南ドイツ新聞の菅首相評価と、環境思想の先鋭・教条化(2)

南ドイツ新聞の菅首相評価と、環境思想の先鋭・教条化(1) 』の続きとなります。

 

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2. 温室効果ガス削減目標に拘泥するEU

 

2-1. 菅首相の2050年温室効果ガスゼロ宣言と中間目標

 

……まあ天下の時事通信がそんな我田引水をするのなら、俺がやったって構わないよなァ、というのが今回の文章のきっかけだったりします。

 

さて今回の記事で気になったのが、時事通信温室効果ガス排出量を2050年までに実質ゼロにする目標を表明した事について「輝いた」と手放しで賛同している事です。

※南ドイツ新聞では“grünen Moment(緑の瞬間)”と評しただけでした。

 

www.kantei.go.jp

www.asahi.com

 

この温室効果ガスの削減について、安倍政権時代には2050年までに80%の削減目標が設定されていましたが、今回の2050年ゼロをもってG7・EU諸国並みの目標に再設定された事になります。ただしそれに基づく中間目標〜日本を含め各国では2030年を目処としたもの〜については、今回明示しておりません。カナダが翌11月、2030年以降5年ごとに削減計画を設定すると発表しているのと比較しても大きく異なっています。

www.climatechangenews.com

 

因みに環境省HPによると削減目標80%時代には、2030年迄に26%の中間目標が設定されていました。この26%はセクター別に振り分けがされたのですが、殆ど削減されない産業部門以外、この時点でも運輸・エネルギー部門で3割、業務その他及び家庭部門では4割もの削減目標が設定されています(資料の4ページ目)。この時点でも現実に可能なギリギリであるのが判ると思います。

https://www.env.go.jp/earth/ondanka/keikaku/tikyuondankataisakukeikaku_gaiyou.pdf

 

なおいち早く2050年ゼロ目標を掲げたEUは、2030年迄に55%の中間目標を設定しました。日本も同様の最終目標を設定した以上、恐らくはこの数値に準じた中間目標が掲げられるのでしょう。

 

が、“Investing in a climate-neutral future for the benefit of our people” と表題のもと記されたEUの新たな削減計画でもTransport, Energy 及びBuilding(日本の業務その他及び家庭部門カテゴリー)と比較してIndustry部門の具体的な削減方法は記されておらず、日本としても参考にするのは難しそうです。

EUR-Lex - 52020DC0562 - EN - EUR-Lex

 

 

10月には環境省を中心に各省庁から削減案を募っており、日本でも実際何らかの中間目標計画も作成されるのでしょう。しかし元々「革新的なイノベーション」が鍵だと語っている事もあり、仮想段階の技術を残り10年で構築する事の難しさを念頭に置いているのではないでしょうか。

 

極論すれば、温室効果ガス削減目標を牽引するEUや国連に対して「付き合ってやる『けど』」的認識があったのではないか、と感じられるのです。そしてこの『けど』に相当する一つの表出が、G20リヤドサミットで提唱された循環型炭素経済(Circular Carbon Economy )のような、温室効果ガス削減目標の代替手段でした。

 

 

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2-2. G20リヤドのBlue Hydrogen提案とEUの反応

 

 上述した朝日新聞記事のように、温室効果ガス削減目標の発表のみが目立ったG20リヤドサミットでしたが、環境関連については循環型炭素経済(Circular Carbon Economy 以下CCE )プラットフォームという枠組みが承認されていました。

https://www.meti.go.jp/press/2020/09/20200929001/20200929001-1.pdf

梶山経済産業大臣と長坂経済産業副大臣がG20エネルギー大臣会合(テレビ会議)に参加しました (METI/経済産業省)より。なおG20リヤド首脳宣言では第32章で言及されています。https://www.mofa.go.jp/mofaj/files/100118819.pdf

 

このCCEでは、温室効果ガスの生成数値削減やその削減手段にこだわらず、まず「大気に存在する温室効果ガスを減らす」事を目標としています。

 

簡単に言えば温室効果ガス削減の従来の試み、Reduce・Reuse・Recycleに加えて

 

・回収や貯留(CCS技術)等によりガス排出を循環から切り離すRemove

 

を採用、更にRemoveの象徴として生成時のCO2排出を貯留させたBlue Hydrogen(再生エネルギーによって生成されるグリーン水素、従来のCO2排出前提で天然ガスから生成するグレー水素と区別した「ブルー水素」)を提言したのです。

 

 ※貯留とは一般的には地質層への貯蔵であり、当然ながら漏洩の可能性は在ります。 またリヤドサミットではエネルギー大臣会合及び首脳宣言のみで言及され、環境政策そのものでありながら環境大臣会合ではCCEがやBlue  Hydrogenが取り上げられなかった事を付け加えておきます。

http://www.env.go.jp/press/files/jp/115081.pdf

 

 

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さて、G20サミット主催国サウジアラビア主導によるCCEとBlue Hydrogenの試みですが、主にEUから反発があった旨複数のメディアが報道しています。

 

www.hellenicshippingnews.com

“The EU insisted on putting up front the reduction of the emissions as a key objective of the platform. This was eventually well reflected in the declaration where leaders agreed to recognize ‘the key importance and ambition of reducing emissions’,” 

「(CCE)プラットフォームの主要な目的として、EU側は排出量の削減を前面に出すことを主張しました。これは最終的にしっかりと『排出削減の重要性及び野心を認識することに合意した』という首脳宣言の文面に反映されました」

 

www.climatechangenews.com

 “The EU agreed to “endorse” Riyadh’s “circular carbon economy” concept in a joint statement, despite objecting that it shifts the emphasis away from cutting emissions to unproven carbon capture, reuse and storage models.”

EUは、リヤドの「循環炭素経済」の概念を共同声明で「支持」することに同意したが、排出量の削減から実証されていない炭素の回収、再利用、貯蔵モデルに重点を移すことに反対した。

 

 ……一見、EU側の主張は排出量削減の言葉を首脳宣言に盛り込む事だけに見えます。

しかしCCEのコンセプトを念頭に置けば、サウジアラビアEUの対立が

 

・「大気に存在する温室効果ガスの削減」を評価するべきか

・「各国が排出する温室効果ガスの削減」『のみ』を評価するべきか

 

という、環境政策の根本に迫る争いであることが分かるでしょう。

 

この争いについて……菅首相自ら2050年削減目標を発表した件から考えると意外ですが……日本は早くからサウジアラビア側に立ち、CCEへの支持を表明しています。

www.meti.go.jp

 

またBlue Hydrogenに使われるサウジの技術は日本との協力によるものであり、今年10月に行われた40tの発電燃料用アンモニアの輸送試験を含めて、日本はCCEの実現を牽引する役割を担っています。

japan.aramco.com

 

もちろん日本は「各国の温室効果ガス削減目標設定」という考え方に反対している訳ではありませんし、G20の主要議題の一つに日本の技術が関与している事を大々的にアピールしたい訳でもないでしょう。

 

可能な選択肢を広い視点から検討した上でCCEを評価している……言い換えれば排出削減のみに集中するEUの考え方に対し、粛々と一石を投じようとしているのです。

 

つまり前述した「付き合ってやる『けど』」とは、「パンデミックでも削減の手を緩めない立場には付き合う『けど』この状況下で排出ゼロありきの政策に固執するべきなのか?」と問い掛けているのではないか、ということです。

 

※しかし、問い掛けているのは菅首相でしょうか?そしてエネルギープラントにおけるガス回収技術の海外協力、という言葉に既視感は在りませんか?

 

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2-3. EUによる削減思想の暴走と、武器としてのコロナ復興基金

 

EU加盟国が「Blue Hydrogenがガスを生成している事に変わりは無い」という立場を続けた結果CCE実用化に立ち遅れたように、実際EU温室効果ガス削減目標を盲信して他の方策や政策から派生する問題を軽視する傾向が在ります。

 

例えばEUコロナ復興基金(7年分のEU予算及び「次世代EU」復興基金を含めて)の3割を温室効果ガス削減対策に費やすよう各国に義務付けました。本来コロナ禍からの経済回復の為にあらゆる手段で回復を図ろうとする加盟国に対し、あたかも首輪を付けるが如き欠陥政策を採用しているのです。

eumag.jp

 

そして、足並みを揃えない加盟国への制裁とその反動は既に始まっています。


ポーランドは現在EUの2050年排出ゼロ政策に唯一不参加の国家ですが、コロナ復興基金の給付に関してこの件を不問とする事に成功しました。

www.climatechangenews.com

 

 しかしその後「法の支配」に関する規制のもと、復興基金の給付を制限しようとするEU本部に対し、11/26にハンガリーと共に反対表明を行うに至りました。

www.gov.pl

“Our common proposal is to facilitate the speedy adoption of the financial package by establishing a two-track process. On the one hand, to limit the scope of any additional budgetary conditionality to the protection of the financial interests of the Union in accordance with the July conclusions of the European Council. On the other hand, to discuss in the European Council, whether a link between the Rule of Law and the financial interests of the Union should be established. If it is so decided, then the appropriate procedures foreseen by the Treaties, including convening an intergovernmental conference, should be considered in order to negotiate the necessary modification of the Treaties.”

〉私たちの共通の提案は、ツートラックのプロセスを確立することにより、金融パッケージの迅速な採用を促進することです。一方では、欧州理事会の7月の結論に従って、追加予算の条件範囲を連合の経済的利益の保護に限定すること。他方、欧州理事会で議論するために、法の支配と連合の経済的利益との間のリンクを確立すべきかどうか。そのように決定された場合、条約の必要な修正を交渉するために、政府間会議の招集を含む条約によって予見される適切な手続きが考慮されるべきである

 

……ツートラックと書くととても印象が悪いものです。が、早急かつコロナ禍においても持続可能な経済政策を行うための基金を、EU本部の意向で制限することに反対するのは道理に叶う事です。

 

今回は定義が曖昧な「法の支配」を出汁にしており、環境関連への言及はどちらの側も行っておりません。しかしコロナ復興基金をNext generation EU(次世代EU)と名称変更したように、持続可能な未来に向けた政策を復興基金とリンクさせる事に躊躇いも疑念も持たないEU本部による、ポーランドへの報復措置と見て間違い無いでしょう。ClimateChangeNewsの表題通り、ガス排出規制の不参加を理由に直接ポーランドを責める事は既に不可能なのですから。

 

言い換えれば、EUはコロナからの加盟国の回復すら具体的に阻害するくらい、2050年温室効果ガス排出ゼロという目標に固執しているのです。

 

 

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『南ドイツ新聞の菅首相評価と、環境思想の先鋭・教条化(3) 』に続きます。

 

 

南ドイツ新聞の菅首相評価と、環境思想の先鋭・教条化(1)

はじめに

 

今回の文章は、南ドイツ新聞による菅首相への評価について記した第1章と、G20リヤドサミットで取り上げられた新たな温室効果ガス対策に対するEUの批判と日本の立場、及びそこから浮かび上がる国連の先鋭化・教条化について記した第2章以降の二部構成となっています。

 

特に第2章以降は、今後取り組む予定の一連の文章のプロローグとして記したものであり……ネタバレですが第1章とは扱う背景が異なります。

 

なお、この文章は世界的な温室効果ガス削減政策を批判したり、或いは日本を擁護しているのではなく、あくまで環境政策を含めて先鋭化・教条化した国連と日本の間で、ある時期ある種の軋轢があった事を記したものです。ついでにEUのコロナ復興基金のやり方や、グテーレス国連事務総長の無礼な発言を「暴走」と表現してはいますけどね。

 

 

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1. 『輝きのない首相』報道に関する、南ドイツ新聞記事の実際

 

www-jiji-com.cdn.ampproject.org

 

〉30日付のドイツ高級紙・南ドイツ新聞は、菅義偉首相について「輝きのない首相」と題する記事を掲載した。前政権の保守路線を継続する以外に「ほとんど野心がないように見える」などと批判的に論じている。

 

2020/12/01の時事通信に、上記記事が掲載されました。この南ドイツ新聞が報じた内容の要約として 

〉菅氏が電話会談でバイデン次期米大統領北朝鮮による拉致問題解決への助力を要請したことに関しても、気候変動や国際紛争などが焦点となっている世界情勢下では「優先順位は落ちる」と主張

と伝えています。

 

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しかし元記事の南ドイツ新聞ではこの部分、Innenpolitisch ist ihm der Start glatt misslungenの章で

 

“Das Thema ist so etwas wie ein japanischer Nationalkummer um Einzelschicksale - ernst zu nehmen, aber nachrangig bei einer Weltlage mit Klimawandel, internationalen Konflikten, gesellschaftlicher Spaltung und Pandemie.”

〉このテーマは個々の運命に対する日本の国民の悲しみのようなものです-真剣に受け止められるべきですが、気候変動・国際紛争・社会的分裂・そしてパンデミックという世界の状況に比べ、「優先順位は落ちる」ものです。

 

……拉致問題に対する日本政府の関心の高さとその経緯を十分認識しており、また拉致問題は気候変動や国際紛争だけでなく特に〜記事の多くが日本のGoTo政策に割かれているように〜パンデミック対応と比べて「優先順位は落ちる」と表現しているに過ぎないのです。

 

南ドイツ新聞の記事内容自体、慰安婦問題の認識はもちろん近隣諸国との領空・領海問題への言及を避けつつ菅首相の観閲式出席をJapan-Firstに結び付けたり、“wirtschaftsnahen, rechtskonservativen”ビジネス優先で右翼保守的と評するように、特殊な指向の強いものである事に変わりは在りません。

 

しかし時事通信の要約は元記事を更に助長し、自らの政府批判の箔付けに利用していることは念頭に置くべきでしょう。

 

拉致問題については保守路線を継承したという前政権の頃から、優先順位の高さをアピールしながらも実際の行動には踏み出せていません。タイミングの問題もあったのでしょうが、それだけ外交面ではサミット等の国際協調活動に、また政権末期にはパンデミック対応に追われていたのです。彼らのいうJapan-First国家にそのような選択はあり得たでしょうか。

 

 

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南ドイツ新聞の菅首相評価と、環境思想の先鋭・教条化(2) に続きます。

 

 

RCEPにおけるDFFT〜電子商取引ルールへの導入

はじめに. RCEP締結と電子商取引の共通ルール

www.sankei.com

15カ国が参加する地域的な包括的経済連携(RCEP)交渉が2020/11/15に妥結しました。

このRCEPについて対中貿易赤字の拡大、有力国インドの撤退で加速されるASEANや日本まで巻き込む対中依存など、今後の国際的懸念が各分野から表明されていますが、この点について産経新聞

世界貿易機関WTO)が機能不全に陥る中、中国と知的財産や電子商取引の分野で共通のルールを持つ意味は大きい。日本は「中国を縛り監視する」(外務省幹部)ためにも、協定にとどまる必要があると判断。

という記事を掲載しました。この考え方は実際の交渉に関わった外務省や経産省の基本スタンスと思われ、上記外務省幹部だけでなく牧原秀樹前経産副大臣も自身のTwitter

mobile.twitter.com

〉日本が抜けたと想像すると、むしろASEAN10カ国を含めアジア経済は完全に中主導になります。日本が主導して作ったルールの下、中韓ASEAN、豪NZが法の支配に服する体制作りこそ意味があります

と記しています。

RCEPが国益に資するかどうか……数字に疎い私には条文を読んでも検討もつかないのですが、一つ気になったのは『電子商取引の分野で共通のルールを持つ』という言葉でした。


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1. 大阪トラック・DFFTお披露目のためのRCEP条文

この『電子商取引分野の共通ルール』、日本主導のものとしてはDFFT(Data Free Flow with Trust)つまり個人情報や非公開情報の機密性を確保した上での自由なデータ流通を提唱する大阪トラックがあります。
大阪トラック・プロセス|外務省

ただしこの外務省HPの新着情報にあるように、大阪トラックを電子商取引の国際ルールとするための活動は今年1月以降休止され、安倍政権末期には殆ど話題に上がらなくなっていました。当初は2020年6月のWTO閣僚会合をもって実質的進捗を示すべく活動がなされていましたが、閣僚会合自体がコロナ影響下で2021年まで延期されています。


……このまま安倍首相辞任をもってそのまま下火となってしまうかと思われましたが、茂木外相留任時の記者会見で大阪トラックへの言及が為され
www.mofa.go.jp

また菅首相の初外遊となったベトナムインドネシア外遊の際にもDFFTを取り上げるに至り、菅政権が大阪トラックやDFFTを改めて推進する意向である事が明らかになりました。
www.mofa.go.jp

菅政権のデジタル政策といえばデジタル庁など国内整備面のみ指摘されますが、これも「国内整備はどうなのか」と日本主導のデジタル外交が批判される事を防ぐ為の措置ではないか、そういう見方も出来るのです。


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特にRCEPは、菅政権発足後初めての多国間経済連携協定にあたります。
日英包括的経済連携協定(EPA)|外務省のような先進国2カ国間の電子商取引協定はありましたが、後進国やデジタル面で日本と異なる政策を進める国家を含めた多国間協定は初めてです。

その意味で今回のRCEPの電子商取引協定は、大阪トラックやDFFTが国際ルールとして今後どの程度参加国を組み込み得るかの試金石となります。

特にWTO会合で理論的な進捗を開示出来なかった都合もあり、実際に大阪トラックが国際協定で採用・展開される場合のテストケースでもあった訳です。つまりRCEPに留まらない「日本主導のルール」の象徴がこの電子商取引分野だった訳で、その内容は関係者側が示唆する対中牽制・ASEAN誘導の面だけでなく、日本主導のルールが今後世界を牽引しえるだけの完成度や理想を持つものなのか、という点で重要でした。

更に言えばRCEP妥結後には11/20のAPEC首脳会談、11/22からのG20サウジアラビアサミットが続きます。

一般的に「インドの参加まで日本側が渋ったのに中国・ASEAN側の意向で妥結が前倒しされた」とされるRCEPですが、この時期での妥結はAPECG20を現実化されたDFFT制度の披露の場とする好機にもなっていたのです。

この時期に間に合わせるための締結だったかどうか、証拠は在りませんがまあ偶然とも思えませんね。


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2. 電子商取引条文の詳細とDFFT交渉の問題点

さて、このような視点からRCEP条文を確認すると
www.meti.go.jp
https://www.mofa.go.jp/mofaj/files/100114915.pdf

電子商取引分野はこちらのP795〜811、第12章に記載されています。


主な内容としては電子的取引への不必要な国内規制の緩和・電子的送信に対する関税賦課の禁止・コンピュータ関連設備の設置要求の禁止・電子署名の法的正当性の認定・個人情報や消費者保護などと共に、電子情報越境への妨害禁止について記されています。

これ自体は主に個人情報やサイバーセキュリティに関するTrustを含めたData Free Flowであり、大阪トラックの形で提唱された日本主導のDFFTに則るものです。

しかし、中身を見ていくといくつか注目すべき点が見つかります。


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1)一部国家の適用猶予

  • カンボジアラオスミャンマーについて5年間、5条貿易文書の電子化・6条電子署名有効性認定・7条消費者及び8条個人情報保護法令採用・9条商業電子メッセージ送信者への措置遵守規定・14条自国領域事業者に対するCP設置利用要求の禁止・15条電子情報の越境に対する妨害廃止(追加3年措置あり)の猶予
  • ブルネイについて3年間、14条自国領域事業者に対するCP設置利用要求禁止措置の猶予
  • カンボジアについて5年間、10条国際条約に準じる電子取引への国内規律採用の猶予
  • ベトナムについて5年間、14条自国領域事業者に対するCP設置利用要求の禁止・15条電子情報の越境に対する妨害廃止措置への猶予

……ベトナムとその他国家で様相が異なるのは、他4国の場合は個人権利保護を含めた法的システムが未だ整備中であるためなのですが、ベトナムの場合は2019年に施行されたサイバーセキュリティ法がデータ・ローカライズ強化の色彩を帯びていると認識されたためではないかと思われます(後に同法の適用範囲を犯罪に限定する旨発信されました)
www.businesstimes.com.sg


2)17条紛争解決手段の設定

  • 電子商取引の枠組みに関する締結国間の解釈相違については、国家間或いはRCEP合同委員会での協議で行うものとし、WTOパネルに準じる紛争解決方式は採択しない

……その他いくつかのRCEP条項でも採用されていますが、同枠組みでも協議による柔軟な解決を謀る形としています。


3)14条・15条データ・ローカライゼーション廃止に関する例外規定

  • 14条自国領域事業者に対するCP設置利用要求・15条電子情報の越境に対する妨害それぞれについて、公共政策の正当な目的達成あるいは安全保障上の重要な利益保護に関する場合は例外とする

……前者は「恣意的若しくは不当な差別の手段となるような態様で又は貿易に対する偽装した制限となるような態様で適用されないことを条件」つまり他国からの指摘の余地があるものの、後者については「当該措置については、争わない」とし、データ・ローカライゼーション国家の独自政策維持と(17条と合わせて)他国からの不干渉を実質認めた形となっています。


4)8条個人情報保護に関する各国法的枠組みの方向性

  • 〉各締約国は、個人情報の保護のための自国の法的枠組みを策定するに当たり、関係する国際的な機関又は団体の国際的な基準、原則、指針及び規準を考慮する


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1)2)3)までは参加各国の法的整備水準やデータ管理政策の相違に応じ、幅を持たせた妥協であったと解釈する事も不可能ではありません。

特にDFFT・大阪トラック外交をFOIPと並ぶ日本の交渉大国化の柱と警戒する、中国等の牽制があったとも捉えられます。またDFFTと対称的なデータ・ローカライズ及びデータの国家責任を唱えるインドが、今後RCEPに参加する際の布石としていくつかの逃げ道を確保したという捉え方も出来るでしょう。

しかし4)の一節は……前述の日英包括的EPAでの一節と比較すれば明らかなのですが……これらの妥協が単なるRCEP条文早期成立のための戦術に過ぎず、参加国の独自性を許容はしても尊重する意志が無いことを示しています。

https://www.mofa.go.jp/mofaj/files/100111404.pdf

〉各締結国は、個人情報を保護するために両締約国が異なる法的な取組方法をとることができることを認めた上で、このような異なる制度の間の一貫性を促進する仕組みの整備を奨励すべきである。当該仕組みには、規制の結果の承認(一方的に与えるものか相互の取決めによるものかを問わない。)又はより広範な国際的な枠組みを含めることができる。このため、両締結国はその管轄内で適用される当該仕組みに関する情報を交換するよう努め、及び当該仕組みその他の両締約国間で一貫性を促進する適当な取決めを拡大するための方法を探求する(P281 80条個人情報の保護より)


……対英国では相手国の法的枠組みへの敬意や尊重、また両国で一貫性を持たせる事を視野においた二国間交渉も条文に盛り込まれました。

しかしRCEPにはそのような記述はなく単に国際機関(平たく言えば欧州)による基準を基にした法的枠組み策定へ注力せよ、としている訳です。日本側の大阪トラックやDFFTに関する自負と裏返しの、RCEP参加諸国の電子商取引取組に対する軽視が浮き彫りとなっている、そう考えて良いでしょう。


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今回の交渉に参加した閣僚からは、日本主導の国際ルールを通じたRCEP参加国による法の支配体制作りに貢献した、そのような旨の発言が出ていたことは文章の最初に触れました。

しかしDFFT条文を読む限り……一部から全体を把握するやり方が正しいとは言い切れませんが……自らのルールを他国に押し付けた、また拙速な妥協を提示し本質的義務化への交渉に見切りをつけた、そういう日本側の対応が想像出来ます。

かつてRCEP交渉からインドが離脱した理由も、日本では主に対中貿易赤字の拡大懸念の点のみクローズアップされていますが、前述したデータ・ローカライズ及びデータ国家主権政策を維持するインドがRCEPのDFFT導入に反発したことも一因とされています。それもDFFT自体ではなく、表面上の締結に拘りDFFTの論点をあやふやにする日本の姿勢にです。

※現在インドはEUとのFTA交渉にあたり、相手国とのDFFTには前向きな対応を示しています。これはDFFTのwith Trust部分、相手国の法的整備や性格に対する信頼を担保した上で自国データとの流通が与える利益を交渉の武器とする、インドなりに一貫性のある対応なのです。
www.medianama.com


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……安倍政権時代のレガシーではありますが、日本はいまだ政治的立場や経済的優位を追求しないフラットな立場から、国際的枠組みの決定に重要な役割を果たし得る状況にあります。しかし今回のような拙速さと説得力の欠落を露呈する事態が続けばRCEP参加国間は勿論、本丸となるWTO改革においても国際的求心力を失う事になりはしないか。少し心配ではあります。

まぁ今はただ、これからの粘り強い交渉に期待しましょう。


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……すみません。言い訳ばかりですが、ここ数ヶ月安倍第四次再改造政権の回想関連の文章ばかり書き続けています。本当はそこに目処がついてから、菅政権の活動について触れて行きたいのですが……。

国連総会での中国人権問題提起(2020年10月)と日伊首脳電話会談

2020/10/13追加 宇都隆史外務副大臣による3つの会談について文章を追加しました。

 

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すみません。例によって他の文章を作成中なのですが、一応看過出来ない話でしたので。

 

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1. ドイツによる国連総会への中国人権問題提起

 

www.sankei.com

 

 

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 今年7月香港国家安全法に関する問題提起をイギリスが行ったのに続き、10/06にドイツが改めて香港・ウイグルの人権問題を併せて国連の場で提起しました。

 

www-axios-com.cdn.ampproject.org

 

 

なお上記Axios紙には、ドイツ側に賛同した39ヶ国及び「ウイグルに関し中国を擁護する」キューバ主導の約45ヶ国の一覧は掲載されていますが、「香港に関し中国を擁護する」パキスタン主導の約55ヶ国は下記The  Diplomat紙で確認可能です。

※The  Diplomat紙は有料(月内無料閲覧記事数制限あり)につきご了承願います。

thediplomat.com

 

 

なお7月の香港関連は

www.axios.com

 

 

 2019年のウイグル関連は

jamestown.org

 

こちらをご参照下さい。

 

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……とりあえず今回のドイツ側の共同声明はこちら。

new-york-un.diplo.de

 

 キューバ及びパキスタンの声明は上記Axios紙などからご確認ください。

リンク先が中国政府系のHPになっており、The Diplomat紙はリンクを避けた模様です。

 

 

※今回ドイツ側が香港・ウイグル両方の問題提起に賛同する署名を行ったのに対し、中国側が香港(パキスタン主導)ウイグルキューバ主導)といった形で声明を分けたことは注目に値します。

 

 

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 2. ウイグル・香港問題それぞれの賛同・反対国

 

 

今回香港・ウイグルの人権問題提起に賛同した39ヶ国の明細をみると

「7月の香港の時と比べて」新たに加わったのが

 

- アルバニア(2019年のウイグル関連は賛同)

- ボスニア・ヘルツェゴビナ

- ブルガリア

- クロアチア

- ハイチ

- ホンジュラス

- イタリア(2019年のウイグル関連は「後で」賛同)

- モナコ

- ナウル

- 北マケドニア

- ポーランド

- スペイン

- アメリ

 

なおベリーズのみ、前回の賛同リストから外れております。言い換えれば、台湾との国交の絡みで香港の署名に参加したと言われるパラオマーシャル諸島は、今回は台湾国交の絡みを越え「ウイグル問題も含めて」ドイツ側に賛同したという事です。

 (なおAxios紙では「2019年ウイグルの時と比較した」賛同国の変化に注目しているのでご参考ください。ただしAxios紙ではポルトガルスロベニア・イタリアが総会後に追加賛同した旨反映されていない事に留意願います)

 

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 7月と比較して中欧・東欧・中米からの賛同国が増えているのは大きな特徴と言えるでしょう。

 

その意味では寧ろ、8月に上院議長が台湾訪問を行って以来中国との関係が微妙となっているチェコが声明に加わっていないのは驚きです。

 

まあ実はミロシュ・ゼーマン大統領を筆頭に本来チェコ首脳陣には中国寄りの立場の人物も多く、チェコ外相も当初上院議長の訪台には反対していた事もあり、日本が期待する程には反中の状況ではないのですが。

www.afpbb.com

 

 

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 一方、今回初めて(今までの香港・ウイグル署名に加わらなかったのに)中国側として加わったのが

 

- アフガニスタン

- グレナダ

- キリバス

- マダガスカル

- タンザニア

 

の5ヶ国ですが、うちアフガニスタンマダガスカルタンザニアは7月の時点で国連人権理事会とは別の形で中国側の立場を示しており、実質としては

 

www.nowgrenada.com

https://jp.mobile.reuters.com/article/amp/idJPKBN1W50I1

 

グレナダキリバスの2ヶ国のみと言えます。

 

 

逆に前回香港・ウイグルどちらかで中国側の立場を示したのに、今回は表明を避けた国が

 

- ボリビア

- ブルキナファソ

- クウェート

- レバノン

- レソト

- ナイジェリア

- オマーン

- パプアニューギニア

- セルビア

- シエラレオネ

- スリナム

- タジキスタン

- トルクメニスタン

- ザンビア

 

と多岐に渡っています。

例えば中央アジアでは所属5ヶ国全ての国が中国側声明参加を避けました。

www.mofa.go.jp

 

ヨーロッパで唯一(ベラルーシコーカサス扱い)中国側の立場を示し、一帯一路の欧州側出口とも称されたセルビアも、今回は声明参加あるいは別の立場からの中国側擁護を躊躇しています。

r.nikkei.com

 

www.globaltimes.cn

 

……もっとも8〜9月にイスラエルと国交正常化を果たし、一見欧米側に引き込んだと誤解されるUAEバーレーンは未だ中国側のウイグル・香港署名双方に加わっている状況です。

また7月の香港問題の時のように、今後国連総会以外の場で中国を擁護する国家が出て来てもおかしくない事には留意すべきでしょう。

 

 

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 3. イタリアの声明参加と日本側の対応〜日伊首脳会談の再開

 

……さて今回注目したのは、当然ながらイタリアです。

 

2019年のウイグル関連でも後付けで参加。香港ではG7全体として懸念の立場を示したのみで、国連人権理事会の場で自国の立場を明らかにするような声明には加わらない対応を続けたイタリアでしたが、今回はスペインと並び香港・ウイグル両件の問題提起に賛同した形になっています。

 

 

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 ……で、思い出したように日本の外交を振り返ると、面白い話がありました。

 

www.mofa.go.jp

 

 この9月末からの外遊に際し、10/3の臨時記者会見では

 

 EUをリードするフランス、そしてドイツ、来年前半のEU議長国を務めるポルトガル

 〉本年のG20議長国のサウジアラビアとの間では、G20リヤド・サミットの成功に向けて

サバーハ・クウェート国首長が9月29日に薨去されたことを受けて、弔問のために向かう

 

と語っています。特にサウジアラビアに関して

 

 〉特にG20サミット、日本は昨年議長国でありまして、今年サウジが議長国、トロイカとしてですね、リヤド・サミットの成功に全面的に協力をしていく

 

 と語ったのですが、ここでいうトロイカとは当年議長国と前年・翌年議長国が協力体制をとる事を指します。それなのに今回の外遊では次期G20議長国のイタリアは訪問先から外れていましたし、フォローする限りでは茂木外相が2021年のG20ローマサミットに言及した話は見当たりません。

 

そもそも茂木・ディマイオ両氏が外相に就任して以来、外相会談や首脳会談は行われていなかったのです(唯一の例外として3月の電話会談はありますが、あれは国際電話会合の場でイタリアの窮状を参加各国に訴える一環でしたので)。

www.mofa.go.jp

 

 

 約一年半、両者が同席した(あるいは同席予定だった)国際会合の場は複数あったにも関わらず、どちらの意図によるものかは分かりませんが日伊外相会談は避けられ続けており、その間イタリアは西欧諸国において対中姿勢の統一を阻み続けていたのです。

 

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 ……それが今回、香港・ウイグルへの懸念声明にスペインと共に加わりました。G7の共同声明に一員として参加した(というより拒否しなかった)のと比較して、一国として中国の政策を咎める立場を明らかにした訳です。

 

そして日本も反応を示しました。

 

www.mofa.go.jp

www.governo.it

 

 

 国連総会提起の翌日(10/07)に、1年半ぶりの日伊首脳会談が行われたのです。

 

内容としてはさしたる物ではなく、15分の電話会談という形式上のものとも言えますが、この会談によってイタリアの立場表明を日本側が歓迎し、かつ初めて来年のG20サミットに関する協力を申し出た事について評価すべき事ではないでしょうか。

 

 そしてサミットを主導する外相間でなく、コンテ首相との関係修復から外交をリスタートさせた事も、一つのメッセージであったと思われます。

 

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2020/10/13追加

 

そしてもう一人、昨年岩屋前防衛相の弱腰対応を糾弾した宇都隆史氏。

www.sankei.com

彼は今政権において、外務副大臣に就任しました。

 

そして彼に対する3国家大使の表敬……中央アジアでも元々香港・ウイグル関連の中国側声明に加わっていないウズベキスタンカザフスタン

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また今回の中国側声明から外れたドイツ側の声明に加わったホンジュラス

www.mofa.go.jp

 

この時期に立て続けに3ヶ国の表敬を受けた事も、今回の件の一つの象徴だと考えています。

 

 

 

 

 

安倍前首相の辞任表明以降に起こったこと

2020/09/17訂正: コソボセルビアに関する記述を追加しました
本当に申し訳ありません。

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2020/09/16を以て安倍首相は総理の職を退き、新たに菅前官房長官がその座に就く事となりました。


新たな内閣の話は、ここでは行いません。


とりあえず今回は、辞任を表明した8/28から9/15までの18日間に安倍内閣が行った、あるいは殆どタッチ出来なかった国際的事件について取り上げてみようと思います。


たった半月強の間に、多くの国際的な動きが発生しておりました。今回は今後の政権に対する統一したビジョンなどは記さず、事件自体へのキャプションに留めようと思います。



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1. 日本側が積極的に対応したもの


www.meti.go.jp

梶山経済産業大臣は、9月1日にテレビ会議形式にて開催された、日豪印経済大臣会合に出席し、豪州のサイモン・バーミンガム貿易・観光・投資大臣及びインドのピユシュ・ゴヤル商工大臣と会談を行いました。


https://www.meti.go.jp/press/2020/09/20200901008/20200901008-2.pdf


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www.mofa.go.jp


9月9日(日本時間同日)、インド・デリーにおいて、鈴木哲駐インド日本国特命全権大使とアジャイ・クマール・インド国防次官(Dr. Ajay Kumar, Defence Secretary, Ministry of Defence)との間で、「日本国の自衛隊とインド軍隊との間における物品又は役務の相互の提供に関する日本国政府インド共和国政府との間の協定」(略称:日・インド物品役務相互提供協定(日印ACSA))への署名が行われました。


https://www.mofa.go.jp/mofaj/files/100091748.pdf


※上記第2条3にも記されているように、武器弾薬類は今回の協定に含まれません。


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www.mofa.go.jp


9月11日、午後4時頃から約10分間、茂木敏充外務大臣は、エリザベス・トラス英国国際貿易大臣( The Rt Hon Elizabeth Truss MP, Secretary of State for International Trade and President of the Board of Trade of the United Kingdom)との間でテレビ会談を行い、日英包括的経済連携協定(the Japan-UK Comprehensive Economic Partnership Agreement)について大筋合意に至ったことを確認しました。


https://www.mofa.go.jp/mofaj/files/100092224.pdf


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www.mofa.go.jp


9月12日午前10時頃から午後1時半頃まで、オンライン形式にて、第27回ASEAN地域フォーラム(ARF)閣僚会合が開催され、日本側から茂木敏充外務大臣が出席しました


https://www.mofa.go.jp/mofaj/files/100092614.pdf



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……以上、日本側が積極的に対応した国際的活動については、各所記事をご参考願います。



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2. 日本があまり関わっていないもの


www.jetro.go.jp


米国政府は9月11日、8月13日に発表されたイスラエルアラブ首長国連邦UAE)の国交正常化に続き、イスラエルバーレーンの国交正常化が実現したとの声明を発表した。


……アメリカの仲介により、イスラエルUAEに続きバーレーンとも国交を正常化させました。トランプ政権としては11月の大統領選挙に向けた格好の外交成果ですが、これに対してパレスチナ及びイラン・トルコ・カタールが反発。また中国も態度を明らかにはしていませんが、国連を通したパレスチナガザ地区への食糧支援を行っています。


www.afpbb.com


※後述するアフガニスタンタリバン和平交渉が、イスラエルアラブ諸国の国交正常化に反発するカタールのドーハで行われている事には興味が唆られます。なお今回のアラブ諸国の動向について『スンニ派の』危機意識と報じるメディアが在りましたが、カタールやトルコは非スンニ派なのでしょうか。


parstoday.com


……なおこの対米・イスラエル関係周辺では、インドが面白い対応をしています。


www.thehindu.com


これは氷山の一角であり、最初のステップです、とUSAIDの副管理者であるBonnie Glickは言います。インド、イスラエル、米国は、開発分野と、透明性、オープン性、信頼性、安全性を備えた5G通信ネットワークを含む次世代の新技術で協力を開始したと、最高幹部は語った。


7月にインド・イスラエル間でサイバーセキュリティに関する協力の再確認を行ったのに続き、今月改めてアメリカを含む3ヶ国間で5Gに関する協力を開始しました。この意味では、インドとイスラエルは改めてアメリカによる対中、或いはイスラエルによる対イランの図形に含まれた形になります。


一方、アメリカによる制裁から外れているイラン・チャーハバール港に対してインドは深く関わっており(パキスタンとの対抗の面でも)対イランではインドは微妙な立場であるようです。


tenttytt.hatenablog.com


※ちなみに関係性は微妙ですが、このインド・アメリカ・イスラエル3ヶ国がコロナ被害が最近になって大きく話題になっている国々であるのは面白いですね。


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www.mofa.go.jp


9月12日、カタールのドーハにおいて、アフガニスタン・イスラム共和国タリバーンとの間で、アフガニスタンにおける和平交渉の開会式が開かれ、我が国から、鈴木馨祐外務副大臣がオンライン形式で出席しました。同開会式には、主催国のカタール及び和平交渉の当事者であるアフガニスタン政府及びタリバーンの他、日本や米国を含む各国が招待されました。


……このアフガニスタンタリバンの和平交渉には、アメリカからはポンペオ国務長官が出席していますが、こちらはアメリカの活動殆ど評価されておらず、隣接するインドによる同国人解放を含めた働きかけが大きいと言われています。同交渉にはインドからはジャイシャンカール外相が出席しています。


m.timesofindia.com


なおこのアフガニスタンへの対応については、奇しくも「タリバンと密接に結び付くパキスタンに対抗する」インドと「タリバンと結び付くウイグル過激派に対抗する」中国、或いは前述したチャーハバール港(アメリカが同港のみ制裁対象外としたのがアフガニスタンへの輸送目的である事を思い出して下さい)で結び付くイランとが、それぞれ戦略面で同じ方向を向くという奇妙な現象を見せています。


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www.thenational.ae


イランのジャリド・ザリフ外相のドイツ訪問は、テヘランが反政府抗議に参加したレスラーを処刑したことを非難している最中に突然中止された。ザリフ氏は月曜日にドイツ、フランス、イギリスの相手と会うことになっていた。しかし、ドイツの報道によると、土曜日に27歳のNavid Afkariが処刑されたため、会議は延期されました。


イラン外相は今週核合意に加わるヨーロッパ各国を訪問、アメリカによる制裁回避に向けた外遊を行う予定でしたが、反政府デモに加わったとされるレスラーへの死刑執行に対する反感を買ったため各国から交渉を拒否された模様です。


www.afpbb.com


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2020/09/17 追加

www.yomiuri.co.jp


セルビアのアレクサンダル・ブチッチ大統領とコソボのアブドラ・ホティ首相は4日、米ホワイトハウスで会談し、経済関係の正常化で合意した。両国を仲介した米国は、コソボイスラエルの国交樹立合意も発表した。

コソボイスラエルの国交樹立合意と、セルビアによる在イスラエル大使館のエルサレム移転方針も発表した。イスラエルベンヤミン・ネタニヤフ首相によると、コソボの大使館もエルサレムに置かれる見通しだ。


イスラエル関係でもあるのですが、アメリカの仲介によりコソボセルビア間の経済関係正常化と両国大使館のエルサレム設置が行われる運びとなりました。


セルビアといえば中国の一帯一路政策のヨーロッパ方面出口の一つであり、特に中国保健外交が最も活発に行われた国家の一つ。UNHCRにおける香港・ウイグル関係の抗議でもヨーロッパで唯一中国側の立場を支持していた国家です。

balkaninsight.com


一方のコソボは中国保健外交の対象外となった数少ない国家でもあります。

www.japantimes.co.jp


両国の国交正常化はEU加盟に向けた重要要件とされており、今回のアメリカの働きかけは同時に(イギリスの離脱によりバルカンエリアの加盟に注力し始めた)EUの政策にも合致するものでもあり、またセルビアの中国からの引き剥がしに向けた一つのステップとも言えるかもしれません。

www.jetro.go.jp


……なお、日本は今年に入り、コソボに駐在官事務所を設置しています。

www.at.emb-japan.go.jp



mobile.twitter.com



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おまけ: 安倍前首相の対イラン秘密外交について


www.sankei.com


米国とイランの対話仲介を試みた安倍政権が緊張緩和に向け、数千億円相当のイラン産原油と米国産穀物を、日本を舞台に物々交換する案を極秘に提示していたことが7日、イラン政府筋の話で分かった。


……9/7、共同通信のMohammad Gharabagh氏によるものと思われるスクープですが、国内メディアでの取り上げられ方に反し、国外では殆ど報じられておりません。また国内外共に、この共同通信ソースの情報しか各メディアでは伝えられておりません。


※なお記事の詳細はkyodo+をご参照下さい。

english.kyodonews.net


唯一独自取材を行った記事を見つけられたのがイランISNA紙(ペルシャ語)のみですが、


www.isna.ir


ISNAによって得られた情報によると、イランは、日本との友好的な関係と安倍晋三への敬意のため、日本の首相の提案に耳を傾ける用意があることを発表し、米国の当局者の声明には自信がなかったと述べたが、安倍首相のテヘラン訪問の前夜、安倍首相への約束を取り戻し、ペルシャ湾でのいくつかの反安全対策を講じることにより、彼らは事実上彼の努力を無視し、彼が旅行するのを阻止しようとしたが、2か国間の長年の友好関係により、安倍首相は旅行した。テヘランへの旅行を成功させる


という情報のみであり、今回の肝であるアメリカ産穀物とイラン産原油の物々交換についてはこの共同通信以外のソースでは発見出来ませんでした。

安倍首相辞任・ポーランド首相の反応

www.kantei.go.jp


2020/08/28、首相が記者会見の場において職を辞する旨発表されました。


この安倍首相の政策、或いは第四次再改造内閣の評価については後日記す予定ですが、今はまだその時とは考えていません。今政権の最後まで、その活動を見続けようと考えています。


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……但し各国首脳の反応を覗いていると、ひとつ感じた事があります。


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acenews.pk

パキスタン首相 Imran Khan


en.mehrnews.com

イラン外務省報道官 Saeed Khatibzadeh


www.dailysabah.com

トルコ外相 Mevlüt Çavuşoğlu


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……巷ではオーストラリアからの発信をもとに、インド太平洋戦略・対中包囲網を確立したルールベースの国際秩序・価値観外交の立役者として、安倍首相を評価する向きが強まっています。


しかしルールベースの国際秩序や価値観を共有しない側、パキスタンやイラン、トルコも国際秩序側の諸国家よりいち早く安倍首相に対する感謝と慰労のコメントを発信しているのです。


国際的に「価値観を共有しない」とレッテルを貼られた国家に対し、安倍首相が支援や対話・仲介を通じて対抗勢力との対話を促してきたからこそ、これらの国家からもコメントを受け取る事が出来たのだろう、と私は考えます。


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mobile.twitter.com

今回の首相辞任に際し、ポーランド・Morawiecki首相はポーランド語・英語・日本語の三ヶ国語で感謝と慰労の意を示しました。


ヴィシェグラード四ヶ国(ハンガリーポーランドチェコ・スロバキア)とEUの距離感に加え、2019年早春以降アメリカとの関係まで悪化していたポーランドは、同年4月末の安倍首相との会談を経てアメリカとの関係を改善。他のヴィシェグラード国にひと月遅れてトランプ大統領との首脳会談まで漕ぎ着けました。

tenttytt.hatenablog.com


G20大阪サミット直前の外遊に際し、サミットとは関係無いヴィシェグラード会談に臨んだ安倍首相により、ポーランドは国際的な孤立を免れた訳です。


モラヴィエスキ首相のコメントは、単にこの会談を上手く対米融和に活用出来た事への感謝や、安倍首相辞職の機会に親日アピールを行うためだけの目的で記したものではありません。


現在もEUアメリカ・中国との距離感調整は難しく、更に加盟国の方向性がバラバラになったヴィシェグラード四ヶ国において、今期議長国となったポーランドは微妙な舵取りを求められています。勿論その判断には日本が推し進める価値観から逸脱するものも含まれます。


米中EUによるイデオロギーの押し付けが渦巻く中で相手を自国側に取り込むのではなく、相手の立場を考慮した上で自国側の変更も含めた対話と仲介を推し進めた安倍外交の価値を、モラヴィエスキ首相が改めて日本や国際社会に訴えようとしているのではないでしょうか。


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そして残念ながら第四次再改造内閣の……茂木外相に代表される外交はその趣を変える、これまでに培った国際的信用を消耗して国益を創出する、そういう総決算的色彩の強いものでした。


特に最近交流が少なくなったイランやパキスタンのコメントには、この流れが安倍首相の辞任により加速され、今後日本が仲介を担う役目を負うことが少なくなる事を予見した様子が感じられるのです。

戦争を終わらせた人

https://www.nul.nagoya-u.ac.jp/erc/collection/slideshow/araki0139/original/araki0139-0021.jpg

名古屋大学国際経済政策研究センターHP
大蔵省戦時経済特別調査室[綴]


〉戦争終決に対する種々ある場合、


(一)勝利に終わる場合

(二)五分五分に終わる場合

(三)敗戦に終わる場合


この内(三)は問題にあらぬ。この場合には敵方の意図によって○○範囲まで支配せられしからである。

※すみません。○○の箇所は読めなかったので……


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いつもの流れぶった切りで申し訳ありません。
この日に際して、心の奥で考えていることを少し漏らしてみようと思います。終戦関連の研究書に目を通しまくっている訳でもないので、今の所はざっくりとした「思い」なのですが。


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さて、先の大戦終結させた人として、一般的には当時の閣内や軍部を説得した総理大臣鈴木貫太郎や海軍・外務大臣、書記官長の事が知られています。


御前会議において、ポツダム宣言受託に関する決議に陛下の聖断を仰ぐ形で(無条件な)降伏受託の決定が下された……という話が知られていますが、ここに一つの疑問が湧きます。


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※「無条件降伏」と記してしまうと、あれは無条件降伏ではない云々と話をされる方がいるので、とりあえず日本からの条件提示が終戦後に無視されえるという意味で「(無条件な)降伏」という言葉を使っています。

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では陛下を説得したのは誰だったのか


極論でしょうが、閣内や軍部を説得したところで陛下の聖断が無ければ(無条件な)降伏には向かえなかったでしょう。逆に聖断という形で陛下から具体的な発言さえ有れば、反対派が例え多数で有力だったとしても、聖断のもと相手を押し切る事は十分可能だったと思われます。


であれば戦争を終結させた人物とは即ち陛下の不安や不満を押しのけ日本の(無条件な)降伏に向かう発言を促した人物ではないでしょうか。


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となると、陛下の身近にいる人物でしょうか。


これも諸説語られており、一般的には皇族の方々による働きかけや、戦中に陛下と諸閣僚を結ぶパイプ役として知られた内大臣木戸幸一といった、戦争反対派の名が挙げられていますが、この説にも疑問が湧きます。


彼らは(無条件な)降伏に関して、実のところ陛下と不安や不満を共有する人物です。陛下の不安を払拭、或いは不満を封殺するほど決定的な論題を提供する事は難しいと思われます。


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そもそも陛下が(無条件な)降伏を避け、結果的に戦争継続に協力した理由は何でしょうか。これは恐らく内外を問わず近年に至るまで行われた伝統的な敗戦処理、敗戦国元首一族の消滅を恐れたためと私は考えます。


凡そ元首自身の身に及ぶものだけではなく、政治的なものを越えた継承自体の消滅です。


つまり陛下を説得するということは、

1. (無条件な)降伏を受け入れるしかない事
2. 陛下自身や近親者の処遇が保証されない事
3. 日本国の継承者としての証しを失う事

これらへの現実的な解答を提供する必要があったのです。


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※この点について指摘する文献を、残念ながら私は見たことがありません。終戦後に陛下の処遇や天皇家存続というハードルを呆気なく越えてしまったため、戦中のこのハードルの高さと拘りに気が付く方が少ないのが理由でしょうか

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しかし閣内外の殆どの人物は陛下の処遇や国体の護持に囚われ、条件付の降伏に拘った末貴重な時間を費やしました。


東條内閣瓦解から一年半、陛下自身に最低限の条件を聞き出す事をせず(或いは阻まれ)意向の類推のみ行った結果、より良い条件を提示する交渉相手を選り好みしながら終戦工作を継続せざるを得なかったのでしょう。


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そして恐らく、冒頭の文書を内々に陛下に上奏した人物こそ、この解答を示した数少ない人物であろうと私は考えています。


上奏時点では正式な書類の形を取っていたかも怪しいこの文書をもとに、

  • 敵方が支配する状況においては、現在推進している条件付き降伏交渉など意味を持たないこと

つまり自身の処遇や国家継承が表向き失われる事まで、陛下に覚悟してもらう事を内々に伝えようとした、と思われるのです。


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※なお、この文書作成者自身の意図は上奏者と異なり、一般的に

  • 何らかの僥倖により戦争が五分に引き戻して終決する場合でも、戦前同様の帝国の維持が困難である事
  • 文章上では「五分五分」以上の場合としたが、実際には敗戦後を見越した経済力の評価、また復興に向けた計画を立案すること

であったとされています。念のため。

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そしてこの人物は、陛下自身の処遇や表向きの国家継承すら保証しない替わりに、継承の証明物のみ確保する事を提案したと思われます。


1944/11/21、この上奏が行われたと思われる4日後に、帝室博物館総長及び学芸委員の処分に関する裁可が成されました。10/29に実測中の正倉院御物を破損した事件に際するものですが、宮相松平恒雄の奏上がこの日まで延ばされたのも、破損の理由を報告するに際し、この件を事前に伝える必要があった可能性があります。


何より、この文書を上奏した人物は1945年に入ると一旦陛下の謁見が困難な立場となりますが、6月に松平宮相による推薦の形で改めて宮内に参じ、主に御物を始めとする皇室財産の管理と避難に奔走しています。


まさにただ一つ、皇室の継承と正当性を証明する「物」のみを墨守することを条件に、自身や近親者の処遇については覚悟の上で(無条件な)降伏を了承する旨、陛下に決断を迫ったと思われるのです。


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なお、この件を証明する資料は残念ながら殆どありませんし、今後も見付からないでしょう。そのため、この件は私の単なる「思い」でしかありません。


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