大阪トラックの路線変更(1)

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『近況にかえて:大阪トラックの路線変更』

https://tenttytt.hatenablog.com/entry/2019/06/16/114924
の続きの話となります。一応……

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なお、大阪トラック関連文章の目次は
https://tenttytt.hatenablog.com/entry/2019/06/29/223127
こちらのURLまでお願い致します。


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はじめに(大爆死)


G20大阪サミットは既に世間一般では
各国首脳が集まり二国間交渉を行うための場としか認識されず、
また国際的なルール作りについてすらも、6/15軽井沢サミットで声明が出された環境面・エネルギー政策面の協力体制の方に視線が注がれています。

この状況下でサミットの主要テーマから外れた議題“大阪トラック”について語る行為の事を
「死んだ子の歳を数える」と言うのでしょうか。


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……という文面から始めようと思っていたのですが、6/8のG20つくば以降完全に消滅していたのが……
なんというか復活しました大阪トラック。
https://www.meti.go.jp/press/2019/06/20190628001/20190628001.html
『デジタル経済首脳特別イベント(大阪トラック)が開催されました』
経産省ホームページ 2019/06/28


このサイドイベント参加国のうちインド・インドネシア南アフリカを除く24ヶ国が署名、
https://www.meti.go.jp/press/2019/06/20190628001/20190628001_02.pdf

〉本日、我々は、2019年1月25日にダボスで発出され、78の世界貿易機関WTO)加盟国が名を連ねる電子商取引に関する共同声明に参加する他のWTO加盟国と共に、ここに、国際的な政策討議、特に電子商取引の貿易関連の側面に関するWTOにおける国際的なルール作りを進めるとの我々のコミットメントを示すプロセスである「大阪トラック」の立上げを宣言する。

と、『デジタル経済に関する大阪宣言』の署名に漕ぎ着ける運びとなったそうです。


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前回、『近況にかえて:大阪トラックの路線変更』で予告的に

〉首相としては貿易・デジタル経済大臣会合のギリギリまでDFFT(Data Free Flow with Trust)のプロセスとして“大阪トラック”をG20の場で提唱することにこだわったが、
一部閣僚や省庁により、G20の場で賛同されやすいWTO関連事項に定義変更させられた上、DFFTと共に主要議題からフェードアウトさせる事になったのではないか

〉ただ「国内的、国際的な法的枠組みの双方が尊重されることが必要」と国内法でデータを囲い込む中国などに配慮した文言も盛り込まざるを得なくなり、今後のルール作りの難しさを浮き彫りにした。
と、妥協の結果のように記された部分こそが
失われた“大阪トラック”や後退した“DFFT”の唯一残された本質ではないか

……と記しましたが、
安倍首相自身が自ら“大阪トラック”やDFFTの事をWTOでの電子商取引と関連付けた今、「何言ってるんだ」と言われてしまいそうです。

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しかし、あえて言います。

これは、安倍首相自身が1/23にダボス会議で提唱した大阪トラックではなく、6/8貿易・デジタル経済大臣会合以降に路線変更された、一部省庁主導による大阪トラックだと。

……今回は前回予告してしまった都合もあり、本当に死んでしまった子“かつての大阪トラック”がすり替えられた経緯を追ってみようと思います。

読者の方は無理に付き合わず、今いち一般的でない“大阪トラック”に関しての資料集程度にご覧頂ければ幸いです。


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1. 首相による6/8までの“大阪トラック”定義


〉データ・ガバナンスに焦点を当てて議論するトラック、大阪トラックとでも名付けて、この話合いを、WTO世界貿易機関)の屋根の下、始めようではありませんか。

1/23のダボス会議で安倍首相が定義した“大阪トラック”とは、このようなものです。
https://www.kantei.go.jp/jp/98_abe/statement/2019/0123wef.html


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そしてこの考え方は5/30の官邸HP、
https://www.kantei.go.jp/jp/98_abe/statement/2019/20190530speech.html

〉ここで私たちは、DFFT、すなわちData Free Flow with Trustの体制を築きたいと主張しています。信頼に足るルールの下で、データについては、自由な流通を許そうという考えです。アジアの国々の、全ての人々に、デジタル経済の恩恵が行き渡るように、もちろん、世界中どんな人も裨益(ひえき)するように、ルールをつくらなければなりません。

〉そのためのプロセスを、私どもは、大阪トラックと呼んだ上、G20サミットで始めたいと考えています。人類史を画す一大変化に、皆様と共に乗り出したいと思っています。


更に6/7、貿易・デジタル経済大臣会合の直前に首相官邸で行われた、第76回高度情報通信ネットワーク社会推進戦略本部(IT総合戦略本部)及び第7回官民データ活用推進戦略会議でも一貫しておりました。
https://www.kantei.go.jp/jp/98_abe/actions/201906/07it_kanmin.html

〉今月、我が国で初めて開催いたしますG20大阪サミットにおける最大のテーマの一つは、デジタル経済への対応であります。

〉Data Free Flow with Trustのコンセプトの下、我が国がリーダーシップを発揮し、そしてデータ流通の新たなルール作りに向けて、各国と連携し、大阪トラックを立ち上げたいと考えています。

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……少なくとも首相は大阪トラックについて、
DFFTという体制・コンセプトの下、データ・ガバナンスに視野を置いて行われる何らかのプロセスとして表現していました。またWTOや貿易ルールについて、やはり少なくとも大阪トラックとDFFTの関係よりは距離をおいて表現しています。

そして大阪トラック及びDFFTの下で流通されるのはあくまで“データ”それ自体であり、それ故に「デジタル経済」や「データ流通」という表現を使っていました。
デジタルデータを活用した“製品”のやり取り、或いは電子データ状のものを含めた“サービス”のやり取りを指す「デジタル貿易」とは一線を画す表現を、6/8貿易・デジタル経済大臣会合の直前まで使っていたことを頭の片隅に置いておいて下さい。

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※デジタル貿易の定義については
https://www.meti.go.jp/report/tsuhaku2018/2018honbun/i2110000.html
『デジタル貿易の現状』通商白書2018 第二章第一節
こちらをご覧ください。


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2. 経済産業省による大阪トラックの“誤読”


一方、“大阪トラック=WTO電子商取引ルール”という考え方は、主に外務省と経済産業省で使われておりました。

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まず経済産業省では、世耕大臣のインタビューで

〉プライバシーやセキュリティーに関する不安が高まっている。またデータを囲い込んだり、データ流通を認めなかったりする動きが出てくる可能性がある。こうした新しい課題が貿易の中で起きているため、私が議長を務めるG20の貿易・デジタル経済大臣会合で議論が活発に行われるようリードしていく

安倍晋三総理大臣がダボス会議でのスピーチで、G20大阪サミットの機会にデジタル貿易の国際的なルール作りに向けた『大阪トラック』の開始を表明すると宣言した。その首脳会議に先立つ閣僚会合でもWTOにおけるEC(筆者注:ECommerce電子商取引のこと)の交渉を後押ししていく

経済産業省が提唱する第4次産業革命に向けた戦略『コネクテッド・インダストリーズ』のコンセプトは、現場のリアルデータとAI、IoTを結び付けて世界に先駆けて現場初のイノベーションを起こすものだ。

〉その前提としてデータは自由に流通でき、盗まれたり政府が検閲したりすることがあってはならない。ただ、そういう動きも出ているので、DFFTの概念が非常に重要になる。まだ概念的ではあるが、ECの貿易ルールなど、いろいろと整理しながらバージョンアップさせないといけない。ぜひ貿易・デジタル経済大臣会合の場でもDFFTの概念を各国に説明し、まずは共通の理解を作っていく
https://meti-journal.jp/p/5781-2/
『自由で公正なデータ流通の実現主導』
経済産業省HP 2019/05/13

と、大阪トラックについてのダボス発言を“デジタル貿易の国際的なルール作りに向けた”ものであると発言する一方、
DFFTについては大阪トラックとの関係に触れず、経産相としてはただ貿易ルールを中心に関与していく旨を明らかにしています。

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実は安倍首相がダボス会議で発言した二日後、世耕経産相WTO電子商取引に関する非公式閣僚級会合』
オーストラリアのバーミンガム貿易・観光・投資大臣、シンガポールのリム貿易産業大臣と共に主催、
https://www.meti.go.jp/press/2018/01/20190125008/20190125008.html

電子商取引の貿易的側面に係る WTO 交渉を開始する意思の確認をする共同声明を発出

しました。

この共同声明自体には大阪トラックやDFFTについての言及は在りませんが、
共同声明に至るまでの日本側からの提言には、電子商取引に関するWTO改革への強気姿勢や、データ流通ルールを絡める奇妙な理論展開が存在します。

※この提言自体には後で触れますが、取り敢えずここでは日本の姿勢について分かり易くまとまった資料がありますので、こちらをご覧ください。
電子商取引に係る 国際ルール形成の動向』
官邸ホームページ 2019/04/22
https://www.google.com/url?sa=t&source=web&rct=j&url=https://www.kantei.go.jp/jp/singi/titeki2/tyousakai/kensho_hyoka_kikaku/2019/contents/dai5/siryou2-2.pdf&ved=2ahUKEwjDj8eprYjjAhUIS7wKHftbBTsQFjAFegQIBRAB&usg=AOvVaw1v8zNG8zOBckeou8KF-Q6w


世耕経産相はこの共同声明のメディアリリースにおいて


〉新たな課題に対処し、デジタル経済の更なる成長を促す 21 世紀型の貿易ルールをWTOで作ることができれば、世界経済にとって大きな意義がある。

と述べ、WTOでの新たな貿易ルールを「来るべき未来のデジタル経済」に向けたものと解釈していますが、どうもこの辺りから、世耕経産相あるいは経産省は自身と首相の“大阪トラック”解釈の齟齬に気付かず、
G20での“WTOでの電子商取引ルール作り”の採択に向けて邁進してしまったのではないか、と思われるのです。

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他の共同主催者は

電子商取引に係る WTO 交渉を開始することは、現代のビジネスに合致する貿易ルールのアップデートに向けて大きな一歩となる(オーストラリア)

〉現代的な WTO デジタル貿易ルールは、ビジネスがデジタル経済をよりよく活用するための、オープンで予見可能な環境を創出する(シンガポール)

と、「現在のデジタル経済に合わせる」ためのデジタル貿易ルール・電子商取引ルールに過ぎないと認識していますが
首相がダボス会議で語った「未来に向けてのルール作り」のことを自らの貿易関連業務と混同している事実の一つの現れが、このデジタル貿易ルールに対する世耕大臣の認識だったと言えます。


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そして、6/28に『デジタル経済に関する大阪宣言』で示された“大阪トラック”は、実は1/23の首相によるダボス会議での宣言ではなく、この1/25の『WTO電子商取引に関する非公式閣僚会合』の共同声明を起点とした所産であることを明記しています。
経産相はここにおいて“大阪トラック”を完全に自らの手元に引き寄せる事に成功した訳です。
https://www.meti.go.jp/press/2019/06/20190628001/20190628001_02.pdf


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『大阪トラックの路線変更(2)』
に続きます。
https://tenttytt.hatenablog.com/entry/2019/06/29/204715