大阪トラックの路線変更(4)

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はじめに: 『大阪サミットの狭い会議室』について

……上記の話のみに興味のある方は、当記事の一番下の方までスクロールして頂くか、下記の一番下

↑『おまけ: 大阪サミットの狭い会議室の正体』↑
までジャンプして頂ければ幸いです。

……そこまでの話は引用含めて量が多く、いきなりここの文章を読まれる方には結構大変だと思いますので……


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『大阪トラックの路線変更(3)』

https://tenttytt.hatenablog.com/entry/2019/06/29/205138
からの続きとなります。
なお前述した通り、内容の割に引用含め文章量も多くなってしまいました。ご容赦願います。


なお大阪トラック関連の目次については
https://tenttytt.hatenablog.com/entry/2019/06/29/223127
こちらをご覧ください。



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7. 省庁による国際調和の無視と、帰結としての“大阪トラック”


……さて、毎日新聞やMedianama紙あるいはCyberthread紙が『盛り込まざるを得なかった』と評した文言

〉信頼を構築し、データの自由な流通を促進するためには、国内的及び国際的な法的枠組みの双方が尊重されることが必要である。

〉我々は、異なる枠組みの相互運用性を促進するために協力するとともに、開発に果たすデータの役割を確認する。

………………………………………

ですが実は第6章で触れた電子商取引に関する共同声明 日本による探査研究の提案』ですら、国内・国際法双方の相互運用性を満たすための仕組みは組み込まれていました。

……それが一旦、国内ルール整備の側面から省庁や専門家などで検討する段となると、国際間の調和を求める発想は打ち合わせを重ねるごとに薄れていき、
ダボス会議以降(第1章で記したように)安倍首相が再三G20の場で主要議題にすると釘を刺したにも関わらず、この国際的調和を無視する傾向が元に戻ることなく……

遂に6/8貿易・デジタル経済大臣会合では、まさに欧米的なルールを各国にごり押しする形にシフトした結果、異なるデータガバナンス・ポリシーとの衝突を起こすに至った訳です。


この章ではその過程と帰結を、省庁が主導した諸会議の内容から追ってみたいと思います。


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7.1 『電子商取引に関する共同声明 日本による探査研究の提案』にも盛り込まれた国際調和


まず2018年4月にWTOに提出された電子商取引に関する共同声明 日本による探査研究の提案』の話ですが、こちらの第三章に以下の一節が記されています。


A. Regulatory Frameworks Facilitating E-Commerce/ Digital Trade
(a) Promoting Harmonization and Interoperability of Regulations

“In order to create an enabling environment for e-commerce and digital trade, a range of domestic regulatory frameworks related to e-commerce and digital trade need to be put in place. ”
“However, variations of such frameworks across countries could pose obstacles for cross-border
businesses operators.”
“The WTO has a role to play in promoting intergovernmental activities at the regional and international levels to achieve harmonization and complementarity among different frameworks, which is essential for facilitating cross-border e-commerce and/or digital trade.”


A.電子商取引/デジタル貿易を促進する規制の枠組み
(a)規制の調和と相互運用性の促進

電子商取引およびデジタル貿易を可能にするために、国内の法的枠組みを整備する必要があります。

〉しかし、国家間でその枠組みが異なると、クロスボーダービジネスが困難になる可能性があります。

〉国家間で異なる枠組みの調和と相互運用性を達成するため、WTOには国内的及び国際的な働きかけを、各国政府を跨いで行う役割があります。それはクロスボーダーの電子商取引/デジタル貿易の促進に不可欠なものであります。


……この文書自体、前章で記したように安倍首相のダボス会議演説とは根本的に異なる性格のものであり、また他の箇所を読めば、電子商取引のクロスボーダー化を一方的に押し付ける為の活動をWTOに求めるものであることは明らかではあります。

しかし少なくともWTOに対して、異なる枠組みを調和させるための働きかけを各国に行う事を呼び掛けており、複数の国際的立場(この時点では特に中国)を如何にWTOルールの俎上に乗せうるかを配慮したことが見えてくるかと思います。


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7.2 『デジタル時代の新たなIT政策の方向性について』


その後、ダボス会議のひと月前(2018/12/19)、
内閣官房下IT総合戦略本部にて第75回高度情報通信ネットワーク社会推進戦略本部 第6回官民データ活用推進戦略会議が開催され、

『デジタル時代の新たなIT政策の方向性について』

https://www.kantei.go.jp/jp/singi/it2/dai75/siryou1.pdf
が協議されました。


……この会議以降、Society5.0など未来のIT政策についての協議が各セクターで活発に行われることになるのですが、実はこの会議について首相からの指示として
https://www.kantei.go.jp/jp/98_abe/actions/201812/19it_kanmin.html

〉データを活用したイノベーションを起こすためには、セキュリティやプライバシーについて、透明性が高く公正かつ互恵的なルールの下で、自由にデータが流通する環境を整備しなければなりません。

〉このため、世耕大臣を中心として、個人情報や重要産業データを適切に保護しつつ、我が国主導で、自由で開かれた国際データ流通圏を世界に広げていくための国際連携を進めてください。

〉また、その前提として、関係大臣において、個人情報保護法を始め必要な国内の法令整備と、体制強化に直ちに着手してください。


首相としては、この『デジタル時代の新たなIT政策とその方向性について』を根拠とした諸会議は、DFFTを世界に広げていくための“国際連携をわが国主導で行うこと”こそが狙いであり、国内整備はその基礎部分に過ぎないことを示唆しておりますが、

実はこの“国際連携”については、『デジタル時代の新たなIT政策とその方向性について』本文では触れられていません。

恐らくこの時点で、首相には当議題をG20の主要議題の一つとする腹案があり、それ故に会議資料などで軽視されている“国際連携”の点をあえて重視するよう、関係省庁に促すつもりだったのではないでしょうか?

ですがこの会議以降の動きを見ると、この首相の願いは全くと言って良いほど、各省庁に無視されることとなります。各会議に携わった専門家の指摘に耳も貸さず。


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7.3 派生した会議での変節:経産省


まず、上記『デジタル時代の新たなIT政策の方向性について』の前日、同会議に先駆けて経産省主導で作成された
『デジタル・プラットフォーマー型ビジネスの台頭に対応したルール整備の基本原則』を見ましょう。
https://www.meti.go.jp/press/2018/12/20181218003/20181218003.html(経産省HP)
https://www.meti.go.jp/press/2018/12/20181218003/20181218003-1.pdf(詳細)
https://www.meti.go.jp/press/2018/12/20181218003/20181218003-2.pdf(概要)

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※デジタルプラットフォーマーとはデータを活用して第三者に「場」を提供する事業者のことですが、寧ろ中華人民共和国電子商務法で「電子商務プラットフォーム経営者」と定義される

“電子商務取引において取引相手及び関連する主体にインターネット経営の場所、取引マッチング、情報提供などのサービスを提供する組織”

の方が分かり易いでしょうか。平たく言えば、GoogleAmazonの事です。


この『デジタル・プラットフォーマー型ビジネスに対応したルール整備の基本原則』の発表は、翌日に発表された『デジタル時代の新たなIT政策に関する方向性について』の雛型にあたるだけでなく、
日本主導の国際DFFT体制下において、各国が如何に国内ルールを調整していくべきか、そのテストケースにもあたるわけです。


………………………………………

……しかし、この7つの基本原則のうち

(7)国際的な法適用の在り方とハーモナイゼーション

は、

デジタル・プラットフォーマーを巡る規律の在り方を検討するに当たっては、国際的なハーモナイゼーションも志向する方向で検討を進める。

という、弱い言葉での国際連携しか含まれないものでした。


………………………………………

実はこの基本原則を検討する際の事前ディスカッションでは
https://www.meti.go.jp/press/2018/12/20181218003/20181218003-3.pdf
『デジタル・プラットフォーマーを巡る取引環境整備に関する中間論点整理』


○ デジタル・プラットフォーマーがグローバルな活動を行っていることを考えると、デジタル・プラットフォーマーの規律の在り方についても国際的なハーモナイゼーションを志向する必要はないか。

○ こうした諸外国の動向等を踏まえ、国際的なハーモナイゼーションを志向した実効的なデジタル・プラットフォーマーの規律の在り方について、自主規制と法規制を組み合わせた柔軟な手法である共同規制を含め、国際的に連携して検討していくことが必要ではないか。


……と、識者は国際的な連携・ハーモナイゼーション『を』志向する必要について指摘していたはずなのですが、これらの言説を経産省が取り纏める段になって、

“国際連携『も』志向する方向で検討”

という形に変えられていたのです。


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7.4 派生した会議での変節:総務省


このような扱いは、経産省主導の会議だけではありません。

総務省主導による「デジタル変革時代のICTグローバル戦略懇談会」は、
http://www.soumu.go.jp/main_sosiki/kenkyu/ict_gs/index.html
Society5.0に向けた情報技術の研究・社会実装の他、
望ましい国際ルールの姿の検討や、G20貿易・デジタル経済大臣会合その他国際会合における日本の国際戦略を検討するなど、
他セクターのIT戦略関連会議よりもG20での発表内容に触れる内容を協議する場となっていました。


ダボス会議の約一週間後、2019/01/29に行われたこちらの国際戦略ワーキンググループ会合では
http://www.soumu.go.jp/main_content/000632246.pdf

〉ICTの国際戦略については、アメリカ、EU、中国、インド等の諸外国も検討を行っている。世界の主要プレイヤーの国際戦略について情報があれば今後の議論の参考になるのではないか。

〉国際戦略は国際的な視点から検討すべきであり、現在、マルチの会合でICTに関する議論のフォーカスがどこにあるのかを十分に認識する必要がある。

国際情勢を見つめながら各国議論の焦点を認識すべき、という意見が出ていましたが、
この意見は第2回以降のワーキンググループ会合の議題・意見として扱われることはありませんでした。


……………………………………

また、第2回会合議事録のP16~P18、岩田(名簿に記名されておらず詳細不明。岩田一政日本経済研究センター理事長か?)・西尾(章治郎阪大総長。今回の座長)・三友(仁志早大大学院アジア太平洋研究課長)氏のやり取りに、
http://www.soumu.go.jp/main_content/000623390.pdf

データ流通に際し、データのオーナーシップに対する各国のポリシーの違いを念頭に、DFFTを国際展開する場合のアレンジメントの必要性を論じた
ものがあります。

さらにP33~P34の増田寛也:東大公共政策大学院客員教授は、“Ethics(倫理)”という言葉を用いて
G20のような国際的な場で、DFFTのうち特にwith Trustの部分や、人権・知的財産権を構成する理念の部分で日本の立場を明確に主張することを提唱
していました。


…………………………………

……しかし、やはりこれら専門家の意見は反映されませんでした。

G20茨城つくば貿易・デジタル経済大臣会合及びその後に向けた方向性』
では
http://www.soumu.go.jp/main_content/000622118.pdf

G20貿易・デジタル経済大臣会合での論点は

1)デジタル化による SDGs 達成への貢献
2)データの自由な流通と利活用の促進
3)AI/IoT の利活用の促進と環境整備
4)サイバーセキュリティの確保

と、4つの論点全てに力を割り振る旨が決定したのです。


……………………………………

※この件につき、複数の専門家からは事前に

「論点にメリハリを付け、特に首相が主張する2)の論点を強調すべき」

と指摘されたにも関わらず、省庁側が押し切る形となりました。


……なお、実際の貿易・デジタル経済大臣会合の閣僚声明では
https://www.meti.go.jp/press/2019/06/20190610010/20190610010-2.pdf

2.データフリーフローウィズトラスト
3.人間中心の人工知能(AI)
4.ガバナンスイノベーション
5.デジタル経済におけるセキュリティ
6.SDGsと包摂性

更に5つに分割された上、DFFTの概要について5項目のうち最小限の言及で済まされる
という扱いとなっています。


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7.5 そして6/28、新たな『IT大綱』と新たな『大阪トラック』


……かくして、これら各省庁主導の議論を経た
『デジタル経済時代の新たなIT政策の方向性について』は2019/06/28に新たに『デジタル時代の新たなIT政策大綱』へとバージョンアップされましたが、
https://www.kantei.go.jp/jp/singi/it2/dai76/siryou1-1.pdf

既にこちらでは国際的なハーモナイゼーションを求める姿勢は見られません。それどころか、このIT大綱を踏まえて作成された
https://www.kantei.go.jp/jp/singi/it2/detakatuyo_wg/pdf/report.pdf
『データ流通・活用WG第二次とりまとめ』の中で


第4章 更なるデータ流通・活用に向けて
4.1 今後の取組の方向性

〉④ パーソナルデータや産業データ等を含めたデータ全般の円滑な流通のため、情報銀行やデータ取引市場など我が国独自の取組を含めたアーキテクチャの定義とデータ構造の標準化を実証実験等を通じて推進する。

〉その際、信頼性(トラスト)の確保されたデータ流通を実現するため、データの信頼性(真正性、完全性や品質の確保)、仕組みの信頼性(情報銀行やデータ取引市場の認定)の確保に向けた取組を継続
する。

〉また、企業間等でデータ流通のエコシステムが成立するためのインセンティブ設計も重要。これらについて、DFFT(Data Free Flow with Trust)の実現の観点から、当初から米国・EU 等の類似の取組や技術標準との相互運用性を確保しつつ検討を行う。

……と、完全に欧米のみとの調和を図る姿勢に切り替えられてしまいました。


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そして同じ6/28、国際調和の側面を蔑ろにした省庁側の尻拭いを、安倍首相が自ら行なう象徴的イベントが行われました。

大阪サミット中に行われたサイドイベント
『デジタル経済首脳特別イベント(大阪トラック)』です。
https://www.meti.go.jp/press/2019/06/20190628001/20190628001.html
経産省HP 2019/06/28

〉デジタル経済、特にデータ流通や電子商取引に関する国際的なルール作りを進めていくプロセスである「大阪トラック」を立ち上げる旨の「デジタル経済に関する大阪宣言」を発出

https://www.meti.go.jp/press/2019/06/20190628001/20190628001_02.pdf

G20メンバーではインド・インドネシア南アフリカを除く各国が支持する形となりました。


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〉本日、我々は、2019年1月25日にダボスで発出され、78の世界貿易機関WTO)加盟国が名を連ねる電子商取引に関する共同声明に参加する他のWTO加盟国と共に、ここに、国際的な政策討議、特に電子商取引の貿易関連の側面に関するWTOにおける国際的なルール作りを進めるとの我々のコミットメントを示すプロセスである「大阪トラック」の立上げを宣言する。


この『デジタル経済に関する大阪宣言』は、
6/8貿易・デジタル経済大臣会合において日本側が、DFFTに関する国際協議もそこそこにWTOでの電子商取引ルール作りを主張した結果、相反するデータガバナンス・ポリシーを持つインド等の反発を招き、
https://tenttytt.hatenablog.com/entry/2019/06/29/205138
閣僚声明に盛り込めなかった部分を補完するものです。

いわば「大阪トラック」は、国際調和を無視して政策を推し進めようとした省庁側の尻拭い役となり

……G20メンバーに離反者がいる前提の宣言に駆り出されたがため、翌日発表されたG20首脳宣言『大阪宣言』にその名が記される事はありませんでした。

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G20首脳宣言『大阪宣言』より:

〉11.データ、情報、アイデア及び知識の越境流通は、生産性の向上、イノベーションの増大及びより良い持続的開発をもたらす一方で、プライバシー、データ保護、知的財産権及びセキュリティに関する課題を提起する。

〉これらの課題に引き続き対処することにより、我々は、データの自由な流通を更に促進し、消費者及びビジネスの信頼を強化することができる。

〉この点において、国内的及び国際的な法的枠組みの双方が尊重されるべきことが必要である。このようなデータフリーフローウィズトラスト(信頼性のある自由なデータ流通)は、デジタル経済の機会を活かすものである。

〉我々は、異なる枠組みの相互運用性を促進するために協力し、開発に果たすデータの役割を確認する。
https://www.g20.org/jp/documents/final_g20_osaka_leaders_declaration.html
G20大阪サミット公式サイトより
https://tenttytt.hatenablog.com/entry/2019/07/09/113911
(NHK記事における大阪宣言全文より抜粋)

※2019/08/24訂正:大阪宣言全文が公式サイトに掲載されていた事を確認したため、NHKベースの上記ページは閉鎖いたします。


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首脳宣言の付属文書に採用されなかった『デジタル経済に関する大阪宣言』にはDFFTの文字はありません(首相スピーチには含まれていますが)。
首脳宣言たる『大阪宣言』には大阪トラックの文字はありません。


そして6/8貿易・デジタル経済大臣会合を失敗へと導いた省庁側への戒めとして、またDFFTや本来の“大阪トラック”の本質として、『大阪宣言』には

〉国内的及び国際的な法的枠組みの双方が尊重されるべきことが必要

〉異なる枠組みの相互運用性を促進するために協力

この二つの言葉をあえて残したのだろう、と思われるのです。


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……さて、文章が感情的になってしまったのですが
今更ながら、私は各省庁による“大阪トラック”の変節や国際調和の視点の欠落について、糾弾するつもりはありません。

省庁側がここまで頑なな姿勢をとり続けた、その背景を調べていきたい、そう思っています。


………………………………………

次回は、経産省と並んで“大阪トラック”をWTOにおける電子商取引ルール作りに紐付けた外務省の動きを追っていこうと思います。背景に触れることが出来れば良いのですが……

次回、『大阪トラックの路線変更(5)』に続きます。
https://tenttytt.hatenablog.com/entry/2019/08/02/194037


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おまけ:G20大阪サミットの狭い会議室の正体


https://mainichi.jp/articles/20190628/k00/00m/010/289000c
『首脳すし詰め 会場狭すぎた? デジタル経済特別イベント』

毎日新聞 2019/06/28

大阪市の国際展示場「インテックス大阪」で28日に開幕した主要20カ国・地域(G20)首脳会議(サミット)で、デジタル経済に関する首脳特別イベントに使われた部屋が「狭すぎる」と話題になっている。

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ネット界隈でも話題になった件ですが、
お察しの通り……これは7.5章で触れた“大阪トラック”の立ち上げと『デジタル経済に関する大阪宣言』の発出を行った会場でした。

つまり
「閣僚レベルが参加する程度のサブセッションだから狭い会場になった」のではなく、


  • 1/23のダボス会議で首相が公表して以来、ここで行われた“大阪トラック”は本来G20首脳会合での主要議題として取り上げるべき議案であった。
  • しかし、その前哨戦である閣僚会合(6/8貿易・デジタル経済大臣会合)での意見取りまとめに失敗したから、首相自ら取りまとめ直すためサブセッション扱いとして首脳会合の合間に設定し直した。
  • 自由参加の会議ではなく、元々G20加盟国の一部が賛同しない(共同声明は出せない)事が明らかな会議であるため、G20首脳宣言とは無関係な「サブセッション扱い」であることを強調するため、別室で執り行う事とした。


……1/23ダボス会議での首相演説やMedianama紙の内容、6/8の閣僚声明、6/28の宣言全文などから、およそこの様な流れであったと推測されます。

https://www.kantei.go.jp/jp/98_abe/statement/2019/0123wef.html……ダボス会議の首相演説
https://www.medianama.com/2019/06/223-piyush-goyal-at-g20-data-is-a-sovereign-asset-free-trade-cant-justify-its-free-flow/……Medianama紙
https://www.meti.go.jp/press/2019/06/20190610010/20190610010-2.pdf……6/8閣僚声明
https://www.meti.go.jp/press/2019/06/20190628001/20190628001_02.pdf……6/28宣言


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この大阪トラックに関する話の流れを追いたい場合は、下記URLの目次から『大阪トラックの路線変更(1)』以降の私の文章を流し読みして頂ければ幸いです。
https://tenttytt.hatenablog.com/entry/2019/06/29/223127
ただし、これらの文章は一歩踏み込んで
「大阪トラックは当初の話から変節している」
という主張まで行っていますので、その辺は華麗にスルー推奨です。


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……今回の件については、恐らく自分以外の誰も取り上げていませんが、6/28にJapantimes紙に掲載された

“Abe heralds launch of 'Osaka Track' framework for free cross-border data flow at G20
https://www.japantimes.co.jp/news/2019/06/28/national/abe-heralds-launch-osaka-track-framework-free-cross-border-data-flow-g20/#.XSNRX2lcU0M

〉安倍首相は当初G20サミットでのハイライトにすることを望んでいたが、後にサブセッションに格下げされました。


この報道が、最も正鵠を得ていると思われます。


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大阪トラック関連:目次

元々おまけの話だったのが、続けてしまったので
目次を作成いたしました。

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1) 首相欧州訪問と欧州議会選挙(2)

https://tenttytt.hatenablog.com/entry/2019/05/05/212131

  • 大阪トラックについて、最初に触れた文章になります。なお、欧州訪問時の議題として軽く触れるに留まっており、以降の大阪トラック関係文章とは関連はありません。


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2) 首相欧州訪問と欧州議会選挙(5)

https://tenttytt.hatenablog.com/entry/2019/05/20/194214

  • 後半部分で少々、大阪トラックとファーウェイ制裁に見られるアメリカの主導権争いについて提起しています。


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3) おまけ: 大阪トラックとファーウェイ制裁

https://tenttytt.hatenablog.com/entry/2019/05/26/235743

  • 2)で提起した件について、安倍首相のダボス会議発言などを元に大阪トラックの正体を各国間の調整システムと推測し、改めてファーウェイ制裁との関係についての推測をまとめたもの。これが過ちの始まりでした…


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4) 近況にかえて: 大阪トラックの路線変更

https://tenttytt.hatenablog.com/entry/2019/06/16/114924

  • 6/8の大阪トラックプレ会合にあたる『貿易・デジタル経済大臣会合』の結果報告を見て、5)以降の予告として記したものです。


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5) 大阪トラックの路線変更(1)

https://tenttytt.hatenablog.com/entry/2019/06/29/204100

  • 6/28の『デジタル経済についての大阪宣言』発行にあたり、それまで漁った資料を元に、大阪トラックの定義が変更されたという仮定を補強しようと試みた一連の文章の始まりです。6/8以前の首相発言から見る大阪トラックと、世耕経産相の発言から読む大阪トラックの違いについてまとめています。


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6) 大阪トラックの路線変更(2)

https://tenttytt.hatenablog.com/entry/2019/06/29/204715

  • 6/8貿易・デジタル経済大臣会合についての各省庁HPや、それ以降の関係部署における“大阪トラック”という言葉の扱いと、6/8会合から見るDFFTについてまとめたもの。


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7) 大阪トラックの路線変更(3)

https://tenttytt.hatenablog.com/entry/2019/06/29/205138

  • 6/8貿易・デジタル経済大臣会合におけるインド側の反対意見を元に、同会合が経産省主導のもとDFFTからWTO電子商取引ルールの共同声明に移行しようとした問題と、インド側の失望について記しています。


………………………………………

8) 大阪トラックの路線変更(4)

https://tenttytt.hatenablog.com/entry/2019/07/09/114139

  • ダボス会議直前の省庁会議議事録を元に、安部首相が強調していた国際調和の方針を省庁側が無視して国内整備及びG20貿易・デジタル経済大臣会合の議事案を作成するまでの流れと、その帰結としての“デジタル経済に関する大阪宣言”について記しています。


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9) 大阪トラックの路線変更(5)

https://tenttytt.hatenablog.com/entry/2019/08/02/194037

  • 経産省総務省と並んで、大阪トラックの路線変更に貢献した外務省の動きについて、伝統的なサイバー政策と対外交渉の面から記しています。


………………………………………

10) 大阪トラックの路線変更(6)

https://tenttytt.hatenablog.com/entry/2019/08/02/194634

  • 各省庁がなぜ大阪トラックを変質させたか、について国際的な圧力とその消長について記しています。


………………………………………

11) 大阪トラックの路線変更(7):完結

https://tenttytt.hatenablog.com/entry/2019/08/15/224501

  • まとめに替えて、大阪トラックの路線が一貫したものとして考えた場合の説明と、その問題点。また首相がダボス会議で提唱した大阪トラックを見直し、その特徴を特に当時の対中政策の面から記しています。


………………………………………

補論) “Trust”と“Confidence”から考えるDFFT

https://tenttytt.hatenablog.com/entry/2019/08/02/193858

  • 同じように“信頼性”などで和訳される二つの言葉の使い分けからDFFTを捉えるための補論です。

大阪トラックの路線変更(3)

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『大阪トラックの路線変更(2)』

https://tenttytt.hatenablog.com/entry/2019/06/29/204715
の続きの話となります。

今回は、前回触れた貿易・デジタル経済大臣会合でのインド側の反応を元に、
6/28「デジタル経済についての大阪宣言」を形作った同会合の特徴と、参加国が元々期待していたであろうDFFT議論との乖離について触れています。


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なお、大阪トラック関連文章の目次は
https://tenttytt.hatenablog.com/entry/2019/06/29/223127
こちらのURLまでお願い致します。


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5. “DFFT”へのインドの疑念と、“電子商取引に関する共同声明”


……さて、貿易・デジタル経済大臣会合内でのDFFT論議について、毎日新聞がその様子を記していました。

https://www.google.com/amp/s/mainichi.jp/articles/20190610/k00/00m/020/297000c.amp
G20閣僚2会合閉幕 「自由なデータ流通」共同声明に デジタル対応では前進”
毎日新聞 2019/06/10

〉ただ「国内的、国際的な法的枠組みの双方が尊重されることが必要」と国内法でデータを囲い込む中国などに配慮した文言も盛り込まざるを得なくなり、今後のルール作りの難しさを浮き彫りにした。

………………………………………

※同新聞では“中国などに配慮”と記しておりますが、実際にはデータ・ローカライゼーション、つまり「国内法で自国データを囲い込む」事を国際的な潮流にしようとするインド等新興国を中心とした反対(ただしDFFTの原則には同意)が大きかったようです。
https://www.medianama.com/2019/06/223-piyush-goyal-at-g20-data-is-a-sovereign-asset-free-trade-cant-justify-its-free-flow/
『データは主権資産であり、自由貿易はその自由な流れを正当化できない』
Medianama紙 2019/06/11


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……さて、このGoyal商工大臣の反対ですが上記Medianama紙や第4章で引用したEconomictimes紙の話を要約すると、

電子商取引に関する世界的な規則が制定される前に、プライバシーとセキュリティの問題をDFFTに関する議論で十分に検討すべき

発展途上国は、電子商取引交渉に取り組む前に、この問題(筆者注:恐らく電子商取引ではなくDFFT)についての深い理解を深め、独自の法的規制の枠組みを策定するための時間と政策の余地が必要

この二つの点について、
電子商取引に関する共同声明について、貿易・デジタル経済大臣会合の場で主張されている時に』
意見を出した、という事です。

………………………………………

そしてもう一つ、Economictimesの記事で気になったのが、次の一節です。

〉今年の初めに世界経済フォーラム安倍晋三首相によって提案されたDFFTは、個人情報を含む電子的手段による情報の国境を越えた転送の制限を排除し、外国のサーバーにデータを保存することを目指しています。


……はて?
安倍首相はダボス会議で、DFFTに関して他国の制限を排除するような強い言葉は使っていません。

〉自由に行き来させ、国境をまたげるように、繰り返しましょう、国境など意識しないように、させなくてはなりません。

Economictimesは、DFFTについて一体何を勘違いしているのでしょう?そんな高圧的な話を日本が持ち出すはずが……ありました。残念ながら。

第2章で触れた、『WTO電子商取引に関する非公式閣僚会合での共同声明』の、WTOに対する日本側の提言です。


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6. 『電子商取引に関する共同声明』における日本の野心とインドの反発


第2章で経産相が大阪トラックと混同している旨指摘した、
電子商取引に関する共同声明 日本による探査研究の提案』
(2018/04/12 WTOホームページより)には、この共同声明に至るまでの日本側のデータフリーフローに向けた姿勢が盛り込まれています。
https://docs.wto.org/dol2fe/Pages/FE_Search/DDFDocuments/244471/q/Jobs/GC/177.pdf

………………………………………

この3.7節には

“…the WTO should consider reaching agreement among Members on principles to ensure free flow of data. Any such agreement should allow the least trade restrictive measures that would fulfil legitimate public policy objectives, including personal data protection.”

WTOは主要メンバー間において、データフリーフローを保証するための合意に達するべきです。
そのような協定は個人データ保護を含む、合法的な公共政策のためなど、貿易への制限を最少とするもののみを認めるべきです。


3.8節には

“Therefore, it would be worth considering reaching an agreement among Members in the WTO in which, with the exception of cases to achieve a legitimate public policy objective,governments should not impose mandatory requirements on the location of servers, as such requirements pose critical barriers to entry into the market by foreign businesses.”

〉したがって、合法的な公共政策の目的を達成する場合を除き、政府がサーバーの設置場所に条件を課し、外国企業の参加を妨げるべきではない、という合意に達するべくWTO加盟国間で検討する価値があります


……確かに、個人情報を含む電子的手段による情報の国境を越えた転送、および外部サーバーへのデータの保存に対する制限を排除しようとしています。

正確にはDFFTではありませんが、6/8の交渉内容が何時の間にかDFFTからWTO電子商取引ルールの話にすり替えられた事へのインド側の懸念を、Economictimesは記したと思われます。

………………………………………

また注目すべき一文として、この三章の始まりに
なぜ電子商取引/デジタル貿易の話に、データ流通/デジタル経済を取り上げねばならないか、の理由が書かれています。

“As business operations become more globalized, various types of data are being transferred
across borders of both developing and developed countries. For instance, in the case of online
services which provide remote maintenance and support services for infrastructure and machinery,
data on operations and technical functions are transferred across borders.”

“Therefore, limiting the international transfer of data through government policies would
encumber cross-border business operations and hinder the sound development of digital
businesses. ”

〉ビジネスがグローバル化するに従い、先進・発展途上国を問わずあらゆるタイプのデータが転送されます。例えばインフラ・機械のリモートメンテナンスなら、操作・技術的機能データのように。

〉したがって、国際的なデータ流通の制限政策はクロスボーダービジネスを妨げ、デジタルビジネスの健全な発展を妨げる。

と、そもそもが強引な流れから電子商取引/デジタル貿易とデータ流通/デジタル経済を結び付け、前者の目的のために後者に関連する国内政策に圧力を加えることは不可欠であると、WTOの主要メンバーでコンセンサスを得ようとしていた訳です。


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ここに至り、インド側の反対理由が明らかになりました。

DFFTについて、異なる国内政策を持つ国からのセキュリティーやプライバシーの要望を満たすだけの国際的な仕組を打ち出す事もせず、これら具体的な取り決めを全てWTO電子商取引ルールに持ち込んで解決しようとした事への反発だった訳です。

〉国内的、国際的な法的枠組みの双方が尊重されることが必要

との一節が貿易・経済大臣会合の共同声明で用意していたのは、経産省など日本側の策であったと思いますが、それは口先ばかりで、実際の会合の場では日本(主に経産省)側にはそのような考え方が欠落していたという事でしょう。

……寧ろ、DFFTについての議論をひっくり返す代わりに、国内・国際法の双方を摺り合わせるための具体的な問題提起をDFFTの次元で行った(上記の言葉を日本側から引き出した)インド側こそ
WTOの主導権争いと切り離されたDFFTそのものへの理解が日本側より深かった
、と言えるのです。


※インド側の理解力が深い理由は、データ・ローカライゼーションの基本思想が関わっていると思われます。
彼らにとっては国民のデータは国家の重要な財産であり、それ故に日本がWTOに示した強引な理屈ではなく、純粋にデータ流通/デジタル経済と電子商取引/デジタル貿易は同じ概念なのです。

だからこそ、国家の財であるデータを国外で自由に流通させるのであれば、DFFTの次元でルールの異なる各国の信用を得るだけの仕組みづくりに手を付ける事を求めていたのです。


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そしてインド側はこのDFFTへの理解…と、恐らくはDFFTの国内外の摺り合わせに対する期待…が強かったが故に、
二十日前の経産省の見解をそのまま援用した“デジタル経済に関する大阪宣言”に署名を迫った安倍首相に失望し、同じくデータ・ローカライゼーション主義をとる南アフリカや、腹案を持つインドネシアと共に署名を拒否するに至りました。


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……とりあえず、今回はここまでです。

次回は元々の大阪トラックに含まれていた国内外の摺り合わせ機能についての話や、
DFFTを含むデジタル戦略を検討する委員会の迷走、
経産省に並ぶ立役者、外務省が大阪トラックの内容をすり替えるに至った経緯、
更に一番最初の議題(『安倍首相訪欧と欧州議会選挙(5)』まで遡ります)であった、G20での主導権を握ろうとするアメリカの動き等に触れてみようと思います。


『大阪トラックの路線変更(4)』
に続きます。
https://tenttytt.hatenablog.com/entry/2019/07/09/114139


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なお、大阪トラック関連文章の目次は
https://tenttytt.hatenablog.com/entry/2019/06/29/223127
こちらのURLまでお願い致します。

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大阪トラックの路線変更(2)

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『大阪トラックの路線変更(1)』

https://tenttytt.hatenablog.com/entry/2019/06/29/204100
の続きの話となります。

今回は6/8「貿易・デジタル経済大臣会合」から
6/28「デジタル経済についての大阪宣言」までの
“大阪トラック”“DFFT”といったキーワードの変遷を辿っています。


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なお、大阪トラック関連文章の目次は
https://tenttytt.hatenablog.com/entry/2019/06/29/223127
こちらのURLまでお願い致します。


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3. 貿易・デジタル経済大臣会合以降の“大阪トラック”


さて、外務省HPによる6/8貿易・デジタル経済大臣会合の要約文において、大阪トラックについて下記のように記されました。
https://www.mofa.go.jp/mofaj/ecm/it/page4_005041.html

〉河野外務大臣からは,本セッションの開会挨拶において,多角的貿易体制の礎たるWTOがその役割を十分に担い続けられるよう,急速に進展するデジタル化が国際貿易のあり方を根本的に変容させている現実にWTOルールを適応させる必要がある旨を述べました。

〉さらに,その観点から)昨年G20首脳がブエノスアイレスで支持したWTO改革の重要な一要素として,WTOでの電子商取引の取組を重視しており,G20大阪サミットでは,「大阪トラック」としてWTOでの電子商取引のルール作りを進めるべく,政治的な後押しを与えたいと考えている旨発言しました。

“合同セッション(8日)の概要(河野外務大臣,石田総務大臣及び世耕経済産業大臣が共同議長)”
外務省HP『河野外務大臣G20貿易・デジタル経済大臣会合(茨城県つくば市)への出席(結果)』


……ここにおいて、会合の主催者である河野外相が
“大阪トラック=WTO電子商取引ルール作り”という発言をG20の場で公に行い、かつDFFTとも別のものであると宣言した訳です。


……………………………………

一方、外務省同様に貿易・デジタル経済大臣会合の主催者である総務省経産省のHP、更に会合の共同声明や議長声明では『大阪トラック』という言葉そのものが消滅しています。
https://www.meti.go.jp/press/2019/06/20190610010/20190610010.html経産省
http://www.soumu.go.jp/menu_news/s-news/01tsushin08_02000106.html総務省

またG20大阪サミットのHPには、開催20日を切った6/10に初めて主要議題が掲載されましたが
https://g20.org/jp/summit/theme/
こちらにも以前首相が強調した『大阪トラック』という言葉は見当たりません。

………………………………………

そして遂に6/14、首相がイランから帰国した直後のの閣議決定
『世界最先端デジタル国家創造宣言・官民データ活用推進基本計画の変更について』からも……
https://www.kantei.go.jp/jp/singi/it2/kettei/pdf/20190614/siryou1.pdf

とうとう“大阪トラック”という単語は、6/28の復活まで、表舞台から完全に消え失せてしまっていたのです。

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……さすがに、ここまで地固めされてしまっていては、安倍首相側も今更話をひっくり返すことは出来ません。
6/28のデジタル経済に関する首脳特別イベントは、6/8貿易・デジタル経済大臣会合で形作られた経産省主導のストーリーに従い、1/25の『WTOの非公式閣僚会合の共同声明』への賛同をG20参加者に促すという形になりました。
G20開催直前の貴重な時間を対イラン外交に割かれ十分な根回しが出来ない状況下では、“大阪トラック”という言葉だけでも復活させることが限界だったのではないでしょうか。


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4. そして貿易・デジタル経済大臣合同でのDFFT


“大阪トラック”というプロセスを通じて構築するもの、と定義されていた“Data Free Flow with Trust”についてですが
こちらは一応貿易・デジタル経済大臣会合での主要議題の一つに位置付けられていたものの、極めて具体性を欠く形で俎上に上げられたようです。

………………………………………

6/8の共同声明によると、


〉データ、情報、アイデア及び知識の越境流通は、生産性の向上、イノベーションの増大、より良い持続的発展をもたらす。

〉同時に、我々は、データの自由な流通が一定の課題を提起することを認識する。プライバシー、データ保護、知的財産権、セキュリティに関する課題に引き続き対処することにより、さらにデータの自由な流通を促進し、消費者及びビジネスの信頼を強化することができる。

〉信頼を構築し、データの自由な流通を促進するためには、国内的及び国際的な法的枠組みの双方が尊重されることが必要である。

〉このようなデータフリーフローウィズトラスト(信頼性のある自由なデータ流通)は、デジタル経済の機会を活かすものである。

〉我々は、異なる枠組みの相互運用性を促進するために協力するとともに、開発に果たすデータの役割を確認する。

……………………………………

……この共同声明を読んで一言。
『具体的にはDFFTでどのように話を進めるの?』

※インド商工大臣からも
電子商取引に関する世界的な規則が制定される前に、DFFTに関する議論でプライバシーとセキュリティーの問題を十分に検討する必要がある

と、突っ込まれています。
https://m.economictimes.com/tech/internet/piyush-goyal-pushes-for-nations-sovereign-right-to-use-data-for-social-welfare/articleshow/69718455.cms

残念ながらDFFT自体には具体性は全く盛り込まれず、会合ではSociety5.0やAIなどの「デジタル経済を活用した具体的な理想像」のみがクローズアップされました。
その理想像に邁進するため、WTOでの電子商取引ルールに向けた共同声明を6/8の会合の場で出す……というのが経産省の計算だったようですが失敗、6/28のサイドイベントに引き継ぐことになったのです。


………………………………………

……なお、G20つくばで開催されたバイ対談の結果を読む限り、今会合で提唱されたDFFTに対して前向きな態度を示したのは、何と本番の6/28にインド・南アフリカと共に共同声明への署名を避けたインドネシア一国のみだったようです。
http://www.soumu.go.jp/main_content/000625718.pdf(総務省HPより)

※このインドネシアの賛同すらも、実は
https://m.kontan.co.id/news/india-china-dan-prancis-dukung-counter-proposal-indonesia-terkait-dfft-di-g20?
『インド、中国、フランスは、G20でのDFFTに関連したインドネシアの反対提案を支持する』
Kontan紙(2019/06/24)によると、個人情報の人口割財産権の尊重と、DFFTと国内政策との摺り合わせ・知的財産権の尊重・セキュリティなどへの見直しを求めた上でのものであり、手放しの賛同ではなかったようです。


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以上が、当初G20大阪サミットでの主要議題と見なされていた、DFFTのプロセスとしての“大阪トラック”が一部省庁、とりあえず経産省主導で定義を変更され、主要議題から外されるに至った経緯です。
(もう一人の立役者、外務省の動きについては後日)

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ここに至り“大阪トラック”という言葉は以前の定義で考える事が困難となってしまいました。
今後はもう一つのポイント、DFFT自体を通じて
『“DFFTのプロセス”は具体性を持たされず、G20の場ではどうしてWTO電子商取引ルールの話に取って代わられたのか』の考察を行う事にしましょう。

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……なお、これからの注意点ですが
ここ以降“DFFT”として述べるものは、特別な言及が無い限り、“首相が1/23にダボス会議で提唱した大阪トラック”の中のDFFTではなく、あくまで“経産省などが提唱したDFFT”及びその派生の事だとお考え下さい。

データ流通/デジタル経済と、電子商取引/デジタル貿易を意図的に混同させた人たちのDFFTです。


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『大阪トラックの路線変更(3)』
に続きます。
https://tenttytt.hatenablog.com/entry/2019/06/29/205138

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大阪トラックの路線変更(1)

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『近況にかえて:大阪トラックの路線変更』

https://tenttytt.hatenablog.com/entry/2019/06/16/114924
の続きの話となります。一応……

………………………………………

なお、大阪トラック関連文章の目次は
https://tenttytt.hatenablog.com/entry/2019/06/29/223127
こちらのURLまでお願い致します。


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はじめに(大爆死)


G20大阪サミットは既に世間一般では
各国首脳が集まり二国間交渉を行うための場としか認識されず、
また国際的なルール作りについてすらも、6/15軽井沢サミットで声明が出された環境面・エネルギー政策面の協力体制の方に視線が注がれています。

この状況下でサミットの主要テーマから外れた議題“大阪トラック”について語る行為の事を
「死んだ子の歳を数える」と言うのでしょうか。


………………………………………

……という文面から始めようと思っていたのですが、6/8のG20つくば以降完全に消滅していたのが……
なんというか復活しました大阪トラック。
https://www.meti.go.jp/press/2019/06/20190628001/20190628001.html
『デジタル経済首脳特別イベント(大阪トラック)が開催されました』
経産省ホームページ 2019/06/28


このサイドイベント参加国のうちインド・インドネシア南アフリカを除く24ヶ国が署名、
https://www.meti.go.jp/press/2019/06/20190628001/20190628001_02.pdf

〉本日、我々は、2019年1月25日にダボスで発出され、78の世界貿易機関WTO)加盟国が名を連ねる電子商取引に関する共同声明に参加する他のWTO加盟国と共に、ここに、国際的な政策討議、特に電子商取引の貿易関連の側面に関するWTOにおける国際的なルール作りを進めるとの我々のコミットメントを示すプロセスである「大阪トラック」の立上げを宣言する。

と、『デジタル経済に関する大阪宣言』の署名に漕ぎ着ける運びとなったそうです。


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前回、『近況にかえて:大阪トラックの路線変更』で予告的に

〉首相としては貿易・デジタル経済大臣会合のギリギリまでDFFT(Data Free Flow with Trust)のプロセスとして“大阪トラック”をG20の場で提唱することにこだわったが、
一部閣僚や省庁により、G20の場で賛同されやすいWTO関連事項に定義変更させられた上、DFFTと共に主要議題からフェードアウトさせる事になったのではないか

〉ただ「国内的、国際的な法的枠組みの双方が尊重されることが必要」と国内法でデータを囲い込む中国などに配慮した文言も盛り込まざるを得なくなり、今後のルール作りの難しさを浮き彫りにした。
と、妥協の結果のように記された部分こそが
失われた“大阪トラック”や後退した“DFFT”の唯一残された本質ではないか

……と記しましたが、
安倍首相自身が自ら“大阪トラック”やDFFTの事をWTOでの電子商取引と関連付けた今、「何言ってるんだ」と言われてしまいそうです。

………………………………………

しかし、あえて言います。

これは、安倍首相自身が1/23にダボス会議で提唱した大阪トラックではなく、6/8貿易・デジタル経済大臣会合以降に路線変更された、一部省庁主導による大阪トラックだと。

……今回は前回予告してしまった都合もあり、本当に死んでしまった子“かつての大阪トラック”がすり替えられた経緯を追ってみようと思います。

読者の方は無理に付き合わず、今いち一般的でない“大阪トラック”に関しての資料集程度にご覧頂ければ幸いです。


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1. 首相による6/8までの“大阪トラック”定義


〉データ・ガバナンスに焦点を当てて議論するトラック、大阪トラックとでも名付けて、この話合いを、WTO世界貿易機関)の屋根の下、始めようではありませんか。

1/23のダボス会議で安倍首相が定義した“大阪トラック”とは、このようなものです。
https://www.kantei.go.jp/jp/98_abe/statement/2019/0123wef.html


……………………………………

そしてこの考え方は5/30の官邸HP、
https://www.kantei.go.jp/jp/98_abe/statement/2019/20190530speech.html

〉ここで私たちは、DFFT、すなわちData Free Flow with Trustの体制を築きたいと主張しています。信頼に足るルールの下で、データについては、自由な流通を許そうという考えです。アジアの国々の、全ての人々に、デジタル経済の恩恵が行き渡るように、もちろん、世界中どんな人も裨益(ひえき)するように、ルールをつくらなければなりません。

〉そのためのプロセスを、私どもは、大阪トラックと呼んだ上、G20サミットで始めたいと考えています。人類史を画す一大変化に、皆様と共に乗り出したいと思っています。


更に6/7、貿易・デジタル経済大臣会合の直前に首相官邸で行われた、第76回高度情報通信ネットワーク社会推進戦略本部(IT総合戦略本部)及び第7回官民データ活用推進戦略会議でも一貫しておりました。
https://www.kantei.go.jp/jp/98_abe/actions/201906/07it_kanmin.html

〉今月、我が国で初めて開催いたしますG20大阪サミットにおける最大のテーマの一つは、デジタル経済への対応であります。

〉Data Free Flow with Trustのコンセプトの下、我が国がリーダーシップを発揮し、そしてデータ流通の新たなルール作りに向けて、各国と連携し、大阪トラックを立ち上げたいと考えています。

………………………………………

……少なくとも首相は大阪トラックについて、
DFFTという体制・コンセプトの下、データ・ガバナンスに視野を置いて行われる何らかのプロセスとして表現していました。またWTOや貿易ルールについて、やはり少なくとも大阪トラックとDFFTの関係よりは距離をおいて表現しています。

そして大阪トラック及びDFFTの下で流通されるのはあくまで“データ”それ自体であり、それ故に「デジタル経済」や「データ流通」という表現を使っていました。
デジタルデータを活用した“製品”のやり取り、或いは電子データ状のものを含めた“サービス”のやり取りを指す「デジタル貿易」とは一線を画す表現を、6/8貿易・デジタル経済大臣会合の直前まで使っていたことを頭の片隅に置いておいて下さい。

………………………………………

※デジタル貿易の定義については
https://www.meti.go.jp/report/tsuhaku2018/2018honbun/i2110000.html
『デジタル貿易の現状』通商白書2018 第二章第一節
こちらをご覧ください。


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2. 経済産業省による大阪トラックの“誤読”


一方、“大阪トラック=WTO電子商取引ルール”という考え方は、主に外務省と経済産業省で使われておりました。

………………………………………

まず経済産業省では、世耕大臣のインタビューで

〉プライバシーやセキュリティーに関する不安が高まっている。またデータを囲い込んだり、データ流通を認めなかったりする動きが出てくる可能性がある。こうした新しい課題が貿易の中で起きているため、私が議長を務めるG20の貿易・デジタル経済大臣会合で議論が活発に行われるようリードしていく

安倍晋三総理大臣がダボス会議でのスピーチで、G20大阪サミットの機会にデジタル貿易の国際的なルール作りに向けた『大阪トラック』の開始を表明すると宣言した。その首脳会議に先立つ閣僚会合でもWTOにおけるEC(筆者注:ECommerce電子商取引のこと)の交渉を後押ししていく

経済産業省が提唱する第4次産業革命に向けた戦略『コネクテッド・インダストリーズ』のコンセプトは、現場のリアルデータとAI、IoTを結び付けて世界に先駆けて現場初のイノベーションを起こすものだ。

〉その前提としてデータは自由に流通でき、盗まれたり政府が検閲したりすることがあってはならない。ただ、そういう動きも出ているので、DFFTの概念が非常に重要になる。まだ概念的ではあるが、ECの貿易ルールなど、いろいろと整理しながらバージョンアップさせないといけない。ぜひ貿易・デジタル経済大臣会合の場でもDFFTの概念を各国に説明し、まずは共通の理解を作っていく
https://meti-journal.jp/p/5781-2/
『自由で公正なデータ流通の実現主導』
経済産業省HP 2019/05/13

と、大阪トラックについてのダボス発言を“デジタル貿易の国際的なルール作りに向けた”ものであると発言する一方、
DFFTについては大阪トラックとの関係に触れず、経産相としてはただ貿易ルールを中心に関与していく旨を明らかにしています。

……………………………………

実は安倍首相がダボス会議で発言した二日後、世耕経産相WTO電子商取引に関する非公式閣僚級会合』
オーストラリアのバーミンガム貿易・観光・投資大臣、シンガポールのリム貿易産業大臣と共に主催、
https://www.meti.go.jp/press/2018/01/20190125008/20190125008.html

電子商取引の貿易的側面に係る WTO 交渉を開始する意思の確認をする共同声明を発出

しました。

この共同声明自体には大阪トラックやDFFTについての言及は在りませんが、
共同声明に至るまでの日本側からの提言には、電子商取引に関するWTO改革への強気姿勢や、データ流通ルールを絡める奇妙な理論展開が存在します。

※この提言自体には後で触れますが、取り敢えずここでは日本の姿勢について分かり易くまとまった資料がありますので、こちらをご覧ください。
電子商取引に係る 国際ルール形成の動向』
官邸ホームページ 2019/04/22
https://www.google.com/url?sa=t&source=web&rct=j&url=https://www.kantei.go.jp/jp/singi/titeki2/tyousakai/kensho_hyoka_kikaku/2019/contents/dai5/siryou2-2.pdf&ved=2ahUKEwjDj8eprYjjAhUIS7wKHftbBTsQFjAFegQIBRAB&usg=AOvVaw1v8zNG8zOBckeou8KF-Q6w


世耕経産相はこの共同声明のメディアリリースにおいて


〉新たな課題に対処し、デジタル経済の更なる成長を促す 21 世紀型の貿易ルールをWTOで作ることができれば、世界経済にとって大きな意義がある。

と述べ、WTOでの新たな貿易ルールを「来るべき未来のデジタル経済」に向けたものと解釈していますが、どうもこの辺りから、世耕経産相あるいは経産省は自身と首相の“大阪トラック”解釈の齟齬に気付かず、
G20での“WTOでの電子商取引ルール作り”の採択に向けて邁進してしまったのではないか、と思われるのです。

……………………………………

他の共同主催者は

電子商取引に係る WTO 交渉を開始することは、現代のビジネスに合致する貿易ルールのアップデートに向けて大きな一歩となる(オーストラリア)

〉現代的な WTO デジタル貿易ルールは、ビジネスがデジタル経済をよりよく活用するための、オープンで予見可能な環境を創出する(シンガポール)

と、「現在のデジタル経済に合わせる」ためのデジタル貿易ルール・電子商取引ルールに過ぎないと認識していますが
首相がダボス会議で語った「未来に向けてのルール作り」のことを自らの貿易関連業務と混同している事実の一つの現れが、このデジタル貿易ルールに対する世耕大臣の認識だったと言えます。


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そして、6/28に『デジタル経済に関する大阪宣言』で示された“大阪トラック”は、実は1/23の首相によるダボス会議での宣言ではなく、この1/25の『WTO電子商取引に関する非公式閣僚会合』の共同声明を起点とした所産であることを明記しています。
経産相はここにおいて“大阪トラック”を完全に自らの手元に引き寄せる事に成功した訳です。
https://www.meti.go.jp/press/2019/06/20190628001/20190628001_02.pdf


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『大阪トラックの路線変更(2)』
に続きます。
https://tenttytt.hatenablog.com/entry/2019/06/29/204715

近況にかえて: 『大阪トラック』の路線変更(予告)

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近況: 太平洋関連で、煮詰まってます。


ところで太平洋繋がりですが、最近アメリカによる“インド太平洋戦略”が発表されるにあたり
https://t.co/JZAV26G4li
幾つかのブログで日本の“自由で開かれたインド太平洋”についても以前のように

“自由で開かれたインド太平洋戦略”

と表記されているのを見かけます。

……既に外務省などのHPでは『戦略』の文字が排除されているのですが、古株の方は「いやダイヤモンド構想が」「構想の軍事的部分はアメリカが引き継いで」とか粘ってしまうのですね。


………………………………………

『戦略』の文字を外した件については、
https://tenttytt.hatenablog.com/entry/2019/02/25/214400
https://tenttytt.hatenablog.com/entry/2019/04/24/231422
でも触れていますが、『戦略』時代の構想と現在の“自由で開かれたインド太平洋”構想はかなりの部分に違いがあります。
古い構想の中に本質が現れることはありますが、自分の思考を細かくアップデートしないで古い考え方に固執すると、現在の状況が見えづらくなります。

特に日本の対外構想については、多くの発表や資料に目を通すだけでなく、発言のその場の真意をその言葉自体から汲み取ろうとしないと、移ろい易い国際情勢に取り残されてしまうのではないでしょうか。


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…さて、なぜこんな話から始めたかというと

安倍首相がダボス会議の場において、G20サミットの主要議題としていた“大阪トラック”ですが
https://www.kantei.go.jp/jp/98_abe/statement/2019/0123wef.html

どうも6/8~/9に開催されたG20茨城つくば貿易・デジタル経済大臣会合の結果、それまでと異なる定義に変更されてしまった可能性が高いからです。

特に外務省HPの内容を読む限り。
https://www.mofa.go.jp/mofaj/ecm/it/page4_005041.html

〉河野外務大臣からは,本セッションの開会挨拶において,多角的貿易体制の礎たるWTOがその役割を十分に担い続けられるよう,急速に進展するデジタル化が国際貿易のあり方を根本的に変容させている現実にWTOルールを適応させる必要がある旨を述べました。

〉さらに,その観点から)昨年G20首脳がブエノスアイレスで支持したWTO改革の重要な一要素として,WTOでの電子商取引の取組を重視しており,G20大阪サミットでは,「大阪トラック」としてWTOでの電子商取引のルール作りを進めるべく,政治的な後押しを与えたいと考えている旨発言しました。

“合同セッション(8日)の概要(河野外務大臣,石田総務大臣及び世耕経済産業大臣が共同議長)”
外務省HP『河野外務大臣G20貿易・デジタル経済大臣会合(茨城県つくば市)への出席(結果)』

………………………………………

先に記しておきます。
私が以前文章にした“大阪トラック”の推論は

https://tenttytt.hatenablog.com/entry/2019/05/26/235743
現在各省庁の主張する定義が変更された現在、違ったものである事がほぼ確定しています。

情報のアップデートをお願いいたします。
お騒がせいたしました。

※というより貿易・デジタル経済大臣会合以来
“大阪トラック”という言葉は、同会合の共同声明やG20の主要テーマなどの場から姿を消してしまっています。


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この“大阪トラック”の定義がいかにして変更されるに至ったかについては、来月改めて文章にしようと思いますが、とりあえず先に要点を記しておくと

首相としては貿易・デジタル経済大臣会合のギリギリまでDFFT(Data Free Flow with Trust)のプロセスとして“大阪トラック”をG20の場で提唱することにこだわったが、
一部閣僚や省庁により、G20の場で賛同されやすいWTO関連事項に定義変更させられた上、DFFTと共に主要議題からフェードアウトさせる事になったのではないか

という事です。


そして一部メディアでは
https://www.google.com/amp/s/mainichi.jp/articles/20190610/k00/00m/020/297000c.amp
G20閣僚2会合閉幕 「自由なデータ流通」共同声明に デジタル対応では前進”

読売新聞 2019/06/10

〉ただ「国内的、国際的な法的枠組みの双方が尊重されることが必要」と国内法でデータを囲い込む中国などに配慮した文言も盛り込まざるを得なくなり、今後のルール作りの難しさを浮き彫りにした。

……と、妥協の結果のように記された部分こそが
失われた“大阪トラック”や後退した“DFFT”の唯一残された本質ではないか、
という事です。


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『大阪トラックの路線変更(1)』
以降、上記要点の苦しい説明が始まります。
https://tenttytt.hatenablog.com/entry/2019/06/29/204100

なお、大阪トラック関連文章の目次は
https://tenttytt.hatenablog.com/entry/2019/06/29/223127
こちらのURLまでお願い致します。

おまけ:大阪トラックとファーウェイ制裁

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『首相欧州訪問と欧州議会選挙』
のおまけとして。

なお、本論に当たる『首相欧州訪問と欧州議会選挙』については、下記URLにある目次をご覧頂ければ幸いです。
https://tenttytt.hatenablog.com/entry/2019/05/23/194237


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この文章と関連して、大阪トラックについても一連の文章を作成いたしました。
https://tenttytt.hatenablog.com/entry/2019/06/29/223127
目次はこちらのURLまでお願い致します。


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前回の『首相欧州訪問と欧州議会選挙(5)』

〉“大阪トラック”声明の成否は、ファーウェイへの禁輸措置の末、主導権をアメリカに握られてしまいました

と書きました。

一般的には“大阪トラック”とファーウェイ制裁が無関係と考えられているようですので、その理由について。


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1.『大阪トラック』の一般的予想


現在、デジタル関係の専門家やこの方面に強みを持つ政治家により伝えられる『大阪トラック』の予想についてをまとめると、


1) 新たなデータガバナンス構築という考え方

……ダボス会議での首相による

〉データ・ガバナンスに焦点を当てて議論するトラック、大阪トラックとでも名付けて、この話合いを、WTO世界貿易機関)の屋根の下、始めようではありませんか。
 (中略)
〉そこで、私たちがつくり上げるべき体制は、DFFT(データ・フリー・フロー・ウィズ・トラスト)のためのものです

という一連の発言のうち特に“ウィズ・トラスト”の部分、即ちデータガバナンスの枠組みを重要視し、

◎現行のデータガバナンス・ポリシーの3つの主流、

  • (国内外を問わず)収集した個人情報を自らが独占管理し、それらのビッグデータを国内企業により積極活用させる一方で、国外との情報共有を拒否する中国
  • 個人情報について、個人それぞれが使用可否を判断した上で活用出来るよう、収集活用する側に対して特に厳しいルールを設定するEU


これらに対抗する新たなデータガバナンスを立ち上げ、ASEANなどで運用すること。


2) データの種類による流通基準の設定
 特に機密・知産・個人情報保護の取決め

ダボス会議での

〉一方では、我々自身の個人的データですとか、知的財産を体現したり、国家安全保障上の機密を含んでいたりするデータですとかは、慎重な保護の下に置かれるべきです。

〉しかしその一方、医療や産業、交通やその他最も有益な、非個人的で匿名のデータは、自由に行き来させ、国境をまたげるように、繰り返しましょう、国境など意識しないように、させなくてはなりません。

〉そこで、私たちがつくり上げるべき体制は、DFFT(データ・フリー・フロー・ウィズ・トラスト)のためのものです。非個人的データについて言っているのは申し上げるまでもありません。

という首相発言をそのまま受け止め、

◎国際的なデータ流通社会を前提として、そのうち『個人・知的財産・機密情報』を区分けして完全に保護するルールを提言すること。


……とりあえずこの1) 2)の二つが一般的となっているようです。


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※更にダボス会議の丁度前日(2019/01/22)に経団連が発表した
『新たな時代の通商政策の実現を求める
世界貿易機関WTO)の改革を中心に―』

http://www.keidanren.or.jp/policy/2019/004.html

こちらに引きずられる形で、

◎以前から提唱されている電子商取引の円滑化・自由化、信頼性構築など現実に則した形に、WTO電子商取引ルール改定を呼びかける事

を“大阪トラック”に含める方もいるようですが、こちらはさすがに無視します。

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※2019/06/16追加:
なんと、この文章作成時には無視していた
“大阪トラック=WTO電子商取引ルール作り”という解釈が、6/8のG20貿易・デジタル経済大臣会合の場以降主流となってしまいました。
https://tenttytt.hatenablog.com/entry/2019/06/16/114924

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この1) の捉え方では、
中国メーカーの締め出し、あるいは中国による機密情報収集の恐れの側面から論じられるファーウェイ制裁と“大阪トラック”に関係はあまり見られませんし、
2) では『機密・知産・個人情報の完全保護』という“大阪トラック”とファーウェイ制裁は全く同じ方向を向いている、と言えるでしょう。

そのため、ファーウェイ制裁がG20での“大阪トラック”議案を牽制している、という発想がなかったのではないか、と思われます。


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2. 新ガバナンスでも個人情報の完全保護でもなく


しかし1) 新ガバナンス構築という捉え方の問題点は
他国による既存のデータガバナンスに対抗するような提案は、ダボス会議G20サミットの目玉としては相応しくない、
という事です。

前回のサミットでは米中貿易の対立ゆえに採択されなかった
『全ての不公正な貿易慣行を含む保護主義と闘う』

という言葉にこだわり続け、今年に入ってのイギリス・スペイン訪問の際にも共同声明に盛り続けた、国際協調重視の立場の首相が、

データガバナンスシステムを他国に対抗して構築、とりあえず既にシステム確立した国に干渉しない場所で施行する事を、新たなG20サミットの目玉として提唱するとは考えがたい、と思われます。


また、2) 機密・知産・個人情報の完全保護ルールという捉え方については、実は発言内で

〉医療や産業、交通やその他最も有益な、非個人的で匿名のデータは、自由に行き来させ、国境をまたげるように

と語っております。

実は非個人的処置を施した個人情報は「最も有益な非個人データ」であり、国際的に収集・活用される対象としていることに注目すると、
実は“大阪トラック”では発言の印象とは裏腹に、個人情報がデータとして収集されるべきであり、活用の際に非個人的処置を施せば良い、という考え方が前提にあるのです。


……それ故に、私は“大阪トラック”とは

現在別個の主流システムでデータガバナンスを行う各国のポリシーを尊重しながら、全ての収集データの自由な流通を段階的に推進するため、
WTOの屋根の下で「データ収集ルール」「収集後のデータ取扱いルール」の両者のガイドライン、更に各国の取組進捗に合わせて前者→後者に向かうためロードマップまで視野に入れた提言を行うもの
ではなかったか、と考えています。

※後者の「データ収集後の処理」状況が他国のデータガバナンス・ポリシーに抵触しないものとなれば、前者の「収集に関する制限」は必要性を減らせ、より多くのデータ収集・活用が可能になる訳です。


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3. 自民党政務調査会の『第一次提言』から見る大阪トラック

ここで、自民党政務調査会が2019/04/23に作成した
デジタル・プラットフォーマー(GoogleAmazonなど)を取り巻く課題と対応策についてまとめられたレポート、

『デジタル経済における公平・公正なルールづくりに向けて(第一次提言)』
(以下『第一次提言』)
自民党HPより
https://www.jimin.jp/s/news/policy/139477.html

こちらをご覧下さい。

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〉……デジタル・プラットフォーマーは、21 世紀型デジタル資本主義を象徴する存在となっている。プラットフォーマーを通じて、消費者は飛躍的な利便性の向上を享受でき、事業者は海外を含む大きな市場にアクセスできる。

〉他方で、プラットフォーマーは、独占化しやすく、その独占的な地位が濫用されれば、消費者や事業者に悪影響を及ぼすとの懸念が国際的にも指摘されており、世界的にも公平・公正なルールづくりが進められている。

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デジタル・プラットフォーマーとはまさに電子情報を収集・活用している自国内集団であり、彼らに対するそれぞれの国家の対応こそデータガバナンスの土台である訳ですが、
今回のレポートの主旨は、新しい日本のデータガバナンス体制について

  • 事業者に対する独占優位・消費者に対する個人情報の透明性確保などに対する、公正取引委員会主導の対応策
  • 国外との諸制度を調整し、異なる所属国家による競争環境の違いを削減するための専門機関設置

などを提案しています。


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そして、「5. イノベーション促進」の章を見てみると、興味深い記載があります。

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〉21 世紀型のデジタル資本主義において、幅広い国民が成長の果実を受けるためには、何よりも我が国が世界に先駆けてイノベーションを生み出すことが重要である。

〉上記のデジタル・プラットフォーマーに関するルール整備も、あくまでデジタル経済におけるプラットフォーマーの取引の公正性・透明性を確保することで、競争を促すためのものであり、GAFA など特定のプラットフォーマーを規制することを目的とすべきではない。

〉また、経済社会のデジタル化が、世界を便利で革新的なサービスが溢れ、イノベーションが次々生み出される「ユートピア」とするのか、国家が全面に出て監視社会を強く意識する「ディストピア」となるのか、世界的に大きな岐路に立っており、その意味でも、安倍総理ダボス会議で表明された通り、我が国として DFFT(データ・フリー・フロー・ウィズ・トラスト)をリードしていくことが重要である。

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この『第一次提言』で主題となったプラットフォーマーへの取組も、これらの地ならしの末生まれるデータガバナンスも、共に日本国内のための整備に過ぎず、
安倍首相が“大阪トラック”と呼んだ「WTOの屋根の下でのDFFTの枠組み」自体とは別のものである事がここでも明示されています。


更にこの『第一次提言』から読み取れる事として、

  • “大阪トラック”では個人情報も経済社会のデジタル化に際して「国際的に活用されるべき」対象であること
  • “大阪トラック”の目的の一つが、国家による個人情報監視社会の蔓延防止であること
  • 日本国内のデータガバナンスの整備には、プラットフォーマーへの組織整備・法整備が必須であるが、そこでは国外との制度調整が重要視されていること。つまり日本国内の新しいデータガバナンスは米中EUの先行するガバナンス・ポリシーに対抗するものではないこと

があります。


……この『第一次提言』からも、“大阪トラック”がデータガバナンス自体を再構築したり、単に機密・知産・個人情報保護の国際流通基準を作ることに留まるものではなく、

国家により異なるデータガバナンス、特にアメリカ・中国・EUという3つの主要ガバナンス・ポリシーを尊重する前提で、
あらゆる国際データ流通の開放を段階的に拡充させるため、WTOの定める基準あるいはロードマップの下、各国家に対してデータガバナンスの修正制度を設ける事を指していた
のではないか、と考えられるわけです。


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※あくまで『第一次提言』自体は自民党政務調査会私見であり、首相の提唱する“大阪トラック”とは異なる立場から考え出された内容ではあります。

ただし、日本の国内政策…“Society5.0”…こちらについては、後日別の形で文章にしようと思っています…を推進する立場から考え出された試案ですら、上記のように国際的な摺り合わせという視点を持っており、そこからもG20で首相が提言する内容との接点は十分だと考えられます。


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4. ロードマップとしての“大阪トラック”と、ファーウェイ制裁


そして、『第一次提言』で具体的に言及されていること(それ自体は日本版データガバナンスについての事ですから)の裏にある考え方、例えば

  • 個人による情報保護能力の限界に対する懸念
  • そして何より、他国がプラットフォーマーを介して自国の情報保護を阻害した上、国権によりその行為を正当化する懸念


これらのような、自国ガバナンスポリシーに抵触する他国の独自政策への懸念を払拭する方法として、
国家間の打ち消し合いではなく、WTOという国際機関の下で調整・すり合わせを行い合う仕組み作りこそ“大阪トラック”のひとつの狙い
だったではないか、と考えています。


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そして非個人化処理を行う前提で、個人情報が積極的に収集されることを拒否しない以上、
“大阪トラック”で摺り合わせなければいけない各国のガバナンスポリシーには、当然他国情報を無秩序に収集するバックドアに関するものも含まれるわけで、
当初の“大阪トラック”ではこのファーウェイを含めたバックドアを単に否定するのではなく、入手したデータの段階的活用まで含めて透明化・国際化ルールの俎上に上げる予定『だった』のではないか、と考えられるのです。

そしてアメリカによるファーウェイ制裁は、
アメリカが自国のガバナンスポリシー維持のために独自政策を打ち立て、他国に強要するという、“大阪トラック”の根幹を否定するやり方であり

トランプの真意や“大阪トラック”に対する感想はともかく、G20サミットでの主要議題採択に対する強力な牽制となっていた訳です。


……出来れば、G20の場で“大阪トラック”共同声明に誘導するため放った、中国向け牽制球であれば良いのですが……


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5. おわりに:


『首相欧州訪問と欧州議会選挙』からひと月ほど更新しない予定だったのですが、先週は情報待ちという事情があり、その間にひと文章書くこととしました。

本来ならばPV目当てに欧州議会選挙の結果でも書くべきなのでしょうが、選挙結果は本来の主題ではないですし、
欧州議会主流二派の大幅低下(54%→43%。但しマクロン所属政党が所属するALDEが加われば過半数だ、という向きもあるようです)やイタリア・フランスのポピュリスト右派躍進、ドイツがヘンテコリンな流れになるのは下馬評通り、という事で。

V4諸国ではポーランド与党PiSが踏ん張ったこと、スロバキアで新大統領チャプトバ(6月就任予定)を擁するEU寄りの野党PS-SPOLUが与党SMER-SDを上回ったこと位でしょうか。

『首相欧州訪問と欧州議会選挙』の流れとしては、
むしろ本日(2019/05/27)の日米首脳会談(特に冒頭共同記者会見で首相が述べ、トランプが触れなかったG20について)や、トランプ訪日が偶然欧州議会選挙の時期と重なっていたことに言及したいところですが……

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……いや、本当であれば5/22.23に行われたOECD閣僚理事会について調べるべきでした。
https://www.mofa.go.jp/mofaj/ecm/oecd/page4_004992.html

デジタル関連やWTOの話、更にスロバキアのペレグリニ首相が今年の議長だった事など色々盛り込まれてますね。沖縄・太平洋方面の情報収集に明け暮れて、すっかり見逃しておりました。



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