NPDIと教皇訪日とGSOMIA……三つの核の物語

2020/05/27訂正

長い間、軍縮・不拡散イニシアティブ(NPDI: Non-Proliferation and Disarmament Initiative)のことをNDPIと記載しておりました。謹んで訂正いたします。


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はじめに:


元々、今回は11/22~/23に行われたG20愛知・名古屋外務大臣会合(G20愛知・名古屋外務大臣会合ホームページより)での会談内容を元に、茂木外相の外交的性格を読み取る予定でした。

しかし、今回の会合で取り上げられたテーマは従前のものと変わりなく、また語られた内容も具体的な新機軸に乏しいもので、茂木外交の性格まで読み取ることは、残念ながら私には困難です。


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※すみません。こんな事を書いているうちに
G20ホームページに議長国記者会見という興味のわく記事が掲載されました。後日改めて文章作成予定です。


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そもそもG20外相会合は、本会合や財相会合などと比べて重要性に乏しいとされ、今回も外相会合と銘打ちながら多くの外相が副大臣に代行出席させる状況です。
G-20 foreign ministers agree WTO reforms 'urgent' amid trade war
(The Mainichi紙 2019/11/23)

海外報道でも会合内容に触れたものが殆ど見当たらず、関心は例えば日韓関係や直近のドイツ・トルコ関係といった二国間関係に集まっております。
German politicians urge Turkey to release embassy lawyer
(DW紙 2019/11/22)


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……このような少々残念な結果に際して、目を引いたのがG20外相会合後に行われた第10回軍縮・不拡散イニシアティブ(NPDI)外相会合…外務省HP 2019/11/23でした。

なぜ目を引いたのか?

それは丁度、<この時期に核に関する国際的事象が三軒、日本界隈で立て続けに発生したからです。


……という、少し無理筋の話を記させて頂きます。


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1. 第10回NPDI外相会合の開催


NPDIとは、『軍縮・不拡散イニシアティブ(NPDI)外相会合』外務省HP 2019/10/28掲載資料

〉2010年5月の核兵器不拡散条約(NPT)運用検討会議における合意事項の着実な実施に貢献すべく,国連等の場において現実的かつ実践的な提案を行うことにより,国際社会の取組を主導し,NPT加盟国間の橋渡し役を目指す

とあるように、参加諸国の思惑で混迷するNPTを
軍縮に向けて前進させるため、より効果的な核兵器管理ルールの提案(例えば所有兵器の報告フォーム改正案)や核保有国・非核保有国との調整などを行う、日本・オーストラリア提唱の有志国イニシアティブです。


さてこのNPDIの外相会合は、原則国連総会など他の国際会合の機会を利用して行われることが多いのですが、先日の第10回会合は10/28の外務省HPにある通りG20外相会合に際して行われる、という少々特殊な日程でした。

前述したようにG20加盟国ですら外相参加者が少ない会合の機会に、G20メンバーと重ならないNPDI有志国も参加すべき会合を行った訳です。

前回から1年足らずの期間で開催。予定発表も開催1ヶ月を切る状況。それも8/27には河野前外相が出席した高級実務者会合が行われたにも関わらずです(第8回第9回外相会合では約3年のブランクがあります)。

まして今回の会合の内容には特に目新しい点もなく、前回の高級実務者会合との間にNPT関連のイベントも発生していません。


……この日程決定の理由について、ひとつ思い当たる事がありました。同11/23に来日した、ローマ教皇フランシスコ台下の存在です。


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2. フランシスコ教皇のスピーチ


ローマ教皇 長崎 広島でのスピーチ(全文)
NHK News Web 2019/11/24


Francisco en Nagasaki: “El dinero que se emplea en las armas es un atentado continuo que clama al cielo”
Vida Nueva digital紙 2019/11/24
(恐らく長崎での発言とほぼ同じものだと思われます)


「私たちの世界は、手に負えない分裂の中にある」フランシスコ教皇が語ったこと(核廃絶スピーチ全文) 
Buzzfeed紙 2019/11/24


ローマ教皇「世界覆う不信、打ち壊す」 スピーチ全文
日本経済新聞 2019/11/24


ローマ教皇フランシスコ台下との会談等
官邸HP 2019/11/25


Pope Francis proposes international process to abolish nuclear weapons
RomeReports紙 2019/11/25
(首相会談に際しての教皇側の発言)


……取り敢えず、フランシスコ教皇の日本での発言内容について、発言そのものを掲載した記事を可能な限り集めました。


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教皇台下のスピーチに対して、新聞やテレビの報道では『核廃絶』をクローズアップし、時には『核の傘の下』にいる日本への批判が為されたような報道も見かけられます。

ネット界隈ではその訴えの単純さ、或いは「核抑止力論を批判」などの報道を元に、現実性に欠ける旨指摘する意見も散見されます。


日バチカン、核めぐり溝 ローマ教皇来日で浮き彫り
時事通信紙 2019/11/26

教皇「二度と原爆投下ないように」 首相官邸演説、政府「核の傘」依存変えず
東京新聞紙 2019/11/26


※国内報道のみ提示しましたが、このようなミスリードは海外報道でもほぼ同様です。この件については核についてのメディアの共通認識だけでなく、教皇の敵と一部メディアが任ずる相手に対する、彼らの共通認識も影響している事を付け加えておきます。
Pope says Trump is ‘not Christian’ for wanting border wall; Trump brands comment ‘disgraceful’
(South China Morning Post 2016/02/19)


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しかし長崎でのスピーチを良く読めば、「核兵器を廃絶しましょう」「核による相互武装で平和は訪れない」などという単純な話で結論付けてはおらず、以下のパラグラフにこそ今回フランシスコ教皇の語った内容が集約しているのが判ると思います。


〉今、拡大しつつある、相互不信の流れを壊さなくてはなりません。相互不信によって、兵器使用を制限する国際的な枠組みが崩壊する危険があるのです。
〉わたしたちは、多国間主義の衰退を目の当たりにしています。それは、兵器の技術革新にあってさらに危険なことです。
〉この指摘は、相互の結びつきを特徴とする現今の情勢から見ると的を射ていないように見えるかもしれませんが、あらゆる国の指導者が緊急に注意を払うだけでなく、力を注ぎ込むべき点なのです

(上記 NHK News Webより)


加盟各国の思惑によるNPTの迷走WTOなど国際機関の機能不全やG7・G20サミットでの二国間交渉重視の姿勢。
このパラグラフに集約されているように、核廃絶に向かうためのステップとしての軍縮交渉すら困難な現状とその理由を十分認識した上で、不断の努力で国際的会合の場での核軍縮に向けた交渉を主張していたのです。


そして同様の発言は安倍首相との会談でも為され、首相からは以下のスピーチがなされました。

〉日本とは、唯一の戦争被爆国として、『核兵器のない世界』の実現に向け、国際社会の取組を主導していく使命をもつ国です。これは、私の揺るぎない信念、日本政府の確固たる方針であります。
〉私たちはこれからも、核兵器国と非核兵器国の橋渡しに努め、双方の協力を得ながら、対話を促す努力において、決して倦(う)むことはないと、ここに申し上げます

(上記 官邸HPより)


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……前振りが長くなりました。

核兵器国と非核兵器国の橋渡し』、どこかで見た言葉ですね。
はい、第1章で記したNPDIの活動概要です。

長崎スピーチでのアジェンダ2030言及に対して、首相が「ただ一人として、見捨ててはならない」という言葉で“拉致被害者まで含めて”救済する旨返答した事も合わせ、第10回NPDI外相会合の急な開催も、教皇台下来訪に合わせ混迷するNPT運用検討会議に対してNPDIが先導していくために、教皇スピーチが後押しとなるよう意図的に日程を組んだものだと考えられるのです。


※なお、これが茂木外交の成果と言えるのか、は微妙でしょう。何しろ11/26の外務大臣会見記録(外務省HP)における


〉【朝日新聞 楢崎記者】関連して,教皇はスピーチの中で,核抑止力を否定されるような内容もありまして,日本はアメリカの核の傘に入る現実がありますけれども,このスピーチでの受け止めと,発言の影響についてはどのようにお考えになりますか。

〉【茂木外務大臣】今,申し上げたように重く受け止めております。


といった返答を見る限り、外相は今回のバチカン外交もNPDIもあまり関与しておらず、自ら積極的に関わるほどの重要性も認識していなかった(あるいはメディア主導の反論に躊躇した)のではないかと思われます。
この点、教皇の言動を日本政府の行動と正の方向にリンクさせようとした安倍首相のスピーチとは対称的です。

G20の記者会見でもそうなのですが、その意味で茂木外交の特徴は強い優先順位指向と言えるのかも知れません。自分の興味外の事にはかなり消極的なのです。


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……さて、この時期の核絡みの話題はもう一つあります。核との繋がりが微妙に忘れられていますが、11/23の韓国によるGSOMIA破棄撤回です。


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3. GSOMIA破棄撤回と、オーストラリアの暗躍


……本当はここで破棄撤回されたGSOMIAや、その原因となる3品目輸出管理厳正化について述べるべきなのでしょうが、経緯の余りの馬鹿馬鹿しさゆえ改めての説明は行いません。
唯一言いたいのはGSOMIA破棄の発端が元々核兵器原料の話、韓国国内でのフッ化水素の不明使途であった事です。


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GSOMIA破棄期限の11/22に際し、実はオーストラリア政府があるアクションを起こしました。連邦国防大臣を日本に、外務大臣を韓国に派遣していたのです。

Visit to Thailand and Japan
(国防省HP 2019/11/15)

Visit to the Republic of Korea and Japan | Australian Minister for Foreign Affairs, Minister for WomenVisit to the Republic of Korea and Japan
(外務省HP 2019/11/20)


防大臣の訪日目的は首相防衛相との会談(共に防衛省HP)と、オーストラリア武器産業による国防貿易会合への参加、
外相の訪韓目的は、対北制裁の維持と半島の完全で検証可能な不可逆的な非核化を含む平和支援と、女性相としてジェンダーに関する家族相との会談(外相Twitter)とされています。

国防大臣Twitter外務大臣Twitter


ただしLinda Reynolds国防相の日本での行動と比較して、Marise Payne外相が韓国で防衛外交あるいは非核化に関する活動を行った、という情報は何一つ見つかりません。

そしてGSOMIA破棄の撤回が発表された11/22、その翌日行われるG20外相会合等のため日本に向かいました。
11/22午後5時、GSOMIA破棄撤回の発表直前に急遽G20外相会合参加を表明した(NHK NewsWeb 2019/11/22 18:27)康京和韓国外相と同じように。

この事から見ても、オーストラリア外相の訪韓目的がGSOMIA動静に関係していることが判明します。更に言えばGSOMIA破棄撤回公表後、康京和外相が国際会議の場に姿を現すよう、Payne外相がしっかり見張っていた訳です。

……そして、当のG20外相会合では中々面白い素材を提供してくれました。

G20愛知・名古屋外務大臣会合(外務省HPより)


この『集合写真』では、向かって左端には法律関係者拘束の件で紛糾するドイツ・トルコ外相を据えた一方、右端では康京和韓国外相を挟むようFederica Mogherini EU外務・安全保障政策担当上級代表と、件のMarise Payne豪州外相が控えているのです。

まるで激動の最中にいる康京和女史を、二人の女性閣僚が支えているように見えます。実情を知ると某SFチックな写真を彷彿とさせる光景ですが。

なお、この二人が康京和女史に近づいたのは、別に彼女との会談を希望していたからではありません。

康京和外相の出席が急に決まった背景からして、Mogherini上級代表はスケジュールを空けることが困難だったとしても、数日前から韓国に滞在したPayne外相すら、表向きには会談を行っていない……豪州政府が発表した訪韓目的を達成していないのです。


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……今度は、康京和外相自身の緊急訪日の動機を考えてみましょう。


輸出管理への対抗にGSOMIA破棄を持ち出した韓国の政策について、各国の外交筋でもまともに評価する者はいなかったでしょう。
今回の破棄撤回についても、その後の韓国政府からの諸発言からも判るように、状況引き延ばしを安堵する感想がありこそすれ、国際的に撤回そのものすら前向きに評価され得ないものです。

そしてそのことは、GSOMIA破棄撤回が表明される直前に訪日発表を行った康京和外相自身が感じていたと思われます。
数刻後のことは勿論、その後の韓国政府の対応も既に知っていたでしょうから。

一方の韓国政府も本心、GSOMIA破棄を撤回したこの時点でも、外相会合出席や日韓外相会談は一旦避けたかったでしょう。実際このタイミングでの会談は、国内の強硬派に重大なメッセージを伝えた訳ですから。

その韓国政府を、康京和外相を通じて晒し者にさせるべく、G20外相会合の場に連れ出したのはMarise Payne外相の手腕だったと推測されます。


……さて、Payne外相が手にした、康京和女史や韓国政府に決断を強いるほどの決め手は一体何だったのでしょうか?


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このG20外相会合の後、Payne女史が外相会合共同議長を務めたNPDIこそ、そのヒントとなるかも知れません。

確かにPayne外相は韓国国内では、家族大臣との会談を中心に文化関連の行動しか行っていません。オーストラリア外務省がアナウンスしていた、安全保障関連の会談を行っていないのです。それこそ韓国側から門前払いでも食らったかのように。
(その後の両外相の様子を見れば、このような事態ではなかった事が推測できるでしょう)


ただし、Payne外相が何らかのメッセージを持って韓国政府に非公式のアプローチを行った可能性があります。外務省の公式発表は勿論、自らのTwitterにも掲載出来ないようなメッセージを持って。

そしてこのメッセージは、恐らく日本あるいはアメリカ側から伝えても効果を上げられない類のものでしょう。エスパー長官を始めとするアメリカの国防官僚陣がそれまでいかなるメッセージを伝えても、韓国政府はGSOMIA破棄の意志を曲げず、またGSOMIAの結論に直結するG20外相会合への参加についてもコメントを避け続けたのですから(恐らくは破棄期限直前のポンペオ国務長官による電話会談すら無意味だったと思われます)。

Payne女史が伝えたからこそ、康京和外相が外相会合の場に追い立てられたメッセージ。それは必然的に、韓国政府がGSOMIA破棄撤回を決断するだけの価値が有るものです……そしてそれは恐らく、Payne女史が共同議長の権限として、NPDI会合の議題に提示出来るものだった。
これが私の結論です。


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理屈としては、飛躍し過ぎでしょうか?

確かに、言質の取り得る証拠はなく、あくまで

  • オーストラリアが安全保障関連の協議を行うべく、GSOMIA破棄期限直前の日韓に閣僚を派遣していた
  • そのうち韓国では、オーストラリア側がNPDI会合等多忙な状況を押して訪韓したにも関わらず、表向き会談等が行われなかった
  • GSOMIA破棄は結局撤回され、康京和外相は急遽日本へ。オーストラリア外相も同様に日本へ
  • 康京和外相はG20外相会合及びの代表と会談後帰国、オーストラリア外相はG20会合後NDPI外相会合を主催、その他各国との会談もこなして帰国


……公開された事実はこれだけです。

  • 結局オーストラリアは、機会があったのに韓国との安全保障会談を行わなかったのか?
  • Payne外相の訪韓は、NPDI外相会合の直前に行わなければならなかったのか?
  • オーストラリアは何故、GSOMIA破棄のボールを持つ韓国だけでなく日本にまで(Payne外相に訪韓に先んじて)Reynolds国防相を派遣したのか?
  • 韓国政府のGSOMIA破棄撤回の決め手がPayne外相からのメッセージだとして、それは何処から入手したのか?
  • そもそもGSOMIA関連の外交的勝敗って、「日本側が輸出管理を復旧するか」ではなく「韓国の大量破壊兵器原料の使途について、日本側の懸念を国際的に共有出来るか」だよね。
  • もし韓国政府がGSOMIA破棄に踏み切った場合、Payne外相はNPDI外相会合に新たな議題を用意するつもりだったのでは?

もし私の推測通りであれば、これら多くの疑問がすっきり解決するのですが……あくまで状況だけですね。


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……以上、三つの核の物語について記しました。

恐らく三つの物語に統合的な計画者が居るわけではなく、それぞれの機会を利用した、というだけの事でしょう。それぞれの機会に際して活用した人、暗躍した人、頬かむりした人……それぞれの対応を垣間見る事が出来たのは、今回の思わぬ収穫であったと思います。