備忘録:スーダンクーデター(2021/10/25)

mainichi.jp

 

以前に2019年のスーダンクーデターについて備忘録の形で文章を記しましたが、当時締結された選挙・民政移管過渡期として存在した軍民共同政権が崩れた形となります。

ちなみに現時点では合意内容にある2023年7月の選挙実施については覆さない旨発言しています。

 

※この暫定合意による初代主権評議会議長が、2019年クーデター首謀者Awad Mohamed Ahmed Ibn Auf元国防相から暫定軍事評議会議長を引き継いだ、今回のクーデター首謀者Lt. Gen. Abdel Fattah al-Burhan氏になります。

なお議長を退いたのちのAhmed Ibn Auf氏の消息は不明です。

 

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2019年クーデターから現在までのスーダンの概況については、アルジャジーラが記事にしています。

www.aljazeera.com

 

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現状日本ではクーデター自体の背景について2021/09/21のバシル前首相シンパによるクーデター未遂事件のみクローズアップされていますが、近況については

www.al-monitor.com

こちらの記事が詳しいかと思います。上記時事通信記事にあった前政権シンパのクーデター未遂の後

これらの状況下で Abdalla Hamdok首相とLt. Gen. Abdel Fattah al-Burhan主権評議会議長が2021/10/11に会談を行うものの、会談後ブルハン議長は現政府の解散と軍の政治介入拡大以外に現状を回避する術がない、と公言していた旨記しています。

 

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2021/10/27追加

上記「東部地方政権による反感」について、別途おまけの文章を作成いたしました。

tenttytt.hatenablog.com

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なおハムドク首相の政策上の特徴については殆ど分かりませんでしたが、宗教の自由と前バシル政権下で推進されたイスラム法の排除について主に言及されています。ただし、特にイスラム勢力の反対と今回のクーデターを結び付ける文脈の記事は今のところ見受けられません。

www.christianitytoday.com

 

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……ここしばらくサイバーやら法律ばかりに目を向けていて、国際情勢全般について全く疎くなってしまいました。もう少し外交全体に目を向けていれば、今回のクーデターについても何らかの感想を記すことが出来たのでしょうが。

 

来年の夏にはアフリカ開発会議(TICAD8)も始まります。日本外交を見る上でも、そろそろ視野を戻さなければいけないと反省しきりです。

 

小ネタ:岸田内閣で目についた、元外務副大臣とイタリアの話(2021/10/05追加あり)

www.sankei.com

 

明日2021/10/04、岸田新内閣が発足するという事です。まあいつもの事ながら目新しい話には興味が無いですし、閣僚それぞれの履歴がそのまま今後の政策にかみ合うかは分かりませんので。

 

ただ、一人だけ目についたのが

>万博相に若宮健嗣元防衛副大臣

との事で。第四次安倍再改造内閣では外務副大臣だった当時の2019/12/07、

www.mofa.go.jp

イタリア・ディマイオ外相への表敬を行っていた方ですね。

 

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今までも記事に取り上げましたが、2019年9月第二次コンテ政権で外相就任したディマイオ外相と同時期第4次安倍再改造内閣で外相に就任した茂木外相の間では、行き違いと論じるには余りに露骨なくらい会談が避けられ続けて来ました。

外務省HPの過去の外交日程にすら記載されない2020/03/18のG7首脳テレビ会談に付随する電話会談を除いて、実際に両外相が会談を行ったのは今年2021年5月のG7外相会談となっています。

G20サミットの2019年主催国と2021年主催国の外相にここまで交流がないというのは、2020年リヤドサミットがテレビ会合だったとはいえ現行のトロイカ(前回議長国・次回議長国との3国による協力)体制下では異常なことです。

 

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で、このような微妙な関係となる初期に若宮氏が表敬を行いました。当然翌週の茂木外相との会談についても触れられたと思われます。

www.mofa.go.jp

翌週にマドリードで行われるASEMで初の外相会談が行われる予定であった旨、当時のADNKronos紙が”Di Maio to meet Japanese counterpart at ASEM”(2019/12/13)という表題のもと記していた……のですが、ディマイオ外相は予定をブッチし急遽リビアに行ってしまいました。

www.ansa.it

もっとも当時のANDKronos記事も、イタリア外務省のプレスリリースも削除されています。魚拓採ってれば良かったなあ……

 

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まあそんな過去の話があったのですが、若宮氏が就任間もないディマイオ外相と会った数少ない日本の要人であることは確かでして。

 

そしておそらく岸田新首相の国際的お披露目が、今年イタリアが主催するG20ローマサミットになるという事で。

jp.reuters.com

 

まあちょっとした偶然の話です。

 

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なおこの件絡みの話を、以前下記の記事辺りに記しています。

tenttytt.hatenablog.com

tenttytt.hatenablog.com

当時はイタリアで何か面白いことが起きるかなぁ……などと期待していたのですが、その後政権が更に変更し右翼政党まで含む挙国一致体制になった程度でしたね。

 

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2021/10/05追加

 

……と思っていたら、昨日急遽「G20でのローマ入りを中止する」旨一報が入りました。

当初は共同通信ソース一本だったのですが、その後の岸田首相の内閣発足後記者会見に際し「この現状において、これはリモート等の技術によって発言をする、参加することも可能であると認識しておりますので、できるだけそうした技術を使うことによって、日本の発言、存在力、しっかり示していきたいと考えています」- 産経ニュースと述べた旨、産経新聞などでも続報が入っています。

 

具体的な理由は示しませんでしたが、総選挙を当初の予定から更に10/31開票まで前倒しする- 産経ニュース都合もあったのでしょう。

またG20サミットへの手土産が用意できなかったとか、自らの国際的お披露目を行う必要を感じないという理由からかも知れませんし……あるいは未だに日伊外相間に溝があるのかも分かりません。

 

……まあ岸田首相の判断に是非を問うつもりは無いのですが、理由は知りたいところですね。間違った前提で記事作っちゃったし。

安倍政権最後の外交:司法外交関連目次と概要

表題の一連の文章についての目次です

 

安倍政権最後の外交:京都コングレスとサイバー司法

コロナ禍による諸事情で菅政権下に延期された京都コングレス。その政治宣言から特徴と外交性について記しています。

 

安倍政権最後の外交(2):サイバー犯罪と国家帰属の切り離しに対する日本

京都コングレスに際し中国他が提案したサイバー犯罪に関する包括的国際条約に関する日本の反応と、中国及び日本側の真意について記しています。

 

安倍政権最後の外交(3):サイバー空間での国際法適用のための日本の主張・抵抗

上記(2)の国連アドホック委員会と対をなす、サイバー空間における各国の責任ある行動に関する国連グループOEWGとGGEの概要と、特に中露が主導するOEWGと日本の国際法適用を巡る対立について記しています。

 

安倍政権最後の外交(4):日本のサイバー司法外交……既存の国際法・規範の注釈・国際的義務

OEWG及びGGEレポートを巡る日本側の主張から、国際法・規範・国際的義務及び各国間の信頼醸成を核とする日本のサイバー司法外交の特質を記しています。

 

安倍政権最後の外交(5・終):二つの司法外交が対峙したもの

京都コングレスの政治宣言(京都宣言)とサイバー司法外交から安倍外交の集大成としての両者の性格と、特定国家以上に日本外交に立ちふさがる概念について記し、最後に菅政権が「両者の特質となる安倍司法外交」を引き継いだのかの疑念を提起しています。

 

補論:OEWG最終報告書の採択経緯について

(3)の補論として、サイバー上の国家の責任ある行動を検討する中露主導のグループOEWGによる2021年報告書の内容変更履歴について、GGE以上に包摂性を謳い当初の草稿時点ではOEWG/GGE両陣営の意向を盛り込んでいたはずの報告書草案が急速に修正されていく経緯に着目し記しています。

 

補論:2021年GGE最終報告書の個人的概説

(3)の補論として、サイバー上の国家の責任ある行動を検討する日本を含めた西側主導のグループGGEによる2021年報告書の概要について特に規範の注釈・国際人道法の適用・信頼醸成措置に着目し記しています。

 

安倍政権最後の外交(5・終):二つの司法外交が対峙したもの

安倍政権最後の外交(4):日本のサイバー司法外交……既存の国際法・規範の注釈・国際的義務からの続きとなります。

 

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第4章:2つの司法外交の共通点と隠れた意志

はじめに:サイバー外交と京都宣言の共通点

受け入れに関する揺らぎを許容するというサイバー司法上の日本の立場は、第1章で採り上げた国際的刑事司法会合、京都コングレスの京都宣言でも同様です。

 

tenttytt.hatenablog.com

>これまでの政治宣言は、コングレスに集結した国家や専門家が一方的に主張し、自らの見解に国連機関や各国への実施を要請するだけのものだったのに対し、京都宣言では国家及び国内法と国連機関及び国際規則の双方を尊重、両者の隔たりの存在自体を肯定した上で「どの地点まですり合わせを図るべきか」を提示していることだと言えるでしょう。

 >被拘禁者処遇基準規則に関する各種ルールについてそれぞれ収束点を変え、慎重にas appropriateを使うなど細かな調整を行った結果、既存の政治宣言及び国際規則と各国国内法の間合いの再確認を試みたのが京都宣言の特徴と考えられるわけです

京都宣言の特徴について、第1-3章で私はこう記しました。

※「すり合わせ」という言葉を当時採用しましたが、これでは政治宣言や国際規則そのものを削除妥協して調整させる響きがあるなあ……と今更後悔しています

 

京都宣言も各国の国内法や国家の方針そのものと国連規則や国連機関の方向性に隔たりがあることを認め、そのうえで各国国内法へ規則をどこまで・どの様な支援を行えばより深く導入できるかの注釈を「努める」「奨励する」「措置を講じる」など多様な語尾で示したのが特徴と考えられます。

 

またドーハ宣言以前には採用されなかった”International Obligations”という言葉を京都宣言で初めて盛り込み、国際法や法的拘束力を持たない国際規則を遵守することが(各国とのTrustを構築するために必要な)義務であることを示したのも、京都宣言・サイバー司法外交(前章3-3-③参照)両者に共通する特徴です。

 

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これら司法外交の共通点について、まず気づくのが安倍元首相以来続けられた日本の外交方針、普遍的(岸田・茂木外相時代)あるいは基本的(河野外相時代)価値観の礎となる「法の支配」との類似でしょう。

「法の支配(Rules of Law)」とは使用者により定義の差がありますが、日本外交の文脈においては国際法や国際司法裁判の判例、自主的な規範を遵守する国家間により形成される普遍的・基本的な価値観と信頼醸成の拠り所であり、まさに両司法外交の特徴そのものと言えます。

 

そしてもう一つ、特に両司法外交の根底にある「法の支配」が浮き上がらせたメッセージがあると思われます。

「Inclusion(包摂)及び包摂を称揚する集団に対する、法の支配からの警鐘」です。

 

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なお一連の目次と概要を作成いたしました。もし宜しければこちらをご覧ください。

tenttytt.hatenablog.com

 

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4-1:Inclutionと京都宣言

特定集団における多様な思い・特性の尊重という意味を持つInclusion(包摂・非排他)は、国連SDGsの後押しもあって近年の国際世論ではDiversity(多様性・多様な参加)と共に重要な概念となっています。

自由で開かれたインド太平洋が2018年終盤に『戦略』の表示を削除した要因の一つに、同年インドが”Free,Open,and Inclusive Indo-Pacific(自由で開かれ、包摂的なインド太平洋)”のビジョンを明らかにした事で、日本側も非排他性を改めてアピールする必要があったからだと言われています。

※「戦略」を排除したFOIPの文面には新たに ”through ensuring the rule-based international order, in a comprehensive, inclusive and transparent manner”が加えられましたが、邦訳では「包括的かつ透明性のある方法で,ルールに基づく国際秩序の確保を通じて」つまりinclusiveは和訳されない形となっています。

法の支配に基づく国際秩序そのものに、包摂性の言及は避けているのです。

www.nippon.com

 

このInclusion(包摂・非排他)には、普遍的価値観への挑戦者に対してすら意見の尊重を要求しているという問題があります。それも歴史的・法的背景を隠れ蓑に意図的に挑戦を繰り返す、理不尽な挑戦者に対しても同様の尊重を要求しているのです。

 

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さて、第一章において京都宣言が従来のInclusive(包摂的)からMultimentional(多面的)へと表現を変更した事について記しました。

multidimentional/multidisciplinaryに対応する文節は、主にドーハ宣言でのinclusive(包摂・包括的)という言葉から置き換えられたようです(第3・4章)。

(中略)極論すれば、多様な国家の思いを取り入れることを大前提としたドーハ宣言とは異なり、それら思惑をただ意見・視点の一つとして受け入れるに留める、という意識の表れだったのではないか

京都宣言は国家の最高責任性を認めながら、国連決議74/247のような国家の背景に基づく思惑を包摂する事に一線を引きました。

また専門家を含む各種ステークスホルダーの参加を促す一方、国家こそが自らの国内法に対する最高責任者と認じ、専門的視点の包摂に伴う国連規則の無理な受け入れを強制せず、代わりにひとつひとつの語尾を用いて具体的な目標水準を示しています。

 

これは両者の意見・視点をInclusionのもと生のまま受け入れ、コングレスの新たな政治宣言を構成することへの日本側の危惧の表れではないか、そう考えられます。

特定国家が自らの背景に都合よい規則を提唱する形であれ、専門家による実情から遊離した国連規則の提案に政府が嫌気を催す形であれ、Inclusionが広範な不理解を生み国際的義務の放棄を各国に促すことへの危惧です。

京都宣言はコングレスそれ自体が包摂の場となるのではなく、多面的な検討の末採択された国連規則をその注釈一つ一つから各国が自主的に遵守していくための橋頭保たるべきことを示していたのではないでしょうか。

 

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4-2:サイバー司法におけるInclutionと国際的義務概念の対立

そしてサイバー司法外交の場でOEWG主導派が西側主導ではない枠組みを主張し、既存の国際的義務の概念そのものを覆えそうとした根拠にも、加盟国の多様な思い・特性の尊重を唱えるInclusion(包摂・非排他性)がありました。

特にOEWGレポートが提示したDevelopment of Normsという考え方(第3-3-②章参照)には、メンバーのために既存国際法の適用排除とNormsの追加修正を求めるという面でInclusionの思想が深く関わっています。

その意味で、サイバー司法外交は

  • 「新たな」追加変更によりNormsにInclusion(包摂)を求める側と
  • 「既存の」国際法Normsを通じ法の支配に基づく価値観の共有を求める側

の対立の場という側面がありました。ここで問題なのは後者の武器、相手国の信頼喪失の効果を「国連SDGsの中心にある」Inclusionが削いでいた事です。

 

例えば国際法や国連憲章を「法の支配に基づく国際秩序」に置き換えようとしていると西側諸国を非難する-TASSロシアが、OEWGにおいては国際法・国際人権法、更には国連憲章に基づく主権干渉行為認定の適用を回避するという利己的な立場を正当化する際にも、このInclusionへの論点ずらしは重要なポイントになっています。

もちろんこのような国家の態度は、本来国家としての信頼を失うものです。しかし国連がSDGsのもとInclusion(包摂・非排他)を要求する以上、これら国家への信頼は担保されてしまうのです。

 

そしてこのような対応は国連だけでなく、各国における専門家たちの根本思想にも見受けられます。2013年の米国国家安全保障局(NSA)のネット監視活動暴露とそれに伴う西側諸国主導への不信感が背景にあったとはいえ、西側主導のGGEレポートを数年間空転させOEWGでは各国の意見を取り入れたゼロ草稿段階からロシアが強権的にその内容を変化させしめた背景には、サイバー空間における国際的枠組みを早急かつ形式上Inclusiveに(筋の通らない反対意見を包摂する形で)要求し、国際法適用……ひいては法の支配に基づく価値観の共有に対する西側諸国の固執を、未来への障害のごとく揶揄した各国サイバー専門家の姿勢があったのですから。

 

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おわりに:「人間の安全保障」と安倍・菅政権の司法外交

思えば安倍元首相(執筆時点では前首相ですが)の二国間・多国間外交を通じて普遍的価値観を共有していくというプロセスは、InclusionやDiversityによる非共有者の受け入れを主張する国連とは別の道を辿るものだったのかもしれません。

そもそもSDGsがInclusionを標榜した際、 その成立に尽力した日本が求めたのは「人間中心」「誰も取り残さない」という『人間の安全保障』に則った(各国内で暮らす人間の)包摂であったと思われます

少なくとも内政不干渉原則を盾に自他国民への危害を継続する国家の意見を擁護したり、一部の専門家が夢見る環境を持続するために発展途上国民の生活水準向上を掣肘する開発目標を提唱するための包摂ではなかったでしょう。

 

それゆえにか安倍外交SDGs成立以降、国連を通じてはルール形成時の発言参加へとシフトし、DFFTや大阪ブルーオーシャン、質の高いインフラといった国際的枠組みを日本自ら提唱する際は二国間・多国間外交の場で行うようにようになったのではないか、と思われます。

しかしながらいずれ国連の場で日本の立場、日本がどのような概念に対峙しているかをより具体的に表明する必要がありました。

2020年に開催される予定であった京都コングレスの政治宣言、あるいは政権期間中OEWG・GGE会合で展開されたサイバー司法外交は、安倍外交がその集大成を示す舞台であった訳です。

 

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……しかし、任期を残して解散した安倍政権を引き継いだ菅政権下において、この『安倍政権最後の外交』が形を留めていたのか、疑問が残ります。

 

京都コングレスのステートメントを読む限り、主催者であるはずの上川法相(当時)から京都宣言の特質に触れた発言は無く、SDGs賞嘆のもと空虚な「法の支配」という言葉が加えられたのみです。

※「国家及び国際的なレベルでの法の支配を促進し、全ての人々に司法への平等なアクセスを提供する」と記されたSDGsターゲット16.3ですが、司法アクセスに関するものばかりが達成指標となっていることが示すように、実際のところ「法の支配の促進」という言葉に向き合っていないのです)。

 

サイバー司法外交では、デューデリジェンスから絡めとるはずの中国のサイバー攻撃に対し、英米等と組みOEWG/GGEレポートに抵触しかねない直接非難を行う形へと戦術を変更してしまいました。

菅前首相や関係閣僚にとってはSDGs、対中防衛とそれぞれ即物的で一貫性のない政策へと方向性を変えていたのです。

 

菅政権下の外交の特徴については後日まとめる予定ですが、ある意味末期安倍政権の政策や国連に対する捻じれた思いを過度に汲み取った結果、外交の方向性は国連SDGsの要求水準を無理に満たそうとしたり、露骨な対中包囲網へとシフトしたのではないかと考えられます。

tenttytt.hatenablog.com

産油国と提携したブルー水素の提唱を柱とする日本独自のエネルギー環境政策もそうですが、『安倍政権最後の外交』としての司法外交も、結局は菅政権の意図を離れた各省庁の現場によるレガシーだったのかも知れません。(了)

 

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いや、なんというか……文章作成に半年近く時間がかかってしまいました。

安倍政権下で行われるはずだった京都コングレスの話を追ううち、司法やらサイバーやら全く謎の領域に嵌まっておりました。そもそも著作権関係やHTMLすら分からない人間がですよ。

 

最後に後日、菅前首相(この文章を書いてる時点では現首相ですが)の回顧として文章を作成する予定です。

 

安倍政権最後の外交(4):日本のサイバー司法外交……既存の国際法・規範の注釈・国際的義務

第3章:国連サイバー安全保障委員会・OEWGと日本(その2)

前回、安倍政権最後の外交(3):サイバー空間での国際法適用のための日本の主張・抵抗3-1~3-2章からの続きとなります。

 

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なお一連の目次と概要を作成いたしました。もし宜しければこちらをご覧ください。

tenttytt.hatenablog.com

 

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3-3:日本のサイバー司法外交の特徴(1)

 

さてこのOEWGに対する反論から見られる日本のサイバー司法外交の特徴としては、前述した①国際法国連憲章と②Norms(規範)、そしてこの二つから導かれる③International Obligations(国際的な義務)という3つを上げることが出来るでしょう。

 

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国際法国連憲章

国際法国連憲章のサイバー空間での適用について、各国の歴史的・法的背景を無視してコンセンサスを得ることは難しい。OEWG主導者側の建前はそうでしたが、彼らの本音は2021/06/29の国連サイバーセキュリティ安全保障理事会に際して述べられたロシア国連大使の言葉が判りやすいかと思われます。

 "With regret, we see attempts to extract from this package (the package of agreements on responsible behavior in cyberspace, developed by the UN General Assembly's working group - TASS) selected provisions that are most advantageous for our Western counterparts in combination with the incorrect interpretation of the 'automatic' applicability of international law to cyberspace, which allows for the use of force in it, and to present their own national views as a result of a global consensus"

 ……オートマティックつまり国際法が全面的に適用される事を拒否しているわけです。

結局のところロシア及び国際法全面適用否定派の根底には、国連憲章の中でも内政不干渉の原則を絶対的に尊重したいという思いがあるのです。

tass.com

 

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一方日本側が国際法の適用に固執した理由として、政府はサイバー犯罪が起こった場合の国連憲章上の不干渉原則侵害、及び国際法に基づく国家関与への責任追及方法つまり「相当の注意義務」デューデリジェンスの存在を掲げています。 

tenttytt.hatenablog.com

※この他国主権侵害に基づくデューデリジェンスは、OEWGレポートや京都宣言で内政不干渉原則を強調する国家を逆に拘束する手段ともなります。

 

しかしそれだけで説明し得るとは考え難いでしょう。

「相当の注意義務」に基づく対応方法について確かに現状中国は沈黙を続けていますが、本来それほど隠蔽と開き直りが難しい糾弾方法ではありません。中国相手のようにサイバー犯罪と国家の関与を明らかにすることだけが目的であれば、証拠を国際社会に認めさせるアメリカのやり方の方が有効だからです。

また前章(3-2章)で掲載した03/09、03/12双方の発言を見返してみても、国際法の法的拘束力を否定されたことよりも「新しい法的拘束力のある枠組みが既存の国際法から派生していない」事を重要視しています。

それ故に国際法を盾とした特定国家への掣肘という実利的な目的だけとは考え難く、さらに言えば「国際法国連憲章」それ自体よりも「既存の」国際法・憲章をないがしろにした事を問題視したではないか、と考えられるのです。

 

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②Norms(規範)

1)OEWGにおけるNorms

この国際法のコンセンサスを却下する代わりに、OEWG主流派が推進したのがNorms(規範)になります。

 

一般的には「規範」として翻訳されるNormsという言葉ですが法律的には「拘束力を伴わない(Non-Binding)法規範」という意味合いが強調され、前述したようにOEWG報告書では国際法と対比させる文脈で用いられています。 しかしOEWG主導派によるNormsの特徴はこの点に留まりません。

 

この点はOEWG報告書の第32項が分かりやすいでしょう。

”States, in partnership with relevant organizations including the United Nations, further support the implementation and development of norms of responsible State behaviour by all States.States in a position to contribute expertise or resources be encouraged to do so”

 

>各国は国連を含む関連組織と協力して、すべての国家による責任ある国家行動の規範の実装と発展(implementation and development)をさらに支援する。専門知識やリソースを提供する立場にある国は、そうすることが奨励されています

 

”Development of Norms(規範の発展)”とは主にビジネスでのGroup Normsで使われている言葉ですが、この場合のdevelopmentとは「メンバーが規範に従わない場合、メンバーでなくNormsの追加修正を議論」することを指します。

極論すればOEWG主流派によるNormsは、Normsに則った行動をとらない国家にとってこそ有利な……国内事情に従い実装を見合わせることも、発展という名の変更を加えることも、またNormsの実装された(規範の構築された)国家に対しNormsの保留や変更を要請することすら可能な……言葉となっているのです。

 

Normsを尊重しないメンバーへの支援を最重要視し、Normsの方を修正することでその確立・遵守を図るという考え方。これはまさにOEWG・中露が唱えるNormsの性質そのものだと思われます。

 

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2)日本による規範の注釈

一方日本及び西側諸国が推進したGGEの報告書においては、各国がNormsをより深く理解し、現実に則した判断を行うためadditional layerつまり注釈を重ねる方向を志向しています。 

第3章”Norms, Rules and Principles(規範、規則、原則)”がそれです。

”18. (前略)In accordance with its mandate to advance responsible behaviour, the Group has developed an additional layer of understanding to these norms, underscoring their value with regard to the expected behaviour of States in their use of ICTs in the context of international peace and security and providing examples of the kinds of institutional arrangements that States can put in place at the national and regional levels to support their implementation.”

 

>18.(前略)責任ある行動を推進するという使命に従い、当グループはこれらの規範に対する理解の追加層を開発し、国際平和と安全のもとICTを使用する国家に期待される行動に関する諸規範の価値を強調し、 規範の実装を行う国家を支援するために国・地域レベルで実装可能な制度的取り決めのサンプルを提供する

 

各国が自国制度や自国の立場そのものを尊重しつつサイバー規範に則った行動を志向する際、国内制度あるいは国家間の解釈のコンフリクトを防ぐため、規範がそれぞれどの範囲の話を述べているかを示したのがadditional layerです。

 

例えばサイバー犯罪への国家関与に関するGGE報告書30項(d)についても

Norm 13 (c) States should not knowingly allow their territory to be used for internationally wrongful acts using ICTs(中略)
30. When considering how to meet the objectives of this norm, States should bear in mind the following:(中略)

(c) An affected State should notify the State from which the activity is emanating. The notified State should acknowledge receipt of the notification to facilitate cooperation and clarification and make every reasonable effort to assist in establishing whether an internationally wrongful act has been committed. Acknowledging the receipt of this notice does not indicate concurrence with the information contained therein.
(d) An ICT incident emanating from the territory or the infrastructure of a third State does not, ofitself, imply responsibility of that State for the incident. Additionally, notifying a State that itsterritory is being used for a wrongful act does not, of itself, imply that it is responsible for the act itself.

 

 規範13(c)国家は、ICTを使用した国際的に不法な行為に自国の領土を使用することを故意に許可してはなりません(中略)
30.この規範の目的をどのように達成するかを検討する際、各国は以下のことに留意する必要があります(中略)

(c)影響を受ける国は、活動が発生している国に通知する必要があります。 通知を受けた国は、協力と明確化を促進するために通知の受領を認め、国際的に不法な行為が行われたかどうかの立証を支援するためにあらゆる合理的な努力を払うべきです。 この通知の受領を認めることは、そこに含まれる情報に同意することを示すものではありません。
(d)第3州の領土またはインフラストラクチャから発生するICTインシデントは、それ自体、そのインシデントに対するその州の責任を意味するものではありません。 さらに、その領土が不法行為に使用されていることを国に通知すること自体は、その行為自体に責任があることを意味するものではありません。

自国領におけるサイバー犯罪への対応という規範があり、サイバー犯罪発信国における規範の運用として(c)、更に(c)の運用を発信国が躊躇わない様(d)というように注釈が積み重ねられているのです。 

 

そしてこのadditional layer、注釈の存在に対して日本側からは

”With regard to norms of responsible State behavior, the report offers an additional layer of shared understanding to the 11 norms included in the 2015 GGE report by clarifying the expectations and providing examples of implementations for each norm. While all 11 norms are important, I will underline the value of clarifications on some norms”

 

>責任ある国家行動の規範に関して、この報告書は2015年のGGE報告書に含まれる11の規範に対する共有理解の層を提供し、期待を明確にし、各規範の実施例を提供する。11の規範はすべて重要ですが、私はいくつかの規範の注釈の価値を強調します

 その成立に関する賛同、というよりこの注釈を重ねる行為が日本の主張そのものであることを提示しています。

 

  • Normsに「新たな」追加変更を加え、従わない側に合わせようとする中露OEWG主流派
  • 「既存の」Normsに注釈を重ね、共有理解を通じて従わせようとする日本ほかGGE主流派

二つの陣営ではNorms(規範)の追加変更の是非について、考え方が根底から異なっている事が分かると思います。そして「新たな」「既存の」の境目には、①の国際法に対する両者の視点の違いがあると言ってよいでしょう。

 

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③International Obligations(国際的な義務)

 

そしてこの②Norms(規範)の扱いに関連して出てくるのが、International Obligationsという見慣れない言葉です。

 

International Obligations(国際的な義務)という言葉は他の分野でもまず目にしない表現なのですが、Obligation under International Law(国際法の下での義務)との一般的な違いは「国際法以外、つまり規範などの国際的枠組みを含めた各国の義務」とされています。

この「国際的な義務」は、本来各国の責任ある行動規範や更なる法的拘束力の提示を重視したはずのOEWG報告書では提示されていません。GGEでは2015年報告書で1か所使用されていますが、あくまで国際法に則る義務という解釈で差し支えない表現でした。

それが2021年のGGE報告書では例えば第57項(a)のように、明らかに国際法上の義務とは区別する形で使用されるようになっています。

 

責任ある国家の義務として、国際法だけではなく本来法的拘束力を持たないNorms(規範)まで自発的に遵守する。言い換えればNorms(規範)には罰則は無いとはいえ、それに従わない国家は責任能力や信頼性を疑われる。international obligationsにはそのような国際社会の意志が込められていると考えられます。

 

そして……日本では第10回記念サイバーセキュリティ国際シンポジウム-外務省など最近使用する機会が増えた言葉であり、国家間の信用の礎として提唱している概念でもあります。

 

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3-4:日本のサイバー司法外交の特徴(2)

 

また、この①②③の日本的論理の流れにはもう一つ重要な特徴があります。

  1. サイバー空間での国際法や規範の適用水準について各国に差があることを許容し、その誤差を埋めるための支援を行う
  2. 各国が規範を守るための注釈を細かく定める。規範解釈自体の各国差は許容しない。
  3. 国際法や規範という国際的な義務を一つ一つ守ることでconfidenceを醸成し、confidenceの蓄積が各国間のtrustを育む

OEWGあるいは中露がNormsの包摂性を許容し、「新たな追加修正」を通じて押し広げることを前提としたのに対し、日本の考え方は既存の規範を「固定化」し軽はずみな追加修正を諫める一方、その受入れ方には各国で揺らぎのあることを認めています。

その揺らぎ一つ一つに「どこまで」「(能力的な問題なら)いつまでに」自国が国際的義務に適用可能なのかを示し、遵守する行為を通じて信頼を醸成すればよい訳です。

逆に言えば自らの揺らぎを正当化し国際的義務に従わない国家に対して、義務に従う国家群は信頼を一つ一つ剝ぎ取っていく事が出来るのです。

※①で言及したデュ-デリジェンス(相当の注意義務)は、本来国家の信頼喪失という目に見えない行為を可視化させる効果があります。

 

それは「規範」という言葉について、OEWGはもちろん実のところGGEにおいても支配的であった法律的な定義”(Non-binding)Norms”から非法律的な定義、法務省:ルールづくりに記された言葉を加工流用すれば

  • 特定の価値の押し付けに陥らぬよう、国内システムの発達段階に応じた働きかけを行うことで、各国に責任ある国家としてふさわしい行動を取る意識を育成するための枠組み

を改めて想起させ、各国を導くための指標にしようと孤軍奮闘していると考えられる訳です。

外務省HPの『サイバー政策重要関連文書』の各文書においても、日本側の各スピーチでは規範の非拘束性について極力触れることを避け、言葉の理解を非法律的定義へと寄せようとしているのが分かると思います。

 

そしてそれ故に今後作られ得るであろうコンセンサス以外の方法で形成される新たなNon-binding Normsや拘束力を持つ新たな枠組みに慎重な立場をとり、各国が「既存の」国際法や規範へのコンセンサスを形成し遵守し合う事に焦点を当てようとしているのではないでしょうか。

 

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安倍政権最後の外交(5・終):二つの司法外交が対峙したものに続きます。

 

安倍政権最後の外交(3):サイバー空間での国際法適用のための日本の主張・抵抗

安倍政権最後の外交(2):サイバー犯罪と国家帰属の切り離しに対する日本 の続きとなります。

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なお一連の目次と概要を作成いたしました。もし宜しければこちらをご覧ください。

tenttytt.hatenablog.com

 

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第3章:国連オープンエンド作業部会(OEWG)と日本

3-1:二つの委員会・GGEとOEWG概観

 前述したサイバー犯罪に関するアドホック委員会が国連薬物・犯罪事務所(UNODC)|外務省の管轄であるのと同様に、各国共同のサイバー安全保障政策を推進しているのが国連軍縮部(UNODA)になります。

 

さて、このUNODAの下では国際的なサイバー安全保障のうち特に「国際法」「規範(Norms)」「信頼醸成措置」「キャパシティビルディング」の4つの分野を中心課題とし、2つのグループ……現在日本を含めた西側諸国が主導しているGroup of Governmental Experts (以下GGE)とロシア・中国が主導している Open-Ended Working Group on Developments in the Field of ICTs in the Context of International Security (以下OEWG)が国際会合を行っております。 

 

このGGEとOEWGの二つのグループの特徴については、比較的中立な立場から論じたDigWatchの記事が分かりやすいでしょう。

dig.watch

 

  • 元々はアメリカ決議に基づき有志国家(15~現在25か国)によるサイバー 政府専門家会合(GGE)を2004年設置、2015年までにサイバー空間におけるNorms(規範)や信頼醸成措置(Confidence-Building Measures)及びキャパシティビルディングについて合意に達するが、国際法国連憲章・国連人道法の適用等に反対するロシア・中国等のコンセンサスが得られず、2017年会合で報告書を採択できなかった。
  • この状況に乗じたロシアの決議案に基づき、GGEに加えて今度は国連全加盟国が参加可能な形でのオープン・エンド作業部会(OEWG)を2019年設置。
  • 主にサイバー空間での国際法等の適用について対立を続ける中国・ロシアほかOEWG主導国と日本や西側諸国等GGE主導国が、OWEG・GGEお互いの会合に参加する形で論争を繰り広げる。
  • 2021年に至りOEWG・GGE共に最終レポートを提出、原則的にはより大きいコミュニティで形成される新OEWGに統合される形で今後継続される予定

現状はこのような状況でしょうか。

 

なおOEWGレポートの経緯及びGGEレポートの性格については、別途補論を作成いたしました。

 

tenttytt.hatenablog.com

 

tenttytt.hatenablog.com

 

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3-2:サイバー空間での国際法適用に関するOEWG主導派と日本の反論

このうち中露が主導するOEWGの特徴として、上記補論で記した強硬な採択経緯だけでなく

  • 既存の国際法国連憲章ではなく、既存或いは新たなNorms(規範)の国際サイバー空間適用に重点を置く

というものがあります。

国際法国連憲章の適用が各国でコンセンサスを得られぬ一方、サイバー空間に対応する国際的な取り決めの必要性が近年上昇している現状からまずは(Non-binding)Norms、(拘束力を伴わない)規範を国連会合の場で成立させよう、更には拘束力を持つ新たな枠組みも発展させよう……というのがOEWG主導派の表向きの主張です。

 

そしてこのOEWG主導派に対し、あくまで既存の国際法をサイバー空間で適用することに固執しているのが日本の立場になります。

 

2021/03/09のOEWGに対する意見書でも

www.un.emb-japan.go.jp/

International law provides tools for the victim State to use when a cyberattack occurs. What State would not use the law of State responsibility to demand reparation for an internationally wrongful act even in the ICT context? Japan asks that at least the relevant subparagraphs on State responsibility from the 2015 GGE report be added to our report. Japan is against including language on a new legally binding instrument. Having said that, I would like to ask those who ask for a new legally binding instrument: what happens when a State acts against a legal obligation established by that instrument? Would you not seek responsibility and ask for reparation? Claiming that international customary law on State responsibility is not applicable to acts of States using ICT is the equivalent of saying that internationally wrongful acts will not have consequences in cyberspace. Then what is the use of negotiating a new treaty?

 

国際法は、サイバー攻撃が発生したときに被害国が使用するためのツールを提供します。 ICTの文脈においてさえ、国際的に不法な行為に対する賠償を要求するために国家責任の法律を使用しない国はどこにあるのですか? 日本は少なくとも2015年のGGE報告書からの国家責任に関連するサブパラグラフを、(OEWG)報告書に追加するよう求めています。 法的拘束力のある新しい文書に文言を含めることに、日本は反対している。 さて、新しい法的拘束力のある手段を求める人々にお伺いしたいと思います。その手段によって確立された法的義務に反して行動する国家があるとすればどうしますか? 責任を求めて賠償を求めてみませんか? 国家責任に関する国際慣習法がICTを使用する国家の行為に適用されないと主張することは、国際的に不法な行為がサイバースペースに影響を及ぼさないと言うことと同等です。 それでは何のために新しい条約を交渉しようというのですか?

 

 またOEWG最終報告書が採択された2021/03/12の意見書でも

www.un.emb-japan.go.jp

Japan urges States putting forward the idea of new binding obligations to thoroughly consider how international law applies in cyberspace before making proposals. To give just one example, a new legally binding instrument would have no meaning without reaffirmation that international customary law on State responsibility applies to acts of States using ICTs. Claiming that State responsibility is not applicable to acts of States using ICTs is the equivalent of saying that internationally wrongful acts will not have legal consequences in cyberspace. Then what would be the use of negotiating new legal obligations? Treaties bind only States parties. Taking into account the very nature of cyberspace, international cooperation must be broad. Those who propose new legally binding obligations still have a lot of explaining to do.

 

新たな拘束力のある義務の考えを提唱する国々に対し、そのような提案を行う前にまずサイバー空間で国際法がどのように適用されるかについて徹底的に検討することを、日本は要請します。 一例を挙げると、国家責任に関する国際慣習法がICTを使用する国家の行為に適用されることを改めて確認しない限り、新しい法的拘束力のある文書には意味がありません。 国家責任がICTを使用する国家の行為に適用されないと主張することは、国際的に不法な行為がサイバースペースに法的影響を及ぼさないと言うことと同等です。 それでは、新しい法的義務を交渉することの使用は何でしょうか? 条約(treaty)は締約国のみを拘束します。 サイバースペースの本質を考慮すると、国際協力は幅広くなければなりません。 新しい法的拘束力のある義務を提案する人々は、まだまだ多くの説明を求められているのではないでしょうか。

 

……日本は表面上拘束力の在る無しに関わらず、既存の国際法適用をないがしろにする新たな枠組みに反対している訳です。

先程の国連決議74/247に基づくアドホック委員会が「拘束力を持つ」新たな国際条約を推進し、OEWGが「拘束力を持たない」規範から「拘束力を持つ」枠組みまで新たに構築しようとする行為まで、日本が両方に反対の姿勢を示したのには一貫性があるのです。

 

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安倍政権最後の外交(4):日本のサイバー司法外交……既存の国際法・規範の注釈・国際的義務に続きます。

 

安倍政権最後の外交(2):サイバー犯罪と国家帰属の切り離しに対する日本

第2章 はじめに

『安倍政権最後の外交:京都コングレスとサイバー司法』の続きとなります。

前回の文章から間が空いてしまい、その間に補論や小ネタで考え方を提示してしまった事から、話が重複している部分があります。ご了承ください。

 

なお一連の目次と概要を作成いたしました。もし宜しければこちらをご覧ください。

tenttytt.hatenablog.com

 

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前回の文章の最後で、第14回国連犯罪防止刑事司法会議(京都コングレス)へのG77+中国からの意見書のうち、彼らがサイバー犯罪に対する司法への取り組みとして提言した国連総会決議74/247:UNODCホームページおよびサイバー犯罪アドホック委員会の議題、すなわち第12回国連犯罪防止刑事司法会議(サルバトールコングレス)の政治宣言に基づき設立されたIEGの活動を継続強化する名目で『犯罪目的での情報技術使用に対抗するため包括的国際条約を押し広げ(Elabolation)』るという提言に対し、日本が全く無反応だった件について記しました。

 

今回の一連の文章では、この総会決議74/247や後述するOEWG最終報告書といった原則日本と対立する立場によるサイバー司法外交を通じて、日本の(サイバーに囚われない)司法外交の特徴を捉えると同時に、それが前政権からのレガシーとして菅内閣が引き継いでいるのかまで、可能であれば論じてみたいと思います。

 

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2:サイバー犯罪に関するアドホック委員会と日本の立場

2-1:国連決議74/247と日本の拒絶

2019/11/18、第74回国連総会 :UNデジタルライブラリーの「決議」……つまり参加国のコンセンサス方式を採択しなかったこの議題は、提案国であったロシア(及び中国やイラン)のサイバー司法外交の特徴が強く表れたものとされています。

人権介入等を懸念する先進諸国を中心とした五十余国に及ぶ反対を押し切り、ロシア・中国及び発展途上国側の賛成票によりこの決議は採択されるに至ったわけです。

 

日本はこの採決に際し、

”The intergovernmental expert group on cybercrime was already discussing approaches to cybercrime and was scheduled to present its recommendations to the Commission on Crime Prevention and Criminal Justice in 2021. It was deeply regrettable that such little effort had been made to reach consensus and to adequately address the concerns raised by Member States during the negotiation process”

 

>サイバー犯罪に関する政府間専門家グループ(訳注:IEG)はすでにサイバー犯罪へのアプローチについて話し合っており、CCPCJの2021年会合にその勧告を提示する予定でした。コンセンサスに達するための努力、また交渉の過程で加盟国が提起した懸念に適切に対処するための努力がろくに払われなかったたことは、非常に後悔すべきことです

と述べ、また2020/04/26提出の意見書では各国のコンセンサスに基づく連携を論じ

We wish to point out that, in a situation such as this, where an inclusive and comprehensive process is sought, “more haste means less speed”.

>このように包括的かつ包摂的なプロセスが求められる状況では、「急いでいるほどスピードが遅くなる」ことを指摘したいと思います。

https://www.unodc.org/documents/Cybercrime/AdHocCommittee/Comments/Japan

 と推進国側の拙速主義を非難しており、京都宣言でこの国連決議74/247を(政治宣言の流れ的に本来言及すべきであったIEGの活動までひっくるめて)触れなかったのは日本からの明確な拒絶の意思の表れであったと考えて良いでしょう。

 

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2-2:アドホック委員会設立の意図とサイバー犯罪の国家帰属

……さて、なぜ日本がこの決議案『国際条約の新たな策定を押し広げ、犯罪目的での情報通信技術使用に対抗』すること自体に反対したのか。上記その他日本側の発言からはその意図に触れることは困難でしたが、その解とおぼしきものをGlobal Initiativeの記事から見つけました。

globalinitiative.net

”The policy agenda on cyber issues is highly fractious, with tensions over keeping cybersecurity and cybercrime separate and keeping cybersecurity off the formal Security Council agenda”

 >サイバー問題に関する政策アジェンダは非常に骨の折れるものであり、サイバー安全保障(訳注:「サイバーセキュリティ」よりこの訳が直感的に分かりやすいと思います)とサイバー犯罪を分離し、サイバー安全保障を正式な安全保障理事会の議題から遠ざけることに対する緊張が高まっている

  サイバー『犯罪』に関する調査・追及を『新たな国際条約により』解決を図るアドホック委員会に専任させることで、国連でのサイバー司法論議をサイバー犯罪とサイバー安全保障政策、特に安全保障理事会で採り上げられるサイバー犯罪の国家帰属の問題とを別々のものとする。

言い換えればサイバー犯罪の発信国となった国家の責任……国家がサイバー犯罪に関与したかどうかの帰属追及や、帰属に囚われない発信国の調査責任義務(「国際法に基づく国際的な不法行為に関する国際的な義務」(※後述するGGE報告書第69項(g))……に関する議論まで進展させたくない

ロシア・中国の狙いは、どうもその辺りであったようです。

 

第7回IEG総会への中国からのコメントでも

”Bearing in mind that the organizational session of the Ad Hoc Committee is scheduled in May 2021, and the substantive negotiations will follow, it is better not to duplicate the work on cybercrime, and it is necessary to ensure States, especially the developing countries with limited resources, and UNODC could concentrate on the work of the Ad Hoc Committee. Taking into consideration of the above, China believes that it is unnecessary for the Expert Group to continue its work after the current meeting”

 

 >アドホック委員会の組織会合は2021年5月に予定されており、実質的な交渉が続くことを念頭に置き、サイバー犯罪に関する作業は重複しない方がよい。また各国、特にリソースの限られている発展途上国、およびUNODCがアドホック委員会の作業に集中出来ることを保証する必要がある。以上のことから中国は、専門家グループが今回の会合後も活動を継続する必要はないと考えている。

 

 と記しておりますが、これはIEGの活動をアドホック委員会が引き継ぐという意味だけではなく、中国側がサイバー犯罪に関する議論そのものを限定させ、特に国家帰属に関する国連会合から切り離そうとしていたと考えられるのです。

https://www.unodc.org/documents/organized-crime/cybercrime/Cybercrime-April-2021/Comments/7th_IEG_Cyber_-_MS_comments.pdf

 

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※この仮定について、例えばオーストラリアからも上記IEG総会コメント第4章で重複防止の記載があるではないか、と反論する向きもあるかも知れません。しかしこの意見はあくまでレポートにおける推奨事項の記載自体がIEG本来の活動権限から逸脱している件に対するものであり、他の委員会と重複する議題を取り上げること自体を咎めたものではありません。 

 

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……この決議の細かい内容などはこの分野に詳しい方々に任せるとして、まずは

  •  サイバー犯罪に集中して国際条約の新たな策定を検討するアドホック委員会

に日本が反対の立場を示したことのみを念頭に置き、今度は

  • 国際的なサイバー安全保障のため各国の新たなNorms(規範)を検討する

国連の研究グループ、OEWGとGGEに話を進めようと思います。

 

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安倍政権最後の外交(3):サイバー空間での国際法適用のための日本の主張・抵抗に続きます。