小ネタ: 日伊外相会談の中止及びクアラルンプール・サミットの話

追加: 12/23、日イラン首脳会談の結果について、文章を追加しました。


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小ネタです。

前回触れたG20外相会合議長国記者会見の補足として、会見後に発生したあまり日本では話題にならない国際的事件と絡めて、二つ文章を作成いたしました。

残念ながら、1.の話題と2.の話題は、今のところ繋がりはありません。

微妙に繋がりそうなキーワードはあるのですが……



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1. 日伊外相会談中止とリビア情勢


2019/12/15~/16の第14回アジア欧州会合ASEM)の際、EU上級代表のほか6ヶ国との会談が行われました。

巷では日韓会談が日程の折り合いがつかず10分程度の対話のみ行われた話で盛り上がっていました……が、実はもう一つ、いつの間にか中止されていた会談があります。

茂木外相とほぼ同時期に就任した、イタリア外相Luigi Di Maio氏との会談です。


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www.google.com

Di Maio to meet Japanese counterpart at ASEM
(ADNKronos紙 2019/12/13)

〉イタリア外務省の声明によると、外相Luigi Di Maioはマドリードで、ASEM会合の傍ら日本のカウンターパートである茂木敏充外相と会談を行う予定です。


……以前も記した通り、実は半年以上全く会談が行われず(G7諸国・西欧諸国でも異質の状況です)、12/7の地中海会合に際して行われた若宮外務副大臣によるディ・マイオ・イタリア外務・国際協力大臣表敬(外務省HP 2019/12/10)によって、初めてディマイオ外相との会談にこぎつける事が出来た状況でした。

恐らくはこの会談の際、茂木外相との会談についても下調整が為されたと思われます……が、結局この会談は実現していません。上記ASEM会合の3枚目の写真には、茂木外相の横にイタリアの代表が座っているようなのですが、そこに居たのはディマイオ外相ではなくScalfarotto事務次官でした。
(“Undersecretary Scalfarotto to attend the Asia-Europe Foreign Ministers Meeting (ASEM)”イタリア外務省HP 2019/12/15)。

※なお、上記文章がイタリア外務省に掲載されたのは2019/12/18午後。それまで12/13以降のプレスリリースが更新されていなかった事を銘記いたします。


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……では何処に、というとリビアでした。

www.ansa.it
Di Maio visits Libya

(ANSA紙 2019/12/17)

ルイージ・ディマイオ外相は、火曜日に紛争で双方と協議するために北アフリカの国を​​訪問した際、リビア危機の解決策は「軍事的なものではない」と述べました。
〉ディマイオ外相は、国連により認められたリビア国家(GNA)首相ファイエズ・アル・セラジとトリポリで会談。
〉その後、ベンガジにてリビア東部に拠点を置く部隊を指揮し、GNAからトリポリを奪う攻撃を開始したハリファ・ハフタール元帥との会談を行いました。


これは12/13の独仏伊及びEU首脳による共同声明に基づき、コンテ首相の要請により急遽外相の派遣が決定したものであり、上記イタリア外務省HPの更新状況はその混乱ぶりを示していると言って良いと思われます。

www.urdupoint.com
Germany, France, Italy Call For Ceasefire In Libya, Return To UN-Brokered Talks
(Urdupoint紙 2019/12/13)

〉三国及びEU首脳会議後の金曜日に発表された声明によると、ドイツ・フランス・イタリアは、リビアでの敵対行為の停止と国連の後援の下での交渉への復帰を求めた。
〉「首脳は、すべてのリビアおよび国際政党に対し、軍事行動の実行を控え、包括的かつ永続的な敵対行為の停止に真剣に取り組み、信頼できる国連主導の交渉に再び関与するよう求める」と共同声明は述べている。


※同様に、フランスではリビア等を拠点とするテロ組織に対抗するため、G5サヘル諸国との会合を来年1月を行うよう、ル・ドリアン外相が発表しています。

actucameroun.com
Les terroristes préparent une stratégie pour étendre leur influence, Le Drian
(ACTU Cameroun紙 2019/12/17)


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もちろんこの三国、特にイタリア・フランスのリビア介入には両国の移民政策や利権が絡んでいます。


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※今回小ネタなので深く言及しませんが、旧来の利権問題については六辻彰二氏がNewsweek紙に寄稿した下記の記事をご覧下さい。サルヴィーニ前副首相が暗躍した前政権時代の記事ですが、前提となる状況が分かり易く記されています。

www.google.com
リビア内戦めぐりフランスとイタリアが対立──NATO加盟国同士が戦う局面も?
(Newsweek紙 2019/04/19)


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さて、旧来からのアフリカ利権の問題に、更に加わった問題があります。11月末にリビア政権(上記GNAの方)とトルコの間で結ばれた海域協定です。

海域に接するギリシャキプロス、エジプトやイタリアとの協議抜きで締結されたこの海域協定に対し、EU諸国は12/12に首脳会談を行い

〉地中海の海事管轄権の境界に関するトルコ・リビア覚書は、第三国の主権を侵害し、海の法律を順守せず、第三国に法的結果をもたらすことはできません。
欧州理事会は、トルコによるこれらの行動に関するギリシャおよびキプロスとの連帯を明確に再確認します

とし、リビア・トルコ間の協定に対する拒否姿勢を明確にしました。

ディマイオ外相のリビア訪問に際して、この海域協定について言及したかどうか触れた記事はありませんでしたが、この海域協定にはリビア国内の分裂と後盾となる周辺諸国、またEU内部での対立図形まで絡んでいます


……残念ながら、ASEM会合に参加した茂木外相には、今回アフリカまで視野を伸ばすことは困難だったでしょう。あるいは優先順位の低い問題であり、アフリカについてはTICADの枠組みから対処すれば良いと考えている可能性もあります。



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……さて、ここまで前置きです。

ここでG20外相会合の議長国記者会見(外務省HP 2019/11/23)を思い出して下さい。

前回質問内容の件で指摘した、

・日本のアフリカ姿勢について質問したイタリア
・欧米中心のグローバリズムを糾弾したトルコ

二人の質問者の祖国が出て来ました。

両国は質問直後、内容に対応するアクションを起こしており、恐らく両国記者はその辺の事情を踏まえて日本の対応を予測しようとしていたのではないか、と考えられる訳です。

『直接利害に関わらない身でありながら、日本は我々に干渉するのか?』と。




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2. クアラルンプール・サミットとイランの主導権


もう一つ、比較的日本で話題になっている国際的事件としてイラン・ロウハニ大統領の訪日があるでしょう。

www.google.com
イラン・ロウハニ大統領 20、21日に日本訪問 安倍首相との首脳会談も実施
(産経新聞 2019/12/17)


そして、ここでも目立たない話が一つ。
訪日前にマレーシアで出席予定のクアラルンプール・サミットです。

ifpnews.com
Rouhani in Malaysia to Attend KL Summit 2019]
(IFPNews紙 2019/12/17)


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クアラルンプール・サミットHP

クアラルンプール・サミットは2014年から開催されたイスラム首脳会談で、52ヶ国400名の指導者・学者・聖職者がマレーシアに集まり協議が行われるものです。国際的評価が低下するイスラム教やイスラム国家の地位向上を目指し、ホスト国としてマレーシアの他、パキスタンインドネシアカタールそしてトルコが加わっています。

主催するマレーシア・マハティール首相はこのサミットについて、イスラム世界が迫害や自らの暴力性により危機的状況にあることを憂い、自らの過ちに気付くための議論を行う場であること、また意志決定の簡素化のために少数国での会談形式を執る旨述べられています。

www.thestar.com.my
Dr M: KL Summit 2019 meant to illuminate, not discriminate
(The Star Online紙 2019/12/19)


しかしこのクアラルンプール・サミットは、聖地メッカを有し自らイスラミック・サミットを主催するサウジアラビア側から警戒されており、パキスタンインドネシアは今回派遣する代表のランクを首脳級から落としました。

www.aljazeera.com
'Neutral' Pakistan pulls out of Malaysia summit of Muslim nations
(AL Jazeera紙 2019/12/18)

www.aa.com.tr
Indonesia's vice president to skip Kuala Lumpur summit
(AA紙 2019/12/18)


特にパキスタンの場合、インドによるジャムカシミール地方へのアクションにイスラム中枢国として抗議するよう、サウジアラビアに求めた矢先の事であり、明らかにサウジ側の空気を読んだ結果と思われます。

www.newsweekpakistan.com
BETWEEN TURKEY AND SAUDI ARABIA
(Newsweek Pakistan紙 2019/12/17)


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このような状況下、クアラルンプール・サミットに集った首脳はマレーシア・カタール、前章でも取り上げたトルコ、そしてロウハニ大統領が代表となるイランとなりました。

カタールを除く3国中心に行われた「経済と課題の優先順位についての円卓会議」では、

  • イスラム中枢部や欧米主導の国際機関を非難するエルドゥアン大統領


と、微妙な話し合いが行われたようですが、ここでロウハニ大統領はある突飛な案を提示します。

イスラム諸国家の中央銀行で発行される共通暗号通貨です。

www.astroawani.com
「人々の購買力は弱まりつつあり、イスラム国家に統合されている」-ハッサン・ロウハニ
(Astroawani紙 2019/12/19)

この案は、欧米による金融制裁に反対するエルドゥアン大統領は勿論、当初からアメリカの動向から独立した共通貿易決済通貨を提唱していたマハティール首相の心すら掴み、もともと国際的な対立局面を回避しようと腐心していた首相がその態度を撤回するに至っています。

www.astroawani.com
イスラム国家は米ドルに過度に依存すべきではない-マハティール博士
(同上)


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この円卓会議以降、ロウハニ大統領は主要ホスト3国とは別の会談に向かいましたが、今回のクアラルンプール・サミットに重要な足跡を残し、議題の中心に位置する事に成功しました。

そして、次は日本へと向かいます。



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……ということで、今回イランはクアラルンプール・サミットを経由することにより、自国への制裁問題だけでなく、イスラム世界を取り巻く数多くの問題に日本を巻き込む可能性が出て来ました。
イスラム暗号通貨はともかく、これを持ち出す事で意見の一致を勝ち得たクアラルンプール・サミット参加国が抱えた諸問題……例えばリビアを起点とするトルコの孤立、ジャムカシミールを起点とする今回欠席したパキスタンの焦燥、更にはイスラム圏の分裂まで、多くの解決困難な外交問題

これらをサミット代表として、欧米諸国と太平洋アジア諸国を繋ぐ窓口たる日本に対して、会談時あるいは様々な形で提示する可能性があるのです。

そしてもし提示された場合、日本側にスルーする権利はありません。内心はともかく、日本側がイランとの交渉受け入れをオープンにした末の会談なのです。

更に言えば、ジャムカシミール地方に関するインド側の行動に賛同する旨共同声明を発表しており、当事者としての一端を担う立場なのですから。



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後日談: 日イラン首脳会談の結果


結論から言えば、上記私が心配した様な話は、今回全く出なかったということです。

www.mofa.go.jp
外務省HP 2019/12/20


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今回話題とされたのが、

  • 安倍首相からの核合意への復帰要請と、ロウハニ大統領からのアメリカ側の姿勢に対する抗議
  • 自衛隊艦艇派遣による安全確保の取組について、安倍首相からの説明とロウハニ大統領による評価
  • 東アジア及び中東地域を含む地域情勢(海外メディアによるとシリア・イエメン・パレスチナとのこと)について意見交換
  • イランが地域安定に建設的な役割を果たすよう安倍首相より要請
  • 二国間関係についての意見交換

であり、また帰国後のイラン側会見の報道を確認した限り、イスラム国家関連の問題など事を荒らげるような話題は挙げなかったと思われます。


※一部海外メディアでは、ロウハニ大統領が日本の銀行にあるイラン資金の返還を要求した旨報道されましたが
www.trt.net.tr
TRT紙 2019/12/21

……この記事では東京出発前にIRNAの記者会見に応じたとの事ですが、NHK News Webの記事では

〉今回の訪問では記者会見など、ロウハニ大統領が公の場で話す機会はありませんでした
(『イラン大統領が帰国 日本との友好関係強化の考え示す』2019/12/21)

とあり、この件は報道の真実性が微妙な所です。


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日イラン首脳会談でイスラム情勢全体を扱わなかった事について、実は事前にイラン外務副大臣Abbas Araghchi氏より

〉日本の高官との会談は二国間協議を促進することを目指しているが、マレーシアで進行中のクアラルンプール・サミットは多国間主義の文脈にあると述べた。

との話があり、この言葉に従えば日イラン首脳会談でクアラルンプール・サミット代表としての話題が持ち出される可能性は、この時点でかなり低かったのかも知れません。

en.irna.ir
IRNA紙 2019/12/07

※なお、この記事で言及されたNHKの記事(NHK News Web 2019/12/04)を始め、その他報道を見ても類似の発言は見当たらなかったのです……


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日本がイランに対して特別な提案を行った訳でもなく、イラン側も特別な対価を望んだ訳でもない、今回の訪問はただの二国間関係維持のためのものに留まったと言えるでしょう。

核合意への復帰とそのためのアメリカ側との対話姿勢、それらの前提が成立しない限り、利害関係に関する提案を持ち出さない安倍首相と、その事を薄々判った上で日本との会談を行ったロウハニ大統領。

国際情勢を変化させる功績は有りませんでしたが、外交面で互いの節度を見せる意味は有ったと思われます。