慎重な意思決定、というツールで現実に対応させた中立性

により成り立っていると考えられます。

 

当然見方を変えれば、意思決定の結果次第では一方に都合の良い地域弾圧を後押しするだけの結果に終わります。都合を押し付ける側にとっては自らの主張こそ国際規範や原則の理屈に則った自国の、あるいは個人的見解に基づく正義なのですから。それゆえ「中立性」を越えうる「公平性」の判断は良くも悪くも各国の思惑が錯綜するニューヨークなりブリュッセルの場で慎重に行われるもので、

・国連本部の中立性は公平性適用の協議を通じ、共に国際的視点に晒される

・国際協議の場でない各機関の現場はまず「中立性」を遵守しなければならない

訳です。

 

各国の思惑、と言えば悪い印象ばかりが表に出ますが……UNRWAはじめ国連機関は支援国の期待、被支援地域の国際規範への復帰という思惑を受けて運営しています。人道支援という目的であるからこそ、UNRWAには被支援者一人一人に国際規範への疑問ではなく復帰を志向させることを旨とし、また個人的信念に基づく判断から脱した「国連機関としての中立性」の原理の下にある事を常に証明し続ける義務がある。

そのはずなのです。

 

 

2. ICRCと国連の中立性定義 に続きます。